第五十二話〜独占〜
〜???〜
数々の苦難を乗り越え、漸くあのドリアードの精神世界に降り立つ。
まさか教会にまで踏み込むことになるとは思わなかった。
『渡したくなかった……』
今回の空間はいつもとは少し違う……?
周りが真っ黒ではなくどこか赤黒い。血ではないのだが……。
『彼は私の中にいるのに……話しかけてくる子達全員が全員彼を狙っているような気がして……。』
空間が切り取られ、景色が映る……のだが、やはりフィルターが掛かったようにどこか薄赤い。
ハニービーがあのドリアードと会話している光景が写っている。
『怖かった……』
今度は木の洞の中で座っている男性が映る。多分、こいつの伴侶。
そう思うと……あの時ミハエルブラスターで貫かなくて本当に良かったと思う。
あの時彼を潰していたらもっと酷い事になっていたかもしれない。
『彼の様子を聞かれるたびに……心のなかで真っ黒な心がふくれあがっていくのが……』
心の隙間を埋めるかのように激しく男性と交わる彼女。
その瞳には一筋の光るものがあった。
『その時、気がついてしまった……。彼女達を……男を求めない姿に変えてしまえばいいのだと。』
『そう思った時……心が一気に消え失せてしまった。覚えているのは……遥か高みから見下ろす景色と、旧世代の姿になった魔物達だけ……』
森の中ではコンバート化した魔物達が闊歩している。
旧世代の姿となった魔物達を止めようと男達が奮戦していた。
『私は……私はなんてことを……!彼女達にだって彼女達の生活があったのに……!私は……私自身の独占欲でそれを壊してしまった!』
少し離れた場所にドリアードの姿が現れた。
彼女はうずくまるようにして身を縮めている。
その姿はその場にいるだけで壊れて消えてしまいそうなほどに、危うい。
『なんと愚かな……!私の浅はかな望みのせいで……私は汚れてしまった……。もう……彼になんて顔向けできない……』
空間が赤く染まっていく。これは今までには無かった……。
今まで以上にヤバイ気がする。
『死にたい……死にたい……死にたい……!』
何か声を掛けなくては、とは思うのだが……どんな声を掛けていいのかが咄嗟に思い浮かばない。
『モウ……イヤ……!』
声をかけあぐねていると、俺の隣を誰かが通り過ぎて彼女に向かって猛然と駆け寄っていた。
あれは……映像の中で見た男に似ている。
『リリ!』
『マーク……!?ダメ!コナイデ!』
彼の行く手を遮るように木の根が壁のようになって立ちはだかる。
それをかき分けていこうとしていたが、いかんせん硬すぎるようだ。
ここは少し……手を貸してやるか。
『少し退いてろ』
『……?君は……』
彼を押しのけ、イメージする。
唸るエンジン音。回転する無数の刃。飛び散る木屑。
そうして俺の手に現れたのは木材伐採用の道具……チェーンソーだ。
手元のスイッチを入れると高速で刃が回転し始め、独特の音を奏で始める。
『さっさと出てきやがれ、この万年引きこもり!お前を心配して駆けつけて来た奴を拒絶してんじゃねぇ!』
チェーンソーを高く振り上げ、上からその刃を押し当てる。
無数の木屑が飛び散り、切り裂かれていく。
『もうい……っちょう!』
今度は横に振りぬく。次は縦に。さらに下の方を横一文字。
チェーンソーのスイッチを切り、切った場所を蹴り飛ばすと正方形に穴が開いた。うむ、我ながらいい腕だ。
『ほら、行ってこい。お姫様がお待ちかねだぜ?』
『あ、有難う!』
そう言うと彼はその穴を踏み越え、中へと入っていった。
『やれやれ……手間をかけさせやがる……』
俺は壁のようにそびえている根っこに背中を預けて座り込む。
なんというか……どっと疲れた。精神的に。
穴の中からは……なんというか……甘ったるい嬌声と水音が聞こえてきている。
『……そういや何であいつはここに現れることができたんだ?死んでいる訳でもないのに。』
──知りたい?──
いつか聞いたような少女の声が聞こえてくる。
確か……最初の時とゴーレムの時に聞こえてきた筈だ。
『あぁ、可能なら説明してもらいたいな。あとお前が誰なのかも』
──ふふっ……結構簡単な事だよ。ヒントは……ドリアードの性質。──
ドリアードの性質……確か……気に入った男性を自分の中に閉じ込めて同化する、だったか。
『あぁ、なるほど。あいつも彼女の一部を共有しているって事か』
──ご名答。──
なんとなく納得がいった。
しかしこの状況……どこか悔しい物があるな。
いや……別に他人の女を寝取る趣味は無いが。
『それはそうとお前の正体を聞いていないぞ。誰なんだお前は。』
──それは、ね?──
『あぁ』
無駄に間隔を開ける声の主。姿は……全然見えない。
──な・い・しょ♪──
『今心底イラっと来たぞ』
クスクスと忍び笑いが聞こえてくる。
その声に呆れながらも、どこか親近感のような物を覚えていた。
暫くすると辺りが急激に明るくなっていく。
恐らく、目覚めが近いのだろう。
『結局今回殆ど何もしてねぇな。』
──いいじゃない。二人の架け橋ができたのだから。──
なんというか……今回は本当に疲れた。
別に俺自身が何かをしたという訳ではないのだが、女の独占欲の騒ぎに巻き込まれた挙句、聞かされたのは甘ったるく絡みあうバカップルのネチョ音だけだ。
白んでいく視界の中、俺は心底思った。
『女って……こえぇ……』
〜セント・ジオビア教会 宝物庫〜
「っつぅ……戻って来れたか……」
『気付かれましたか。』
目を覚ますと、元の宝物庫の中に戻っていた。
恐らくこれであのドリアードは目を覚ます……筈だ。
こちらもエクセルシアを回収できて万々歳ってね。
「帰る前に少しばかりお宝を物色して行きたいが……。」
『流石にそれはまずいでしょう。完全に窃盗です。』
「だよな。さっさと帰るか。」
唸るお宝に後ろ髪を引かれながらもその場を後にする。
くそう……あれだけあれば一生遊んで暮らせるだろうに……。
迷路のようになっている廊下を隠し通路目指して駆け抜ける。
辺りはしんと静まり返っており、人っ子一人見かけない。
『今回の復旧完了箇所の報告をします。
オクスタンライフルの出力が微量回復しました。
自立兵器群『フェアリー』の復旧が完了しました。現在5機が可動可能。
音波探査装置の復旧が完了しました。
物理銃火器類 H&K MG4のリンクが回復しました。
以上で報告を終了します。』
これまた面白い武器が戻ったものだ。
使い方に関しては……まぁ追々説明することにしよう。
「隠し通路まではあとどのぐらいだ?」
『間もなくです。』
目的を果たした以上は無駄に敵地にとどまる事もない。
あとはさっさと離脱するだけなのだが……何なのだろうか、この胸騒ぎは。
〜一方エルファ達は〜
「これで兄様以外は全員かの?」
「あぁ、後は彼を待つだけだ。」
私達は司教を大聖堂まで追い詰めるという役割を終え、各自隠し通路まで撤退していた。
ガーディアンは軒並み全滅。使われている魔物達の事を思うと心苦しいが……これ以上道具のように使われることはなくなると考えれば救いもある筈。
「あれ?ねぇ、メイは何処行ったの?」
チャルニがふと気付いたように辺りを見渡す。
言われてみれば確かに姿が見えない。
「ん、あそこだね。何か見つけたみたい。」
「見つけたって……またか?」
ニータがいち早く彼女の姿を見つけ、それにフェルシアが顔をひきつらせている。
まぁ彼女が見つけたものの事を考えれば……確かにうんざりするのも頷けるけれど。
「えーちゃん、これなに〜?」
私を呼んだ、ということは魔術的な何かなのだろうか。それとも、一番物知りそうだったからだろうか……それはともかく、彼女の指差した物を確認して……
「これは……ちとマズいのぉ……」
愕然とした。兄様を待っている状況でこれを見つけたが故に、焦りが凄まじいまでに加速する。
〜セント・ジオビア教会 隠し通路〜
息せき切って隠し通路までたどり着くと、エルファが待ちわびたように俺の手を取ってきた。
「兄様!」
「遅れてすまない。後は追手が来ないように入り口を爆破……」
「それどころじゃないの!今すぐここを離れないと危険だよ!」
彼女が俺を一つの部屋の前まで引っ張っていく。
その中にあったのは……
赤熱している天候制御装置。
部屋では熱風が吹き荒れ、入り口にいるだけでも火傷をしそうだ。
「何が起きている!?」
「あいつら、転向制御装置をプラスの方向へ暴走させてこの辺り一帯を灼熱地獄に変えるつもりみたい!さっさと逃げないと蒸し焼きどころか炭になっちゃうよ!」
全身に鳥肌と冷や汗がどっと沸き立った。
ここにいつまでも留まるのは危険だというのは猿でもわかる。
「他の奴らは!?」
「もう既に避難済みだよ!後は私達だけ!」
それを聞いて安心した。姿が見えなかったので不安だったのだ。
「うし、さっさとずらかる……」
その時、ガラガラと何かが崩れる音が。
通路の奥から砂煙が流れてくる。
「今のは一体……」
「ま、まさか!」
エルファが出口に向かって駆け出していく。俺も後を追うと、とこには絶望の光景が広がっていた。
「うそ……だろ……?」
「なんてこと……」
落盤によって通路が塞がれていた。老朽化か……はたまた急激な温度変化によって石材が膨張し、破壊されたか……。とにかく逃げ道は無いようだ。
瓦礫が積み重なって俺はおろか、エルファが通る隙間も存在しない。
それを見てエルファがぺたりと床にへたりこむ。
「結界を張って耐えられないか?暴走が収まるまで耐えれば一応抜け出すことぐらいは……。」
「無理……。暴走が収まってもここは1週間人が立ち入れない程の熱気に包まれる筈なの。おまけに言うのであれば移動式の耐熱結界なんて覚えてないし……」
「なら教会の方から……!」
「兄様は……宝物庫からここまで来るのにどれだけ時間がかかった……?」
確か……10分近くは掛かった気がするが。
「ここからあの迷路を抜けて……教会から出てもまだ足りない。街から出ないと制御圏から外れないんだよ。それに……完全に暴走しきるまであと5分ぐらいしかないの。もう……おしまい……」
エルファはふらふらと立ち上がると、俺の方へすがり付いてきた。
「兄様……最後に……最後にひとつだけ……」
「………………」
今にも泣き出しそうな瞳で俺を見上げてくる。
なんて顔をしていやがる……。
「キス、して欲しい。一人で死ぬのは嫌……」
その精一杯の懇願に俺は───
「嫌だね。」
「ぇ………………」
「何を勝手に諦めている。悲劇のヒロイン気取りですかコノヤロー。」
俺は踵を返して元来た道を進み始める。慌てて俺に着いて行くエルファ。
もう完全に涙腺崩壊をしているエルファを引きずりながら先程の部屋の前まで来た。
「何で……兄様は私の事、嫌いに……」
「馬鹿が。俺はこんな結末認めん。だから……徹底的に抗ってやるまでだ。」
ツールメニューから兵装リストを呼び出す。
何か使えそうなものを呼び出すためだ。
「(ジャベリンで一気に破壊するか……?しかし以前破壊した時は周囲が猛吹雪になった……。あれが熱波だったら……生き残れる可能性は0になる。クソッ!どうする……破壊する以外で何か手立ては……!)」
すると、一つのウィンドウが開いて兵装の特性の説明が表示された。
おそらく選択したのはラプラスだ。
『E-Weapon<ミストルティンスパイク>です。この場を切り抜けるにはぴったりだと思うのですが……如何しますか?』
「ここで使わない手はないだろう?やるぜ!ミストルティンスパイク、展開!」
『了解。E-Weapon<ミストルティンスパイク>展開。』
砲身の穴が一回り大きく開き、中から緑色のスパイクが出てくる。
HHシステムにも似たそれは神々しいような輝きとは違い、生命力を象徴するかのような深緑色。
その先端を暴走しつつある天候制御装置へと向けた。
「諦めてたまるか……。こんな所で死ねるか……。」
照準が固定され、発射態勢が整う。
あとは、引き金を引くだけだ。
抵抗の感情と共に、指に掛かったトリガーを引き絞る。
「死んで、たまるかぁぁぁぁぁああああああ!!」
『ABSORB』
火薬の力でスパイクが発射され、天候制御装置の水晶部に突き刺さる。
ヒビが入って爆発するかと思われたが、スパイクを通じて何かがケーブルを通して鵺まで流れこんでくる。
水晶が次第に色あせていき、灰色になる頃にガラガラと崩壊していった。
崩れ落ちて抜けたスパイクがケーブルによって引き戻される。
『エネルギー吸収完了。稼働用のエネルギーとして蓄積します。』
スパイクが砲身の中へと引っ込み、銃口が元の大きさまで絞られる。
部屋から吹きつけてくる熱風は既になりを潜めていた。
危機を脱したことで全身の緊張が緩んでその場にへたりこむ。
「兄様!?」
「あぁ、大丈夫だ。少し……安心しただけだから。」
今までも何度も死にそうな目にあったが……今回は本気でヤバかったかもしれない。
なにせやっていることは核爆弾の解体と相違ない。
「あーっ!生きてるって素晴らしい!帰ったらビールでも飲みてぇなコンチクショウ!」
「兄様……」
生きていることへの感激に浸っている俺とは対照的に、彼女はうつむいて肩を震わせている。
なんだか……地雷踏んだ?
「本当に、嫌われたかと思った……。怖かったんだからぁ……」
そう言うと彼女は俺に抱きついてグズグズと泣き出した。
どうやら彼女にとって俺に嫌われる事は死ぬ事よりも恐ろしいらしい。
そうして泣き出してしまった彼女を、俺は1時間ほど頭を撫でてなだめることに費やした。
夜が明けて漸く皆と合流した時、滅茶苦茶怒られたのは言うまでもない。
〜???〜
「ふむ……失敗しましたか。思った以上に彼はしぶといようですねぇ……」
ミシディア近くの小高い丘の上。
神父らしき男とアルターが夜明けのミシディアを眺めている。
天候制御装置を暴走させ、都市ごとアルテアを始末しようとしたのは彼の計画だ。
無論、ジオビアにはこの事を伏せて、だ。結局彼はこの男に捨て駒にされたのだった。
ちなみに、ミシディアに住んでいた市民達は別の都市へと避難させてある。
「やはり真似事ではうまくいきませんね。彼は直接始末するしかありませんかねぇ……」
『作戦の確実性を否定。標的の周囲は無数の魔物で固められているために実行は困難。』
「ふむ……ならば別の手を打ちますか。行きますよ、アルター。」
「了解。」
そして彼らはその場を後にし、受け入れ先の教会領まで馬車を走らせた。
〜数日後 冒険者ギルド ロビー〜
あの後、E-クリーチャー化していたドリアードは意識を取り戻したらしい。
今現在はあの大樹化した木の中で暮らしているそうだ。
中は異常に広く、まるで城のようになっているらしい。
「最近あいつ見ねぇなぁ……」
いつものようにクエストから帰ってきて、指定席でコーヒーを飲みながら誰となしに呟く。
目線の先には口の悪い友人の指定席が。
「あいつ、と言うと誰のことかの?」
「ん?いや、最近クロアを見かけないなぁと。」
「ふむ……どこに行ったんじゃろうな。」
「あれ、知り合いだったのか?」
「昔の事じゃよ……」
向かい側ではエルファがいつもの砂糖たっぷりのコーヒーを啜っている。
これがホットミルクだったらもう少し絵になったのかなぁなんて考えていると、横合いから手が伸びてきてテーブルの上に何かが置かれた。これは……グローブ?
「彼の遺品よ。ここで死蔵するよりは有効活用してあげて。」
手の主はミリアさんだった。
どことなく沈痛な面持ちをしている。
「遺品って……誰のだよ。少なくとも知り合いが死んだなんて話は聞いたことが……」
「そのグローブ……見覚えはない?」
言われてグローブを手に取り、まじまじと眺め回す。
確かについ最近これを見たような……気が……
「……まさか……」
「クロアの物よ……彼、襲撃した教会で炭化した状態で発見されたわ。無事だったのは……そのグローブと彼の大剣だけ。」
呆然とグローブを握り締める俺。また一人、友人が消えてしまった。
「全く、必ず生きて帰ってこいって言ってあったのに……馬鹿な子……」
それだけ言うと彼女は事務所へと引っ込んでしまった。
表面上はただ呆れているかのように見えるが、誰よりも泣き出したいのは彼女の方だろう。
それだけ彼女は、情に厚い。
「そうか……クロア兄様はあの術を使ったんじゃな……」
「何か、知っているのか?」
「……お馬鹿な女の子のお話……じゃよ。」
それだけで、俺は何も言えなくなってしまった。
12/01/14 10:15更新 / テラー
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