第五十一話SideF〜抜け殻〜
風切り音が唸り、拳が頬を掠めて突き抜けていく。
それをいなしつつサイドから蹴りを放つが、受け止められて逆に投げ技を掛けられそうになる。
奴の側頭部目掛けて尻尾を鞭のようにしならせて浴びせるが、失敗。直撃前に離れられた。
今度は左からのフック……と見せかけて狙いは右ストレート。
腕を交差させて受け止めるが、その上からでもダメージは大きい。
「徒手空拳は……っ!苦手なんじゃなかったか?アルテア。」
「ま、苦手は苦手だがね。そこいらのチンピラに負けないぐらいは経験を積んでいるつもりだ。」
振るわれる拳をいなし、防御しつつ隙を狙う……そこ!
「ふんっ!」
「ぅおあ!?」
奴が上半身に集中してくれたお陰で下の方への注意が薄くなる。
そこを突いて一気にしゃがみ、足払いを掛けると気持ちがいいほど派手に転んだ。
打った所を摩りながら奴が上半身を起こす。
「やれやれ……お前にはいつまでたっても勝てる気がしないな。」
「それは困る。私としても是非打ち破ってもらいたいものだ。本気でな。」
奴は未だに私に対して本気でかかってくる事はない。
いや、徒手空拳であれば全力なのだろうが、鵺を所持してでの試合では未だに本気を出していないだろう。
あの銃弾、過去に1発だけ当たったが、本来であれば肉が削げ落ちる程の威力だろう。
にもかかわらず青痣程度で済んでいる。逆を言うと、青痣程度であれば行動に支障がでない。本気の奴と……戦いたい。死ぬのはゴメンだが。
「ミリアー、聞こえとるかの?」
向こうでエルファがミリア女史と連絡を取っている。
恐らく、作戦決行は近い。
「アルテア、今からでも遅くはない。私と組まないか?」
「やめておけ。お前では蜂の巣どころかミンチになるのが関の山だ。」
マントで体を隠したミストが嘲るように口を挟んでくる。
「だが、撃たれる前に倒してしまえば問題は……」
「お前は、あの地獄を知らないからそういう事が言えるのだ。」
「お、おい……あんまり喧嘩するなよ。」
アルテアが心配そうに声を掛けてくる。あちこち手を出している彼が言えることでは無いのだが、これは今は置いておこう。
彼女は、何かに怯えるように目を閉じているだけだった。
以前、緑の集落へ集団失踪事件の調査に行った時からこうだ。
私は不覚にも眠ってしまっていたので何が起こったのかはわからない。
ただ、アルテアの報告によると「たいせんしゃほう」という物が飛び交っていたようだ。なんだかよくわからない。
「私ならアルテアを守りきれる。断言しよう。」
「……っ!」
わからない。全くわからない。が、今のミストには勝てる気がしない。
そして、私の勘が言っている。今、私がアルテアと共に行った所で死なせてしまうだけだと。
だから、一緒に行きたいというのは単なる私の我儘だ。故に、強く言い返せない。
「あ〜……話は済んだか?」
「あぁ、時間を取らせて済まなかった……なっ!」
苛立ち紛れにアルテアの脛を蹴り上げる。無論正当な理由があっての事ではない。ただの八つ当たりだ。我ながら……見苦しいとは思う。
「〜〜〜〜〜〜っ!い……って……!」
「ふん……」
彼が脛を押さえて痛みに悶えている。はぁ……何をやっているんだ私は。
エルファに結界を解除してもらい、作戦開始。
速やかに森を出て都市へと潜入する。
「チャル、準備はいいか?」
「おーけー。メイを落とさないでよ?」
「ごぉ〜♪」
メイを小脇に抱え、背後からチャルニが抱きつく形になる。
……悔しいかな、私よりあるかもしれない。
チャルが羽ばたくと同時に地を蹴って空高く跳躍する。
流石に私とメイの二人を持ち上げて運ぶだけの浮力は起きないが、防壁を飛び越えるには十分だ。
城門の方から赤色とも桃色ともつかない光の柱が天に向かって伸びていく。
恐らくはアルテアが何かを使ったのだろう。監視の目をかいくぐり、中へと降り立つ。
「っと……ここからはスピードが大事だ。迅速に行くぞ。」
「誰かに見られたら言い訳のしようがないからね。とっとと目的を果たしますか。」
「おかしたべたい〜」
「帰るまで我慢しろ……」
どこまでもマイペースな一人と隠しようのない特徴を持つ一人と共に真夜中の街を駆ける。
それにしても……静かだ。
〜セント・ジオビア教会 裏口〜
裏口の扉に張り付いて中の音に耳をそばだてる。
中からはガーディアンが歩きまわる金属音が聞こえてきた。
そして……
<ドーン……>
遠雷のように爆発音が聞こえてくる。
それに釣られるようにして無数の爆発音が聞こえてきた。
「30秒後に突入だ。準備を。」
「了解……」
「ふぁ〜……」
「「寝るな!」」
中の気配が薄くなっていく。突入するなら……今!
「行くぞ!」
「突撃〜!」
「わぁい♪」
もうこの際メイに関しては何も言うまい。付いて来てくれればそれでいい。
というかこいつ……武器を持っていない!?
「えぇい……こうなれば私とチャルの二人だけで……!」
まだこちらに反応しきれていないガーディアンへ肉薄しようとして、ゾクリと背筋が凍る。
チャルも同じだったようで急制動をかけていた。
瞬間、背後から巨大な質量がすっ飛んできた。
入り口近くに置いてあった大きなテーブルが、ガーディアン目掛けて飛んでいったのだ。
テーブルはガーディアンの集団へと突っ込み、衝撃でガーディアンもろともバラバラに砕け散った。
メイはその残骸にとてとてと近寄ると、ガーディアンが所持していた大斧をひょいと拾いあげる。
「ご〜♪」
そのまま子供の如く次の部屋に入ったかと思うと、中から猛烈な破壊音。
私とチャルは唖然とするしかなかった……
結局殆どのガーディアンはメイが破壊してしまい、私達は討ち漏らしの数体を相手にするだけに留まった。
それでも大分苦戦したのは恐らく相性の問題なのだろうか。
「流石にこの分厚い鎧相手では剣は通りにくいな……。」
「突き刺すと抜けなくなりそうだから迂闊に突けない……」
相手の剣を受け止め、足を蹴って叩き折った所で胴体を踏みつぶす。
なかなか一刀両断という風にはいかないものだ。
「ふぃー!ちゃるねぇー!へんなへやみつけたー!」
先の方でメイが大斧をぶんぶん振り回しながら合図している。
足元には大量のスクラップの山が……
「自信……なくなりそうだ。」
「アタシも……。」
〜中央制御室〜
その部屋にはあちこちにレバーやらスイッチやらが設置されていた。
ご丁寧にもどれが何を作動させるためのものかもプレートで書いてある。
「隠し通路の鉄格子は……っと。あれ?」
「どうした、チャル。」
お目当ての装置を探していたチャルニが一つのレバーの前で立ち止まった。
そのレバーは既に上げられている。
「なんか……もう既に開放されているっぽい……?」
「何……?」
もしや既に誰かが察知して逃げたのか……?
しかし隠し通路からはエルファ達が進入中だ。何かがあったら連絡が入るだろう。
「解放されているなら問題ない。私達の目的はこの教会の制圧ではなくエクセルシアの奪還だ。別に誰が逃げようと構わないだろう。」
「そうだね、ここは放置でいいか。メイー?さっさとずらかる……あれ?」
メイが見当たらない。
一体どこへフラフラと行ってしまったのだろうか?
「…………」
いた。
制御室からさほど離れていない部屋の前で佇んでいた。
「こら、メイ。勝手に離れてはダメだろう。」
「ふぃーねぇ、このへやなぁに?」
開いているドアの上のプレートには、『遺体焼却室』と書いてある。
「死んだ人を火葬する部屋……にしては名称が変だな。」
「うん、普通は火葬室……とか言うんじゃなかったっけ?」
葬式も執り行う教会が同時に火葬するための施設を持っているのはおかしいことではない。
主神を崇める教会の派閥の者達でも、家によって火葬や土葬など色々ある。
「少し、見てみるか。」
むっとした熱気が篭る室内へと踏み入れる。
それと同時に、微かに生臭さが漂ってきた。
この匂い……以前嗅いだことがある?
「チャル、メイの目を塞いでおいてくれ。」
「え……いいけど。」
チャルニがメイの目を両手で覆い隠す。
私は近くにあった小山に被せられたシーツをめくり上げた。
「うっ…………!」
「え……ちょっと、これどういうこと!?」
シーツの中は、魔物達の遺体が積み重なっていた。
リザードマンを筆頭に、ラミア(蛇の胴体が切り落とされている。)、ハニービー、ホーネットなどが乱雑に置いてある。
「……出よう。」
「いいの?このままにしておいて。」
「どの道ここに来ている人員だけでは運びだすこともできまい。悔しいが……置いていかざるをえないだろう。」
積み重なっている遺体達に一度頭を下げると、私達は部屋を出た。
そして、通信玉を取り出す。
「ミリア、大変な物を見つけた。」
私は、目にしたものを全てミリアに報告した。
当然ながら、彼女は通信玉の向こう側で押し黙っていたのだが。
尤も、ミリアから聞かされた『真実』も度肝を抜かれる物だったが。
それでも先程の遺体の山を見ればそれも納得できた。
『わかったわ……あなた達はそのまま離脱……ちょっと待って。』
玉の向こうから慟哭のような物が聞こえてきた。
この声は……アルテアか?
暫くすると、再びミリアからの通信が入った。
『おまたせ。作戦変更よ。貴方達は分散して教会の通路を逃げ惑う司教を礼拝堂まで追い込んで頂戴。』
玉の向こう側で、ミリアがニヤリと獰猛な笑みを浮かべたような気がした。
『狸狩りよ。ゆっくり楽しんで頂戴……』
11/12/17 08:37更新 / テラー
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