序章 その5 『契約』
逃走中…
背後にばかり気を取られていたが、突如前方から現れた人影からサッと身を隠す。
しかしその様子を見るに、教会からの追っ手ではないようだ。
戦闘用の装備を身に着けていないし、そもそも体つきが戦士のそれではない。
…これは都合がいいかもしれない。
うまく使えば囮くらいにはなるだろう
男は賢明にも異常な事態を察知しこの場から去ろうとする。
だが、そうはさせない。
「そこのあなた、お待ちなさいな」
私は男に声をかけて呼びとめる。
男は振り向くとこちらに気がついた様だ。
「私、暴漢に追われて困っていますの、助けてくださいます?」
魅了の力を込めた言葉を紡ぐ。
質問の形をとっているものの、これは絶対なる命令だ。
だが、期待していた返事はいつまで経っても返ってこない。
「あなた、……私の《魅了》に抗えるのですか?」
それほどの男には見えない。
それに、もし魅了効いてないのならとっくにこの場所から逃げ出しているだろう。
「あなた、お名前は?」
試しに名前を聞いてみる。
「…ウル」
返事はすぐに返ってきた。
この程度の命令なら受けつけるということでしょうか?
「フルネームは?」
確認のためにもう一度名を聞いてみる。
「…ウル=オウル」
やはり返事はすぐに返ってきた。 …魅了はしっかりと効いているようですね。
でしたら、もう一度……
「では、ウル=オウル…私のために戦ってくださいます?」
魅了の力をさらに込め、男に命令を下した。
しかしこの男はやはり私の命令に応えない。
間違いなく魅了の支配下にあるはずだというのに。
…面白い。
こんなこと…… いや、こんな男に出会ったのは初めてだ。
彼には間違いなく資質がある。
決めた、彼こそが私の騎士に相応しい。
『見つけたぞッ!ヴァンパイア!!!』 『捕えろ!いや、殺しても構わん!!!』
『あの小僧も仲間か!』 『魔物の仲間なら殺しても構わんッ!』
おや、どうやら追いつかれた様ですわね。
ですが、もう教団の兵など恐るるに足りませんわ。
「ちょッ!ちょっと待ってください!な、なんで僕まで!!!」
私には最高の騎士がいますもの。
「ウル、落ち着きなさいな。 大丈夫、あなたは死にませんわ」
そう、あなたは死なない。
私が…… あなたに力を与えましょう。
「ウル…私、あなたのことが気に入りました。あなた、私の騎士になりなさいな。
私の為に剣を取り、戦い、そして勝つ、無敵の騎士になりなさい」
その為の剣を、力をあなたに与えましょう。
あなたには吸血鬼の力に呑まれない資質がある。
私は一振りの剣を取り出し、彼に与える。
剣の扱いに不慣れなのだろう、彼はバランスを崩しその切先を地に付けた。
「手始めにあの無礼な案山子どもを蹴散らしなさいな」
「無理ですよッ!僕はただの薬師見習いで! 剣なんか扱ったことなんてないんですよッ!」
そう、今まではそうだったのだろう。
だが、これからは違う。
私は彼を引きよせ…… 契約の言葉を宣言した。
「でしたら、今から私があなたの姫に…あなただけの姫なって差し上げます。
そうすればあなたは今から私だけの騎士ですわ」
「何を言って……ンンッ!」
私は、彼と唇を重ねた。
同時に、彼の精神に私と繋がる為の楔を深く、深く打ち込む。
そして繋がったのを確認すると私は彼から唇を離した。
「…契約完了ですわ」
-----------------------------------------------------------------------------------
「…契約完了ですわ」
唇が離れ、彼女の呟きが耳に届く。
…契約? いったい何のことだろうか?
彼女が僕に何をしたのか尋ねようとする。
―その刹那。 体に異変が生じる。
…熱い…
異常とも言える程の熱が体内を駆け巡る。
…熱イ…
心臓が力強く脈打ち、体中に熱を巡らせる。
…アツイ…
脳が沸騰する。
理性を喰らい尽くすかの様に獣性が、戦闘意欲が燃えがる。
…アツイ、アツイ、アツイ、アツイィィィイイイイイイイァァァアアアアァァィィアアアア!!!
アツイ!アツイ!アァァァァアアァァァアァァァァアアアアアァァアアァアァァァ!!!!!…
「ウル、今一度"姫"として"騎士"に命じます。
あの無礼な案山子どもを蹴散らしなさい」
声が聞こえた。
ナンダ?ソレガ、アナタノ、ノゾミカ?
イイダロウ、コタエヨウ。
"姫"の言葉に体が、いや"騎士"が従う。
僕は与えられた剣を握りしめ、兵士たちと対峙する。
『邪魔だッ!小僧!!!』 『お前だけなら見逃してやってもいいんだぜ?』
『さっさと逃げ出したらどうだ?』『構わん、始末しろ』
相対する兵士達が武器を構え、突撃してきた。
この状況、普段の僕なら竦んでろくに抵抗もしないまま殺されるだろう。
…しかし、
"ヒメ"ノノゾミダ、ケチラシテヤロウ。
キサマラノ、ムリョクサヲ、オシエテヤル。
"姫"の言葉に従う、狂気とも言える感情が僕を支配し恐怖も興奮も黒く塗りつぶす。
理解した。
無理でも、無茶でも、無謀でも、やり遂げねばならない。
いや、それは決して無理ではない。
いや、それは決して無茶ではない。
いや、それは決して無謀ではない。
その為の力は"姫"の手で与えられた。
僕は剣を構えた。
『この無礼な案山子どもを蹴散らせ』
先程まで重たく感じた剣が今ではとても軽く感じる。
『この無礼な案山子どもを蹴散らせ』
…ああ、そうか。
『この無礼な案山子どもを蹴散らせ』
これが!この力こそが騎士か!
「ウオォォォオオォォォォオオオォォォォオオオオオォォオォォオオオオォォオオオオオ!!!!!」
僕は、構えた剣を力を込めて振りぬいた。
紅い刃が敵兵の皮を破り裂いた。
肉をブチ撒けた、臓物を引き千切った、骨を噛み砕いた。
剣を振り終え、構え直した頃には、兵士の半分が物言わぬ肉塊と化した。
…当然だ。
こいつらは案山子。
その体を支える信仰は安上がりな十字の組み木。
その頭は勇気を忘れた空のバケツ。
その身に纏った鎧は見栄えだけの襤褸。
騎士たるものの敵ではない。
力の差を見せつけると兵士たちは蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。
「ウル、もういいですよ」
"姫"の言葉を聞くと体を支配していた熱が一気に霧散する。
支配を解かれた僕の目の前に広がるのは現実味のまるでない光景だった。
路上に溢れる大量の肉塊や臓物。
おもわず目をそらした先の壁には、やはり赤い肉が血糊と共に張り付いていた。
そして、人であったモノの放つ悪臭に気分を悪くした僕は胃から逆流してくるモノを吐き出した。
「ウル、落ち着きましたか?」
胃の中身を全て吐き出し、気分が落ち着いた頃に彼女から声をかけられた。
どうやら、僕が落ち着くのを待っていてくれたようだ。
…これ以上彼女に関わるのは危険だと思うのだが、それでも聞かなければならない事がある。
「僕に何をしたんですか」
先程の状態は明らかに異常だった。
おそらく、彼女の言う契約とやらが原因なのだろう。
「説明なら後でしますわ、とりあえず安全な場所に案内していただけます?」
彼女ははそう言って僕の手を取った。
「期待していますわよ、私の騎士様」
背後にばかり気を取られていたが、突如前方から現れた人影からサッと身を隠す。
しかしその様子を見るに、教会からの追っ手ではないようだ。
戦闘用の装備を身に着けていないし、そもそも体つきが戦士のそれではない。
…これは都合がいいかもしれない。
うまく使えば囮くらいにはなるだろう
男は賢明にも異常な事態を察知しこの場から去ろうとする。
だが、そうはさせない。
「そこのあなた、お待ちなさいな」
私は男に声をかけて呼びとめる。
男は振り向くとこちらに気がついた様だ。
「私、暴漢に追われて困っていますの、助けてくださいます?」
魅了の力を込めた言葉を紡ぐ。
質問の形をとっているものの、これは絶対なる命令だ。
だが、期待していた返事はいつまで経っても返ってこない。
「あなた、……私の《魅了》に抗えるのですか?」
それほどの男には見えない。
それに、もし魅了効いてないのならとっくにこの場所から逃げ出しているだろう。
「あなた、お名前は?」
試しに名前を聞いてみる。
「…ウル」
返事はすぐに返ってきた。
この程度の命令なら受けつけるということでしょうか?
「フルネームは?」
確認のためにもう一度名を聞いてみる。
「…ウル=オウル」
やはり返事はすぐに返ってきた。 …魅了はしっかりと効いているようですね。
でしたら、もう一度……
「では、ウル=オウル…私のために戦ってくださいます?」
魅了の力をさらに込め、男に命令を下した。
しかしこの男はやはり私の命令に応えない。
間違いなく魅了の支配下にあるはずだというのに。
…面白い。
こんなこと…… いや、こんな男に出会ったのは初めてだ。
彼には間違いなく資質がある。
決めた、彼こそが私の騎士に相応しい。
『見つけたぞッ!ヴァンパイア!!!』 『捕えろ!いや、殺しても構わん!!!』
『あの小僧も仲間か!』 『魔物の仲間なら殺しても構わんッ!』
おや、どうやら追いつかれた様ですわね。
ですが、もう教団の兵など恐るるに足りませんわ。
「ちょッ!ちょっと待ってください!な、なんで僕まで!!!」
私には最高の騎士がいますもの。
「ウル、落ち着きなさいな。 大丈夫、あなたは死にませんわ」
そう、あなたは死なない。
私が…… あなたに力を与えましょう。
「ウル…私、あなたのことが気に入りました。あなた、私の騎士になりなさいな。
私の為に剣を取り、戦い、そして勝つ、無敵の騎士になりなさい」
その為の剣を、力をあなたに与えましょう。
あなたには吸血鬼の力に呑まれない資質がある。
私は一振りの剣を取り出し、彼に与える。
剣の扱いに不慣れなのだろう、彼はバランスを崩しその切先を地に付けた。
「手始めにあの無礼な案山子どもを蹴散らしなさいな」
「無理ですよッ!僕はただの薬師見習いで! 剣なんか扱ったことなんてないんですよッ!」
そう、今まではそうだったのだろう。
だが、これからは違う。
私は彼を引きよせ…… 契約の言葉を宣言した。
「でしたら、今から私があなたの姫に…あなただけの姫なって差し上げます。
そうすればあなたは今から私だけの騎士ですわ」
「何を言って……ンンッ!」
私は、彼と唇を重ねた。
同時に、彼の精神に私と繋がる為の楔を深く、深く打ち込む。
そして繋がったのを確認すると私は彼から唇を離した。
「…契約完了ですわ」
-----------------------------------------------------------------------------------
「…契約完了ですわ」
唇が離れ、彼女の呟きが耳に届く。
…契約? いったい何のことだろうか?
彼女が僕に何をしたのか尋ねようとする。
―その刹那。 体に異変が生じる。
…熱い…
異常とも言える程の熱が体内を駆け巡る。
…熱イ…
心臓が力強く脈打ち、体中に熱を巡らせる。
…アツイ…
脳が沸騰する。
理性を喰らい尽くすかの様に獣性が、戦闘意欲が燃えがる。
…アツイ、アツイ、アツイ、アツイィィィイイイイイイイァァァアアアアァァィィアアアア!!!
アツイ!アツイ!アァァァァアアァァァアァァァァアアアアアァァアアァアァァァ!!!!!…
「ウル、今一度"姫"として"騎士"に命じます。
あの無礼な案山子どもを蹴散らしなさい」
声が聞こえた。
ナンダ?ソレガ、アナタノ、ノゾミカ?
イイダロウ、コタエヨウ。
"姫"の言葉に体が、いや"騎士"が従う。
僕は与えられた剣を握りしめ、兵士たちと対峙する。
『邪魔だッ!小僧!!!』 『お前だけなら見逃してやってもいいんだぜ?』
『さっさと逃げ出したらどうだ?』『構わん、始末しろ』
相対する兵士達が武器を構え、突撃してきた。
この状況、普段の僕なら竦んでろくに抵抗もしないまま殺されるだろう。
…しかし、
"ヒメ"ノノゾミダ、ケチラシテヤロウ。
キサマラノ、ムリョクサヲ、オシエテヤル。
"姫"の言葉に従う、狂気とも言える感情が僕を支配し恐怖も興奮も黒く塗りつぶす。
理解した。
無理でも、無茶でも、無謀でも、やり遂げねばならない。
いや、それは決して無理ではない。
いや、それは決して無茶ではない。
いや、それは決して無謀ではない。
その為の力は"姫"の手で与えられた。
僕は剣を構えた。
『この無礼な案山子どもを蹴散らせ』
先程まで重たく感じた剣が今ではとても軽く感じる。
『この無礼な案山子どもを蹴散らせ』
…ああ、そうか。
『この無礼な案山子どもを蹴散らせ』
これが!この力こそが騎士か!
「ウオォォォオオォォォォオオオォォォォオオオオオォォオォォオオオオォォオオオオオ!!!!!」
僕は、構えた剣を力を込めて振りぬいた。
紅い刃が敵兵の皮を破り裂いた。
肉をブチ撒けた、臓物を引き千切った、骨を噛み砕いた。
剣を振り終え、構え直した頃には、兵士の半分が物言わぬ肉塊と化した。
…当然だ。
こいつらは案山子。
その体を支える信仰は安上がりな十字の組み木。
その頭は勇気を忘れた空のバケツ。
その身に纏った鎧は見栄えだけの襤褸。
騎士たるものの敵ではない。
力の差を見せつけると兵士たちは蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。
「ウル、もういいですよ」
"姫"の言葉を聞くと体を支配していた熱が一気に霧散する。
支配を解かれた僕の目の前に広がるのは現実味のまるでない光景だった。
路上に溢れる大量の肉塊や臓物。
おもわず目をそらした先の壁には、やはり赤い肉が血糊と共に張り付いていた。
そして、人であったモノの放つ悪臭に気分を悪くした僕は胃から逆流してくるモノを吐き出した。
「ウル、落ち着きましたか?」
胃の中身を全て吐き出し、気分が落ち着いた頃に彼女から声をかけられた。
どうやら、僕が落ち着くのを待っていてくれたようだ。
…これ以上彼女に関わるのは危険だと思うのだが、それでも聞かなければならない事がある。
「僕に何をしたんですか」
先程の状態は明らかに異常だった。
おそらく、彼女の言う契約とやらが原因なのだろう。
「説明なら後でしますわ、とりあえず安全な場所に案内していただけます?」
彼女ははそう言って僕の手を取った。
「期待していますわよ、私の騎士様」
10/05/30 03:42更新 / 植木鉢
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