幽明兄妹と、戦う修道女(前編)
街と街を繋ぐ街道。右にはハニービーやアルラウネの生息する森。左には静かにせせらぎを奏でる川。
そんな道を、俺とバフォメットの少女は歩いていた。
「ひとまず、今日は次に着く街で宿をとるかの?」
「そうだな。確かこの先にある街は親魔物領のはずだ」
「どんな街かのう?楽しみじゃ」
少女はワクワクという表現が似合う笑みを浮かべる。
そんな彼女の頭を、俺は軽く撫でた。
彼女の名前はロード=ヴェルベット。俺の妹だ。
もちろん俺は人間なので、血の繋がりは無い。バフォメットにとっての『兄』とは、他の魔物にとっての『夫』と同義だ。
ロードは俺を『兄』として慕ってくれるが、俺は彼女に兄らしい事は何一つやれていない。
できている事と言えば、ただ彼女の傍に居る事だけだ。
けど、それが何より嬉しいと彼女は言ってくれる。
結局、俺は彼女の優しさに甘えてるだけだ。
彼女のためにも、俺はもっと強くなりたい。肉体的にも、それ以上に精神的にも。
「ラクスー?どうしたー?」
目の前で、ロードが心配そうに訊く。
どうやら呼ばれていた様だ。全く気付かなかった。
「ワシが話し掛けておるのというのに、上の空とは心外じゃのう。何を考えておったのじゃ?」
「ああ…、いや、なんでもない」
咄嗟に平静を装うが、ロードは俺が悩み事をしていた事ぐらい感づいているだろう。
「ふむ、なら良いがの。可愛い妹の前でぐらい明るくしてはどうじゃ?」
それでもロードはしつこく言及したりせず、そう促した。
「ああ、なるべくそうするよ」
「うむ。ではさっさと行くぞ!お腹減ったのじゃー」
俺が答えると、ロードは納得した様子で歩きだした。
そんなロードの背中を、俺は地図を見ながら追い掛けた。
「『隔壁の街』、か。どんな街なんだろうな」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ふおお…、大きい城壁じゃのう…。ワシらの街とは大違いじゃ」
街に着くや否や、ロードはそう感嘆の声を漏らした。
この街は、外壁が異常に高い。まるで街自体が塔か何かの様に錯覚するほどにだ。
「ま、とりあえず入るか。どこかに門番が居るだろ」
「そうじゃな…、む?もしやあれではないか?」
ロードが指差す先には、灰色の城壁とは違う茶色の扉と、数人の人影が見えた。
「そうだな、じゃ行くか」
ロードの手を取り、門番の所まで歩を進める。
「人間一人とバフォメット一人。しばらくこの街に滞在したいのですが」
「はい、かしこまりました。どうぞ楽しんで下さい」
門番にそう告げると、愛想よい笑顔を返してそう言った。
その後ろで、別の門番が何やら手続きをしている。
「さ、行こうロード」
「うむ」
俺とロードは、『隔壁の街』へと足を踏み入れた。
「中は意外と普通の街だな」
ロードと街を散歩する最中、俺はふと呟いた。
「そうじゃの。まあ平和って事で、良い街ではないか」
「まあ、な」
そうロードと他愛のない話をしている時――、
「もしもーし?そこのお兄さんとお嬢さーん?アイス買わなーい?」
出店らしき物を出しているラージマウスに話し掛けられた。
「…もしかして俺達?」
「そうそう、そこのラブラブカップル♪いや、バフォメットだからラブラブ兄妹の方が良いかな?」
ラージマウスの店員はニコッと八重歯を光らせながら言う。
「え、えへへ…ラブラブ…。ワシと兄上が、ラブラブ…、うへ、うへへへ…♪よ、よし。気を良くしたからアイス一つ買ってやろう」
うわっ!見事に店員の話術に嵌まってる!
「ホントッ!?さっすがバフォ様!何味にする?どれでも一本15ドル!」
ラージマウスの店員は上機嫌でアイスを乗せるコーンを取り出す。
「どれにするかの…。ラクスはどうする?」
「俺はチョコ味」
「お、意外だねー。お兄さん甘党?」
コーンにアイスを乗せながら店員は驚いた様に聞いてくる。
「別に…。ただ、チョコが好きだから」
「そっか、バフォ様は何にする?」
「バニラ味!」
「ほいさ!」
やたらとテンションの高い二人を見ながら、俺は妹の事を考えていた。
(あいつ…、今どうしてんのかな)
頭の中に、幼い頃のリィナとの思い出が蘇る。
(リィナもチョコ味が好きだったっけ。二人で良く買いに行ったよな)
今更ながら、サバトに置いてきたリィナの事が心配になってくる。
(俺は…、この旅に出て良かったのかな…)
もう会えないと思ってた妹に再会出来たのに、また妹を一人にして旅に出て…。
俺って最低な奴じゃないだろうか…?
「ラクスー?食わんのかー?」
ロードに呼ばれ、俺はハッとする。今日二回目だな、これ。
「さっきから随分と上の空じゃのう。疲れておるのか?」
「まぁ…、疲れてはいるけど…」
何でもないように振る舞うが、さすがに怪しんだのか、ロードは真顔のままだ。
「お兄さん疲れてるの?なら北の方にある教会に行けば良いよ。旅人はタダで泊めてくれるし、あそこのお姉さんは綺麗だからね〜。癒されるよ?」
後ろで様子を見ていた店員がそう言ってきた。
…なんか発言がオッサン臭いな。
「そうじゃの。ラクスはきっと旅を始めたばかりで疲れておるんじゃ。まずは休もう。それが良い」
バニラ味のアイスを舐めながら、ロードは歩き出した。
「えっと…、アイス代…」
「もう貰ったよ?バフォ様から」
…え?
「お兄さん。どんな悩みがあるのか知らないけど妹に心配かけないようにね」
そう言うと店員はまたアイスの宣伝を始めた。
ふと気がつくと、ロードの後ろ姿が小さくなっていたので、俺は急いでロードの後を追った。
「なあラクス」
教会へ向かう途中、ロードが不意に話し掛けてきた。
「……何?」
「リィナの事について考えておるのじゃろう?」
「うっ…!!」
突然指摘され、思わず声が上がる。
「やっぱりな。そんなことだろうと思ったわ」
「…リィナは、俺をどう思ってるんだろう。妹の事を顧みずに、旅に出た俺を」
弱音を吐く俺を、ロードはしばらく無言で見つめる。
すると――
「ストーンザッパー」
「痛ったッッ!!
魔法で石ころを幾つも頭にぶつけてきた。
「何すんだよ、ロード……」
「陰気な発言をする兄上にお仕置きじゃ」
ロードが歩きだしたので、同時に俺も歩きだす。
「リィナは十分お主を慕っておる。お主がリィナを想う以上に、な」
「そう思ってくれてると良いけど…」
「仮にもまだ八歳の子供。兄が旅に出るなどと言えば行くなと言うか、着いていくと言うじゃろう。しかしリィナはそれをしなかった。何故か判るか?お主に迷惑をかけたくないからじゃ」
それは…、確かに納得できる。
「心配せずともお主は最高の兄じゃ。判ったらもう辛気臭い顔をするでないぞ」
「ああ」
ロードの方が姉みたいだな……。
そんな口が裂けても言えない言葉を飲み込み、俺達は教会へと向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
数分後、俺達はラージマウスの紹介にあった教会に着いていた。
「立派な建物じゃのう…」
「とにかく中に入ろう。ごめんくださーい!」
厳かな扉を開け、教会の中に入る。
中には蝋燭の薄暗い光のみがあり、一人のシスターが礼拝をしていた。
「あら、旅の方ですか?ようこそ、我が教会へ」
シスターはゆっくりと立ち上がり、俺達の方を向く。
「この教会でシスターをしております。ダークプリーストのラッテです。よろしくお願い致します」
そして恭しくお辞儀しながら自己紹介する。
「俺は、ラクス=グラファイトです」
「ロード=ヴェルベットじゃ。よろしくの」
「長旅でお疲れでしょう。旅の方には奥の部屋を提供していますので、自由に使って下さい」
そう言ってラッテは聖堂の右側にある扉を指差した。
「うむ、お言葉に甘えるとするかの」
ロードはさっさと部屋に入ってしまった。
「貴方は、休まれないのですか?」
「そんなに疲れてないので…」
聖堂に置かれていた椅子の一つに座ると、ラッテが前の椅子に向かい合うように座った。
「暇でしたら、この街の話でも聞かれますか?面白さは保証しかねますが…」
この街についてか…。別にする事もないし良いか。
「この街は、『隔壁の街』と呼ばれています。理由は街を囲む巨大な城壁です」
それは大体予想がつく。問題は何故そんなものがつくられているかだ。
「何故かと言うと、不思議な事にこの街は昔から盗賊に襲われやすかったのです」
「はぁ、それはまた何故?」
何かあるのだろうか。埋蔵金とか。
「この街はいろんな街の中間にありますからね。色んな街から商人が来ていたんです」
なるほど、それなら盗賊達が襲おうとするのも頷ける。
「そして度重なる襲撃を恐れた街の人々は城壁を築き、街に部外者を入れない様にしたんです」
なるほど。そういう訳か。
「しかし、それでも賊は入って来るものですね」
ふと、ラッテが表情を曇らせた。
「この教会で、何か?」
「ここだけではなく、他の店や住居が何度か空き巣に入られているのです。どうも同一犯らしいのですが」
空き巣か…、最低だな。
「そうだ、貴方とお連れのバフォメットさんに頼み事をしてもよろしいでしょうか?」
「え、何をですか?」
急に顔をガバッと上げられたので、声が少し上擦ってしまった。
「私、賊を捕まえる為に毎晩見回りをしているのですが、お二人にも手伝って頂きたいのです」
「は、はぁ…」
「街の人々の為にもお願いします!この街にデュラハンやサラマンダーなどの腕の立つ魔物は居ませんし、人間達もどうも頼りなくて…」
酷い言われ様だな、人間。
「うーん、俺は別に構わないんですが、ロードが何て言うか…」
「ワシは一向に構わんぞ!」
いきなりドアがバタンと開き、ロードがパジャマ姿で飛び出してきた。
「あ、ロードさん」
「まだ起きてたのか?いつもならもう寝てるのに」
ちなみに時刻は21時。まだ寝るには早いがロードはいつもこの時間に寝る。
「ベッドの上でラクスとあんなことやこんなことをしようと待っておったのに全然来る気配が無いから様子を見に来たのじゃ!」
「…お前ラッテさんが居るのにそんなことするつもりだったのか?」
「それは迷惑ですね。せめて混ぜてくれないと」
ラッテの発言もどうかと思うが…。
「ええいうるさいうるさいうるさーい!とにかく盗みを働く様な下賎な奴らを野放しにしないためにも、そしてワシとラクスがラブラブな夜を迎える為にもその頼み、引き受けよう!」
本人はカッコイイとか思っているのだろうか、パジャマ姿で胸を張るロード。
そんな姿を見てラッテは苦笑いを浮かべる。
「面白い方ですね…」
「ははは…」
それに釣られて、俺も苦笑いで返す。
何はともあれ、俺とロードは、明日街に潜む盗賊を捕らえる事となった。
そんな道を、俺とバフォメットの少女は歩いていた。
「ひとまず、今日は次に着く街で宿をとるかの?」
「そうだな。確かこの先にある街は親魔物領のはずだ」
「どんな街かのう?楽しみじゃ」
少女はワクワクという表現が似合う笑みを浮かべる。
そんな彼女の頭を、俺は軽く撫でた。
彼女の名前はロード=ヴェルベット。俺の妹だ。
もちろん俺は人間なので、血の繋がりは無い。バフォメットにとっての『兄』とは、他の魔物にとっての『夫』と同義だ。
ロードは俺を『兄』として慕ってくれるが、俺は彼女に兄らしい事は何一つやれていない。
できている事と言えば、ただ彼女の傍に居る事だけだ。
けど、それが何より嬉しいと彼女は言ってくれる。
結局、俺は彼女の優しさに甘えてるだけだ。
彼女のためにも、俺はもっと強くなりたい。肉体的にも、それ以上に精神的にも。
「ラクスー?どうしたー?」
目の前で、ロードが心配そうに訊く。
どうやら呼ばれていた様だ。全く気付かなかった。
「ワシが話し掛けておるのというのに、上の空とは心外じゃのう。何を考えておったのじゃ?」
「ああ…、いや、なんでもない」
咄嗟に平静を装うが、ロードは俺が悩み事をしていた事ぐらい感づいているだろう。
「ふむ、なら良いがの。可愛い妹の前でぐらい明るくしてはどうじゃ?」
それでもロードはしつこく言及したりせず、そう促した。
「ああ、なるべくそうするよ」
「うむ。ではさっさと行くぞ!お腹減ったのじゃー」
俺が答えると、ロードは納得した様子で歩きだした。
そんなロードの背中を、俺は地図を見ながら追い掛けた。
「『隔壁の街』、か。どんな街なんだろうな」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ふおお…、大きい城壁じゃのう…。ワシらの街とは大違いじゃ」
街に着くや否や、ロードはそう感嘆の声を漏らした。
この街は、外壁が異常に高い。まるで街自体が塔か何かの様に錯覚するほどにだ。
「ま、とりあえず入るか。どこかに門番が居るだろ」
「そうじゃな…、む?もしやあれではないか?」
ロードが指差す先には、灰色の城壁とは違う茶色の扉と、数人の人影が見えた。
「そうだな、じゃ行くか」
ロードの手を取り、門番の所まで歩を進める。
「人間一人とバフォメット一人。しばらくこの街に滞在したいのですが」
「はい、かしこまりました。どうぞ楽しんで下さい」
門番にそう告げると、愛想よい笑顔を返してそう言った。
その後ろで、別の門番が何やら手続きをしている。
「さ、行こうロード」
「うむ」
俺とロードは、『隔壁の街』へと足を踏み入れた。
「中は意外と普通の街だな」
ロードと街を散歩する最中、俺はふと呟いた。
「そうじゃの。まあ平和って事で、良い街ではないか」
「まあ、な」
そうロードと他愛のない話をしている時――、
「もしもーし?そこのお兄さんとお嬢さーん?アイス買わなーい?」
出店らしき物を出しているラージマウスに話し掛けられた。
「…もしかして俺達?」
「そうそう、そこのラブラブカップル♪いや、バフォメットだからラブラブ兄妹の方が良いかな?」
ラージマウスの店員はニコッと八重歯を光らせながら言う。
「え、えへへ…ラブラブ…。ワシと兄上が、ラブラブ…、うへ、うへへへ…♪よ、よし。気を良くしたからアイス一つ買ってやろう」
うわっ!見事に店員の話術に嵌まってる!
「ホントッ!?さっすがバフォ様!何味にする?どれでも一本15ドル!」
ラージマウスの店員は上機嫌でアイスを乗せるコーンを取り出す。
「どれにするかの…。ラクスはどうする?」
「俺はチョコ味」
「お、意外だねー。お兄さん甘党?」
コーンにアイスを乗せながら店員は驚いた様に聞いてくる。
「別に…。ただ、チョコが好きだから」
「そっか、バフォ様は何にする?」
「バニラ味!」
「ほいさ!」
やたらとテンションの高い二人を見ながら、俺は妹の事を考えていた。
(あいつ…、今どうしてんのかな)
頭の中に、幼い頃のリィナとの思い出が蘇る。
(リィナもチョコ味が好きだったっけ。二人で良く買いに行ったよな)
今更ながら、サバトに置いてきたリィナの事が心配になってくる。
(俺は…、この旅に出て良かったのかな…)
もう会えないと思ってた妹に再会出来たのに、また妹を一人にして旅に出て…。
俺って最低な奴じゃないだろうか…?
「ラクスー?食わんのかー?」
ロードに呼ばれ、俺はハッとする。今日二回目だな、これ。
「さっきから随分と上の空じゃのう。疲れておるのか?」
「まぁ…、疲れてはいるけど…」
何でもないように振る舞うが、さすがに怪しんだのか、ロードは真顔のままだ。
「お兄さん疲れてるの?なら北の方にある教会に行けば良いよ。旅人はタダで泊めてくれるし、あそこのお姉さんは綺麗だからね〜。癒されるよ?」
後ろで様子を見ていた店員がそう言ってきた。
…なんか発言がオッサン臭いな。
「そうじゃの。ラクスはきっと旅を始めたばかりで疲れておるんじゃ。まずは休もう。それが良い」
バニラ味のアイスを舐めながら、ロードは歩き出した。
「えっと…、アイス代…」
「もう貰ったよ?バフォ様から」
…え?
「お兄さん。どんな悩みがあるのか知らないけど妹に心配かけないようにね」
そう言うと店員はまたアイスの宣伝を始めた。
ふと気がつくと、ロードの後ろ姿が小さくなっていたので、俺は急いでロードの後を追った。
「なあラクス」
教会へ向かう途中、ロードが不意に話し掛けてきた。
「……何?」
「リィナの事について考えておるのじゃろう?」
「うっ…!!」
突然指摘され、思わず声が上がる。
「やっぱりな。そんなことだろうと思ったわ」
「…リィナは、俺をどう思ってるんだろう。妹の事を顧みずに、旅に出た俺を」
弱音を吐く俺を、ロードはしばらく無言で見つめる。
すると――
「ストーンザッパー」
「痛ったッッ!!
魔法で石ころを幾つも頭にぶつけてきた。
「何すんだよ、ロード……」
「陰気な発言をする兄上にお仕置きじゃ」
ロードが歩きだしたので、同時に俺も歩きだす。
「リィナは十分お主を慕っておる。お主がリィナを想う以上に、な」
「そう思ってくれてると良いけど…」
「仮にもまだ八歳の子供。兄が旅に出るなどと言えば行くなと言うか、着いていくと言うじゃろう。しかしリィナはそれをしなかった。何故か判るか?お主に迷惑をかけたくないからじゃ」
それは…、確かに納得できる。
「心配せずともお主は最高の兄じゃ。判ったらもう辛気臭い顔をするでないぞ」
「ああ」
ロードの方が姉みたいだな……。
そんな口が裂けても言えない言葉を飲み込み、俺達は教会へと向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
数分後、俺達はラージマウスの紹介にあった教会に着いていた。
「立派な建物じゃのう…」
「とにかく中に入ろう。ごめんくださーい!」
厳かな扉を開け、教会の中に入る。
中には蝋燭の薄暗い光のみがあり、一人のシスターが礼拝をしていた。
「あら、旅の方ですか?ようこそ、我が教会へ」
シスターはゆっくりと立ち上がり、俺達の方を向く。
「この教会でシスターをしております。ダークプリーストのラッテです。よろしくお願い致します」
そして恭しくお辞儀しながら自己紹介する。
「俺は、ラクス=グラファイトです」
「ロード=ヴェルベットじゃ。よろしくの」
「長旅でお疲れでしょう。旅の方には奥の部屋を提供していますので、自由に使って下さい」
そう言ってラッテは聖堂の右側にある扉を指差した。
「うむ、お言葉に甘えるとするかの」
ロードはさっさと部屋に入ってしまった。
「貴方は、休まれないのですか?」
「そんなに疲れてないので…」
聖堂に置かれていた椅子の一つに座ると、ラッテが前の椅子に向かい合うように座った。
「暇でしたら、この街の話でも聞かれますか?面白さは保証しかねますが…」
この街についてか…。別にする事もないし良いか。
「この街は、『隔壁の街』と呼ばれています。理由は街を囲む巨大な城壁です」
それは大体予想がつく。問題は何故そんなものがつくられているかだ。
「何故かと言うと、不思議な事にこの街は昔から盗賊に襲われやすかったのです」
「はぁ、それはまた何故?」
何かあるのだろうか。埋蔵金とか。
「この街はいろんな街の中間にありますからね。色んな街から商人が来ていたんです」
なるほど、それなら盗賊達が襲おうとするのも頷ける。
「そして度重なる襲撃を恐れた街の人々は城壁を築き、街に部外者を入れない様にしたんです」
なるほど。そういう訳か。
「しかし、それでも賊は入って来るものですね」
ふと、ラッテが表情を曇らせた。
「この教会で、何か?」
「ここだけではなく、他の店や住居が何度か空き巣に入られているのです。どうも同一犯らしいのですが」
空き巣か…、最低だな。
「そうだ、貴方とお連れのバフォメットさんに頼み事をしてもよろしいでしょうか?」
「え、何をですか?」
急に顔をガバッと上げられたので、声が少し上擦ってしまった。
「私、賊を捕まえる為に毎晩見回りをしているのですが、お二人にも手伝って頂きたいのです」
「は、はぁ…」
「街の人々の為にもお願いします!この街にデュラハンやサラマンダーなどの腕の立つ魔物は居ませんし、人間達もどうも頼りなくて…」
酷い言われ様だな、人間。
「うーん、俺は別に構わないんですが、ロードが何て言うか…」
「ワシは一向に構わんぞ!」
いきなりドアがバタンと開き、ロードがパジャマ姿で飛び出してきた。
「あ、ロードさん」
「まだ起きてたのか?いつもならもう寝てるのに」
ちなみに時刻は21時。まだ寝るには早いがロードはいつもこの時間に寝る。
「ベッドの上でラクスとあんなことやこんなことをしようと待っておったのに全然来る気配が無いから様子を見に来たのじゃ!」
「…お前ラッテさんが居るのにそんなことするつもりだったのか?」
「それは迷惑ですね。せめて混ぜてくれないと」
ラッテの発言もどうかと思うが…。
「ええいうるさいうるさいうるさーい!とにかく盗みを働く様な下賎な奴らを野放しにしないためにも、そしてワシとラクスがラブラブな夜を迎える為にもその頼み、引き受けよう!」
本人はカッコイイとか思っているのだろうか、パジャマ姿で胸を張るロード。
そんな姿を見てラッテは苦笑いを浮かべる。
「面白い方ですね…」
「ははは…」
それに釣られて、俺も苦笑いで返す。
何はともあれ、俺とロードは、明日街に潜む盗賊を捕らえる事となった。
12/12/08 15:20更新 / ソーマ
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