幽明兄妹と、可笑しな烏天狗(前編)
隔壁の街の、小さな新聞社。
薄暗い部屋の中で、一人の少女が難しい表情でノートを睨んでいた。
少女の姿を端的に表すならば、まさに漆黒という言葉が相応しい。
墨染の様な美しい黒髪。腕の代わりに彼女の双肩から生えている羽は、彼女がハーピィ系の魔物であることを示している。
切れ長の瞳は彼女の種族の猛禽類の様な性格を良く表しており、男には魅力的に映ることだろう。
彼女の名は黒恵(くろえ)。カラステングである。
普段は底抜けの明るさから、周囲に笑顔を提供している彼女は、本日は大変不機嫌な様子で、ノートに文章を書いては消し、書いては消しを繰り返していた。
「あーっ!ダメだ!!何一つ良いネタが見つからない!」
どうやらネタ詰まりらしく、苛立ちを誰も居ない空間に吐き出す黒恵。
「ワーシープのカーリーさんが子どもを生んだ話……は先週号でやったし……、メロウのフルールさんの恋愛相談……はチラシの裏にでも書いてろってハナシだし……、次期領主への密着取材……なんて魔物の皆は興味湧かないわよね……」
ノートとにらめっこをしながら、あれでもない、これでもないと独り言を呟く姿は、端からみたら危ない人だろう。
と、その時、黒恵の部屋に一人の魔物が入ってきた。
「黒恵さん!ネタ持ってきましたよ!」
ネコマタと思わしき猫耳の少女は、お手柄といった表情で黒恵に一冊のノートを渡す。
「どうしたの、縁珠。何か事件でもあったの?」
黒恵はぞんざいな口調で、部屋に飛び込んできたネコマタに訊く。
彼女の助手である縁珠は黒恵を慕っており、新聞を作る手伝いをよくしてくれているが、何分おっちょこちょいで持ってくるネタもあまり期待が出来ない。
「ええ、大事件ですよ!あの盗賊達の事なんですけど」
そこまで聞いて、黒恵は半ば失望した。
「またあの盗賊の記事?もう3週間もそれ載せてるじゃない。そんな使い古されたネタじゃなくてもっとホットな記事が書きたいのよ」
「人の話は最後まで聞いて下さいよ」
話を途中で切られた縁珠は若干不機嫌になりながらも、話を続ける。
黒恵は呆れた表情をしている縁珠を見て、殴りたくなったが、その衝動をグッと堪えて次の言葉を待つ。
「その盗賊達が捕まったらしいんですよ!今朝警備隊の人に取材して裏も取ったから間違いありません!」
「ウソ…、捕まったの!?誰も捕まえられなかったのに!?」
さすがに驚きを隠し得なかったのか、思わず瞳孔が開く黒恵。
「一体どこの誰!?今まで誰一人として敵わなかったのに!」
「あの、それが……」
黒恵の質問に、助手は言葉を濁らせる。
「北の教会に滞在している二人組の旅人らしいです」
「旅人…?なら急がなくちゃいけないじゃない!もたもたしてたら街から出ていくかもしれないわ!」
黒恵は取材道具をカバンに詰め込み、縁珠を押しのけて部屋から出ていく。
「あ、黒恵さん。私も…」
「アンタはここで留守番!一面の見出しでも考えていなさい!」
そう言い残すと、黒恵は窓から飛び出して真っ直ぐ北の教会をと飛んでいった。
「ラクスさん、ロードさん。お昼御飯は何にしますか?」
控えめなノックと共に部屋の扉が開かれ、ラッテさんが入ってくる。
「朝、兄上を食べたから甘いものが食べたいのう」
「まてコラ」
ラッテさんの質問に、本を読んでいたロードが答える。
「うふふ。ラクスさんは何かリクエストはありますか?」
ロードの過激な発言をさらっと流し、ラッテさんは同じく本を読んでいる俺に聞いてくる。
いきなりロードがあんなことを言っても平然としている辺り、やはり魔物という感じがする。
「ロードかラッテさんと同じもので良いですよ。そもそもそんな我儘を言える立場じゃありませんし」
「そうですか…、お昼に何を食べようか思い付かなかったから私もお二人のどちらかと同じものを食べようと思っていたんですよね」
「あぁ、そうなんですか」
ということは、必然的に――
「では、ロードさんのリクエストに応えてケーキでも焼きましょうか」
そういうことになるな。
「ふふ、では早速作りますから、楽しみにしてて下さいね」
そう言うと、ラッテさんは修道服を翻して部屋から出ていった。
ラッテさんの足音が聴こえなくなったのを見計らって、俺はロードに先程の発言に関する弾劾をする。
「ロード、お前…。いきなりなんて事を言い出すんだ…」
「ん?しかし事実じゃろう?兄上がワシの口で三回もイったのは」
恐らく顔を真っ赤にしているだろう俺の文句をものともせず、むしろ艶かしい挑発を返してくる。
世界広しと言えど、ここまで色気のある表情を作れる幼女はバフォメットだけだろう。さらに言うならば、その程度の仕草であっさり俺を陥落させられるのはロード=ヴェルベットただ一人だろう。
事実、淫靡に微笑むロードの顔が愛らしくて、怒りが萎んでしまった。
「仕方ないじゃろう。ワシ自身性欲が人一倍少ないのは自覚しておるがそれでも魔物。精を摂らねば生きてゆけぬ」
「まぁ…、それは判ってるよ。俺だってロードとするのは嫌じゃないし。でもやっぱりまだ人間だからさ。恥ずかしいんだよ」
インキュバスになったらこういうことも気にならなくなるのだろうか。できればなりたくない。
「ふむ…、ワシの大事な兄上がそんな処女の様な悩みを抱えておるのなら、妹としてなんとかしてやらねばなるまいのう…」
うーんうーんと何か良い考えはないかと思案するロード。
というかロードがもっと節度をもってくれたら済む話なんだけどな。
「うむ、兄上!二つ、案を思いついたぞよ!」
「ほう、聞かせてもらおうか」
「青姦や露出プレイで兄上の羞恥心を刈り取るか、たまの淫語が恥ずかしいならずっとワシが兄上に猥談を言い続けるかじゃ!どちらがいいかのう?」
「いかにも『名案!』みたいな顔してるけどそれって『荒療治or荒療治』だよな?」
「最終目標はワシと兄上の結婚式で誓いのキスの代わりに誓いの中出しをサバトの皆にお披露目することじゃ!」
「嫌だ!そんなアマゾネスみたいな婚姻は嫌だ!」
そもそも今のサバトにはリィナもいるんだからもしそんなことが実現したらリィナの目の前でロードとまぐわう…。想像しただけで羞恥心と罪悪感で死にたくなってきた。
「アマゾネス式結婚式はまだマシじゃろう。ダークエルフ式結婚式など新郎が素っ裸でムチに打たれながら奴隷の証とか言って新婦の足を舐めるのじゃぞ?」
ワシはさすがに兄上に足を喜び勇んで舐めるような変態になってほしくはないのう、とロードは続ける。
同じ魔物同士とはいえやはり種族の壁は厚い様だ。
「ちなみにワシとリリカで考えたサバト式結婚式もあるのじゃが…、聞きたいかえ?」
「良いぜ、聞いてやるよ」
サバト式か…、兄妹の契りでも交わすのか?杯を交わらせたりして……ってそれはアカオニか。
「サバト式結婚式はな、まず新郎がウェディングドレスの新婦をお姫様抱っこしながら入場するのじゃ、新婦は自らの兄上の腕に包まれ兄上の温もりと共に幸福を感じる。そして誓いのキス。とびっきり熱烈なやつが言いのう。そしてケーキ入刀。二人の初めての共同作業じゃからな、いっせーのでやるのじゃ。えへへ……」
語りながら夢見心地の様な表情でぽやーんとトリップ状態になるロード。
…というか、今の説明を聞く限りではただの恋する乙女の純真な夢といった感じだな。
「…のう、ラクス」
急に名前を呼ばれたと思ったら、膝に重みを感じる。
いつの間にかロードが俺の膝の上に手を乗せて、俺の顔をじっと見ていた。
「ワシを幸せにしてくれるか?」
「へっ?」
突飛な質問に、しばし唖然とする。
どういうつもりなのだろうか。時々ロードは本当に何を考えているのか判らない時がある。
「ワシを、幸せにしてくれるか。と、聞いておるのじゃ」
いつになく真剣な表情で俺を見つめるロードの迫力に、少し圧される。
「ま、まぁ幸せにはしてやりたいよ。ロードは大事な妹だからな、うん」
そう答えると、ロードは少しがっかりしたような表情をした。
「我が兄上ながら、意気地無しじゃのう…。もっと男らしく言えんのかえ…」
ぶつぶつと何やら呟くロード。
すると突然顔を上げて、俺の唇に自分の唇を重ねた。
「…うりゃ」
「むっ…!ムグムグ…!!」
突然の行為に驚きロードを突き放そうとするが、首に手を回されどうもがいても離れない。
「〜〜♪」
「ンーーーッッ!」
次第に気分が乗ってきたのか、ロードは舌を入れたり唾液を流し込んだりとやりたい放題だ。
そのまま五分程…、もしかしたら十分以上経ったかもしれない。とにかくそれぐらいキスを続けた所で、ようやくロードは俺から離れた。
「……ぷはぁ。どうじゃったかの?兄上」
「せめて一言断ってほしかった……」
不意討ちのディープキス。しかも何分も続けられたとあっては、いくらなんでも驚かない方がおかしいだろう。
「女々しい兄上には、少し強引な方が好ましいのではないかとおもったのじゃが」
「そんなことない。俺だって…、こういう事はちゃんとリードしてやりたい…。初めての時だってそうだったろ」
ほとんどロードに促されるままだったが、俺とロードが初めて結ばれた時、俺はされるがままではなかったはずだ。
赤面しながらの精一杯の反論だったのだが、ロードはぽけーっと呆けた顔をしており、話を聞いていたのかどうか疑わしい。
「なぁ、ロード?話聞いてた」
「…反則じゃ」
「へっ?」
ロードは再び俺の唇を塞ぎ、そのまま俺をベッドに押し倒した。
「あ、兄上が悪いのじゃぞ♥そんな可愛い顔で可愛い台詞を吐きおって…♥」
上気した顔で呟くロードはどう見ても興奮している。…もしかしなくても、襲われる?
「まてまてロード、落ち着け!すぐ近くにラッテさんがいるんだぞ!」
「あやつとて魔物じゃ、その辺りに関しては寛容じゃろ」
「何を根拠に…!」
いくら魔物とはいえ居候が部屋で性交をしていたら良い気はしないだろう。
そもそもこんな背徳的なシチュエーションでは俺は興奮できない。
「腹を決めよ、ラクス。お主もワシの兄上ならそれに相応しい度量を持たぬか」
ダメだ、この調子じゃ口先の交渉じゃ収まりそうにない。
考えろ、考えろ俺!この状況を切り抜ける方法がきっとあるはずだ!
「ラークス♥」
「ムグッ…」
またしても唇を塞がれる。多分べらべらとご託を並べて煙に巻かれるのを警戒したのだろう。
身体でロードを諫める事は出来ず、言葉で宥める事も叶わない。まさに八方塞がり。
とりあえずラッテさんに見つかった時の言い訳を考えておこうと思った時―――。
「こんにちはーッッ!隣国の経済情勢からお隣さんの赤ちゃんの名前までいつでもどこでも最新の情報をお伝えするあなたの街の新聞屋さん!美少女ジャーナリストの黒恵でーす!」
部屋の扉が開き、何やら騒がしいカラステングが入ってきた。
……誰だこいつ。ラッテさんの知り合いか?
「何者じゃ、お主……」
情事の邪魔をされたと感じているロードは、青筋を浮かべて黒恵と名乗るカラステングにそう問い掛ける。
まぁ俺としては雰囲気に流されるままにならず一安心といったところか。
「ちょっと、いつの間に忍び込んだの!黒恵!」
「ゲフッ!?」
開いた扉の向こうからラッテさんが現れ、黒恵なる少女の背中を軽く叩いた。
……ゴキッという音がしたような気がするが気のせいだろう。
「い、いやぁ〜…。相変わらず手厳しいですね。ラッテさん。ですが今回のターゲットはあなたの私生活でありません。今回のターゲットこそはっ!」
そこまで言うと、黒恵は右指をビシッと俺――正確に言うならば俺とロードであろう――に向けて差した。
「今この町で噂の旅人兄妹!あなた達を丸裸にすることが私の目的です!」
なんと傲慢且つ大胆な少女だろう。出会い頭に丸裸にすると言われたのは初めてだ。
「…掌底破ッッ!」
「ゴフゥッ!?」
見かねたラッテさんによる天誅で、黒恵さんは部屋の外まで吹き飛ばされた。
「ラッテさん、やり過ぎでは……」
「いえ、あの程度ではまだまだ生ぬるいです」
「そのとーりっ!」
扉から出ていった(吹き飛ばされた)はずの黒恵さんは何故か窓から再び現れた。
「黒恵は滅びぬ、何度でも蘇るさ!」
「バルスッッ!」
何やら呪文の様な言葉を唱えたがラッテさんはただ右ストレートを繰り出しただけだ。
その拳が黒恵さんにあたる瞬間――
「甘いわぁ!」
黒恵さんは風の如き速さでラッテさんをくぐり抜け、俺の目の前まで来た。
「くっ…、相変わらず無駄に速い」
「ラッテさん!あなたには情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ!そしてなによりも――――速さが足りない!!」
悔しそうに歯噛みするラッテさんに黒恵さんは勝ち誇った顔で言う。
そして黒恵さんは俺たちの方へ向き直った。
「さぁ、話してもらいますよ!あなた方の事を、ひとつ残らず!」
「まて、近い!近い!」
少しでも口を突きだしたら唇が触れ合いそうな距離だ。俺の心拍数もさることながら隣のロードの反応が怖い。
しかしロードは特に文句を言う様子はなく、俺と黒恵さんの間に割って入り言う。
「別に取材くらい構わんぞ。どの道ワシらは明日この町を発つ予定じゃからな」
「「「え?」」」
ロードの突然の発言に、他の二人だけでなく俺も驚きの声を上げる。
いつ町を出るかなんて全然聞いてなかったけど…。
「あやや、そう言うことなら急がねばなりません。早速ですが取材を始めさせて頂きます!良いですね?ちなみに返事は聞いてません」
「ああ、さっさと終わらせるのじゃ」
…まぁ、ロードがそう言うのなら仕方ないか。
「あの、ラクスさん…。今の話、本当ですか?」
唯一ラッテさんには悪いことをしたな。
「ええ、いきなりですみませんが明日で俺とロードはこの町を出ます。寝床を提供して下さってありがとうございました」
近いうちに町を出る予定ではいたけれどまさか明日とは思わなかった。
しかし、町を出る前に大きな問題が残っている。
「さあ、明日の一面はこれで決まりです!早速取材を始めましょう!」
嵐の様に現れた少女、黒恵の取材に応える事だ。
……果たして、明日まで何事もなく俺達はこの町を出られるのだろうか。
薄暗い部屋の中で、一人の少女が難しい表情でノートを睨んでいた。
少女の姿を端的に表すならば、まさに漆黒という言葉が相応しい。
墨染の様な美しい黒髪。腕の代わりに彼女の双肩から生えている羽は、彼女がハーピィ系の魔物であることを示している。
切れ長の瞳は彼女の種族の猛禽類の様な性格を良く表しており、男には魅力的に映ることだろう。
彼女の名は黒恵(くろえ)。カラステングである。
普段は底抜けの明るさから、周囲に笑顔を提供している彼女は、本日は大変不機嫌な様子で、ノートに文章を書いては消し、書いては消しを繰り返していた。
「あーっ!ダメだ!!何一つ良いネタが見つからない!」
どうやらネタ詰まりらしく、苛立ちを誰も居ない空間に吐き出す黒恵。
「ワーシープのカーリーさんが子どもを生んだ話……は先週号でやったし……、メロウのフルールさんの恋愛相談……はチラシの裏にでも書いてろってハナシだし……、次期領主への密着取材……なんて魔物の皆は興味湧かないわよね……」
ノートとにらめっこをしながら、あれでもない、これでもないと独り言を呟く姿は、端からみたら危ない人だろう。
と、その時、黒恵の部屋に一人の魔物が入ってきた。
「黒恵さん!ネタ持ってきましたよ!」
ネコマタと思わしき猫耳の少女は、お手柄といった表情で黒恵に一冊のノートを渡す。
「どうしたの、縁珠。何か事件でもあったの?」
黒恵はぞんざいな口調で、部屋に飛び込んできたネコマタに訊く。
彼女の助手である縁珠は黒恵を慕っており、新聞を作る手伝いをよくしてくれているが、何分おっちょこちょいで持ってくるネタもあまり期待が出来ない。
「ええ、大事件ですよ!あの盗賊達の事なんですけど」
そこまで聞いて、黒恵は半ば失望した。
「またあの盗賊の記事?もう3週間もそれ載せてるじゃない。そんな使い古されたネタじゃなくてもっとホットな記事が書きたいのよ」
「人の話は最後まで聞いて下さいよ」
話を途中で切られた縁珠は若干不機嫌になりながらも、話を続ける。
黒恵は呆れた表情をしている縁珠を見て、殴りたくなったが、その衝動をグッと堪えて次の言葉を待つ。
「その盗賊達が捕まったらしいんですよ!今朝警備隊の人に取材して裏も取ったから間違いありません!」
「ウソ…、捕まったの!?誰も捕まえられなかったのに!?」
さすがに驚きを隠し得なかったのか、思わず瞳孔が開く黒恵。
「一体どこの誰!?今まで誰一人として敵わなかったのに!」
「あの、それが……」
黒恵の質問に、助手は言葉を濁らせる。
「北の教会に滞在している二人組の旅人らしいです」
「旅人…?なら急がなくちゃいけないじゃない!もたもたしてたら街から出ていくかもしれないわ!」
黒恵は取材道具をカバンに詰め込み、縁珠を押しのけて部屋から出ていく。
「あ、黒恵さん。私も…」
「アンタはここで留守番!一面の見出しでも考えていなさい!」
そう言い残すと、黒恵は窓から飛び出して真っ直ぐ北の教会をと飛んでいった。
「ラクスさん、ロードさん。お昼御飯は何にしますか?」
控えめなノックと共に部屋の扉が開かれ、ラッテさんが入ってくる。
「朝、兄上を食べたから甘いものが食べたいのう」
「まてコラ」
ラッテさんの質問に、本を読んでいたロードが答える。
「うふふ。ラクスさんは何かリクエストはありますか?」
ロードの過激な発言をさらっと流し、ラッテさんは同じく本を読んでいる俺に聞いてくる。
いきなりロードがあんなことを言っても平然としている辺り、やはり魔物という感じがする。
「ロードかラッテさんと同じもので良いですよ。そもそもそんな我儘を言える立場じゃありませんし」
「そうですか…、お昼に何を食べようか思い付かなかったから私もお二人のどちらかと同じものを食べようと思っていたんですよね」
「あぁ、そうなんですか」
ということは、必然的に――
「では、ロードさんのリクエストに応えてケーキでも焼きましょうか」
そういうことになるな。
「ふふ、では早速作りますから、楽しみにしてて下さいね」
そう言うと、ラッテさんは修道服を翻して部屋から出ていった。
ラッテさんの足音が聴こえなくなったのを見計らって、俺はロードに先程の発言に関する弾劾をする。
「ロード、お前…。いきなりなんて事を言い出すんだ…」
「ん?しかし事実じゃろう?兄上がワシの口で三回もイったのは」
恐らく顔を真っ赤にしているだろう俺の文句をものともせず、むしろ艶かしい挑発を返してくる。
世界広しと言えど、ここまで色気のある表情を作れる幼女はバフォメットだけだろう。さらに言うならば、その程度の仕草であっさり俺を陥落させられるのはロード=ヴェルベットただ一人だろう。
事実、淫靡に微笑むロードの顔が愛らしくて、怒りが萎んでしまった。
「仕方ないじゃろう。ワシ自身性欲が人一倍少ないのは自覚しておるがそれでも魔物。精を摂らねば生きてゆけぬ」
「まぁ…、それは判ってるよ。俺だってロードとするのは嫌じゃないし。でもやっぱりまだ人間だからさ。恥ずかしいんだよ」
インキュバスになったらこういうことも気にならなくなるのだろうか。できればなりたくない。
「ふむ…、ワシの大事な兄上がそんな処女の様な悩みを抱えておるのなら、妹としてなんとかしてやらねばなるまいのう…」
うーんうーんと何か良い考えはないかと思案するロード。
というかロードがもっと節度をもってくれたら済む話なんだけどな。
「うむ、兄上!二つ、案を思いついたぞよ!」
「ほう、聞かせてもらおうか」
「青姦や露出プレイで兄上の羞恥心を刈り取るか、たまの淫語が恥ずかしいならずっとワシが兄上に猥談を言い続けるかじゃ!どちらがいいかのう?」
「いかにも『名案!』みたいな顔してるけどそれって『荒療治or荒療治』だよな?」
「最終目標はワシと兄上の結婚式で誓いのキスの代わりに誓いの中出しをサバトの皆にお披露目することじゃ!」
「嫌だ!そんなアマゾネスみたいな婚姻は嫌だ!」
そもそも今のサバトにはリィナもいるんだからもしそんなことが実現したらリィナの目の前でロードとまぐわう…。想像しただけで羞恥心と罪悪感で死にたくなってきた。
「アマゾネス式結婚式はまだマシじゃろう。ダークエルフ式結婚式など新郎が素っ裸でムチに打たれながら奴隷の証とか言って新婦の足を舐めるのじゃぞ?」
ワシはさすがに兄上に足を喜び勇んで舐めるような変態になってほしくはないのう、とロードは続ける。
同じ魔物同士とはいえやはり種族の壁は厚い様だ。
「ちなみにワシとリリカで考えたサバト式結婚式もあるのじゃが…、聞きたいかえ?」
「良いぜ、聞いてやるよ」
サバト式か…、兄妹の契りでも交わすのか?杯を交わらせたりして……ってそれはアカオニか。
「サバト式結婚式はな、まず新郎がウェディングドレスの新婦をお姫様抱っこしながら入場するのじゃ、新婦は自らの兄上の腕に包まれ兄上の温もりと共に幸福を感じる。そして誓いのキス。とびっきり熱烈なやつが言いのう。そしてケーキ入刀。二人の初めての共同作業じゃからな、いっせーのでやるのじゃ。えへへ……」
語りながら夢見心地の様な表情でぽやーんとトリップ状態になるロード。
…というか、今の説明を聞く限りではただの恋する乙女の純真な夢といった感じだな。
「…のう、ラクス」
急に名前を呼ばれたと思ったら、膝に重みを感じる。
いつの間にかロードが俺の膝の上に手を乗せて、俺の顔をじっと見ていた。
「ワシを幸せにしてくれるか?」
「へっ?」
突飛な質問に、しばし唖然とする。
どういうつもりなのだろうか。時々ロードは本当に何を考えているのか判らない時がある。
「ワシを、幸せにしてくれるか。と、聞いておるのじゃ」
いつになく真剣な表情で俺を見つめるロードの迫力に、少し圧される。
「ま、まぁ幸せにはしてやりたいよ。ロードは大事な妹だからな、うん」
そう答えると、ロードは少しがっかりしたような表情をした。
「我が兄上ながら、意気地無しじゃのう…。もっと男らしく言えんのかえ…」
ぶつぶつと何やら呟くロード。
すると突然顔を上げて、俺の唇に自分の唇を重ねた。
「…うりゃ」
「むっ…!ムグムグ…!!」
突然の行為に驚きロードを突き放そうとするが、首に手を回されどうもがいても離れない。
「〜〜♪」
「ンーーーッッ!」
次第に気分が乗ってきたのか、ロードは舌を入れたり唾液を流し込んだりとやりたい放題だ。
そのまま五分程…、もしかしたら十分以上経ったかもしれない。とにかくそれぐらいキスを続けた所で、ようやくロードは俺から離れた。
「……ぷはぁ。どうじゃったかの?兄上」
「せめて一言断ってほしかった……」
不意討ちのディープキス。しかも何分も続けられたとあっては、いくらなんでも驚かない方がおかしいだろう。
「女々しい兄上には、少し強引な方が好ましいのではないかとおもったのじゃが」
「そんなことない。俺だって…、こういう事はちゃんとリードしてやりたい…。初めての時だってそうだったろ」
ほとんどロードに促されるままだったが、俺とロードが初めて結ばれた時、俺はされるがままではなかったはずだ。
赤面しながらの精一杯の反論だったのだが、ロードはぽけーっと呆けた顔をしており、話を聞いていたのかどうか疑わしい。
「なぁ、ロード?話聞いてた」
「…反則じゃ」
「へっ?」
ロードは再び俺の唇を塞ぎ、そのまま俺をベッドに押し倒した。
「あ、兄上が悪いのじゃぞ♥そんな可愛い顔で可愛い台詞を吐きおって…♥」
上気した顔で呟くロードはどう見ても興奮している。…もしかしなくても、襲われる?
「まてまてロード、落ち着け!すぐ近くにラッテさんがいるんだぞ!」
「あやつとて魔物じゃ、その辺りに関しては寛容じゃろ」
「何を根拠に…!」
いくら魔物とはいえ居候が部屋で性交をしていたら良い気はしないだろう。
そもそもこんな背徳的なシチュエーションでは俺は興奮できない。
「腹を決めよ、ラクス。お主もワシの兄上ならそれに相応しい度量を持たぬか」
ダメだ、この調子じゃ口先の交渉じゃ収まりそうにない。
考えろ、考えろ俺!この状況を切り抜ける方法がきっとあるはずだ!
「ラークス♥」
「ムグッ…」
またしても唇を塞がれる。多分べらべらとご託を並べて煙に巻かれるのを警戒したのだろう。
身体でロードを諫める事は出来ず、言葉で宥める事も叶わない。まさに八方塞がり。
とりあえずラッテさんに見つかった時の言い訳を考えておこうと思った時―――。
「こんにちはーッッ!隣国の経済情勢からお隣さんの赤ちゃんの名前までいつでもどこでも最新の情報をお伝えするあなたの街の新聞屋さん!美少女ジャーナリストの黒恵でーす!」
部屋の扉が開き、何やら騒がしいカラステングが入ってきた。
……誰だこいつ。ラッテさんの知り合いか?
「何者じゃ、お主……」
情事の邪魔をされたと感じているロードは、青筋を浮かべて黒恵と名乗るカラステングにそう問い掛ける。
まぁ俺としては雰囲気に流されるままにならず一安心といったところか。
「ちょっと、いつの間に忍び込んだの!黒恵!」
「ゲフッ!?」
開いた扉の向こうからラッテさんが現れ、黒恵なる少女の背中を軽く叩いた。
……ゴキッという音がしたような気がするが気のせいだろう。
「い、いやぁ〜…。相変わらず手厳しいですね。ラッテさん。ですが今回のターゲットはあなたの私生活でありません。今回のターゲットこそはっ!」
そこまで言うと、黒恵は右指をビシッと俺――正確に言うならば俺とロードであろう――に向けて差した。
「今この町で噂の旅人兄妹!あなた達を丸裸にすることが私の目的です!」
なんと傲慢且つ大胆な少女だろう。出会い頭に丸裸にすると言われたのは初めてだ。
「…掌底破ッッ!」
「ゴフゥッ!?」
見かねたラッテさんによる天誅で、黒恵さんは部屋の外まで吹き飛ばされた。
「ラッテさん、やり過ぎでは……」
「いえ、あの程度ではまだまだ生ぬるいです」
「そのとーりっ!」
扉から出ていった(吹き飛ばされた)はずの黒恵さんは何故か窓から再び現れた。
「黒恵は滅びぬ、何度でも蘇るさ!」
「バルスッッ!」
何やら呪文の様な言葉を唱えたがラッテさんはただ右ストレートを繰り出しただけだ。
その拳が黒恵さんにあたる瞬間――
「甘いわぁ!」
黒恵さんは風の如き速さでラッテさんをくぐり抜け、俺の目の前まで来た。
「くっ…、相変わらず無駄に速い」
「ラッテさん!あなたには情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ!そしてなによりも――――速さが足りない!!」
悔しそうに歯噛みするラッテさんに黒恵さんは勝ち誇った顔で言う。
そして黒恵さんは俺たちの方へ向き直った。
「さぁ、話してもらいますよ!あなた方の事を、ひとつ残らず!」
「まて、近い!近い!」
少しでも口を突きだしたら唇が触れ合いそうな距離だ。俺の心拍数もさることながら隣のロードの反応が怖い。
しかしロードは特に文句を言う様子はなく、俺と黒恵さんの間に割って入り言う。
「別に取材くらい構わんぞ。どの道ワシらは明日この町を発つ予定じゃからな」
「「「え?」」」
ロードの突然の発言に、他の二人だけでなく俺も驚きの声を上げる。
いつ町を出るかなんて全然聞いてなかったけど…。
「あやや、そう言うことなら急がねばなりません。早速ですが取材を始めさせて頂きます!良いですね?ちなみに返事は聞いてません」
「ああ、さっさと終わらせるのじゃ」
…まぁ、ロードがそう言うのなら仕方ないか。
「あの、ラクスさん…。今の話、本当ですか?」
唯一ラッテさんには悪いことをしたな。
「ええ、いきなりですみませんが明日で俺とロードはこの町を出ます。寝床を提供して下さってありがとうございました」
近いうちに町を出る予定ではいたけれどまさか明日とは思わなかった。
しかし、町を出る前に大きな問題が残っている。
「さあ、明日の一面はこれで決まりです!早速取材を始めましょう!」
嵐の様に現れた少女、黒恵の取材に応える事だ。
……果たして、明日まで何事もなく俺達はこの町を出られるのだろうか。
12/12/21 16:41更新 / ソーマ
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