捨てられたモノ拾うモノ

――ほぎゃああぁ、ほぎゃぁああぁ

「うるせえええええええ!!!」

「あんぎゃああああああああああああああああ」

「うがああああああああああああ!!!」

畜生、なんだってんだよ。
なんでちょっと寝て起きてみたら住処の洞窟の入り口が祠みてーになってんだよ。
しかも祠のくせにがたがたのぼろぼろの苔だらけだし。
しかもちっせえガキもいやがるし。
しかもびーびーないてるしよ。
わけわかんねー。
布にくるまれたうるさいのを摘まんで顔の前に吊るしあげた。
「んぎゃあああぁぁぁ…………だぁ」
とたんに泣きやみやがったぞこいつ。ってかなんでこんなとこにいんだよ。山んなかだぞ。
横に振ったらきゃっきゃきゃっきゃ笑いだしたし。なんなんだいったい。
「その子、捨てられちゃたみたいなのよ」
後ろで声がする。振り向くとそこには狐がいた。
「ああ?おめー誰だ?」
「あらま。忘れちゃった?あなたを封印したの私なのだけど」
「封印?」
なんだそれ。
「本当に忘れたっていうの?…呆れた」
呆れたって…。
「で、何の用だ?よくわかんねーけど、また封印ってのやんのか?」
「え?んーそうね…。封印壊れちゃったみたいだから来てみたのだけど…この有様じゃあ無理も無いわね。お願いされたから施したものだけれど、手入れすら怠るならもうやりたくないわ」
「あっそ」
ん。そう言やこいつ。
「おい」
「なにかしら?」
「こいつなんなんだ。おめーのか?」
狐が目の前に一瞬で現れる。
「人間の赤ちゃん。女の子ね。多分」
狐がおれの手からそいつを受け取って抱く。
「んなこたわかってんだよ」
「ほぎゃぁあああぁぁぁあああああ!!!」
「あらあら、私は駄目なの?ちょっと傷つくわね」
狐は一瞬でその場から消えると、おれの後ろに周って蜘蛛の背にガキ乗っけやがった。
「あなたが拾ったんだから煮るなり焼くなり自由にしなさいな。じゃあね」
「あっ、てめ」
狐はそのままどっか行きやがった。
「……ったく、ほれ、おめーも降りろ。おめーは煮ても焼いてもくえねーよ」
ガキを振るい落そうと身体を揺するが、全然落ちねー。おれの毛がっちりつかんでやがる。
「きゃっ!きゃっ!」
また笑いやがった。
顔しわくちゃにしながらおれに笑顔をむけている。
仕方なく摘まみ降ろそうと手を伸ばしたら、今度は腕の毛を掴みやがった。
そのまま目の前まで持ってくる。
目の前にはおれの手に必死にぶら下がる、ちいさな命。
「命?」
自分の考えたことがわかんねー。こんなの腹の足しにもならねーのに。
今度は両手で抱える様にガキを持った。
「だうぅ」
ちっせえ顔。目。鼻。口。耳。手。足。身体。
「ちっせえなぁ、おめー」
胸に抱いてみる。力を入れると壊れちまいそうだ。
「おめー……捨てられたのか?」
狐の言葉を思い出す。
「きゃあうぅ、あぶぶぅう」
なに言ってっかわかんねーけど、なんか胸の辺りがあったけーな。













……―10年後―……



「おかー」
「ああ?なんだ?」
「うさぎー。とったー」
ガキが兎を両手にそれぞれ持ってかえって来た。
「おお、2にきもとったか。ずいぶん慣れたな」
もうこの山は庭も同然ってか。
「えへへ。はい、おかー」
ガキが取った兎の片方をおれにつきだした。
「お。くれんのか。ありがとよ」
そう言っておれはガキの頭をわしゃわしゃとなでる。
「えへへ。めしにしよー」
兎を喰おうとした時、狐が何処からともなく現れた。
「兎は2匹じゃなくて2羽よ」
「ああ?いーんだよ。数がわかりゃあ」
「きつね!こんにちはございまーす」
「まったく学がないわねぇ。良い?お昼のあいさつは『こんにちは』よ。そして、私はきつねじゃなくて弧乃比夜(このひよ)だっていってるじゃない」
「きつねじゃないの?」
「いや、あいつは狐だ。たくさん尻尾生えてんだろ」
「こーんにーちはーきつねー!」
「そうじゃなくて…まあいいわ」
いつものように狐がガキにいろいろと教える。それを見つつ兎をちぎって食う。
「おめーガキいらねーんじゃなかったのか?」
「見てる分には可愛いものよ」
尻尾でガキとじゃれあう狐が言う。
「見てるだけならな。大変なんだぞ?つかれる」
「あら、10年もしっかり育てておいて何を言っているのかしら」
「おめーはこの10年ずっとガキと遊びに来てただけだもんなー」
「きゃはははははっ」
狐の尻尾がガキをくすぐる。ガキ楽しそうだな。
「…あなたが笑うなんて思いもしなかったもの」
「ああ?笑うっておめー…」
狐がおれを見る。何時に無く真剣だな。
「ったく、ほら。こいつと話しあっからちょいと遊んで来い」
「はえっ?はーい」
ガキが洞窟から出ていく
「で?なんのようだよ」
「都から、あなたを倒す為に人が向かって来ているわ」
「…で?」
「あの子、どうするのよ」
「意味がわかんねーよ」
「彼らはあなたの堅牢な身体を貫く技を身に付けているわ」
「あんなもん当たんなきゃ良い話だろ」
「そうね。あの子は避けられるかしら」
「…あいつは牛鬼じゃねぇだろうが」
「疑わしきは滅さずにはいられないのよ」
「…」
「…おれにどうしろっつーの?」
「一つ目。見捨てる」
「ざけんな!!!!!あいつ捨てられてたんだぞ!!!?二回も捨てられていい筈ねえだろうが!!!!」
「落ち着きなさいな」
「てめえが言ったんだろうが!!!あんな思い二度とさせてたまるか!!!!!!」
「二つ目。私に預ける」
「…なんだと?」
「でも、その場合、もう多分会えなくなるけどね」
「ああ?」
「あなたがやられたらそれまでだし、やられなくても今のままならあなたの傍に居る事はあの子にとって危険なことよ。それに、今のあの子なら、私が何とかすればまだ人間の中で生きることも出来るわ」
「…」
「言っておくけど、この山の入り口は人間達によって見張られているわ。逃げるのも難しいわね。追手が確実に来るわ」
「…」
「時間はないわ。返事は早めにきかせてね」









……―その日の夜、深い眠りの中で―……

―がしゃん

なぜですか!?

なぜ私が!

血は浴びてしまいましたが、ほんの少しだけです!

私はまだ!

そんな、止めてください!

あっ、ぐ

なん、で…っ、お願い…たすけ、て…

いか、ない…で

い、や…ぁ

―どくん

―どくん、どくん


「…ううぅ」

「むにゃ?…おかー?どーしたの?おかー?」

「……めて…。た……けて…ぅう」

「どーしたの?おなかすいたの?」

「か……だ…がぁ…あつ、い」

「あついの?……おみずとってこよー」





「っ!!」
私は目を覚ました。
今はまだ夜のようで洞窟の入り口からは眩しいまでの月明かりが見える。
月光を捉えた私の目は、異形となってしまった私の身体を残酷にも映し出し、先程まで見ていた夢の通り『私』が『おれ』であることを再認識させる。
「ああ…くっそ」
今日は『私』がやけに鮮明だ。
こんな日は、私の中にはまだ人が残っていることを感じる事ができ、私の身体はもう人では無いと言う事が私に重くのしかかる。
あんな夢を見たせいだろう。また寝てしまえば、忘れてしまえばこんなにも苦しい思いをしなくてすむのだろうか。
それも、気休めでしかなかったのだけれど。
「…?」
横で寝ていたはずのあの子がいない
起きた時、既にあの子が遊びに出掛けていて居ないことなど良くあることだ。
けれど、なぜだろう。胸騒ぎがする。
ざわざわと内から湧きおこる不安感や焦燥感は、私を寝床に再び横たわらせることを許してくれなかった。


「おーい!ガキー!何処行ったー!!」
月が全てを見降ろしている中、声を張り上げて探し回る。
嫌な予感を振り払うかのように出てくる声は、そこいらの山の住人も起こしてしまったようで、慌てて逃げてゆく様子が窺えた。
見つからない。
時間が経つにつれ私の胸は締めつけられてゆく。
姿が見えない、何をしているのかがわからない事が是ほどに心配する事だとは思わなかった。
無事でいて欲しい。
何事も無くまた笑いかけて欲しい。
そう願うばかりだった。
「――ぃゃぁぁ」
そう願っていたのに、私の耳に届いたのは、非情にもあの子の叫び声だった。


「おかー!!」
声のした方へと走った私は、山の開けた場所でやっとあの子と出会う事が出来た。
「やっとお出ましか。柚良樹(ゆらき)」
私の事を懐かしい名前で呼び、あの子の両腕を後ろで拘束し人質に取る下種な男付きで。
稲荷の言っていた、私を殺しに来た退魔師だろう。
「その子に何しやがった!」
「さあな」
照りつける月は、涙や鼻水で汚れた顔と足の付け根から滴る赤と白を闇の中から炙り出した。
「こいつ、具合よかったぜ?」
あの子が暴行されたことによる怒りと、それを阻止できなかったことによる怒りに私は背後に注意を払うのを失念していた。
「100年前は俺達の技が未完成だったせいで封印なんて事になったが、今度はきっちり殺してやるよ」
感じた気配に振り向いた私の目に映ったのは、大上段から振り下ろされた薙刀の刃だった。
「がっ!!」
致命傷とまではいかなかったものの、本来ならば刃物など通さないはずの牛鬼の身体は易々と切られてしまっていた。
「封印破れたのになんの音沙汰も無いからほおっておかれてたみたいだけどよ、それも今日で終わりだな」
木々の中から立て続けに後から4人出てきた。全員が私を殺せる技術を体得している様だ。
それぞれが得物とする長い柄の薙刀や槍は遠い間合いから私を貫き、尚且つ返り血を浴びない様にと言う考えなのだろう。
「なんかお前がさ、元は俺の家の者で魔の物になった恥さらしって話聞いてさ。お前の封印解けた時は俺もガキだったんだけど、俺も退魔師として力付けてきたからお前ぐらい倒せんじゃねえかっておもって。ま、今実際戦ってんの俺の部下だけどさ」
相手が一人ならば負ける言われもなく、大人数であっても木々の乱立する山林の中なら勝つ事は出来る。
しかし、ここを離れてしまえばあの子がどうなるかわからない。
だが、咄嗟に反撃してしまっても、凶刃があの子に向けられることは無かった。
よほど自身があるのだろう。それは、強ち間違いではない。
強い。
この身体では暴れまわるのは簡単だが、それはこいつ等の使う断絶の技が無い場合だ。
強靭な牛鬼の肉体を切り裂く対牛鬼専用の技だが、此処まで精錬されているとは驚きだ。
なんとか一人は殴り倒し、一人は放り投げたが、どちらも殺すまでは至らず、とうとう背中を槍で突かれてしまった。
「この技どうよ?懐かしいか?でも、お前の時代よりも遥かに良く切れるだろ?この技廃れちまっててさ、古い文書かき集めてようやく完成させたんだぜ?ここまで切れ味良くするの大変だったけど、俺とこいつら以外知らないんだ。この様子なら俺達が牛鬼全滅させられるな。そんでもって俺の位も鰻昇りってな」
痛みに怯んだ隙に右の四本の足を落される。
倒れた所で左腕が肩から無くなり、咄嗟に傷口を押さえようとした右腕は槍で地面へと縫いつけられた。
最後に残った左足も切られ、蒼い身体を血で染めながら私は大地に平伏した。
「元身内だけどよ、止めは俺が直々にさっくり刺してやるからさっさと死んでくれy「おかあああああああぁあああああぁぁああああああああああ!!!」あ、てめっ!」
あの子が泣き叫んで、男の拘束を振りほどき私に駆け寄って来た。
「おかあああああっ!!!おかあああぁああ!!!」
あの子は私の身体を抱き起こそうとするが、それには力が足りない。
「……ば、っか…。に、げろ…よ」
その小さな身体で庇うように覆いかぶさり、私を守ろうとしてくれた。
「おかあっ!!やだやだやだやだぁあああっ!!もういたいのだめぇええ!!!!やめてぇえええ!!!」
私から流れ出た血があの子をも染めて行く。
こんな事になるのならば、あの時、下手な意地など張らずに稲荷に預けていた方があの子にとって幾分ましだったかもしれない。
しかし、なってしまえばどうという事はない。
私の時とは違う。
一人になることも無い。
人で無くなったとしても私は見捨てない。
私がそばに居てあげれば良い話だったのだ。
「あああああっ!!あっ!!あ、あぐあああがああああががぐああががあがああああああ!!!!」
あの子の身体が細かく震えだす。
「あーあ、ガキまで牛鬼になっちまうよ」
男が薙刀を構えるが、もう遅い。
「さっさと死ね……って、え?」

―めきめきめきめきめき

男が振り下ろした薙刀を軽く弾き返し、あの子の身体は急激に変化してゆく。
「がああがががああがあがあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
私の魔力の篭った乳で育てていたのだ。複雑な気分だが、今し方注がれた精ある。
大切に育てたあの子が負けるなどあり得ない。
む。もう『あの子』では無いな。ちゃんとした名前が必要だろう。
「あああぁぁ………。あー。あああぁ。…てめぇら…ゆるさねぇぞ!!!!」
こんな私の為に泣いてくれる人がいた。
こんな私でも守ろうとしてくれた人がいた。
それがわかった事が、『私』が今まで存在し続けた意味となったはずだ。
これからも一緒に過ごすことが出来れば、『私』も目を覚まさなくて良くなるだろう。
最愛の娘に送る名前を考えながら、少しだけ『おれ』を羨ましく思って。
『私』はようやく安らかな眠りについたのだった。


……―数日後―……


「あら?目覚めたようね」
目ぇ開けたら狐がいた。
「んー?ああ……どこだここ」
洞窟の中みてーだが、おれの住処じゃねえ。
「あなたが住んでいた山から千里くらい離れた所よ。人間達が慌てふためいている隙をついてあなたを連れて逃げて来たのよ」
せんりなんていわれてもわかんねーよ…。
「とにかくどっか遠くって訳だな…って、なんでおれ腕と足ねえんだ?」
立とうとしたら足ねーし腕もねーしなんか血もちょい足んねーしなんだこれ。
「あなた覚えてないの?」
足と腕に魔力を込め、あたらしく生やした。
「なんかあったのか?」
「…呆れた」
しかも、
「おかー!!!」
「なんで柚良葉(ゆらは)が牛鬼になってんだよ」
「柚良葉?」
「おかああああああああ!!!よかったああああああああああ!!!!」
柚良葉がおれに抱き付いた。いてえ。
「全然目ぇ覚まさないから凄く怖かったんだよぉぉ!!!ほんとよかったぁ!!!」
「なんで柚良葉口調変わってんだよ」
「ねえ」
「ああ?」
「柚良葉って…?」
「柚良葉は柚良葉だろーが」
と言っておれは力一杯抱きついてくる柚良葉を見る。
「ん?…。おまえ、柚良葉?」
あ?れ?こいつ柚良葉だっけ?
「んん?あたしは…。なんだろ?」
暫定柚良葉も首をかしげた。
「じゃ柚良葉でいいか」
「なら柚良葉でいいよ」
「…呆れた。はぁ、柚良葉ちゃんはこんな風にならないようにとか思っていたけれど、無駄だったかしら」
「ずっとおかーと一緒だったからね!」
柚良葉がおれに笑顔を向ける。
「…そーだな。これからもずっと一緒だからな」
おれの胸の中は、今までの倍くらいあったかかった。

もののけ姫見てたら書きたくなりました。
勢いで書いたので全体的に雑になってしまったような…。
書いてるうちに、意図せず二重人格になってしまいましたし。

個人的な感想ですが、何故かウシオニには凄く母性を感じます。
第一印象が肝っ玉かーちゃんって、何なんですかね。

子供は絶対捨てちゃ駄目ですよ!!

11/07/03 20:44 チトセミドリ

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