序章 その4 『邂逅、姫と騎士』
人と魔物が共に暮らす街『リブルジェス』
それが魔女とその弟子の目的地だ。
その街のサバト支部に彼らは所属している。
元々、この周辺の地域に住む殆どの人々は魔物に対して中立的な考えを持っていた。
そこで、サバトは勢力拡大のために『リブルジェス』に支部を建てた。
…のだが、教団も同じことを考えていたらしくほぼ同時期に教会も建てられていた。
つまり、この街には相容れぬ二つの組織が存在するという事だ。
街の北にある教団支部と、街の南にあるサバト支部。
双方共に新たな信者を獲得すべく、この街では二つの組織による布教合戦が連日連夜行われいる。
二人は街へと辿り着いた。
魔女はサバトへ、弟子は商業区へとそれぞれのすべきことのために一時的に別れることにした。
「じゃあ、わたしはサバトに向かうけどウル君…… 一人で大丈夫?」
別れる前に、確認するように師匠は僕に尋ねる。
その瞳は心配そうに僕を見上げる。
「大丈夫ですよ、今日が初めてじゃあないんですから」
「でも心配だよ…… もし危険な目にあったらサバトまで来るんだよ、教団には気をつけてね」
「わかりました、師匠もお気をつけください」
心配性の師匠の見送った僕は街の商業区へ向かった。
------------------------------------------------------------------------------------
逃亡者は兵士達による追撃から身を躱しつつ路地を駆けて行く。
「…やれやれ、まだ追ってくるんですの?」
隙を見つけて拾った小石を背後から迫りくる兵に人外の力で投げつける。
命中した石の飛礫は兵の肉を抉ると力を失い、石畳の上に落ちた。
『あ、あ、あぁぁあああぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁ、あああぁぁあああぁあああぁあぁぁぁあ!!!』
悲鳴が聞こえた、遅れてこちらに無数の矢が放たれる。
私は気にせずに路地の奥へと進んでいく。
そして、私は遂に大通りの手前まで…
陽の射す場所へと追いつめられた。
正直、彼らの事を甘く見ていた。
夜の間は自身の力を行使すれば容易く逃げ切れる。
朝になったら自身の陽光によって魔力が霧散する性質を利用して探知の目を眩ませ、身を隠せばいい。
…そう思っていたのだが、実際はどうだろうか?
逃げ切ることも隠れることもできずに、いまだ追跡者に追われ続けている。
その動きも闇雲に追ってきているわけではなく、こちらの動きを的確に見抜いて追ってくる。
また、彼らの会話の内容から察するに自分がヴァンパイアであることも見抜かれているようだ。
「どうやら、相当に優秀な指揮官がいるようですわね…」
このままでは逃げ切るのは難しいだろう。
ならば、撃退するか? …それも難しい。
影に身を隠せば力を使えるといっても完全ではない。
あくまで吸血鬼の時間とは夜なのだ。
だが、このまま時間が経過して陽が高くなれば自分はますます不利になる。
行動を起こすなら早い方がいい。
そんなときだった。
路地に迷い込んできた一人の男性を見つけたのは……
------------------------------------------------------------------------------------
師匠と別れてから……
途中ですれ違った知り合いに挨拶などをしつつも、僕は街の商業区までやってきた。
さて、商業区までやってきたわけだが、サバトの秘薬を堂々と販売するわけにはいかない。
この辺りは中立地域といっても、一応この街は教団の息の掛かった街なのだ。
僕は人目を避けるように路地に入った。
この街の路地裏はちょっとしたブラック・マーケットになっている。 …はずなのだが、
「……誰もいない」
注意深く辺りを見回してみるがやはり誰もいない。
いつもなら明らかに堅気ではない人間や魔物娘たちが声をあげて客引きをしているというのに今日は人気が全くない。
しかし、路上には様々な品が散乱している。
つまり、この場で商品を捨てて逃げざるを得ない何かが起きたのだろう。 …厄介事は御免だ。
「…サバトに行こうか」
師匠にも散々注意されたのだし、ここは素直にきびすを返し日常に戻るべきだろう。
「そこのあなた、お待ちなさいな」
不意に声をかけられた。
振り返ると先ほどは気がつかなかったが路地の影の中に黒衣をまとった少女が立っていた。
「私、暴漢に追われて困っていますの、助けてくださいます?」
愛らしい仕草におもわず「はい」と言いたくなるのをぐっと堪える。
この異変に間違いなく彼女は関わっているだろう。
…ひょっとすると彼女が原因かもしれない。
トラブルを避けるなら逃げ出すのが正解なのだろう。
しかし、僕の足は地面に貼りついたように持ち上がらない。
「あなた、……私の《魅了》に抗えるのですか?」
僕が動けないでいると彼女のほうから歩み寄ってきた。
「あなた、お名前は?」
「…ウル」
紅い瞳に見つめられると僕の口は意に反して言葉を発する。
「フルネームは?」
「…ウル=オウル」
「では、ウル=オウル…私のために戦ってくださいます?」
いつの間にか助けるが戦うに変わっている、戦うなんて冗談じゃあない。
僕は震える唇を噛み締め言葉を殺す。
そんな僕が可笑しかったのか彼女はくすくすと笑いだした、すると体を縛っていた力がふっと消えた。
『見つけたぞッ!ヴァンパイア!!!』 『捕えろ!いや、殺しても構わん!!!』
『あの小僧も仲間か!』 『魔物の仲間なら殺しても構わんッ!』
路地の向こうから怒鳴り声が聞こえた。
目をやると教団の装備を身に付けた兵士が路地になだれこんでくる。
ヴァンパイアとはどうやらこの黒衣の少女のことのようだ。
…というか、今、僕の事も殺すって言いましたか?
「ちょッ!ちょっと待ってください!な、なんで僕まで!!!」
「ウル、落ち着きなさいな。 大丈夫、あなたは死にませんわ」
彼女は絶体絶命であろうこの状況でなおも笑い続ける。
そして、笑うのをやめると落ち着いた声で僕に言った。
「ウル…私、あなたのことが気に入りました。あなた、私の騎士になりなさいな。
私の為に剣を取り、戦い、そして勝つ、無敵の騎士になりなさい」
そう言うと、彼女はどこからともなく一振りの剣を取り出し僕に手渡した。
紅く煌く刀身は重たく、手放しはしなかったものの僕にこれを振るうことはできそうにない。
「手始めにあの無礼な案山子どもを蹴散らしなさいな」
「無理ですよッ!僕はただの薬師見習いで! 剣なんか扱ったことなんてないんですよッ!」
そう、無理だ。
剣の重さに翻弄されるような男に戦うなんてできるとは思えない。
そのように文句を言ってやると彼女は細い腕で僕を抱き寄せた。
「でしたら、今から私があなたの姫に…あなただけの姫なって差し上げます。
そうすればあなたは今から私だけの騎士ですわ」
「何を言って……ンンッ!」
僕の口が発した言葉は言い終える前に彼女の唇に遮られた。
唇から感じる柔らかい感触に戸惑うが、それと同時に何とも不思議な気分になる。
…そして、唇が離れると同時に彼女は呟いた。
「…契約完了ですわ」
それが魔女とその弟子の目的地だ。
その街のサバト支部に彼らは所属している。
元々、この周辺の地域に住む殆どの人々は魔物に対して中立的な考えを持っていた。
そこで、サバトは勢力拡大のために『リブルジェス』に支部を建てた。
…のだが、教団も同じことを考えていたらしくほぼ同時期に教会も建てられていた。
つまり、この街には相容れぬ二つの組織が存在するという事だ。
街の北にある教団支部と、街の南にあるサバト支部。
双方共に新たな信者を獲得すべく、この街では二つの組織による布教合戦が連日連夜行われいる。
二人は街へと辿り着いた。
魔女はサバトへ、弟子は商業区へとそれぞれのすべきことのために一時的に別れることにした。
「じゃあ、わたしはサバトに向かうけどウル君…… 一人で大丈夫?」
別れる前に、確認するように師匠は僕に尋ねる。
その瞳は心配そうに僕を見上げる。
「大丈夫ですよ、今日が初めてじゃあないんですから」
「でも心配だよ…… もし危険な目にあったらサバトまで来るんだよ、教団には気をつけてね」
「わかりました、師匠もお気をつけください」
心配性の師匠の見送った僕は街の商業区へ向かった。
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逃亡者は兵士達による追撃から身を躱しつつ路地を駆けて行く。
「…やれやれ、まだ追ってくるんですの?」
隙を見つけて拾った小石を背後から迫りくる兵に人外の力で投げつける。
命中した石の飛礫は兵の肉を抉ると力を失い、石畳の上に落ちた。
『あ、あ、あぁぁあああぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁ、あああぁぁあああぁあああぁあぁぁぁあ!!!』
悲鳴が聞こえた、遅れてこちらに無数の矢が放たれる。
私は気にせずに路地の奥へと進んでいく。
そして、私は遂に大通りの手前まで…
陽の射す場所へと追いつめられた。
正直、彼らの事を甘く見ていた。
夜の間は自身の力を行使すれば容易く逃げ切れる。
朝になったら自身の陽光によって魔力が霧散する性質を利用して探知の目を眩ませ、身を隠せばいい。
…そう思っていたのだが、実際はどうだろうか?
逃げ切ることも隠れることもできずに、いまだ追跡者に追われ続けている。
その動きも闇雲に追ってきているわけではなく、こちらの動きを的確に見抜いて追ってくる。
また、彼らの会話の内容から察するに自分がヴァンパイアであることも見抜かれているようだ。
「どうやら、相当に優秀な指揮官がいるようですわね…」
このままでは逃げ切るのは難しいだろう。
ならば、撃退するか? …それも難しい。
影に身を隠せば力を使えるといっても完全ではない。
あくまで吸血鬼の時間とは夜なのだ。
だが、このまま時間が経過して陽が高くなれば自分はますます不利になる。
行動を起こすなら早い方がいい。
そんなときだった。
路地に迷い込んできた一人の男性を見つけたのは……
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師匠と別れてから……
途中ですれ違った知り合いに挨拶などをしつつも、僕は街の商業区までやってきた。
さて、商業区までやってきたわけだが、サバトの秘薬を堂々と販売するわけにはいかない。
この辺りは中立地域といっても、一応この街は教団の息の掛かった街なのだ。
僕は人目を避けるように路地に入った。
この街の路地裏はちょっとしたブラック・マーケットになっている。 …はずなのだが、
「……誰もいない」
注意深く辺りを見回してみるがやはり誰もいない。
いつもなら明らかに堅気ではない人間や魔物娘たちが声をあげて客引きをしているというのに今日は人気が全くない。
しかし、路上には様々な品が散乱している。
つまり、この場で商品を捨てて逃げざるを得ない何かが起きたのだろう。 …厄介事は御免だ。
「…サバトに行こうか」
師匠にも散々注意されたのだし、ここは素直にきびすを返し日常に戻るべきだろう。
「そこのあなた、お待ちなさいな」
不意に声をかけられた。
振り返ると先ほどは気がつかなかったが路地の影の中に黒衣をまとった少女が立っていた。
「私、暴漢に追われて困っていますの、助けてくださいます?」
愛らしい仕草におもわず「はい」と言いたくなるのをぐっと堪える。
この異変に間違いなく彼女は関わっているだろう。
…ひょっとすると彼女が原因かもしれない。
トラブルを避けるなら逃げ出すのが正解なのだろう。
しかし、僕の足は地面に貼りついたように持ち上がらない。
「あなた、……私の《魅了》に抗えるのですか?」
僕が動けないでいると彼女のほうから歩み寄ってきた。
「あなた、お名前は?」
「…ウル」
紅い瞳に見つめられると僕の口は意に反して言葉を発する。
「フルネームは?」
「…ウル=オウル」
「では、ウル=オウル…私のために戦ってくださいます?」
いつの間にか助けるが戦うに変わっている、戦うなんて冗談じゃあない。
僕は震える唇を噛み締め言葉を殺す。
そんな僕が可笑しかったのか彼女はくすくすと笑いだした、すると体を縛っていた力がふっと消えた。
『見つけたぞッ!ヴァンパイア!!!』 『捕えろ!いや、殺しても構わん!!!』
『あの小僧も仲間か!』 『魔物の仲間なら殺しても構わんッ!』
路地の向こうから怒鳴り声が聞こえた。
目をやると教団の装備を身に付けた兵士が路地になだれこんでくる。
ヴァンパイアとはどうやらこの黒衣の少女のことのようだ。
…というか、今、僕の事も殺すって言いましたか?
「ちょッ!ちょっと待ってください!な、なんで僕まで!!!」
「ウル、落ち着きなさいな。 大丈夫、あなたは死にませんわ」
彼女は絶体絶命であろうこの状況でなおも笑い続ける。
そして、笑うのをやめると落ち着いた声で僕に言った。
「ウル…私、あなたのことが気に入りました。あなた、私の騎士になりなさいな。
私の為に剣を取り、戦い、そして勝つ、無敵の騎士になりなさい」
そう言うと、彼女はどこからともなく一振りの剣を取り出し僕に手渡した。
紅く煌く刀身は重たく、手放しはしなかったものの僕にこれを振るうことはできそうにない。
「手始めにあの無礼な案山子どもを蹴散らしなさいな」
「無理ですよッ!僕はただの薬師見習いで! 剣なんか扱ったことなんてないんですよッ!」
そう、無理だ。
剣の重さに翻弄されるような男に戦うなんてできるとは思えない。
そのように文句を言ってやると彼女は細い腕で僕を抱き寄せた。
「でしたら、今から私があなたの姫に…あなただけの姫なって差し上げます。
そうすればあなたは今から私だけの騎士ですわ」
「何を言って……ンンッ!」
僕の口が発した言葉は言い終える前に彼女の唇に遮られた。
唇から感じる柔らかい感触に戸惑うが、それと同時に何とも不思議な気分になる。
…そして、唇が離れると同時に彼女は呟いた。
「…契約完了ですわ」
10/05/31 16:03更新 / 植木鉢
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