第五十六話〜この薬を作ったのは誰だぁー!〜
生まれ変わるとしたら何になる?と聞かれて異性になってみたいと答える奴は少なくは無い筈だ。
いつもの自分と違う体、違う性格、性質……まぁ下心込みでなりたいって奴もいるだろう。
ちなみに俺は生まれ変わるとしても性別を変えたいとは思わないな。
何故かって?男としての世の中の渡り方を知っているのにその経験をわざわざリセットしてやり直すこたぁ無いだろ?
〜冒険者ギルド ロビー〜
「さて、今日お主達に集まってもらったのは他でもない……少し相談することができたからじゃ。」
普段はアルテアが座っているテーブル。
そこには彼以外のいつものメンバーが集まっていた。無論、ラプラスも含めて。
「相談って何よ。少なくともこの中では一番有能って言えるエルが解決できないことを相談されても答えられる気がしないんだけど……」
どことなく複雑そうな表情で返すニータ。
彼女の言う通り、この中ではエルファが問題解決に関しては一番有能と言えるだろう。
魔術師ギルドとサバト経営の二足のわらじを行なっている彼女の手腕は伊達ではない。
「実は……この薬の事なんじゃがの。別のもっと大きなサバトから試供品として送られてきた物なんじゃ。これを手本にもっと頑張れ、という事なのじゃろうが……」
テーブルの上に置かれた小瓶にはサラサラとした液体が封入されている。
「えるちゃん、これなぁに?」
「うむ、性別転換薬……という物じゃそうな。要するに飲むと性別が逆転する物らしい。人間限定での。」
チャルニがその小瓶をつまみ上げ、軽く振ってどんな物か見ている。
「効果はわかったけど……誰に使うつもり?少なくともあんたがこういう薬を使えそうな人間の知り合いって言ったら……」
その時、メイとアニス、エルファ以外の全員がハっと気づく。
『マスター、ですね。』
「?おにいちゃんがおねえちゃんになっちゃうの?」
「まだ使うと決まったわけでは無いがのぉ。」
そう、彼女が今までこれを持て余してきた原因はここにある。
本来この薬はマンネリ化したカップルが新しい刺激を求めるための物で、特にそういう問題に悩まされていない彼女達にとって無用の長物だったのだ。
「薬効は数日も経てば消えるが……正直言ってわしらには全く使う必要性を見いだせないんじゃがの。しかし使わなければ使わなかったで先方から何を言われるかわからん……どうしたものかの?」
「一番簡単なのはミリア殿に渡して感想を聞く程度ではなかろうか?彼女なら自分が面白そうと感じるのであれば真っ先に飛びつきそうだが。」
チャルニから小瓶を受け取ったミストが中身を見定めながら意見を言う。
彼女の案はこの中では最も無難な意見だったのではなかろうか。
「おとおさんが、あかあさんに?あれ、でもそうなるとおかあさんはおかあさんのままでおかあさんがふたりになって……あれれ?」
しかし娘にとっては頭が痛い意見だったようだが。
「ん〜?お前ら何やってんだ?」
「あぁ、アル。戻ってきたんだ?」
「ん。朝飯買ってきた。」
彼が手に持っているのはミートブレッド……最近はこればかりである。
彼女達としてはもう少し栄養に気遣って欲しいと口を酸っぱくして言っているのだが、彼は一向に止めようとしない。なんでも肉が食える時はきっちり食べておきたい、だそうだ。
「ちょっと変わった薬が手に入ったんじゃが……処分に困っていての。今ようやく渡す先が決まった所じゃ。」
「ふぅん……。ま、俺には関係ない話か。んぐんぐ……。」
そう言って再びミートブレッドを頬張り始めるアルテア。
この男、非常時以外はかなり呑気である。
「……んぐ!?」
しかし、彼の様子が一変した。胸を拳で叩いているあたりどうやら喉に食べ物がつかえた様子。
『マスター、テーブルの上に飲み物が。』
「……!!」
ラプラスの一言に反応してテーブルの上の瓶をひっつかみ、栓を外して一気に呷るアルテア。
その動きは異常に素早く、誰も止めることができなかった。
「ああああぁぁぁぁあああああ!?ラプラス、お主なんてことを!」
『出来心です。』
ラプラスに教えられて思わず飲んでしまったが……そんなにまずい物だっただろうか?
ほのかにシトラス系の匂いが付いた飲み物だった気がするんだが。
「兄様!すぐにそれを吐き出すのじゃ!」
「いや、いきなりそんな事言われても吐き出せるもんじゃないだろ。」
素早くフィーが俺へと駆け寄り、肩に手を置く。
「アルテア、すまん!」
「な……ふぐぅ!?」
腹部に強烈な鈍痛が走る。
正体は当然、フィーのボディーブローの一撃だった。
「ふぃ……おま……なに……」
「クソッ!まだ吐かないか……。もう一発!」
「おぐぅぅうううう!?」
「やめるのじゃ!吐かせる以前に兄様が内臓破裂で死ぬのじゃ!」
辺りはもう上を下への大騒ぎ。
俺は血反吐を吐くような思いで痛みに耐えるばかり……。どうしてこうなった。
「せめて……事情ぐらい話せェ……」
フィーの3発目のボディーブローにより、俺の意識は強制的に闇へと引きずられていった。
………………
…………
……
ところがどっこい、意識が落ちてたいして経たない内に再び激痛によって叩き起こされた。
今度は殴られた事による痛みではない。体の内部……それも骨やら関節やらがメキメキと音を立てながら変化していく際の痛みだ。
「かはっ……!あぐ……!?」
「兄様!?兄様しっかりするのじゃ!」
全身に針を入れられ、絶えずその痛みにのたうち回る感覚。
内蔵がドロドロと溶けて熱くなっている気がする。
実際は数分間程度だろうか……永遠とも呼べるような苦痛は水が引いたように消えていき、あとに残されたのは汗だくで疲弊しきった俺だけだった。
若干服がだぶついているのだが……妙に胸元が苦しい。
「はぁッ……はぁ……生きているか?俺。」
声を発したはずなのに、何故か声が出てこない。
いや、声は出ている。ただ、自分の物の声ではないが。
「に、兄様……なんてことじゃ……。」
「お、おにいちゃんが……」
テーブルに手をついて体を支えながらよろよろと立ち上がる。
いつもより若干低い目線。体に入らない力。そして、胸の妙な圧迫感。
「おねえちゃんになっちゃった……」
「……なんじゃこりゃぁ……」
髪は背中あたりまで届くほどに長くなり、目線を下ろすとTシャツを押し上げて2つの塊が自己主張をしている。
腕の線も細く、指がほっそりとしてしまったためにグレイプルがだぶついている。
そして、何より特筆すべきは股間の喪失感。あるべきものが、無い。
そして俺は直感した。体が……女性になっている。
「なんというか……物凄いスタイルだね。思わず嫉妬しちゃいそう……。」
「私よりある……だと……!」
驚愕するフィーとチャルニ。俺から見れば彼女達もモデル体型のいいプロポーションをしていると思うのだが……
「一体何の騒ぎだ?またアルテアが何かしたの……」
「あぁ、ロバートか。大丈夫、少し変な薬を飲んじまっただけ──
同じように食事から帰ってきたロバートが騒動につられて首を突っ込んだ。
大まかな事情を説明しようと彼の方を振り向いたのだが……。
<ストン>
一気に下半身が涼しくなる。なにかと思ったら、緩んだズボンとトランクスが一気に下まで落ちてしまったようだ。
「おっと……」
慌てて落ちてしまったズボンを上げるために屈み込んでズボンを掴んで持ち上げる……ん、引っかかって上手く上げられないな……。
「っと……ようやく上げられたか。ん?ロバート、どうした?」
「だ、誰か知らんが早く体勢を元に戻せ!胸が、胸の谷間が……!」
どうやらTシャツの襟元から胸の谷間が覗いていたようだ。
いやはや……女って面倒くさい。
「あー……俺だ、アルテアだ。変な薬を飲んで性別が変わってしまった……らしい。」
「あ、アルテア!?本当にお前か!?」
首肯しようとしたその瞬間、胸元からプチプチと変な音がする。
何かと思って再び目線を下げると……
<ビリィッ!バィン!>
Tシャツの胸元が破けて2つの塊がまろび出る……って俺の胸だな、これ。
どうやら戦闘だのなんだので荒っぽく使っていた所に急激なテンションがかかり、破けてしまったようだ。
「うぶふぉぉっ!?」
ロバートはというと、その光景を直視したためか勢い良く鼻血を吹いて昏倒。
ピクピクと暫く痙攣した後に動かなくなってしまった。
「女って……つくづく面倒くせぇな。」
『面倒臭がる前に何か服を着て下さい。痴女ですか貴方は。』
まさか自分が痴女だなんて呼ばれる日が来るとは思わなんだ。
あの後、ミリアさんに普段着を貸してもらってようやく露出や何かの危険が無くなった。
まさかフィーのもチャルニのもサイズが合わないだなんて思わなかったな。当の本人達は滅茶苦茶落ち込んでいたみたいだが。
「で、これはいつになったら戻るんだ?」
「早くて1日……遅くて2,3日といった所かのぉ。それまではその体で我慢するしかないの。」
「マジか……。」
最低でも1日はこの痴女まがいの格好をしなければならないのか……。
ミリアさん、普段着エロすぎです。胸元なんかざっくり開いてるし。スカート極端に短いし。つかショーツまで女物履かされた……妙にセクシーなのを。
「しゃあねぇ、このままクエスト受けるか……。行くぞ、ラプラス。」
ぶかぶかすぎてグレイプルは付けられなかったが……まぁ普通に鵺を使う分には問題ないだろう。
運搬用のベルトを掴んで肩に掛ける……瞬間、世界が回転し、腹に強烈な重圧がかかる。
その重圧の正体が鵺だと気づくのにさほど時間はかからなかった。
「ちょ……何だこれ……。滅茶苦茶重いぞ……!」
「どうしたのだ?いつもならこの位は軽く持ち上げているだろう。」
ミストが俺の上に鎮座している鵺を掴み上げて重圧から開放してくれた。
荒い息を吐いて呼吸を整える……。もしかしたら……。
「ラプラス、デザートイーグル。」
『了解、デザートイーグル展開。』
置かれている鵺のグリップを引き抜き、50口径の拳銃を展開する。
それを両手で持って構えてみるが……腕が震えてまともに狙いを付けられるものではない。
「だめだ、腕力まで落ちてやがる……。これじゃ使えてナイフ程度の物だろうな……。」
「まともに武器が扱えない上に筋力も落ちているのではさほど仕事はできないのではないか?薬効が切れるまで休んでいてもいいと思うのだが……。」
ミストの言う通り無理にクエストはこなす必要は無いかもしれない。
前回のE-クリーチャー討伐の報酬も残っているし、パニッシャーの一部を潰したという事でシーフギルドからも謝礼金が出ている。
今の自分の財布は今までにないほど潤っていた。
「それもそうだな……。部屋でゴロゴロするのも不健康だし森林浴にでも行くか。」
余暇に森林浴……向こうの世界ではできない贅沢だな。
こちらでは当たり前だからその感覚も薄れてくるが。
「ぴくにっく?いっしょにいきたい!」
「ん、アニスちゃんも来るか。ミリアさんに了承取ってからな?」
「は〜い!おに……おねぇちゃ……あれ?」
アニスちゃんは未だにどっちで呼べばいいか困っている模様。
仕方ないので助け舟をば……
「お姉さまでどうだ?」
『悪乗りもいい加減にして下さい。』
〜メルガの森〜
近くの森にアニスちゃんを連れてピクニックへ。
二人でお弁当を作って交換し合う、なんて事を予定している。
幼女と弁当を交換し合う傭兵……うむ、なかなかシュールな光景だ。今は女だけど。
ちなみに他のメンバーは各々が用事で来られないそうだ。
エルファ……あんなに涙と鼻水まみれで引き摺られて……少し可哀想だったな。
「ある〜ひ〜、森の中〜くまさんに〜出会った〜」
「よんだぁ〜?」
気分よく歌っていたら茂みの中からグリズリー登場。一瞬ギョっとするが……。
「いや、歌ってただけ。ごめんね、起こして。」
「ふぁ〜い……」
再び眠りにつくグリズリー。いやはや、女だと襲われる確率がグッと減るからいいな。
筋力以外は便利かもしれん。
適当に日当たりのよさそうな広場にシートを広げて弁当箱を広げる。
今日俺が作ってきたのはタマゴサンドにシーザーサラダ。アニスちゃんの嗜好を考慮しての選択だ。
ちなみに、弁当は同じキッチンでも時間をずらして使ったので彼女が何を作ってきたのかはわからない。
「アニーは何を作ってきたんだい?」
「おにぎり……っていうんだって。おかあさんがおにいちゃんがすきだろうからって。なかみはさーもんのしおやき〜♪」
ミリアさんがわかり過ぎていて怖い。
ちなみに和食の素材は無くても米はある。これはごく最近知った事だ。
贅沢したい時なんかはジパング土産の醤油を使って和食みたいなものを作ったり……本場の味には勝てないが。
「それじゃあアニーにはこれね。よく噛んで食べるように。」
「は〜い♪」
タマゴサンド入りのバスケットを渡し、おにぎりの籠を受け取る。
あぁ、お米のいい香りがする……。腹が鳴ってきた。
暫く二人で鳥のさえずりが聞こえてくる中、弁当を食べあった。いやはや……中々料理上手だ、この子は。いい嫁さんになるに違いない。
「ふぁ……飯食ったら眠くなってきたな……。」
ひと通り腹もふくれ、木陰に吹く爽やかな風に誘われるようにまぶたが重くなってくる。
アニスちゃんはフラフラと飛び回る蝶を追いかけてちょこまかと動き回っていた。うん、ああいうのを見るとロリコンでもいいかって気がしてくるね。別に年上が嫌いって訳じゃないけど。
「……少し寝るか。」
襲いかかってくる睡魔に身を任せ、目を閉じる……寸前、何者かに口を押さえられて物陰に引きずり込まれた。
なんとか抵抗しようと暴れてみるが、全く振りほどけない。呼吸もできず、酸素が足りずに薄れ行く意識の中見えたのは褐色の肌とニタリと笑う女の顔だった……。
〜パティット族集落 広場〜
次に目を覚ました時、俺は後ろ手に縄で縛られて地面に転がされていた。
視界には無数の足……その足にはそれぞれ刺青が施されている。
視線をずらして上を見ると……尻尾やら羽やらが腰辺りから生えていた。
「(アマゾネス……か?状況から言って捕まって連れてこられたって所か……。大人しく捕まっていてやる義理はないが……果たしてどうやって抜けだしたものか。)」
確か背中側にナイフを隠し持っておいた筈。シャツに手を入れて引き抜けば一応使えるが……下手なことをするとそれも没収されそうだ。
今はチャンスを見計らうしか無い……か?
「それにしても今日はツいているね。新しい戦士候補を偶然見つけたんだから。」
「体つきはさほどでもないが……あの身のこなしは戦闘訓練を受けている者だ。鍛えてやれば強力な戦士になるだろうな。」
あぁ、そういえばアマゾネスって女を仲間……アマゾネスに変えてしまうんだったか。
魔物化……ん?
「(まずい……!このままアマゾネスに変えられたら男に戻れねぇ!)」
目の前の脅威にようやく気づき、冷や汗がダラダラと流れ始める。
もう見つかろうが見つかるまいが無理矢理脱出するしかない。寝返りをうつ振りをしてナイフを地面側へ持ってきて、取り出す所を隠すようにする。
後ろ手に縛られているのは幸いだったか……少なくとも引き抜けば手の縄は切ることができるし、自由になれば武器にもなる。
まぁ……今の身体能力では太刀打ちできるか分からないが。
「(兎にも角にもまずは行動……!犯される前に早くナイフを……!)」
手を隠したままゆっくりとナイフを引き抜いていく。
それを逆手に持ち替え、静かに縄に擦りつけて少しず切り裂く。
「族長、そろそろよろしいですか?」
「あぁ。皆の者、よく聞け!今この時を持ってこの者を集落へ迎え入れる!よってこの場で血分けの儀式を行う!カルラ、前へ出ろ。」
カルラと呼ばれたアマゾネスが族長らしき女の前へと進み出る。
手を縛っている縄は……あと少しで切れる!
「血分けをするのは捕らえて来た者の務めだ。しっかり果たしてみろ。」
「はい、族長様。」
彼女が俺を捕まえてきたらしい。おのれ……楽しいピクニックを邪魔しやがって……じゃなかった。このまま勝手に体を弄くり回されてたまるか……!
「安心して、痛みはないから。いや、もしかして……こういう経験は無かったりする?」
どうやら意識が戻っているのがバレていたようだ。
しかし、俺が今何をしているかまでは分からなかったようで、無防備に近寄ってくる。
「悪いけど……多分処女のまま。できることならこのまま見逃して欲しいんだけど……。」
「大丈夫、別に入れる所は前じゃないといけないって決まっている訳じゃないから。」
前じゃなくてもいい……つまり……
「後ろかよ!?」
「そういうこと。さ、楽にして。」
後ろに突っ込まれるなんて冗談じゃない!ただでさえそこは嫌な思い出がたっぷり詰まっているのだ。たとえ相手が女だったとしても御免被りたい。
「ま、やめ……!」
「いくよ……ん……」
彼女が俺の股間へ顔を埋める。そして、下着越しに割れ目を舌でなぞってきた。
ゾクゾクと正体不明の電撃が体を駆け巡る。
「うぁ……なんだこれ……!」
「じっとしてて。いっぱい気持よくしてあげるから。」
尚も割れ目を執拗に舐め回してくる彼女。
そして、下着をずらして直接割れ目をなぞってきた。
「んぁぁあああ!な、やめ、それ強すぎ……!」
「ふふ……いっぱいお汁が出てきたよ?このぐらい出ていれば問題ないかな?」
彼女は尻尾に付いている飾りを外すと、秘所から溢れ出す愛液を塗りたくりはじめた。
そして先端を尖らせて菊座へと宛てがう。早く……早く縄を切らないと……!
……………………よし、切れた!
「それじゃ、行くよ。最初は少し痛いけど……」
「させねぇ……よ!」
左手で彼女の髪を鷲掴みにし、地面へと引き倒すと同時に右手に持ったナイフを首へ突き付ける。
「う……ぁ……」
「動くな。少しでも動けば首を掻き切るぞ?」
無論そんなつもりは毛頭ないが。
今の彼女は俺が反撃に転じた事よりも、いつ自分の首が掻き切られるか分からない恐怖の方が勝っているらしい。顔面蒼白、半分涙目になりながら固まっている。
「動かないほうが良いのはお前の方だ、今すぐカルラを解放しろ。」
無数の槍が、剣がその切先を俺に押し当てられる。
一応の身の安全は確保できたが……それ以上に危機敵状況に陥ってしまったらしい。
「まさか隠し持ったナイフで反撃に出るとは……思った以上の手練のようだな。ますます帰すのが惜しくなってきた。」
「いいから解放しろ。じゃないとこいつがどうなっても知らないぞ?」
ほんの少しだけナイフを押し付けると、彼女が息を引き攣らせた。
しかし、族長はそれを見ても眉ひとつ動かさない。
「殺したいのであれば殺せ。ただし、その時は我ら一族、お前に対して容赦という言葉は完全に捨てると思え。」
「…………詰み、か。しょうがない、投降しよう。」
恐らく彼女は人質の価値としては低いものの、傷つけて無事で済む相手ではないらしい。
もしここでこれ以上彼女を傷つけようものならあっという間に串刺しにされるだろう。
ナイフを離して地面へ放り、族長の方へと彼女を押してやる。
彼女が保護されるのを見届けると手を頭の後ろで組んで地面へと腹ばいになった。
この世界にジュネーヴ条約があるとは思えないが、相手が魔物であるかぎりむやみに命は取られないだろう。
「……?何をしているのだ?」
「……は?」
どうやら俺の行動がいまいち理解できなかったらしい。
何か変な生き物を見るような目で見られている気がする。
「何って……抵抗しないってことを示しているだけだけど……。何か別の方法があった?」
「いや、別にそのような事をする必要はない。私は別に咎めているわけではないのだ。どうか立ち上がって欲しい。」
疑心暗鬼になりつつも服の埃を払って立ち上がる。
確かに敵意……という感じはさほどしなかった。どこか尊敬の念で見られているような気もする。
「カルラを取り押さえた技、あの状況においても諦めない不屈の精神も実に見事であった。私からもお願いする……どうかこの集落の一員となってはくれないだろうか?」
「え、ぇぇぇ〜……?」
〜カルラの家〜
結局あの後、
『仲間になってくれ!』
『嫌だ、帰せ!』
の応酬が1時間に渡って続き、『仲間になるまで帰さない』という矛盾極まりない条件で軟禁されていた。
しかも……
「よりによってあんたの家か……」
「あはは……気にしない気にしない。」
「いや、人質に取られた当の本人がそれってどうなのよ?」
正直気まずいってレベルじゃない。軽い拷問だ。
彼女は……なんだかさほど気にしていないみたいだけど。
「それにしてもびっくりしたよ。いきなり起き上がってきたかと思ったらわけがわからない内にナイフを突き付けられてるんだもん。いやー……あれは死ぬかと思った。」
「そこは普通『なんでこんな奴の面倒をみなきゃならないんだ』じゃないのか?」
しかし彼女は俺の手を取って妙にキラキラした目で俺の目を覗き込んでくる。あぁ、何だこれ。調子が狂うってレベルじゃねぇぞ。
「ただの人間の女が私達アマゾネスに一泡吹かせたんだよ!?それって凄い事だと思うんだけど!」
「……どうしてこうなった。」
まぁそれからは監視の目も強くてまともに逃げ出すこともできずに1日が終わった。
「(少し……状況を整理するか。)」
カルラが寝静まった後に状況を整理するために一度起きる。
「(まず……俺がアマゾネスにされるかどうかだ。拒み続ければ一応作り替えられる事は無いだろうが……その場合別の問題が浮上してくる。)」
そう、性別転換薬の効果は1日から2,3日程度。
つまり、早ければ明日……遅くても明後日には俺は男に戻ってしまう。
そしてここはアマゾネスの集落……つまり俺がこのまま男に戻ってしまうと……。
「(一生……この村で主夫暮らし!)」
俺には目的も帰るべき場所もあるのだ。ここに縛り付けられるのは致命的なまでにいただけない。
問題はそれだけに尽きない。男に戻った時に着る服がないのだ。
先ほどこっそりとタンスを漁ってみた(今は女なので問題無い、筈)が……ものの見事に女物しか無かった。それもかなり際どいのばかり。あれを男の状態で着るとかありえん。
「(夜中の内に逃げ出すか……?しかし……。)」
窓からそっと村の出口を覗く。
柵に覆われた中で開いている出入り口は2つ。どちらも警備兵の如くアマゾネスが二人ほど立っている。しかも村の中には歩哨までいるのでその時点で捕まるという可能性もある。
「(ステルスにだって限界はあるし……ましてや無闇に死人は出したくない。おまけに今の俺の身体能力は地に落ちている……。その状態でこっそり無力化するなんて不可能だ。)」
集落の中に掃除好きの男がいるらしく、集落の中は綺麗に掃き清められていた。
枯葉ひとつ落ちていない……故にギリースーツで突破も不可能。それ以前に材料がないか。
「(昼は男達が動いているみたいだし……やれやれ……下手をするとここは大都市並に眠らない村なのかもしれないな。)」
結局いい脱出方法が思い浮かばず、その日は眠ることにした。
じっくりとこの村を観察し続ければいずれ何か思い浮かぶだろう。
12/02/11 11:00更新 / テラー
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