読切小説
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姦しき蜥蜴達の剣
「うめぇ!」

多くの者達でにぎわう大きな一室の中、ふいにそんな叫び声が響いた。
音源は、真昼の太陽の光が差し込む窓際に置かれたテーブルで、出来たての料理を前にスプーンを持つ少女だった。
その少女と同じテーブルに着き食事をとっていた別の少女が、おもむろに彼女の昼食をスプーンで持って一掬いし口に運ぶ。
「ほんとだ。おいしいね!」
料理を飲み込んだ少女は嬉しそうに感想に賛同した。
「そうだろうまいだろ!おまえも食ってみ!」
自らの選んだものを自慢するかのように少女が声をかけたのは、先程から興味津津に件の料理を見つめていた、同じくテーブルを共にしている3人目の少女だった。
「いいのか?…では遠慮なく」
スプーンに乗った料理をまじまじと見つつ、ゆっくりと食べた。
「どうよ?」
「どう?おいしい?」
「……これは、美味いな…もっとくれ」
二人に感想を求められた少女はそう答え、言うが早いか皿の上に残った大半を頬張った。
「あ!おま、そんなに持ってくなよ!」
「あ、じゃあわたしも」
僅かに残っていた分も取られ、皿は綺麗に片づけられてしまった。
「ああ!もうない!くうっ、仕方ない。お前らのおれによこせ!」
「だめだ」
「ごめんね」
「えっ、ひど!?」
騒がしく昼食を取る三人の尻尾は楽しそうに揺れている。
彼女達は人間では無い。三人とも魔物である。
三人がそれぞれ爬虫類を思わせる様な四肢と尾を持っていた
「いいからよこせってーの!」
一人は褐色の肌に枯茶の鱗で尾には紅の炎を纏い、
「育ち盛りだから、ごめんね?」
一人はしなやかな手足に翡翠色が映え、
「午後に備えなければならないからな、だめだ」
一人は煤色のそれらに加え、大きな被膜の翼と頭の後方へと伸びる韓紅の角が、彼女の上位性を表していた。

サラマンダーのセオ
リザードマンのカリコット
ドラゴンのメウリル

それが、とある魔王軍の訓練施設で有名な三人組だった。



――ギィン

「そこまで!」
「あたたた」
「まだまだだな」
広大な野外訓練場にて、カリコットは剣を弾き飛ばされ、尻もちをついていた。
そのカリコットの前に立つメウリルは剣を収め、額に浮き出た汗をぬぐう。
「おっしーな!カリコット!そこは防がずに思い切って突っ込むべきだったな!」
昼食の後、広大な野外訓練場にて三人は簡易な試合をしていた。
試合をしていたのはメウリルとカリコットで、セオは審判をしていた。
「メウリルの方は自分が押してると大振りの攻撃が増えるからな!」
三人の内、二人が試合をし、残りの一人が審判を務めつつ、試合中に気付いた事を伝える。
早朝練習の始まる前と、昼休みの空いた時間、そして午後の練習の終わった後。ほぼ毎日欠かさずに行う彼女達の習慣である。
「細かい動きはどうも苦手でな。それにカリコットはすばしっこいから、威力の高い攻撃で懐に入れさせない様にしているのだが」
メウリルの使う剣は大きな幅広の分厚い大剣で、並大抵の魔物、まして人間にはそうそう扱えない代物である。
メウリルがそれをどうと言う事ではないと言った様子で振り回す事が出来るのは、ドラゴンの強大な力ゆえである。
「それでもカリコットが踏み込もうと思えば多分はいっちまうぜ?」
「怖いんだけどねー」
二人に比べて身体の小さなカリコットは、持ち前の素早い動きを駆使して細身の剣を振るのである。
はたから見る限りはどうにか攻撃をかいくぐって懐に潜り込む事も可能ではあるが、彼女のここ一番での気の弱さがそれを邪魔している。
「怖がっていて負けたでは話にならないぞ」
「えへへ…」
「お。まだまだ時間あんな。どうするか」
セオは、どうするか、と言いつつも身体をうずうずさせている。
「じゃあ二人でやりなよ。久々に魔力使って」
を見てカリコットが提案した。
『魔力使って』とは、文字通り魔力を使用しての戦いのことである。
「いいのか?いいのか?メウリルは?」
「大丈夫だ」
メウリルからの了承が得られると、カリコットは二人から距離を取った。
「うっしゃ!久々にやーるぞー!」
セオは肩をまわし、軽く腕を振った後、腰にさした一対の曲剣を抜き去る。
「かかってこい」
メウリルも大剣を一度振り、セオに構える。
「じゃあいくよー……はじめ!!」
カリコットが遠くから発した合図に反応し、セオが吠える
「うおりゃあああああぁぁぁぁあああああ!!」
そそれまでセオの尾を飾るだけだった炎が膨れ上がって燃え盛る。炎はそのまま両手の剣を包み込み、更にはセオの周囲の地面さえ燃やしていった。
「い、く、ぜええええぇぇぇぇぇえええ!!」
セオがメウリルに向かって踊る様に剣を振るう。
本来ならば、剣を投げるなどしなければ斬撃など到底届かない距離だが、メウリルはその場から下がる回避行動を取る。
二振りの曲剣の斬撃の軌道を追い、拡大するように扇状の灼熱の炎が広範囲を薙ぎ払う。
セオは自信の魔力を変換した炎によって、槍よりも遠い間合いを双剣の手数で圧倒するのだ。
「おらおらおらぁああ!」
「まったく、何度見てもとんでもないな」
暫し炎撃を避けていたメウリルであったが、一度大きく距離を取り、剣に力を入れ横に振りかぶる。
「…はあ!」
気合と共に放たれた大剣による横薙ぎは暴風を伴って、メウリルへと延びていた炎の刃をかき消した。
そのまま暴風はセオの纏う炎を後方へと押しやる。
メウリルは魔力によって大剣に風を乗せ、打ち出したのだ。
吹き飛ばされる事はなかったセオだが、燃え盛っていた炎は前方への勢いを無くしてしまう。その隙をついて、メウリルが間合いを詰め、大剣を振り下ろす。
「あぶねっ!?」
セオが辛うじて避ける。
「まだまだ!」
続けて出されたメウリルの怒涛の追撃をさけるため、今度はセオが距離を取ろうとする。
セオの炎は、広範囲を焼き払えるまでに大きくするには少しの時間が必要になる。
その為、カリコットほど早く動けないセオは再燃するまでメウリルの攻撃を防がなければならない。
逆にメウリルはセオの炎を弱める程の風を起こすにはある程度の魔力を溜め、しかも効率よく前に打ち出す調整が必要になる為、一発撃つのに時間がかかる。セオの炎が弱くなっている今が攻め時なのである。
セオは先程よりは勢いは無いけれどそれでも燃え盛る炎を振るい牽制するが、対するメウリルも自身の周りに風を纏わり付かせ、勢いの乗っていない炎が身体に届くのを防いでいる。
セオの炎が復活すれば、形勢は逆転し、メウリルが風を起こせばまた逆転する。動きは激しいがある意味膠着状態である。
「ああ、そこじゃないでしょ」
魔力を使って戦う二人に巻き込まれない様、遠くで見ていたカリコットは呟く。
繰り返される膠着に内心いら立ちを覚えているのだ。
―そこは前も右だったじゃん。
―踏み込みが深すぎ…あ。…危ないなあ
―逆に一歩引いて。
―その攻撃の隙にあわせてっ。
―そうそうそこから、
―お?……あーあ。
―まったく。
「まったくもってだめですね〜」
「え!?」
突然の後ろからの声にカリコットが驚き後ろを振り返ると、蒼い女が一人立っていた。
クリアブルーの半液体で出来た体は向こう側が透けて見え、下半身となる部分は遠くから蒼い線を引きつつ伸びて来ていた。
「どっちも攻撃が単調になっています〜。つまんないですね〜」
派手に戦う二人を見てそう言う彼女はスライム、いや、クイーンスライムの召使いの一人だ。
この訓練施設に居るクイーンスライムは少々特殊で、本来ならば意思や記憶は全て女王と召使いでは共有の筈なのだが、女王は召使い達から送られて来る情報や感覚を統括管理し、全てが交わらない様にしている。その為、召使いそれぞれが独立した意思と記憶を持っているのだ。
「あなたはどうおもいますか〜?」
後ろに居た事に気付かなかった事に驚いているカリコットは、言葉が出なかった。
「?…あ、終わっちゃいましたね〜」
クイーンスライムの言葉を聞いて戦っているハズの二人をみると、仰向けに倒れたセオにメウリルが剣を突き付けていた。
「え?あ、そ、そこまで!!」
慌ててカリコットは終了の合図を出した。
「ふう、疲れた」
「ああー!まっけたあああ!」
メウリルとセオがカリコットとクイーンスライムの元にやって来る。
「お疲れ様。…取りあえず、二人ともリズムが単調だよ。緩急をつけないと。えっと、メウリルは、僅かだけど後ろに下がる時左に寄ってたけど…わざと?」
「いや、そんなつもりは無かったのだが」
「たぶんセオは気付いてなかったと思うから今回は大丈夫だったけど、危ない場面もあったし目ざとい相手だとそこを突かれるから気を付けた方が良いかも。後は、私と戦う時より大振りになってる」
「おれは?」
セオが自分を指さして言う。
「セオは、ペース配分だね。短期で決着付けられない時は早めに対処しないと。メウリルは配分考えて風も最低限にしてたし。後半はばててたでしょ?」
「そっかー」
「うん。魔力つかって戦うと、いつもの隙が大きくなっちゃってるから気を付けてね」
「あとですね〜、炎の広範囲高威力に任せ過ぎて一振り一振りが雑過ぎますね〜。あんな攻撃その辺の少年でも簡単に避けられちゃいますよ〜。あれじゃちょ〜っと大きな松明にしかなりません〜。そっちの方は力に頼り過ぎです〜。ばかみたいに振り回すだけじゃほんとにばかですよ〜。そんなのが役に立つとは思えません〜」
クイーンスライムはカリコットの後を継ぐかのように二人に指摘し始めた。のんびりとした口調だったが、明らかに莫迦にした様な台詞だった。
「な、なんだと!?」
「なに!?」
「……」
二人は怒りを露わにした。目が憎き敵を見るような物へと変わる。
メウリルとセオはこの訓練施設でもかなりの実力者だ。
他の訓練生の魔物達には負け無しであったし、教官の背中を土に着かせたこともあった。
実戦こそ経験が無いが、それでも周りからは一目を置かれる存在だったのだ。
それなのに、いつも掃除や事務仕事ばかりして戦闘とは無関係の、しかも、数いる召使いの中でもおっとりとしていかにも鈍間そうな者に莫迦にされたのだ。
それは、まだ生まれてから20年も経っていない彼女達の幼いプライドを傷つけるには十分なものだった。
「あなたもですよ〜」
押し黙っていたカリコットにもクイーンスライムから指摘が入る。
「いつまで意気地無しでいるつもりですか〜?」
二人と行動を共にしているカリコットも今までそれなりの力は見せてきた。
逆にいえば、彼女らの横に並べる程の力は持っているのだ。
「……」
しかし、カリコットはクイーンスライムの目を見つめたまま何も言えずにいた。
「まぁいいです〜。ちょっと、あなた達に付き合って貰いますね〜」
そう言ってクイーンスライムは、自身の身体であっという間に三人の身体を包み込んだ。
「あ、おま、なにしやがる!!」「は、放せ!」「きゃああっ」
「だめです〜」
すっかり絡め取られた三人を連れ、クイーンスライムはゆったりとその場を後にした。




「なんでこんなことしなくちゃいけねえんだよ…」
クイーンスライムに強引に連れて来られたのは、訓練生の寄宿棟の一階にある資料室だった。部屋の中には沢山の紙が所狭しと積み重ねられ、それらの崩れたものが散乱していた。
「ワタシ達だと、紙に染みちゃってダメになっちゃうからって、さっき言ったじゃないですか〜」
「そう言う事言ってんじゃねえんだよ!」
三人に任せられたのは、その散乱した資料や書類を片付け、種類ごとまとめ、細かく整理する仕事の手伝いだった。
延々と続く単純な作業は、身体を動かす事が好きなセオにとって苦痛でしかない。
「くうぅぅぅっ、なんあんだよあいつ…」
「ワタシですか〜?我らがマーレ女王様の二番目の召使い、フィセルロですけど〜」
「んなこた知ってるし聞いてねえんだよ!!!!」
始めてからまだ殆ど時間が立っていないのにセオはもう爆発寸前だった。
「ふふふ〜、騒がしい方ですね〜。じゃあ、ワタシは別の仕事しますんで〜。」
そう言ってドアが閉められ、ドアの向こうから気配が消えた。
「……居なくなったか。よっしゃ!」
セオがこの地獄から逃げ出そうとドアを開けると、そこにはニコニコ顔のフィセルロが立っていた。
「うお!?」
フィセルロがセオに迫り、セオを再び部屋の中へと押し込む。
「逃げようとしちゃダメですよ〜。やっぱりここふさいどきましょうね〜」
そう言うとフィセルロの身体の余りがドアを完全に塞いでしまった。
「あ!ちょ!」
「じゃあ、また見に来ますんで、さぼらないでちゃんと仲良くやっててくださいね〜。特にあなたは書類燃やさない様に炎の調節しといてくださいね〜」
フィセルロが去った後、セオは何度もスライムの壁を抜けようとしたがすべて押し返されてしまった。此処から出れないと分かると、セオは尻尾の炎を押さえ、周りに影響が出ないようにした。
「あああっ!!くっそ!!あんちくしょう…ろくに戦えもしねえくせに調子に乗りやがって…そう思うだろ!!?」
だが、感情が高ぶっていたので炎がざわつき、慌てて弱くした。
「え!?…あ、……う、や…」
セオは力が全てと言った考えがあり、強さを求めていた。
それなのに戦えもしなさそうなスライム相手に、どうにも出来ずやりこまれているのが気に食わないのだ。
「フィセルロさんに捕まったのが運のツキね」
さらに、剣も魔法も出来ない、『落ちこぼれ』で有名なデュラハンのイルティネの手伝いと言うのも気に食わないのだ。
「ちっ…。カリコットもこんな奴に気ぃ使う必要ねーぞ」
「で、でも…」
カリコットは気まずい顔で、セオとイルティネの間で目を泳がせる。
「喋っててもいいけど手も動かしてよ。じゃなきゃ何時まで経っても閉じ込められたままよ。フィセルロさん容赦無いから。…他の二人はちゃんとやっているんだからさっさとやってよ。あ、火だけは気を付けてよね。洒落にならないから」
カリコットとメウリルは既に作業に取り掛かっていた。特にメウリルは此処に来てから一言も喋らずに作業に没頭していた。
「…」
カリコットはまだしも、メウリルもセオと同じかそれ以上に力に執着していた。
本来、ドラゴンは強大な力を持っている。
竜としての姿を取り戻せば、そこらの魔物が束になっても敵わない。だが、メウリルはドラゴンの姿になる事が出来ないでいた。
幾らなろうとしても、いつまでたってもその圧倒的なドラゴン本来の力を手にする事が出来なかった。
セオにはこうして黙って作業している事が不思議に思えて仕方が無かったのだが、メウリルは竜になれない自分と、剣の握れないイルティネを無意識に重ね、一種の同族嫌悪状態にあったのだ。
いち早くこの落ちこぼれから離れたい。その一心が、メウリルを突き動かしていた。
「?おーい。メウリル?」
「…集中、してるのかな?」
「……こんな話を知っているか?」
メウリルが呟く。
「どんな話?」
「この魔界を北に出た所に、洞窟があるんだ」
「洞窟?」
メウリルは二人の顔を見ながら話す。
「ああ。しかも、人間であろうと魔物であろうと、その洞窟に入った者はほとんどが出て来ないらしい」
「え!?」
「何百年も前からそんな話があるようだ。それで、その洞窟の入り口を塞いだのだが…つい最近その洞窟に入って、帰って来た人間が居たそうなんだ。」
「噂だけで何にも無かったのか?」
セオはつまらなさそうに言う。
「が、そいつは行き成り切られたと言うんだ」
「切られた?剣でか?」
カリコットは、話を聞きつつも作業を再開した。取りあえずさっさと仕事を終わらせた方が良いと判断したようだ。

「えっと、…これは……うぅぅぅ…」
「貸して」
「え、あっ…」
「言いたい事は言った方が良いよ」
「え?」
「ほら、なんか危ない事言い出したし」
「え?」

「そのようだ。相当酷くやられていたもので、人間はそのあとすぐ死んでしまったらしい。その人間には一人連れがいて、二人ともかなりの腕前を持つ剣士だった。だが、相方は帰って来なかった」
「じゃあ…」
「あの洞窟には、何か、若しくは誰か居るんだ。かなり、強いやつが」
「…なるほど。……そいつをおれ達でぶっ倒しに行こうってか」
メウリルがセオを見て頷く。
「え、ちょっと!待ってよ!」
作業していたカリコットが慌てて口を出した。
「危ないよ!なんでそんな事するの!?」
カリコットの言う事ももっともだ。
得体の知れない相手に『おれ達』、少なくとも二人で挑もうと言うのだ。
「無論、腕試しだ」
「腕試しってそんな…」
情報がまるで無いと言うのに、相手の領域に踏み込もうなどと、無謀過ぎる。
「いいじゃねえか!どうせなら洞窟が空いてるうちに行こうぜ。」
「何も無い、ただの噂話ならそれも良し。私は、強い相手と戦いたいんだ」
強い相手なんて他にも居るだろう―カリコットはそう思ったが、言葉に出来なかった。
「善は急いだ方が良いな。今日の夜さっそく行こうぜ!」
「ああ。だからさっさとこれ終わらせるぞ。セオもやれ。…カリコットは、嫌ならば来なくても大丈夫だぞ」



深夜、皆が寝静まった頃を見計らって、訓練所を抜け出した彼女達は洞窟の入り口に来ていた。
石を積み重ね封としていた洞窟の入り口には、人一人が通れるほどの穴が開けられていた。
「結局来るんじゃねえか」
メウリルとセオの他、反対していたカリコットも来ていた。
「二人だけじゃ心配だから来たんだよ」
セオにそう返すカリコットも内心、洞窟の中の何かに興味を持っていたのだ。
強い相手と戦ってみたい。
剣を取る者として、やはりその想いは捨てられないようだ。
「まあ良いじゃないか。……行くぞ」
メウリルが言い、三人は不気味に口を開ける洞窟へと入って行った。


一本道の洞窟を三人はひたすらに奥へ奥へと向かっていた。
「マジで松明替わりになるなんて…」
尻尾の炎を灯りに洞窟を進むセオはため息をつく。
昼間フィセルロに言われた事を思い出しているのだろう。
「だが、『何か』を倒せば、ただの松明等では無いと証明出来るだろう」
メウリルがセオに声を掛ける。
「もう、ばかとは呼ばせんぞ…」
メウリルもフィセルロに言われた事を気にしているのだ。
彼女に莫迦にされた事も、この洞窟へと挑む大きな理由の一つだった。
「そうだな!おれは松明じゃねえぞ!うおおおおおおおおおおお!」
セオは雄叫びを上げながら、メウリルと先程から黙ったままのカリコットの前を進んでゆく。

「此処は…」
三人が辿り着いたのはひときわ大きくなった広間のような空間だった。その広場には三人が通って来た道以外は繋がっていない。
床には無数の剣と、その持ち主だったであろう者たちの残骸が散らばっていた。
殆どが骨となっていたが、一つだけ腐りかけの肉を付け、辛うじて人の形を保っている死体があった。この間此処に入ったと言う二人組の剣士の片割れだろう。
「何か居るか…?」
「そんな気配はねえけど…」
広間の状態を見て警戒を強めるメウリルとセオ。
両者ともすぐに剣を抜ける体勢になり、辺りを見張る。
「カリコットはどうだ?何か……カリコット?」
メウリルが、何か感じるか、と聞こうとして後ろを振り返ると、俯いて棒立ち状態のカリコットがいた。
メウリルとセオには何かが居る気配はしないのだが、こうして幾つもの死体が転がっている以上警戒は怠るべきではない。
「どうした?」
それは、親しい間柄の者に話しかける時であっても、怠るべきでは無かったのだ。

――ザスッ

「いッ!」
突然カリコットが振るった白刃が、カリコットへと伸ばしたメウリルの腕に切れ込みを入れた。
切れ込みは分厚いドラゴンの鱗を貫通し、傷口から血を滴らせた。
「カリコット!!?」
メウリルは何が起きたのか一瞬解らなかったが、その一瞬の判断でカリコットから距離をとった。
「は!??な、何だ??」
セオも異変に気付き対峙する二人を見る。
剣を抜き、俯いたカリコットはどこかおかしな雰囲気を纏っている。
その異様な物を感じ取りセオは咄嗟に曲剣を抜いたが、正直な所抜いたままどうすればいいのかは分かっていない。
普段のカリコットは油断した所を突く事はしないし、カリコットからこんな雰囲気を感じる事は無かった。
カリコットが緩慢な動きで剣に僅か付いたメウリルの血を見る。
その血を指ですくい、二本の指でねちねちと擦り合わせる。
「……ドラゴンのチって、こんなんなんだぁ」
そうしゃべった声はカリコットのものだが、どこか熱に浮かされていた。
「イガイとカンタンにキれちゃうんだねぇ…あははっ」
得体の知れない恐怖に包まれる二人だったが、メウリルが声を絞り出す。
「…カリコット、か?」
メウリルの声にカリコットが顔を上げる。
「うん?なぁに?ギモンケイ?わたしのカオ、ワスれちゃったの?ヒドいなぁ…わたしはショーシンショーメイカリコットだよ?あははっ、なぁに?そのカオ。オモシロい」
「……カリコット!お前どうしたんだよ!!」
セオもたまらず声を上げる。
「どうもしてないよ?わたしはわたしだもん」
セオが得体の知れない不安を拭うように叫ぶ。
「おれの知ってるカリコットはそんなんじゃない!!」
「せおのシってるわたしってなぁに?ヨのナカにはタクサンカクれてる、カクしてるモノがあるんだよ?」
カリコットは今まで見た事が無い笑顔を見せた。
「ああ、でもわたしはそんなにタクサンはせおとめうりるにカクしてないよ?…そうだなぁ、イマ、ミせてあげるよ。わたしが、カクしてたもの!」
カリコットが全身に力を入れ始める。
顔が引きつり、幼さの残る顔が崩れる。
「あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!!!!……なーんて。びっくりした?ヘンシンでもするとオモった?」
カリコットはいたずらが成功した様な顔ではしゃいでいる。
「あははっ、なんだかずっとおシャベりしてるのもあれだし、そろそろヤっとく?」
洞窟内の空気が尖った鋭い物へと変わる。
「……何をするんだ」
メウリルが聞く。
「ええ?ケンモってるんだったらやることはヒトつしかないでしょ」
カリコットがセオとメウリルの得物を見る。
「ヤろうよ。わたしさっきからヤりたくてヤりたくてシカタがナいの。カラダがウズくってイうのかな?オクソコからタタカえ!!ってコエがきこえるの。タタカいたい。タタカいたい!ヤろう!?わたしはタタカいたいの!!」
カリコットは剣を握りしめ、今にも襲いかかって来そうだった。
「やめろ!落ち着け!」
メウリルが叫ぶがカリコットは止まらない。
「そういうヒトのハナシキかないトコロとかジブンカッテなトコロとか!マエからいらいらしてたんだよ!タタカえってイってるじゃん!!!イマタタカいたいの!!ここで!!イマすぐ!!タタカわなきゃ、あああぁあぁ、タタカわなきゃ!!!」
カリコットの目が血走り、狂気を孕む。
「カリコット…おい!!」
「!!かまエテ!!きルヨ!??」
息遣いが荒くなり、口端から溢れた唾液が流れて落ちる。
「カリコット!!」
「ハヤク!!!カマエロォォォォォォオオオオオ!!!!!!!!!」
カリコットが剣を脇構えにもの凄い速度で突撃する。
突撃は剣を抜いていたセオに向けられ、逆袈裟の斬撃が襲った。
「ぐっ!!」
咄嗟に曲剣を軌道にあわせ防ぐが、カリコットは強引に振り抜きセオをそのまま壁まで吹き飛ばした。金属の擦れて削れる音と、壁にセオがぶつかった音が順に鳴った。
「セオ!!!」
メウリルはセオの名を呼ぶが、壁に叩きつけられ地面に倒れ伏したセオは意識を失っていた。
カリコットはセオが気絶したのを見ると、剣と腕をだらしなくぶら下げセオにゆっくりと近づいてゆく。
このまま何もせずにいたのでは、カリコットの凶刃がセオの命を容易く狩りとって行く。
カリコットの身に何があったのかは分からないが、メウリルもセオと同じく、いつものカリコットでは無いと感じでいた。
先程カリコットの言った通り、今の彼女も彼女が隠していた内の一つなのかもしれない。
目の前のカリコットは、旧世代を生きたと言う魔物のようだった。
互いの肉を貪りあう混沌とした世界を舞台に、ただひたすらに敵を薙ぎ殺してゆく一匹の魔物。
血に血を塗り重ね、それでも尚飢え渇き続ける魔物がそこに居た。
魔物の彼女が本当の姿なのかもしれない。先程の言葉が本音なのかもしれない。
けれど、友として、腕を切磋琢磨しあった仲間として、そうでは無いと信じていた。
きっと、何かがある。
彼女を豹変させた『何か』が。
元々、此処には『何か』を求めてやって来たのだ。その二つの『何か』が同一のものである確率はあるだろう。
どちらにしろ、多少の怪我はさせたとしても、カリコットを止める。
だからメウリルは、剣を抜いてカリコットへと構える。
「カリコット!!こっちだ!!!」
メウリルが叫ぶとカリコットは振り向き、戦意の無いセオから標的を変えた。
「アァァァァァァァァァァァァァ!!!」
カリコットが吠えたかと思うと、もうすでにメウリルの目の前まで距離を詰めて来ていた。
そのまま放たれるであろう斬撃を避けるためメウリルはバックステップをするが、
「な!?」
メウリルが開けた距離を、カリコットは剣を振りつつさらに詰めて来たのだ。
踏み込みも無い大した威力の無い斬撃だったが、間に合わない剣の代わりに咄嗟に盾とした左腕の鱗はまたも簡単に傷を許してしまう。
「くっそ…っ!」
メウリルが反撃しようにも、カリコットの素早い動きに翻弄され捉えきれない。
メウリルがいかに大きな力を持ち、破壊力の高い大剣を振るったとしても、当たらなければ意味は無い。
カリコットの、今までとは比べ物にならないほどの速度は、次々と攻撃を完全に避けきれないメウリルの身体に細かい傷を増やして行った。
付けられた傷とそこから流れ出た血は、数をしてじわじわとメウリルの体力を奪ってゆく。
「はぁ、はぁ、…くっ」
遂に片膝をついてしまった。
一度大きく距離を取ったカリコットは、止めと言わんばかりに胸のあたりで剣の切先をメウリルに向け、突進する。
メウリルは剣を前にし防御体勢を取るが、ドラゴンの堅牢な鱗を剣一本で切り裂くカリコットには効果が薄いかもしれない。
メウリルは襲ってくるであろう痛み、そして、死に対し覚悟を決め、そして、
目の前が真っ赤になった。

「メウリル!!」

血の色では無い。カリコットを包み込む、炎の色だった。
目を覚ましたセオは、カリコットに炎をぶつける事によって間一髪メウリルに向けられた刺突を防いだのだ。
セオは地面に炎を這わせ、カリコットを囲いつつメウリルの元へと駆け寄る。
「セオ」
メウリルはセオの炎の壁がカリコットの攻撃を抑えている間に、母親仕込みの治癒魔法で傷を癒してゆく。
「メウリル!」
メウリルは改めて立ちあがった。
「ああ。助かった。…カリコットは?」
メウリルが尋ねるが、カリコットはまだ炎の中に居た。
加減はされていたので、流石に炎の中で黒焦げと言う事は無いだろうが、今のカリコットがこの程度の炎でどうにかなるとも思えない。
「まだ中に居るみたいだが……あいつ、どーしちまったんだ?ほんとにカリコットなのかよ…」
「早さも剣筋も相当なものだが、動きや技は間違いなくカリコットのものだ。…何があったのかは分からないが」
驚かせるような足運びや剣運びもしてはいるが、いつもの試合等で見せる動きがそこにはあった。
「じゃ、取り敢えずあいつ止めるって事で良いんだな!!」
セオもメウリルと同じく、カリコットの事を信じていた。
「ああ」
メウリルはもはや重りとなってしまっていた剣を地面へと突き刺す。
「大丈夫か?」
「問題無い。余計な血が無くなって軽くなった」
肩から両腕を軽く振り、拳を構える。
「じゃ、はじめますかっ!!」
セオがカリコットを閉じ込めていた炎を両手に凝縮させると、そこには虚ろな目で二人を見つめるカリコットが居た。
「来やがれカリコットぉぉ!!!!」
セオは二つの切先を向け、メウリルはそのままカリコットへと突進する。
カリコットも迎え撃つようにメウリルへと剣を振るう。

正面から受けるのではなく、逸らすように斬撃を素手でいなすメウリル。セオはその攻防の合間合間に炎による遠間からの攻撃を挟んでゆく。
互いには邪魔とはなっておらず、隙のない連撃を繰り出す。長い間、仲間の動きや技、リズムを試合や訓練を通して体感してきたからこそ成せる技だった。
しかし、連携をとる二人を相手取るカリコットもまた、その仲間の一人だ。
隙のない連撃を避け、いなし、掻い潜り圧倒的な速度で目の前の『敵』を殺そうとしてくる。
二人掛りの攻撃も時間が経つにつれ綻び始めてしまう。
「くっ!」
剣を捨て身軽になり、防御に徹するメウリルだが、早さではやはりカリコットには追いつけなかったのだ。
いなし切れない刃はメウリルの身体にまた傷を刻んでゆく。
メウリルの体力は無くなってきている。未だに速度の衰えないカリコットを見る限り、これ以上戦いを長引かせても敗北にしか続かない。
メウリルは賭けに出た。業と隙を見せたのだ。
僅かに、悟られないように、自然に、かつ自らが最速で反応できるようにガードを甘くした。
常人なら見逃してしまいそうなそこを、カリコットは身字通り、『突いて』きた。
メウリルは素早く反応し、繰り出された突きを左脇で挟んで固定した。そして、剣の腹に右掌底を叩きこむと同時に身体を回転させた。

―パキィィイン

叩きこまれた掌底と回転の力が、剣を真っ二つに圧し折った。
これで、カリコットの攻撃を止める事が出来る。幾ら早くても、リザードマンの爪や牙ではドラゴンの鱗は貫けない。メウリルはそう考えていた。
だが、カリコットは剣を折られたと見ると、まだ体勢を立て直していないカリコットを思いっきり蹴り飛ばした。
「ぐっ!」
そこへセオの炎の刃がカリコットへ迫る。カリコットの標的はメウリルに庇われていたセオへ向いた。
飛んでくる炎も、結局は面でしかない。
高速で間を駆け抜けるカリコットを止めるには至らず、
「がっ…は」
「セオ!!!」
セオの腹には中途から折られた剣が深々と突き刺さった。痛みをこらえながらも、カリコットを遠ざける為セオは自分の周囲を焼き払った。
カリコットは炎を避けると地面に刺さっていたメウリルの大剣を掴み、カリコットへと向かって来ていたメウリルへと思い切り投げつけた。
「なっ?!!」
投げられた大剣はメウリルの鱗の無い右肩を抉り、大きく跳ねて後方の地面に転がった。
メウリルは痛みと衝撃で仰向けに倒れ込んだ。
「あぁぁぁああっ!!」
カリコットは折られた剣先を拾い、血の流れる肩を押さえたメウリルへと突き付ける。
セオは無意識の内に全身を炎に包んだまま、動きが無い。自らを守る力は残っているようだが、それも長くは持たないだろう。
「くっ…カリコット」
メウリルが再度呼びかけるが、カリコットは無表情のままで、血走った目が不気味にメウリルへと向けられている。
カリコットが刃を逆手に持ち、頭の上まで振りかぶる。メウリルは目を瞑り、全身を強張らせた。
此処で死ぬ。そう感じながら、無駄と分かりながらも身体の震えを抑えつけようとしていた。

「マダダ…ダメダ…コレ、ハ、ヨワイ…」

カリコットの口から零れた言葉を、メウリルは確かに聞いた。

ぶしっ

振り下ろされた刃は、メウリルの掌に穴を開けた。
メウリルは左手で剣を受け止めていた。カリコットが眉を寄せた。
メウリルの左手は、剣が刺さったままカリコットの右手を握りしめる。
「調子に乗るなよ…」
メウリルは左手一本で、カリコットを押し返しはじめる。

竜の力だ。竜の力が必要だ。メウリルは力を願った。
こんな所で死ぬ訳にはいかない。負ける訳にはいかない。
力が必要なのは今、まぎれも無くこの瞬間なのだ。
―『弱い』などと言われて黙っていられるか!!―
「あああああああああああああああああ!!!!」
メウリルの身体から強い光が発せられる。
輝くシルエットは、巻き起こる暴風と共に形を変えてゆく。
転がっていた骨や遺物が渦に呑まれ宙を舞う。
カリコットは顔を驚きに変え、壁際まで後退した。
やがて光がはじけると、そこには黒い竜が居た。
若く猛々しいその竜には、この洞窟は小さ過ぎた。竜が吼え、強大な体躯を暴れさせる。
洞窟は天井から崩れさり、竜は月が照らす世界へと生まれ出た。
『オオオォォォォォオオオォォォオオ!!!!』
竜の産声は、夜空に響き渡った。









「う、ん…?」
メウリルが目を覚ました。そこは小さな窓のある部屋で、隅には本の並んだ本棚があり、テーブルと複数のイス、ベッドが三つあった。
「お、起きたか」
セオがメウリルの寝ているベッドに近寄り、メウリルの顔を覗き込む。
「セ、オ…か?……そうだ、傷は?カリコットは?洞窟はどうなった?」
セオの顔を見た事により、ぼやけていた頭がはっきりとした。メウリルが慌ててベッドから起きようとしたが、ふらついてしまいセオに支えられた。
「お、おい!寝てろって。説明してやるから」
メウリルは大人しくもう一度ベッドに横になった。
「おれの怪我は大丈夫だし、カリコットも無事だ」
「本当か!?…よかった。だが、お前こそ寝て居なくていいのか?」
メウリルがセオの腹の、剣が刺さった場所を見る。そこには包帯が巻かれていた。
「いやぁ、3日もありゃあれ位軽い軽い」
自分のわき腹を軽く叩きながら言う。
「3日…?私はそんなに寝ていたのか…」
「そうそう!お前竜に成れたんだってな!すげーじゃん!」
「え、あ、ああ…」
急にテンションの上がったセオを見て、メウリルは少したじろぐ。
「今度見せてくれよ。まだお前の竜の姿見てないんだ。メウリルの雄叫びとか洞窟の崩れる音とかで、おれ達のことに気付いたらしい。魔力の使い過ぎで倒れたんだってよ。三人ともぶっ倒れてた所を見つけたとか言ってた」
「そうか…あれは夢ではなかったのか…」
メウリルが自分の両手を眺める。少し顔が緩んだ。
「カリコットはどうした?結局、どうなったんだ?」
「あー。カリコットはなー。なんか、ゴーストがとり憑いてたらしい」
「ゴースト?」
メウリルが眉を寄せた。
「詳しくはわかんねーや。連れてきたけど居なくなったとか何とか。なんでも自爆するらしいぞ。こえぇな」
「地縛の間違いだろう…。じゃあ、あの時のカリコットは…」
その時、部屋のドアを叩く音がした。
「入りますよ〜」
呑気な声がして、フィセルロと、俯いたカリコットが入って来た。
「カリコット!」
メウリルがカリコットを呼ぶが、顔も目も向けようとしなかった。そのまま、暫く誰も喋らなかった。
「めんどくさいですね〜。さっさと言ったらどうですか〜」
三人の様子をじっと見ていたフィセルロはしびれを切らし、口をだした。カリコットに喋るように促す。
「……その、…ご、ごめん、なさい…」
カリコットがフィセルロに背中を押され、つっかえながらも謝罪の言葉を口にした。
「あ、あの時…なんだか、良くわかんなくなっちゃって…すごく、すごく二人と、戦いたくなっちゃったって言うか…自分が、その、抑えられなく、なっちゃって、それで……」
「いらいらします〜。めんどうなんで言っちゃうと〜、洞窟内にいたゴーストにとり憑かれてとち狂って本気であなた達を殺っちゃおうとしたって言うことです〜。そうですよね〜。分かりました〜?」
フィセルロはまたしびれを切らし、要約を話した。
「……」
「……」
「……」
セオとメウリルは驚いた顔で、俯いたままのカリコットを見つめる。
「お前…」
「くっそ…」
二人の表情が変わって行く。
「ごめんなさい!!!」
カリコットが深く頭を下げて言った。
親友とも呼べるような存在を、殺そうとしたのだ。こうして助かってはいるが、死んでいてもなんら不思議はない。
そして、その親友に、実力を隠していたのだ。自分のほうが、二人よりも明らかに強いと言う事を知りつつ、手を抜き三番手にいた。カリコットは、プライドの高い二人よりも自分が強いと言う事が知られてしまったら、いまの三人の関係が壊れてしまうのではないかと恐れていたのだ。
許されないであろう事は分かっていた。だからこそカリコットは、涙を堪え、身体を震わせていたのだ。
カリコットは見えないが、二人が動く気配がした。
「……ふん!!!!」
「……ぬぅおおおおお!!!!」
カリコットは二人の力のこもった声を聞き、自分が殴られる、と思って身体を硬直させたが、一向に拳がとんでくる事はなかった。
「…え?」
セオとメウリルは、テーブルで向かい合わせになり腕相撲に勤しんでいた。
「な、なに…してるの?」
カリコットが唖然としながら聞いた。
「なにって…」
「そりゃお前…腕ずm」
「腕相撲なのは分かってるけど」
セオとメウリルの力は拮抗していて、二人の腕は垂直を保ったままだった。
「おれらはお前の話なんか聞かねぇからな」
「自分勝手させてもらおう」
「…………………ごめん、なさい」
もうお前なんかしるか。そう言われたような気がして、カリコットは涙を落とした。ゆっくりと部屋から出て行こうと、フィセルロの脇を通り過ぎようとしたが、フィセルロはカリコットの足を掴んでいた。
「?」
「あなたたち言葉がたりませんよ〜」
静かに涙を流していたカリコットには、フィセルロが自分に更にキツイ言葉を無理やり聞かせようとしているとしか思えなかった。
しかし、二人から飛び出したセリフはカリコットが予想したものとは違っていた。
「どちらが先にカリコットと戦うかを決めているんだ」
「ぜってーおれが先にやる」
「え?」
カリコットはセオとメウリルの言葉が理解できずに、困惑した顔をした。
「まさかおれ達を負かす為に!!隠れて修行していたなんておもわなかったわー!!!」
「ああ!!もう少しで完全にやられるところだった!!!」
二人は言いつつも腕相撲を続けていた。魔物娘の使用にも耐えられるように作られたテーブルから嫌な音がしてきた。
「おれも!!!今に強くなってやるぅうううおおおおおおおおお!!!!!!」
「同感だ!!!このまま負けてなどいられるかぁぁああああああ!!!!!!」
二人の反応を見るに、カリコットは取り越し苦労をしていたようだ。カリコットが思っていたような事には成らず、ただ好敵手を焚きつけただけだったのだ。
「…ははっ」
その光景を見て、カリコットの顔が次第にほぐれて行く
「いいよっ!どっちが先なんて決めなくても、二人一緒に相手してあげるよ!」
それを聞いて、セオとメウリルの手が止まる。
「なーんだとー!」
「あの時と同じだと思うなよ」
「わたしだってもっと本気だすからね」
「おっしゃー!表出やがれ!!」
三人はそう言って部屋のドアへ駆け出し、フィセルロに捕まった。
「きゃっ」「うおっ!」「わっ」
「どこに行こうとしてるんですか〜?」
三人をスライムで絡め取り、部屋の真ん中へ強引に連れ戻した。
「てっめ、なにしやがる!」
「今から大切な用事があるのだ。邪魔をするな」
「あなた達はこの部屋から1カ月出られませんよ〜」
「えっ…?」
「なんでだよ!ってか放せよ!」
「ふん。こんなスライムなど…竜の力を見せてやる!はあああぁぁぁぁぁぁ…………。…?」
メウリルが体内の魔力を解放し出すが、一向に竜に成る事が出来ず、三人を包んでいるスライムの量が増えた。
「え?え?なにこれ!」
「ま、魔力が…吸われている?」
「何だそれ!?」
慌てる三人を更に締めつけつつ、フィセルロが言う。
「無断の施設外出に加え夜間外出、無届の決闘、武具等の備品の無許可持ち出し、本魔界内及び魔界周辺での騒乱。これだけ違反をしていればあたりまえですよね〜」
「そんなこtもがっ」「だがしかsむぐぅ」「むーーっ!?」
有無を言わせない様にフィセルロは三人の口にスライムを突っ込んだ。
「まったく〜話はさいごまでききなさい〜。本当ならこんなにかるい罰じゃないんですよ〜?」
そう言ってフィセルロは自身のスライムの多くを残し、部屋から出て行った。
「ん゛ーー!!」「むぅんんんっ!!」「んんんっ…むぅっ、んん!」
三人は、淫らに蠢くスライムに捕まったままだった。






―コンコン
「入るわよ」
ドアを叩く音がして、イルティネが部屋に入って来た。
「ご飯出来たわよ」
そう言うイルティネの目に映ったのは、本を読むカリコットを背中に乗せて腕立て伏せをするセオと、ベッドを頭の上まで持ち上げつつ部屋の中をかけ足で走るメウリルだった。
「飯だー!」
「あ、どうもです」
「ふう。もうそんな時間か」
「凄まじい事しているわね」
イルティネがテーブルの上に持ってきた料理を置く。セオはいち早くテーブルに着き、メウリルは引き摺っていたベッドを元の位置に戻し、カリコットは人数分の木のカップを棚からとり出す。
「ばたばたうるさい、って苦情来てるわよ。謹慎中なんだから大人しくしてなさいよ。あと手くらい洗いなさいよ」
三人の謹慎が始まってから10日経ったが、彼女らが大人しく静かにしている筈も無く、まさに所狭しと暴れ回っていた。
「いーからさっさと食わせろー!」
カップに水を注いだカリコットが席についたところで、三人は料理を食べ始めた。
「あーっ、うめぇ!」
セオが叫び、メウリルとカリコットも同意した。
「ふっ」
出て行こうとしていたイルティネはそれを見て鼻で笑った。
「ぁん?なんだよ」
「なにもないわよ。せいぜいその味を堪能するがいいわ。ふふふ」
イルティネは不敵な笑みを残して部屋を後にした。
「なんなんだよあいつ…」
「まあまあ。早く食べないと」
「そだな」
セオは再度料理に夢中になり始めたが、いきなり顔をドアの方に向けた。
「気付いたか」
メウリルがセオに目を向ける。
「こっち来やがるな。こーしちゃいられねぇ!」
セオが答え、勢いよく残った料理をたいらげた。
「奴が来る。迎え撃つぞ」
「賛成だ。ぶっ潰してやる…!」
メウリルとセオは軽くストレッチを始める。
「ドアが開いた瞬間が勝負だ。一撃で仕留める」
暫くして、扉を叩くノック音が聞こえた。
しかし、部屋の中は静まりかえっていて、物音一つしない。
ドアが開いた。
「はあああぁぁあああっ!!」
「でりゃあぁああああああっ!!」
その瞬間を待ちわびていたメウリルとセオが、ドアを開けた者へと魔力を込めた一撃を放ち、スライムに絡め取られた。
「ぐ!」
「うわっ!!」
「あちゃー。だめだった」
そして、横から二人に対応しようとした隙をつきに行ったカリコットも、難なく囚われてしまった。
「何やってるんですか〜。ばたばたとうるさいですよ〜?」
フィセルロが三人を吊るしあげながら言う。
「一撃も入れられないとは…っ」
「ちっくしょー!なんだってわかったんだ!」
「その挑んでくる気持ちは良いですが〜魔力漏れすぎですよ〜。何か準備しているなんて丸わかりです〜。莫迦ですね〜」
「くっ!また莫迦と…っ!」
「逆さ吊りされてるとほんとに莫迦みたいです〜。ちょ〜うけます〜」
「うがあああああああっ!こんにゃろー!!」
「ははは」
「笑ってんなー!お前だって莫迦みたいなかっこだぞ」
「えっ!?セオよりましだよ!」
「ふははは。どっちもどっちだな。両方莫迦だ!」
「お前もだよ!!」
「あんまりにもうるさいと謹慎処分長くしますよ〜?」
「……」「……」「……」
「よろしいです〜。これ以上うるさいとそうなりますよ〜っていう忠告です〜。では〜」
フィセルロは三人を部屋の真ん中に放りだして部屋から出て行った。
「くっそ!」
「むう。魔力漏れか…厄介だな」
「メウリルもセオも魔力高いもんねー」
「漏れてたってかんけーなくねぇ?」
「そうはいかないよ。さっきみたいに気付かれちゃうじゃん」
「魔力を抑えるなどやった試しがない。カリコットはどうしてるんだ?」
「気持ちを落ち着かせるんだよ。元々私は魔力少ないけどね」
「高ぶらねぇと燃えてこねーし多い方が良いに決まってんだろ!」
「確かにな。それに考えた所で分かるはずもない。こういう事は戦う内に身に付けるものだ」
「こい!!メウリル!!カリコット!!」
「言われずとも!!」
どがっ ばきっ どすんばたん
「え!?ちょっ、騒いだら――」
「さっそく謹慎一週間延長しておきましたから〜」
「「「いやぁああああああっ!!!!!!」」」
11/11/02 18:48更新 / チトセミドリ

■作者メッセージ
落ちがてきとう・・・。

今回出てきたメウリルは『落ちこぼれの私と』で出てきたフェルメルの娘です。
イルティネも同一人物で、フィセルロはユニッセの先輩の1人です。
クイーンスライムのいる魔王軍訓練施設の話はもうちょっと続くかもしれません。

17835文字も読んでくださった方、ありがとうございました。

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