第五十三話〜食いしん坊万歳!〜
〜怪盗バトルロワイヤル〜
人間の記憶というものは曖昧で、どうでもいいことは割と簡単に頭の中から消し去られてしまうものだ。
PCのようにバックアップなんて取れる物ではないし、どこかのサーバーに預けておくこともできない以上、そのデータ破損率たるや不良品もいい所だ。
しかし、いくら物を忘れようともこうして文明は連綿と続いている訳で……意外と問題にはなっていないのかもしれない。
<〜交易都市モイライ 市場〜
「あっさめっしあっさめっし〜♪」
朝市で朝食のミートブレッド(こちらの世界でのハンバーガーのようなもの)を買い、休憩所で包を開ける。
今日は奮発してローストビーフ入りのだ。
記憶がだいぶ戻ってきてから食事がやたら美味しく感じてしまうのは向こうでの食生活が貧弱過ぎたからなのだろうね。多分もうソイレントグリーンなんて食べられそうもない。
「いっただっきま〜……」
手に持ったミートブレッドにかぶりつく。
薄い紙のような食感に歯が悲鳴を上げる……って
「……なんじゃこりゃ。」
手に持っていたミートブレッドがいつのまにかただのカードになっていた。
何かが書いてある……
『モイライ倉庫街24番倉庫で待つ。返して欲しければ一人で来るべし 怪盗タイガ』
包の中には既にミートブレッドはない。
ぎゅるぎゅると腹の虫が不満そうな声を鳴らし始めた。
「っく……クククク……いいぜぇ……いい度胸だ……」
ベンチからゆらりと立ち上がり、空を見上げる。
周囲からヒソヒソと何かを言われているが、耳に入らない。
今俺の怒りは有頂天に達していた。
「俺に対する宣戦布告か。食い物の恨みは……恐ろしいんだぜ?」
そのまま宿舎の自室へと駆け戻り、鵺を引っ掴むと指定された倉庫を目指して駆け出した。
『今日のマスターは様子がおかしすぎます。戦争でも始めるつもりでしょうか。』
「当たらずも遠からずだ。今日の俺は……最初から最後までクライマックスだぜ?」
『ついにマスターが壊れてしまいましたか。今の内に次の職場を見つけておくべきでしょうか。相談先はオー○事で合っていますかね?』
知るか。
〜倉庫街 24番倉庫〜
たどり着いた倉庫は果物の卸業者の物のようだ。
しかし今日は休みらしく、中には誰もいない。
「おら、来てやったぞ。さっさと出てこい朝食泥棒。」
「泥棒とは失礼にゃ。あたしは怪盗なのにゃ。」
一つのコンテナの陰から少女が出てきた。
というか……魔物?
『データ照合……一件該当。獣人型キャット種ワーキャットです。しなやかな体と高い身体能力を持つ獣人型の魔物のようですね。』
「あんたがタイガか。俺がブチ切れる前にさっさと朝飯返せ。」
彼女は呆れたように額に手を当てて肩をすくめている。なんかムカつくなこいつ……。
「どうやら綺麗サッパリ忘れているようだにゃぁ……キミのせいであたしは捕まることになったっていうのに。」
「はぁ……?俺がいつお前に何をしたって?」
少なくともワーキャットには知り合いはいなかった筈だ。
ましてや何かをやらかして捕まるような知り合いはもっといない。
「メテオストライカー事件の!キミにふっ飛ばされた怪盗にゃ!」
「随分前の事を持ちだしてきたな。しかし誰かをふっ飛ばした記憶なんて……」
──その時に貴方の通り道に運悪くこの町で盗みを働いた怪盗がいてね──
──「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……………」──
──ん?何かが当たったか?──
「……あぁ、あの時の。」
漸く合点が行き、手のひらをポンと手で打つ。そうか、あの時当たったのはこいつだったのか。
「ようやく思い出したにゃ。お陰であたしはあの後気絶して御用になっちまったにゃ。務所暮らしは辛かったにゃぁ……」
なんか感慨にふけって涙を流しているが、ぶっちゃけどうでもいい。
盗みをしたのであるならそれ相応の罰を受けて当然だ。2,3ヶ月程度で済んだのであれば軽い方なのだろう。
「お前の苦労話はどうでもいい。さっさと朝飯返せ。」
『さっきからそればっかりですね。』
とりあえず朝食を取り戻すことしか考えていなかったので、何か適当なものを買って腹に詰め込んでくる事を忘れていたのだ。
お陰で胃の中は空っぽ、空腹も限界に来ている。
「んにゃ?さっきキミが持っていたアレならもう食べちゃったにゃ。美味かったにゃぁ……」
よく見れば彼女の口の端にケチャップがくっついていた。
その時、俺の中で何かが致命的な音を立ててぶっ千切れた。
「何か……言い残すことはあるか?」
「言い残すも何もキミはあたしにコテンパンにされて一生奴隷決定に……」
鵺をその場に落とし、自分でも驚くような速度でタイガに肉薄する。
怯んでいる隙を突き、肩を押し当てて呼吸を合わせ、全身のバネを使って力を彼女へと伝える。
すると彼女は吹き飛ばされたかのように木箱へと突っ込んでいき、箱を破壊して中身をぶちまけた。
鉄山靠……ある中尉(今は引退している)から教わった中国拳法の技の一つだ。
普段はここまで威力が出ないのだが、クロアより受け継いだグレイプル……このグローブのお陰で身体能力がかなり増強されているようだ。
「ひゅぅ……すげぇな、これ。」
『私を持ってくる意味はあったのですか?』
流石に鉛弾をぶち込む訳にも行かないだろう。ゴム弾だって当たれば痛い。
鵺は……まぁ、保険。大勢で囲まれたときに苦手な肉弾戦は避けたいしな。
「はぁ……帰って飯でも買い直すか……。」
『……どうやらそう簡単には行かないようです。』
砕けたコンテナの中からタイガがムクリと起き上がった。
見かけによらず意外にタフらしい。そういえばブリッツランスに跳ね飛ばされても失神で済んだのだったか……。
割れたコンテナから甘酸っぱい匂いが漂ってくる。
まぁ果物の卸業者の倉庫だ。何か果実でも入っていたのだろう。
「なんだ、この匂いは。」
『小さい果実のようですね。データ照合中……』
足元に転がってきた果実を拾い上げる。
オレンジ色でシワシワ……指で軽く押すと柔らかく潰れた。
『……マスター、早めに退避したほうがよろしいかと。』
「何でだ?食べると無敵の力を得られるなんて大昔の漫画みたいな事を言うなよ?」
試しに口の中に放り込む。口の中でとろけて甘い味が広がった。
味はどことなく甘ったるいキウィフルーツのような……ん?
「まさかこれって……」
『マタタビ、ですね。恐らくは酒造用に入荷したものでしょう。』
タイガがこちらへとふらふら近寄ってきている。
その顔は赤らみ、熱っぽい眼でこちらを見ていた。
「うふふ……うふふふふ……体が疼いちゃってしょうがないにゃ……あたしをこんなマタタビまみれにして……責任取ってくれるよにゃぁ……?」
ジリジリとこちらへにじり寄ってくるタイガ。あぁ、またこの展開か。
本当に、この世界の住人というのは面倒な体質を持っている。
「いったっきにゃぁぁぁぁああああす!」
某怪盗ダイブで俺に飛び掛ってくる彼女。
こうなったのは俺のせいだ、おとなしくいただかれ……
「るわけねぇだろ!」
彼女の腕を掴むと自分を軸に回転して勢いを殺し、立膝になって膝の上に彼女のお腹を乗せる。
シャツの襟首を掴み、手は彼女のおしりへ。
「にゃあん……結構強引なんだにゃ……」
「何を勘違いしている。」
一度右手を離し、指を曲げてベキベキと鳴らす。
その様相から尋常ならざる物を感じたのか彼女の顔から一気に血の気が引いていった。
「勝手に人の朝飯盗んでおいて、呼び出した挙句に人の物勝手に食って、マタタビに突っ込んで発情したからヤらせて下さいだぁ?」
「あ、あのぉ……」
右手を高く振り上げる。その手の形は、掌打。
「ふざけんなぁ!」
「あひぃん!?」
その手を思いっきり彼女のお尻へと叩きつける。
久々に登場、お尻ペンペンスタイルだ。
「にゃ、おしり、敏感だから、やめ、」
「知るかぁ!」
無人の倉庫に甲高くスパンキングと彼女の悲鳴が鳴り響く。
知らない人が見たら誰かが調教でもしているのかと思うだろう。いや、実際にしているのかもしれないが。
「お前が、泣くまで、叩くのを、やめない!」
「にゃ、あにゃ、ふにゃ、ふぎゃあ!」
まぁこの時はすっかり失念していたんだが……猫の性感帯って尻尾の付け根あたりに集中しているらしいんだ。
つまりこの時俺は……
「あぁん!?だらしねぇな!」
「ぎ、ぎぶあーっぷ!」
媚薬で敏感になった性感帯をバシバシ責めまくっていた事になる。
「あぁ……やれやれ。二度とすんなよ?」
「………………(ピクピク)」
俺の溜飲が下がったのは彼女のおしりが真っ赤に腫れ上がってからだった。
気づけば空腹で目が回って倒れそうだったしな
タイガはというと目を回して気絶していた。なんだかパンツがぐっしょり濡れているが……これはこの際無視だ。
『ところでマスター、この状況をどう収集付けるつもりですか?』
「あん?この状況って……」
破壊されたコンテナからはマタタビが崩れ出しており、辺りに甘ったるい匂いを振りまいている。
『21世紀初頭のマタタビ500グラムの価格は二千五百円程度……この量ですと大体50キログラム程度でしょうか。卸段階ですから若干安くなってはいるものの……20万円程度はするかと。弁償しますか?』
「…………あ゙」
前回のエクセルシア奪還はギルドからの依頼という形は取らなかったので、ギルドからの報酬は受け取っていない。
それなりにクエストをこなしてきて、一応蓄えもあるが……
「え〜と……現在の所持金が金貨3枚で……銀行の貯蓄が……金貨18枚?」
何度通帳を見て確認しても、18枚しか預けていなかった。
背筋がびっしょりと冷や汗で濡れる。
「……こいつも同罪だ。少し持ってもらおう。」
一応もっともらしい言い訳をして懐を漁って財布を見つけ出し、中身を確認する。
「なんか銀貨しかねぇぞ。」
『銀貨で50枚といった所でしょうか。出所したてではこの程度でしょう。』
結局俺は彼女をこっそり自室へと連れ帰ってベッドに寝かせた後、銀行から金を全て引き出して倉庫の事務所らしき所に置いてきた。
これだったら無理に取り返しに行こうとせずにもう一個ミートブレッドを買ったほうが安上がりだったな……。
〜ギルド宿舎 アルテア自室〜
彼女をここまで運んだのは別にやましい事をする為ではない。
単純に目を覚ました時に勝手にどこかへ行かれても面倒だからだ。
「う……うにゃ……」
「ん、目が覚めたか。」
もうだいぶ昼近くになってしまったが、一応朝飯を買い直して部屋の椅子に座って齧っている。
彼女は半身を起こして目をパチクリしていた。
「んにゃ……ここは何処にゃ?」
「ギルド宿舎の俺の部屋。気絶したお前をほったらかしにする訳にもいかないだろう?」
彼女が痛く感激した様子で目をうるませている。
なんだか心が痛むな……。
「あんな自分勝手をしたあたしを赦してくれるのかにゃ……?」
「あぁ、勘違いするな。貰うべき物は貰っている。」
自分が齧っているミートブレッドを掲げて見せてやる。
すると何かに気付いたらしく、自分の財布を出して中身を確認した。
「あぁ!?ちょっと少なくなっているにゃ!?」
「ん、少しもらったぜ。朝食も食いっぱぐれてたしな。」
恨めしげに俺を睨みつけているが……
「なんならお前がダメにしたマタタビ分を払うか?金貨20枚。」
「に゙ゃ!?」
全身の毛を逆立ててびっくりしている。少し面白いかもしれない。
「か、体で払うっていう方法は……」
「いい、間に合っている。」
即答されてがっくりと項垂れるタイガ。
正直言って今なら多少の色香ではなびかない自信がある。
「正直お前の体に金貨20枚も価値があるとは思えん。」
「酷いにゃ!プライドを著しく傷つけたにゃ!謝罪と賠償を……」
「弁償したのは俺なんだがな。」
「にゃぁ……」
しょんぼりと耳をたれて落ち込む彼女。何故だろう、放っておけないというか……怪盗を自称する割に結構詰めが甘い。
「ま、今回の事は貸しにしとく。余裕ができたら返しに来い。」
「わ、わかったn」
「但し、だ。誰かから盗んでくるの禁止な。自分の力で稼いで返しに来い。」
「うにゃぁ……」
先手を取られてショックを受けている彼女の頭をわしわしと撫でて再び食べるのに取り掛かる。
……さっきから食べている所を見られている気がするのだが……
「食いたいのか?」
「べ、別に欲しいわけじゃないにゃ。本当にゃ!」
顔は背けているのだが、眼は動いていない。
俺の手元に一点集中状態だ。
苦笑しながらミートブレッドを少し千切り、彼女の口元に押し付けてやった。
「食いたいなら素直にそう言えばいいんだ。ほれ、あ〜ん。」
「……あむ。」
渋々ながらも口を開けてかぶり付いた。
顔をしかめてもしゃもしゃと咀嚼する様は見ていて滑稽ながらもどこか和んだものだ。
『こうしてマスターは女性を落としていくのですね。』
「うるせぇよ。別に下心なんてねぇっての。」
それからという物、俺が外から帰ってくるとベッドのサイドテーブルの上に幾許かの金銭が置いてあることがちょくちょくあった。
恐らくは彼女がこっそりと返しに来ているのだろう。
「……素直じゃない奴。」
苦笑しつつもそれを銀行に持っていく。
彼女が俺への貸しを全て返すことができたら……少しは素直になってくれるのだろうか。
その時は完済記念として何か美味いものでも一緒に食べに行こうか……そう思ったのであった。
〜ハンティングバトル〜
人間の三大欲求の中で自分一人ではどうしようもない欲が一つある。
眠たけりゃ寝ればいいし、性欲も一人で満たすことができる。
しかし、こればかりはどこかから調達して来ないと満たすことができない。
そう、食欲だ。
〜冒険者ギルド ロビー〜
俺はギルドのクエストボードに貼りつけてある、一件の依頼に釘付けになっていた。
どうしてもこの依頼を受けたい。成功したい。
そして何より……
──食べてみたい──
〜クエスト開始〜
─史上最速の鳥─
『フォートの森に住むフォレストランナーという鳥がいるんだが、そいつの肉が非常に美味いらしい。
しかしそいつはあのコカトリスよりも早い速度で逃げまわるもんだから入手が非常に困難なんだ。
寿命で死んだ物は硬くて食い物にならないし、生きている物を捕まえようとしてもだれも捕まえられやしない。
過去に捕まえた事がある奴はたった一人、韋駄天マイクと呼ばれる伝説のハンターだけなんだ。もしこいつを捕まえてきてくれるのであれば相応の報酬を用意しよう。
レストラン『ビストロレシピ』コック長 フレデリック・サンダーソン』
「これまた随分と難易度の高い依頼を受けましたねぇ……。今まで何人もこの依頼を受けていますけど未だに成功した人ゼロですよ?」
確かに書かれている報酬も破格だったが……
「何よりそんな美味い鳥なら一度は食べてみたいじゃないか。」
「報酬よりそっちですか……」
あきれ返っているプリシラをよそに、俺は完全に成功した気でいた。
なにしろこちらは散弾から狙撃銃まで揃い踏みである。
「そんじゃ、いっちょハンティングと洒落込みますか。」
〜フォートの森〜
フォートの森はモイライから50キロほど離れた場所にある割と浅めの森だ。
本来ならもっと温かい場所にしか生息しないフォレストランナーだが、どうも生息条件がぴったりと合ったらしくここにも生息している。
『マスター、一つよろしいでしょうか?』
「ん、何だ?」
俺はバックパックとは別にもう一つ籠を持ってここまで来ている。
いやはや、割と歩いたな。こりゃ狩りは明日に回して今日は野営にしたほうが良さそうだ。
『とらぬ狸の皮算用、という言葉はご存知ですか?』
「……お前の言いたい事はわからんでもない。」
持ってきた籠の中身は香草やら香味野菜、ニンニクや胡椒などの香辛料に、調味料として塩。さらに鉄串や木炭の箱、Y字の金属製の杭なんかが入っている。
そう、この場で丸焼きか何かにして食べる気満々だ。
「何、持っていく分を残せば別に後は好きにして構わんだろう。」
『そう簡単に上手くいくのでしょうか……』
食材とは別に持ってきた携帯食料を食べ、早めに眠りにつく。
魔物避けのお守り(白蛇の匂いが染み込ませてあるそうだ)があるので下手に襲われる心配は無いだろう。
翌日。
持ってきた水で軽く洗顔など身の回りの事を済ませ、フォレストランナー探しを開始する。
コカトリスより走るのが早い、と言うことはかなり臆病な鳥の筈だ。
「さてさて……ラプラス、サーモスキャンだ。」
『了解。サーモスキャン作動開始。』
夏とはいえ、朝の森は割と冷え込む。これが温暖化が進んでいない世界の森だ。
じっと目を凝らしてウィンドウとにらめっこをする。
すると……
「……お、あれか?」
100メートルほど離れた場所に赤い点がポツリと表示される。
サーモスキャンを解き、今度は望遠に切り替える。くるぶしより少し伸びたくらいの草むらの中に、茶色っぽい鳥がちょこんと立っていた。
大きさから言ってウズラより大きく、鶏より小さい程度か。
姿そのものは嘴の短いキウィに似ている。
「ラプラス。」
『本来であれば弾薬節約の為にあまり使いたくないのですがね……レミントンM700狙撃銃展開。』
鵺をいつもの狙撃モードに変形させると、立射でフォレストランナーの足に狙いを定める。
腕に無理な負担がかからない辺り、流石の腕力補正。グレイプル様様だ。
「オーケー……動くなよ、弾が外れるから。」
『無理な相談という物でしょう。弾道計算良し、行けます。』
ラプラスのナビゲート通りに狙いを定め、トリガーを引く……寸前で止めた。
何者かがスコープの中に割り込んできて、鳥を仕留めたからだ。
背中からぐっさりと刺さっているあれは……生物、それも昆虫の甲殻のようなもので作られた鎌?
スコープを少しずらしてその鎌の持ち主を見て、目が合った。
マンティスだ。
俺はため息を吐きつつ狙撃銃を格納する。もうあのフォレストランナーはあいつの物だ。
少し名残惜しいが別の奴を探すことにしよう。
「何より不要な接触は避けたほうがいいだろうしな。邪魔して八つ裂きにされるのも頂けないし。」
『口説き落とせばもらえるかもしれませんよ?』
「お前は俺を何だと思っているんだ……」
「過去に仕留めた奴は一人だけって話だったが……あれは人間限定での話だったみたいだな。」
『彼女達は森のアサシンとも呼ばれていますから。気配を消すことは朝飯前なのでしょう。』
再びサーモスキャンに切り替えて獲物を探す。
10分ほど探して……見つけた。今度は二羽いる。
「よし、もうワントライだ。」
『了解。M700展開します。』
再び狙撃銃を獲物に向ける。さて……今度こそ、という時に違和感が。
一瞬にして……二羽の首がなくなっている?
「……またあいつか。」
『見事ですね。ダブルキルです。』
少し離れた所で先程のマンティスが獲物を見下ろしていた。
悠々とそれに近寄って拾い上げ、こちらへ目線を向けてくる。
「心なしかドヤ顔されている気がするんだが。」
『気のせいでしょう。』
流石に食べる分以上は獲らないだろう。恐らく彼女の割り込みはこれで最後の筈だ。
あとはゆっくり見つける事としよう。
「……いねぇな。」
『完全に警戒されてしまったかもしれません。今日は無理かもしれませんね。』
あれから1時間ほど粘って探したが、全く見つからなくなってしまった。
こういった鳥はかなり臆病な傾向にあるので、もしかしたら既に巣穴へと隠れてしまったのかもしれない。
「はぁ〜……惜しいなぁ。あの時無理にでも奪っておくべきだったか。」
『マスターは食べ物の事になると見境がありませんね。』
とぼとぼとベースキャンプへと戻って行く。
あぁ、あまり野菜とかを放置する訳にもいかねぇなぁ……野菜スープか何かにして早めに食べたほうがいいのかな、なんて思っていると偶然遠くに先程のマンティスを見かけた。
しかし、一人ではない。
「……誰だ、あれ。」
『少なくとも知り合いといった風ではありませんね。』
彼女の前に立っているのは二人の男。
片方は魔術師風で、片方は剣を二本携えた戦士のような男だ。
彼女に対して身振り手振りで交渉している。
「大方獲物でも分けてもらおうって事だろうな。無理だろうけど。」
『基本的に彼女達は人間に対して興味が薄いですからね。力尽くでもないかぎりは奪い取れませんし、そうなったらなったで歯が立つとは思えませんから。』
予想通りに交渉は難航しているようで、男たちの態度がだんだんイライラしたものとなってきた。
「こりゃ一悶着ありそうだな。ま、俺が介入する必要性も無いだろうけど。」
『巻き添えを食らってみじん切りになるのがオチですね。』
「おま、それ言い過ぎだろ。」
やはり交渉は不可能と見たようで、男たちが剣を抜き、杖を構えだした。
ご愁傷様、南無南無。
「……おや?」
男が斬りかかり、彼女の動きを止めている隙に魔術師風の男が詠唱を開始する。
すると、周囲に霧が漂い始めた。周囲の幹には霜が付き始めている……と言うことは気温でも操っているのだろうか。
「なるほどね……まぁ確かに有効ではあるよな。」
『変温動物である彼女達にとっては厄介な手段ですね。』
やはりというべきかなんというべきか、彼女の動きが鈍くなってきた。
流石の森のアサシンも自然の摂理の前では型なしか。
「……なんか、気に食わないな。」
『マスターもですか。私もそう思っていた所です。』
何も言わずにラプラスがM700を展開する。
俺も同調して魔術師風の男に銃口を向けた。狙うのは……奴の持っている杖の先端に付いている宝玉。
ああいった杖は核となる宝玉を潰せば一気に力を失う……ってエルファが言っていた。
「獲物の取り合いはともかく、横取りはかっこ悪いぜ……っと。」
トリガーを引くと弾丸が一直線に飛んでいき、杖の宝玉を打ち砕いた。
何が起きたのか分からない男は焦って辺りを見回している。
「もう一丁……っと。」
彼女とつばぜり合い状態になっている男の剣に照準を合わせ、発砲。
7.62ミリ弾が剣の根元に直撃し、バッキリと真っ二つに折れる。
手のしびれで一旦離れ、動きが止まった所でもう片方の剣も折ってやる。
肩とか足とかを掠るように当てて負傷させてやることもできるのだが、一応体が資本であろうからせめてもの情けだ。
「片付いたみたいだな。」
「…………」
ライフルを格納し、彼女の元へ行った時には既に二人共伸されていた。
特に刀傷が無かったあたり、手加減して格闘でやられたらしい。
そして、どこからともなくグリズリーとホーネットが姿を表した。
「お、今日も誰かやってきたんだ。この人達もらっちゃっていい?」
「……いい」
ホーネットが魔術師風の男と戦士風の男を抱え上げ、グリズリーは俺を抱え上げようと……
「ってこらこらこらこら!俺は違うっての!」
「え〜……」
「え〜じゃない。そっちのうちのどっちかを分けてもらいなさい。」
結局二人は戦利品を分けあってその場を去っていった。危ない危ない……。
「で、お前さんは大丈夫だったか?」
「……少し危なかった。有難う。」
いくら普段は人間に興味がないからといっても、助けられれば感謝はするらしい。
殆ど解らないような角度でお辞儀をされた。一応……感謝しているんだよな?
「礼と言っちゃ何だが……そのフォレストランナーを分けてもらえるか?」
「……これ、私のお昼ごはん。」
うん、狩猟生活をするならそうなるよな。
まぁ交渉手段を全く用意していない訳ではない。
「そうだな、もう昼飯時だった。所で、その鳥をどうやって食べるつもりだ?」
「……生」
やはりか。
旨いものを作ってやるから、と言うことで1羽分けてもらい、一緒に食べる事になった。
「やっぱ丸鶏が手に入るなら丸焼きをやってみたいよな。」
『現世界ではまずお目に掛かれませんからね。』
血抜きしたフォレストランナーから内蔵を抜き取り、塩や胡椒をよく揉み込む。
内蔵の代わりにセロリやネギをぶつ切りにした物と皮を剥いたニンニクを詰め込み、たこ糸で縫いつけた。
「こっちは……よし、良い感じだ。」
予め起こしておいた炭火が良い感じに熾火になったのを見計らい、鳥に長い鉄串を通して地面に固定された杭へと乗せる。
「あ〜ぶら〜、あ〜ぶら〜っと」
瓶の中のサラダ油を塗りつけながら両面をじっくりと焼いていく。
「これで、美味しくなる?」
「初めて作るから保証はできんが……ま、見てろ。」
〜1時間経過〜
「チャッチャチャ〜チャチャチャチャッチャチャ〜……♪」
「その歌、何?」
「肉焼きの歌だ。」
〜2時間経過〜
「お、焼き目が付いてきたな」
『内部の温度はまだ低温です。火は通っていませんね。』
「……(じゅる)」
「ちょ、よだれよだれ」
〜3時間経過〜
「腹減ったなぁ……」
「まだ?(ぐぎゅるるる)」
『あと一時間程度だと思われます。』
〜4時間経過〜
炭火の上でひっくり返しつつ焼き上げること4時間。
表面はパリっと焼き目が付き、串を通すと中から透明な肉汁が溢れ出すようになった。
「完成だ!」
『申し分ありませんね。温度を見るかぎりでは中まで火が通っているようです。』
炭火の上で焼かれていた鳥は焼き串から外され、持参したまな板の上に置かれている。
彼女はというと、その香ばしい匂いを撒き散らす丸焼きを食い入るように見つめていた。
「すごい……」
「少し待ってろ。今切り分ける……」
まな板の脇に置かれていたナイフを取ろうとした時、手元で風が吹き付ける感触が。
隣を見ると、丸焼きが綺麗に解体されていた。
自前の鎌を俺のタオルで拭っているマンティス。
「早く、食べる。」
「あ、あぁ、そうだな。」
彼女にかかればこの程度は朝飯前だったようだ。
流石と言うか何というか。
それはともかく彼女がお待ちかねのようだ。早速ご馳走にありつくことにしよう。
「いっただきますと。」
「ん……」
切り取られたもも肉にかぶりつく俺と彼女。
「───────」
一瞬意識が飛びかけた。
何だこれ、滅茶苦茶美味い。
パリッと焼けた皮は口の中で弾け、炭火独特の香ばしい香りが口の中に広がる。
噛んだ時に溢れ出る肉汁とシンプルな塩の味付けが混ざり合い、深い旨みを生み出す……。
「あぁ……俺もう死んでもいいかも……」
『この程度で死なないで下さい。割と切実に。』
マンティスはというと、かぶり付いた状態のままで固まっている。
というか、もの凄い勢いで眼が輝いているんだけど。
「おいしい……」
「そうか、そりゃよかった。」
もぐもぐと咀嚼を繰り返している彼女。放って置くと牛でもないのに反芻を始めそうだ。
一旦肉から口を離し、ほうと溜め息をつく。
「なんか、すごい。」
「どんだけ感動しているんだ……。」
昼食の後、彼女はお礼としてもう2,3羽追加でフォレストランナーを狩って渡してくれた。
警戒心丸出しのフォレストランナーにつかつかと近寄って一撃で仕留める様はなんというか……流石アサシンといった風だったな。
彼女曰く、「気配と殺気を消せば簡単」だそうだ。真似できそうもない。
数日後、彼女がレストランで働いているのを見かけた。
もっと美味しい物を食べてみたいから、だそうだ。
後に彼女は世界に名を轟かす料理人になるのだが……これはまた別の話。
12/01/21 07:37更新 / テラー
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