第五十五話〜怨嗟〜
〜???〜
この空間に降り立つのもこれで9回目。そろそろ終わりが見えてきてもいい筈なのだが……。
『私とセンはどこにでもいる普通の村人だった。畑を耕して、日々の感謝を神に祈り、日が沈めば眠りに就く。ただの村人だった。』
燦々と太陽が照らし出す中、2つの家族が畑仕事をしている。
昼食の弁当を食べる前にお祈りをし、日が沈めば家に帰って夕食を食べて眠りにつく。
『幸せだった……。特別な関係になんかなれなくても、ただ二人で寄り添うことができればそれでよかった。』
木の根元に二人の男女が寄り添って眠っている。
二人の顔は幸福そうに綻んでいた。
『そんなある日だった。私たちの村に見た事も無い男の人達が踏み入ってきた。彼らは持っていた何かの道具を見ながら一人一人村の人を調べていった……』
ベレー帽を被った集団が村人に何かの計測器具のようなものを突きつけている。
あれは一体……。
『そして、私へとその道具が突き付けられた時、彼らの様子が一変した。私を地面に押し倒して拘束しようとした……』
少女を押し倒す男達。無論性的なことをするといった感じではない。
口の動きを見るに、見つけたと言っているようだ。
『センは……危険を顧みずに私を助けてくれた。私を押さえつけている人を突き飛ばして、私の手を引いて必死で逃げてくれた。』
少女の手を引いて逃げる少年。
後ろからはボウガンの矢が飛んできて地面や樹木に刺さっている。
『でも……私のほうが先に息切れを起こしてしまった。そんな私を見て、彼は私だけを逃がそうとした。』
泣いてすがりつく少女の肩を押して引き離す少年。
最初は嫌がりながらも、結局押し通されて逃げ出す少女。
『早く助けを呼べばセンは助かる……!近くの集落に……誰かに助けてもらわないと!』
疲労でふらつきながらも必死で逃げる少女。
しかし、彼女の周囲にはどこか奇妙な植物が入り混じり始めた。
心なしか桃色の霧が漂っている気がする。
『逃げて、逃げて逃げて逃げて……気がついたら変な場所にいた。奇妙にねじ曲がった植物が辺りに自生し、甘ったるい桃色の霧が漂っている。そんな時、私は急激な体調の変化に襲われた。』
肌が真っ黒な斑模様におおわれていく少女。見ているだけでこちらのほうが発狂しそうだ。
目を背けたいが、残念ながら目をつぶっても映像が飛び込んでくる。
『私の体がだんだんと黒くなっていく。恐怖が心を支配するけれど、同時に受けた感覚に思考が混乱する。ものすごく……気持ちがよかった。』
彼女の全身が黒い斑点に覆われると、今度は彼女から黒いドロドロとした液体が溢れてきた。
その液体が座り込んだ彼女の足元に溜まり始める。
『耐え難いほどの快楽の後に気がつくと……私はもう既に人間ではなくなっていた。しかし同時に、ある事も理解できた。これなら……センを助けられると。』
黒い斑模様に覆われていた彼女の体は元の白さに戻り、服がなくなっていた。
そして、彼女は黒い球体に跨っている。ダークマターの誕生の瞬間だった。
『私は急いでセンの下に向かった。空に浮かび上がって彼を探すと、呆気無く見つかった。私は彼を助けるため、彼へと一目散に向かっていった。けど……』
抑えつけられてナイフで一突きされる少年。
刺された場所は腎臓……まず助からないだろう。
少年の側に少女が近寄り、彼を抱き上げる。
『私がセンに近づいている事に気付かれて、彼は……殺されてしまった。冷たくなっていく彼を……私はただ見ている事だけしかできなかった。』
血に濡れた手で少女の頬をなで、少年は息絶える。
そして、彼女のいた場所に光の膜が張られていく。恐らくはダークマターを封じ込めるための結界か何かだろう。
『私はセンを埋葬して、何故彼が死ななくてはならなかったのを考えた。結果的に……巻き込んだ私が悪いという考えに落ち着いてしまった。』
粗末な墓の横で呆然と空を見上げる少女。
魔力を節約するためなのか、彼女の乗っている魔力の塊はピクリとも動かない。
『幸いにもここは魔力の吹き溜まりだったみたいで、集まってくる魔力を体に取り込んで生きながらえることができた。結果的に周囲の魔力が全部私に吸収されて、植物が正常な状態に戻ったのは皮肉以外の何者でもなかったかな。』
ダークマターという精霊は存在するだけで周囲を魔界に替えてしまう性質を持つ。
しかし、彼女の周囲は魔力で変質することもなく通常の状態を保っていた。
『それから……長い年月が経った。私の考える事は何故センが死んでしまったのかという事から、何故彼らみたいな理不尽な死を振りまく者がいるかに変わっていた。センを失った悲しみは憎しみへと変わっていた。そんな時、私の中に何かが突然現れた。最初は、それが何なのかわからなかった。』
自分が跨っている球体を不思議そうに眺める少女。
恐らくは感情が負の方向へと傾き、バランスが崩れたのだろう。エクセルシアの寄生条件としては十分満たしている。
『私の体がどんどん作り変えられていくのがわかった。最初は怖かったけど、沸き上がってくる力にふと、ある考えが頭をもたげた。』
結界の壁へと近づいていく彼女。
少女の形を取っている上部が球体へと飲み込まれていく。
『これだけの力があれば、結界は壊せるかもしれない。そして、あわよくばセンの命を奪った人達に復讐ができるかもしれない。』
球体の触手が壁に突き刺さると、甲高い音を立てて結界が崩壊する。
歓喜に打ち震えるかのように、触手がわさわさと動いている。
『結界は、簡単に壊せた。力も十分にある。これなら……彼の恨みを晴らせる。』
そして、彼女は暗い空の下、獲物を探し始めた。
『待っていてね、セン。貴方を殺したひとは、わたシガカナラズコロシテアゲル……。』
『それは、彼が本当に望んだ事なのか?』
殆ど表情の無い顔がこちらへゆっくりと向けられる。
その目には光が灯っておらず、狂気すら感じ取れた。
『聞くからにそいつは戦いとはなんの縁もないただの少年だ。そんな奴が誰かの死を望むと思うか?たとえそれが……自分を殺したやつであれ。』
『…………』
彼女が跨っている球体から素早く触手が伸び、俺を貫かんと迫る。
そいつが顔面に突き刺さる直前で捕まえると、触手はバタバタと暴れて尚も俺を貫こうとしていた。
『へぇ……殺意は本物って訳か。怖いな、女って生き物は。』
今までのように大した痛みもなく崩れ去るような攻撃とは違う。
俺の手には無数の傷がつき、血が流れ出していた。傷口が鈍い痛みを訴えてくる。
『少しは冷静になれよ。お前が自分自身の手を血に染めたと解ったら……あいつが悲しむぞ?』
しかし彼女は俺の言葉を聞かず、さらに触手を増やして俺へと殺到させる。
しかし、俺と彼女の間に割り込む影があった。そいつは……彼女の回想に出てきた少年だった。
『フレイ、もう止めよう……。彼を傷つけても何もならない。もうこれ以上……君が誰かを傷つける姿を見たくない……!』
『セ……ン……?』
彼女は信じられない物を見るような目で少年を見つめている。
そして惹きつけられるように少年へと近づいていった。
その感触を確かめるように、彼の肩や頬を手でゆっくりと撫でさすっていく。
『セン……センだぁ……。あはは……夢みたい……。』
少年は震えながら涙を流す彼女を抱きしめ、頭を撫でさすっている。
『もう……夢でも何でもいいよ……離れたくないよぉ……』
『……ゴメン、フレイ。それはできないんだ。』
少年は振り向いて俺と対峙する。彼の後ろでは少女が未だに彼にしがみついていた。
『お願いがあるんです。彼女を……楽にしてあげて下さい。』
『何……?』
少年の意外な申し出に耳を疑う。
彼女をよろしく頼む、なら予想はしていたが、楽にして欲しいは想定外だった。
『今……彼女の体がある場所はデサルナ盆地ですよね?』
『あぁ、そうだが……』
『あそこの近くには……僕達が住んでいた集落があるんです。もし彼女がそこへ言ってしまったらそこは魔界になってしまう。でしょう?』
俺は無言で頷く。
『彼らには彼らなりの暮らしがあるんです。それをいきなり壊したくはありません。だからと言って……彼女をもう一回封印するというのはしたくありませんから……。』
『何でだよ……』
俺は、こいつが一体何を言っているのか分からなかった。
『何で軽々しく死なせて欲しいとか言うんだよ!?お前はそいつのことが好きだったんだろ!?だったらおかしいじゃねぇか!』
『……はい。確かに僕は彼女の事が好きでした。ですが……』
そう言って彼は一旦間を置く。
そして、次に発せられた言葉は魔物という考え方から根本的に外れたものだった。
『日がな一日中彼女達と交わることだけが……本当に幸せと言えるのでしょうか?』
『何……?』
尚も彼は続ける。それは、彼らなりの幸福論だった。
『たしかに激しい快楽などありませんでした。朝早く起きて、畑を耕して、皆と喋りながら食事をして、日が暮れたら寝る……。ただそれだけの暮らしです。でも……』
彼は、歪みのない瞳で俺を見据えて言い放った。それに対し、俺は二の句が継げなくなってしまった。
『そこには確かに、本当に小さな事ですけれど幸せがあったんです。僕はそのささやかな幸せを自分のエゴだけで壊したくない。』
『…………っ』
もう、俺の反論する余地は残っていなかった。
苦虫を噛み潰すように彼の依頼を受けることにする。
『……彼女の事は任せな。後はゆっくり……眠りにつけ。すぐに彼女もそちらへ送る。』
『有難うございます……。』
心配そうに少年を見上げる少女。しかし少年は優しげな笑みを崩さずに彼女へと寄り添っていた。
『セン……』
『大丈夫……一緒に行こう。何も怖い事は無いはずだから。』
二人の顔が引き寄せられるように近づき、重なった。
何故……こんな事になってしまったんだ。
辺りが急激に眩しい光で覆われ、意識が遠のいていく。
今回はコレで終わりではない。意識が戻ったら……彼女をこの世から消さなければならない。
正直後味のいい仕事ではないが……頼まれたからにはきっちりこなさなくては。
〜デサルナ盆地〜
全身を襲う痛みに一気に意識が覚醒する。
どうやら傷は完全には癒えていないようだ。再生ナノを投与してあるとはいえ……仕方がないか。
「っててて……あぁ、まだ生きてるな。」
『気が付かれましたか。怪我はまだ完全には治癒していません。しばらくは安静に……』
「わり……そうも行かないんだわ。」
痛みに軋む体を無理矢理起こし、倒れているダークマターへ向き直る。
既に動けるようになったのか、彼女が体を起こして辺りをきょろきょろと伺っている。
そして、俺を見つけるとふわっと笑みを浮かべ……え?
「あぁ〜……センだぁ♪」
「……なんですと?」
ゆらゆらと球体から触手を伸ばしてくる……ってあぶね!?
間一髪で触手の魔の手から逃れて距離を取る。
「なんで逃げるのぉ……?いっしょになろうよぉ……♪」
「くっ……こいつ、記憶が混濁しているのか!?」
どうやら精神世界であった事をうっすらと覚えているようだが、その時にセンという少年と俺がごっちゃになってしまったらしい。
つまるところ……
「取り込まれる……!」
『一瞬でインキュバス化しますね。ICEなんて有って無きが如しです。』
無数の触手を蠢かせ、彼女が俺へとゆっくり接近してくる。
視界の端ではICEの残り耐久力が表示……
『ICE耐久力 51%』
「なにィ!?」
どうやら近くにいるだけでもガリガリと削られていくらしい。このままでは……!
「センーーーーーー!」
「っぐ……うぉぉおおお!?」
彼女の体から何かが一気に放出される。それが質量を持つほどの膨大な魔力だと気がついた時には余波で地面を転がされていた。
吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がる中視界の端のウィンドウを見て愕然とする。
『ICE耐久力5%』
「しまっ……!?」
一瞬一瞬が間延びしたようにスローモーションに見える。
表示された耐久力が0%になる直前、それは起きた。
『ICE耐久力0───緊急防御プログラム『イージス』起動。脳チップへのアクセスを強制遮断。ICE再構築及び増強開始。』
以前組み込んでおいたプログラムが自動的に起動し、膨大な処理を一瞬で行なっていく。
そして、ICEの残り耐久値を見た瞬間開いた口が塞がらなくなった。
「なっ……なんだこれ……!?」
『ICE耐久力920%』
ICEの耐久力が爆発的に増えていた。しかも魔力の侵食を抑えつつ、さらに耐久力を回復している。
『どうやらICEが破壊された時の為の緊急防衛プログラムだったようですね。しかしあくまで緊急用。切れる前に決着を付けてしまいましょう。』
「了解……!待ってろ……今楽にしてやる!ラプラス、MG4と『フェアリー』を!」
『了解、H&K MG4、『フェアリー』展開。』
鵺の上部が縦にパックリと割れ、中からキャリーハンドルが飛び出してくる。
それを掴んで持ち上げると、中から軽機関銃が引き出された。
さらに鵺の横から弾帯の先が飛び出てきたので、それをMG4へと接続する。
自立兵器用のハッチからビットが続々と飛び出し、俺の周囲を護衛するように浮遊しはじめる。
「追加でE-Weapon、<ミストルティンスパイク>!」
『了解。E-Weapon、<ミストルティンスパイク>展開。』
鵺が元の形態に戻り、ミストルティンスパイクを展開する。
ベルトを首にかけ、右脇に鵺を固定し、MG4を左手で持てば準備完了。
本来はこんな運用法は重量過多でできないのだが、グレイプルで筋力を底上げしてやれば不可能ではない。
それこそ、軽機関銃をハンディマシンガンのように使うこともできる。
「突撃する!」
迫り来る触手をフェアリーと機関銃で蹴散らしながらダークマターへと接近する。
その間にもスパイクの照準の狙いを付けておく。狙うのは、彼女が跨っている球体。
『有効射程範囲まであと20メートル』
「くそ……短いようで長いな!」
向こうから近づいてきてはいるものの、その触手の数は圧倒的だ。
たまに撃ち漏らして肌を掠めていく。その際襲ってくるのは肌が切れた痛みではなく、じわじわと体を侵食していく快楽だ。
『有効射程範囲まで5,4,3,2,1』
しかしそれでも徐々に距離は縮まる。
その分触手が体を掠る回数も増え、膝を付きそうになるほどの快楽が体を蝕んでいくが気合でねじ伏せる。
『0』
「いけぇ!」
スパイクの必中距離に入り、合わせた照準へとラプラスがスパイクを撃ち込む。
球体へと刺さったスパイクが魔力を吸い取り、徐々にその体積を減らしていった。
「ぁ……セン……せん……」
うわ言のように少年の名前を呼び、その体を透けさせていく少女。
最終的に完全に消滅し、残されたのはゴツゴツとした赤黒い結晶体のみだった。
「終わった……のか?」
『そのようです。ただ、あの結晶体には強力なエネルギーが封じ込められているようです。放置すればまたダークマターが蘇るでしょう。』
と言うことはこれを破壊すれば少年からの依頼は達成という事になる。
俺はMG4の銃口を結晶体へと向ける。
『マスター、それを破壊するつもりですか?』
「……あぁ、頼まれたからな。」
しかし、手が震えてうまく狙いを定められない……
「そこまでだ。武器を捨てて両手を頭の後ろで組め。」
モタモタしていたら何者かに止められた。
気がつけば周囲を包囲されており、ベレー帽を被った集団にボウガンを突き付けられている。
仕方なく鵺とMG4を放り出し、頭の後ろに手を組む。
「おたくら一体何者だ?格好から言って教団とかそういう組織じゃねぇよな?」
「本来の軍隊であれば答える義理はないが……我々は隠すより見せつける事で意味を見出す集団だ。答えてやろう、我々は『パニッシャー』……反魔物独立戦線だ。」
リーダー格らしき男が俺の目の前に立つ。
そういえば以前ニータと行動を共にした時にこいつらの組織の名前を聞いた事がある。
要するに魔物に対してテロ行為を働いている武装過激派集団だ。厄介な奴らに出くわしてしまった物だ。
「隊長、間違いありません。ダークマターのコアです。」
「よし、運び出せ。反魔力コーティングを忘れるなよ。」
「了解。」
男が計器を結晶体へ向け、測定結果をリーダー格へと報告する。
どうやら彼らが探していた物のようだ。何か液体を振りかけて運び出そうとしている。
「おい、待て!それをどうするつもりだ!」
「答える義理があるとでも思うのか?お前は捕虜だ。尤も、ここで生かしておく必要も無いがな。」
リーダー格が俺から離れていく。
「俺が殺されるって言うならせめて何に使うかぐらいは教えろ!別に知った所で何が変わるわけでも無いだろう!?」
「……ふん。お前の言い分も尤もだな。」
奴が向き直って俺を見据える。
少なくとも話す気にはなったということだろう。意外と指揮官向きではないかもしれないな。
「ダークマターのコアから膨大な魔力を取り出し、それを爆発エネルギーに変換する。後は、分かるな?」
「な……正気か!?」
要するにダークマターを媒体にした爆弾を作ろうということだろう。
言い方を見るに核兵器クラスの物だ。そしてその爆発は魔王の魔力とは無関係に起こるだろう。すなわち、誰も助かる者はいない。
「そうだな、我々は既に狂っているのかもしれん。だが、狂気も無しに戦争ができると思うか?」
思わず動いて結晶体を奪還したくなったが、無数のボウガンを突き付けられている現状では迂闊に動く事もできない。
「お前も人間だろう。このまま魔物をのさばらせて良いというのか?人間の歴史はどうなる。歴史は勝者が記す物……このままでは人間は歴史から消え去るだろう。なら歴史から消え去る前に……奴らの喉笛に噛み付き、その名を歴史に残したほうがただ消えるだけより有意義ではないか?考え直せ……今なら我らの同志に加えてやる。」
「…………な」
もう半分近くは頭の中に入ってきていなかった。
ただ、こいつがとてつもなく理にかなっていない事ばかりを並べ立てている事だけは分かった。もう、理由はそれだけで十分だった。
「っざけんなぁぁぁぁあああああ!」
もう、頭がどうにかなりそうだ。
自分達が消えるのが怖くて道連れを探しているだけの奴らに、この世界を、人々を渡したくなんて無かった。
「……君ならわかってくれると思ったのだがな……残念だよ。……やれ。」
包囲している男達が俺へ向けてボウガンを再び構える。
こんな所で死ねない……こんなクソ野郎共に……平和を脅かさせてなるものか!
「ラプラス!」
『E-Weapon<シュバルツコード>展開。』
腰の部分にシャープなデザインの追加装甲が展開され、そこから黒い何かが滲み出してくる。
俺の声に反応して一斉にボウガンが射られたが、その矢は俺に当たることは無かった。
装甲から滲み出した黒い何かが一気に伸び、全ての矢を叩き落す。
男達はその一撃で俺が倒れると確信していたのか、慌てて次の矢をつがえ出す……が。
「させるかぁぁぁぁあああああ!」
ビキビキと音を立てて伸びた黒い物が変化していく。
それは平たく、薄く、まるで一つ一つが刃のような形状をしている。
さらにその刃はバラバラに分離し、16の剣となって中に浮かび上がった。
『出力500%で安定。EX.LOAD突入。コード『ソード オブ フレヤ』発動』
その常軌を逸する光景に男達はただ呆然と立ち尽くしていたが、明らかに危険な物体だと分かると散り散りに散開していく。
「逃すかぁ!」
それぞれに識別コードが付けてある刃を別々に操り、逃げ惑う男を追撃していく。
自立兵器を思念で動かす、というのは恐らくこういう感覚なのだろう。
それぞれの刃がまるで自分の指か何かのように動きが手に取るようにわかる。
「(A3後方13メートル移動縦回転斬撃A8右前方20メートル高速移動対象貫通A5、6左右移動迎撃後貫通A7、9、12遮蔽物破壊追撃A4斬撃A1、2左右後方展開防御A11左前方迎撃……)」
普段ではありえないほどの思考の回転速度に現実感が喪失していく。
まるでボードゲーム上のコマを相手の3倍の手数で置いていく感覚……と言えば分かるだろうか。
相手の3手先を読むのではなく、相手が1手置いたら3手を同時に置いて追い詰める感じだ。
「(前方逃亡者3A1、2、3追撃破砕)」
リーダー格の男とダークマターのコアを担いで逃げようとする男が視界に映る。
ブレードを3枚飛ばし、3人同時に胸部を貫いて絶命させる。
その3人で最後だった。辺りには切り裂かれた肉の塊や、両断された頭蓋、えぐり抜かれた心臓などがバラバラと落ちている。
「戦闘……しゅう……う……」
シュバルツコードが消えると同時に襲いかかってくる頭痛。
恐らく原因は脳に過度の負荷が掛かったことで大量の血液が必要となり、一気に頭に血が流れこんできた……といった所だろう。
『マスター、大丈夫ですか?』
「もんだい……ない……。はやく……ケリをつけよう……。」
這いつくばって鵺の側までにじり寄り、それを掴み取る。
MG4を一旦格納し、鵺を杖の代わりにして起き上がった。
頭がひどく痛むが、今はそれどころではない。早い所コアを破壊しなければ……!
「ラプラス……フェンリルクローを……」
『了解。E-Weapon<フェンリルクロー>展開。』
コアから少し離れて立ち、クローを展開。
震える腕を叱りつけながらそれを振りかぶった。
これを振り下ろせば……彼女は二度と復活しない。少年の言っていた幸せも守られる……
「……っ」
鵺を振り下ろし、不可視の爪をコアへ……
押し当てられなかった。
狙いは大きく外れ、コアの右隣へと逸れて地面をえぐる。
息も荒く、手が異常にブルブルと震えた。
「できるかよ……」
『マスター……?』
両目から涙が溢れ出し、喉に何かが引っかかったように呼吸が難しくなる。
あぁ、俺は……本気で泣いているのか。
「できるかよ馬鹿野郎!手前勝手な理屈で何もしていない奴を殺せって言うのか!?ふざけんなよ!小さな幸せとかそういう前に……何で自分の好きな奴を自分で守らないんだよ!俺に尻拭いを押し付けるんじゃねぇよチキショウ!」
『マスター……』
感情が溢れ出して止まらない。自分で自分が何を言っているのか分からず、ただ出るに任せて彼への罵倒が溢れてくる。
もう俺には……眼の前の結晶体を砕くだけの気力が残されていなかった……。
「この……馬鹿が……馬鹿野郎……!」
目の前が暗くなっていく。
今の絶叫で体力を限界まで消耗しきってしまったのだろうか……意識が遠のいていく。
意識がすっと浮かび上がってくる。
ゆっくりと目を開いてみたが、目を開いて尚目の前には何も映らなかった。
いや、ぼんやりとだが無数の白い点が目の前に広がっている。それが星空だと気付いたときには完全に意識が戻っていた。
「随分と長いこと寝ていたみたいだな……。」
『はい、もう夜中の12時です。バイタルに異常はありませんが、激しい戦闘の後だったので休息の為に起こしませんでした。』
「そうか……見張りありがとな。」
身を起こして辺りを見渡そうとした時、何かが薄ぼんやりと光って佇んでいる事がわかった。
しかし辺りが暗すぎるせいでそいつが一体何なのかよく分からない。
「ラプラス。」
『了解。アポロニウス展開。』
鵺から照明用ビットが1機飛び出し、その人影を照らす。
照らしだされた物を見た時、正直言って心臓が止まるかと思った。
なんと、骸骨が自力で立っている。この世界に来て様々な物を見たが、まさか幽霊をも見ることになるとは……。
「って……あぁ、なんだ。スケルトンか。」
そう、人影の正体はスケルトンだった。
彼女は無表情でぼんやりと結晶体を見下ろしている。
「そいつが気になるか?」
「…………」
ゆっくりとこちらを振り向いて感情のない赤い瞳で俺を見つめてくるスケルトン。
さて……どう対応したものか。
「大事なものだった……気がする。」
「大事な物?」
ただポツリと漏らした一言に何かが繋がった……そんな気がした。
確認のために一応声を掛けてみる。
「もしかしてお前……センか?」
「…………わからない。」
分からないと来たか。まぁ状況証拠から言って間違い無いだろう。
このデサルナ盆地は魔力の吹き溜まり……つまり死体があればそれがアンデッドとして蘇るという事もある。
精神世界での回想を見る分にはこいつがスケルトンになるための魔力も彼女が吸い取っていた事になる訳で……。
「お前は……これからどうするんだ?」
「…………わからない。」
そう言うと結晶体を抱え上げてふらふらと歩き出した。
「……行くのか?」
「うん……。誰にも知られない場所まで……。」
俺は黙って彼(彼女?)の背中を見送っていた。
もし……彼女が元のダークマターの姿に戻った時に彼はどうするのだろうか。
自分が消滅するその時まで彼女の側にいるのだろうか……。
「今度は離れるなよ……。絶対に守りぬいてやれ。」
そう、ひとりごちるのであった。
〜おまけ〜
あれから夜中中歩き続けてようやくギルドの自室まで帰ってきた。
もう既に明け方ではあるが、この上なく眠い。というか、無駄に疲れた。
『今回の復旧完了箇所の報告をします。
オクスタンライフルの出力が微量回復しました。
プチアグニの出力が完全に復帰しました。
心音センサーの復旧が完了しました。
以上で報告を終了します。』
「あぁ、お疲れ……。少し眠るわ……後で起こして……」
『そんな事よりマスター。』
仮眠を取ろうと目を瞑る直前、ラプラスが声を掛けてきた。
いつものようにねぎらいの言葉も無し……何だ?
「どうした、ラプラス。何か気にかかる事でもあるのか?」
『私は今正体不明の感情に突き動かされているような気がします。』
「……は?」
なんの前触れもなくシュバルツコードが展開され、うねうねと蠢き始める。
「おい、ラプラス。どうした、何が起きている。」
『マスター、せめて痛くはしません。暫くの間我慢して下さい。』
「ちょ、この絡み付いてくる触手なんとかしろ!ってどこに潜り込んでやがる!待て、やめ……」
アッーーーーーーーーー!
この空間に降り立つのもこれで9回目。そろそろ終わりが見えてきてもいい筈なのだが……。
『私とセンはどこにでもいる普通の村人だった。畑を耕して、日々の感謝を神に祈り、日が沈めば眠りに就く。ただの村人だった。』
燦々と太陽が照らし出す中、2つの家族が畑仕事をしている。
昼食の弁当を食べる前にお祈りをし、日が沈めば家に帰って夕食を食べて眠りにつく。
『幸せだった……。特別な関係になんかなれなくても、ただ二人で寄り添うことができればそれでよかった。』
木の根元に二人の男女が寄り添って眠っている。
二人の顔は幸福そうに綻んでいた。
『そんなある日だった。私たちの村に見た事も無い男の人達が踏み入ってきた。彼らは持っていた何かの道具を見ながら一人一人村の人を調べていった……』
ベレー帽を被った集団が村人に何かの計測器具のようなものを突きつけている。
あれは一体……。
『そして、私へとその道具が突き付けられた時、彼らの様子が一変した。私を地面に押し倒して拘束しようとした……』
少女を押し倒す男達。無論性的なことをするといった感じではない。
口の動きを見るに、見つけたと言っているようだ。
『センは……危険を顧みずに私を助けてくれた。私を押さえつけている人を突き飛ばして、私の手を引いて必死で逃げてくれた。』
少女の手を引いて逃げる少年。
後ろからはボウガンの矢が飛んできて地面や樹木に刺さっている。
『でも……私のほうが先に息切れを起こしてしまった。そんな私を見て、彼は私だけを逃がそうとした。』
泣いてすがりつく少女の肩を押して引き離す少年。
最初は嫌がりながらも、結局押し通されて逃げ出す少女。
『早く助けを呼べばセンは助かる……!近くの集落に……誰かに助けてもらわないと!』
疲労でふらつきながらも必死で逃げる少女。
しかし、彼女の周囲にはどこか奇妙な植物が入り混じり始めた。
心なしか桃色の霧が漂っている気がする。
『逃げて、逃げて逃げて逃げて……気がついたら変な場所にいた。奇妙にねじ曲がった植物が辺りに自生し、甘ったるい桃色の霧が漂っている。そんな時、私は急激な体調の変化に襲われた。』
肌が真っ黒な斑模様におおわれていく少女。見ているだけでこちらのほうが発狂しそうだ。
目を背けたいが、残念ながら目をつぶっても映像が飛び込んでくる。
『私の体がだんだんと黒くなっていく。恐怖が心を支配するけれど、同時に受けた感覚に思考が混乱する。ものすごく……気持ちがよかった。』
彼女の全身が黒い斑点に覆われると、今度は彼女から黒いドロドロとした液体が溢れてきた。
その液体が座り込んだ彼女の足元に溜まり始める。
『耐え難いほどの快楽の後に気がつくと……私はもう既に人間ではなくなっていた。しかし同時に、ある事も理解できた。これなら……センを助けられると。』
黒い斑模様に覆われていた彼女の体は元の白さに戻り、服がなくなっていた。
そして、彼女は黒い球体に跨っている。ダークマターの誕生の瞬間だった。
『私は急いでセンの下に向かった。空に浮かび上がって彼を探すと、呆気無く見つかった。私は彼を助けるため、彼へと一目散に向かっていった。けど……』
抑えつけられてナイフで一突きされる少年。
刺された場所は腎臓……まず助からないだろう。
少年の側に少女が近寄り、彼を抱き上げる。
『私がセンに近づいている事に気付かれて、彼は……殺されてしまった。冷たくなっていく彼を……私はただ見ている事だけしかできなかった。』
血に濡れた手で少女の頬をなで、少年は息絶える。
そして、彼女のいた場所に光の膜が張られていく。恐らくはダークマターを封じ込めるための結界か何かだろう。
『私はセンを埋葬して、何故彼が死ななくてはならなかったのを考えた。結果的に……巻き込んだ私が悪いという考えに落ち着いてしまった。』
粗末な墓の横で呆然と空を見上げる少女。
魔力を節約するためなのか、彼女の乗っている魔力の塊はピクリとも動かない。
『幸いにもここは魔力の吹き溜まりだったみたいで、集まってくる魔力を体に取り込んで生きながらえることができた。結果的に周囲の魔力が全部私に吸収されて、植物が正常な状態に戻ったのは皮肉以外の何者でもなかったかな。』
ダークマターという精霊は存在するだけで周囲を魔界に替えてしまう性質を持つ。
しかし、彼女の周囲は魔力で変質することもなく通常の状態を保っていた。
『それから……長い年月が経った。私の考える事は何故センが死んでしまったのかという事から、何故彼らみたいな理不尽な死を振りまく者がいるかに変わっていた。センを失った悲しみは憎しみへと変わっていた。そんな時、私の中に何かが突然現れた。最初は、それが何なのかわからなかった。』
自分が跨っている球体を不思議そうに眺める少女。
恐らくは感情が負の方向へと傾き、バランスが崩れたのだろう。エクセルシアの寄生条件としては十分満たしている。
『私の体がどんどん作り変えられていくのがわかった。最初は怖かったけど、沸き上がってくる力にふと、ある考えが頭をもたげた。』
結界の壁へと近づいていく彼女。
少女の形を取っている上部が球体へと飲み込まれていく。
『これだけの力があれば、結界は壊せるかもしれない。そして、あわよくばセンの命を奪った人達に復讐ができるかもしれない。』
球体の触手が壁に突き刺さると、甲高い音を立てて結界が崩壊する。
歓喜に打ち震えるかのように、触手がわさわさと動いている。
『結界は、簡単に壊せた。力も十分にある。これなら……彼の恨みを晴らせる。』
そして、彼女は暗い空の下、獲物を探し始めた。
『待っていてね、セン。貴方を殺したひとは、わたシガカナラズコロシテアゲル……。』
『それは、彼が本当に望んだ事なのか?』
殆ど表情の無い顔がこちらへゆっくりと向けられる。
その目には光が灯っておらず、狂気すら感じ取れた。
『聞くからにそいつは戦いとはなんの縁もないただの少年だ。そんな奴が誰かの死を望むと思うか?たとえそれが……自分を殺したやつであれ。』
『…………』
彼女が跨っている球体から素早く触手が伸び、俺を貫かんと迫る。
そいつが顔面に突き刺さる直前で捕まえると、触手はバタバタと暴れて尚も俺を貫こうとしていた。
『へぇ……殺意は本物って訳か。怖いな、女って生き物は。』
今までのように大した痛みもなく崩れ去るような攻撃とは違う。
俺の手には無数の傷がつき、血が流れ出していた。傷口が鈍い痛みを訴えてくる。
『少しは冷静になれよ。お前が自分自身の手を血に染めたと解ったら……あいつが悲しむぞ?』
しかし彼女は俺の言葉を聞かず、さらに触手を増やして俺へと殺到させる。
しかし、俺と彼女の間に割り込む影があった。そいつは……彼女の回想に出てきた少年だった。
『フレイ、もう止めよう……。彼を傷つけても何もならない。もうこれ以上……君が誰かを傷つける姿を見たくない……!』
『セ……ン……?』
彼女は信じられない物を見るような目で少年を見つめている。
そして惹きつけられるように少年へと近づいていった。
その感触を確かめるように、彼の肩や頬を手でゆっくりと撫でさすっていく。
『セン……センだぁ……。あはは……夢みたい……。』
少年は震えながら涙を流す彼女を抱きしめ、頭を撫でさすっている。
『もう……夢でも何でもいいよ……離れたくないよぉ……』
『……ゴメン、フレイ。それはできないんだ。』
少年は振り向いて俺と対峙する。彼の後ろでは少女が未だに彼にしがみついていた。
『お願いがあるんです。彼女を……楽にしてあげて下さい。』
『何……?』
少年の意外な申し出に耳を疑う。
彼女をよろしく頼む、なら予想はしていたが、楽にして欲しいは想定外だった。
『今……彼女の体がある場所はデサルナ盆地ですよね?』
『あぁ、そうだが……』
『あそこの近くには……僕達が住んでいた集落があるんです。もし彼女がそこへ言ってしまったらそこは魔界になってしまう。でしょう?』
俺は無言で頷く。
『彼らには彼らなりの暮らしがあるんです。それをいきなり壊したくはありません。だからと言って……彼女をもう一回封印するというのはしたくありませんから……。』
『何でだよ……』
俺は、こいつが一体何を言っているのか分からなかった。
『何で軽々しく死なせて欲しいとか言うんだよ!?お前はそいつのことが好きだったんだろ!?だったらおかしいじゃねぇか!』
『……はい。確かに僕は彼女の事が好きでした。ですが……』
そう言って彼は一旦間を置く。
そして、次に発せられた言葉は魔物という考え方から根本的に外れたものだった。
『日がな一日中彼女達と交わることだけが……本当に幸せと言えるのでしょうか?』
『何……?』
尚も彼は続ける。それは、彼らなりの幸福論だった。
『たしかに激しい快楽などありませんでした。朝早く起きて、畑を耕して、皆と喋りながら食事をして、日が暮れたら寝る……。ただそれだけの暮らしです。でも……』
彼は、歪みのない瞳で俺を見据えて言い放った。それに対し、俺は二の句が継げなくなってしまった。
『そこには確かに、本当に小さな事ですけれど幸せがあったんです。僕はそのささやかな幸せを自分のエゴだけで壊したくない。』
『…………っ』
もう、俺の反論する余地は残っていなかった。
苦虫を噛み潰すように彼の依頼を受けることにする。
『……彼女の事は任せな。後はゆっくり……眠りにつけ。すぐに彼女もそちらへ送る。』
『有難うございます……。』
心配そうに少年を見上げる少女。しかし少年は優しげな笑みを崩さずに彼女へと寄り添っていた。
『セン……』
『大丈夫……一緒に行こう。何も怖い事は無いはずだから。』
二人の顔が引き寄せられるように近づき、重なった。
何故……こんな事になってしまったんだ。
辺りが急激に眩しい光で覆われ、意識が遠のいていく。
今回はコレで終わりではない。意識が戻ったら……彼女をこの世から消さなければならない。
正直後味のいい仕事ではないが……頼まれたからにはきっちりこなさなくては。
〜デサルナ盆地〜
全身を襲う痛みに一気に意識が覚醒する。
どうやら傷は完全には癒えていないようだ。再生ナノを投与してあるとはいえ……仕方がないか。
「っててて……あぁ、まだ生きてるな。」
『気が付かれましたか。怪我はまだ完全には治癒していません。しばらくは安静に……』
「わり……そうも行かないんだわ。」
痛みに軋む体を無理矢理起こし、倒れているダークマターへ向き直る。
既に動けるようになったのか、彼女が体を起こして辺りをきょろきょろと伺っている。
そして、俺を見つけるとふわっと笑みを浮かべ……え?
「あぁ〜……センだぁ♪」
「……なんですと?」
ゆらゆらと球体から触手を伸ばしてくる……ってあぶね!?
間一髪で触手の魔の手から逃れて距離を取る。
「なんで逃げるのぉ……?いっしょになろうよぉ……♪」
「くっ……こいつ、記憶が混濁しているのか!?」
どうやら精神世界であった事をうっすらと覚えているようだが、その時にセンという少年と俺がごっちゃになってしまったらしい。
つまるところ……
「取り込まれる……!」
『一瞬でインキュバス化しますね。ICEなんて有って無きが如しです。』
無数の触手を蠢かせ、彼女が俺へとゆっくり接近してくる。
視界の端ではICEの残り耐久力が表示……
『ICE耐久力 51%』
「なにィ!?」
どうやら近くにいるだけでもガリガリと削られていくらしい。このままでは……!
「センーーーーーー!」
「っぐ……うぉぉおおお!?」
彼女の体から何かが一気に放出される。それが質量を持つほどの膨大な魔力だと気がついた時には余波で地面を転がされていた。
吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がる中視界の端のウィンドウを見て愕然とする。
『ICE耐久力5%』
「しまっ……!?」
一瞬一瞬が間延びしたようにスローモーションに見える。
表示された耐久力が0%になる直前、それは起きた。
『ICE耐久力0───緊急防御プログラム『イージス』起動。脳チップへのアクセスを強制遮断。ICE再構築及び増強開始。』
以前組み込んでおいたプログラムが自動的に起動し、膨大な処理を一瞬で行なっていく。
そして、ICEの残り耐久値を見た瞬間開いた口が塞がらなくなった。
「なっ……なんだこれ……!?」
『ICE耐久力920%』
ICEの耐久力が爆発的に増えていた。しかも魔力の侵食を抑えつつ、さらに耐久力を回復している。
『どうやらICEが破壊された時の為の緊急防衛プログラムだったようですね。しかしあくまで緊急用。切れる前に決着を付けてしまいましょう。』
「了解……!待ってろ……今楽にしてやる!ラプラス、MG4と『フェアリー』を!」
『了解、H&K MG4、『フェアリー』展開。』
鵺の上部が縦にパックリと割れ、中からキャリーハンドルが飛び出してくる。
それを掴んで持ち上げると、中から軽機関銃が引き出された。
さらに鵺の横から弾帯の先が飛び出てきたので、それをMG4へと接続する。
自立兵器用のハッチからビットが続々と飛び出し、俺の周囲を護衛するように浮遊しはじめる。
「追加でE-Weapon、<ミストルティンスパイク>!」
『了解。E-Weapon、<ミストルティンスパイク>展開。』
鵺が元の形態に戻り、ミストルティンスパイクを展開する。
ベルトを首にかけ、右脇に鵺を固定し、MG4を左手で持てば準備完了。
本来はこんな運用法は重量過多でできないのだが、グレイプルで筋力を底上げしてやれば不可能ではない。
それこそ、軽機関銃をハンディマシンガンのように使うこともできる。
「突撃する!」
迫り来る触手をフェアリーと機関銃で蹴散らしながらダークマターへと接近する。
その間にもスパイクの照準の狙いを付けておく。狙うのは、彼女が跨っている球体。
『有効射程範囲まであと20メートル』
「くそ……短いようで長いな!」
向こうから近づいてきてはいるものの、その触手の数は圧倒的だ。
たまに撃ち漏らして肌を掠めていく。その際襲ってくるのは肌が切れた痛みではなく、じわじわと体を侵食していく快楽だ。
『有効射程範囲まで5,4,3,2,1』
しかしそれでも徐々に距離は縮まる。
その分触手が体を掠る回数も増え、膝を付きそうになるほどの快楽が体を蝕んでいくが気合でねじ伏せる。
『0』
「いけぇ!」
スパイクの必中距離に入り、合わせた照準へとラプラスがスパイクを撃ち込む。
球体へと刺さったスパイクが魔力を吸い取り、徐々にその体積を減らしていった。
「ぁ……セン……せん……」
うわ言のように少年の名前を呼び、その体を透けさせていく少女。
最終的に完全に消滅し、残されたのはゴツゴツとした赤黒い結晶体のみだった。
「終わった……のか?」
『そのようです。ただ、あの結晶体には強力なエネルギーが封じ込められているようです。放置すればまたダークマターが蘇るでしょう。』
と言うことはこれを破壊すれば少年からの依頼は達成という事になる。
俺はMG4の銃口を結晶体へと向ける。
『マスター、それを破壊するつもりですか?』
「……あぁ、頼まれたからな。」
しかし、手が震えてうまく狙いを定められない……
「そこまでだ。武器を捨てて両手を頭の後ろで組め。」
モタモタしていたら何者かに止められた。
気がつけば周囲を包囲されており、ベレー帽を被った集団にボウガンを突き付けられている。
仕方なく鵺とMG4を放り出し、頭の後ろに手を組む。
「おたくら一体何者だ?格好から言って教団とかそういう組織じゃねぇよな?」
「本来の軍隊であれば答える義理はないが……我々は隠すより見せつける事で意味を見出す集団だ。答えてやろう、我々は『パニッシャー』……反魔物独立戦線だ。」
リーダー格らしき男が俺の目の前に立つ。
そういえば以前ニータと行動を共にした時にこいつらの組織の名前を聞いた事がある。
要するに魔物に対してテロ行為を働いている武装過激派集団だ。厄介な奴らに出くわしてしまった物だ。
「隊長、間違いありません。ダークマターのコアです。」
「よし、運び出せ。反魔力コーティングを忘れるなよ。」
「了解。」
男が計器を結晶体へ向け、測定結果をリーダー格へと報告する。
どうやら彼らが探していた物のようだ。何か液体を振りかけて運び出そうとしている。
「おい、待て!それをどうするつもりだ!」
「答える義理があるとでも思うのか?お前は捕虜だ。尤も、ここで生かしておく必要も無いがな。」
リーダー格が俺から離れていく。
「俺が殺されるって言うならせめて何に使うかぐらいは教えろ!別に知った所で何が変わるわけでも無いだろう!?」
「……ふん。お前の言い分も尤もだな。」
奴が向き直って俺を見据える。
少なくとも話す気にはなったということだろう。意外と指揮官向きではないかもしれないな。
「ダークマターのコアから膨大な魔力を取り出し、それを爆発エネルギーに変換する。後は、分かるな?」
「な……正気か!?」
要するにダークマターを媒体にした爆弾を作ろうということだろう。
言い方を見るに核兵器クラスの物だ。そしてその爆発は魔王の魔力とは無関係に起こるだろう。すなわち、誰も助かる者はいない。
「そうだな、我々は既に狂っているのかもしれん。だが、狂気も無しに戦争ができると思うか?」
思わず動いて結晶体を奪還したくなったが、無数のボウガンを突き付けられている現状では迂闊に動く事もできない。
「お前も人間だろう。このまま魔物をのさばらせて良いというのか?人間の歴史はどうなる。歴史は勝者が記す物……このままでは人間は歴史から消え去るだろう。なら歴史から消え去る前に……奴らの喉笛に噛み付き、その名を歴史に残したほうがただ消えるだけより有意義ではないか?考え直せ……今なら我らの同志に加えてやる。」
「…………な」
もう半分近くは頭の中に入ってきていなかった。
ただ、こいつがとてつもなく理にかなっていない事ばかりを並べ立てている事だけは分かった。もう、理由はそれだけで十分だった。
「っざけんなぁぁぁぁあああああ!」
もう、頭がどうにかなりそうだ。
自分達が消えるのが怖くて道連れを探しているだけの奴らに、この世界を、人々を渡したくなんて無かった。
「……君ならわかってくれると思ったのだがな……残念だよ。……やれ。」
包囲している男達が俺へ向けてボウガンを再び構える。
こんな所で死ねない……こんなクソ野郎共に……平和を脅かさせてなるものか!
「ラプラス!」
『E-Weapon<シュバルツコード>展開。』
腰の部分にシャープなデザインの追加装甲が展開され、そこから黒い何かが滲み出してくる。
俺の声に反応して一斉にボウガンが射られたが、その矢は俺に当たることは無かった。
装甲から滲み出した黒い何かが一気に伸び、全ての矢を叩き落す。
男達はその一撃で俺が倒れると確信していたのか、慌てて次の矢をつがえ出す……が。
「させるかぁぁぁぁあああああ!」
ビキビキと音を立てて伸びた黒い物が変化していく。
それは平たく、薄く、まるで一つ一つが刃のような形状をしている。
さらにその刃はバラバラに分離し、16の剣となって中に浮かび上がった。
『出力500%で安定。EX.LOAD突入。コード『ソード オブ フレヤ』発動』
その常軌を逸する光景に男達はただ呆然と立ち尽くしていたが、明らかに危険な物体だと分かると散り散りに散開していく。
「逃すかぁ!」
それぞれに識別コードが付けてある刃を別々に操り、逃げ惑う男を追撃していく。
自立兵器を思念で動かす、というのは恐らくこういう感覚なのだろう。
それぞれの刃がまるで自分の指か何かのように動きが手に取るようにわかる。
「(A3後方13メートル移動縦回転斬撃A8右前方20メートル高速移動対象貫通A5、6左右移動迎撃後貫通A7、9、12遮蔽物破壊追撃A4斬撃A1、2左右後方展開防御A11左前方迎撃……)」
普段ではありえないほどの思考の回転速度に現実感が喪失していく。
まるでボードゲーム上のコマを相手の3倍の手数で置いていく感覚……と言えば分かるだろうか。
相手の3手先を読むのではなく、相手が1手置いたら3手を同時に置いて追い詰める感じだ。
「(前方逃亡者3A1、2、3追撃破砕)」
リーダー格の男とダークマターのコアを担いで逃げようとする男が視界に映る。
ブレードを3枚飛ばし、3人同時に胸部を貫いて絶命させる。
その3人で最後だった。辺りには切り裂かれた肉の塊や、両断された頭蓋、えぐり抜かれた心臓などがバラバラと落ちている。
「戦闘……しゅう……う……」
シュバルツコードが消えると同時に襲いかかってくる頭痛。
恐らく原因は脳に過度の負荷が掛かったことで大量の血液が必要となり、一気に頭に血が流れこんできた……といった所だろう。
『マスター、大丈夫ですか?』
「もんだい……ない……。はやく……ケリをつけよう……。」
這いつくばって鵺の側までにじり寄り、それを掴み取る。
MG4を一旦格納し、鵺を杖の代わりにして起き上がった。
頭がひどく痛むが、今はそれどころではない。早い所コアを破壊しなければ……!
「ラプラス……フェンリルクローを……」
『了解。E-Weapon<フェンリルクロー>展開。』
コアから少し離れて立ち、クローを展開。
震える腕を叱りつけながらそれを振りかぶった。
これを振り下ろせば……彼女は二度と復活しない。少年の言っていた幸せも守られる……
「……っ」
鵺を振り下ろし、不可視の爪をコアへ……
押し当てられなかった。
狙いは大きく外れ、コアの右隣へと逸れて地面をえぐる。
息も荒く、手が異常にブルブルと震えた。
「できるかよ……」
『マスター……?』
両目から涙が溢れ出し、喉に何かが引っかかったように呼吸が難しくなる。
あぁ、俺は……本気で泣いているのか。
「できるかよ馬鹿野郎!手前勝手な理屈で何もしていない奴を殺せって言うのか!?ふざけんなよ!小さな幸せとかそういう前に……何で自分の好きな奴を自分で守らないんだよ!俺に尻拭いを押し付けるんじゃねぇよチキショウ!」
『マスター……』
感情が溢れ出して止まらない。自分で自分が何を言っているのか分からず、ただ出るに任せて彼への罵倒が溢れてくる。
もう俺には……眼の前の結晶体を砕くだけの気力が残されていなかった……。
「この……馬鹿が……馬鹿野郎……!」
目の前が暗くなっていく。
今の絶叫で体力を限界まで消耗しきってしまったのだろうか……意識が遠のいていく。
意識がすっと浮かび上がってくる。
ゆっくりと目を開いてみたが、目を開いて尚目の前には何も映らなかった。
いや、ぼんやりとだが無数の白い点が目の前に広がっている。それが星空だと気付いたときには完全に意識が戻っていた。
「随分と長いこと寝ていたみたいだな……。」
『はい、もう夜中の12時です。バイタルに異常はありませんが、激しい戦闘の後だったので休息の為に起こしませんでした。』
「そうか……見張りありがとな。」
身を起こして辺りを見渡そうとした時、何かが薄ぼんやりと光って佇んでいる事がわかった。
しかし辺りが暗すぎるせいでそいつが一体何なのかよく分からない。
「ラプラス。」
『了解。アポロニウス展開。』
鵺から照明用ビットが1機飛び出し、その人影を照らす。
照らしだされた物を見た時、正直言って心臓が止まるかと思った。
なんと、骸骨が自力で立っている。この世界に来て様々な物を見たが、まさか幽霊をも見ることになるとは……。
「って……あぁ、なんだ。スケルトンか。」
そう、人影の正体はスケルトンだった。
彼女は無表情でぼんやりと結晶体を見下ろしている。
「そいつが気になるか?」
「…………」
ゆっくりとこちらを振り向いて感情のない赤い瞳で俺を見つめてくるスケルトン。
さて……どう対応したものか。
「大事なものだった……気がする。」
「大事な物?」
ただポツリと漏らした一言に何かが繋がった……そんな気がした。
確認のために一応声を掛けてみる。
「もしかしてお前……センか?」
「…………わからない。」
分からないと来たか。まぁ状況証拠から言って間違い無いだろう。
このデサルナ盆地は魔力の吹き溜まり……つまり死体があればそれがアンデッドとして蘇るという事もある。
精神世界での回想を見る分にはこいつがスケルトンになるための魔力も彼女が吸い取っていた事になる訳で……。
「お前は……これからどうするんだ?」
「…………わからない。」
そう言うと結晶体を抱え上げてふらふらと歩き出した。
「……行くのか?」
「うん……。誰にも知られない場所まで……。」
俺は黙って彼(彼女?)の背中を見送っていた。
もし……彼女が元のダークマターの姿に戻った時に彼はどうするのだろうか。
自分が消滅するその時まで彼女の側にいるのだろうか……。
「今度は離れるなよ……。絶対に守りぬいてやれ。」
そう、ひとりごちるのであった。
〜おまけ〜
あれから夜中中歩き続けてようやくギルドの自室まで帰ってきた。
もう既に明け方ではあるが、この上なく眠い。というか、無駄に疲れた。
『今回の復旧完了箇所の報告をします。
オクスタンライフルの出力が微量回復しました。
プチアグニの出力が完全に復帰しました。
心音センサーの復旧が完了しました。
以上で報告を終了します。』
「あぁ、お疲れ……。少し眠るわ……後で起こして……」
『そんな事よりマスター。』
仮眠を取ろうと目を瞑る直前、ラプラスが声を掛けてきた。
いつものようにねぎらいの言葉も無し……何だ?
「どうした、ラプラス。何か気にかかる事でもあるのか?」
『私は今正体不明の感情に突き動かされているような気がします。』
「……は?」
なんの前触れもなくシュバルツコードが展開され、うねうねと蠢き始める。
「おい、ラプラス。どうした、何が起きている。」
『マスター、せめて痛くはしません。暫くの間我慢して下さい。』
「ちょ、この絡み付いてくる触手なんとかしろ!ってどこに潜り込んでやがる!待て、やめ……」
アッーーーーーーーーー!
15/05/31 18:25更新 / テラー
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