連載小説
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出勤までに色々なことがあり過ぎた二人
 あぬさんのブラをゴミ箱から見つけた後、あぬさんは短パンとTシャツというラフな格好になった。下着丸出しで彷徨かれてもこっちが困るから本当に助かった。

 それにしても、ラフな格好のあぬさんも可愛い。俺は昨日こんな可愛い人を抱いたのか...... いや!思い出すのはやめよう。

 そして今現在、俺はあぬさんと一緒に歯磨きをしている。洗ってない食器だらけのシンクで。

 当然、俺が望んであぬさんと歯磨きしている訳ではない。俺が先に歯磨きしてたら、途中であぬさんが「私もしますー」と気の抜けた声で俺の隣に来たのだ。

 まあ、不思議と悪い気分はしないのだが。

 やがて、あぬさんは俺より先に歯磨きを終え、水道水を口に含み、口の中でぐちゅぐちゅと洗濯機のように回しながら、歯磨き粉を水道水と共に吐き出した。

 俺より後に磨き始めて、俺より早く終わるって...... あぬさんが適当に歯を磨いたのか?それとも俺が神経質過ぎるだけか?

「正志さん、磨くの遅くないですかー?」
「あにゅしゃんが早しゅぎるんでしゅ」

 俺はあぬさんの何気ない煽りに、思わず歯磨き粉と歯ブラシを口に含んだ喋りにくい状態で反論する。

 あぬさんはそんな俺の様子を笑ってる。それでも何故だか憎めない。むしろこの笑顔を守りたくなる。

「うがいしてから喋ってくださーい」

 あぬさんのちょっとうざい言い方にまたしても反論しそうになったが、また笑われそうなので、一呼吸置いてから水道水を口に含み、口の中の歯磨き粉を水道水と共に吐き出した。

 さっきまで実は気持ち悪かった口の中がスッキリした。

 良い子のみんなは歯磨きをしっかりしようね!

「誰に言ってるんですかー?」
「......あぬさんって実は心読めたりします?」


ーーーーーーーーー

 
 歯磨きの後は朝ご飯だ。ただここはあぬさん家だ。郷に入っては郷に従え。ただ今回の郷は危険地帯だ。

 ズボラなあぬさんに料理なんて出来ないことはキッチンとシンクの惨状を見れば明らかだ。せめてアレを。

 トースト。せめてトーストを焼いてくれ!トースターと食パンさえあれば、馬鹿でも作れて、マーガリンを塗ればもう絶品!朝はパン!パンパパン!でお馴染みの国民食!

 頼むあぬさん!いくらズボラでもトーストはあると言ってくれ!!

「えーっと、どこにいったのかなー?」

 って思ってる側からなんか衣服の山を掻き分けて探してるー!食べ物が埋まってる可能性があるって、それはもはや冬眠から目覚めて貯蔵した食べ物を探す動物じゃないですか!あなたアヌビスでしょ!?

「あったー!食パーン!」

 出てきたー!ありえない所から食パン出てきたー!でもまあ、これで後はトースターとマーガリンがあれば大丈夫!流石のあぬさんでも食パンがあるならマーガリンもトースターもある筈。

「いただきまーす!」
「ってそのまま!?」
「美味しいー!やっぱり朝はパンですねー!」

 食パンは封を開けていない新品だった。あぬさんはそれを衣服から掘り起こし、封を開けて食パンを一枚取り出し食べた。焼けよ!!

「あぬさん、俺トーストが良いんですけど......」
「すいません、トースター壊れちゃってて......」
「そうですか......」
「でも、このままでも美味しいですよー?」
「それはまあ......そうですけど?」
「正志さんも食べましょうー、はい」
「ああ、どうも......」

 俺はあぬさんから食パンを一枚受け取り、一口食べた。美味い。美味いけどさ...... 社会人の朝ご飯がこれで良いのか?

「私は全然構わないですけどねー」
「やっぱ心読めてますよね!?あぬさん!!」


ーーーーーーーーーー


 あぬさんと食パンを食べた後に時計を見たら、7時だった。そして沖縄支社は9時ぐらいに会社にいればいい。おまけに沖縄支社はこの社宅からすぐ近くにある。色々なことが東京の本社とはえらい違いだ。

 なので、俺とあぬさんは出勤時間までの間、テレビを見たり、スマホをいじったりとダラダラしている。

 東京にいた時はこんなに何もしないことはなかったが。あぬさんのズボラが移ったかな?

 すると、衣服の山に寝そべってテレビを見つつ、スマホをいじっていたあぬさんが立ち上がる。

「私お茶飲みますけどー、正志さんもいりますかー?」
「ああ、いただきます」
「はーい」

 軽い返事の後にあぬさんはキッチンにある小型冷蔵庫から2Lのペットボトルの薄い麦茶のようなものを出した。ズボラなあぬさんのことだから、何となくティーパックとかで作らず、ペットボトルな気はしていた。それにしても随分色の薄い麦茶だな?

「あぬさん、それ麦茶、なんか色が薄くないですか?」
「えっ?ああ、これは麦茶じゃないですよー?」
「麦茶じゃない?あ!もしかしてさんぴん茶ですか?」
「そうですよー、氷は入れますー?」
「多めにください」

 あぬさんはキッチンの引き出しからコップを二つ取り出した後、冷蔵庫から氷も取り出し、二つのコップに入れた。二つの内一つにはコップ一杯まで氷が入っている。絶対俺のだ。そして、沖縄名物のお茶であるさんぴん茶を氷が入ったコップに注いでいった。

 そして、あぬさんは二杯のキンキンに冷えているであろうさんぴん茶を俺もいるテーブルに置いた。

「正志さんどうぞー、氷いっぱい入れときましたー」
「ありがとうございます」

 俺はあぬさんに礼を言うとこのキンキンに冷えたさんぴん茶を一気に飲み干そうとコップに口をつけた。

「あのー」
「ん、はい?」

 俺の口にさんぴん茶が入る直前にあぬさんが自分のコップを俺の方に向けながら、何故か緊張した面持ちになった。

「せっかくですしー、乾杯しませーん?」

 乾杯?朝にさんぴん茶で乾杯?これも沖縄の習慣なのか?それともあぬさんの習慣?っていうかなんでそんな緊張してるというか、ソワソワしてるというか......ただの乾杯でしょ?

「まあ、別に良いですけど?」
「良かったー!じゃあ改めまして!正志さんもグラスを!」
「えっ?はい」

 俺はあぬさんに言われるがまま、グラス?を上に上げた。コップででしょ?

「正志さんも私の言う音頭を復唱してくださーい!」
「わ、分かりました」

 あぬさんには悪いけど、やっぱめんどくせぇ。たかだかお茶飲むのに音頭って。

 そして、何故かさっきから緊張の面持ちのあぬさんは深呼吸をした。ただの乾杯の音頭でしょ?そんなに緊張することか?

「正志さんの沖縄異動記念とー!」
「俺の沖縄異動記念とー」

 あぬさん、その言い方だと皮肉にも聞こえちゃうよ。俺だから良いけど。

「正志さんの沖縄支社初勤務記念とー!」
「俺の沖縄支社初勤務記念とー」

 まだ勤務前だよあぬさん。何なら俺は自分の社宅にも入れてないよ。

「そしてー!」

 お!いよいよ乾杯かな?なんか緊張してるように見えるけど。というか早く飲みたい。

「私と正志の結婚記念日にー!」
「俺とあぬさんの結婚きね......ってなにっ!?」
「乾杯ー!」

 ひとしきり音頭を言い終えると、慌てる俺を他所に俺のコップと自身のコップを合わせ、冷たいさんぴん茶を飲み干した。

 しかし、俺はすぐに冷静さを取り戻した。一つの懸念点を頭に浮かべながら。

「プハッー!やっぱ乾杯は良いもんですねー」
「いやぁ、結婚記念日って......いくら二人だけの乾杯の音頭だからって適当なこと言い過ぎでしょー」

 俺は笑いながら、結婚記念日発言はあぬさんの冗談と判断し、キンキンに冷えたさんぴん茶を飲み干そうと、一気に口にコップを傾けた。

「冗談ではないですよー? 昨日自分が何をしたかお忘れですかー?」
「ブフウウウウウウウウウウウウウ!!!!」

 俺はあぬさんの重みのある言葉に飲んでいたさんぴん茶を思いっきり吹き出してしまった。人様の家で申し訳ない......

 いや!今はそれどころではない!俺は今、人生最大のピンチを迎えている!

「私とー、エッチしましたよねー?」
「い、いや......それは......」

 いや、確かに俺は色々あってあぬさんを抱いたよ!抱いてしまったよ!でもそれはあぬさんが急に発情したからであって——

「確かに襲い掛かったのは私ですけどー」
「ひっ!?なんか読まれた!?」

 やっぱり心読めるってこの人!!勘が鋭いなんて次元超えてるって!!超能力に片足突っ込んでるって!!

「でもー、最後辺りは正志さんからー、私に襲い掛かりましたよねー?」
「うっ!?」
「しかもー、ゴムも付けずにー、中出ししましたよねー?」
「いや......あの.......」
「私、初めてだったんですよー?」

 俺は今すぐここから逃げ出したい。だが、男としての責任感と罪悪感、そして、さっきまでと同一人物に思えない威圧感を放ってるあぬさんのせいで足が動かない。怖い、怖ぇよ......

「忘れてるようですがー、私はアヌビス。魔物娘なんですー......」
「は、はい......」
「初めてを奪った男をー、みすみす逃す訳ないじゃないですかー?」

 俺は身の危険を感じ、後退りするが、無情にもリビングと短い廊下を挟む白いドアは閉じられており、俺を逃すまいと通せんぼする。

「逃げようとしてもー、無駄ですよー?正志さんの匂いはー、完全に覚えましたからー」
「ひぃぃぃ!?」

 またしても俺の心を読んだのか、後退りする俺を白いドアに追い込むようにゆっくりとあぬさんが迫ってくる。その顔は恍惚としているが、俺を見る目はアレだ......捕食者の目だ!

「それとー」
「はい!
「実は私、昨日ー、危険日でしたー!」
「えええええっ!?」

 嘘だろ〜〜!!じゃあ、あぬさんのお腹に!!俺とあぬさんの!!

「赤ちゃん、出来てるかもしれないですー」
「あああああ......」
「もしも、出来てたらー、言うまでもなくー、正志さんと私の赤ちゃんなんでー」
「は、はい......」

 あぬさんが次に言おうとしてることは分かる。あの台詞しかない!ドラマとかでしか聞いたことがないけど!!

 なんて悪寒をしていると、あぬさんという狂犬が座り込む俺に目線を合わせた。その目はもう捕食者ではない......殺人者の目だ!

「正志さーん」
「はい......」











































「責任、取ってくださーい♪」

 恐怖で脳も身体も機能しない。自分のしでかしたことが走馬灯のように駆け巡る。あぬさんにキザな慰めを言わなければ、あぬさんの部屋に入らなければ、そもそも沖縄に来なければ......こんなことには......

 ああ......目の前が真っ暗に......














































「なーんちゃってー♪」
「えっ?」
「冗談ですよー!私そんなに怖かったですかー?」

 目の前の世界に色が戻った。あぬさんの戻った。というか冗談?

 さっきまで俺の心を埋め尽くしていた恐怖心が消え、代わりに違う感情が押し寄せてきた。

「どっから......」
「正志さん?」
「どっからどこまでが冗談じゃボケェエエエエエエエエエエ!!!!!」
「ひえええええええええええええええええ!!!!ごめんなさいいいいいいいいいいいい!!!!!」

ーーーーーーーーーー

 俺はひとしきり思いの丈をあぬさんにぶつけた後、シュンとしているあぬさんをテーブルの前に座らせ、俺はあぬさんの向かいに座った。理由もなくこんな心臓に悪い冗談を言う訳がない。っていうか理由がなかったら納得出来ない。

「で、なんであんな冗談を?」
「すいません......私どうかしてました......」
「いやまあ、俺があぬさんに手を出したのも紛れもない事実なんで、全てが冗談というわけではないでしょう?」
「まあ......それはー......」

 あぬさんは俯いているが、その表情は明らかにまだ言いたいことがある様子だった。マイペースというか飄々としてるというか、考えが読めないあぬさんもこういう顔することがあるんだ。ちょっと意外だ。

 だが、あぬさんが言いたいことが薄々分かっている。さっきはビビり倒してしまったが、俺も男だ。取るべき責任は取ろう。

「あぬさん。俺はもう腹を括りました」
「えっ、正志さん?それはどういう?」

 さあ、言うんだ伊藤正志!!

「結婚しましょう」
「へえええ!?」

 言った!俺は言ったんだ!こんな綺麗な人に!俺なんかには不釣り合いのあぬさんに!プロポーズをしたんだ!

 まあ、完全なる成り行き婚というか、今後のことを考えたら出来ちゃった結婚というだが。

 俺の魂のプロポーズにあぬさんは困惑している様子だった。顔も真っ赤で戸惑う姿は可愛い。

「さっきの捕食者だったあぬさんの言ってることはもっともです。俺は責任を取るべきだ」
「捕食者!?」
「はい、そんな目をしていました」
「改めてすいません......」

 またしてもあぬさんは少し俯いてしまった。やはりいくら怖くても女性に対して捕食者というのは失礼だったか?

「それじゃあ、仕事終わりに婚姻届けを......」
「いやあの、大丈夫です!」
「えっ?大丈夫、と言いますと?」
「結婚って、そんな無理にというか、責任感だけでするものじゃないですから」

 美し過ぎる正論だ......だけど、いいのか?しれっと俺のプロポーズが振られてるし!なんか複雑!

「そうですか......」
「だから!まずはお付き合いから!」
「えっ?」

 俺は戸惑いながらもあぬさんの顔を見ると、顔は真っ赤だった。まさか告白され返されるとは。

「私!正志さんのこと!好きです!会ったばかりでおかしなこと言ってるとは思うんですけど、空港で会った時から一目惚れしました!」
「ええっ!?......その告白は冗談では......」
「ないです!早く仲良くなりたくて、初対面なのに正志さんって呼んでみたり、正志さんの部屋の鍵を無くしたことを理由に私の部屋に連れ込みました!」

 マジか!初対面から下の名前で呼ぶのって、沖縄の文化だと思ってた。ていうか、あぬさんの告白がまるで罪の告白のように聞こえる。

「そうだったんですか......ちなみにその俺の部屋の鍵って」
「それはー、本当に無くしちゃって......」
「ああ、そうですか......」

 鍵を無くしたのは嘘というか建前であってほしかったな。まあ、今この状況の前ではどうでも良いことだが。

「それでー、正志さんは私のこと、どう思ってます、か?」
「俺は......」

 あぬさんが顔も耳も真っ赤にして俯いている。どうやら本当に冗談とかではないようだ。

 あぬさんとはまだ会って一日だし、しかも色々すっ飛ばして肉体関係まで持ってしまっている。それに俺はまだあぬさんがどんな人か殆ど知らない。分かっているのは超絶ズボラで結構ドジ。マイペースというか飄々としている。これぐらいだ。

 だからこそ、俺はあぬさんのことをもっと知りたい。

「あぬさんのことをもっと知りたいです」
「えっ?それって!」
「俺で良かったらお付き合いしてください」
「!!はい!お願いします!」
「おお!?」

 あぬさんは目に涙を浮かべながら、満面の笑みで俺に抱きついてきた。可愛い。

ーーーーーーーーーーー

 こうして俺とあぬさんはカップルになった。さっきまで暇だった出勤時間までのダラダラが、あぬさんとのイチャイチャに変わった。ほぼあぬさんの方から仕掛けてくるんだ。

 そういえば、イチャイチャしている時に気付いたが、あぬさんは基本間延びした緩い喋り方をするが、さっきの告白みたいに真剣な状況の時は喋り方も真剣になる。このことをあぬさんに言ったら、「よく言われますー」と基本の間延び口調で返ってきた。

 そして、出勤時間がやってきた。あぬさんは名残り惜しそうな顔で俺から離れて、俺と一緒に着替えた。裸体も見合ったし、今は恋人通しだし、もう気を使う必要はないかなって。さっきあぬさんだって似たようなことを言ってたし。

 俺は東京の本社に勤めてた時と同じスーツに着替え、あぬさんは白のかりゆしウェアに下は紺の薄いズボンに着替えていた。昨日と全く同じ服装だ。東京にいた俺からすれば、おおよそ会社に行く格好ではない。さすが沖縄。

「本当にスーツで行くんですかー?」
「まあ、これしかないんで」
「なら、今度休みの日にー、かりゆしウェアを一緒に買いに行きましょー」
「おお、それってまるで......」
「私と正志さんの初デートでーす♥、お楽しみにー♥」

 普段の態度からは色っぽさを感じないあぬさんだが、ギャルゲーのような台詞を言うと、途端にドキドキさせられる。恋人になったばかりの俺には破壊力が結構すごい。

「それじゃあ、会社に行きましょー」
「はい!」

 あぬさんのおかげで楽しい沖縄生活になる。そんな気がする。

「ん?」
「あぬさん?」

 なんて思ってると、玄関で靴を履いているあぬさんの方から何やら金属が落ちる音が聞こえた。

「あー!正志さんの部屋の鍵ー!」
「ええっ!?あれだけ探してなかったのに!これどこから?」
「この胸ポケットからですー......」
「えっ?」

 ってことはだよ、昨日あぬさんと出会って時から既に部屋の鍵はあったってことだよね?

「すいません、胸ポケットの存在を忘れてました......」
「うん、見つかって良かったです」

 もう色々あり過ぎて、言葉が出てこない。

 まあ、鍵が見つからなかったから、あぬさんと交際することになったと考えれば、良いか......

続く......
25/07/21 20:48更新 / 魔物娘愛好家
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■作者メッセージ
ここまで読んで頂きありがとうございます!!🙇
大変お待たせ致しました!!🙇
そして、自分史上最も長文になりました!!😅
一応まだ続くのでよろしくお願いします!🙇
良ければ感想をお願いします!🙇

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