読切小説
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クソ師匠とクソガキ
私は自分に師匠と呼ばせる人が嫌いだった。


その人はたった一ヶ月の間だけ私の指導をした人だ。
師匠から教えてもらったことは本当に少ない、なにせ本当に教えてくれなかった。
嫌らしい笑みを浮かべて、嘲笑うかのように飄々として、出し惜しむように何も言わない。
それでいて、周りや私の上司はその人から学べ、という。


ふざけるな。と、私は思ったのだ。
こんな男から学ぶことは何もない。本当に、本当に時間の無駄だ、と思っていたのだ。


なにせ私は幼いころから様々な訓練を積み上げ、技術や体術の研鑽をし続けた。
正直な話、純粋な実力で言えば師匠は私と比べ物にならない位弱いと思う。
技術に関してもこんな男の何処に技の精緻さがあるのかと本人を前にして不思議に思う。


この男からは何も感じない。
熟達した人物からは何かを感じることができるものだ。
例えば一流の戦士であったり、一流の魔術師であったり、一流の聖職者であったり。
その人物が居るだけで空気が引き締まるような、そのような物を感じることが出来ると思う。
しかしこの男からは本当に何も感じなかった。



故郷からはるばる遠くまで着て、こんな男に師事を受けねばならない理由は分からなかった。




だから私は師匠。"影猿"のクリフが嫌いだった。




*   *   *



私の名前は楓。種族はクノイチであり出身はジパングの忍の里。
忍の里の中では体術や隠密の技術は天才的とまで言われた才能があったんだ。
でも、性格は他の皆とは似ても似つかない。自分でも分かる意地っ張りだった。
実力はともかく性格がクノイチとして重要な任務を任せられないと頭領が判断したのだ。


うん性格のせい。体型のせいじゃない。性格のせい。


なによ!いいじゃない貧相なクノイチがいたって!まるで子供とか言わないでほしいわ!
房中術!?なにそれ!?私にかかればどんな男だっていちころよ!バカにしないで!
背が低くて胸がなくておしりも小ぶりで肉付き悪くて少女というよりガキ、ってくらいよ!


・・・くすん。


ま、まぁ大丈夫よ大丈夫。私は別に房中術なんか磨かなくてもいいの。
こんな私でもステキな人が現れてその人は私だけを見てくれて見事にハートを暗殺してみせるの。


・・・なによ。何が言いたいの。いいでしょ別に。わかってるわよ。ふん。



それでなんでこんなところに居るかって?
クノイチは世界各地に傭兵として駆り出されてるのよ。
ここは現行魔王の勢力に属する魔都だしね。当然私達も多く駆り出されたわ。
でも、私は他の皆と馴染むことが出来なかった。いや、別に他の皆が悪かったわけじゃない。
私が一方的に意地を張っていたのは、わかってた。悪いのは私だ。

でも、それを認める簡単なことが出来なくて、仲間が私から離れていって。




私は一人ぼっちだ。






*   *   *






第一印象は最悪そのものだった。




「 あぁ・・・? なんで俺が子守なんぞせにゃならんのだ。 」
子守と言ったか。

「 ウチの出身と同じジパングから来た子なんやけどね。
  ちょっと性格がキツくて魔王軍の斥候部隊でも馴染めないらしいんよ。
  優秀な子やから単独任務熟せるように冒険者達で指導してくれ、と言われとってなぁ。
  クリフがわざわざご指名されてるらしいんよ?頼まれてくれへん?  」
性格がキツイとは自覚はしているけど堂々と言われると少しヘコむ。

「 ・・・どれが原因なんだろうか・・・身に覚えが多すぎていまいちよく分からん。
  まぁ、だがアンタから頼まれれば仕方がねぇわな。請負うぜ。
  その代わりちょっとくらい品物安くしてくれよ。たまにはいいじゃねぇか。 」

「 何言っとん。ウチはいつもお互い幸せになれるような商いしとるよ? 」

「 一個人だけやったらめったら安いじゃねぇか。 」

「 そりゃ旦那様だけは別や!むしろ旦那様だけにしか売っておらへんものも・・・ 」
なんできゃーきゃー言いながら頬を赤く染めて嬉しそうにしているのか・・・
いいなぁ。



形部狸の商人と話がついたあと、男は火の着いたタバコを咥えながら私に話しかけてきた。



「 さて、仕方がないな、おいクソガキ。 」
「 クソガキじゃありません、楓です。 」
「 ああ?お前なんぞクソガキで充分だ。
  俺様がお前の指導をしてやる"影猿"のクリフだ。 俺の事は師匠とでも呼んでいいぞ。 」
「 ッチ、なんでこんな男に師事を受けなきゃならないんですかね。 」
「 おーおー、目の前で舌打ちと悪態を吐くその性根の悪さ、気に入ったぜ。
  思う存分可愛がってやるから覚悟しろクソガキ。 」
「 クソガキって呼ぶなら私もクソ師匠って呼ばせてもらうわ。 」
「 っは、まったくもって口が減らねぇガキだな。精々今のうちに意気がっておくんだな。 」
「 クソ師匠ほどじゃないわ。 私の邪魔をするなら消えてもらってもいいのよ。 」
「 はっはっは、後悔をするんじゃねぇぞクソガキ。 」




物凄く険悪なムードで淡々と喋る私とクソ師匠。これが出会いだった。





*   *   *



「 って言っても俺が教えることはただひとつ。 相手をよく見ろ。それだけだ。 」
何を言っているんだこの男は。
相手、とは誰を指しているのか。その説明も一切無い。
正直、この男からただひとつ教えてもらっていたことを私は聞き流していた。



*   *   *




「 ってわけでちょっと一ヶ月くらい俺の元で修行する、らしいんだが。
  正直俺は戦闘に向かないんで、ちょっとしごいてやってくれ相棒。 」

「 どれが原因だクリフ。 」
原因が多すぎて分からないのは共通認識なんだ・・・

「 分からん。どれだろうなぁ・・・ 色々やらかしたからなぁ。
  まぁでもたった一ヶ月の間だし、その間単独で依頼受けてもらうわ、すまねぇな。 」

「 ・・・構わない。 」


早速仕事を放り投げたクソ師匠はそこら辺にドカッと座り観戦している。


「 スノウだ。宜しく頼む。 」

「 はい、楓です。 お噂はかねがねお聞きしております。 宜しくお願いします。 」
"雪風"の二つ名を持つ戦士の事は耳にしていた。魔都有数の実力を誇る一流の戦士だ。


リザードマンに何故その名が付いているのか分からなかったが成程。とても綺麗な人だった。
長い黒髪、栄える長身、精悍でかつ美しい顔立ち、鍛えられながら靭やかな曲線美を誇る肉体。
それはリザードマンというよりは翼が無いドラゴンのような美しさを誇っていた。


私とはまるで比べ物にならない美しい女性。自分の貧相な身体を呪いたくなる。
ええそうですよ、どうせチビで平坦で女としての魅力が欠片も無いクソガキですよ。


今日はこの人が私の戦闘訓練に付き合ってくれると聞いた。
一流の戦士である彼女からは見事な武威を感じさせ、この訓練場を神聖なものへ変えていた。
やっぱり一流というものはこういうものである。あのクソ師匠と呼ばせる男とは違う。


私は一流と呼べるような人が好きだ。それがどのようなものでもよい。
こんな意地っ張りな私でも純粋に憧れる、そんな領域にある人達を私は尊敬する。
人でも魔物でも、一流という領域は才能ではなく努力でしかたどり着けないものだと思っている。
私はその人達が歩いてきた努力なら、本当に純粋な気持ちで賞賛できる。
だから逆に手を抜いてだらだらと歩いているクソ師匠みたいな二流なんてものが大嫌いなのだ。


「 では胸を借りさせて頂きます。 」
いや、結構大きいそれのことじゃないですよ。・・・羨ましい。
スノウさんは小ぶりの片手剣と小さい円盾を軽く構え私と対峙してくれた。
ただ構えるだけで空気が変わる。凄い。全く隙が無い。私より遥かに上の実力者なのが伺える。

私は短刀を両手に一個づつ構えた。飛び道具もいくつかあるが、これが最も得意な武器だ。
忍として訓練を受けてきた自分の強みは速度と身軽さ。これを武器として戦うしか無い。
戦いに関しては彼女から学べることがたくさんある。だからこの訓練に私は本気を出すべきだ。
そう、あの男とは違う。あの男からは何も感じとれるものが無い。


なんでこんな素晴らしい人があの男に相棒などと呼ばれているのだろう。


本当に理解できなかった。





*   *   *





体術には自信があったのだが、全く敵わなかった。
あれ程巧みな小盾の動きは見たことが無い。弾かれ逸らされまともに踏み込む事すら難しい。
盾そのもので打撃を行う事は良くあるが、この人のは別格の挙動をしてくる。
なにせ此方の挙動の先を制するように面による打撃で空間を制圧されていくのだ。
一つの生物の様に動く小盾に恐怖すら覚えた。盾が完全に武器として機能していたのだ。

片手剣も変幻自在の動きを見せ、切先から柄頭までの全ての場所が武器になりえると知った。
ただ切ることや突くことだけでなく兵器としての剣の真髄を見せられた気分だ。
気軽に振ったように見えるだけの一撃でも相当の威力を誇った重撃だった。
それを肘と手首の返しだけで繰り出してきて、それを防御するために私は必死になった。

本人が言うには大型の得物の方が得意と言っていたが、嘘でしょう・・・?

そして純粋な体術でも肉弾戦の知識もあるのか冷静に対処され、全ていなされた。
更にテイルスイングの恐ろしさも叩きこまれた。
あれは、ヤバイ。
繰り出された瞬間、命の危険を感じ、無様に転びながら必死に避けた。
偶然、訓練場に立っている木に当たったのだが、それの一部が粉砕されていてぞっとした。

一歩間違えば大怪我確実だったのだが、彼女は手加減が非常に上手かった。
私の身体には一切の傷は付いていない。残ったものは打撃を食らった痛みと極度の疲労のみだ。
手加減されていることに気がつけたのが訓練が終わる時だったほど、技量の差が存在していた。

「 カエデと言ったか。見事な腕だった。」
彼女は、息を盛大に乱している私とは対照的に全く息を乱していない。

「 空中からの連続攻撃は実に良かった。
  跳躍と着地の隙を無くせば見事な技に昇華されるのでは無いだろうか。 」
あれ、里に伝わる奥義の一つだったんだけど・・・ 隙、あったんだ・・・
彼女に何か通じるものを、と考えていたら軽々しく見せるべきではない奥義を繰り出していた。
里の者がこれを見たら激怒するかもしれない。でも私はこの選択が間違いではないと思っている。
そんな技を繰り出す気にさせてくれる程、彼女との訓練から得るものを見出すことが出来た。


「 あり、がとうございました。 」
息を荒げながら、一礼で訓練を終える。世の中には凄い人が居るものだ。



それに比べて・・・



クソ師匠は途中で飽きたのか寝転がって観戦していた。


ふざけんな。




*   *   *




「 ふぅん、いい腕してるじゃねぇか。 」
仕事に同行している私の技術を見てクソ師匠が言った。
それはそうでしょう。
斥候として厳しい訓練を受けた私がそこらの盗賊如きに敵うはずがない。
解錠、探知、隠密、追跡、それらの技術を徹底して仕込まれたのだ。
・・・クノイチとしては色気が足りないといわれそこだけは落第だったけど・・・
ま、まぁ斥候のエリートとして私はこの魔都に立っている。うん、悲しくなんかないよ?

だがまぁ流石に二つ名がついてるだけのことはある。見事な隠忍術だ。
身体能力が向上したクノイチと並走しているだけで結構な実力があるのは認めよう。

だけど、やっぱりそれまでなんだろうな、とは思う。

"影猿"なんて二つ名も飛んで跳ねてが得意だから着いたんでしょう?
でも私が本気で跳躍すればクソ師匠の数倍の距離をひとっ飛びで飛べる。
人間と魔物の根本的な身体の違いが私とコイツの間にはあった。
だからやっぱり、クソ師匠からは学べるものは無い。



やっぱりこの男からは何も感じなかった。




*   *   *




「 おいクソガキ。コイツやるよ。 」
とクソ師匠は私に何か小さい箱のようなものを投げた。

「 キューブ状のパズルだ。 六面体ごとに色を揃えれば完成ってやつだな。
  これを解いてみな。 まぁー お前に解けるかどうかわからねぇけどな! 」
一言余計だなこの男は。


この男から初めて有益だと思ったモノであり、割と楽しむことが出来た。
一面につき9個の小さい面があり、回転する構造になっている箱をくるくる回して色を変える。
初めは分からなかったが、ルールを見つけながら解くのは夢中になるくらい楽しかった。
クソ師匠が遊び呆けている間、私はこのキューブにのめり込んだ。
3日くらいでどんな色に変化しても、揃えることが出来るように成った。
あとは完成させるために必要な時間をどんどん短縮していった。

私はこのキューブだけはアイツから貰って良かったと思えた。


「 ふうん、なるほどね。だいたいわかったわ。 」
「 なにが?わかった振りして自分を高く見せたいんでしょクソ師匠。 」
「 おーおー、言いよる言いよる。いやなに、最終試験ってところだ。
  明日遺跡に出向くぜ。それともう一つで終いだ。そんなもんだろ? 」
私はこの男から離れることが出来るならそれはどうでも良かった。



*   *   *





そこはさながら遊技場のような場所だった。






主神ではない異教の小神が建てた遺跡だという。
その異教の小神の信仰は現在は伝わっていないがこの遺跡だけは影響を残しているらしい。
だからこの遺跡は主神の威光も魔王の魔力も届かぬ異界となっていると聞いた。
魔都周辺で屈指の危険度を誇り、幾人もの冒険者達が挑んできては帰らぬ人となる。
この遺跡に魔物はほとんど居ない。しかし数多の罠が待ち受けていると言う。


冒険者や遺跡荒らし、盗賊達の間では"試練場"と呼ばれている。


と吟遊詩人や他の冒険者から教えてもらった。もちろんクソ師匠からは教えてもらわなかった。


「 俺さ、この遺跡嫌いなんだよ。俺のスタンスとあわないっていうかさ。
  だから全く調べずに挑戦したんだよね。正直、挑むつもり無かったし。 」


知った事か。そんな情報はどうでもいい。
だがこの男が一切調べずに挑戦できるほどの気軽な遺跡であるということだけは分かった。
なんでこんな遺跡にわざわざ私を連れてきたのか理解に苦しんだ。
やはりこの男との一ヶ月は無駄極まりないものだったのだな。と思った。


「 でも、まぁ。 俺を見ておけ。 」


と師匠は最初に一言言ったくらいで特に私に何も教えなかった。


この遺跡は思ったより小さく、だいたい踏破まで3時間程度しか掛からなかった。
するすると進めたのだ。ほぼずっと歩いていたと言える。全くもって楽な遺跡だった。
結構起伏もあり、登攀や跳躍の技術が必要な所も多かったが、それでも大したことは無い。
師匠が前方への罠への対処を行っていた。私ならばもっと早く進むことが出来るだろう。


別段、珍しいものは無かった。師匠が行っている罠への対処は極めて普通の作業であった。
罠の数は多い気がしたが、危険を感じるようなものは少なく踏破難易度は低いと判断できた。




どちらかというと師匠の行動には無駄が多かった。



わざわざ壁に手をついたり、もたれかかったり、タバコを吸いながら作業していたり。
特に理由もなく壁を小突いたり、突然壁に向かって投石したり、奇妙なステップをしたり。



意味がわからない。



師匠のやる気は欠片も見当たらない。まるで片手間の作業をしているようにすら見える。




挙句の果てには扉の鍵を開けながら鼻歌を歌い出しすらもしたのだ。




心底軽蔑した。この男のことをもう完全に見限っていたかもしれない。




広い部屋に出て、遺跡の最深部に辿り着いた事を感じた。

「 こんなもんか。 」
最深部中央に置いてある台座においてあった宝物のようなものを無造作に取る。
呪いのアイテムの可能性も有るだろうに、とは思った。
後で聞いた所、この遺跡を突破したものには相応の報酬が遺跡から用意されるらしい。
だから試練場なのだという。試練を突破出来たものには栄光を。さもなくば死を。
私は聞いた時点では、クソ師匠が受け取った報酬は大したことのないものだと思っていた。


「 だいたい分かったろ、もう一回この遺跡に挑んでみ。今度は一人で。それで終わりだ。 」




は?

「 お前が単独で挑む前に準備しないといけないからな。一旦街まで戻るぜ。 」

いやえーと?
別に挑むだけならすぐ出来るんじゃない・・・?なんの意味があるの?
何言ってるんだろうこの人は。バカじゃないの?


「 戻るぞ。 」


私は何故か反論も出来ず、戻るという言葉に押し切られクソ師匠に従った。

遺跡の最深部には転送装置があり、それで瞬時に遺跡の外へ移動できた。凄い魔法技術だ。


魔都に戻ってクソ師匠は何かしらの買い物を済ませると、大きいかばんを一つと首飾りを渡した。

「 カエデ、それは絶対に首に掛けておくように。かけ忘れたら修行延長な。 」

こいつに貰ったものを付けているのは嫌だったが、難癖付けられるのも嫌だったので渋々従った。


なんでこんなに荷物が必要なのだろう。いや、嫌がらせだろう。
邪魔だし重いし途中で置いていこうと思ったが、何故か私はこれを捨てずに遺跡まで戻ってきた。



私は、改めて、この遺跡に踏み込んだのだ。


こんどは、師匠と一緒ではなく、たった一人で。
なぜあの男はこんなことを言ったのだろう、理不尽にも程がある。

私は、こんな遺跡はさっさと攻略して、一ヶ月の修行に終止符を撃とうとした。



師匠と一緒とは言え一回攻略した遺跡にもう一度潜るだけだ、難しいことなど何もない。
そう、思っていた。思い込んでいたのだ。









だが。










そこはさながら地獄のような場所だった。







*   *   *




遺跡に潜り、最初の扉をくぐり、通路を歩き。

























トラップに引っかかって私は死んだ。





*   *   *





パキィン。と何か胸で金属が弾ける音がした。


私はまだ生きていた。


遺跡の最初の扉を閉めた時、私は自分が死ぬ白昼夢を経験したのだ。

「 ――――!      あ 、   ァ    きゃああああ! 」

全身から一気に汗が吹き出て、呼吸が苦しくなり、私は尻もちをついてその場にへたり込んだ。

今、死んだ。確実に死んだ。このまま何も考えず進んだら死ぬ。間違いなく死ぬ。

なんで?どうして?いまのはなに?なんでいきているの?なんであんなものをみたの?


完全に頭が混乱してしまった。


混乱した頭を現実に戻したのは足元に転がっていた金属片を見たからであった。
私がクソ師匠に掛けさせられていた首飾り。それの一片が割れ落ちていたのだ。


クソ師匠が渡してくれたこの首飾りは何かのマジックアイテムだということは推測できた。
効果は分からないが、私に何かを見せるような能力を持っているのはほぼ間違いない。

今、私が感じた死はとても現実的な描写に溢れていてとてもそれがただの夢だとは思えない。
私はあれは紛れもない現実に起こり得ること、だとしか思えなかった。

つまり・・・

私はこの通路を慎重に、念入りに、周到に、探索を行った。

やっぱり。


トラップは存在していた。私が白昼夢の時に引っかかったトラップが私の目の前に現れた。
以前訪れた時には影も形も見せなかった殺意の塊がそこに鎮座していた。
間違いない。先ほど見た光景は少し先の未来。私が死んだという未来を見ることができた。

死の幻影。

その一瞬先の未来を体験できる未来予知のマジックアイテム。それがこの首飾りだった。
首飾りは花の形をしており6枚の花弁が存在していた。

その内の一枚が欠け落ちていた。

あと5回しかこのマジックアイテムは機能しない。私はそう判断した。





*   *   *



開いた扉が閉まらなければ先に進めない。それはこの遺跡のルール。
しかし、全ての扉は一方通行と私は聞かされていた。
片側からは絶対に開けられない仕組みになっているらしい。


ここから脱出するためには最深部の転送装置を使わなければならない。
つまり私がこの遺跡から出るためには、遺跡の最深部まで辿り着かなければならないのだ。



私は懸命に記憶をたどり、幾つもの罠を解除していく。
だが記憶に無い罠も数多い、細心の注意を払い、一歩づつ進んでいく。


だが、私が予想したそれより遥かに罠の難易度が高いのだ。

例えば。一番最初に言葉を失ったものは、一見なんの変哲もない扉の鍵であった。




毎秒、鍵穴の形状が変わるなんてものを見たのは初めてだった。




これを最初に見た時は絶句したものだ。こんなものをあの男は容易く突破していたのだ。


此処に来てようやくクソ師匠の謎の行動の理由が判明した。
あの男は遊んでいるように見えながら、あの行動のほとんどは罠に対する対処であった。

壁にスイッチが設置されていたり、壁に圧力を加える必要があったり、煙の感知などもあった。
壁や地面の振動を感知させてそれを解除したり、投擲による遠隔解除も行っていた。


その全てを必死に思い出しながら、私は遺跡を一人で歩んでいったのだ。



ただ一つ。意味が無いかな、と思われていた事もやってみた。











鼻歌を歌いながら罠の対処をするのは、余裕が生まれたみたいでとても気が楽になった。




*   *   *



遺跡の中腹程までたどり着くのに5日を要した。
通路全てを念入りに調査し、慎重に罠を解除し、牛歩の如くジリジリと遺跡を攻略した。
生き延びるために必要な食料や物資は鞄の中に入っていた。


でも、私は分かってしまった。
これ以上はもう私には進めない。


今さっき、最後の一枚が割れたのだ。


わたしはあれから。5回も幻影を見た。つまり道中で5回は死んだことになる。


それでまだ遺跡の中腹、もう、これ以上進んで死なない保証は無い。
しかし、この遺跡の扉は一方通行だ。つまり。


もう、先に進むことも戻ることも出来ない。


「 ・・・もうダメ。 これ以上進めないよ・・・ 」
私はその場に座り込み、終わりを自覚して静かに泣き出してしまった。


こんなところに私を放り込んだクソ師匠を最初は憎んだ。
でも、クソ師匠は私を連れてこの遺跡を目の前で突破していたのだ。


私は目の前で答えを見ている。それをしっかり見ていなかった私が悪いのだ。


あの男にとって、本当にまじめにやっていれば、私でもなんなく突破できる課題だったのだ。
師匠は俺を見ておけ、とわざわざ言ってくれた。

「 ごめんなさい・・・私がまじめにやらなかったばっかりで・・・ 」
誰に謝っているかわからないが思わず口に出た。
里の皆にも申し訳なかったし、私を紹介してくれた人や鍛えてくれた人たちにも頭を下げたい。

でも。私は。あの人に謝りたかった。


「 ごめんなさい、ごめんなさい、ししょう。 」
シクシクと思わず涙が溢れ、感情も一緒に漏れていく。


「 こんなところで死にたくない、 寂しぃ。 一人ぼっちはやだよぉ。 」


やだ。嫌なのだ一人ぼっちは。
里でも爪弾きにされ、この街でも誰とも組めず、最後にあの人の元に辿り着いた。


師匠は。

私に嫌われながら、無視されながら、それでも一緒に居てくれた。


それがどれほど私にとって幸福だったのか。今更ながら気がついたのだ。



「 さびしいよ、ししょう・・・ 」





















「 おいおい、全部割りやがって。 」
ドカッと私の隣に座って、煙草の煙を吐いた。







「 高かったんだぜ、それ。 」







え?

「 な、ななななな、なんで居るの!?っていうか何処から聞いてたの!? 」
「 もうダメ、って泣きだした所からかなぁ。 」
「 ぜぜぜぜぜ、全部じゃない!盗み聞きすんなクソ師匠!というかなんでいるの!? 」
「 一日くらいで出てくるかなーと思って出口で待ってたんだよ。
  まさか五日も立って出てこねーから死んでんじゃねぇかと思ったぜ。
  いやー、全部割ってるとは全く思わなかったな!優秀じゃなかったんですかねぇ!?
  時 間 か か り す ぎ じ ゃ な い で す か ぁ あ ! ? 」
一ヶ月、毎日の様に聞いたクソ師匠の嫌味。


それがどれほど。 嬉しかったことか。


「 あ、すまん。 言い過ぎた。 」


私は嬉しくてまた涙をこぼしてしまった。





*   *   *



「 ってーかなんでお前が突破できてないんだ。技術的には十分行けるだろ。 」
「 いや、だって、こんなにトラップがいっぱいあると思わなかったし・・・
  というかなんであんなにサクサク進めたの?そっちのほうが分からないよ。 」
「 ああ? なんだ未だに分からなかったのか?おいおい、俺の教えを忘れたのか?
  俺は相手を見ろって言ったぜ?だからこの遺跡をしっかり見ろって。
  それが答えだ。それさえわかりゃこんな楽な遺跡はねぇぞ? 」
「 え・・・? 」


私は遺跡をぐるりと見回した。


「 違ぇよ、そうじゃねえ。発想を切り替えろ。 」
発想を切り替える・・・?目で見るだけじゃだめなのだろうか。

「 ここで何を見て、何と出会って、何があったかを思い出して。 」
師匠は私の頭を整理するように淡々と言葉をつなげてくれた。


「 思い出したか。じゃあ、ここは"どんな"遺跡だ? 」





あ。




「 分かったな。 できるか? 」
「 ・・・やってみる。いや、やらせてください・・・! 」
「 おお、いい心がけだ。 まぁフォローはしてやる。 」

師匠はそう告げたが、私にとってはもうそのフォローは必要ないかもしれなかった。
この遺跡の正体。それは。




「 だから、精一杯、神様と遊んで来い。 」




試練場なんかではなくて遊技場だったのだ。





*   *   *



異教の神様はお茶目な割に厳しすぎると思う。
そう、この遺跡は神様が残した遺跡。その目的は多分、侵入者を驚かして遊ぶため。

ここにある数多の罠はそれを理解せず、盗みを目的としたような連中を罰するためのもの。

その目的が分かった私は、罠がある位置がありありと見えるようになったのだ。
逆に言えば慎重に、念入りにやればやるほど引っかかる罠が増えていく遺跡だといえる。
感情を察知するような魔法的な罠は一切なかったけど、盗掘者の心理を読んだような罠だった。

一番最初の罠なんかはその気持ちで挑まなかった私を罰するためのものだったのだろうか。
神様はこう言ってくれたのだ。






遊 び な ん だ か ら ま じ め に や れ よ !






理不尽すぎるでしょ神様!



*   *   *





あれほど恐ろしかった罠の山の数々は今の私には簡単なものばかりであった。
視点を変えるだけでここまで変化があるとは、私は想像もしなかった。
楽しむように遺跡の仕掛けや罠を突破していった私は今までと違う手ごたえを感じる事が出来た。


すごい。まるで滑るようにいろんなものが解けていく。


師匠が言ってくれたたった一言で全てが変わった。この人が私を変えてくれたのだ。
でも、なぜだろう。未だにこの人からは何も感じることができない。
この人の観察眼は一流の技術を持っているのだと思う。
現に私なら可能だと、しっかりと私の実力を見極めた上でこの遺跡に送り込んでくれたのだ。
でも、やっぱり何も感じることができない。




「 おー。やっとたどり着いたか。 」
そうこうしているうちに私は、遺跡の最深部までたどり着くことができた。
あれほどかかった日数が嘘のように、残りの半分を半日かけて突破することができたのだ。


「 ほれ、お前さんへのごほーびだ。受け取ってやれよ。 」
そう、遺跡の最深部にあったのは紛れもない御褒美。
聞けば時間に応じて挑戦者の望みのものが出るという。
私に送られてきたもの、それは。


「 俺があげたやつと同じ首飾りだな。ま、ちょうど全部砕けたしな。貰っておけよ。 」


そう、私はこれがほしかった。師匠がくれたものは全部砕けてしまったけれど。
この遺跡を師匠と一緒に突破できた証として、これが欲しかったのだ。


「 よし、じゃあ帰るぞ。これで俺との一か月の修行とやらも終わりだな。清々したろ? 」


そう、これは最終試験のようなもの。これで終わりと師匠は告げていた。
やっとこの人のことを尊敬できるようになれる気がしたのに。これで終わりなのだ。

「 ええ、清々したわ。クソ師匠の嫌味を聞くことがないとわかって嬉しいくらいだわ。 」

私はいまだに強がりを言ってしまう。ばかだなぁ・・・と自己嫌悪に浸ってしまう。



「 ま、俺はお前のこと気に入ってんだけどな。 よく頑張ったな、ほめてつかわす。 」


クソ師匠は、冗談交じりに私の頭を撫でてくれた。




やめて。




自分の顔が赤いのが鏡を見なくてもわかる。
やだ、離れたくない。あなたの事をもっと見たい。まだ何も感じ取れてない。

でも、言えなくて。




私と師匠は遺跡を出た。



 


*   *   *







「 じゃあな、頑張れよ。 」
街に戻って私と師匠はお別れ、一か月の修行も終わり。
これで、終わり。明日から師匠とは別の道を歩む。

私はクノイチとして誰かを暗殺する任務を帯びることになる。
そう、この人とはこれで最後なのだ。

「 そういえばさ、聞きたいのだけれど。 」
私はこの人との会話をしたくて、少し聞いてみた。
「 なんで"影猿"なんて二つ名がついたの? 逸話でもあるの? 」
純粋な興味。この人のことを少しでも知りたいという気持ちもあった。

「 あー。 」
クソ師匠は何とも言えない顔でぼーっと空を見た。
「 実は俺にとっては悪評みたいなもんなんだが、響きがいいから使ってるだけなんだ。 」
悪評!?え?なんで?



「 俺、着地が下手でさ。どうしてもそこで足音鳴って見つかるんだよね。
  でも猿みてぇにぴょんぴょん飛び回るから影猿だってよ。 」


違和感。


足音が鳴って見つかる?


つまり。


普通に歩いてると見つからない?




師匠を私は改めて見た。



未だにクソ師匠からは何も感じない。





そう。感じなかった。



やっと私は。






何も感じさせないという技術の粋が理解できた。






寒気がした。本当に何も感じない。この人からは一切の凄さを感じなかったのだ。
真正面にしてこれである。これを隠忍術に利用すればどれほどのものになるだろうか。
気配を消して人ごみに紛れたり木々に隠れたり、いくらでもやりようがある。
自分の実力を軽視させるような事もできる。戦いにおいても有利な状況を作れるだろう。



そんな、一流の技術を。この人は最初からずっと晒しだしてくれていたのだ。




「 じゃあな、カエデ。 達者でな。 」



ひらりと翻し、師匠は去っていく。




「 クソ師匠。 あの、私。 」



思わず、引き留めてしまった。






今。  言うしかない。   この先の言葉を告げるのに私は微塵の躊躇いも無かった。








「 あなたを、かならず暗殺します! 」








師匠はぽかんとして口を開き、タバコを落とした。今の言葉の意味が分からなかったようだ。
えっ、なんでどして、嫌われたん?おかしくね?みたいな顔をしている。




クノイチの隠語はわからないよね、そうだよね。でも。




私は意地悪にクソ師匠に対してあっかんべーをしながら。







「 ばーかクソ師匠! 」








私がどんな意味でさっきの言葉を言ったのか、それを師匠は理解していない。
でも、私はこう決心したのだ。



ぜったいおしえてあげなーい!
15/07/01 23:55更新 / うぃすきー

■作者メッセージ
「 ・・・なんでそんな機嫌が悪いんだ。 」
「 何、理由はない。別にほったらかしにされたからという理由ではないぞ。 」
「 そうかよ、俺もさっき何故かクソガキに復讐を宣言されてな・・・ブルーだぜ。 」
「 なんだ、恨まれたのか? 」
「 嬉しそうだな!? あー。当分働く気しねぇわ・・・ あ、そうだ。 」
「 なんだ。 」
「 これ、やるよ。 試練場で手に入ったものだから大したものじゃねぇけど。 」
「 ・・・髪飾りか。 」
「 まぁ売り払って酒代にもしてくれよ。多分大したものじゃねえけどな。 」
「 ・・・いや、もらっておく。  返さんぞ。 」
「 へ?ああうん、あげたんだから返さなくていいけど・・・ま、じゃあな。 」
「 ああ、遺跡を攻略したんだろう。休んでいいぞ。 」
「 おうよ、じゃあ後でな。 」






「 ・・・ ♪ 」

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