第五十四話〜復讐する目〜
〜デサルナ盆地〜
薄暗い空。奇妙にねじれた植物。
ここは反魔物領近くにある魔力の吹き溜まりだ。
その盆地の中央あたりにポツンと結界に囲まれた区画があった。
数年前にそこに一体のダークマターが封印された。
内側からではろくに破壊する手段など無い……その筈であった。
<ピシ……ビシ……>
その破壊不可能なはずの結界が、内側から破られようとしていた。
甲高い音共に破壊された結界の中から出てきたのは黒い球体。
ただし、図鑑で見るようなダークマターの姿をしていなかった。
漆黒の球体に巨大な眼が開いている……まるでバックベアードか何かのように。
そして、ダークマターはさまよい始めた。まるで何かを探すかのように。
〜冒険者ギルド ロビー〜
「え〜と……ここをこうして……」
今現在俺はテーブルの上に様々な工具を広げ、鵺の改造に取り掛かっている。
今度は鵺の上部にキャリーハンドルのような物を付け、腕と並行になるように固定具を増設しているのだ。
簡単に説明すると、ATX計画の内の1機、アルトアイゼンのステークのようにHHシステムの杭を使えるようにしているのだ。
せっかく片手でも扱えるようになったのだから使い方の幅を広げないとな。
「やっぱ難しいよな……っと。変形邪魔しないように取り付けなきゃならんし。」
鵺そのものに穴を開ける訳にはいかない。なにせこれでも精密機器だ。
下手に穴を開けて重要な部分を壊したりしたら事である。
予め作ってあった固定具を鵺の砲身とグリップ周辺に2つ取り付け、腕を通してハンドルを握り締める。
「ラプラス、HHシステム。」
『了解。HHシステム起動。』
鵺の砲身が開き、先端から純白の杭が飛び出す。
持ち上げてフィット具合を確認し、それなりに使えそうなことが確認できるとHHシステムを終了させた。
「問題は……これだな。」
砲身に取り付けられている固定具一式を取り外す。
一応ワンタッチで取り外しできるようには工夫してあるが、この状態では一部の兵装を使えなかったり、出せたとしても出しっぱなしにせざるを得ないのだ。
「ま、この程度の制限は許容範囲内か……どうせHHシステムを使っている時は大部分の兵装は使えないからな。」
「おにいちゃん、ラプちゃんのおていれおわった?」
作業の終わりを感じ取ったのか、アニスちゃんがちょこちょこと俺の直ぐ側まで近づいて来た。何だかんだで甘えたがりだな……この子は。
「ん、もう大丈夫だ。少し待ってな、今工具を片付け……」
「アニーに構っている余裕は無くなったわ。今すぐにデサルナ盆地まで飛んで頂戴。」
唐突に上からミリアさんの声が降ってきた。
工具を片付けようとした俺の手が固まり、アニスちゃんの表情が凍りつく。
あぁ、やれやれ……これじゃあ帰ってきた時のアニスちゃんの膨れ方が凄いぞ。
「おしごと……?」
「そうね、それも急を要する。ごめんね、アニー。アルテアを横取りする形になってしまって。」
アニスちゃんは既に半泣き。それを見たミリアさんが顔を赤らめて息を荒く……
「ってコラ。自分の娘虐めて欲情するなドS痴女。」
「あら、これも愛情の一種よ?」
「歪んでやがる……」
『ぷぎゃー』
「お前はその地味にうざったい鳴き声を止めろ。」
〜クエスト開始〜
―闇の太陽―
『シーフギルドから情報が入ったわ。デサルナ盆地に数年前から張ってあった結界が破られて中から黒い球体が現れたという話よ。
あそこは魔力の吹き溜まり……状況からしてダークマターの可能性が高いわ。
例のバケモノへと変質しているのだとしたら……今までにないほど熾烈な戦いになると思う。
貴方にはこの地へ赴いてダークマターが変質していないか確認して欲しいの。
変質していないのだとしたら放置してもいいけど……もしバケモノになっていたら貴方の出番よ。頑張って頂戴。
冒険者ギルド モイライ支部 ギルドマスター ミリア=フレンブルク』
「ダークマター……か。かなりヤバそうな相手だな。」
「闇の太陽とも呼ばれている上位の精霊種ですね。下手に接近するとあっというまにインキュバス化するので注意して下さい。」
「……インキュバス化で済めばいいんだがね。」
シーフギルドはエクセルシアの存在を知っている。
そしてわざわざ発生したダークマターの情報を持ってきたという事は、それがE-クリーチャーの可能性が高いという事だ。
恐らく今回の戦いはミリアさんの言う通り過酷な戦いになるはずだ。
「気を引き締めていくか……ミリアさん、今回は同行者は……」
「無理ね……」
そういえば今日は妙にギルドのロビーが静かだ。
見渡してみると……誰もいない。
「全員出払っているわ。気付かなかった?」
「……作業に集中してたもんで。」
つまり今回は単独で、しかもドが付くほど危険な相手に立ち向かう必要がある。
……俺死んだかも。
「ま、サポートをよろしく頼むわ……全力で行こう。」
『了解。冗談抜きで行きましょう。』
〜デサルナ盆地〜
「っと……おわっ!?とと……」
デサルナ盆地の付近には集落がなく、旅の館が使えない。
幸い馬で2,3時間走らせた場所にあるらしいので使わせてもらったのだが……
「乗馬の訓練なんて受けてねぇっての……」
『借りる時に気づいておくべきでしたね。』
常に股を締めておかねばならず、上下に揺さぶられ続けるため乗り物酔いに近い状態になる。
こんな状態で戦闘したくねぇな……
「せめてバイクでもあれば楽だったんだがなぁ……」
『バイクの部品がまるごと全部ありませんから1から組み上げることもできませんね。せめてエンジンだけでもあれば似たようなものは作れそうですが。』
「無いものねだりをしても仕方あるまい。さて……ターゲットはどこだ……っと。」
馬の上から望遠モードを起動し、辺りを探る。
すると、地面のすれすれあたりを移動する黒い玉のようなものが視界に映った。
「……あれか。」
『エクセルシアの反応あり……間違いありませんね。E-クリーチャーです。』
球体の上に女性はまたがっておらず、ただ黒い玉がふわふわと移動しているだけだ。
正直不気味な事この上ない。
「どうする?精霊だとしたら恐らく物理攻撃は効果が薄いぞ。」
馬から降りつつ相手の様子を伺う。
馬は降りた後尻を叩いてやるとどこかへ行ってしまった。まぁ帰巣本能ぐらいはあるだろう。
『光学兵器で行きましょう。自立戦闘用フローティングビット『フェアリー』展開。』
鵺上部のハッチから丸っこい戦闘支援用のビットが飛び出してくる。その数、5機。
それぞれがショートビームの連射で弾幕を張り、戦闘支援を行う頼れる兵器だ。
『続いてオクスタンライフル展開。モードE。』
展開されたオクスタンライフルを構えながら照準を合わせる。
「よし……ショータイムだ!」
『Let’s rock』
トリガーを引き、ビームを照射すると釣られるようにフェアリーがめまぐるしく位置を変えながらダークマターを攻撃し始めた。
まるで妖精の乱舞だ。
こちらの射撃で位置が特定されたらしく、方向転換してこちらへと向かってくる。
「うし、引くぞ。」
『了解。』
追ってくるダークマターの姿を確認しながら引き下がる。
本来であれば射撃しながら後退する事は難しいのだが、『フェアリー』が使える今はその制限は当てはまらない。
ラプラスが『フェアリー』とリンクし、自動で狙いを付けてくれるからだ。うむ、便利。
『とはいえ……やはり決定打は与えられませんね。』
「むぅ……出力不足か。」
自動で攻撃を行ってくれるフェアリーだが、その威力はあくまでおまけ程度。
人間が当たったら火傷でしばらく動けなくなる程度の威力はあるが、E-クリーチャー相手では大した効果も無いだろう。
「やっぱエクセルシアを抜き取るしかねぇか……ラプラス、HHシステムを。」
『まだ活発に動き回っていて打ち込むには命中精度が低い筈ですが……。』
「直接ブチ刺す。アレを使うぞ。」
バックパックの横に下げてある留め具を外し、鵺に取り付ける。
ステークモード……と言っても取り付け式だが。
援護射撃はフェアリーが行ってくれる。あとは……
「突っ込む度胸と足さばきと運だけ!」
『いつもながらに滅茶苦茶ですね。もう諦めましたが。』
がっしりとハンドルを握り、腕にベルトを巻きつける。
手の甲側に鵺が固定される形になった。
「うし、行くぜ!」
迫り来る黒球に向かって猛然と走り始める。距離がだんだんと縮まっていく……
その時、球体から無数の黒い線が飛び出してきた。
空を覆いつくさんという勢いで増えていく黒い線……
「ってあれ全部触手か!?」
『全てこちらを狙っていますね。くれぐれも被弾しないようにして下さい。最悪ハリネズミ状態になりますから。』
「笑えねぇ!」
まるで雨か嵐かという勢いで触手の先端がこちらへと降ってくる。
ラプラスはそれを数十、数百という勢いで撃ち落としてなんとか道を作り、俺がかろうじて回避しながら接近していく。
「わっ、あぶっ!のぉう!?」
乱数機動を織りまぜながら回避しているにも関わらず、頭を、肩を、腹を触手の切先が掠っていく。
掠っただけで服が切り裂かれる辺り相当に鋭そうだ。
「よし……もうすこ……」
ダークマターまであと30メートルを切った所で全身に悪寒が走った。
見ると、まるで槍衾の如く触手の先端がこちらを狙っている。
「まずっ!避けきれ……!」
槍衾が一斉にこちらへと迫ってくる。
固定具を付けているために他の装備は使えないし、プチアグニを使うにはチャージ時間が無い。
おまけにフェアリーでは蹴散らし切れない。
右に移動しても、左に移動しても追尾してくる。
「くそ……ラプラス!」
『了解。』
それでもラプラスは槍衾にフェアリーを撃ち込み続ける。
そして…………
俺の体を無数の触手が貫通していった。
アルテアの体がピクリとも動かなくなる。
ダークマターは彼の生死を見極めるために串刺しの状態で宙吊りになっているアルテアを目の前まで持ってきた。
そしてその大きな目玉でギョロギョロと彼の全身を観察し始める。
念のために追い打ちを掛けることにしたのだろうか。一本の触手を彼の目の前に持ってくると鋭く尖らせ、彼の心臓へ狙いを定める。そして……
「引っかかったな、阿呆が。」
ダークマターの目玉へと純白の杭が突き付けられる。
乾いた射出音と共に目玉へ杭が突き刺さり、彼女の力の源であるエクセルシアへと絡みついた。
「どっ……」
彼が触手の刺さっている足を無理矢理動かしてダークマターに押し当てる。
その顔は苦痛に歪みながらも、勝利を確信した清々しい表情であった。
「せぇぇぇぇええええい!」
そして彼はワイヤーごと杭を無理矢理引きぬいた。
目玉から黒い液体が勢い良く吹き出し、彼を黒く染め上げていく。
魔力の塊とも言えるダークマターが痛みを感じるのかはわからないが、無数の触手を蠢かせて悶えて暴れる。
「がっ!ぐぁ!ぐふ!が……はっ……!」
それに引きずられるように彼に刺さった触手も暴れまわり、地面へと何度も体を叩きつけられた。
触手がボロボロと崩れだし、彼の体に刺さっている触手も自壊するとようやく彼は地面に叩きつけられるような形で解放された。
「ぁ……ぐ……いってぇ……じゃ……済まねぇぞ……これ……」
体中に開いた穴からは夥しい量の血液が漏れ出している。
動脈は避けたつもりだったのだが……やはり大怪我は免れなかったか。
あの槍衾が突き刺さる直前までラプラスは射撃を続けていた。
それは何故か。
実は俺の体の急所を捉える触手を全て撃墜していたのだ。お陰で触手は全て急所を外れ、串刺しにされながらも俺はなんとか生きていた。
後は死んだふりをしつつ、奴が近づいてくるのに賭けたのだが……なんとか勝てたようだ。
それにしても……意識が飛びそうだ。全身から体温が消え失せていく感覚もあるあたり、出血量もかなり危険かもしれない。
「あ〜……死ぬ。マジで死ぬ。これは死ぬ。ヤバい。マジでヤバい。」
『喋らないで下さい。パラケルスス、ADフィールド、アポロニウス展開。右腕のコントロールをお借りします。』
ラプラスが俺の右腕を器用に操り、Tシャツの前面を切り裂いていく。
『まずは大出血だけでも止めないと危険です。多少痛いかもしれませんが我慢して下さい。』
ルミナストリングスが傷口に入り込み、切り裂かれた血管を無理矢理つなぎあわせていく。
激痛に意識が飛びかけるが、腕のコントロールは俺の意識がある時でないと使えない。故に気絶は許されない。どういう拷問だこれ。
「っ……せめて……麻酔使え……!」
『この規模の怪我だと全身麻酔になってしまいます。それでは本末転倒です。』
「出血死の前にショック死しそうだよチクショウめ……」
あらかた血管を縫合し終え、穿たれた穴を螺旋を描くようにルミナストリングスが縫い合わせていく。
以前南米のジャングルに放り込まれた時に大怪我をしたのだが、その時傷口に大量の蛆が湧いたことがある。今の痛みはまさにその時とそっくりだった。
要するに、糸に肉を食い破られるような……そんな感覚である。
「〜〜〜〜っ……か……は……」
『あと8箇所です。』
「おま……これをあと8回もかよ……。」
縫うたびに意識が持っていかれそうになり、持っていかれそうになるたびに腕をコントロールしたラプラスが俺を叩き起して再び術式に戻る。今日日拷問でもここまでえぐいことはやらないぞ。
『これで最後です。後は再生ナノを投与、ダーマを貼りつければ術式完了です。』
「あぁ……世話掛けたな。ったく……正直言って今回は本気で死ぬかと思ったぞ。」
傍らに放り出されている鵺の杭にはエクセルシアがしっかりと固定されている。
その色は全ての光を覆い隠すが如き漆黒。似合いすぎにも程がある。
「……眠い。」
『あれだけの大怪我を短時間で処置し、なおかつ体とナノマシンが全力で修復しようと働いているのです。眠くなるのも当然かと。』
瞼が重くて仕方がない。このまま寝てしまってそのまま目を覚まさないという可能性も無いわけではないが、その時はその時だ。
「んだな……。じゃ、少し眠るわ。」
『少しお待ちください。ただ寝るよりはマスターの言う精神世界に入って置いたほうがよいのでは無いでしょうか。』
ラプラスの言うことも一理ある。
今から寝て、起きてから精神世界に入るのでは二度手間だ。
「おう。そんじゃ、格納よろしく。」
『了解。エクセルシアを格納空間に挿入します。』
視界の端で鵺にエクセルシアが飲み込まれていく。
少なくとも精神世界に入れば怪我の痛みは忘れられるだろう。それならば痛みのない場所で休憩を取ったほうが建設的というものだ。
『格納用空間にカ挿タヒ了。任f4%務の第ト一段・階、フェ*ズ9を終───』
文字化けと共に頭へと大量に流れ込む情報。意思を無視して刷り込まれる情報に頭が悲鳴を上げる。
『──hテkd%@許n8dha d#────殺ヒof\sa$#し──────j7as*@私%dnahカ──────』
「っ……!が……ぁ……」
そういえば今回の気絶中は誰が俺の体のお守りをするのだろうか。
まぁ、ラプラスがやってくれるだろうし心配は……無いか。
若干の不安を残しながらも俺は闇へと身を任せていった。
12/01/28 12:26更新 / テラー
戻る
次へ