絶望少年と、運命(?)の出会い。
どうしてこんなことになったんだ。
何度目か判らない疑問を頭に浮かべるも、答えなど見つからない。
俺は、山道を一心不乱に駆け回っていた。
理由は簡単、さっきまで俺は教団の連中に追い回されていたのだ。
俺の故郷は典型的な反魔物領だった。
教会は魔物を人を喰らう邪悪な、忌むべき存在と主張し、人々はそれを信じて魔物を忌避する。実に判りやすい。
そんな街で育ったものの、俺は反魔物の思想を抱いてはいなかった。
俺の家族は、反魔物領にいながらにして、親魔物の思想を持っていたのだ。
仕事の都合で反魔物領に居を構えてはいるが、魔物がどういう生き物かを理解し、歩み寄ろうとしていた。
その思想は当然息子である俺にも引き継がれた。という訳だ。
しかし、そんな俺達一家に終焉が訪れた。
何処からかは知らないが、俺達が親魔物の思想を持っている事が、教団にバレたらしい。
父は決死の覚悟で教団騎士と戦い、母は俺と妹を街から逃がした。
しかし、その妹とも教団の追っ手から逃げる途中にはぐれてしまった。
両親は間違いなく処刑されているだろうし、妹も最悪教団に捕まり処刑、運よく逃げ切れたとしても、まだ八歳の妹が一人で生きられるはずがない。
「最低だ、俺は…。妹一人守れやしない…」
疲労を訴える身体に鞭を打ちながら歩き続ける。
ポツ、ポツ、ポツ――。
雨まで降り出した。現在地は未だ山の中。近くに雨をやり過ごす洞穴や木陰も見当たらない。
「……死んだな。俺」
最早歩く気力もなく、俺はその場に倒れ伏した。
雨が身体を叩く。まるで生きる事を放棄した俺を叱咤し、奮い立たせる様に。
でも―――、
「もうイヤだ。父さんと、母さんと、リィナの所に逝かせてくれ…」
俺の心は既に絶望に支配されていた。
絶望というのは沼に似ている。一度足を踏み入れたらなかなか抜け出せない様に、一度絶望したらなかなか希望が湧いて来ない。
今までの日常も、家族も、そして希望さえ失った。
あと俺に残ったのは命だけ。その命も、今投げ出そうとしている。
「今行くよ。父さん、母さん、リィナ……」
俺は、ゆっくりと眼を閉じた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うぅむ、こやつ。なかなか起きる素振りを見せんのう…」
……耳元で、誰かの声がする。少女の声だ。幼いのに、どこか威厳のある声。
「…ん………」
「と、思った矢先に目を覚ましおったわ。しばし待っておれ、飲み物を持ってきてやろう」
まだ姿も確認しないまま、声の主は部屋から出て行った。
徐々に覚醒し始める頭で状況を整理する。
俺は山の中で倒れ、死を覚悟したままで眠りについた。
ところが今俺は簡素な部屋のベッドで横になっている。
ここが死後の世界…とは考えにくい。
てことは……、
「生き延びたのか…、俺……」
ふと、涙が出て来た。
生きていた事に対する喜びか、生きなければならない事に対する悲しみかは判らない。
ただ、泣きたい気分だ。
「持ってきたぞ。将来の兄上の為にとっておいた特注のホルスタウロスのミルクじゃ、さぞや元気が出……ってどうした?」
そんな中、さっきの少女が部屋に入って来た。
当然、慟哭する俺を見て困惑する。
「ど、どうしたのじゃ!?ミルクは気に召さんかったか?それともどこか痛むのか?」
泣き続ける俺を泣き止ませようと少女は色々な言葉をかける。
「ううむ……そりゃっ!」
しばらくすると、少女は突然俺の頭を抱いた。
その胸に柔らかさはなく、母性は感じないが、不思議と安らぐ。
「落ち着いたか?」
いつの間にか、俺は泣き止んでいた。
「自己紹介がまだじゃったの。ワシの名はロード=ヴェルベット。見ての通りバフォメットじゃ」
少女は俺から離れると、そう自己紹介した。
バフォメット…、確かその幼い容姿に反して強大な力を持ち、『サバト』という組織を率いたり、魔王の側近を務めたりする種族だ。
「俺はラクス。ラクス=グラファイトです」
「ラクスか。良い名じゃな」
ロードは嬉しそうにそう言うと、コップに注がれたミルクを俺に差し出す。
「まあ飲め。あんな山奥で倒れとったんじゃ。喉も渇いておるじゃろう?」
言われてみればそうだ。さっき自己紹介した時も声が掠れていた気がする。
「…頂きます」
コップを受け取り、ぐいっと飲む。
「腹も減っておるじゃろう。今ワシの部下に作らせておるから、その間にお主について教えてくれぬか?」
「その前に教えて下さい。ここは何処で、何故俺は助かったのか」
状況から考えてこの少女が俺を助けてくれたのは間違いない。
「ここはお主が倒れていた山の近くにある街じゃ。昨日、散歩の途中お主が倒れていたのを見つけたのでここまで運んでやったのじゃぞ」
やはりこの少女が助けてくれたのか…。
「ありがとうございます」
「礼には及ばん。さ、次はワシの質問に答えてくれ。何故お主はあのような山奥に?」
俺は自らの事情を話した。
――反魔物領に住んでいながら、親魔物派だったことを。
――その事が教団に知られ、一族郎党皆殺しにされそうなところを逃げ出してきたことを。
「ふむ…。やはり教団は人間とは思えぬ卑劣な連中ばかりじゃのう。魔王が代替わりする前のワシ達でもそこまで惨くはなかったぞ」
話を聞き終えたロードは顔を不快に歪める。
「しかしじゃ、するとお主は行く宛ても帰る場所も無い事になるのかの?」
「まあ…、そうですね」
それを聞いたロードはニヤリと笑うと、こう続けた。
「なら、ワシのサバトに入るが良い。ワシが面倒を見てやろう」
「え…?それは、ありがたいけど…。良いんですか?」
「これも何かの縁。遠慮する事などない」
相手が人間なら、何か裏があるのかと疑っただろうが、このバフォメット相手に疑念など持てなかった。
「あ、ありがとう…」
また、俺は泣き出してしまった。
「全く、泣き虫よのう。決めたぞ、ワシがお主を鍛えてやる」
ロードは再び俺を優しく抱きしめた。
「そして、いつかワシの兄上に……――」
最後の言葉は、まどろみ始めていた俺の耳には届かなかった。
何度目か判らない疑問を頭に浮かべるも、答えなど見つからない。
俺は、山道を一心不乱に駆け回っていた。
理由は簡単、さっきまで俺は教団の連中に追い回されていたのだ。
俺の故郷は典型的な反魔物領だった。
教会は魔物を人を喰らう邪悪な、忌むべき存在と主張し、人々はそれを信じて魔物を忌避する。実に判りやすい。
そんな街で育ったものの、俺は反魔物の思想を抱いてはいなかった。
俺の家族は、反魔物領にいながらにして、親魔物の思想を持っていたのだ。
仕事の都合で反魔物領に居を構えてはいるが、魔物がどういう生き物かを理解し、歩み寄ろうとしていた。
その思想は当然息子である俺にも引き継がれた。という訳だ。
しかし、そんな俺達一家に終焉が訪れた。
何処からかは知らないが、俺達が親魔物の思想を持っている事が、教団にバレたらしい。
父は決死の覚悟で教団騎士と戦い、母は俺と妹を街から逃がした。
しかし、その妹とも教団の追っ手から逃げる途中にはぐれてしまった。
両親は間違いなく処刑されているだろうし、妹も最悪教団に捕まり処刑、運よく逃げ切れたとしても、まだ八歳の妹が一人で生きられるはずがない。
「最低だ、俺は…。妹一人守れやしない…」
疲労を訴える身体に鞭を打ちながら歩き続ける。
ポツ、ポツ、ポツ――。
雨まで降り出した。現在地は未だ山の中。近くに雨をやり過ごす洞穴や木陰も見当たらない。
「……死んだな。俺」
最早歩く気力もなく、俺はその場に倒れ伏した。
雨が身体を叩く。まるで生きる事を放棄した俺を叱咤し、奮い立たせる様に。
でも―――、
「もうイヤだ。父さんと、母さんと、リィナの所に逝かせてくれ…」
俺の心は既に絶望に支配されていた。
絶望というのは沼に似ている。一度足を踏み入れたらなかなか抜け出せない様に、一度絶望したらなかなか希望が湧いて来ない。
今までの日常も、家族も、そして希望さえ失った。
あと俺に残ったのは命だけ。その命も、今投げ出そうとしている。
「今行くよ。父さん、母さん、リィナ……」
俺は、ゆっくりと眼を閉じた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うぅむ、こやつ。なかなか起きる素振りを見せんのう…」
……耳元で、誰かの声がする。少女の声だ。幼いのに、どこか威厳のある声。
「…ん………」
「と、思った矢先に目を覚ましおったわ。しばし待っておれ、飲み物を持ってきてやろう」
まだ姿も確認しないまま、声の主は部屋から出て行った。
徐々に覚醒し始める頭で状況を整理する。
俺は山の中で倒れ、死を覚悟したままで眠りについた。
ところが今俺は簡素な部屋のベッドで横になっている。
ここが死後の世界…とは考えにくい。
てことは……、
「生き延びたのか…、俺……」
ふと、涙が出て来た。
生きていた事に対する喜びか、生きなければならない事に対する悲しみかは判らない。
ただ、泣きたい気分だ。
「持ってきたぞ。将来の兄上の為にとっておいた特注のホルスタウロスのミルクじゃ、さぞや元気が出……ってどうした?」
そんな中、さっきの少女が部屋に入って来た。
当然、慟哭する俺を見て困惑する。
「ど、どうしたのじゃ!?ミルクは気に召さんかったか?それともどこか痛むのか?」
泣き続ける俺を泣き止ませようと少女は色々な言葉をかける。
「ううむ……そりゃっ!」
しばらくすると、少女は突然俺の頭を抱いた。
その胸に柔らかさはなく、母性は感じないが、不思議と安らぐ。
「落ち着いたか?」
いつの間にか、俺は泣き止んでいた。
「自己紹介がまだじゃったの。ワシの名はロード=ヴェルベット。見ての通りバフォメットじゃ」
少女は俺から離れると、そう自己紹介した。
バフォメット…、確かその幼い容姿に反して強大な力を持ち、『サバト』という組織を率いたり、魔王の側近を務めたりする種族だ。
「俺はラクス。ラクス=グラファイトです」
「ラクスか。良い名じゃな」
ロードは嬉しそうにそう言うと、コップに注がれたミルクを俺に差し出す。
「まあ飲め。あんな山奥で倒れとったんじゃ。喉も渇いておるじゃろう?」
言われてみればそうだ。さっき自己紹介した時も声が掠れていた気がする。
「…頂きます」
コップを受け取り、ぐいっと飲む。
「腹も減っておるじゃろう。今ワシの部下に作らせておるから、その間にお主について教えてくれぬか?」
「その前に教えて下さい。ここは何処で、何故俺は助かったのか」
状況から考えてこの少女が俺を助けてくれたのは間違いない。
「ここはお主が倒れていた山の近くにある街じゃ。昨日、散歩の途中お主が倒れていたのを見つけたのでここまで運んでやったのじゃぞ」
やはりこの少女が助けてくれたのか…。
「ありがとうございます」
「礼には及ばん。さ、次はワシの質問に答えてくれ。何故お主はあのような山奥に?」
俺は自らの事情を話した。
――反魔物領に住んでいながら、親魔物派だったことを。
――その事が教団に知られ、一族郎党皆殺しにされそうなところを逃げ出してきたことを。
「ふむ…。やはり教団は人間とは思えぬ卑劣な連中ばかりじゃのう。魔王が代替わりする前のワシ達でもそこまで惨くはなかったぞ」
話を聞き終えたロードは顔を不快に歪める。
「しかしじゃ、するとお主は行く宛ても帰る場所も無い事になるのかの?」
「まあ…、そうですね」
それを聞いたロードはニヤリと笑うと、こう続けた。
「なら、ワシのサバトに入るが良い。ワシが面倒を見てやろう」
「え…?それは、ありがたいけど…。良いんですか?」
「これも何かの縁。遠慮する事などない」
相手が人間なら、何か裏があるのかと疑っただろうが、このバフォメット相手に疑念など持てなかった。
「あ、ありがとう…」
また、俺は泣き出してしまった。
「全く、泣き虫よのう。決めたぞ、ワシがお主を鍛えてやる」
ロードは再び俺を優しく抱きしめた。
「そして、いつかワシの兄上に……――」
最後の言葉は、まどろみ始めていた俺の耳には届かなかった。
11/07/19 20:03更新 / ソーマ
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