第二話{殺戮者と救済者}
「……っ。……ごめんなさい……ごめんなさい……。」
翌日。雨が上がった所を見計らって外で穴を掘る。
シャベルは小屋の物置に入れてあった。
服はタンスの中をよく探したらあった。
僕と同じくらいの歳の子供がいたのかもしれない。
僕は謝りながらお姉さんのお墓の穴を掘る。
疲れたけれど、やめるわけにはいかない。
これは僕が引き起こした事なのだから。
埋めるのに十分な深さの穴を掘ると、お姉さんの骨を毛布に包んで穴の前まで持っていく。
「ごめんなさい……こんなお墓だけど、どうか安らかに眠ってください……。」
毛布の中から骨を一つずつ出して、穴の中へ置いていく。
全部入れ終わったら、土をかぶせて拾ってきた木の棒を立てる。
終わったら、手を組んでお祈りをした。
一杯穴を掘って疲れたけれど、ここでは眠れない。
またお姉さんみたいな人が来たら、同じことをされてしまうかもしれない。
もう、死なせたくない。
麻袋を物置から引っ張り出して、毛布や着替えを詰める。
食料はお姉さんの袋から貰おうと思ったけど、変な味がして食べられなかった。
使えそうなものはナイフくらいしか無かった。
小屋を出てお姉さんの墓の前でまた手を組む。
「お姉さんの荷物、少しだけいただいていきます。ごめんなさい。」
そして僕はその場を立ち去る。
目立つ平原は良くない。早足で近くの森の中まで入っていった。
森の中は薄暗くて、見通しが悪かった。
本来なら不安になるのだろうけれど、誰にも見つかりたくない僕に取っては安心な場所だった。
「おなか……空いた……。」
そう言えば昨日起きた時から何も食べていないや……。
美味しくなくてもお姉さんが持っていた食べ物を持ってくるべきだったかな……。
キノコとかが生えていたけど、怖いから食べるのはやめた。
暗い部屋の中で読んだ本で、色んな毒キノコがある事を知っていたから。
変に知らないものを食べたら、ヘタをすると死んでしまうかも知れない。
「……?あれ?何で?」
キノコが、どんどん増えていく。1個や2個じゃなく、木にも草の間にも生えている。
「キノコの森なのかな……。」
獣道を進んでいると、だんだんと靄がかかってきた。
「あれ……?これ、霧じゃない。」
湿っぽい感じはあるのだけれど、霧みたいに冷たくない。
霧って湿度が高くて寒い時に出てくるんだよね?
「なんだか不気味だなぁ……。戻ったほうがいいかな?」
しばらく考えて、不自然な場所に行くのは危険だと判断する。
「戻ろう。平原を歩かなくても、森に沿って進めばいいよね。危なかったら隠れられるんだし。」
中間辺りの決断に落ち着く。僕はその場を引き返して森の出口へと向かった。
「……これは……マズいよね。」
平原近くまで戻ると、誰かがいた。緑色の肌をした、大きな女の人。
一応身を隠しているから気付かれていないけど、少しでも物音を立てると気付かれそうな気がする。
「危険でもあの中を進むしか無いかなぁ……。」
迂回して進んでうっかり小枝を踏んで音を立てたらマズい。また引き返して、あの霧の中を突破することにした。
「でも……何なんだろう、これ。触っても何とも無いのに。」
霧の中を歩いて行く。キノコの数はもう数えるのも面倒くさい程の数になった。
菌類特有の匂いが鼻につく。
「……あれ?何だろう……人かな……?」
進む先に白い服を着た人影がいる。
動きが少ないけれど、確かに生きているみたいだ。
僕はその人影に近寄ってみる。追いかけられそうになったら、逃げればいい。森の中なら小柄な僕のほうが有利だ。
「……本当に何だろう。これ。」
近寄ってみたらそれは、女の人のような何かだった。
キノコ人間といえばぴったりかも知れない。
眠っているのか、じっとして動かない。ちょっとつついてみる。
ぷにぷにしている……ちょっと気持いいかも。
よく見ると、同じような人があちこちに立っている。
「危険な物……じゃないのかな?」
さっきから動かないし、声も出さない。寝ているからかな?
しばらくその人みたいな物を観察していると、うっすらと目を開いた。
「わ、起きた。」
「ん〜……?」
その人はしばらく寝ぼけたみたいにぱちぱちと瞬きを繰り返すと、僕の方を見た。
「あ〜、可愛い子みっけ〜」
距離が近かったためか、反応が遅れて僕はその人の腕の中に捉えられてしまった。
「わ、何!?何!?」
「いっしょになろ〜♪」
そう言うと彼女は僕のズボンに手を掛ける。
「ちょ、待って!やめ、下ろさないでぇ!」
頭によぎるのは、昨日のお姉さんのこと。
もし、この人がお姉さんと同じような存在だったなら……この人は多分、死んでしまう。
「離してよ!離してったらぁ!」
もがくけれど、離してくれない。どうにか振りほどかないと……。
その時思い浮かんだのは、お姉さんの荷物から貰ったナイフ。
「(腕を斬れば嫌でも離さなきゃならなくなる筈……!)」
ズボンのサイドポケットに鞘ごとしまってあったナイフを抜き放ち、腕に突き刺すために振り上げる、けど……
「……ぅぅ……できないよ……」
仮にも相手は人の形を取っている物。
誰かを傷つける度胸なんて、僕にはない。
手に力が入らなくなり、ナイフを取り落としてしまう。
抵抗している間に、彼女は僕のズボンを剥ぎとってしまった。
「いれちゃうよ〜」
女の人に抱きしめられた事によるものか、僕のあそこはもう硬くなっていた。
彼女の中に僕のあそこがずぷずぷ入っていく。
「やめて……やだ……死んじゃうからやめて……」
「死んじゃうくらい気持よくしてあげる〜」
やっぱり話が通じていない。彼女の方から腰を動かして、僕のあそこを刺激してくる。
「んぐ〜〜〜〜!離して!離してってば!本当に駄目なんだって!」
腕を突っ張るけれど・・・。
<ずぼ>
彼女の中に腕が埋まってしまった。当然抜けない。
「これでいつまでもいっしょだよ〜。」
呑気に笑う彼女。焦る僕。
「話を聞いてよ!出したら君死んじゃうんだよ!?僕は君を死なせたくない!」
「死んじゃうくらい気持よくしてくれるの〜?ありがと〜♪」
だめだ、話が通じない。これで、もう僕に抵抗する術は無くなった。
「ごめん、ごめんなさい。ごめんなさい……っ!」
だから、これから起こる事に謝る。理不尽な死を振りまく僕が、謝罪する。
「大丈夫だよぉ〜♪」
彼女が僕を優しく抱きしめてくれる。
でも……僕はそれを素直に受け止めることができない。
「一緒にいってあげるから……怖くないよ〜♪」
その優しい言葉が僕の事を締め付ける。痛い。優しさが痛い。
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!ごめ、ぁ……〜〜〜っ!」
我慢していた死の蓋が開かれる。彼女の中に、僕の罪が流れこんでいく。
溢れそうなほどに出てくる僕の白い物。忌むべき、僕の禁忌。
「いってくれた〜♪あはは……」
そして訪れる変化。彼女の体が燃え上がる。
「あはは……あついなぁ……あついぃ……」
彼女が笑いながら炎に包まれていく。そして、辺りのキノコも炎に包まれ、それが別のキノコ人間達にも引火していく。そういえば……キノコって地下で繋がっているんだっけ……。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんな……」
不意に引き寄せる力が強くなって、唇が何かに塞がれる。それは彼女の、唇だった。
「(あ……り……が……と……)」
もう、声は聞こえなかった。口だけがその形になっていた。
炎に温度はなく、触れても僕が火傷をする事はないみたいだ。彼女の腕が崩れて、僕を解放する。
辺りは轟々と燃え上がる火の海になっているが、それが木に燃え移ることはなかった。
暫くすると、辺りには何も無くなった。燃えカスも残らず、骨もない。夢ではなかったのかと思ったが、まだ彼女のあそこの汁で濡れている僕のあそこが、夢ではなかった事を物語っている。
「ぁぁ……ぁぁぁぁ……」
絶望、空虚、心を引き裂かれる痛み、無力な自分に対する怒り、理不尽な死を振りまいてしまった彼女たちへの罪悪感。
「ぁぁぁ……ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!」
僕は落ちていたナイフを掴むと、振り上げる。
「こんな……こんな物があるからぁぁぁぁああああああああああ!」
僕はナイフを僕のあそこに向かって振り下ろす。けど、その手が途中で止まる。
「……ぅ……ぁ……もう、もうやだよ……いやだよぉ……」
僕には、自分で自分の元凶を断つ勇気も無いんだ……。
ナイフを取り落とし、僕は地面にうずくまる。
「ころして……誰か……僕を殺して……やだ……もうやだ……殺したくない……」
罪悪感で潰れそうになる。非力な自分に嫌気が差す。自分の命も断てない弱い自分に怒りがこみ上げる。
「誰か……だれかぁ……殺して……ころしてよぉ……」
もう、涙も出ない。動くこともできないぐらい疲れた……。このまま……待っていれば……死ぬ……ことが……出来るかな……。
神様……もし、貴方が僕の事を見てくれているならば、お願いです……。
誰も……僕に近づけないでください……。近づけるのなら……僕を殺してくれる人をお願いします……。
そして……僕を……。
「殺して……下さい……。」
意識が遠のいていく。目の前が暗くなっていく……見えない……怖い……けど……これで……しね……る……。
「どうなってんだこりゃ……。」
ギルドの依頼で近場の森のマタンゴの生息範囲を調べに来たのだが、どうにもおかしい。
マタンゴはおろか、そのマタンゴを媒介するキノコまで見当たらない。
この森でのマタンゴ発生は既に確認済みの筈なのにだ。
「防菌装備が無駄になっちまったかな……。」
結構高かったマタンゴ対応マスクも、高い金払って受けたワクチンも無駄になりそうだ。
「誰かがマタンゴを全滅させちまったのか?しかしどうやって……。」
炎で焼き払った痕も、薬品みたいなもので全滅させたような痕跡もない。
そこには正常な森が広がっている。
「ん?ありゃぁ……一体……」
薄暗くてよく分からないが、何かが落ちている。
近寄ってみると、それは子供だった。歳は10歳過ぎくらいだろうか。
「おい、大丈夫か?しっかりしろ。」
揺り動かすと、少しだけ動いた。意識はあるようだ。
「ぁ……」
うっすらと目を開けてこちらを見てくる。その目に涙が溢れてきた。
「ぉ……ねがぃ……ころ……し……て……」
その衰弱しきった少年は、自分に殺せと言ってくる。
「馬鹿な事言ってるんじゃない。お前親はどうしたんだ。」
しかし、少年はなおも呟く。
「ころし……て……ころ……してぇ……」
面倒くさい子供だこと。
「やなこった。いくら金積まれてもこんな弱っているガキ殺すほど俺は落ちぶれちゃいない。」
俺は少年の物と思われるナイフを拾い上げて鞘に戻し、彼を背負う。
「ここで何があったのか、お前はここで何をしていたのか。そんなもんどうでもいい。でもな、」
俺はそこで言葉を切る。そして横目で彼と目を合わせ、睨みつける。
「殺せとか軽々しく言うんじゃねぇ。まだまだ人生これからだろうが。」
元来た道を辿って森の外へと向かう。せめてこいつの手当だけでもしないとな。
温かい……。柔らかい何かに包まれて寝かされている。
「ぅ……ん……あれ……?」
初めは天国かと思ったけど、どうやら違うみたい。
木でできた天井と、吊り下げられたランプが見える。
そして理解する。僕は、まだ死ねていないんだ。
神様……貴方は、なぜ僕を助けたのですか?そこまで僕が苦しむのが見たいのですか?
「よう、気がついたか?」
男の人の声が聞こえる。体を起こすと、男の人が暖炉で鍋をかき回している所だった。
「一時はどうなることかと思ったが……大した怪我もなくて良かったぜ。腹が減っているだけだったんだな。」
そう言うと、木でできたお椀に鍋の中のスープを入れて、スプーンと一緒に渡してくれた。
「あの……ここはどこですか?」
「それを聞く前にまずはそれを食っちまえ。腹減ってるだろ?」
お椀の中のスープはいい匂いがした。本当なら食べないでこのまま死にたかったけど、どうしても我慢できなくて一口食べる。とても……美味しい。
一口食べると歯止めが効かなくなって次々と口の中へ運んでしまう。
スープはあっという間に無くなってしまった。
「落ち着いたか?」
「……はい。ありがとうございました。」
「で、何であんな場所に倒れていたんだ?あそこはマタンゴの生息地で子供はおろか大人も立ち入り禁止の危険地帯だぞ?」
そうか、あの人達……マタンゴっていうんだ……。
「話せば長くなりますけど……いいですか?」
「おう、どうせこんな時間だしな。ギルドへの報告は明日にしようと思っていた所だ。思う存分話してみな。」
そして、僕は彼に僕の罪を打ち明けた。小屋の事から、森の中であった事までを。
「じゃあ……何か?お前の精液には魔物を殺す力があって、あの森のマタンゴはそれがきっかけで全滅した……と?」
「はい……。」
彼は信じられない物を見るような目で僕を眺めている。
「僕が生きていると……あの人じゃないお姉さん達が死んでしまうんです。だから、もう、生きていたくない……誰も、殺したくない……!」
また、涙が出てきてしまった。瞼の裏に浮かぶのは、苦悶の表情を顔に貼り付ける小屋で会ったお姉さんと、最期に笑って死んでいったマタンゴのお姉さんの顔……。
「……そうか。」
彼は、腕を組んで何かを考えている。
「お前は……生きたいか?もし、魔物にこの先会わなくて済むとしたら、生きていたいと思うか?」
生きたい……そんな事思うわけがない……。でも……
「会わなくてもいいって……どういう事ですか?」
「それに関してはまた明日だ。大丈夫、お前は俺が養う。だから、もう死にたいとか言うな。」
そう言うと、彼は僕の頭を撫でてくれた。安心しちゃいけないのに、安堵でまた涙が出てくる。
「ほら、泣くな。男の子だろ?」
置いてあったタオルで僕の涙を拭いてくれる。
「お前、名前は?」
「プロト……そう呼ばれてた……」
自分が唯一知っている自分の呼び名を言う。
「変な名前だな。よし、どうせならば名前を変えちまうか。」
「えぇ!?」
強引な人だ。
「親もいない、自分の名前も呼ばれていたってだけなら俺が付けても問題ないよな?よし……そうだな……」
彼は顎を摘まんで考えている。癖なのだろうか。
「クロアなんてどうだ?十字架の意味なんだが。」
「なんで十字架を?」
何故なのかいまいち分からない。
「お前起きたときに手を組んでお祈りしているみたいだったからな。ぴったりだろ?」
無意識にやってしまったらしい。何故かはわからないけれど、暗い部屋でもよくお祈りをさせられたから、癖になってしまっているのかも知れない。
「クロア……ですか。わかりました。」
「よし、決定!俺はアレクだ、よろしくな!」
そう言うと、彼は僕の手を握ってきた。
「?」
「握手だ。知らないのか?」
そうだった。本で何回かこうしているのを見たことがある。
「いえ、少し忘れていただけです。よろしくお願いします。」
僕も彼の手を握り返すと、嬉しそうに微笑んでくれた。
「さて、俺も食うかな。お前もおかわりはいるだろ?」
「はい、お願いします。」
鍋には結構スープが残っていたのに、二人で食べたら空っぽになってしまった。
いっぱい食べた僕を見て、アレクさんは僕の頭を撫でて笑っていた。
御飯のあとは、アレクさんと一緒のベッドで眠った。
暖かくて、気持よくて、僕はそのまま眠りについた。
〜交易都市モイライ 冒険者ギルド〜
「はいよ、これが今回の報告書だ。それと、ミリアさんにちと話がある。」
翌日。俺は所属している冒険者ギルドへ行き、調査結果の報告書を提出すると、ギルドマスターとの面会を求める。
「はい、確かに受理しました。ミリアさんは娘さんと買い物ですね……。もうすぐ戻ってくると思います。」
それから数分と待つこと無く、ミリアさんが帰ってくる。
「お帰り、ミリアさん。少し話があるんだがいいか?」
「あら、アレク。浮気のお誘いかしら?」
「んなわけねぇだろ!真面目な話だ。あまり広まるとマズい話だから二人で話せる場所へ。」
俺はギルドの外を親指で指し示す。内緒話をするのであれば、室内より室外。特に見晴らしのいい草原のような場所が一番いい。
「そう……。アニス、保管箱に買ってきた物をしまっておいてちょうだい。下ごしらえができそうならやっていても構わないわよ。」
「は〜い♪」
アニスちゃんがギルド事務所の奥へ消えていく。
「それじゃ、行きましょうか。」
「あぁ、行こう。」
〜モイライ郊外 うたた寝の草原〜
「それで、話って何かしら?盗み聞きを警戒するって事はかなり悪い知らせ?」
「悪いも悪い。最悪だ。下手したら……。魔物が全滅する可能性がある。」
「……詳しく聞かせてもらうわ。話して。」
俺は、昨日拾った少年の事、その少年が持つ特殊能力を詳細に話す。
「そして……おそらくあいつの出所は教会だ。これの意味する事は……。」
ミリアさんの顔がどんどん険しくなっていく。
「教会がなんらかの方法で魔物の天敵を創りだした……って事ね。」
「あぁ。生体兵器なのか、魔物を狙い撃ちにする病原菌なのかは分からないが、もし量産化されたらえらい事になる。」
「それだけじゃないわね……。その技術を勇者に応用されたら……。本当に完全無敵の存在が出来上がるわ。」
ただでさえ強力な力を持つ勇者に現在の魔物が持つ色仕掛けが通用しなくなったら……それどころかその特性を利用して誘いに乗る勇者が出たら魔物は打つ手が無くなる。
「この事は誰にも?」
「あぁ、報告書にも書いていない。今はあいつを世間から隔離する方法を考えているが……。教会の持つその技術を葬り去らない事には安心出来ないな。」
「隔離する方法ならば魔物避けの結界でも張れば問題ないでしょ。結界術の本をあげるから貴方が張るか、その子に張らせるかすればいいわ。問題は技術の末梢ね……。」
「だな。あいつは目が覚めたら平原に倒れていたと言っている。それまで住んでいた場所も暗い部屋としか言っていない。これだけで技術を持っている場所を特定するのは不可能だ。」
今の所できる対策は、クロアの隔離だけ。あとは地道に技術の出所を探し出すしか無いか……。
「技術元に関しては私が特に信頼しているメンバーに任せるわ。もちろん貴方にも手伝って貰う。やってくれるわね?」
「もちろんだ。乗りかかった船から降りるつもりはない。」
差し出された手を握り返す。契約成立だ。
「差し当たっては結界術の本ね。私が何冊か持っていたからそれを持って行くといいわ。その子字は読める?」
「読めるも何も……」
俺は言葉を濁す。流石に恥ずかしいな、これは。
「俺なんかよりずっと博識だ。あいつ、閉じ込められていた時はずっと本を読んでいたそうだ。この間見つけて売りそびれていた魔法書をあっという間に読み解きやがった。」
ちなみに俺は全く意味が分からなかったということをここに付け加えておく。
「なら問題なさそうね。行くわよ、こうしている間にも小屋の中に美味しそうな餌を見つけて食べちゃっている子もいるかもしれないのだから。」
怖いことを言うな。
『中間報告
KCプロトは放置した場所から移動。一人のサキュバスがその付近で行方不明になった事から、そのサキュバスを消滅させたと思われます。
また、その付近の森林中のマタンゴの群生地の消滅を確認。
KCプロトにより連鎖崩壊された模様。しかし、その後の消息不明。
この件については消息が判明次第追って報告致します。
また、KCプロトの仕様について詳細を報告せよとの事でしたので、報告書と共に仕様書をお送り致します。付属の書類をご確認下さい。
ガルムト教会 研究部』
『Killing Child Proto
身長145cm
体重 40kg
戦闘能力は皆無。腕力も非常に非力です。
標準機能として、精液によるマジックバーン(魔力延焼)が付加されています。
これは、精液が付着した部分から体内の魔力が自己発火、暴走を起こし、内部から燃焼を起こす物です。発生した炎自体に温度はありませんが、発火したものは強烈な熱感を感じ、最終的に体分子構造が自己魔力で燃え尽き、白骨化します。
また、骨格の無い魔物は完全に焼失します。
付属能力として淫毒の無効化、マタンゴを始めとする各種中毒症状の浄化能力を持ちます。
現在KCプロトの量産化を研究中ですが難航しており、完成にはあと数年は必要と思われます。
ガルムト教会 研究部』
翌日。雨が上がった所を見計らって外で穴を掘る。
シャベルは小屋の物置に入れてあった。
服はタンスの中をよく探したらあった。
僕と同じくらいの歳の子供がいたのかもしれない。
僕は謝りながらお姉さんのお墓の穴を掘る。
疲れたけれど、やめるわけにはいかない。
これは僕が引き起こした事なのだから。
埋めるのに十分な深さの穴を掘ると、お姉さんの骨を毛布に包んで穴の前まで持っていく。
「ごめんなさい……こんなお墓だけど、どうか安らかに眠ってください……。」
毛布の中から骨を一つずつ出して、穴の中へ置いていく。
全部入れ終わったら、土をかぶせて拾ってきた木の棒を立てる。
終わったら、手を組んでお祈りをした。
一杯穴を掘って疲れたけれど、ここでは眠れない。
またお姉さんみたいな人が来たら、同じことをされてしまうかもしれない。
もう、死なせたくない。
麻袋を物置から引っ張り出して、毛布や着替えを詰める。
食料はお姉さんの袋から貰おうと思ったけど、変な味がして食べられなかった。
使えそうなものはナイフくらいしか無かった。
小屋を出てお姉さんの墓の前でまた手を組む。
「お姉さんの荷物、少しだけいただいていきます。ごめんなさい。」
そして僕はその場を立ち去る。
目立つ平原は良くない。早足で近くの森の中まで入っていった。
森の中は薄暗くて、見通しが悪かった。
本来なら不安になるのだろうけれど、誰にも見つかりたくない僕に取っては安心な場所だった。
「おなか……空いた……。」
そう言えば昨日起きた時から何も食べていないや……。
美味しくなくてもお姉さんが持っていた食べ物を持ってくるべきだったかな……。
キノコとかが生えていたけど、怖いから食べるのはやめた。
暗い部屋の中で読んだ本で、色んな毒キノコがある事を知っていたから。
変に知らないものを食べたら、ヘタをすると死んでしまうかも知れない。
「……?あれ?何で?」
キノコが、どんどん増えていく。1個や2個じゃなく、木にも草の間にも生えている。
「キノコの森なのかな……。」
獣道を進んでいると、だんだんと靄がかかってきた。
「あれ……?これ、霧じゃない。」
湿っぽい感じはあるのだけれど、霧みたいに冷たくない。
霧って湿度が高くて寒い時に出てくるんだよね?
「なんだか不気味だなぁ……。戻ったほうがいいかな?」
しばらく考えて、不自然な場所に行くのは危険だと判断する。
「戻ろう。平原を歩かなくても、森に沿って進めばいいよね。危なかったら隠れられるんだし。」
中間辺りの決断に落ち着く。僕はその場を引き返して森の出口へと向かった。
「……これは……マズいよね。」
平原近くまで戻ると、誰かがいた。緑色の肌をした、大きな女の人。
一応身を隠しているから気付かれていないけど、少しでも物音を立てると気付かれそうな気がする。
「危険でもあの中を進むしか無いかなぁ……。」
迂回して進んでうっかり小枝を踏んで音を立てたらマズい。また引き返して、あの霧の中を突破することにした。
「でも……何なんだろう、これ。触っても何とも無いのに。」
霧の中を歩いて行く。キノコの数はもう数えるのも面倒くさい程の数になった。
菌類特有の匂いが鼻につく。
「……あれ?何だろう……人かな……?」
進む先に白い服を着た人影がいる。
動きが少ないけれど、確かに生きているみたいだ。
僕はその人影に近寄ってみる。追いかけられそうになったら、逃げればいい。森の中なら小柄な僕のほうが有利だ。
「……本当に何だろう。これ。」
近寄ってみたらそれは、女の人のような何かだった。
キノコ人間といえばぴったりかも知れない。
眠っているのか、じっとして動かない。ちょっとつついてみる。
ぷにぷにしている……ちょっと気持いいかも。
よく見ると、同じような人があちこちに立っている。
「危険な物……じゃないのかな?」
さっきから動かないし、声も出さない。寝ているからかな?
しばらくその人みたいな物を観察していると、うっすらと目を開いた。
「わ、起きた。」
「ん〜……?」
その人はしばらく寝ぼけたみたいにぱちぱちと瞬きを繰り返すと、僕の方を見た。
「あ〜、可愛い子みっけ〜」
距離が近かったためか、反応が遅れて僕はその人の腕の中に捉えられてしまった。
「わ、何!?何!?」
「いっしょになろ〜♪」
そう言うと彼女は僕のズボンに手を掛ける。
「ちょ、待って!やめ、下ろさないでぇ!」
頭によぎるのは、昨日のお姉さんのこと。
もし、この人がお姉さんと同じような存在だったなら……この人は多分、死んでしまう。
「離してよ!離してったらぁ!」
もがくけれど、離してくれない。どうにか振りほどかないと……。
その時思い浮かんだのは、お姉さんの荷物から貰ったナイフ。
「(腕を斬れば嫌でも離さなきゃならなくなる筈……!)」
ズボンのサイドポケットに鞘ごとしまってあったナイフを抜き放ち、腕に突き刺すために振り上げる、けど……
「……ぅぅ……できないよ……」
仮にも相手は人の形を取っている物。
誰かを傷つける度胸なんて、僕にはない。
手に力が入らなくなり、ナイフを取り落としてしまう。
抵抗している間に、彼女は僕のズボンを剥ぎとってしまった。
「いれちゃうよ〜」
女の人に抱きしめられた事によるものか、僕のあそこはもう硬くなっていた。
彼女の中に僕のあそこがずぷずぷ入っていく。
「やめて……やだ……死んじゃうからやめて……」
「死んじゃうくらい気持よくしてあげる〜」
やっぱり話が通じていない。彼女の方から腰を動かして、僕のあそこを刺激してくる。
「んぐ〜〜〜〜!離して!離してってば!本当に駄目なんだって!」
腕を突っ張るけれど・・・。
<ずぼ>
彼女の中に腕が埋まってしまった。当然抜けない。
「これでいつまでもいっしょだよ〜。」
呑気に笑う彼女。焦る僕。
「話を聞いてよ!出したら君死んじゃうんだよ!?僕は君を死なせたくない!」
「死んじゃうくらい気持よくしてくれるの〜?ありがと〜♪」
だめだ、話が通じない。これで、もう僕に抵抗する術は無くなった。
「ごめん、ごめんなさい。ごめんなさい……っ!」
だから、これから起こる事に謝る。理不尽な死を振りまく僕が、謝罪する。
「大丈夫だよぉ〜♪」
彼女が僕を優しく抱きしめてくれる。
でも……僕はそれを素直に受け止めることができない。
「一緒にいってあげるから……怖くないよ〜♪」
その優しい言葉が僕の事を締め付ける。痛い。優しさが痛い。
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!ごめ、ぁ……〜〜〜っ!」
我慢していた死の蓋が開かれる。彼女の中に、僕の罪が流れこんでいく。
溢れそうなほどに出てくる僕の白い物。忌むべき、僕の禁忌。
「いってくれた〜♪あはは……」
そして訪れる変化。彼女の体が燃え上がる。
「あはは……あついなぁ……あついぃ……」
彼女が笑いながら炎に包まれていく。そして、辺りのキノコも炎に包まれ、それが別のキノコ人間達にも引火していく。そういえば……キノコって地下で繋がっているんだっけ……。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんな……」
不意に引き寄せる力が強くなって、唇が何かに塞がれる。それは彼女の、唇だった。
「(あ……り……が……と……)」
もう、声は聞こえなかった。口だけがその形になっていた。
炎に温度はなく、触れても僕が火傷をする事はないみたいだ。彼女の腕が崩れて、僕を解放する。
辺りは轟々と燃え上がる火の海になっているが、それが木に燃え移ることはなかった。
暫くすると、辺りには何も無くなった。燃えカスも残らず、骨もない。夢ではなかったのかと思ったが、まだ彼女のあそこの汁で濡れている僕のあそこが、夢ではなかった事を物語っている。
「ぁぁ……ぁぁぁぁ……」
絶望、空虚、心を引き裂かれる痛み、無力な自分に対する怒り、理不尽な死を振りまいてしまった彼女たちへの罪悪感。
「ぁぁぁ……ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!」
僕は落ちていたナイフを掴むと、振り上げる。
「こんな……こんな物があるからぁぁぁぁああああああああああ!」
僕はナイフを僕のあそこに向かって振り下ろす。けど、その手が途中で止まる。
「……ぅ……ぁ……もう、もうやだよ……いやだよぉ……」
僕には、自分で自分の元凶を断つ勇気も無いんだ……。
ナイフを取り落とし、僕は地面にうずくまる。
「ころして……誰か……僕を殺して……やだ……もうやだ……殺したくない……」
罪悪感で潰れそうになる。非力な自分に嫌気が差す。自分の命も断てない弱い自分に怒りがこみ上げる。
「誰か……だれかぁ……殺して……ころしてよぉ……」
もう、涙も出ない。動くこともできないぐらい疲れた……。このまま……待っていれば……死ぬ……ことが……出来るかな……。
神様……もし、貴方が僕の事を見てくれているならば、お願いです……。
誰も……僕に近づけないでください……。近づけるのなら……僕を殺してくれる人をお願いします……。
そして……僕を……。
「殺して……下さい……。」
意識が遠のいていく。目の前が暗くなっていく……見えない……怖い……けど……これで……しね……る……。
「どうなってんだこりゃ……。」
ギルドの依頼で近場の森のマタンゴの生息範囲を調べに来たのだが、どうにもおかしい。
マタンゴはおろか、そのマタンゴを媒介するキノコまで見当たらない。
この森でのマタンゴ発生は既に確認済みの筈なのにだ。
「防菌装備が無駄になっちまったかな……。」
結構高かったマタンゴ対応マスクも、高い金払って受けたワクチンも無駄になりそうだ。
「誰かがマタンゴを全滅させちまったのか?しかしどうやって……。」
炎で焼き払った痕も、薬品みたいなもので全滅させたような痕跡もない。
そこには正常な森が広がっている。
「ん?ありゃぁ……一体……」
薄暗くてよく分からないが、何かが落ちている。
近寄ってみると、それは子供だった。歳は10歳過ぎくらいだろうか。
「おい、大丈夫か?しっかりしろ。」
揺り動かすと、少しだけ動いた。意識はあるようだ。
「ぁ……」
うっすらと目を開けてこちらを見てくる。その目に涙が溢れてきた。
「ぉ……ねがぃ……ころ……し……て……」
その衰弱しきった少年は、自分に殺せと言ってくる。
「馬鹿な事言ってるんじゃない。お前親はどうしたんだ。」
しかし、少年はなおも呟く。
「ころし……て……ころ……してぇ……」
面倒くさい子供だこと。
「やなこった。いくら金積まれてもこんな弱っているガキ殺すほど俺は落ちぶれちゃいない。」
俺は少年の物と思われるナイフを拾い上げて鞘に戻し、彼を背負う。
「ここで何があったのか、お前はここで何をしていたのか。そんなもんどうでもいい。でもな、」
俺はそこで言葉を切る。そして横目で彼と目を合わせ、睨みつける。
「殺せとか軽々しく言うんじゃねぇ。まだまだ人生これからだろうが。」
元来た道を辿って森の外へと向かう。せめてこいつの手当だけでもしないとな。
温かい……。柔らかい何かに包まれて寝かされている。
「ぅ……ん……あれ……?」
初めは天国かと思ったけど、どうやら違うみたい。
木でできた天井と、吊り下げられたランプが見える。
そして理解する。僕は、まだ死ねていないんだ。
神様……貴方は、なぜ僕を助けたのですか?そこまで僕が苦しむのが見たいのですか?
「よう、気がついたか?」
男の人の声が聞こえる。体を起こすと、男の人が暖炉で鍋をかき回している所だった。
「一時はどうなることかと思ったが……大した怪我もなくて良かったぜ。腹が減っているだけだったんだな。」
そう言うと、木でできたお椀に鍋の中のスープを入れて、スプーンと一緒に渡してくれた。
「あの……ここはどこですか?」
「それを聞く前にまずはそれを食っちまえ。腹減ってるだろ?」
お椀の中のスープはいい匂いがした。本当なら食べないでこのまま死にたかったけど、どうしても我慢できなくて一口食べる。とても……美味しい。
一口食べると歯止めが効かなくなって次々と口の中へ運んでしまう。
スープはあっという間に無くなってしまった。
「落ち着いたか?」
「……はい。ありがとうございました。」
「で、何であんな場所に倒れていたんだ?あそこはマタンゴの生息地で子供はおろか大人も立ち入り禁止の危険地帯だぞ?」
そうか、あの人達……マタンゴっていうんだ……。
「話せば長くなりますけど……いいですか?」
「おう、どうせこんな時間だしな。ギルドへの報告は明日にしようと思っていた所だ。思う存分話してみな。」
そして、僕は彼に僕の罪を打ち明けた。小屋の事から、森の中であった事までを。
「じゃあ……何か?お前の精液には魔物を殺す力があって、あの森のマタンゴはそれがきっかけで全滅した……と?」
「はい……。」
彼は信じられない物を見るような目で僕を眺めている。
「僕が生きていると……あの人じゃないお姉さん達が死んでしまうんです。だから、もう、生きていたくない……誰も、殺したくない……!」
また、涙が出てきてしまった。瞼の裏に浮かぶのは、苦悶の表情を顔に貼り付ける小屋で会ったお姉さんと、最期に笑って死んでいったマタンゴのお姉さんの顔……。
「……そうか。」
彼は、腕を組んで何かを考えている。
「お前は……生きたいか?もし、魔物にこの先会わなくて済むとしたら、生きていたいと思うか?」
生きたい……そんな事思うわけがない……。でも……
「会わなくてもいいって……どういう事ですか?」
「それに関してはまた明日だ。大丈夫、お前は俺が養う。だから、もう死にたいとか言うな。」
そう言うと、彼は僕の頭を撫でてくれた。安心しちゃいけないのに、安堵でまた涙が出てくる。
「ほら、泣くな。男の子だろ?」
置いてあったタオルで僕の涙を拭いてくれる。
「お前、名前は?」
「プロト……そう呼ばれてた……」
自分が唯一知っている自分の呼び名を言う。
「変な名前だな。よし、どうせならば名前を変えちまうか。」
「えぇ!?」
強引な人だ。
「親もいない、自分の名前も呼ばれていたってだけなら俺が付けても問題ないよな?よし……そうだな……」
彼は顎を摘まんで考えている。癖なのだろうか。
「クロアなんてどうだ?十字架の意味なんだが。」
「なんで十字架を?」
何故なのかいまいち分からない。
「お前起きたときに手を組んでお祈りしているみたいだったからな。ぴったりだろ?」
無意識にやってしまったらしい。何故かはわからないけれど、暗い部屋でもよくお祈りをさせられたから、癖になってしまっているのかも知れない。
「クロア……ですか。わかりました。」
「よし、決定!俺はアレクだ、よろしくな!」
そう言うと、彼は僕の手を握ってきた。
「?」
「握手だ。知らないのか?」
そうだった。本で何回かこうしているのを見たことがある。
「いえ、少し忘れていただけです。よろしくお願いします。」
僕も彼の手を握り返すと、嬉しそうに微笑んでくれた。
「さて、俺も食うかな。お前もおかわりはいるだろ?」
「はい、お願いします。」
鍋には結構スープが残っていたのに、二人で食べたら空っぽになってしまった。
いっぱい食べた僕を見て、アレクさんは僕の頭を撫でて笑っていた。
御飯のあとは、アレクさんと一緒のベッドで眠った。
暖かくて、気持よくて、僕はそのまま眠りについた。
〜交易都市モイライ 冒険者ギルド〜
「はいよ、これが今回の報告書だ。それと、ミリアさんにちと話がある。」
翌日。俺は所属している冒険者ギルドへ行き、調査結果の報告書を提出すると、ギルドマスターとの面会を求める。
「はい、確かに受理しました。ミリアさんは娘さんと買い物ですね……。もうすぐ戻ってくると思います。」
それから数分と待つこと無く、ミリアさんが帰ってくる。
「お帰り、ミリアさん。少し話があるんだがいいか?」
「あら、アレク。浮気のお誘いかしら?」
「んなわけねぇだろ!真面目な話だ。あまり広まるとマズい話だから二人で話せる場所へ。」
俺はギルドの外を親指で指し示す。内緒話をするのであれば、室内より室外。特に見晴らしのいい草原のような場所が一番いい。
「そう……。アニス、保管箱に買ってきた物をしまっておいてちょうだい。下ごしらえができそうならやっていても構わないわよ。」
「は〜い♪」
アニスちゃんがギルド事務所の奥へ消えていく。
「それじゃ、行きましょうか。」
「あぁ、行こう。」
〜モイライ郊外 うたた寝の草原〜
「それで、話って何かしら?盗み聞きを警戒するって事はかなり悪い知らせ?」
「悪いも悪い。最悪だ。下手したら……。魔物が全滅する可能性がある。」
「……詳しく聞かせてもらうわ。話して。」
俺は、昨日拾った少年の事、その少年が持つ特殊能力を詳細に話す。
「そして……おそらくあいつの出所は教会だ。これの意味する事は……。」
ミリアさんの顔がどんどん険しくなっていく。
「教会がなんらかの方法で魔物の天敵を創りだした……って事ね。」
「あぁ。生体兵器なのか、魔物を狙い撃ちにする病原菌なのかは分からないが、もし量産化されたらえらい事になる。」
「それだけじゃないわね……。その技術を勇者に応用されたら……。本当に完全無敵の存在が出来上がるわ。」
ただでさえ強力な力を持つ勇者に現在の魔物が持つ色仕掛けが通用しなくなったら……それどころかその特性を利用して誘いに乗る勇者が出たら魔物は打つ手が無くなる。
「この事は誰にも?」
「あぁ、報告書にも書いていない。今はあいつを世間から隔離する方法を考えているが……。教会の持つその技術を葬り去らない事には安心出来ないな。」
「隔離する方法ならば魔物避けの結界でも張れば問題ないでしょ。結界術の本をあげるから貴方が張るか、その子に張らせるかすればいいわ。問題は技術の末梢ね……。」
「だな。あいつは目が覚めたら平原に倒れていたと言っている。それまで住んでいた場所も暗い部屋としか言っていない。これだけで技術を持っている場所を特定するのは不可能だ。」
今の所できる対策は、クロアの隔離だけ。あとは地道に技術の出所を探し出すしか無いか……。
「技術元に関しては私が特に信頼しているメンバーに任せるわ。もちろん貴方にも手伝って貰う。やってくれるわね?」
「もちろんだ。乗りかかった船から降りるつもりはない。」
差し出された手を握り返す。契約成立だ。
「差し当たっては結界術の本ね。私が何冊か持っていたからそれを持って行くといいわ。その子字は読める?」
「読めるも何も……」
俺は言葉を濁す。流石に恥ずかしいな、これは。
「俺なんかよりずっと博識だ。あいつ、閉じ込められていた時はずっと本を読んでいたそうだ。この間見つけて売りそびれていた魔法書をあっという間に読み解きやがった。」
ちなみに俺は全く意味が分からなかったということをここに付け加えておく。
「なら問題なさそうね。行くわよ、こうしている間にも小屋の中に美味しそうな餌を見つけて食べちゃっている子もいるかもしれないのだから。」
怖いことを言うな。
『中間報告
KCプロトは放置した場所から移動。一人のサキュバスがその付近で行方不明になった事から、そのサキュバスを消滅させたと思われます。
また、その付近の森林中のマタンゴの群生地の消滅を確認。
KCプロトにより連鎖崩壊された模様。しかし、その後の消息不明。
この件については消息が判明次第追って報告致します。
また、KCプロトの仕様について詳細を報告せよとの事でしたので、報告書と共に仕様書をお送り致します。付属の書類をご確認下さい。
ガルムト教会 研究部』
『Killing Child Proto
身長145cm
体重 40kg
戦闘能力は皆無。腕力も非常に非力です。
標準機能として、精液によるマジックバーン(魔力延焼)が付加されています。
これは、精液が付着した部分から体内の魔力が自己発火、暴走を起こし、内部から燃焼を起こす物です。発生した炎自体に温度はありませんが、発火したものは強烈な熱感を感じ、最終的に体分子構造が自己魔力で燃え尽き、白骨化します。
また、骨格の無い魔物は完全に焼失します。
付属能力として淫毒の無効化、マタンゴを始めとする各種中毒症状の浄化能力を持ちます。
現在KCプロトの量産化を研究中ですが難航しており、完成にはあと数年は必要と思われます。
ガルムト教会 研究部』
11/02/24 23:52更新 / テラー
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