幕間〜彼女はどこから来たのか〜
〜冒険者ギルド ロビー〜
既に定位置となっているテーブル。向かい側には自分より背の高い椅子に座って脚をぶらぶらさせながらメイがクッキーを美味しそうに頬張っていた。
やはり子供舌なのだろうか、彼女は甘い物やハンバーグなどが大好物だ。
「なんだかんだでこいつももう大人の女なんだよなぁ……こんなナリしている癖に」
『マスターが強く拒めば問題なかったのでは?』
「うっせぇ。あれは事故だ事故」
まさか体の洗いっこしている内にそんな事になるなんて思わないじゃないか。相手は5歳だぞ?5歳。
「……あれ、何かおかしいぞ?」
確か……魔物の生殖活動の最下限は10歳……なのにメイの年齢は5歳……?
「メイ、お前歳は本当に5歳で合ってるんだよな?」
「う〜?」
どこかぽかんとした表情でクッキーから口を離して眠そうな目をするメイ。
俺の言った事を理解できているかすらわからない。
結局興味が無くなったのか再び持っているクッキーに齧り付きはじめた。
「まいったな……これじゃ確認できないじゃないか」
「どうしたッスか?アニキ」
なんとも言えない気持ちで頭を掻いているとどこからかゴブ3の長女がちょこちょこと俺の側まで寄ってきた。他の二人は向こうでコロコロと丸い玉を転がし合って遊んでいる。
「あぁ、メイの年齢なんだが……こいつ5歳で合ってるか?」
「5歳?まさか、そんな子供じゃあないッスよ」
なぬ?
「正確には親分が幾つになるのか誰もしらないッス。あっし達と出会ったのが今から……20年近くも昔ッスかね?道端でぼんやり空を眺めながらお腹を鳴らしていましたからよく覚えてるッスよ」
「つまり……別にこいつはお前らと血縁関係にあるわけじゃ無いってことか?」
「正直言って身元不明ッス。親が誰なのか、今どこにいるのか、そもそも本当の名前すら分からないッスよ。」
背筋に薄ら寒いものが走る。目の前にいるのは今までただのプニバインだと思っていた。
しかし……こいつは、何だ?
「アニキ、親分の身元がわからないからって嫌わないであげて欲しいッス」
「まさか。こいつには何度も命を救われている……今更嫌うなんて出来る訳が無いだろう」
そういえば俺も元々は身元がほぼ不明なのだ。研究機関で何かしらの調整を受けたクローンという事以外は不明……なら俺とこいつはある意味では似た者同士なのかもしれない。
〜クエスト開始〜
―遺跡調査―
『新規発見されたダンジョンの改装工事の為に危険の有無を調べるため、遺跡内部の調査を行って欲しい。
調査項目は致死性トラップの有無・内部の詳細な見取り図、細菌などの生物災害の調査となっている。
内部にどのような危険があるかわからないので、威力偵察が可能な人員を求む。
冒険者ギルド情報部』
「威力偵察、か」
「未知の危険がある場所なんかでは良く依頼が回されたりしますね。既知の危険や教会領であれば普通はシーフギルドが請け負うんですけど戦闘に巻き込まれたら不利ですからねぇ」
何があるかわからない以上個人の戦闘能力が必要になってくるって事か」
「受けますか?」
「あぁ、頼む。他にはこれといって良さそうなものがないからな」
プリシラにクエスト受理の手続きをしてもらっていると、足元へちょこちょことメイが近付き、ズボンの裾をくいくいと引っ張って来た。
「ん、メイも行くか?」
「あにぃと一緒〜♪」
と、言う事らしい。
いくら筋力が強化されているとはいえ、彼女には遠く及ばない。
そうであれば力任せに何とかしなければいけない状況になった時に彼女が付いているのは心強いだろう。
「プリシラ、メイも追加で頼む」
「は〜い。お連れの方達はどうしますか?」
ゴブ3はというと……
「親分の邪魔はできませんからアタシらはこっちで待機しているッスよ。」
「そうかい。んじゃ、留守を頼んだ」
何か気を効かせたのか一緒に行くつもりは無いらしい。
俺としても4人も同時に子守をしながら依頼をこなすのは面倒なので助かるが。
「受理が終わりました〜。場所はモイライ東の駅馬車中間地点近くの遺跡ですね。」
「了解。んじゃ、行くか」
メイがごそごそと自分の私物入れである木箱を漁っている。
御目当ての物を見つけたのか木箱の中からそれを引っ張り出す……って、それは……
「ガーディアンの得物か、それは……」
「おきにいり〜♪」
以前何度か見たことがある近接戦闘型のガーディアンが持っていた大斧だった。
さらに革袋を取り出して大斧を背中のホルダーに留めると特にふらつくこともなくこちらへ歩いてきた。
こいつが冒険者になってから身のこなしが洗練されてきた気がする。頼もしい限りだ。
「じゅんびできた〜」
「うし、行くか」
「あ〜い♪」
準備は万端。意気揚々とギルドを後にする。
どんなに困難な事が立ちふさがっても俺には頼もしい仲間がいる。滅多なことでは遅れは取らないだろう。
『今回も貸切の馬車を探しますか?』
「黙っとけ」
駅馬車に揺られること一時間。中継地点の駅で下車し、現地に待機していた冒険者ギルドの情報部の男に場所を聞いて足を向ける。
ちなみに馬車は貸切では無かったとさ。実は少し安心していたり。
「あにぃ、おんぶ〜♪」
「無茶言うな」
メイ自体はさほど重くはない。問題は彼女の背負っている大斧だ。明らかに人が振るえる重さを超えているものを背負って歩き続けるのは拷問以外の何物でもない。
『甲斐性なしですね』
「そんな物理的な甲斐性いらねぇ」
残念そうなメイの気持ちを汲んで手をつないで歩くことで妥協してもらった。
うれしそうだったからまぁいいか。
〜忘れられた遺跡〜
「ここ、か」
ぽつりと草原の真ん中に生い茂る林の中へ踏み入ること10分。
目当ての遺跡がぽっかりと口を開けて俺達の到着を待っていた。
早速調査を開始すべく脚を踏み出そうとして何かがズボンの裾を引っ張るのを感じる。
言うまでもなくメイの手だった。
「どうした?」
「ここ……めーがでてきたとこ……」
出てきた……?
「どういう事だ?」
「こっち……」
すると見た目にそぐわない俊敏さで遺跡の中へと入っていく。あいつ、あんなに早く動けたのか。
「おい、ここから出てきたってどういう事だ?」
「うまれた……?でてきた……?わからにゃ……」
薄暗くてじめじめとした遺跡の内部をマッピングしながら進む。
メイがどんどん進んでしまうので分かれ道や小部屋などはざっと見て位置と大きさを書くに留まった。後でしっかり調べなくては。
「ここがメイの家……なんて事はないよなぁ」
彼女に付いて行くと、数分もしない内に行き止まりになってしまった。
これといった仕掛けもなく、壁のみが目の前に広がっている。
「行き止まりだぞ?」
「……」
何も言わずにメイが壁に手を当てると、壁が淡く光って蜃気楼のように消え去る。
俺はその光景を息を飲んで見ているぐらいしかできなかった。
「メイ、お前は一体……」
「こっち……」
出来た通路の奥へメイが進んでいく。
彼女を一人にする訳にもいかないので仕方なく付いて行くと、妙な匂いが漂ってきた。
「(こいつは……腐臭?何か生き物でも腐ったような……)」
匂いは次第に強くなり、目に刺激が来るほど強烈になっていく。
「メイ、引き返そう。これ以上近づいたら鼻も目も駄目になりそうだ」
「……」
俺の提案に聞く耳も持たず、さらに先へと進んでいくメイ。
なかばヤケクソ気味になって彼女の後を付いて行くことに。
『生体反応無し……魔物も小動物もいなさそうです』
「そりゃこんな閉鎖空間じゃ食うものも呼吸する空気も足りなさそうだしな」
腐臭は増々強くなっていく。
よく見ると足元には人骨らしきものが転がり始めた。
スケルトンにもゾンビにもなる事もなくここにあるとは……ほぼ完全に外界の魔力から遮断されていたのだろうか。
「……」
「っと、急に立ち止まるなよ……って、なんだこりゃ……」
ようやく腐臭の元にたどり着いた。
直方体状の部屋の中には石の台座が整然と並べられており、その間を通路らしきものが通っている。
台座の上にはぐずぐずに腐った肉塊が載せられており、その側には何かが書いてあるプレートが設置されていた。
手近な物を読んでみると……
「実験体No203……?名称は……掠れて読めないな」
『何かの実験施設だったのでしょうか』
その並べられた台座の一つにメイがふらふらと近づいていく。
それに付いて行き、台座に書かれている物を読み上げる。
「実験体No130……強化ホブゴブリン……?」
何か、嫌な予感がする。メイはというとぼぅっとその台座と台座の上に置かれている肉塊を見ていた。
「めー……ここから出てきた……」
「マジ……か……」
彼女の言うことが正しいのであれば……彼女は何かの実験によって生み出された生物兵器みたいな物、という事になる。
「詳しく、話してくれるか?」
流石にこの激臭の中では落ち着いて話すこともできないので、ADフィールドを展開しておく。
解けば再びこの匂いに苛まれるが、話している間ぐらいはいいだろう。
「めがさめたら……ここにいて……なにもなかったからそとにでた……」
朧気な記憶を辿るように、ぽつりぽつりと一言ずつ話し始めるメイ。
「くらくて……こわくて……やっとそとにでたら……からだがあつくて……からだがちぢんで……」
どうやら旧世代の姿でここから生み出され、外に出た途端に現魔王の魔力によって変容が発生したらしい。
「どうしたらいいかわからなくて……おそらをみてた……」
「……で、あのゴブリンの話に繋がるって訳か」
彼女の話からはここから出て彼女達に拾われた事ぐらいしか推察できない。
根本的な疑問は……
「ここが……一体何の目的で造られたか、って事だな」
『探せば資料の一つはあるでしょう』
そんな訳でここがどういった目的で造られた施設なのかを調べるべく、施設の中を探索することに。
メイはというと不安なのか俺のズボンの裾をしっかりと握りしめて大人しく付いてきている。
こちらとしても変な場所にフラフラと歩いて行かれるよりは助かるからいいのだが。
「ん、これっぽいな」
先ほどの部屋の隣に位置する部屋。おそらくは何者かの居住スペースのような場所に資料棚が置いてあった。その内の一つを手にとってパラパラとめくっていく。
「うへぇ……風化していて殆ど読めないな。おまけに所々飛んでやがる」
今自分が使っている翻訳ツールだが、翻訳できない箇所は翻訳せずにスキップする処理がされる。
そして風化して読めない場所とは別に翻訳されない箇所も数多く見られる……という事は今現在普及している文字とはまた別の文明……それもかなり古い物なのだろう。
「捕獲……転用……調整による操作……異種間による合成実験……言葉の端々に出てくるのはこんな所か。ざっと見ただけでもロクなもんじゃなさそうだな」
別の資料には挿絵らしき物も書いてある。どれも魔物が書いてあるが、今現在の姿ではなくファンタジー一般に出てきそうなソレと同じ物のようだ。
「歴史的資料だな。持って帰ったらそれなりの価値で売れるかね」
『内容によっては悪用されると危険な物もあるでしょう。この場で処分しておいたほうが良さそうです』
「ま、それもそうか」
最後の1冊として分厚いファイルを抜き取る。
タイトルは……アークキメラ実験報告書?
「これだけは割りとまともに読めそうだな」
ファイルに閉じてある資料の束を軽く流し読みしていく。
どうやら複数種類の魔物を合成して作る生物兵器のような物、という事らしい。
「……うげ」
『これは……酷いですね』
見たままを転写する魔術でもあったのだろうか。
資料の一枚にその実験体の絵が鮮明に映し出されていた。
体表は腐ったようにドロドロと泡立ち、歪で鋭い爪が原型を留めていないような手の先に生えている。
顔と思わしき場所には大きな一つ目に申し訳程度に開いた鼻の穴、乱杭歯が顔をのぞかせる大きく広がった口。
体の所々から奇妙な器官が突出しており、本来生えるべきでない場所から羽やら余計な腕やらが生えている。
『生命維持は可能なレベルに落ち着いたものの、あまりの凶暴性にコントロールは不可能。封印措置を施してプロジェクトを凍結……ですか』
「ま、妥当な結果だよな。過ぎた力ってのは大抵が扱いきれなくなるもんだ」
そういえばメイはここの封印が解けたから出てきたのだろうか。
この実験体より危険度は低いから封印はさほど厳重ではなかったと考えたとしても、この実験体もいずれは封印が解けて動き出すのだろうか。
そしてこの施設から出た時に現在の魔物の形に落ち着くかどうかは……全く補償できない。
何しろこの報告書を見るに少なくとも数十種類の魔物を混ぜあわせて出来たような代物だ。
「ギルドに報告して再封印するなり処理するなりの手段を取ってもらったほうがいいかもしれんな。もし暴れだしたら手が付けられないかもしれ……」
言い掛けたその時だ。
金属が割れるような甲高い音が先ほどの部屋の方から聞こえてきた。
凄まじく、嫌な予感がする。
「……なぁ、これって戻って何の音か確認しなきゃならんよな?」
『確認しなくてもこの部屋は先程の部屋を通らなければ出ることができません。諦めて音の正体を確かめて下さい』
「はぁ……面倒そうな事が起こりそうだ」
「ほら、やっぱり面倒な事が起きた」
『面倒の一言で片付けられる事では無いでしょう、これは』
台座が並んだ部屋の奥。一際巨大な台座の上の肉塊から先ほどの挿絵で見た実験体が這い出て来ていた。
戦闘機動を取るのにADフィールドは邪魔なだけなので消したが、もう一度付けたくなった。何しろ臭気が先程と比べ物にならない。立っているだけで吐きそうである。
ギルドの知り合いにはいないが、もしいたとしてもここにウルフ種を連れてくる事だけは絶対にしたくはないものだ。
「あにぃ……」
「ん、どうした?」
彼女は静かに背中の大斧を抜き放つ。
その表情はいつもの眠たそうなそれではなく、悲しそうな……それでいて確かな意志が垣間見える物であった。
「このこ、ねむらせてあげよう?かわいそうだから……」
「……やれやれ、俺としてはさっさと尻尾巻いて逃げ出したい所なんだがな」
射撃姿勢を取り、鵺を実験体へ向けて構える。
ここまで言わせて逃げるほど俺は腰抜けでは無いつもりだ。
「いいぜ、付き合ってやるよ。こうなったら一蓮托生だ」
『本来であれば撤退を推奨するのですが……ここで撤退すると何が起きるか分かりませんからね。お付き合い致します』
「……ありがとう」
勇んでは見たものの……パッと見では攻略法を思い浮かべられない。
「さて、どうするよ」
『まずは機動力を削いでみましょう。主な移動手段は……』
こちらを敵と認識したのか、実験体がその異様に長い腕を動かして体を引き摺り、こちらへと近づいてくる。
『あの長い腕のようですからまずは腕を切断するなり吹き飛ばすなりしてみましょう』
「了解……っと」
ショットガンを展開しつつ俺は右へ、メイは左へと散開する。
散弾を散発的に発射し、こちらへ注意を向けつつ右側へと回りこむ。
「っと、うわ!?」
すると、回りこまれまいと実験体はほぼノーモーションで腕を振り回し、その鋭い爪で俺を切り裂こうと狙いを定めてくる。
幸い回避には成功したが、その爪によって硬い石畳で出来た床がごっそりと削り取られるのを見て背筋が薄ら寒くなる。
「あっぶね……って、うぉう!?」
追撃とばかりに真上から爪が振り下ろされ、今までいた場所に大きなクレーターと穴を穿つ。まともに食らったが最後、即死は免れないだろうな……くわばらくわばら。
「そ〜、れ!」
しかし、俺の方へと注意を向けていたのが幸いしたのか、メイが攻撃をもらうこと無くもう片方の腕の所へたどり着いき、その大斧で腕に渾身の一撃を叩き込む。
殆ど霧散するかのような勢いで切り裂かれた腕は壁へと向けてたたきつけられ、汚い肉塊と化した。
ただでさえ怪力のホブゴブリンがここに来てさらに強化されていたのが分かったのだ。
あの破壊力も頷ける。
「いいぞ、メイ!こっちも負けてられないな!」
爪が石畳に刺さって抜けなくなったらしく、もう片方の腕は動かせなくなっているらしい。
一気に肉薄し、ショットシェルを連続で叩き込む。
あっという間に肉が削り取られ、骨がむき出しになった所でパイルバンカーの先端を突き立て、トリガーを引く。
「バスタァー!」
炸薬の力によって杭が押し出され、インパクトを一点に収束させた杭打ち機の一撃が堅牢な骨格を打ち砕く。
別に叫ぶ必要は無かったのだが、やはりこういうのは勢いが大事ということで破壊と同時に掛け声を叫ぶ。
「よし、これであとは一方的に攻撃を加えるだけ……!?」
しかし、破壊した側からぶくぶくと肉が泡立ち、破損面を覆ったかと思うとあっという間に修復されていく。
慌てて飛びすさった場所に再生された爪が再び虚空を切り裂く。危ない所だった……
「自己修復機能付きってか……生半可な攻撃じゃ再生されておしまいだな」
完全に再生された腕を振り上げ、怒りを露わにして再び実験体が俺とメイに迫り来る。
「ならば……再生の暇を与えないだけだ!」
再び俺とメイが左右に散開し、腕へと攻撃を加える。流石に2回目ともなるとパターンも読めてきてあっさり破壊する事が出来た。
腕による支えを失った実験体が重たげに頭を垂れる……今だ!
「回復の隙は……!」
『単分子カッター展開』
鵺から抜き取った単分子カッターを逆手に持ち替え、地上近くまで下がってきた目玉へと深々と突き立て、トリガーを引く。
チェーンソー状の刃が水晶体を砕き、抉り、ズタズタに切り裂いてく。
あまりの痛みに上体を仰け反らせた所で単分子カッターを格納。
「ビームガトリング!」
『展開』
間髪入れずに光学機関砲を呼び出し、実験体へ向けてトリガーを引く。
無数の光弾が表皮を、筋肉をそぎ落とし、内蔵や骨格をむき出しにしていく。
「まだぁ!」
『M90アサルトマシンガン』
呼び出したのはマシンガンだが、使うのは銃弾そのものではない。
その下に取り付けられた……
「吹っ飛べ!」
金属で出来た筒状の物体……言わずもがなグレネードだ。
むき出しになった内臓へと突き刺さり、閃光と破片と衝撃を撒き散らして内蔵を木っ端微塵に打ち砕く。
「メイ!」
「うん!」
鵺に取り付けられたパイルバンカーを床に突き立て、鵺の上にメイを乗せる。
遠隔操作によって作動したパイルバンカーは反作用によってメイを部屋の天井近くへと飛び上がらせ……
「ごめんね……おやすみなさい」
大上段から振り下ろした大斧が実験体を両断した。
もはや発声器官すら失った実験体は断末魔の声すら上げること無く左右に別れて床に叩きつけられ、無残な肉塊へと姿を変えた。
「……大丈夫か?」
無言で肉塊の前に佇むメイへと近づく。
彼女は……何かに耐えているような感じがした。
「あにぃ……」
メイがその場に大斧を取り落とし、俺の腰へとしがみついて来る。
彼女にとって、それが原型を留めていない異形だったとしても……この施設で生まれた兄弟のような物だったのだろう。
「いいんだ、泣いても。誰も笑いやしないさ」
「ぅ……ひっぐ……うぇ……うわぁぁぁぁぁぁ……」
それから暫く、彼女は火のついたように泣き叫び続けた。
「マッピング完了……っと。あとは帰って報告するだけだな」
『それにしても気味の悪い施設でしたね。大昔ではああいった事が平然と行われていたのでしょうか』
「ま、今でも同じようなことをやっている所が無いとは限らんがね……」
メイを遺跡の外で待たせて自分一人で内部のマッピングを終える。
彼女にとってもあまりいい思い出では無いだろうからという俺の配慮だ。
今回は無事に終わったとは言え……あまり後味のいい終わり方とは言えないかもしれないな。
「メイ、もう大丈夫か?」
「ん……へーき……」
外で座っていた彼女が服に付いた土を払って立ち上がる。
完全にいつもの元気、とは言い切れないかも知れないが、どこか吹っ切れたような清々しい表情をしていた。
「ほれ、土産だ」
「ん……?」
彼女の手の中に小瓶を握らせてやる。
中には小さな白い欠片が入れてある。
「さっきの実験体の骨の一部だ。もうあの状態じゃ完全に絶命して自己修復もできないみたいだったから持ってきた。自分で持っているなりどこかに埋めるなり好きにするといいだろ」
「うん……ありがと、あにぃ」
小瓶を自前のポシェットにいれるといつものにへら笑いで俺を見上げてきた。やはりこいつにはこの顔のほうがよく似合う。
「うし、帰るか!」
「あ〜い♪」
後日、その遺跡は今の魔物達の住居として生まれ変わったらしい。
あの施設内部の掃除は中々に大変だったらしいという事をここに付け加えておく。
メイはというとあの小瓶をモイライ近くの共同墓地に埋めてきたらしい。
あれで彼女の過去と決別できたらいいのだが。
「あにぃ〜」
「ん、どうした?」
この小さな体にとてつもなく重たい過去を背負った彼女の重荷を……
「だいすき〜」
「そう、か」
少しでも軽くしてあげられたのであれば、これ以上の幸いは無いだろう。
おまけ〜夢〜
闇の底から意識が浮かび上がってくる。それと同時に理解した。あぁ、これは夢なのだと。
少し上の方向から見下ろす視点は自分が幽霊かなにかにでもなった感覚だ。
見下ろす景色は何かの研究所のような場所。無機質な白い壁に囲われた部屋の中心には透明なカプセルが無数の機器に配線によって繋がれ、常にデータを取られているようだ。
そのカプセルの中には子供が入っていた。よく見ると、俺に少しだが似ている。
「ねぇ、君は何でそんな所に入ってるの?」
気がつくとカプセルのすぐ側にもう一人子供が立っていた。こちらも俺に似た子供だ。
カプセルの中の子供はうっすらと目を開けたが返事をしない。
それもそうだ。中は液体で満たされているのでしゃべることなんて出来るわけがない。
代わりのカプセルの中の子供は目線だけでコンソールを指し示す。
コンソールには神経端子を接続するためのソケットが幾つか開いていた。
納得が言ったというようにその子供は自分の首筋から端子を抜き取るとソケットに接続した。
「これで話せる?」
『接続完了。対話可能』
抑揚のない声でカプセルの中の少年が応答する。しかし……神経端子を通して会話しているのであればこちらに声は聞こえない筈なのだが……何故だろうか。
「それじゃあ改めて……何で君はそんな所に入れられているの?」
『研究員が当該プロジェクトに不適合と判断。後期ロットナンバーに参考の為、培養槽内で情報収集中。』
「難しくてよくわかんないよ……」
プロジェクトに不適合……?もしかしてこのカプセルの中の少年はアルターか?
そうなると今話しかけているこの少年は俺か……俺と同じように造られたクローンだろうか。
「ここって物凄く暇なんだ。やることって言ったら情報のインストール(強制入力)での訓練か電脳空間での模擬戦しかないんだもん。だからさ、僕の話し相手になってくれる?」
『対話による相互学習を了解。プロジェクト達成への助力であれば異存は無し』
どうやら好奇心旺盛な年頃の彼に研究所での訓練の日々は退屈過ぎたらしい。誰かしら遊び相手が欲しかったのだろう。
「話し方が硬いなぁ……もう少し普通に話せない?」
『不可。対応語彙は制作方針上未実装』
そういえばアルターは完全に戦闘方面に特化されて製造されたのだったか。
だとしたら作戦行動の報告に必要な物以上の言語は学習されてなくて当たり前、か。
「う〜ん、しょうがないか。それじゃあ僕の話聞いてよ。ここじゃみんな忙しくて誰も相手にしてくれないんだ」
そう言うと少年は一方的に話し始めた。研究員がうっかりやったミス、いつも代わり映えのしない食べ物の事、模擬戦で戦う奇妙な生物の話、そして、自分達の親がどんな人物かという想像。
「そういえばまだ名前を聞いてなかったっけ……。君って何ていうの?」
『製造番号ALLS―SP000。個体名称「ALTER」。』
「P000……って事は……う〜んと、プロトタイプ?あ、じゃあ僕の兄さんだ!」
手をパチリと合わせて合点が言ったように目を見開く少年。
そう言えば……クローンはアルターと俺以外は全て死滅しているんだったか……。
という事はこの少年は……。
「え〜と、僕はえー、える、える、えす……ぴーのぜろぜろいち番だったっけ?研究所の人は僕のことをアルテアって呼ぶよ。」
そうか……こいつは昔の俺なのか。
どうやったのかは知らないが、この後……どれぐらい後かは分からないが、アルターが研究所の転移装置を使って今いる世界……彼女達が住まう世界へと逃げ込んだのだろう。
隣り合う世界というのはそれこそ無数にある。
正確な座標も打ち込まず、適当に設定した座標と俺が向かう先の座標が一緒だったというのはまさに運命的な物を感じざるを得ない。
「もし兄さんがそこから出られる日が来て……僕も自由に動けるようになったらさ。一緒にいろんな所に行こうよ!楽しそうでしょ?」
『理解不能。楽しいに関する定義を求める』
「え〜……そこから〜?」
少し呆れたように笑いながらも嬉々として過去の俺はそれが何かを説明していく。
やはりこの後いつかは分からないが……そう遠くない未来におやっさんがこの研究所に襲撃を掛けて俺を救出する筈だ。
非人道的な研究が行われていると踏んで。
今となってはこの研究所で何が行われていたのかは詳しく知ることができない。確か……関係者全員が逃げ出して雲隠れしてしまったのだったか。
実験に関する資料は全て削除され、研究所は全て空っぽの状態。
俺は……襲撃の恐怖のあまり完全に放心状態で見つかったと聞かされていた。これは時間が経つ内に本来の性格が分かったからだったはずだ。
「約束、だよ。いつか、一緒にいろんな物をみようね」
『了解……』
「兄様、兄様!」
「……ん……わり、寝てたか」
気がつくとギルドのロビーにあるテーブルに突っ伏していた。
目線を下げるとエルファが心配そうな顔でこちらを見上げている。
なんでもない、と言うふうに頭を撫でてやると気持ちよさげに目を細めた。
「兄様が居眠りとは珍しいの。今まででも数える程しか無いのではないかえ?」
「お前は俺を何だと思っているんだ……機械じゃないんだから居眠りぐらいはする」
まぁ確かに性分から言ってよほど安心できる場合でないと熟睡はできないが。
「もし疲れているのであればわしが膝枕でもしてやろうかの?」
「お前のサイズだとどちらかというと抱き枕だけどな」
冗談めかして言ってやると顔を真赤にしてもじもじと両の指を合わせてつつき始めた。
いつもの事だが逆地雷を踏んでしまったらしい。
「兄様がそれで良いというならばそれでもかまわんのじゃが……」
「気持ちは有難いが遠慮しておく。なんだか凄まじく重たい視線があちこちから突き刺さっているからな」
このままエルファを抱え上げて自室に戻ると7,8倍ぐらいの人数が一気に付いてきかねない。そうなればとても寝る事なんてできないだろう。
「そんじゃ、また明日な」
「うむ、またなのじゃ♪」
結局その日は部屋に戻った俺の元にこっそりとエルファが来て、それを目撃したニータとメイが乱入し、騒ぎを聞きつけたアニスちゃんとチャルニが押し入り、さらに騒がしくなった所でフィーとミストが止めに入り、魔女(この場合は魔物娘の意)の坩堝となった所で寮母のイーフェイさんが乱入して全員を俺の部屋から締め出した所でようやく落ち着けた。
「寝ようとするだけでなんでここまで騒ぎが起こるんだよ……」
『大体マスターのせいです』
「少し昔の俺を殴り飛ばしたい……!」
12/07/06 19:24更新 / テラー
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