連載小説
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中編
「さっさと顔洗って口濯いで水飲んで身体洗ってきて。そしたらトドメ刺してあげる」

と言われて俺は安宿の部屋を追い出された。何言ってんだあいつ。

だが愛用の鎧であるレイラが俺の敵になってということは、この先、生き残れる道理は無い。
防具のない俺は殺しやすい標的だ。最初の戦場で呆気無く死んでしまう自信がある。
いや、当然今までの戦いの経験はあるし、鍛えた肉体はそれに応えてくれる。
だが、新しい鎧を身につけた所で、今まで通りに動き回れる保証は無い。
レイラは下手な板金鎧よりも硬く強靭で、かつ比較にならないほど軽く動きやすいのだ。
防御力と機動性の両立は、歩兵が敵陣に切り込む際に無くてはならないものなのだ。
金属の鎧ではいくら軽くても遅すぎて、騎兵ではいくら早くても不可能な隙間に滑りこむ。
重量のある両手剣で一気呵成に切り込み敵陣を削ぎ落とす。
それが"血塗れの"クラッドの戦い方なのだ。

つまり、俺の戦い方はレイラあってのものであり、同じ戦いをすれば、簡単に死ぬだろう。
その防御力頼りに切り込んだ瞬間は多かった。相手の懐に入り込んだ方が寧ろ安全なんだ。
だが、その突撃を支えた鎧が、俺にトドメを刺すと言った。もうレイラの着用は出来ない。
他の鎧を着ることなど論外だ。この年になって、他の鎧で戦い方を調整するのは厳しい。
慣れず頼れない鎧を着て突撃の際に、迷い躊躇をした歩兵を射ることなど造作も無いだろう。
レイラとは、俺にとってそんな鎧だ。

そうか。俺はレイラにそこまで思い入れがあったのか。

なら、この納得したような気持ちは、そういうことなんだな。
俺の生命を護ってくれたレイラが俺の生命を欲しがるのであれば、是非も無い。
こいつに生命を差し出すのは、ツケにつけていた代金を払う気持ちに近いのだ。
差し出して当然、逃げる気は無い。死から目を背けるのは恥だ。

ああ、でも、トドメを刺されるなら身を浄めて新しい下着をつけにゃならんな。
戦士の下着は重要だ。名誉ある戦士には汚れの無い白い下着を着用した上で倒れるべきだ。
毛も整えなきゃならん。余裕があるのにみっともない屍を晒すのは恥以外の何物でもない。
騎士だろうが傭兵だろうが戦士であれば順守すべき掟だ。守らない奴が多すぎるとは思うが。
と、ならば一風呂浴びてくるのが妥当だな。余りにも身体が臭すぎる。
この安宿に風呂なんぞ無いから公衆浴場まで足を運ばにゃならんな。
腹は空きっ腹で、無様な中身をばら撒ける必要も無い。
ああでも最後の飯か。空きっ腹で逝くのは勿体ないな。軽い飯を屋台で喰らうかね。


さて、用を足して風呂入って飯食って。くたばるとするか。


* * *


そもそもの疑問を聞く事を忘れていた。

「お前なんで動いてるんだ?」
「なぜ顔洗って口濯いで水飲むだけで正午になるの?」

疑問への回答の前にレイラから遮るように淡々とツッコミが入った。
薄く白い靄のように浮かび上がっているレイラは相当に不機嫌なようだ。
しかし、第一印象と変わらずレイラは美少女である。
一見無表情にも見える澄まし顔だが、その口と目はかなり表情豊かだ。
いま、見て取れる表情は怒り一択だけどな。機嫌が悪いなら悪いなりで可愛らしいものである。
レイラは鎧のパーツを各部に着用し、その薄く透けそうな身体でベッドに座っていた。
その透けた白い肌と白い髪、俺を見通すような青く光る瞳は妖艶ですらある。
鎧の隙間から見える首筋や足、腕の若く美しい曲線は男を惑わせるのに十分な色香がある。
唆るね。

「そりゃあ、風呂入って飯食って酒飲んで来たからだろ」
「……なにそれ巫山戯てるの?」

レイラは呆れ返り、ますます不機嫌になった。何か不可解な行動でもしただろうか。
なにせこれから死ぬのだ。清めの酒くらいは嗜んでおかにゃならん。
それよりも風呂入りながら"なんでレイラが動いているのか"という問の方が大きい問題だ。
"鎧が動く"という不可思議極まりない状況に陥ったのに風呂入って飯食って酒飲んでしまった。
二日酔いで頭が回らなかったとは言え、ちょっと迂闊であった。
ああでも、やっぱり迎い酒は効くなァ。

「至極真っ当な行動だと認識してるがな。で、俺の疑問に応えてくれ」
「全然真っ当じゃない。バカなのクラッド。それと私は抗議しにきたの」

レイラはその青白い瞳を俺に向けて告げた。かなり怒ってる。
しかも実は質問に応えてくれていない。俺は理由を聞いてるんじゃないんだが。
だが、まずこいつの怒りを収めなければならない。女の怒りというのはどうも苦手だ。

「抗議?俺に何を抗議しに来たんだ?俺はお前を大事に大事に扱っているぜ?」
「だって私、理不尽に恨まれた」

恨んだ?誰が?誰を?

「精一杯クラッドを死なせないように護ったのに、死にたかったって言われた」

拗ねたようにレイラは呟いた。
それは。昨日の酒場で、つい出てしまった俺の独り言だ。
ああ、確かに、言った。言ったな。確かに俺はレイラに愚痴った。
レイラのおかげで生き残れたのに、それに対して文句を言ったのだ。
感謝するべき所だろうに、逆恨みの如く俺は理不尽にレイラに当たったのだ。

「おい、あれは独り言だ。酒飲んでついぽろりと出ちまった愚痴じゃねぇか」
「次に同士討ちとかバカなこと言ってたので止めに来た、傭兵団の皆どうするの」

うおお、それも言ったなぁ。
こんな俺でも率いていた傭兵団くらいあるのだ。まああと少しで解散するんだが。
魔物娘に負けたから嫁を取った連中が多く、此方側で再雇用される話になっていたのだ。
俺は魔物の嫁なんぞ取らんし、オママゴトみたいな戦に加わる気が無いから一抜けした。
だからあいつらが正式に此方側で雇用されたら、残った連中を率いて戻る予定だった。
なので昨日は珍しく一人暇にしてぶらりと酒場で管巻く事になったんだが。

「いやあれは、そういう意味じゃなくて……」
「あと、最後に。

 クラッドの死に場所はとっくの昔に決まっているんだよ」

声色は変わらない。表情も変わらない。
だがその一言は背筋を凍らせる威力を持っていた。
来たか。ついに俺も年貢の納め時らしい。レイラが生命を取りにくる。
まるで"死神に魅入られた"と思えるような感覚がある。
地獄のような戦場で死ぬなと思った味方がおっ死んでいくあの感覚。
ついぞ一度もその感覚を覚えずに此処まで生きながらえてきたが、どうもこれで決まりだ。
俺の生命は、レイラの掌の上にある。のだろう。
ああ、やはりバチが当たったのかね。愛する女を捏造し、その名前を呟き信じ続けた報いか。
その数多の亡霊のような女達が集い。"レイラ"に取り憑いて、俺の生命を取りに来たんだ。
これは、詰んだな。

そう少し身体を硬直させたが、どうやら俺の勘違いだったらしい。
レイラの様子が、少々違う。
しかし、ある意味では"当たり"らしい。
美しく儚ささえあるその白き女は、俺の目を見ながら淡々と。
青い瞳に昏い炎を宿し言った。

「だって、クラッドの死に場所はずっと同じだよ。
 どの戦場でも、どんな戦いでも、どんな殺され方でも」



 "私の中で死ぬんだよ"



レイラは、無邪気に笑って言った。

恐ろしいほどに、妖艶だった。




* * *




私は、恐怖に怯えたようなクラッドを眺めている。
おかしいな、何か変なことを言ったかな。
貴方はこんなにも私を必要として、どんなところにでも一緒に連れて行ってくれて。
何度も何度も、愛する女と言ってくれて、戦いのさなかでも愛を呟いてくれて。
私が壊れるか貴方が死ぬまで一生一緒に居るんでしょ?
当然だよね、クラッドの死に場所は私の中以外にあり得ない。
私はこんなに貴方を愛しているのに。


なんでそんなに怯えるの?


「……俺をどうする気だ」
「どうもしないよ?何言ってるのクラッド」

ふわりと私はこの薄い手を伸ばしてクラッドの頬を撫でる。
少しクラッドはびくりと身体を震わすけれど、私の手で触れられることを受け入れる。
ああ、"自分の手"がクラッドに触れる感覚はこんな感じなんだね。
いつも触れている感覚とはちょっと違うけれど。とても、愛しい感じがするよ。
ちょっとじょりじょりとしてるお髭だけど、いつまでも触っていたいなぁ。


「……止めを刺すといっただろうに」
「うん。もうおしまいにしようね。もう返り血に塗れるの、嫌だよ私」

うん、あれ気持ち悪いし、汚れるし、嫌な臭いするし、もう嫌かな。
でも別に血が嫌いなわけじゃない。むしろ私は。


「  私が欲しいのは  クラッドの血だけだよ  」


"私の中"から溢れるクラッドの血を浴びるのは、困ったことに大好きなのだ。
護りきれなくてごめんね。痛いね。我慢してね。頑張って、といつも思うけど。
ごめんね。

あの暖かさを知っているのは私だけ。私しか知らない。

血だけじゃない。私はクラッドの汗も、匂いも、体温も大好き。
私の"身体"にクラッドのいろんなものがこびり付いて、絶対に匂いが取れないんだ。
くらくらするよ。

「……ってことは俺の血を求めて動き出したってわけか。中々趣味が悪いなレイラ」
「クラッドの所為だよ。私が生まれたのも、動き出したのも全部クラッドの所為」

たっぷり血を吸って、たっぷり血を浴びて、たっぷり血を味わって。
そうやって私が生まれたんだよ。だからクラッドは私のお父さんのようなものなんだよ。
生み出した責任は取らないとね、クラッド。

「お前は何がしたいんだレイラ。文句を言うためだけに身体を作ったわけじゃないだろう」
「察しが悪いのねクラッド。いつもの勘はどうしたの?」

戦場でも、仲間の中でも、女が相手でもあんなに鋭いのに。私のことはわからないの?
私はクラッドにずっと前から怒っているんだよ?

「……俺の命が欲しいんじゃないのか?」
「何言ってるの?クラッドの命はずっと私の中にあったんだよ?」

本当に何言ってるの?ずっと一蓮托生でしょう?
欲しいかどうか、じゃなくてもう貴方の命は私のモノで私の"いのち"は貴方のものだよ?

「私はね。ふらふらとし続けるクラッドを叱りに来たんだよ」
「……はぁ?」

何言っているかわからないという顔をクラッドはしてる。
ああ。本当にわからないのね。もう許さない。
私が動くことが出来たのは、この怒りと、嫉妬が理由なんだよ。


「私が大事だと、あんなに言ったのに。私の傍で女の人を何回抱いたと思っているの?
 私の目の前で、何度娼婦の人を抱いたの?私を着たままでしてたこともあるんだよ?
 
 ありえない。本当にありえないよ。酷い浮気よ。あんなに私を愛してるって言ってるのに。
 怒りと嫉妬で狂いそうになって、クラッドに恨まれて、やっと出てこれたんだよ。

 だからもう我慢できない。クラッドの残りの一生を全部縛るね」


私は寛大だと思う。浮気の回数は三桁単位だよ?こんなに浮気されたら呪殺モノだと思う。
でも私は、今までの全部を許すからクラッドの残りの人生を全部貰うことで許してあげるの。
クラッドは青くなった顔をしてる。それよりも大量の冷汗を掻いているね。
ああ、やっと反省したんだね。でももう遅いよ。

「レイラはね?クラッドのお母さんで、故郷に置いてきた奥さんなんだよ?
 心を交わした娼婦の人で、命を預け合う最高の相棒で、血を分けた最愛の娘なんだよ?

 何度も守ってあげて、何度も支えてあげたのに、ふらふらと別の女の人の元に行くの?

 許さない。もう許さないよ。もう他の女なんかに渡さないよ。

 もう、クラッドが抱ける女は、私だけなんだよ。浮気なんかもうさせない。
 だから、クラッドの"血"を、全部頂戴。クラッドの望み通りの殺し方をしてあげるから。
 戦場以外で死ぬときは。女の人のお腹の上って昔言ってたでしょ?


 だから、安心して、私の中で死んで♥」

16/07/12 20:58更新 / うぃすきー
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■作者メッセージ
イチャラブを書こうとしたんです信じてください。

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