骨・2
「はあい」
「…」
ウルオラがこの仕事を初めてかれこれ3年が経った。本当ならば2年ほどで交代する筈だったが、ウルオラはそれを断った。いままで誰もがやりたがらない仕事だったので、続勤の申し出に反対する者は出なかった。
「よっと。これでいいな」
「…」
「あとこれ。前言ったゲレネックスのやつ。アマナディキが読めたんならこっちもいけるだろ」
ウルオラが本を差し出すと、墓守はほくほくとした表情でそれを受け取った。読書の趣味を友人や仕事仲間から意外だと言われるウルオラは、これまでにも墓守へ何冊か本を貸していた。
「…」
墓守が本を片手に、聖堂を指さす。
「お。飯かい?じゃあ御馳走になろうかね」
相変わらず墓守は何も言わない。
しかし、ウルオラは墓守の言いたい事、示している事が手に取るように分かった。そして今までは誰かが来ても無表情をしていた墓守だったが、ウルオラが来るようになってからはそれが少しづつ変わってゆき、無表情だった顔に喜怒哀楽が表れ始めていた。
香ばしい匂いを漂わせる室内で、ウルオラは墓守の用意した手製のイスに座ってフォークとナイフを動かす。白身を一口サイズに切り取り、口に入れ、ほうばる。
「んーっ!何度食っても美味いね。金取れる腕前だよこりゃあ。しかも良くもまぁこんなでっかい魚釣ったよ」
「…」
絶品の魚のムニエルをウルオラが褒めると、墓守が照れ隠しに鼻を掻いた。そんな墓守を見て、ウルオラは笑みを浮かべる。
ウルオラは聖堂に行くことが楽しくなっていた。週に一度が待ち遠しく、毎日でも行きたいと思っていた。聖堂には何もなく、ただ無口な墓守が居るだけだが、その墓守に会う事が何よりも楽しみとなっていた。けれど同時に、もどかしくもあった。
いつからかは知らない。きっかけも分からない。けれど、ウルオラは墓守のことを好きになっていた。墓守もきっとまんざらではないだろう。しかし、どうしたらいいものかウルオラには分からなかった。生まれて今まで色恋沙汰が全く無かったとは言えないが、数少ないその全てが男から言い寄られていたため、いざ自分が、となると免疫が無かった。想いを伝えようにも踏み出せず、ずるずるとこの関係を引きずってきていた。
「いつまでそんな仕事続けるつもりなの?」
引きずるに引きずって、とうとう母親からも本格的に非難の声が上がるようになった。
「いつまでって、仕事なんだからしょーがないよ」
「嘘おっしゃい。交代断ったくせして」
「な、なんでそれを」
ウルオラは驚いた顔7割、ばつの悪い顔を3割した。
「あら。本当に断ってたの?」
「えっ!?」
ウルオラはとっさに口を手で塞ぐがもう遅い。まんまとウルオラは母親のカマに引っかかってしまった。
「まったく、何を考えてるのかしら…」
「うう、いや、その」
額に手をやって呆れる母親にウルオラは口籠る。まさか墓守の事が…等とは言えない。
「好きな男でも出来た?」
「えっ!!?…い、いやっ、今度は引っかからねーぞ!!」
「それはもう認めた様なものじゃないかしら」
「あ」
「…相手は、墓守ね?」
想い人まで言い当てられたウルオラは顔を赤くして身をちぢ込めた。どうにも母親には敵わないと分かり、素直に返事を返した。
「うん…」
「墓守が、どういう存在か分かってる?」
母親がウルオラをテーブルにつかせ、自分は対面するように座る。母親の目は鋭く、真剣な視線がウルオラに突き刺さる。
「墓守はこの街では忌み嫌われるものよ」
「…」
「今の仕事をしはじめて、あなたから離れて行った人も居たでしょう?」
「…うん」
「ましてやその墓守と恋中、なんて言ったら、この街に住めなくなるかもしれないのよ?」
「……うん」
「うん、じゃ無くて、本当に分かっているのかしら」
「…わかってる」
「本当?口だけなら幾らでも言えるのよ?」
「わかってるって」
「お母さんは、あなたの為を思って言っているのよ?」
「うるさい!」
その言葉を聞いて、堪忍袋の緒が切れた。
「みんなしてわけわからないものに怖がって追いやって押しつけて!あたしの為って、結局は世間体とか自分の為でしょ!?母さんも肩身の狭い思いしてるのは分かってるけどさぁ、あたしなんか悪い事した!??」
少し前に、ウルオラは石を投げられた。死を聖堂から連れて帰ってきている、と言われて投げられたそれは小さいものだったが、やけに重く、痛く感じられた。そして、ウルオラは自分が投げた時のことを思い出した。ずっと昔に、周りに言われるがまま投げてしまった石は、これよりも、もっと重かったかもしれない。
「生きてりゃいつか死ぬんだからどうしようもないじゃん!石投げたからっていきなり死んじゃうのが無くなるなんてことないじゃん!死ぬときゃ死ぬんだよ!!それなのにアホだよ、みんなアホ!あの子が何したって言うのさ!皆から嫌われて、父親も、母親すらいなくて頑張ってんだよ!何も言わないけどさ、いっつも私に笑顔見せてくれんだよ!好きだよ!好きですよ!あぁはいそうです好きですよ!好きだから何だっていうのさ!」
勢いよく立ちあがり、どん、と握った拳をテーブルに叩き付け、母親を見る。
ほんの少し二人で睨みあってから、母親がふと笑みをこぼした。
「それならそうと最初から言いなさい」
「え?」
「どうせまだ相手に何も伝えてないんでしょ?それに、もっとお洒落しなさい。意識して行かないと何も進まないわよ」
「え、え?」
「最近肌の色つやは良いけど、恋化粧ってやつかしら?服は…そうね、いきなり変に着飾るよりも、まずはあなたのイメージに合わせた方がいいかしら。きっと男勝りな口調のままでしょうし」
母親は顎に指を当て思案してゆく。ウルオラはさっきまでと違い、何処か楽しそうにしている母親に呆気に取られていた。
「ちょっとまってよ。何?反対してたんじゃ…」
「何、って…あなたの為を想って言ってるんじゃない」
「いや、だから」
「あなたが選んだのであれば、私はそれを応援するだけよ」
ウルオラは目を見開き動きを止め、母親を見つめた。
「さっきのは、あなたの意思を確認しただけ。それでも言い張るのなら、何も言わないわ」
「母さん…」
母親がやわらかい笑みを見せた。
「仕事から帰ってくるたびに、心底楽しそうに話をしているんだもの。ああ、きっと墓守の事が好きになったんだな、ってすぐに分かったわ。私は直接その子と喋った事は無いけど…って、喋らないだっけ?まあ、あなたの話を聞く限り、世間で言われている様な嫌われ者では無いって思うわ」
「で、でも、母さんに迷惑が…」
「迷惑なんてばかなこと言わないの」
母親はぴしゃりと言い切り、立ち上がってウルオラに近寄る。
「頑張りなさい。精一杯応援するわ」
そう言って、ウルオラを抱きしめた。
「…ありがと」
ウルオラも応えるように腕を回した。
死ぬ時は死ぬ。
それは誰にでも当てはまり、偶然かつ必然のことである。
だから、偶然街で暴れ馬が出た事も、偶然その場に居合わせた事も、どちらも必然で避けられない運命だったと言えばそれまでだった。
「…」
ウルオラがこの仕事を初めてかれこれ3年が経った。本当ならば2年ほどで交代する筈だったが、ウルオラはそれを断った。いままで誰もがやりたがらない仕事だったので、続勤の申し出に反対する者は出なかった。
「よっと。これでいいな」
「…」
「あとこれ。前言ったゲレネックスのやつ。アマナディキが読めたんならこっちもいけるだろ」
ウルオラが本を差し出すと、墓守はほくほくとした表情でそれを受け取った。読書の趣味を友人や仕事仲間から意外だと言われるウルオラは、これまでにも墓守へ何冊か本を貸していた。
「…」
墓守が本を片手に、聖堂を指さす。
「お。飯かい?じゃあ御馳走になろうかね」
相変わらず墓守は何も言わない。
しかし、ウルオラは墓守の言いたい事、示している事が手に取るように分かった。そして今までは誰かが来ても無表情をしていた墓守だったが、ウルオラが来るようになってからはそれが少しづつ変わってゆき、無表情だった顔に喜怒哀楽が表れ始めていた。
香ばしい匂いを漂わせる室内で、ウルオラは墓守の用意した手製のイスに座ってフォークとナイフを動かす。白身を一口サイズに切り取り、口に入れ、ほうばる。
「んーっ!何度食っても美味いね。金取れる腕前だよこりゃあ。しかも良くもまぁこんなでっかい魚釣ったよ」
「…」
絶品の魚のムニエルをウルオラが褒めると、墓守が照れ隠しに鼻を掻いた。そんな墓守を見て、ウルオラは笑みを浮かべる。
ウルオラは聖堂に行くことが楽しくなっていた。週に一度が待ち遠しく、毎日でも行きたいと思っていた。聖堂には何もなく、ただ無口な墓守が居るだけだが、その墓守に会う事が何よりも楽しみとなっていた。けれど同時に、もどかしくもあった。
いつからかは知らない。きっかけも分からない。けれど、ウルオラは墓守のことを好きになっていた。墓守もきっとまんざらではないだろう。しかし、どうしたらいいものかウルオラには分からなかった。生まれて今まで色恋沙汰が全く無かったとは言えないが、数少ないその全てが男から言い寄られていたため、いざ自分が、となると免疫が無かった。想いを伝えようにも踏み出せず、ずるずるとこの関係を引きずってきていた。
「いつまでそんな仕事続けるつもりなの?」
引きずるに引きずって、とうとう母親からも本格的に非難の声が上がるようになった。
「いつまでって、仕事なんだからしょーがないよ」
「嘘おっしゃい。交代断ったくせして」
「な、なんでそれを」
ウルオラは驚いた顔7割、ばつの悪い顔を3割した。
「あら。本当に断ってたの?」
「えっ!?」
ウルオラはとっさに口を手で塞ぐがもう遅い。まんまとウルオラは母親のカマに引っかかってしまった。
「まったく、何を考えてるのかしら…」
「うう、いや、その」
額に手をやって呆れる母親にウルオラは口籠る。まさか墓守の事が…等とは言えない。
「好きな男でも出来た?」
「えっ!!?…い、いやっ、今度は引っかからねーぞ!!」
「それはもう認めた様なものじゃないかしら」
「あ」
「…相手は、墓守ね?」
想い人まで言い当てられたウルオラは顔を赤くして身をちぢ込めた。どうにも母親には敵わないと分かり、素直に返事を返した。
「うん…」
「墓守が、どういう存在か分かってる?」
母親がウルオラをテーブルにつかせ、自分は対面するように座る。母親の目は鋭く、真剣な視線がウルオラに突き刺さる。
「墓守はこの街では忌み嫌われるものよ」
「…」
「今の仕事をしはじめて、あなたから離れて行った人も居たでしょう?」
「…うん」
「ましてやその墓守と恋中、なんて言ったら、この街に住めなくなるかもしれないのよ?」
「……うん」
「うん、じゃ無くて、本当に分かっているのかしら」
「…わかってる」
「本当?口だけなら幾らでも言えるのよ?」
「わかってるって」
「お母さんは、あなたの為を思って言っているのよ?」
「うるさい!」
その言葉を聞いて、堪忍袋の緒が切れた。
「みんなしてわけわからないものに怖がって追いやって押しつけて!あたしの為って、結局は世間体とか自分の為でしょ!?母さんも肩身の狭い思いしてるのは分かってるけどさぁ、あたしなんか悪い事した!??」
少し前に、ウルオラは石を投げられた。死を聖堂から連れて帰ってきている、と言われて投げられたそれは小さいものだったが、やけに重く、痛く感じられた。そして、ウルオラは自分が投げた時のことを思い出した。ずっと昔に、周りに言われるがまま投げてしまった石は、これよりも、もっと重かったかもしれない。
「生きてりゃいつか死ぬんだからどうしようもないじゃん!石投げたからっていきなり死んじゃうのが無くなるなんてことないじゃん!死ぬときゃ死ぬんだよ!!それなのにアホだよ、みんなアホ!あの子が何したって言うのさ!皆から嫌われて、父親も、母親すらいなくて頑張ってんだよ!何も言わないけどさ、いっつも私に笑顔見せてくれんだよ!好きだよ!好きですよ!あぁはいそうです好きですよ!好きだから何だっていうのさ!」
勢いよく立ちあがり、どん、と握った拳をテーブルに叩き付け、母親を見る。
ほんの少し二人で睨みあってから、母親がふと笑みをこぼした。
「それならそうと最初から言いなさい」
「え?」
「どうせまだ相手に何も伝えてないんでしょ?それに、もっとお洒落しなさい。意識して行かないと何も進まないわよ」
「え、え?」
「最近肌の色つやは良いけど、恋化粧ってやつかしら?服は…そうね、いきなり変に着飾るよりも、まずはあなたのイメージに合わせた方がいいかしら。きっと男勝りな口調のままでしょうし」
母親は顎に指を当て思案してゆく。ウルオラはさっきまでと違い、何処か楽しそうにしている母親に呆気に取られていた。
「ちょっとまってよ。何?反対してたんじゃ…」
「何、って…あなたの為を想って言ってるんじゃない」
「いや、だから」
「あなたが選んだのであれば、私はそれを応援するだけよ」
ウルオラは目を見開き動きを止め、母親を見つめた。
「さっきのは、あなたの意思を確認しただけ。それでも言い張るのなら、何も言わないわ」
「母さん…」
母親がやわらかい笑みを見せた。
「仕事から帰ってくるたびに、心底楽しそうに話をしているんだもの。ああ、きっと墓守の事が好きになったんだな、ってすぐに分かったわ。私は直接その子と喋った事は無いけど…って、喋らないだっけ?まあ、あなたの話を聞く限り、世間で言われている様な嫌われ者では無いって思うわ」
「で、でも、母さんに迷惑が…」
「迷惑なんてばかなこと言わないの」
母親はぴしゃりと言い切り、立ち上がってウルオラに近寄る。
「頑張りなさい。精一杯応援するわ」
そう言って、ウルオラを抱きしめた。
「…ありがと」
ウルオラも応えるように腕を回した。
死ぬ時は死ぬ。
それは誰にでも当てはまり、偶然かつ必然のことである。
だから、偶然街で暴れ馬が出た事も、偶然その場に居合わせた事も、どちらも必然で避けられない運命だったと言えばそれまでだった。
12/06/29 20:04更新 / チトセミドリ
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