連載小説
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幽明兄妹と、戦う修道女(後編)
「ラクスさん。起きて下さい、ラクスさん」


耳元で誰かの声がする……。

しかし俺の頭は正常に働かない。全身の筋肉が休息を求めている。まだ寝ていたい……。


「ラクスさん、起きてくれないと悪戯しますよ。もちろん性的なやつを」


うたた寝する頭に誰かの声が響く。

性的な悪戯…?望むところだ。サバトにいた頃は日々リリカの悪戯に困らされていた。
今さらどんな悪戯されたところで動じるものか……。


「良いんですか?私に悪戯されちゃっても。ラクスさんのぷるぷるの唇舐めまわしちゃいますよ。ディープなキスをかましちゃいますよ。その後は全身を愛撫しちゃいますよ?悩ましい鎖骨からほっそりした太ももまで撫でまわしちゃいますよ。その次にはラクスさんの逞しいぺニスに悪戯しちゃいますよ?良いんですか?ラクスさんのぺニスはロードさんのものでしょう?なのに私の手やおっぱいに悪戯されても良いんですか?ほらほら、起きないと本当にやっちゃいますよ?」


惰眠を貪る脳内に誰かの声がする…。

しかしぶつぶつと小声なので喋っている内容がよく聞こえない。


「良いんですか?良いんですね?ラクスさん。私を誘ってるんですか?独り身の魔物の前でそんな無防備な姿を見せたら襲われるに決まってますよ。まさか判っててやってるんですか?いやらしいですね、ラクスさん。ロードさんだけじゃ飽きたらず、私も籠絡してハーレムを築くつもりですか?ふふ、可愛い顔してケダモノですね」


なんだか寒気がしてきた。

もしかしたら寝冷えしたかもしれない。となれば一度起きてまずロードの様子を見なければ。

兄として、まず自分より先に妹の心配をしないとな。


そう思い、目を覚ますと、


「もう我慢できません…!ハァハァ…、ラクスさんの美味しそうな唇いただきます!」


眼前に息を荒げたラッテさんの顔があった。


「うおぉっ!?何事!?」


そのままラッテさんはヘッドバットをしてきたので、慌てて体をよじり、それを避ける。


「あぁん、折角のチャンスが…」


何がチャンスだ。寝起きに刺激的すぎるサプライズをかまされて一発で目覚めたわ。

ともかく何故こんな深夜に起こされたのか、その理由を問いただしたい。


「それで…、ラッテさん。何故俺は起こされたのでしょうか?」


そう訊くと、ラッテさんはきょとんとした表情で問い返す。


「昨晩お願いしたじゃないですか。街の見廻りを手伝って下さいって」

「ん?あぁ…そんなことも言っていたような…」


記憶の片隅を探り、昨晩の出来事を思い出す。

そうだ、町に盗賊が出るからなんとかしてほしいと言われていたんだった。


「今は丑三つ時ですから、盗賊さん達もお仕事の時間なんじゃないですか?」


ラッテさんが確信めいた表情で告げる。そこまでお膳立てしてくれたのなら応えるべきだろう。


「判りました。僭越ながら、盗賊退治に協力させて頂きます」

「ありがとうございます。でも……」


俺の力強い返事にラッテさんが少し困ったような表情を返す。


「とりあえずラクスさんにしがみついているロードさんを起こすところから始めましょうか」

「え…?うわぁっ、ロード!なんでこっちのベッドに…?」


自分の胴に目を落とすと、コアラの様に俺の身体に抱き着いて寝ているロードの姿があった。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――







月の光と民家から漏れる灯りのみが視界を示す夜の街。

そんな街の中を俺とロードとラッテさんがカンテラを手に歩く。


「ふわぁ…、眠いのう…、低血圧には堪えるわい……」


これ見よがしにあくびをしながら、ロードはそんなことを呟く。

寝起きのところを強引に連れ出したので少しご機嫌斜めなのだろう。時折俺をジト目で見る。


「頑張って下さい、ロードさん。朝になれば美味しいドーナツをご馳走しますから」

「ドーナツよりプリンが食べたい……」


ラッテさんの提案もにべもなく返す。はは、可愛いなあ。


「ところで、ラクスさんはロードさんの夫……バフォメット流に言えば兄でしたっけ。兄なんですよね?二人はどうやって出会ったんですか?」


話題が途切れない様に、色々質問をしてくるラッテさん。そういう気遣いをしてくれるのは、魔物でもやはりシスターというとこだろう。


「道端でボロ雑巾の様に行き倒れていたとこをワシが拾ってやったのじゃ。その時からワシは決めておったのじゃよ。兄にするならコイツじゃと」

「ん、それ初耳だな。初対面の時から俺はロードに唾つけられてたのか」


今でこそ教会の下級騎士程度なら蹴散らせる実力はあるが、ロードに拾われた時点ではただの冴えない男だったんだけどな。


「フフン、ワシは感じておったぞ。兄上が持っておる潜在的な魔力と、魔力の質から見たお主の穏和で情に厚い、しかし芯の通った思い切りの良い性格。それらだけでもワシの理想の兄として十分な資格を……………む?今何か聞こえなかったかえ?」


会話の途中で、突然ロードが辺りを見回しながらそう言った。


「どうした、ロード。何も物音なんて――」



―――ガタン。



……聞こえた。間違いない、何かを踏んだ音か。


「あちらからですね」


民家と民家の隙間をラッテさんが険しい表情で睨んでいる。

一目見た限りではただの暗闇。人がいる様には見えないし、人が簡単に入れる隙間にも見えない。


だけど気配を感じる。間違いなく誰かが居る。


「出て来ぬならば、引きずり出すまでじゃ!」


ロードが両手に力を込めるような仕草をすると、淡い光がロードの手から漏れ出す。

その光は矢の姿に変わり、ロードの合図と同時に真っ直ぐに暗闇に向かって飛んでいく。



―――ピシャン



耳を掻き回す様な鋭い音が響き、辺りは閃光に包まれる。

俺達の視線の先には、その光を浴びている一人の男の姿があった。


薄汚れてはいるが十字をあしらった軍服、あれは――、


「貴様、教会騎士じゃな!」


不審者の正体が教会の騎士と判った途端、ロードは戦意を剥き出しにして魔法の詠唱を始めた。


「澄み渡る明光よ、罪深きものに葬礼たる裁きを降らせ!レイ!」


先程のそれよりも大きな光線が的確に教会騎士に向かって放たれる。


「うわわ、ぎゃあっ!」


先程の暗闇に突如現れた光で目が眩んでいたらしく、騎士は躱すことも防ぐこともできずにレイの光に討たれ、倒れた。

瞬く間の出来事に、ロードの力量を知らなかったラッテさんは目を丸くして呆けている。


「まあすごい、ロードさんってとても強かったのですね」

「ふん、当然じゃ!ワシを誰と思うておる」


ラッテさんに感嘆され、満更でもなさそうにロードは胸を張る。

ああやってすぐ調子に乗るからバフォメットってリリムやデュラハンと比べて威厳が無いんだろうな。


……ま、兄は兄らしく妹のフォローでもするか。

未だにロードを誉め続けるラッテさんとおだてられていい気になっているロードを尻目に、倒れている教会騎士の元まで歩く。

騎士は倒れたものの気を失ってはいなかったのか、地面を這いずりながら逃げようとしていた。


「おっと、どこへ行く」


そんな騎士の背中を踏みつけ、逃さない様にした上で、聞きたい事を聞く。


「いくつか質問に答えてもらおうか。まず教会騎士がなぜ親魔物領に居る?何かの作戦か?」


しばらくだんまりだった教会騎士だが、このままでは逃げることすら叶わないと悟ったのか、観念して口を割り出した。


「…俺は教会騎士じゃない。いや、…正確には『元』教会騎士だ」

「元…?なるほど、魔物の実態を知って教会から離反したクチか?」


教会騎士が自らの信じる教会を裏切るのは珍しいことじゃない。

教会が語る魔物像は、実際の魔物とはあまりにもかけ離れており、自分に信じた教えが嘘だと気付いた奴は大抵教会を裏切り、魔物側に回るのだ。


「ああ…、でも俺は物心つく前から魔物は穢らわしい生き物と教えられてきたからな…。今更魔物と仲良くするのにも抵抗があって今や盗人の真似事だ」


これも別段珍しい事ではない。三つ子の魂百までとはよく言ったもので、たとえ教会の教えが嘘と判ったからといって、すぐに魔物と仲良く出来るかと言われたら、出来ない人間も居る。

……まぁ結局は魔物が与える快楽に流されるんだろうがな。


「なるほど、お前がこの街にいる理由は判った。こんな夜更けに出歩いている理由も盗人なら納得だな」


となると、ラッテさんが言っていた盗賊ってのはこいつの一味で決まりかな。


「お前に仲間はいるのか?いるとしたらどこにいる?」

「ああ、いるよ…」


その時、騎士……いや、盗人は思わず身震いするような歪んだ笑みを浮かべた。


「お前のすぐ側にな!」



――ヒュン。


刃物が空を切る音が聞こえてきた。

物陰に隠れていたコイツの仲間がナイフでも投げたのだろう。


なるほど、もしかするとコイツはただの囮で俺の様に捕まえようとする奴を仕留める作戦だったんだな。

だとしたら、下賤な盗賊にしては頭が回る。ありきたりだがそれゆえに大きな成果を期待できる作戦だ。


ただし、一つだけ致命的なミスがある。それは――




「エアスラスト」




相手が魔法のエキスパート、バフォメットの兄たる俺だったことだ。


「な…、何が起こった…?」


俺の魔法により周囲に発生した真空波はナイフの軌道をねじ曲げ、ナイフを地面に叩きつけた。

向かい側の民家の陰に隠れていた奴と、俺の足元に這いつくばっている盗人が顔を青ざめる。

そんな哀れな表情の盗人に、俺はなるべく冷たい声色で聞く。


「仲間はあいつだけか?盗人をしていたのはお前とあいつの二人だけか?」


俺の質問に対して、盗人は何も言おうとしない。まさか黙秘権が使えると思っているのだろうか。

俺は小さな声で魔法を唱える。


「ロックブレイク」


すると地面から、鋭く尖った岩が突きだし、地面に寝そべっていた盗人の服を少し引き裂いた。


「次は身体を貫くぞ」

「……………」


それでも盗人はだんまり。よもや俺が人を殺せないと思っているのだろうか。たとえ『元』でも教会騎士は俺の怨敵だ。


「怒りを矛先に変え、前途を阻む障害を貫け、ロック――」

「わ、判った、言う!仲間はあいつだけだ!他に仲間は一人も居ない!絶対だ!」


俺の本気を悟ったのか、盗人は慌てて口を開いた。


「フン、初めからそう言っていれば良い。……てことは、お前達を警備隊に突きだしてこの事件は終わりだな」


事件の解決が見え、安堵した俺は連行する時の事を考える。

目の前の奴はロックブレイクの石柱で動きを止めてある。下手な動きは出来ないだろう。


――となると、次は反対側の民家にいる男か。


「そっちに隠れてる男、出てこい。出てこないならこの男と同じ目に遭うぞ」


向かい側の民家の物陰に隠れているはずの盗人に声を掛ける。

しかし、そいつも返事をしようとしない。


「仕方ないな。ウインドカッター!」


魔法により生じた風の刃を盗人がいると思われる場所へ放つ。


その時突然、盗人が走り出した。


「な、待て!貴様――」


盗人は一目散に走り続ける。

その先には――、


「ロ、ロードさん……」

「命知らずな奴め。殺されたいのかえ?」


ロードとラッテさんが居る。

先程のロードの力を知っている以上、俺を無視してロードを狙うとは考えられない。だとしたら――。


「ロード、ラッテさんを連れて逃げろ!」

「その必要もないわい!デモンズランス!!」


ロードの後ろに魔力で形作られた黒い槍が現れ、それが盗人目掛けて飛んでいく。

それが盗人に当たる――と思われた時。突然ロードの放ったデモンズランスが雲散霧消した。


「な、なんじゃと……!?」


ロードは何が起きたのか判らず唖然としている。

恐らくロードは初めに倒した盗人にレイが効いた事から退魔の装備をしていないと踏んだのだろう。

しかし予想は外れ、あっちの盗人は退魔の装備を整えていた様だ。


盗人の疾駆は止まらず、その足は真っ直ぐラッテさんの元へ――!


「くそ、間に合え!レイ!」

「ラッテ!逃げるのじゃ!フォースフィールド」


俺は先程ロードが唱えたものと同じ光の魔法を、ロードはあらゆる物質を弾く力場を発生させる魔法を唱える。


しかし、それらが届く前に盗人はラッテさんの元へ、そして盗人はラッテさんの首に手を掛けようと――。




「獅子、戦吼ッッ!」




する前に、ラッテさんによって吹き飛ばされた。


「………………」

「…………………え?」


ロードは、口をぽかんと開けて、間抜けな表情をしている。恐らく俺も似たような表情をしているだろう。


「ラッ…テ……さん?」


ラッテさんが今放った獅子戦吼は自らの闘気を獅子の形にして敵にぶつける攻撃だ。

闘気を顕現させるだけでも困難なのに、それを獅子の姿に変える高度な技であり、一朝一夕や見様見真似で出来る技ではない。

それをラッテさんはいとも簡単にやってみせた。

ということは、もしや……。


「えっと……。隠しててすいません。私、魔物化する前はそこそこ名の馳せた武術家でして………」


俺達のなんとも言えない視線に耐えかねたのか、恥ずかしそうにラッテさんは白状する。


「マ、マジか……」

「元武術家で現ダークプリーストって、お主の人生に何があったのじゃ……」


というか、俺達の協力がなくても盗賊ぐらいなら倒せたんじゃないのか……?


「うう、そんな目で見られると思ってたから隠してたのに〜〜!」


静まり返った夜の街に、半泣きになっているラッテさんの叫び声が響き渡った。


こうして、隔壁の街の盗賊事件は対したヤマもオチもなく、終わりを迎えたのだった。

12/12/08 15:41更新 / ソーマ
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■作者メッセージ
約一年ぶりの更新だけど、私は元気です。

ホントすいませんでした。

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