第六十六話〜決着〜
自分に宿敵は存在しない。そう思っていたのはいつの頃の自分だっただろうか。
別に自惚れていたとかそういう話ではない。確率論の話だ。
例え戦場で痛み分けに終わっても次の日に誰かに相手が撃ち殺されているなんて話はザラにある。
故に敵同士として戦うのは一度切り。同じ戦場で相まみえる事はほぼ二度と無い。
そんな俺に宿敵と呼べる相手ができたのは幸運なのか不幸なのか。
どちらにしても野放しにしておけない相手である以上、いずれ決着は付けなければならない話なのだが。
〜早朝 冒険者ギルド ロビー〜
今日も一日が始まる。アニスはまだ寝ているけれど依頼によっては朝早くに出発しなければならないような物もあるのでギルドの朝は意外と早い。
宿舎に続くドアの鍵を開け、ロビーの中へと入っていく。
「あ、ミリアさんおはようございます!」
「あら、おはようプリシラ。今日もお願いね」
「は〜い!」
顔なじみの従業員と朝の挨拶を交わし、ロビーの中に足を踏み入れる。
それと同時に襲い掛かってくる違和感。
明らかに、人の気配がある。
「ミリアさん……」
「侵入者……かしら。気をつけて」
いつでも迎撃できる体勢を整え、注意深くロビーを進んでいく。
受付が見える所まで来た時、私とプリシラの背筋が凍りついた。
宝箱から……半裸の男がはみ出して倒れている!
「「ぎゃぁぁぁあああああ!!」」
………………
…………
……
「いやはや……ひどい目に遭ったぞ」
凝り固まってしまった首筋をゴキゴキと鳴らして朝一番のコーヒーをすする。殆ど徹夜明けの頭に染み渡るね、カフェインが。
「正直寿命が1年ぐらい縮んだわよ……」
『あなた方の寿命が1年縮んだとしてもさほど影響は無いのでは?』
「うるさいわね。気分よ気分」
「それにしても……一体何があったんですか?」
それを説明するには昨日の夕方頃まで遡る。
あの時俺はクエストから帰ってきて報告を済ませ、さて何か夕飯でも食べに行こうかなどと考えていた訳だ。
するとカウンター脇の宝箱が唐突に開いたんだよな。
この宝箱が前触れも無しに開くと大抵ろくなことにならないから咄嗟に回避した訳だ。
案の定中からシアが飛び出してきて数瞬前に俺の体があった場所に抱きつきを敢行していた。
「毎度お前はびっくり箱みたいな奴だな」
「逃げないでよぉ……いきなり抱きつこうとしたのは悪かったからさぁ」
その言葉を言うのは何度目だと。俺が側を通りかかるたびに引きずり込もうとしやがって。
「それはそうと何の用だ?これから飯食べに行こうと思っていたから手短に済ませてくれると有難いんだが」
「その夕飯をボクが提供する、って言ったらどうする?」
「頂こう」
『即答ですか』
食える時に食う、それがタダ飯なら尚更だ。何を迷う必要があろうか。
「それじゃあ一名様ごあんな〜い」
そう言うと身を詰めて宝箱の中に俺一人が通れるぐらいの隙間を空けるシア。
もしかしなくても……
「その中か?」
「そう♪」
あからさまなトラップもここまで堂々としていると逆に清々しいな。
そんな罠に俺が引っかかると思っているのか?
「んじゃ行くか」
「いらっしゃ〜い」
『せめて私は置いて行って下さい。誰かしら状況説明が出来た方が良いでしょう』
今思えばこいつは巻き添えを避けようとしてああ言ったのではなかろうか。
かくして俺はシアにご馳走された自炊の夕飯(媚薬入り)をたらふく食べ、罠に嵌ったと気づいた時にはシアに跨られてさんざん搾り取られ、このままでは余生を一生宝箱の中で過ごすことになると危機感を抱いたので逆にシアを気絶するほど絶頂させて拘束が緩んだ隙に這々の体で空間の中から這い上がり、宝箱から上半身をなんとか出した所で力尽きたのだった。
「まぁそういう訳だ」
「貴方って食欲に関しては全然自制が効かないのね……」
いやはや、お恥ずかしい。何しろ一度密林で餓死しかけた身としてはそこに食い物があるのであれば無視はできない性分になってしまったのだ。
俺をなんらかの手段で殺すのであれば真正面から銃で撃ち殺すのではなく食い物に毒を入れたほうが楽なのではなかろうか、というぐらいに。
「アルテアさ〜ん。朝食できましたよ〜」
「おう、今行く」
「「まてぃ!」」
同じ手に二回引っかかりそうになった俺をミリアさんとプリシラの二人がかりで止められ、その日の漫才はこれで終了。
……薬が入っていたとしても食べたかったな。
〜クエスト開始〜
─廃ダンジョンの再調査─
『今回もギルドの情報部からの依頼よ。なんでも数百年前に廃棄されたダンジョンが現在安全かどうかを確かめて欲しいらしいわ。
このダンジョンは過去に牢獄として利用されていて、無数の囚人がここに投獄されていたの。でも性質の悪い伝染病が蔓延したせいで看守ごとこのダンジョンは全滅。以降誰も踏み入っていないわ。
今回の目的は内部での安全調査。項目としては伝染病のウイルスが今も残り続けているかの一点のみよ。専用の検査キットがあるからそれを使って内部の数十箇所で危険があるかを調査してちょうだい。
冒険者ギルド モイライ支部長 ミリア=フレンブルク』
「伝染病、ね。この世界の医療レベルだったらあっという間だろうな」
「幸いというかなんというか……私達魔物は人間に感染するレベルの病原菌程度ではやられないので心配する必要はありませんが、問題はそのダンジョンに済む魔物が伴侶を見つけてそこに住む事になった場合の事ですね。人間の身で耐えられるかはわかりませんから」
新居が病原菌まみれとか洒落にならないな。環境権とかガン無視だ。
「しかし防護服も無い状態でバイオハザード(生物災害)地区の調査か。二次災害とかどうすんのかね」
「それについてはこれを……」
あらかじめ預っていたのか、彼女がどこかからお守りのような物を取り出す。
首から掛けるタイプのようで、細長いひもが輪になって小さな革袋にくっついている。
「病気よけのメダリオンです。おまじないみたいな物じゃなくてきちんと効果がある物ですよ?」
「ふぅん……」
この世界に来てから痛感しているが、本当に魔術の応用範囲というのは広い。それこそ20世紀後半の石油製品並に様々な物に使われている。
この世界の住人は……魔力がなくなったらという事を考えたことは無いのだろうか。
まぁ……彼女達(魔物娘)がいる限りは無限のエネルギーみたいな物だし、そういう事を考える必要も無いのだろうが。
「んじゃ、借りてくよ」
「貴重品なのでなくさないでくださいね〜」
そんなわけで再びダンジョンの調査。
この時は適当に調査だけして帰る程度の楽なものだと思っていたんだよな。
まさか帰って来る時には顔中パンパンに腫れ上がっているとは夢にも思わずにだ。
〜クレテリア地下迷宮〜
「埃っぽい、な」
ダンジョンに入った時に感じた物は死体の発する異臭でも湿っぽい空気でもなく、長い間水分も入らずに乾ききった地下空間特有の埃っぽい匂いだった。
『閉鎖されて数百年という年月が経っていますから、死体も既に白骨化……肉もなくなっているでしょう。』
「一応空気中に漂うウィルスも検知できるみたいだから直に死体からサンプルを取る必要も無いだろ」
「……おい、白骨死体はどうした」
『肉……付いてますね』
そこかしこに点在する牢屋のような部屋の中にはしっかりと死体が入っていた。
ただし長い年月によって風化した死体ではなく、今まさに死んだかのようなフレッシュな状態の死体だ。
「どうする?一応サンプル取っとくか?」
『そうですね。空気中よりは精度の高い情報も手に入るでしょうし』
牢屋からはみ出す腕からほんの少しだけ体液を試験管の中に取り、試薬を入れて色を見比べる。
「陰性……か。これだけはっきりと死体が残っているにも関わらずウィルスが全く検出されないってどういう事だ?」
「不明。そもそも数百年前の死体がここまで良い保存状態にあること自体がナンセンスです」
神秘の菌類麹菌の力!なんてことは無いだろうが……とにかく気味が悪い。
「さっさと終わらせて帰ろうぜ……」
『待って下さい……信号をキャッチしました』
ラプラスの報告に全身の毛が総毛立つ。
本来この世界のどこかからなんらかの通信及び信号をキャッチするという事はほぼ無い。
例外としてドラグーンのメンバーが模擬戦替わりに俺の電脳空間に飛び込んでくる事はあるが、その時は強制的に向こう側に引き摺り込まれる。
今回のように信号だけ寄越してくる事はまず無い。
「何か補足情報はあるか?」
『ご安心下さい。発信元はフェンリルの物です』
「フェンリル……だって?」
『なんらかの装置から発している模様。座標を転送します』
ダンジョン内の見取り図に赤い点が明滅する。おそらくはそこが発信源だろう。
「閉鎖されている間に転送されてきたんだろうか……補給物資かもしれないから確かめに行くか」
『了解。ルート検索を開始……表示します』
床に重なるようにラインが描かれていく。
これを辿っていけば目標地点に辿りつける筈だ。こんな不気味な場所であるにも関わらず、元の世界の片鱗に気分がうわつきながら足を運ぶ。
一体何があるのだろうか……
一方こちらは迷宮の入り口。一人の男が今まさに迷宮にたどり着き、その開けた口の前で佇んでいる。
『優先撃破目標、ALLS―S001を補足』
「追跡を開始する……」
白いコートの男が巨大な銃を携え、迷宮へと潜っていく。
自らの獲物を狩るハンターとして……
「うぁはぇ……!?」
目的地にたどり着いた俺は安堵とも驚愕とも困惑とも付かない奇妙な鳴き声を上げてしまった。
そこにあったのは以前湖底神殿で発見し、自爆に巻き込まれそうになった黒い円筒形の装置が置かれていたからだ。
「……これ、使ったらまた自爆するかな?」
『起動してみければわからないでしょう。爆発しそうなのであればさっさと逃げれば良い事です』
ラプラスの言にも一理あったので、首筋から神経端子を引き伸ばして円筒形の装置へ接続する。
IDを送信するとなんとも気まずそうな表情を浮かべたおやっさんの立体映像が映し出された。
『あ〜……この間は済まなかったな、アルテア。技術部の勝手な判断で装置を自爆するよう作っちまったらしい。これを見ているって事は無事だとは思うが……本当に悪かった』
まぁ過剰反応する奴の気がわからないでもない。映画なんかではオーバーテクノロジーの危険性とかは良く論じられているしな。
『今回は自爆装置なんて物騒な物は乗せていないから安心してくれ。んで、本題だが……今回のプラグインはすげぇぞ。脳チップ処理を行なっていない相手にもデータリンクが行える代物だそうだ。<CTD>……正式名称はコントロールタワーデバイスと言うらしい。』
要するに俺が見ているような戦闘補助情報……自分の体の負傷状況やマガジン内にある残弾、互いの位置情報を脳チップ処理を行なっていなくても閲覧する事ができるという事か。
それにしても安直なネーミングだ。わかりやすくていいけど。
『準備ができたら装置に鵺をセットしてくれ。すぐにアップグレード作業が始まる。最後になったが……何があってもくじけるな。俺達はお前の事を信じているからな』
「わかってるさ、おやっさん……絶対にやり遂げてみせる」
聞こえていないのはわかっているにも関わらず、言葉を返してしまう。
ホームシックとは言わないが……おやっさん達が懐かしいな。俺は……向こうの世界に帰ることができるのだろうか。
『すぐにアップグレード作業に入りましょう。私を装置にセットしてください』
「あぁ……」
ホログラフの再生が終わると装置の前面が開き、固定具が露出する。
前回と同じように鵺を固定するとすぐにアップグレード作業が始まった。
………………
…………
……
「で、どうだ?」
『特に変わったことは何も。通信対象がいなければ効果は発揮されないようです』
アップグレード作業は特に何事も無く終わり、鵺を装置から取り外す。
ラプラスが言うにはこれといって変化は無いらしい。
まぁ新しいプラグインは帰ってから確かめるとして……早いところ調査を終わらせないとな。
あらかた調査も終わり、来た道を引き返していく。
途中の大部屋に入った時……『それ』に遭遇してしまった。
同じ世界にいる以上は出会わない確率は決して0では無い相手。
できれば二度と会わず、相手もこれ以上何かで暴れないでくれればよかった相手。
そいつが……俺とほぼ同型の銃をこちらに突き付けていた。
「アルター……!」
「…………」
突き付けてはいるが……それ以上の動きはない。
いつもであればこんにちは死ね的に問答無用で殺しに掛かる筈なのだが……
「答えろ、001」
「な……」
今までであればあいつは……目の前に敵に対して語りかけるなどという事はしなかった筈だ。
それが……接触を試みようとしている?
「私の保護者は私に笑顔を守れと言っていた。だが……お前が守っている『魔物』もその笑顔を持っている」
本来であればこいつは……こんな悩みを持つような奴では無かったはずだ。
忠実に任務を遂行し、それに私情を挟まない。自分で判断しない。考えない。何も感じない。疑問を持たない。
それが、俺に対して問いかけを行なっている。
「私の守る物とお前の守る物の違いは何だ?守る物は同じなのに……何故アンドレはお前と私を戦わせようとする?」
「……本当は、戦う必要なんて無いかもしれないんだ」
教団は……一方的に魔王側を敵視しているだけなのだ。
魔物達が望むのは闘争ではなく、共存。だからこそ、俺達のような前線で戦う兵士がいること自体が変なのだ。
本当に、戦う必要なんて無いかもしれないのに。
「誰も血なんて流したく無い筈なんだ。誰かを敵視するのは疲れるし、傷つけば痛いし、死に顔を見れば嫌な気持ちになる。でも……誰もそれの止め方を知らないんだよ」
一度振り上げた拳というのはそう簡単な事で収められるものではない。
振り下ろした拳というのは重ければ重いほど、硬ければ硬いほど、速ければ速いほどその傷跡が大きくなる。
ならば……その拳を損害が無いようにしてやれば……少なくとも誰も傷つく事はないのでは無いだろうか。
「大抵敵同士ってのは話が通じない物なんだ。でも俺とお前はこうして話ができる。できているんだ。だから……二人で銃を下ろせばいい。戦う必要なんて無いなら最初から戦わなきゃいいんだ」
俺とこいつは……同じだ。前線で銃を持って戦い、何かを守るために血を流す。
だからこそ、わかる。俺にはこいつを説得できる。
「…………」
ゆっくりと、だが確実にアルターの持つキマイラの先端が下がっていく。
本来であれば中に何もない心を持つはずのアルターが、自分の意志で戦闘を止めるために行動を起こす。
『P000、任務を遂行しろ』
「任務の正当性に疑問あり。任務の意図が不明。再考の余地あり」
アルターの持つキマイラから無機質な男の声が聞こえてくる。
鵺の試作機なのだからAIが載っているのは当たり前ではあるのだが。
「耳を貸すな、アルター。そいつは機械だ。お前は、お前の意志はお前だけの物だ」
銃を下げるアルターに対し、尚もAIは警告を続ける。
『任務に意図は存在しない。任務に疑問を持つことは推奨しない』
「大前提に矛盾発生。警護対象と殲滅対象の重複を確認。任務遂行不能」
今まさに銃を下げきろうとしたその時、AIが動いた。
『強制介入(インターセプト)発動。思考ルーチンの再設定および撃破目標の優先順位の固定。それ以外の全要素を全て排除。』
アルターが一瞬で意識を刈り取られたように膝をつき、目に宿る光が無くなる。
しかし体勢を崩したのはその時までで、徐々に体勢を立て直して再び立ち上がった。
「アルター……?」
『マスター、迎撃態勢を。』
ほぼ一瞬でダミーコートとフライスラスターが展開され、あちこちにデコイがばらまかれる。
次の瞬間にはアルターがキマイラを構え直してアサルトライフルを次々とダミーへ叩きこんでいく。
「っく……どうなっている!」
『思考ルーチンへの強制介入による思考改竄が行われました。今のアルターは以前の戦闘マシーンと化した彼と同じです。』
どうやらキマイラに搭載されているAIが何かしたようだ。
アルターに自我が芽生えた場合の保険、って事か。つくづく抜かりのない事だ。
「止めるにはどうしたらいい!?」
『思考ルーチンへの強制介入を止められれば元の状態に戻ります。マインドハックを行って介入ルートに使われているポートを潰すか、キマイラを破壊すれば介入の中断は可能。尤も、潰した所で影響は残るでしょうからしばらくは戦闘状態は解除されませんが。』
この高速機動状態下に置けるマインドハックは逆に自殺行為だ。
没入すればリアルボディの意識が無くなり、完全に無防備になってしまう。
ならば方法は一つ……!
「キマイラを潰すぞ!」
『了解。オクスタンライフル展開、モードB』
デコイによる囮もサーモスキャンを使われればあっという間にバレる。
正体が割れる前に短期決戦を……!
「狙い撃つ!」
『ロックオン』
滑るように側面へ移動し、セミオートでキマイラを正確に狙い撃ちにする。
過剰にアドレナリンが分泌されているせいか、一発一発が妙に遅く感じられる……が、本来は音速クラスの弾が飛んでいっているのだ。
しかし、その音速で飛ぶ弾をアルターは回避し、反撃とばかりに俺へと目掛けて弾丸の嵐を飛ばしてくる。
ダミーコートに弾が掠ってオレンジ色の火花を飛び散らせ、頭の横で風を切りながら鉛玉が過ぎていく。
デコイの投影とステルスを組み合わせつつ回りこむが、だんだんと意味を成さなくなってきた。
「予想はしていたが……きっついな、これは!」
それでも逃げずに即死をしない程度には戦力が拮抗しているのだ。以前から比べたら十分な成長だ。
あとはその拮抗した戦力を崩す方法だ!
「って……うぉ!?」
そんな事を考えている時に明らかに今までとは違う風切り音が側を通過していく。
無数に、しかも同時に通過していくこの音は……ショットガンか!
『SPAS−15ですね。セミオートで飛んでくる上にリロードも速いので注意が必要です。』
「ちょ、あぶ、どぅぇえ!?」
滅茶苦茶な乱数機動で気持ちが悪くなるが、動きを鈍らせたが最後、範囲の広い散弾でドカンである。
頭になんて当たろうものなら致命傷でなくともまともに動けなくなるだろう。
「フェアリーを!」
『了解。フェアリー展開』
鵺のハッチから次々と支援ビットが飛び出していき、アルターへ向けてショートビームを打ち込んでいく。ちなみに自分は回避に専念。
流石に光の速度で飛んでくる物を回避する事は……
「……うそぉ……」
しかし、ショートビームがアルターに着弾する寸前に湾曲して地面やら天井やら見当違いな方向へ飛んでいく。あの軌道は見たことが……
『個人レベルのディストーションフィールドですね。実用化レベルまで行っているとは聞いていましたが……まさかキマイラに実装されているとは』
「こっちには無いのかよ!」
『無理です。効果の割に必要エネルギーが大きすぎて割に合わないと外されました』
逆に言えば展開させ続ければエネルギー切れに陥らせることが可能という事だ。
同じ小型核融合炉を使用しているのであれば切れにくい事は容易に想像できるが……それでもしばらくは無防備にできるかもしれない。
『フェアリー全機撃ち落とされました』
「はやっ!」
これでもう二度とフェアリーは使えない。合掌……ではなく。
「E-モードへ!」
『了解。オクスタンライフルE-モード』
ビットが使えないのであれば直接撃ちこむ他あるまい。
流石にこの速度ではまともに狙えないが……
「その分は……勘で補う!」
殆ど抜き打ち気味にブレる対象へ向けてビームを放つ。
時に逆さまに、振り向きざまに、遠距離から、至近距離から、背後から、上から、ありとあらゆる方向から光の雨を振らせ、フィールドを構築するエネルギーを刈り取っていく。
『フィールドの消失を確認。』
「チャンス!」
フィールドの消失したアルターへ向けて一気に肉薄する。
目標はキマイラ……加える一撃は、パイルバンカー。強力な一撃で一気に機能を奪い取る!
「いけぇぇぇぇえええええ!」
飛んでくる弾丸の嵐の中に真正面から突っ込む。頬を弾丸が掠り、浅く切れて血が流れる。が、俺は止まらない。
防御のために前面に押し出されたキマイラの横っ腹に先端を突きつけ、トリガーを引く。
火薬が炸裂する轟音と共に杭が打ち出され、強化プラスチック製のボディを突き破り、キマイラの心臓部を撃ち抜く!
「……っ!」
しかし、アルターも黙って見ている訳ではない。すぐさま反撃とばかりに拳を鵺に打ち付けて弾き飛ばし、バックステップで一気に距離を取った。
しかし、キマイラの破損部分からは火花が散り、黒煙がもうもうと上がっている。もはや機能は停止寸前だろう。
『ガガッ……機能不……兵装の維持に……ザッ……自己修復の開始……』
しかし、こちらもタダでは済まなかったようだ。先程のアルターの拳の一撃が効いたのか、鵺が突然不調をきたし、自己修復状態に入ってしまった。当然E-Weaponの維持も不可能となり、ダミーコートとフライスラスターが光の粒子となって消えてしまう。
「っと……参ったな、こりゃ」
アルターはまだやる気のようで、その場に使用不能となった鵺を放り出してこちらへ滑るように肉薄してくる。
幸いナイフは持っていないようなので刃物を使われる心配は無いが……かといってこちらがナイフを使えば傷つけるおそれがある。
そして手加減ができない以上は……致命傷になる可能性だって無いわけではない。
つまり、素手対素手。映画のラストシーンのような展開になってしまった。
「こんの……ぉ!」
懐に入り込もうとするアルターへ鋭く左フック。しかし簡単に潜り込まれ、とてつもなく重いボディブローを貰ってしまった。
視界が明滅し、口の中が酸っぱくなる。しかし、そこで追撃の手が止まることなどある訳もなく、掌底で顎をカチ上げられ、エルボーを胸部に叩きこまれて2,3メートル程ノーバウンドで飛ばされ、地面に叩きつけられる。
まともに感覚が戻らない内にマウントポジションを取られ、顔面を右から左からの拳の雨が襲い掛かる。
口の中にじわりと鉄の味が広がる……こりゃ暫く刺激物は食べられそうもないな。
このまま黙ってやられるほどマゾでも無い。渾身の力を込めて下半身を跳ね上げ、アルターの首へ脚を絡めておもいっきり後頭部を地面へと叩き付ける。
「はぁ……はぁ……」
頭がフラフラになりながらも立ち上がると、アルターも同じように立ち上がる。
表情こそ無いものの、先ほどの一撃が効いているのか若干体がぐらついていた。
「ははっ……ずいぶん激しい兄弟喧嘩だよなぁ……アルター。意外と……楽しいかもしれないな、これは」
「…………」
無言で殴りかかってくるアルターの腕を取っていなし、腹部に膝蹴りをお見舞いする。さらに流れるように背中に両手を組んで作ったハンマーを打ち下ろして地面へと叩き付ける。
しかしアルターも負けじと脚を俺の脚に絡みつかせ、体をねじって俺を転倒させ、再びマウントポジションを取ってメッタ打ちにする。
今度は下半身を思い切り跳ね上げ、その勢いを利用して逆にアルターを地面へ押し倒して背中をハンマーで殴りつける。
痛みで息が詰まるのか、アルターが変な声を上げた。
「はぁ……はぁ……姉さんとも……こんな喧嘩した事ねぇぞ。やっぱ……本当の兄弟って事なのか……ねっ!」
襟を掴んで持ち上げ、彼の頬を思いっきり殴りつける。勢いのままに再びアルターが地面に倒れ伏し、さらにそこから這い上がるように立ち上がった。
「ったく……お前のパンチ、一発一発が重過ぎだ。こんなんで頭をバカスカ殴られたらバカになっちまうぞ?」
また殴りかかってきたので、掴んでもう一度膝蹴りをお見舞いしようとしたが、逆に両腕を掴まれて固定され、ヘッドバットによる一撃が綺麗に額に決まった。
前後左右がまともに知覚できなくなり、地面へと仰向けに倒れてしまう。
しかし、今度はマウントを取られることもなく、向こうからもバッタリ倒れる音が聞こえてきた。
お互いにまともに動けず、ただただ荒い息を吐く。
満身創痍。そういう言葉がぴったりだった。
「は〜……何やってんだろ、俺。こんな地下の薄暗い中で自分と瓜二つな相手と殴り合いってさ。気がおかしくなりそうだ」
地下空間の冷えた空気が殴り合いで熱く火照った肌に気持ちがいい。
「なぁ、アルター……あの時の約束、覚えているか?」
返答は、無い。しかしあの時と同じように俺が話を続ける。
どこか一方通行で、しかしそうではない対話。
「一緒にいろんな物を見ようって言ったよな。もう、俺達は自由……いや、今の俺には任務があるんだったか」
少し自嘲気味に苦笑いが漏れる。それでも……
「今抱えている任務が終わったら……一緒にこの世界を旅して回ってみないか?俺以外にも何人か付いて来るかもしれないが……きっと楽しい旅になるぜ?」
そして、視界に唐突にアラートが飛び込んでくる。どうやら鵺の修復が完了したようだ。
『鵺の自己修復が完了しました。全身いたるところに打撲がありますが……一体何が?』
「兄弟喧嘩だよ……ちと激しめのな」
未だにふらつく頭を抑えつつなんとか立ち上がる。視界は……うん大丈夫、ブレてはいない。
鵺を回収して肩に担ぎ、アルターを起こして連れて行こうとしたその時だ。
『警告。キマイラ内部のエネルギーが異常上昇中。機密保持の為に自爆行動に移った模様。』
「じっ、自爆ぅ!?」
またか!またこれか!今回はのんびり離脱できるかと思いきやまた爆発か!俺はあれか?某銀河連邦お抱えのバウンティハンターの亡霊にでも憑かれているのか!?
『マスター、アルターはこの場に放棄してください。脱出の時間が稼げません』
「……おい、ラプラス……お前何を言って……」
全身の血が引いていくような気がする。肩にはぐったりと気絶したアルターの腕が掛けられている。
『フライスラスターは基本的に個人用です。マスターとは別に誰かを運搬するとなると速度が急激に低下します。アルターを運搬したとなるとダンジョン脱出までにはキマイラのエネルギーが臨界点に達し、爆発に巻き込まれてしまいます』
「じゃあ何か?俺が助かるためにこいつを置いていけっていうのか!?」
『他に方法はありません。今すぐアルターを放棄して離脱行動を取って下さい』
今までこいつは自分の意志で誰かを殺してきた訳ではない。
俺とは違う……接し方によっては普通の生活に戻れるのだ。
それを……俺の保身のためにここに置いていけと言うのか?
「出来るわけがないだろう!機材が焼け付いても構わんから運び出せ!」
『……マスター、失礼します』
ラプラスが謝罪の言葉を吐いた瞬間、体の感覚が一気になくなっていく。
目の前でアルターがゆっくりと床に横たえられていく。無論、俺がやっている訳ではない。
「ラプラス……お前……!」
『叱責は後で聞きます。今はこの場所から脱出を最優先とさせて頂きます』
おそらくラプラスが全身のコントロールを奪い取ったのだろう。
こいつは……無慈悲にもアルターを見捨てるつもりなのだ。
「畜生!離せラプラス!さっさと体を返しやがれ!」
『フライスラスター展開。離脱を開始します』
無情にもスラスターが展開され、体が宙に浮かび上がる。
俺の体は粒子の推進によって蹴られてように加速を開始し、その場を急速に離脱しはじめた。
………………
…………
……
あの後、爆発によってダンジョンの入り口は完全に崩落してしまった。
受けた任務は失敗……安全もくそも無くなってしまったのだが、俺にとってはそれよりも重要な事があったのだ。
「なんで……何でこんな事を!」
『私の行動原理はマスターの生存を最重要としています。この場合アルターを救助していてはマスターが自爆に巻き込まれると判断しました』
もうこうなってしまってはどうする事もできない。
指が白くなるほど鵺を掴みながら俺は……ラプラスを非難する事しかできなかった。
「無理をすれば助けられたかもしれないだろう!ギリギリまで離れれば例え爆発に巻き込まれても二人共助かっていたかもしれないんだ!なのに何故お前はその可能性を捨てた!?」
『私だって!!』
頭がクラクラ来るほどの大音量。頭の中に直接響いてくるのだから余計に大きく聞こえる。
その声色は……AIだというのになぜか震えていた。
『私だって……助けたかったに決まっているではありませんか……!でも、仕方がないんです!プログラム通りに動く自分がそうさせる……!感情の部分とは別の所で動く自分がいるんです!それが……それが自分の感情とまるで一緒なのだから……逆らえる筈がないじゃないですか……!』
悔しかったのは……俺だけじゃないという事か。
少なくとも今のこいつには感情が芽生えている。そしてその感情が俺を元に構築されたのだとしたら……誰かを助けたいという気持ちは一緒のはずだ。
それを成すことができなかったのだから、その悔しさたるや俺と同じ程はあるだろう。
「…………っ」
無言で鵺から単分子カッターを抜き取り、ダンジョンを形作っていたレンガの一つを手に取る。
カッターを起動させて不恰好なりにも文字を刻んでいき、入り口の瓦礫の上に置いた。
『R.I.P アルター=ブレイナー 2XXX.10.12』
「済まない……こんな事しかできなくて……」
『………………』
バックパックの中から水袋を取り出し、墓石替わりのレンガへ掛けるとその場を後にした。
帰り道は双方、まともに言葉を交わすことは無かった。
〜モイライ 冒険者ギルド前〜
痛む全身に苛まれつつようやくギルドまで帰り着く。今日はもう何も考えたくない……。
自室まで帰ったら適当に携帯食料でも腹に入れてさっさと寝ちまおう……
入り口を押し開いた途端、下腹部に衝撃が走る。アニスちゃんあたりでも抱きついてきたのか、と思いきや下げた目線に入ったのはアニスちゃんの金髪ではなく白髪のショートヘア。
そしてなんとなく抱きつかれた所がひやひやしている。
「久しぶり!元気にしてた?ア……ル……ぇ?」
あぁ、久しぶりに見るな、この顔は。青松村で別れて以来だろうか。どうやらようやく冒険者になってこのモイライに配属されたようだ。
「久しぶりだな、桔梗。元気にしてたか?」
「ぁ……ぅ……へ……き、」
「き?」
「きゃぁぁぁぁぁぁああああああああ!!」
その日の桔梗の日記
「念願のモイライ進出!やっと彼に会える……!帰ってきた時に抱きついたら……別人のようになっていた……。配属初日の初仕事が彼の顔を冷やしてあげる事って役得なのやら再開の感動をボロボロにされた事に泣きたいやら……トホホ」
「………………」
バイタルチェック……ステータスレッド。
四肢断裂に出血多量。鼓膜の破壊による聴覚神経破損。ナノマシン起動。出血箇所への血流停止および神経ブロック。
自己修復開始。
キマイラとのリンク復旧。キマイラ損傷率95%……自己修復開始。
周囲状況の確認。サーモスキャン起動。周囲5,6メートルの地下空間。背後には石材製の壁。
大気の流動性あり。酸素濃度に問題なし。
以降自己修復に専念……
─ガラッ……─
状況更新。瓦礫の隙間より動体反応。空間内に進入中。
「あ“ぁ……?う〜……」
形状より人間と推測。バイタルサインあり。生存者?
─ボト……─
肩部より腕が脱落。痛覚反応無し。尚もこちらへ接近中。回避行動不可。
「あはぁ……♪あぁ〜……」
接触。敵意は無い模様。口腔部により体を舐めまわされている。
片腕のみで衣服を剥がれていく。救護をしようとしている?
「あ……んむ、ちゅく、じゅるる……」
陰茎を口腔で咥えられる。救護の一環?刺激増大中。
感覚制御不能。不能。フノウフノ───
「んぶっ!?ん……じゅるる……んくっ、んくっ……ぷはぁ……」
────シコウ、セイギョ、神経デンタツ───
─ガラッ……─
「あぅ……?」
「あ“〜……」
「…………♪」
キケン、ゾウダイ、自己修復完了6%、フノウ、セイギョ───
「もっと、ちょうだい〜……」
─────────────ぁ──────────────ぅ─────────────
〜おまけ『恐怖のシュウマイ弁当』〜
「……む?兄様、それは弁当か何かのようじゃが……食べぬのか?」
「いや……うん、それは分かっているんだけどな……」
蓋を空けてみると弁当の中身のシュウマイが2つなくなっていた。
「なんじゃ、もう手をつけておるのか」
「いや、まだ1個も食べてないんだ」
「なんと?」
蓋をもどしてまた考えこむ。
なんだかこんな話を大昔に聞いたことがあるような気がする。
「なんでも人肉を使ったシュウマイ弁当なるものがあるらしいんだが……」
「そりゃエグい話じゃの。で、その弁当とどう関係が……」
「その弁当、開ける度に勝手に中身が消えるそうだ」
「─────!」
再び蓋を持ち上げ中身を確認すると、またしてもシュウマイが一つ消えている。
「に、兄様……これは……これは本当にその話に出てくる……」
「かも、しれない。が、確信は持てないな。もしかしたら俺が無意識の内に食べているかもしれないし」
「いやいやいやいや、わしの目の前で消えたというのにそれは無いじゃろ!?」
そうこうして蓋を開け閉めしている内に、とうとう最後の一つが消えさってしまった。
「……なくなってしまったの」
「実はその話にはオチがあってな」
「オチ、とな」
「実は蓋の裏に全部くっついてました〜と」
蓋を裏返してみる……が、シュウマイはくっついていない
「(ガタガタブルブルガタガタブルブル)」
「……マジで無いぞオイ……」
ふと、視界の済にニータの背中が映る。
そして、その頬が妙に膨らんでいた。
「……ニータ」
「…………!」
結論:ニータの手癖の悪さは異常
12/10/22 00:48更新 / テラー
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