ヘンな人達
目の前の床には、置かれた魔法陣が光っている。
「行ってらっしゃい、イルティネさん」
「ああ、じゃあ行って来る」
昨日は泉に行かなかった。気付いたら夜だったし。
あの後、ワンピースがユニッセでべとべとになっていて、洗濯したらユニッセの蒼で白のワンピースは綺麗に染まっていた。
ユニッセは『これで一心同体(一心?)ですね。キャー♪』とか言って浮かれている。
その蒼いワンピースを身につけて、またあの泉に行く。一日開けてしまったが、コトラは来てくれてるだろうか?
――ヴゥン
泉は今日も晴れている。
またコトラ以外の人間が来るかもしれないので、一昨日と同じく木に登って待っていた。
暫くしてコトラがやってきた。首を回して辺りを見回し、視線を上げて私を見つけた。
「いた」
「見つかった」
私は木から飛び降りるとコトラに近寄る。
「木登り好きなの?」
「そう言う訳じゃないんだけど、どちらかと言うと高い所が好き」
「そっか。昨日はどうしたの?」
お互いにここで会うと約束した訳ではないのだが。
「ちょっと、用事というか」
ユニッセと取っ組み合いしていたなんて言えない。
「ふーん」
「昨日待ってた?」
「え?あ、いや、そんなんじゃないよ」
コトラは私を待っていたようだ。
「今度は約束しておこうか?」
「そうだね」
会って何をする、と言う訳ではないのだけれど、待ちぼうけをするより良いだろう。
一昨日の会話から思うに、コトラは自分で食糧を得なければならないようだし、私と違い無駄な時間を過ごさせる訳にはいかない。
「そうそう。さっき、ヘンな人達に会ってさ」
コトラが喋りながら泉の方へ向かう。
「ヘンな人達?」
「うん」
人間の中にもヘンと思われる奴が居るんだな。
「『この辺りに数日前から不自然な魔力を感じる』とか言ってさぁ」
不自然な魔力って…。
「魔法とか魔力とかは良く解んないけど、どうせイルティネの転移魔法の事でしょ」
そうかも知れないけど、私から漏れている僅かな魔力のことかも知れない。
「…その事、言った?」
「ん?いや、言ってないよ?絡まれたら面倒だし『知らない』って言って別れた」
「…そっ、か。…その人達、どんな格好だった?」
「えーと、白い鎧を着た3人組。ローブ着てたけど、隙間からちょっと見えた」
まさか、教団騎士?
帰りたいけど、今日も夕方辺りで帰るとユニッセに言ってしまっているので、それも出来ない。
それに、さっき私が来た事で気付いてここに向かって来ているかも。
「そう…。コ、コトラ!違う所に行ってみたい」
逃げても森で迷ったらここに帰って来れないかもしれない。私が魔物と気付いていないコトラを連れて行った方がいいか?
「違う所?」
「うん。誰も人が来なさそうな所、行ってみたいの」
そう言ってコトラの手を取り、森の方へ歩き出す。何処でも良い。とにかくここを離れないと――
「!………そ、そうだなー。ここ自体人余り来ないしな…」
――ガサッ
コトラが突然止まり、森に目を向ける。
「誰かいる」
「え?」
私もコトラの見ている方を見ようとして、見るより早く身体が異変を知らせてきた。
大量の魔力が、身体に纏わり付いて来ている。やばい!
咄嗟に走って逃げようとしたけど、足が動かない。いや、全身が動かない!
「あうっ、く、っそ!」
「イルティネ?どうしたの?」
身体に纏わり付いた魔力が私の動きを封じ、その場に固定する。対象の動きを止める拘束魔法だ。しかも指先すら動かすのがままならない、かなり強力なものだ。
コトラが、何が何だか分からないみたいな顔で私を見る。
「う、動けないっ」
「動けない??」
「そこの少年。今すぐそこから離れなさい」
突然コトラのでも、私のでもない声が聞こえた。
首も動かないので眼を動かして声のする方を見ると、森の中から白い鎧と剣を身に付けた人間が3人出てきた。
全員の鎧の胸には教団のシンボルが輝いている。…教団の騎士だ。
「もう一度言います。少年、そこから離れなさい」
3人の騎士の内、黒い髪の女騎士が先頭に立ち、私に近付いてくる。
コトラがすっ、と私と騎士達の間に入って来た。
「俺達になんか用ですか?…と言うか、イルティネが動けないのってあんた達の所為ですか?」
「そうです。危ないのであなたは離れていてください」
「どちらかと言うと、初対面でヘンな事をするあんた達の方が危ないと思うんですけど」
コトラの右手が騎士達に見えない様に剣を抜ける位置まで移動する。
女騎士は後ろに居た2人に何やら命令している。…二手に分かれて近付いて来た。
「あなたとは先程会いましたが」
「イルティネに、って意味なんですけど」
「…用があるのはあなたの後ろのだけです」
「穏便な用件とは思えないんですけど」
「退いてくれませんか?」
「それは結構難しいです」
コトラは2人の騎士達に注意を払いつつ、少し後ずさる。
「…少年を保護しろ」
その言葉を聞いた2人の騎士はコトラを捕まえようと一気に距離を詰める。
コトラは右手で剣を握り左手で鞘を掴むと、腰のベルトから剣を鞘ごと取って、左から来た騎士の顔面を思いっきり殴る。そのまま返す刀で右の騎士も殴り、更に蹴っ飛ばした。
「ぐがっ!」
「うげっ!」
2人の騎士が傷みに声を上げて怯む。コトラは剣を構え私の前に立つ。
「コトラ!逃げて!」
「大丈夫。何とかする」
「このっ!」
「なにしやがる…」
私は声をかけるが相手にされない。このままじゃ、コトラに魔物だとばれてしまう!
と言うか、教団騎士がこんなことしてたら、すぐに私を疑ってもいい筈なんだけどコトラ鈍いな。
いや、その鈍さで助かるかもしれない。助かるか?あれ?落ちつけ私!
……顔を殴られて鼻血を出している騎士はもしかしたら何とかなるかもしれないが、あの女騎士は多分、無理だ。かなり強いハズだ。この拘束魔法も彼女がかけたものだろう。
「…あなたを助けようとしたのですが」
「助けて欲しいなんて言って無い」
騎士達が剣に手をかけるが、女騎士に制された。
「あくまでその魔物を守ると言うのですか?」
その台詞に、心臓がはじけそうになった。
「魔、物?」
「気付いてなかったのですか…まあ、姿を変えていれば解り辛いですが」
コトラがゆっくり私を振り返る。
「イルティネが、魔物?」
ばれてしまった。コトラに、ばれてしまった。
さすがに鈍くてもこれは無理だった。
「まだ危害は加えられていないようですね。間に会って良かったです」
コトラは剣を降ろして、形容しがたい顔で私を見る。
「……っ」
私はコトラから目を逸らす。
「正体を表しなさい」
女騎士が近付いてくる。
「こ、来ないで!」
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!
声が震える。
女騎士の手が翳されると、ユニッセが掛けてくれた魔法が解除されていくのが分かった。髪が、目が、耳が元に戻ってゆく。
「尖った耳…エルフ種?…いや、この魔力……デュラハン、ですか」
「デュ、デュラハン!?」
「初めて見たぞ」
騎士達が何か言っているが、私にはもう関係なかった。
コトラはじっと私を見つめている。
見ないで。お願いだから。私は目を瞑った。
「デュラハンと言う事は首が取れるのか…」
「取れますが、それだけです。死ぬことは…直接的には無いと思いますが、殺すには、止めには心臓を狙うことです。頭は落とさない方が良いです」
そうか、私、死ぬのか…。
「まだ子供のようですが、恨まないでください」
耳に、鞘から剣を抜く音が聞こえた。
女騎士はその剣を私の心臓めがけて突き出すだろう。
「…?」
けど、いつまでたっても剣は私に届かなかった。
目を開けると、切先は胸の寸前で止まっていた。
「…少年、何のつもりですか?」
そう言う女騎士の喉元にコトラの剣が伸びている。
「…コト、ラ…?」
訳が分からない。
「お前こそ、何する気だ?」
「…やはり、魔物に取り込まれていたのですか」
コトラが剣先で女騎士を私から遠ざけて行く。他の騎士達は剣を抜くが手出しが出来ないようで、女騎士と同じ様に後ろに少し下がる。
「眼の前でイルティネが殺されるの黙って見て居られるか」
私を、助けてくれた?
「魔物ですよ?」
「だから何だって言うんだ。大切な友達に変わりは無い」
コトラ…。
「っ………そうですか。なら…あなたも私の敵です」
「!」
女騎士は素早く後ろに一歩下がると、踏み込みと共に剣で横薙ぎを繰り出した。
女騎士が下がった瞬間コトラもバックステップをし、剣撃を避けつつ私の元へ戻って来た。
「イルティネ!動ける?」
「えっ、いや、まだ」
動けないと言おうとしたところで、一人の騎士が私の後ろから来たようで、コトラが私の肩越しに背中へ剣をまわして攻撃を受け止める。
かなり無理な体勢だ。
「くっ」
「コトラ!!」
その隙に前からもう一人が襲いかかる。
『目を閉じてください!!』
「え!?」
突然私の下、いや、ワンピースから声が聞こえた。これは、ユニッセの声だ。
声はコトラにも聞こえたようで、コトラがきつく目を閉じる。
直後、ワンピースが目映く光り出した。瞼を閉じていても光が少し目を焼く。
「うあっ」
「くっ」
「何だっ!?」
光に視力を奪われ、騎士達が怯んだ。同時に、かかっていた拘束魔法が消え、身体が動くようになった。
「ユ、ユニッセ!?どうして」
『そんなことは後でイイですから、魔法陣で戻ってきてください!身体は動くはずです!』
薄目を開けると、離れた場所に魔法陣が出てきていた。
「イルティネ、早く!」
コトラに腕を引かれ、魔法陣へと走る。
「逃がしません!!」
女騎士は目暗ましを逃れたようで、後ろ向きだが、彼女から放たれた魔力が私に飛んでくるのが分かった。
「っ!!」
突然背中を押され、前のめりに倒れそうになった。
「っがぁっ!!」
すぐ後ろで起きた爆風と爆音に驚き振りかえると、背中を焦がしたコトラが倒れている。私の身代わりになったんだ!
「コトラ!!」
「…っ早く行け!!」
コトラはなんとか立ち上がり、女騎士向かって走り出した。魔法陣まで逃げろと言う意味だろうけど、そんな…。
コトラが女騎士に剣を振り下ろす。女騎士はもう一度唱えようとした魔法の詠唱を止め、コトラの剣を防いだ。
『早く!!』
ユニッセに押され、私は魔法陣に走った。
陣の目の前までやって来て振りかえると、コトラが女騎士の攻撃に押されていた。
「っ!」
目暗ましをくらった騎士が視力を取り戻し、私の方に走って来ている。
「……っ!!」
『イ、イルティネさん!』
知らないうちに、私は走り出していた。魔法陣の方では無く、コトラの方へ。
私に向かってきていた騎士達の間をすり抜け、体勢の崩れたコトラに剣を振り下ろそうとする女騎士へ肩からぶつかる。
「あああああっ!!!」
「なっ!?、くっ」
「イルティネ!?」
しかし、ぶつかる瞬間、女騎士はわざと体を倒し、力を受け流されてしまった。そのまま私は勢い余って転んでしまった。
「うぐぅ」
わき腹に鈍い衝撃が走る。女騎士に強く蹴られ、私は地面を転がった。
「自分から戻って来るとは…こちらとしては好都合ですが、何を考えているんですか?」
転がって仰向けになった所に、剣を突き付けられる。
「…ごほっ、……わ、わかんない…」
さっきからずっと震えている身体から、言葉をなんとかひねり出す。
コトラは二人の騎士に挟まれ、防戦一方になって、とうとうねじ伏せられてしまった。
「手間取らせやがって」
「くっそ…この!はなせっ!」
「大人しくしろ!」
騎士の一人がコトラの顔を殴り付ける。
「コトラっ!!」
「戻ってくればこうなると分からなかったんですか?…死ぬんですよ?」
女騎士はまた私に問う。
「…わかんないって、言ったじゃない」
『イルティネさんを放してください!彼女は何もやっていないのに、いきなり殺すなんて酷すぎます!!』
「……服…も魔物ですか。…今はやっていないとしても、放っておけば人間を堕落させるに決まっています。人の世を守る為、どんな小さな芽でも摘まなければなりません。死んで貰います」
女騎士が突き付けている剣の切っ先が、私の息の根を止めようと狙っている。
死ぬのは怖くない、と言えばそんなのウソだ。怖いに決まっている。
現に怖くて震えている。
でも。
「私は、いいから…お願い。コトラは…」
『イルティネさん!!何を言っているんですか!!』
コトラはなんの関係もないから。何もしていないから。
「だめです。魔物に与するものはそれ相応の罰を受けて貰う事になります」
そんな…。コトラは、何もしていないのに。罰だなんて!
「………そんな事、させない!!」
力を振り絞って、私はワンピースの裾で突き付けられた剣を包み、握る。
どういう原理か知らないが、ユニッセと話が出来て魔法も使えると言うのなら、もしかしたらそう簡単には切れないのではと思ったが、やっぱり握った程度ではユニッセの染みた服は切れないようだ。さすが私の友達。
「なっ!?」
剣は振れないしまだ子供だけれど、力はその辺の人間よりはあるだろう。
突然の行動に不意を突かれた女騎士を押し倒し、馬乗りになって、頬をぶん殴った。
「うぐっ」
女騎士が抵抗して起き上がろうとしたのでもう一発。
しかし、力任せの拳では上手く気絶させられない。こうなったら!
「うわあああああああああああああああああああ!!!!」
私は頭を両手で掴み持ち上げ、私の下で暴れる女騎士の額めがけて思いっきり振り落とした。
ごつんっ、と鈍い音がして、女騎士の力が抜けた。私の意識も飛ぶかと思った。
だが、頭を外した事で私の中から精が抜けて行っている。急いでカタを付けなければ。
私はすぐに立ち上がり、続いてコトラを抑えている騎士に体当たりをしようとした。
「っ!」
いきなり鋭い感覚が右足を襲い、また転んでしまった。
転んだ拍子に首に付けかけていた頭が手から零れ落ち、コトラの方へ転がって行く。
頭が止まった時、視界には右脹脛から血を流す私の身体が映った。
血の付いた剣を杖代わりに、女騎士は額を抑えつつ立ち上がっていた。
「やってくれましたね」
すぐさま左足も同じ様になった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」
『イルティネさん!!』
余りの痛さに声を上げ、身体も強張る。
「イルティネ!!この、よくも!!」
「魔物が、面倒な事しやがって」
「ぎゃっ」
騎士の一人が私の頭を持ち上げ、地面に叩き付ける。
痛い。
「やめろ!!!イルティネ!!」
また叩き付けられた。額が切れて血が出てきて、私の目に入った。
頭が痛い。
「大人しくしていろ」
頭だけじゃなくて、身体の方からも血が沢山流れ出ている。
足が痛い。
「いやあああぁっ!!」
抵抗しようとした腕にも剣が刺さった。
腕が痛い。
『止めて!!!ダメ!!!!』
胸の辺りを鋭い物で何度も突かれている。
身体が痛い。
「胴体は服が守っている様ですね。刃が立ちません」
痛い。
「これ以上面倒な抵抗をされても困りますので、頭を潰します」
全部、痛いよ。
地面に置かれた血塗れの私の視界には、こちらへやって来る女騎士が映った。
もう、打つ手無しだよ。
やっぱり、ここで死ぬのかな。
「やめろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」
――ゴォオオォ
突然、大きな影が私達を覆った。
「少年の言うとおり、もう止めて欲しい」
そしてその直後、目の前に、『誰か』が空から下りてきた。
『誰か』は、見覚えのある鎧を着、
見覚えのある両刃の大剣を携え、
私と同じ蒼の長い髪を持ち、
私に背中を向けて立っていた。
それは、
憧れた、
でも、
遥か遠くにあって手の届かない、
「……母、様?」
母様の背中だった。
「行ってらっしゃい、イルティネさん」
「ああ、じゃあ行って来る」
昨日は泉に行かなかった。気付いたら夜だったし。
あの後、ワンピースがユニッセでべとべとになっていて、洗濯したらユニッセの蒼で白のワンピースは綺麗に染まっていた。
ユニッセは『これで一心同体(一心?)ですね。キャー♪』とか言って浮かれている。
その蒼いワンピースを身につけて、またあの泉に行く。一日開けてしまったが、コトラは来てくれてるだろうか?
――ヴゥン
泉は今日も晴れている。
またコトラ以外の人間が来るかもしれないので、一昨日と同じく木に登って待っていた。
暫くしてコトラがやってきた。首を回して辺りを見回し、視線を上げて私を見つけた。
「いた」
「見つかった」
私は木から飛び降りるとコトラに近寄る。
「木登り好きなの?」
「そう言う訳じゃないんだけど、どちらかと言うと高い所が好き」
「そっか。昨日はどうしたの?」
お互いにここで会うと約束した訳ではないのだが。
「ちょっと、用事というか」
ユニッセと取っ組み合いしていたなんて言えない。
「ふーん」
「昨日待ってた?」
「え?あ、いや、そんなんじゃないよ」
コトラは私を待っていたようだ。
「今度は約束しておこうか?」
「そうだね」
会って何をする、と言う訳ではないのだけれど、待ちぼうけをするより良いだろう。
一昨日の会話から思うに、コトラは自分で食糧を得なければならないようだし、私と違い無駄な時間を過ごさせる訳にはいかない。
「そうそう。さっき、ヘンな人達に会ってさ」
コトラが喋りながら泉の方へ向かう。
「ヘンな人達?」
「うん」
人間の中にもヘンと思われる奴が居るんだな。
「『この辺りに数日前から不自然な魔力を感じる』とか言ってさぁ」
不自然な魔力って…。
「魔法とか魔力とかは良く解んないけど、どうせイルティネの転移魔法の事でしょ」
そうかも知れないけど、私から漏れている僅かな魔力のことかも知れない。
「…その事、言った?」
「ん?いや、言ってないよ?絡まれたら面倒だし『知らない』って言って別れた」
「…そっ、か。…その人達、どんな格好だった?」
「えーと、白い鎧を着た3人組。ローブ着てたけど、隙間からちょっと見えた」
まさか、教団騎士?
帰りたいけど、今日も夕方辺りで帰るとユニッセに言ってしまっているので、それも出来ない。
それに、さっき私が来た事で気付いてここに向かって来ているかも。
「そう…。コ、コトラ!違う所に行ってみたい」
逃げても森で迷ったらここに帰って来れないかもしれない。私が魔物と気付いていないコトラを連れて行った方がいいか?
「違う所?」
「うん。誰も人が来なさそうな所、行ってみたいの」
そう言ってコトラの手を取り、森の方へ歩き出す。何処でも良い。とにかくここを離れないと――
「!………そ、そうだなー。ここ自体人余り来ないしな…」
――ガサッ
コトラが突然止まり、森に目を向ける。
「誰かいる」
「え?」
私もコトラの見ている方を見ようとして、見るより早く身体が異変を知らせてきた。
大量の魔力が、身体に纏わり付いて来ている。やばい!
咄嗟に走って逃げようとしたけど、足が動かない。いや、全身が動かない!
「あうっ、く、っそ!」
「イルティネ?どうしたの?」
身体に纏わり付いた魔力が私の動きを封じ、その場に固定する。対象の動きを止める拘束魔法だ。しかも指先すら動かすのがままならない、かなり強力なものだ。
コトラが、何が何だか分からないみたいな顔で私を見る。
「う、動けないっ」
「動けない??」
「そこの少年。今すぐそこから離れなさい」
突然コトラのでも、私のでもない声が聞こえた。
首も動かないので眼を動かして声のする方を見ると、森の中から白い鎧と剣を身に付けた人間が3人出てきた。
全員の鎧の胸には教団のシンボルが輝いている。…教団の騎士だ。
「もう一度言います。少年、そこから離れなさい」
3人の騎士の内、黒い髪の女騎士が先頭に立ち、私に近付いてくる。
コトラがすっ、と私と騎士達の間に入って来た。
「俺達になんか用ですか?…と言うか、イルティネが動けないのってあんた達の所為ですか?」
「そうです。危ないのであなたは離れていてください」
「どちらかと言うと、初対面でヘンな事をするあんた達の方が危ないと思うんですけど」
コトラの右手が騎士達に見えない様に剣を抜ける位置まで移動する。
女騎士は後ろに居た2人に何やら命令している。…二手に分かれて近付いて来た。
「あなたとは先程会いましたが」
「イルティネに、って意味なんですけど」
「…用があるのはあなたの後ろのだけです」
「穏便な用件とは思えないんですけど」
「退いてくれませんか?」
「それは結構難しいです」
コトラは2人の騎士達に注意を払いつつ、少し後ずさる。
「…少年を保護しろ」
その言葉を聞いた2人の騎士はコトラを捕まえようと一気に距離を詰める。
コトラは右手で剣を握り左手で鞘を掴むと、腰のベルトから剣を鞘ごと取って、左から来た騎士の顔面を思いっきり殴る。そのまま返す刀で右の騎士も殴り、更に蹴っ飛ばした。
「ぐがっ!」
「うげっ!」
2人の騎士が傷みに声を上げて怯む。コトラは剣を構え私の前に立つ。
「コトラ!逃げて!」
「大丈夫。何とかする」
「このっ!」
「なにしやがる…」
私は声をかけるが相手にされない。このままじゃ、コトラに魔物だとばれてしまう!
と言うか、教団騎士がこんなことしてたら、すぐに私を疑ってもいい筈なんだけどコトラ鈍いな。
いや、その鈍さで助かるかもしれない。助かるか?あれ?落ちつけ私!
……顔を殴られて鼻血を出している騎士はもしかしたら何とかなるかもしれないが、あの女騎士は多分、無理だ。かなり強いハズだ。この拘束魔法も彼女がかけたものだろう。
「…あなたを助けようとしたのですが」
「助けて欲しいなんて言って無い」
騎士達が剣に手をかけるが、女騎士に制された。
「あくまでその魔物を守ると言うのですか?」
その台詞に、心臓がはじけそうになった。
「魔、物?」
「気付いてなかったのですか…まあ、姿を変えていれば解り辛いですが」
コトラがゆっくり私を振り返る。
「イルティネが、魔物?」
ばれてしまった。コトラに、ばれてしまった。
さすがに鈍くてもこれは無理だった。
「まだ危害は加えられていないようですね。間に会って良かったです」
コトラは剣を降ろして、形容しがたい顔で私を見る。
「……っ」
私はコトラから目を逸らす。
「正体を表しなさい」
女騎士が近付いてくる。
「こ、来ないで!」
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!
声が震える。
女騎士の手が翳されると、ユニッセが掛けてくれた魔法が解除されていくのが分かった。髪が、目が、耳が元に戻ってゆく。
「尖った耳…エルフ種?…いや、この魔力……デュラハン、ですか」
「デュ、デュラハン!?」
「初めて見たぞ」
騎士達が何か言っているが、私にはもう関係なかった。
コトラはじっと私を見つめている。
見ないで。お願いだから。私は目を瞑った。
「デュラハンと言う事は首が取れるのか…」
「取れますが、それだけです。死ぬことは…直接的には無いと思いますが、殺すには、止めには心臓を狙うことです。頭は落とさない方が良いです」
そうか、私、死ぬのか…。
「まだ子供のようですが、恨まないでください」
耳に、鞘から剣を抜く音が聞こえた。
女騎士はその剣を私の心臓めがけて突き出すだろう。
「…?」
けど、いつまでたっても剣は私に届かなかった。
目を開けると、切先は胸の寸前で止まっていた。
「…少年、何のつもりですか?」
そう言う女騎士の喉元にコトラの剣が伸びている。
「…コト、ラ…?」
訳が分からない。
「お前こそ、何する気だ?」
「…やはり、魔物に取り込まれていたのですか」
コトラが剣先で女騎士を私から遠ざけて行く。他の騎士達は剣を抜くが手出しが出来ないようで、女騎士と同じ様に後ろに少し下がる。
「眼の前でイルティネが殺されるの黙って見て居られるか」
私を、助けてくれた?
「魔物ですよ?」
「だから何だって言うんだ。大切な友達に変わりは無い」
コトラ…。
「っ………そうですか。なら…あなたも私の敵です」
「!」
女騎士は素早く後ろに一歩下がると、踏み込みと共に剣で横薙ぎを繰り出した。
女騎士が下がった瞬間コトラもバックステップをし、剣撃を避けつつ私の元へ戻って来た。
「イルティネ!動ける?」
「えっ、いや、まだ」
動けないと言おうとしたところで、一人の騎士が私の後ろから来たようで、コトラが私の肩越しに背中へ剣をまわして攻撃を受け止める。
かなり無理な体勢だ。
「くっ」
「コトラ!!」
その隙に前からもう一人が襲いかかる。
『目を閉じてください!!』
「え!?」
突然私の下、いや、ワンピースから声が聞こえた。これは、ユニッセの声だ。
声はコトラにも聞こえたようで、コトラがきつく目を閉じる。
直後、ワンピースが目映く光り出した。瞼を閉じていても光が少し目を焼く。
「うあっ」
「くっ」
「何だっ!?」
光に視力を奪われ、騎士達が怯んだ。同時に、かかっていた拘束魔法が消え、身体が動くようになった。
「ユ、ユニッセ!?どうして」
『そんなことは後でイイですから、魔法陣で戻ってきてください!身体は動くはずです!』
薄目を開けると、離れた場所に魔法陣が出てきていた。
「イルティネ、早く!」
コトラに腕を引かれ、魔法陣へと走る。
「逃がしません!!」
女騎士は目暗ましを逃れたようで、後ろ向きだが、彼女から放たれた魔力が私に飛んでくるのが分かった。
「っ!!」
突然背中を押され、前のめりに倒れそうになった。
「っがぁっ!!」
すぐ後ろで起きた爆風と爆音に驚き振りかえると、背中を焦がしたコトラが倒れている。私の身代わりになったんだ!
「コトラ!!」
「…っ早く行け!!」
コトラはなんとか立ち上がり、女騎士向かって走り出した。魔法陣まで逃げろと言う意味だろうけど、そんな…。
コトラが女騎士に剣を振り下ろす。女騎士はもう一度唱えようとした魔法の詠唱を止め、コトラの剣を防いだ。
『早く!!』
ユニッセに押され、私は魔法陣に走った。
陣の目の前までやって来て振りかえると、コトラが女騎士の攻撃に押されていた。
「っ!」
目暗ましをくらった騎士が視力を取り戻し、私の方に走って来ている。
「……っ!!」
『イ、イルティネさん!』
知らないうちに、私は走り出していた。魔法陣の方では無く、コトラの方へ。
私に向かってきていた騎士達の間をすり抜け、体勢の崩れたコトラに剣を振り下ろそうとする女騎士へ肩からぶつかる。
「あああああっ!!!」
「なっ!?、くっ」
「イルティネ!?」
しかし、ぶつかる瞬間、女騎士はわざと体を倒し、力を受け流されてしまった。そのまま私は勢い余って転んでしまった。
「うぐぅ」
わき腹に鈍い衝撃が走る。女騎士に強く蹴られ、私は地面を転がった。
「自分から戻って来るとは…こちらとしては好都合ですが、何を考えているんですか?」
転がって仰向けになった所に、剣を突き付けられる。
「…ごほっ、……わ、わかんない…」
さっきからずっと震えている身体から、言葉をなんとかひねり出す。
コトラは二人の騎士に挟まれ、防戦一方になって、とうとうねじ伏せられてしまった。
「手間取らせやがって」
「くっそ…この!はなせっ!」
「大人しくしろ!」
騎士の一人がコトラの顔を殴り付ける。
「コトラっ!!」
「戻ってくればこうなると分からなかったんですか?…死ぬんですよ?」
女騎士はまた私に問う。
「…わかんないって、言ったじゃない」
『イルティネさんを放してください!彼女は何もやっていないのに、いきなり殺すなんて酷すぎます!!』
「……服…も魔物ですか。…今はやっていないとしても、放っておけば人間を堕落させるに決まっています。人の世を守る為、どんな小さな芽でも摘まなければなりません。死んで貰います」
女騎士が突き付けている剣の切っ先が、私の息の根を止めようと狙っている。
死ぬのは怖くない、と言えばそんなのウソだ。怖いに決まっている。
現に怖くて震えている。
でも。
「私は、いいから…お願い。コトラは…」
『イルティネさん!!何を言っているんですか!!』
コトラはなんの関係もないから。何もしていないから。
「だめです。魔物に与するものはそれ相応の罰を受けて貰う事になります」
そんな…。コトラは、何もしていないのに。罰だなんて!
「………そんな事、させない!!」
力を振り絞って、私はワンピースの裾で突き付けられた剣を包み、握る。
どういう原理か知らないが、ユニッセと話が出来て魔法も使えると言うのなら、もしかしたらそう簡単には切れないのではと思ったが、やっぱり握った程度ではユニッセの染みた服は切れないようだ。さすが私の友達。
「なっ!?」
剣は振れないしまだ子供だけれど、力はその辺の人間よりはあるだろう。
突然の行動に不意を突かれた女騎士を押し倒し、馬乗りになって、頬をぶん殴った。
「うぐっ」
女騎士が抵抗して起き上がろうとしたのでもう一発。
しかし、力任せの拳では上手く気絶させられない。こうなったら!
「うわあああああああああああああああああああ!!!!」
私は頭を両手で掴み持ち上げ、私の下で暴れる女騎士の額めがけて思いっきり振り落とした。
ごつんっ、と鈍い音がして、女騎士の力が抜けた。私の意識も飛ぶかと思った。
だが、頭を外した事で私の中から精が抜けて行っている。急いでカタを付けなければ。
私はすぐに立ち上がり、続いてコトラを抑えている騎士に体当たりをしようとした。
「っ!」
いきなり鋭い感覚が右足を襲い、また転んでしまった。
転んだ拍子に首に付けかけていた頭が手から零れ落ち、コトラの方へ転がって行く。
頭が止まった時、視界には右脹脛から血を流す私の身体が映った。
血の付いた剣を杖代わりに、女騎士は額を抑えつつ立ち上がっていた。
「やってくれましたね」
すぐさま左足も同じ様になった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」
『イルティネさん!!』
余りの痛さに声を上げ、身体も強張る。
「イルティネ!!この、よくも!!」
「魔物が、面倒な事しやがって」
「ぎゃっ」
騎士の一人が私の頭を持ち上げ、地面に叩き付ける。
痛い。
「やめろ!!!イルティネ!!」
また叩き付けられた。額が切れて血が出てきて、私の目に入った。
頭が痛い。
「大人しくしていろ」
頭だけじゃなくて、身体の方からも血が沢山流れ出ている。
足が痛い。
「いやあああぁっ!!」
抵抗しようとした腕にも剣が刺さった。
腕が痛い。
『止めて!!!ダメ!!!!』
胸の辺りを鋭い物で何度も突かれている。
身体が痛い。
「胴体は服が守っている様ですね。刃が立ちません」
痛い。
「これ以上面倒な抵抗をされても困りますので、頭を潰します」
全部、痛いよ。
地面に置かれた血塗れの私の視界には、こちらへやって来る女騎士が映った。
もう、打つ手無しだよ。
やっぱり、ここで死ぬのかな。
「やめろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」
――ゴォオオォ
突然、大きな影が私達を覆った。
「少年の言うとおり、もう止めて欲しい」
そしてその直後、目の前に、『誰か』が空から下りてきた。
『誰か』は、見覚えのある鎧を着、
見覚えのある両刃の大剣を携え、
私と同じ蒼の長い髪を持ち、
私に背中を向けて立っていた。
それは、
憧れた、
でも、
遥か遠くにあって手の届かない、
「……母、様?」
母様の背中だった。
11/04/05 19:08更新 / チトセミドリ
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