第五十一話SideA〜Destruct right hand〜
人間誰にだって堪忍袋というものが備わっている。
その緒の耐久力は人によってまちまちだ。異常に硬い奴もいれば、あっという間に緩む奴もいる。
俺なんかは割と硬い方だと自負するのだが、こと女絡みだとやたら緩みやすくなる傾向がある。
女性=守るべきものという考えは無いぜ?一度姉さんと関わったことがある奴ならそんな幻想はドブに捨てている。
では何故女絡みだと緩みやすくなるのか。単純に言ってしまおう。男が悪いのだ、男が。
………………え、俺も?こりゃ失礼。
鋭い踏み込みと震脚と共に、フィーの顔面へストレートを浴びせる。
こと接近戦において、この女に手加減という三文字は最初の子音のtも必要無い。ぶっちゃけ敵わない。
あっさりと躱されて回し蹴りが飛んでくる。ダメージを覚悟で掴みとり、投げ技をかけようとして……背筋がゾクリと冷える。
見を屈めながらバックステップで下がると、今まで頭があった場所に鞭のように彼女の尻尾が通過した。危ねぇ。
しかし怯んでいる暇はない。身を屈めた事で安定が増したので再度反撃に出る。
小刻みに肉薄し、左フック……と見せかけて心臓狙いのストレート。しかし向こうも予想済みだったようで、腕を交差してガードされた。手応えが無い訳ではないが、相手はリザードマンだ。この程度では音を上げないだろう。
「徒手空拳は……っ!苦手なんじゃなかったか?アルテア。」
「ま、苦手は苦手だがね。そこいらのチンピラに負けないぐらいは経験を積んでいるつもりだ。」
互いに足を止め、相手へと拳を突き出し、躱し、防ぎ……何合目だろうか。数える事も億劫になるほど拳を交わした時だ。
「ふんっ!」
「ぅおあ!?」
突如世界がひっくり返った。
足を払われたのだと気づいたのは空に映る星が見えてからだ。全く……視認不可能なほどの高速移動ってどうなってんだよ。縮地とかそんなレベルじゃねぇぞ。
痛む腰を撫で摩りながら上体を起こす。
目の前には満足気に尻尾を揺らす彼女の姿。
「やれやれ……お前にはいつまでたっても勝てる気がしないな。」
「それは困る。私としても是非打ち破ってもらいたいものだ。本気でな。」
無茶を言うな。
立ち上がって尻や背中に付いた汚れを叩いていると、テントの中からマントを羽織ったミストが姿を表した。
そういやあいつ……なんで合流してからずっとマントなんぞ羽織っているんだ?
「アルテア、今からでも遅くはない。私と組まないか?」
ミストの方を見ていると、唐突にフィーが話しかけてきた。
もうその話に決着は付いているはずだ、そう言おうとしたらミストが口を挟んできた。
「やめておけ。お前では蜂の巣どころかミンチになるのが関の山だ。」
睨み合う二人。あぁ、普通の修羅場に初めて遭遇した……って言っている場合では無い。
「だが、撃たれる前に倒してしまえば問題は……」
「お前は、あの地獄を知らないからそういう事が言えるのだ。」
「お、おい……あんまり喧嘩するなよ。」
二人の間でオロオロするだけの俺ヘタレ。せめて戦闘時の度胸の1割でもあればなぁ……。
怯えるように目を閉じていたミストが目を開き、決然とした眼差しでフィーを見据える。
「私ならアルテアを守りきれる。断言しよう。」
「……っ!」
フィーが苦虫を噛み潰したような表情で固まる。どうやら決着は付いたようだ。
「あ〜……話は済んだか?」
「あぁ、時間を取らせて済まなかった……なっ!」
脛に走る激痛。というか、フィーに蹴られた。割と本気で。
思わず脛に手を当てて悶絶する。
「〜〜〜〜〜〜っ!い……って……!」
「ふん……」
まぁこれも俺が不甲斐ないばかりに受けた痛みだ。甘んじて受けよう。
野営の跡が片付き、あとは出発するだけ……と思ったが、まだ結界が解除されていない。
エルファはというと……通信が終わったにも関わらず何かを考え込んでいるみたいだ。
「おい、エルファ。」
「……魔力じゃない……煙……?でも違う……」
すっかり自分の世界へと入り込んでしまっているらしい。ぶつぶつと何かをつぶやいている。
「ほら、出発するぞ?エルファ、エルファ!」
「ふぉぉおおお!?」
肩を揺さぶって呼びかけると素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。
やれやれ……こんなんで大丈夫か?
「そろそろ出発するから結界を解いてくれ。隠蔽工作を忘れないようにな。」
「う、うむ。わかったのじゃ。」
結界が解かれたのか、閉塞感が一瞬で消え失せて辺りから虫の鳴き声が一斉に聞こえてきた。
「うっし、行くか。手はず通り、エルファとニータは隠し通路を。フィーとチャルニ、メイは裏口を頼む。その間俺とミストは正面玄関で暴れてくる。それじゃ、解散だ。」
アポロニウスを展開し、夜の森の中を進む。
程なくして森が途切れ、ミシディアの高い城壁が見えてきた。
ただし、今回侵入するのは下水道からではない。正面突破だ。
閉められている門の前へと駆け寄ると、門番をしていた2機のガーディアンがこちらへ槍を向けてきた。
すかさずショットガンを展開し、スラッグを装填。
重低音と共に射出された大口径弾はガーディアンの胸部を突き破ってコアを破壊。
もう一体はというと……
「ふん……他愛もないな。」
ミストに素手で破壊されていた。
マントの隙間からのぞくガントレットはいつものような鈍色ではなく、白銀に光っている。
しかし、じっくりと見る暇も無く隠されてしまった。
『門の格子は鋼鉄製。プチアグニで溶解してしまいましょう。』
「あいよ。ミストは下がっていてくれ。」
ミストを下がらせると、門の前にしゃがんで鵺を斜め上に構える。
チャージ時特有の高音がしばらく鳴り響き、完了と同時に展開が開始される。
鵺の砲身から濃緑色のエネルギー砲の砲身が顔を覗かせ、発射口からは赤紫色の燐光が迸っている。
「スマートな方法じゃないが、騒ぎを起こしながら行くのであればもってこいだな。」
『肯定。派手に行きましょう。』
トリガーを引くと高出力のビームが放たれ、赤熱した鉄格子に穴が開いた。
溶けた鉄はビームによって空高くまで打ち上げられたようだ。落ちた先に誰もいない事を祈ろう。
「行くぜ。遅れるなよ?」
「勿論だ。派手に暴れてやろうじゃないか。」
『ミッションスタート。』
「おい、派手に暴れられなかったぞ。」
「あるぇ〜……?」
真夜中だから人が出歩いていないのはわかる。
仮にも教会が治めている領地だ。夜更かしをする奴はいないだろう。
しかし、人はおろか飼い犬すら見当たらない。文字通りもぬけの殻だ。
『不気味ですね……。用心して行きましょう。』
「あぁ……」
一応教会の中は明かりが灯っている。少なくとも誰かしらはいるはずだ。
しかし、今回はスニーキングが目的ではない。堂々と教会の中へ踏み込もうとして、ミストに肩を掴まれた。
「待て、アルテア。私が先行しよう。」
「しかし……」
俺が止める暇も無くミストがずかずかと教会の中へ踏み入っていく。
仕方なしに俺もミストの後ろに着いて行くことにした。
〜セント・ジオビア教会 エントランス〜
「成る程、早速お出ましという訳か。」
「落ち着いている場合か……!初っ端から詰みじゃねぇか!」
状況を説明しよう。
俺たちの前方30メートル程の所に以前遭遇した砲撃タイプのガーディアンが5機、その後方に控えるように近接戦闘タイプが10機配備されている。
あからさまに「待っていました」的な布陣だ。
「アルテア、私の陰に隠れていろ。」
「いやいやいや!先ずは身を隠さないとヤバいだろ!」
それでもミストは動じずに背中側に手を回し、ゴソゴソとやっている。
ガーディアン達の砲身が一斉にこちらへと向いた。ヤバい!ミンチにされる!
「心配無用だ。お前は必ず……」
ミストが体の前方に板のようなものを押し出す。というか……大盾?
「私が護る!」
直後、ガーディアンが装備する対戦車砲が火を吹いた。
鼓膜を破壊せんとする爆音と、発射による衝撃波が肌を叩く……が、ミストはそれに動じることもなく盾を構えている。
この程度の盾ではあの砲弾は防ぎ切れないはず。しかし……
「言っただろう。お前は必ず護る、と。」
俺ごとミンチにされる事も無く、彼女は立っていた。
ここで漸く、彼女がマントを脱ぎ捨てる。
彼女が見に纏っているのはいつもの鈍色のフルプレートアーマーではない。
純白の、それこそ聖騎士を思わせるような重鎧。目玉のような飾りもなく、代わりに金色の蔦のような模様が描かれていた。
「魔王が代替わりした時、彼女達が開発に特に力を注いだのは敵を打ち砕く武器でも、大量の敵を殲滅する魔法でもない。」
空いている手をぐっと握り締めるミスト。装甲同士がこすれ合う硬質な音が鳴る。
「自分の愛する者の下へ無傷で帰還するための防具。婚前の魔物が未来の夫の元へ五体満足で生還するための無敵の鎧……それがこれだ。借り受けるのに少々難儀したがな。」
揺るがず、傷つかず……それは絶対無敵の鉄壁だった。
「エンゲージガード。婚約の名を冠する最強の防具だ。」
不敵に笑うミスト。この装備の原理は分からないが、確かにこの砲弾の嵐でも防ぐことができそうだ。しかし、同時にふとした疑問も持ち上がる。
「で、どうやってあいつらを倒すんだ?」
「………………お前は必ず私が護る!」
「考えて無かったんかーい!」
こうして夫婦漫才をしている間にも砲弾は飛んできている。
さっさと殲滅しないとジリ貧だ……!
『M134を使いましょう。建物を崩壊させず、敵を面制圧するにはもってこいです。』
「なるほど。あとは固定する場所だが……」
周囲を見回す……と言っても常にミストの陰に隠れていなければ砲弾が直撃してお陀仏だ。
となると彼女の陰から設置できる場所を探さなくては……。
そんな時、彼女の持ち物に目が行った。
「ミスト、ちょっと屈め。」
「一体何をする気だ?」
盾の陰から出ないように、盾に鵺を乗せる。すると、固定用の器具が展開されてがっちりと盾の上部を掴んだ。
同時に砲身が4つに分かれて中から回転砲塔式の機関銃が姿を表す。
「大掃除だ。盾をしっかり固定してろよ?」
鵺の後部から両手持ち用のハンドルが出てきた。それを掴んで左手側の回転用のトリガーを引く。
あとは照準を合わせ、発射用のトリガーを……引く!
「地獄を見せてやる!」
『痛みはありません。そもそも機械ですから。』
ブォォォォオオというつながった轟音と共に毎分2000発の速度で鉛玉の嵐がガーディアンをなぎ払っていく。
ミストはというとミニガンの反動を抑えるのに一杯一杯な様子。もう少し我慢してもらおう。
『左前方の通路から敵機接近。数20。』
「了解!」
砲頭を左へと回頭させ、トリガープル。
通路から飛び出してきたガーディアンを次々とスクラップへと変えていく。
俺たちの周りには濃い硝煙が立ち籠め、飛び出す空薬莢がキンキンと床に落ちて音を奏でる。
それは物言わぬ機械への鎮魂歌。
爆音と金属音と食い破られる金属の音が織り成す戦場のオーケストラ。
ちと気障過ぎたか。
『正面に30。まとめてどうぞ。』
「まだ来るのか!」
正面へ砲頭を回す。金属音を響かせながら迫り来るガーディアンを次々とスクラップへ変えていく。
その攻防は程なくして終わった。
「これで……全部か?」
『敵残存勢力0。警戒レベルをイエローへ移行します。』
ラプラスが準警戒態勢まで危険レベルを引き下げる。
恐らくはここのガーディアンはあらかた殲滅したのだろう。
『アルテア、聞こえてる?』
「ん……どうしたんだい、ミリアさん。」
宝物庫への道をマーカーで追いながら通信を受ける。
しかし……声の感じがどうも重苦しい。
『エルファが宝物庫である魔導書を見つけたわ。』
「魔導書?聖書じゃなくてか?」
ザクザクという音が足元から絶え間なく聞こえてくる。
これはコアの破片が靴で踏まれて割れた音だ。
『問題なのはその魔導書の中身ね。落ち着いて聞いて頂戴。』
通信玉の向こう側から深呼吸する音が聞こえてきた。一体何を言うつもりだろうか?
『ガーディアンに搭載されているコアの中身。あれは……魔物達の魂よ。』
「…………え………………」
今、なんて言った?
『その術で魂を抜き取り、脱色……魂としての固有の情報を洗い流して純粋なエネルギー塊に変えるの。それを容器に封じ込めた物……それがコアよ。』
耳鳴りがする。まるで耳から入ってくる情報を脳がシャットアウトしようとしているかのように。
『天候制御装置とガーディアンの同時運用……これも魂の調達にはうってつけの方法ね。気温を下げてあげればリザードマンやラミア、その他の変温動物系の魔物は身動きがとれなくなる。江戸崎での事件はその先駆けね……。』
足先にガーディアンの残骸がぶつかる。
胸部装甲がミニガンによってズタズタに引き裂かれ、中では大量の鉛弾とコアの破片が散乱していた。
屈み込んで震える手でコアの破片をすくい上げる。
震える指の間から、ボロボロと弾とコアの破片がこぼれ落ちていった。
『ミリア、大変な物を見つけた……。』
『どうしたの、フィー。』
まともに聞こえなくなった耳で遠くから聞こえてくるような二人の声を捉える。
小さく聞こえる筈なのに、なぜかその言葉ははっきりと俺の耳に届いた。
『遺体焼却室という部屋で……大量の魔物の遺体を見つけた。リザードマンにラミアの上半身……ハニービーもいる。一体どうなっているんだ。』
俺の中で、何かが壊れた。
「ぁぁぁぁ…………ぁぁぁぁぁああああ……」
感情が、制御できない。
「ぁぁぁぁぁぁああああああァァァァァああああアアアアアアアアアアア!!」
酷く、頭が痛い。視界が赤く染まる。
しかし、その状態も長くは続かなかった。
不意に頬に走る衝撃で意識が現実に引き戻された。
ミストに頬を張られたのだと気付いて、さらに呆けていると彼女に抱きしめられた。
「落ち着け、アルテア。大丈夫だ……お前は悪くない。」
ガントレットでゴツゴツとした手で後頭部を撫でてくる。無骨で不器用ながらも触れてくる優しさに、だんだん感情が落ち着いてきた。
「……悪い、取り乱した。」
「いや……気にするな。私達は……何も知らなかったのだから。それにこちらこそ済まない……嫌な役を押し付けてしまった。」
『お互いに知らなかった事です。過ぎた事に囚われていたら前に進めません。』
「ラプラス……お前なぁ……!」
相棒の物言いにまたも怒りが爆発しそうになる。しかし……
「今はこれ以上ガーディアンを作らせない為にも……元凶を叩き潰すべきではありませんか?」
そう言われて気づく。あぁ、こいつは俺なのだと。
俺が怒りで滾っているのと同じように、こいつも内心では煮えくり返っているのだ。
「あぁ……そうだな。今は自分がしてしまった事より……眼の前のクズを叩き潰す方が先だ。」
取り落とした鵺を拾い上げて立ち上がる。
萎んでいた闘志が沸々と沸き上がってくるのを体で感じていた。
『おまたせ。作戦変更よ……貴方達は分散して教会の通路を逃げ惑う司教を礼拝堂まで追い込んで頂戴。』
どうやらミリアさんが何かを思いついたようだ。
俺を弄る時のような意地の悪い声で作戦変更を伝えてくる。
『狸狩りよ。ゆっくり楽しんで頂戴……』
暫くすると小さな爆発音と共に男の悲鳴が聞こえてきた。
『さて、アルテア。今から狸を大聖堂へ追い込むわ。貴方は猟犬が追い立てる狸に止めを刺す狩人……締めは任せたわ。』
「ヤー……臭くてでっかい狸を狩るとしますか……。」
「しくじるなよ?私は追い立ての方へ回る。」
別の通路へと駆けていくミスト。
さぁ……狩りの時間だ。
この教会は一般開放されているエントランスと大聖堂までは一本道だが、それ以外の通路は複雑に入り組んでまるで迷路のようになっている。
しかし、俺が迷路に頭を悩まされる事など無い。仲間が、狸を巣穴から追い立ててくれる。
そう、純粋に得物を追いかけることだけに集中できる。
目の前に、丸々太った初老の男が飛び出してきた。
その男は息を切らせながらこちらを見るとすがり付いて来る。
「おぉ、アルター!こんな所にいたか!忌まわしい魔物共が攻めこんできて……ソウルパペット共は壊滅状態だ!早い所あやつらを始末して……」
どうやら俺の事をアルターと勘違いしているようだ。
蹴り飛ばして無理矢理距離を作って銃口を男に向ける。
「貴様、何を……まさか……お前は……!」
「ビンゴ、だ。毎度おなじみ冒険屋さんのこっわ〜い兄ちゃんですよ。」
オクスタンライフルを展開して2,3発足元に打ち込んでやる。
乾いた着弾の音と共に大理石の床に穴が開いた。
「ほら、もっと逃げてみろよ。少しは抵抗してくれないと狩り甲斐が無いだろう?」
「ひ、ひぃぃぃいいい!」
男はわたわたと四肢をばたつかせながら廊下の奥へと逃げこんでいく。
しかし俺はそれを追いかけずに悠然と大聖堂への道を歩む。
そして、また弾かれるように別の通路から男が出てきた。
「それそれ、逃げろ逃げろ。早く逃げないと後ろからグサリだぜ。」
「クソッ、クソッ!どうして……どうしてこんな事に……!」
悪態を吐きながら逃げ惑う男。別の通路に入ってはまた大聖堂への道へ押し出され、逃げ惑い、確実に追い詰められていく。
もうすぐ、袋のネズミだ。
〜セント・ジオビア教会 大聖堂〜
俺はどうしようも無いクソ野郎を追い詰めた。
この大聖堂には正面の通路に続く道以外に逃走経路は無い。
「もう逃げないのか。案外根性ねぇのな。」
あれは主神の像だろうか。
それにすがりついてブルブルと震える男。俺はそいつを睨みつける。
「な、何が目的だ!?たかが一介の冒険者が私に何の用で……!」
「最初はここに保管されているお宝が目当てだったさ。でもな……」
俺は知ってはならない事を知ってしまった。
知らなければ、ここまで怒りに身をやつすことも無かっただろう。
「何だ、あれは。大量の魔物の遺体?魂を抜き取る魔術?」
足元にオクスタンライフルの銃弾を撃ち込んでやる。脅し程度だが、十分に効果はあったようだ。
「さらには抜き取った魂を機械の体に閉じ込めていいように使っている?仮にも神職がそんな命の冒涜なんてしていいんですかねぃ。」
俺は奴を睨みつけ続ける。奴の顔は既に顔面蒼白を通り越して土気色になっている。
「相手は……相手は魔物だぞ!?人類を破滅に追い込む魔王の使徒だ!」
「その魔王の使徒様は日々平和に暮らしていただけなんだがなぁ。これじゃあどっちが魔物かわかったもんじゃない。」
さらにライフルを打ち込む。今度は耳たぶが飛んだ。
声にならない悲鳴を上げて男が耳を押さえる。
「今まで何人殺してきた?今まで何人闇に葬ってきた?今まで何人お前の地位のための踏み台にしてきた?答えてみろよ、下衆が。」
それを聞いて男が意を得たりと言った表情で食らいついてきた。
「そうだ、私には地位も金もある!欲しいものならなんだってくれてやる!それとも女の方がいいか?攫ってくれば魔物だって……」
やっすい事だ、コイツはその程度の事で満足するのだろう。
俺は鵺を下に向け、銃口の恐怖から解き放ってやる。
「わり、全部間に合っている。でもお前に出来ることだから安心しろ。」
「そ、そうか。それは一体……」
俺はグリップを左手で持つ。
「ラプラス。」
『了解。E-Weapon<フェンリルクロー>展開。』
不可視の爪が先端から放出され、大理石に突き刺さる。
全てを飛び越えるような全能感が全身を支配する。
精神が高揚して抑えが効かなくなってきた。
『EX.LOAD発動。出力500%で安定中。』
鵺の後部に穴が開く。中には靄のような光の粒子が渦巻いている。そこに手を突っ込むと、クローの一本一本が俺の指と一体化していく感覚がある。
鵺の重さは、なぜか感じなかった。
「俺が望むのはただ一つだ。いいか、耳の穴かっぽじってよく聞けよ?」
俺はブルブルと震えている小物に対して言い放つ。
〜別の場所 司祭執務室〜
全ての元凶が縮こまっている部屋の扉を蹴破る。
中には部屋の隅でガタガタ震えるクロアの仇敵がいた。
「待て、私が悪かった!私の行き過ぎた信仰心故にお前たちを生み出した私を赦してくれ!」
今更に命乞いをする小さい男が、そこにいた。
「信仰心?ッハ!何寝ぼけたことを言ってやがる。全部テメェの私利私欲でやったことだろうが。」
彼が机を蹴り飛ばし、男への道を開ける。
机には大きな穴が空き、部屋の隅までガラガラと転がっていった。
「魔物が死ねば神が喜ぶ?魔物を片付ければ世界が平和になる?」
クロアは男の頭を鷲掴みにして壁に叩きつけた。
男の後頭部が切れて血がだらだらと流れだした。
「ふざけんじゃねぇぞコラ!テメェが一番平和を踏みにじってんだろうが!あぁ!?」
彼は、今までの数年間の怒りを目の前の小物にぶつける。
「テメェのせいで一体何人死んだと思ってやがる!?全員なんの罪も無かった奴らだ!テメェは、俺達を、生み出したことで、間接的にでも、そいつらを、殺しているんだよ!」
一言一言に憎悪を込め、何度も壁に叩きつける。
「が……ぐぅ!?」
「それもだ、テメェの私腹を肥やすために俺を量産しやがったな?何俺自身に俺を殺させてんだよ。楽しいか?あぁ!?」
渾身の力で男の腹を蹴り飛ばす。くの字に折れ曲がるが、彼は許さない。
「お、お前の望むことなら何だってする……チャイルドを全て処分しても構わない……。」
苦し紛れに命乞いをする司祭。
その一言で彼の怒りが頂点に達した。
「そうかい。良かったな。俺が望むものがお前の叶えられるたった一つの事で。」
彼は手を離し、一歩下がる。
目の前の男に制裁を加えるために
「俺が望むのはたった一つの簡単な事だ。」
「な、何だ!言ってみろ!叶えられるものならばなんでも……」
「「Now you Die. Fucker!!」」
神の像ごと司教を握りつぶす。
司教の脳天にヴァーダントを振り下ろす。
皮膚が弾け飛び、肉が削げ、骨が砕け散る。
辺りに脳髄が、汚い血が飛び散る。
内蔵が飛び散り、血液が滴り、砕けた神の像と一体化する。
さらに力を込めて股下まで振り抜く。中から臓器が溢れ出し、大量の血液が辺りを浸食する。
一体化させただけにとどまらず、さらに強く握り潰して粉々にする。
ヴァーダントを引き、高速で刺突を無数に繰り出しメッタ刺しにする。
後に残ったのがようやく砂と血と肉の欠片になった所で手を離し、フェンリルクローを格納する。
物言わぬ肉塊になった所で、ようやくヴァーダントを背中の留め具へと戻す。
「「Appreciate having made it die quickly.(さっさと死なせてやった事に感謝しろ。)」」
〜宝物庫〜
司祭を始末した後、俺は本来の目的を果たすべく宝物庫までやってきていた。
鍵はエルファ達によって既に開けられている。
彼女達はもう既に隠し通路まで撤退しているのでこの場にはいない。
「お、あったあった。」
宝物庫の片隅。大した保管ケースも無く、無造作に台座に置いてある握り拳程度の緑色の宝玉。
『エクセルシアをむき出しで保管ですか。危機管理がなっていませんね。』
「まぁそう言うな。お陰でこちらは労せず手に入れられるんだからな。」
HHシステムを起動し、杭だけ露出させる。
小脇に鵺を抱え、空いている方の手でエクセルシアを掴んで杭に押し当てる。
すると、杭の先端がひも状にほどけてエクセルシアに絡みついた
「よし、やってくれ。」
『了解。エクセルシアを保管用の空間へ格納。』
杭が鵺の中へと引っ込んでいく。
そのまま分かれていた鵺の砲身が閉じ、格納が完了した。
『格納用空間に挿入完了。任務の第一段階、フェーズ8を終───』
「来たか……」
ダイアログの表示が消え失せ、目の前に乱雑な文字群が流れていく。
『────gns嫌%l@an─────sacトun離maマdnシ──たく────mtnsリ7私minh8マ───』
「────っ……がっ……ぁ…………」
脳の中に流れ込む大量の情報、感情、記憶。無理やり刷り込まれるような感覚に頭が激痛を訴える。
しかし、その程度の痛みで音を上げる訳にはいかない。彼女達はもっと痛みを感じているのかもしれないのだから。
「っ……ぁ……」
頭が締め付けられるような痛みから解放され、ふっと意識が途切れた。
さぁ、ここからが正念場だ。
11/12/24 10:02更新 / テラー
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