第五十二話・ガルドレポートact2
「あ、あなたはあの時の…。」
「ん……、あぁ!?いつだった砂漠で会った!?」
交渉のテーブルに着いたのは、町長ロウガではなく彼の代理のサクラ。
いつだったか砂漠で食料を売った少年だ。
「へぇ…、また随分立派になって。」
「い…いえ…、ロウガさんから交渉に行って来いって言われただけでして。」
顔付きがあの日とはまるで違う。
すっかり男の顔になった少年がそこにはいる。
「で、どんな話か聞いているか?」
「はい、およそは。何でもオリハルコンが学園の裏に眠っているそうですね。」
「そうらしい。今日はその技術者も来てもらっているからそれも含めて話し合いがしたいと思ってな。」
お互いの自己紹介もそこそこに、俺は事のあらましを説明する。
兄弟分のルイがオリハルコンの鏃を作って、この町に提供したいということ。
そのオリハルコンがこの地に眠っていること。
オリハルコンの最新精製技術がこの町で生まれたということ。
「す、すごい話ですね。」
「だろ?俺なんか思わず酒を噴き出してしまったぜ。」
「そうですよね。オリハルコンって言ったらどんな宝石よりも貴重な金属ですから…、お目にかかることはないと思っていたんですよ。」
そうこう話していたら、セラエノ学園裏山の合流地点に到着した。
「えっと…、このへんで待ち合わせのはず……ん?おーい、デンエモン君。そんなところで腰を抜かしてどうしたんだぁー?」
「あ、あわわわわわ…。」
泡?
本日の案内人、デンエモンが腰を抜かして地面に座り込んでいる。
声にならないデンエモンは、俺たちにある一点を指差して震えている。
「おいおい…、一体何が出……………。」
指差す先には太陽の光を浴びて鏡のように輝く2mはあろうかという岩。
「ああ、この方はあまりこの町での生活が長くないんですね。この岩は学え…、じゃなくてロウガさんが『鏡岩』って名付けた岩でして、この時期のこの時間だけ、太陽の角度によっては数分間輝き続けるっていう珍しい岩なんですよ。」
「…お前ら、本当に知らないのかよ!?これがオリハルコンだよ!!!」
「へ?」
間抜けな顔をしてサクラが俺を見る。
本当に知らなかったのかよ…。
「ししし、信じられない!こんな純度の高くて、巨大なオリハルコン原石が存在するなんて…!!あ、あっちにも…、こっちにも転がっている!?」
デンエモンはキョロキョロと挙動不審者のようにあたりを見回した。
気持ちはわかるぜ、デンエモン。
「え…、この汚い石がオリハルコン…?」
「そうですよ!ええっと…、代表の方ですよね?正直に申し上げると、ここまで無造作なオリハルコン鉱山は初めてですよ。よく今まで誰にも知られずにこの山が存在したものですね…。」
「えっと、デンエモンさんでしたね。僕も話を聞いただけなんですが、この山はロウガさんが町で暮らすに当たって、何でもジパングの山に似ていたから買ったとか言っていましたけど…。」
デンエモンは開いた口が塞がらないらしい。
俺も呆れて物が言えない。
「僕も…ジパング出身ですが、そんな理由で山を買うんですか!?」
「ええ、あの人は人生を道楽と神レベルの気紛れで生きている悪魔ですから。」
「ヒックショイ!」
「うわ、汚いな…。ロウガ、風邪でも引いたのかい?」
「ああ、悪い。どうやら良い女が俺の噂をしているらしい。」
「………君の目の前の良い女は噂はしていないよ。でも、噂はしていないけど、せっかくベッドで君は寝ているんだし…、久し振りに夫婦水入らずの時間でも過ごそうか?」
「アスティア、冗談は止せよ。マロウ医師もいるんだぜ。」
ガラッ(扉が開く音)
「ごゆるりと。」
「ま、待てマロウ!?俺を一人にするな!!今お前に出て行かれたら俺はまた三途の川を渡りかねん!!!」
「今夜『も』お楽しみでしたね。」
ガラガラガラ…ピシャ…(扉が閉まる音)
ずるっぺしゃっずるっ…(マロウの足音)
「…………ロウガ。…さぁ、二人切りだよ。三十路の人妻女教師、タイトスカートのスーツ、そして二人切りの保健室。これだけ揃えば、据え膳食わぬは漢の恥というものだよ。」
「ア、アスティア!ま、待て!落ち着くんだ!そんな知識どこで仕入れてきやがったんだ!!俺はまだ死にたく…アッーーーーーー!!!」
何だ、今ものすごい叫び声が聞こえてきたような…。
「さわりの調査でもすごい結果だったのに…、何なんだこの場所は…!?ヘンリーさん、今すぐドワーフを手配して!!研究所職員の僕が言うのも間違っているけど、もう訳がわからな…あれ…?これって……。」
「ああ、それはロウガさんが『天上石』って名付けた透き通った不思議な石で…。」
水筒程もある透き通った石。
早い話、でかい水晶…。
「あ、でもそれ小さい方ですね。僕が子供の時にはもっと大きくて綺麗な紫色のを拾ったことがありますよ?マイアさん…、ぼ、僕の恋人ですけど、彼女は向こう側まで綺麗に透き通った濁りのない石をこの山で見付けて、部屋のインテリアに………。」
「ヘンリーさん、今すぐドワーフ呼んでぇー!もっと何か出て来そう!!」
おいおい…、オリハルコン鉱山に水晶が生えているだと?
ほんとに何なんだ、このでたらめな山は…!?
――――――――――――――
カキーン、カキーン、カキーン…
「うわっはっはっはっは…、何なのだ、このパラダイスは!?オリハルコンに水晶、金、ダイヤモンド、魔法石まで掘れば掘っただけでたらめに出て来おるわぃ。何なのだここは♪火山か、旧火山か、秘境か♪レアな鉱石がワチらの採掘魂に火を点けおるわい!!おう、兄弟社の若いの!安心しろ、取り付くさん程度に掘ってやるから、ワチらに任せんしゃい!!」
僅か半日後。
サクラの許可を得て、兄弟社連絡係を通じドワーフ集落に出張を要請したら、『破壊+大好き』と書かれたヘルメットを被った15人のドワーフがツルハシ担いでやってきた。
そして彼女たちは見事に狂喜乱舞で掘り続ける。
つーか、何だよ。
オリハルコンだけでも貴重だってさっきから言っているのに、何でものすごくキラキラした水晶がゴロゴロ出てきて、砂金どころか金の塊がゴロゴロ出てきて、一体何カラットあるか検討が付かないダイヤの原石が石ころのように出てきて、悠久の時間が魔力を閉じ込めた魔法石の原石が腐る程、さっきから土砂を運ぶ一輪車に山盛りで何度も往復している。まだ横穴を10m程掘っただけなのに…、すでにそれぞれ数十kg分もの良質な鉱石が採掘された。
「…えーっと、すでに凄まじい結果が出そうなんで、先に取引交渉に移ろうか?」
「ええ、そうですね。」
「今の市場相場から考えて…、ここに出てきた鉱石の質と量を考えると…。」
パチパチと算盤を弾く。
「こんなもんになるんだが…?」
自分で弾き出しておきながら、見たことのない数値を算盤が示していた。
もちろん計算間違いなどない。
「……すごい額ですね。」
「俺もこんな取引初めてだけどさ、とりあえず、もしうちの砂漠の兄弟社と取引してくれるなら、卸し価格相場より2割くらいなら上乗せさせてもらっても良いぜ。」
「良いんですか!?」
「ああ。その代わりここの契約は俺たち兄弟社とこの町の独占契約にしてもらうぜ。ま、最初は赤字かもしれないけど、ここまで良質な鉱石ばかり出てくると……、すぐ黒字になるのは目に見えてるし。何より、この戦争が終わったらオリハルコンがこの町の特産になるのはわかってるから、卸し価格がいくら高くても…、それ以上にオリハルコンは高額だからな。赤字なんかすぐにひっくり返る!」
それを聞いてサクラは考えている。
そりゃそうだろう。
これだけでかい商売だから、悩まない方がおかしい。
「…ヘンリーさん、その上乗せ金額ですが……。」
「お、さっそく来たね。」
上乗せ交渉、待っていたぜ。
俺の手持ちだけだったら不安で仕方なかったが、昨日の晩、本部が5割までなら出して良いって連絡係を通じて通達してきたから値上げ交渉は怖くないぜ。だがこちとら商人の端くれ。激甘な交渉はしない主義だ。
「その上乗せ金額をそっくりそのまま、この戦争で家族をなくした子供たちを支援する基金設立のために使ってもらっても良いですか?」
「チッチッチ、甘いな。俺も商人、そう簡単に値上げしてやる………ん?」
今、なんつった?
基金?
「おいおいおいおいおい、値段交渉じゃねぇのかよ!!」
「はい、幸い僕たちの町…、というよりもロウガさんのおかげで町そのものが豊かなので、それ程利益を欲している訳ではないんです。でももし、そういう基金設立を兄弟社さんの方で承知していただけるなら、ここでの鉱石売買契約を兄弟社さんと独占で契約させていただきますよ。」
………馬鹿かよ。
それもとびきりの馬鹿じゃねぇか。
でかい利益を誰かに分け与える?
しかもその条件を飲めば、俺たちの独占契約を結ぶ?
「お前、絶対損な人生送るぜ?」
「ええ、そういう生き方以外の生き方を知らないので…。」
真っ直ぐな目をして、実に戯けたことを言う。
しかもその目に迷いがない。
これがこの町の後継者、か…。
「ま、お前の場合は町長の娘とくっつくんだから、金には困らないよな。」
「…ええ、いつかは。でも僕らは今の暮らしを変える気がありません。あくまで質素に…。マイアさんの言う有り余るあぶく銭は、すべて学園のため、この町のために使い切ってしまおうと思っていますよ。」
「………マジか?」
参った…。
ここまで欲のない商売相手は見たことがない…。
「フッ…、そうかそうか。じゃあ、俺からもう一つ条件を付けさせてもらっても良いかな?」
「どんな条件ですか?」
「教会がこの町に攻め込んで来るのは確実だ。だからよ、この戦争で必要な物資は俺から買え。平均相場よりも6割くらい引いて売ってやるよ。赤字でも構うもんか…。兵糧も、砦を築く木材も人員も、傭兵たちの派遣も俺の全財産空にするつもりでどんどん注文しろ。もっともそれで黒字に持っていくのが俺たち商人の腕の見せ所ってもんだがな。」
「え、で、でも…、それじゃあ…。」
「言ったろ、俺たちは商人だ。商人はいつだって物の価値を計る目を大事にしなきゃいけない。ロウガという男もそうだったが、お前はそれに輪をかけた奇貸だ。俺はお前に投資しよう。お前という男にはそれだけの価値がある、と俺は睨んでいるよ。あまり損させないでくれよな。」
自分でもらしくない言動に笑いが込み上げる。
ルイのことを言えないが俺も商人失格だ…。
この町のやつらは、人を惹き付ける何かがある。
「………ありがとう、ございます!」
「おいおい、将来この町を担う男が一介の商人に深々と頭を下げるなよ。」
「いえ、あなたにそうまでしていただいたのに、頭を下げれない程愚かではありません!今は何も返せるものはありませんが、せめて感謝だけはさせてください!!」
「大袈裟なんだよ、まったく…。」
さぁて………、大見得切っちまったけど、どうするかな…。
またしばらくは教会連中から巻き上げることを考えよう。
「うっはっはっはっはー!すっげぇぞー!これ旧時代のドラゴンの骨じゃー!」
「何のこっちは石の仮面を発見したぜぇ!ワチはドワーフをやめるぞ、ジ○ジ○ォォォ!!!」
「うわ、親方大変だ!一枚岩のオリハルコンの岩盤が進路を塞いでいる!!」
………ドワーフは何かを発見したらしい。
もう何が来ても驚くもんか!
―――――――――――――――――
「あ、兄貴!どうだった?」
「おう、終わったぜー。」
弟分のルイの店で一息吐く。
「…どのくらい採れそうだった?」
「想像したくねぇ。しばらくオリハルコンは見たくねぇってのが本音だ。」
ルイに勧められたウィスキーをグイっと飲み干す。
あぁ、生き返る…。
「今デンエモン君がドワーフたちと一緒に調査してる。たぶん、明後日には終わるさ。オリハルコンだけでどれだけ利益が出るか想像も付かねぇ。オリハルコンだけじゃなくてオマケが多すぎて洒落にならん。」
「この町のロウガって人からして訳がわからないしね。」
「それだ…。後で詳しく教えてやるが、あの御仁な。相当物の価値を知らないぜ。よく学園長とかやってられたな…。」
「そういう数字関係は、アヌビスの教頭が引き受けてたみたいだったからね。彼女は頭が切れるし、話してみても話題が途切れなくて楽しい人だった。」
「そいつは一度会ってみたかった…っておい。女で思い出したが、お前の身請けしたい相手ってどんな女だよ!?お前の財力でモノに出来ない女なんて、興味がある。そこんとこ詳しく教えてくれよ?」
そうだった。
いくら身請け金が高額とは言え、こいつの財力なら簡単に出来るはずなのに…。
「…兄貴の知ってる通り、俺の財産は9割5分商売用の資金だよ。雑貨屋とか雑貨部門って言われて、花形部門からは遠退いているから馬鹿にされているけど、一応商売範囲は全大陸だからね。それなりにその土地に合わせた商品を揃えなきゃ勤まらない仕事だしな。それで残りが俺の自由になる金。僅かな現金を株で増やして、この土地を維持して、たまに増えた金で…、彼女たちに会いに行く。そしてそういう金をコツコツ貯めて身請け資金を作っていたけど、兄貴のおかげで…、彼女たちをもっと早く身請け出来そうだよ。ありがとう。」
「いや、だから何でそんなに金のかかる女なんだってば?」
ルイが注いだウィスキーを傾ける。
うん、良い酒だ。
相変わらず酒の趣味が良いな。
「彼女たち、ほんとはただのラミアじゃないんだよ。」
「へぇ…、どこかで飼われてたとかそんな感じか?」
「……エキドナの眷属だったんだよ。」
「ボフォッ!!!!!」
ここに来るたびに噴き出してばかりだ!
「この十数年の反魔物派の弾圧が酷いのは知っているよね。彼女たちの主のエキドナも例外じゃなかったんだよ。今じゃそのエキドナも行方不明。エキドナの居場所を探りつつ、彼女たちの身請け資金を貯めていたんじゃ時間がかかってね。それに彼女たちの身請けをするんじゃ、必然的にそのエキドナも迎え入れなきゃならないから、こんなボロ家じゃなくて、もっと立派な屋敷を建てなきゃいけない。だから時間がかかったのさ。」
「お前、すごい女に惚れちゃったんだなぁ…。」
「うん、おかげで先月行方不明だったエキドナとも連絡が付いた。来週くらいには兄弟社の荷馬車に乗ってこの町にやってくるはずだよ。」
「……オリハルコン収益は少し回してやるよ。そうすれば屋敷も建てれるし、グレードの上がった生活の維持も楽になる。」
「兄貴、何だかこの僅かな時間で変わったね。人間が丸くなった感じがする。」
「……この町の連中のせいだ。」
グラスをまた空にする。
カランという小気味の良い氷の落ちる音が響いた。
少し嬉しそうに笑う弟分の視線を無視して、手酌でウィスキーを注ぐ。
今日は酔ってしまおう。
損するのがわかっても、
たった一人の男に惚れてしまった自分が情けなくて、
たった一人の男に惚れてしまった自分が誇らしくて、
自分の人生で初めての感覚に、
今日は酔ってしまおう。
「ん……、あぁ!?いつだった砂漠で会った!?」
交渉のテーブルに着いたのは、町長ロウガではなく彼の代理のサクラ。
いつだったか砂漠で食料を売った少年だ。
「へぇ…、また随分立派になって。」
「い…いえ…、ロウガさんから交渉に行って来いって言われただけでして。」
顔付きがあの日とはまるで違う。
すっかり男の顔になった少年がそこにはいる。
「で、どんな話か聞いているか?」
「はい、およそは。何でもオリハルコンが学園の裏に眠っているそうですね。」
「そうらしい。今日はその技術者も来てもらっているからそれも含めて話し合いがしたいと思ってな。」
お互いの自己紹介もそこそこに、俺は事のあらましを説明する。
兄弟分のルイがオリハルコンの鏃を作って、この町に提供したいということ。
そのオリハルコンがこの地に眠っていること。
オリハルコンの最新精製技術がこの町で生まれたということ。
「す、すごい話ですね。」
「だろ?俺なんか思わず酒を噴き出してしまったぜ。」
「そうですよね。オリハルコンって言ったらどんな宝石よりも貴重な金属ですから…、お目にかかることはないと思っていたんですよ。」
そうこう話していたら、セラエノ学園裏山の合流地点に到着した。
「えっと…、このへんで待ち合わせのはず……ん?おーい、デンエモン君。そんなところで腰を抜かしてどうしたんだぁー?」
「あ、あわわわわわ…。」
泡?
本日の案内人、デンエモンが腰を抜かして地面に座り込んでいる。
声にならないデンエモンは、俺たちにある一点を指差して震えている。
「おいおい…、一体何が出……………。」
指差す先には太陽の光を浴びて鏡のように輝く2mはあろうかという岩。
「ああ、この方はあまりこの町での生活が長くないんですね。この岩は学え…、じゃなくてロウガさんが『鏡岩』って名付けた岩でして、この時期のこの時間だけ、太陽の角度によっては数分間輝き続けるっていう珍しい岩なんですよ。」
「…お前ら、本当に知らないのかよ!?これがオリハルコンだよ!!!」
「へ?」
間抜けな顔をしてサクラが俺を見る。
本当に知らなかったのかよ…。
「ししし、信じられない!こんな純度の高くて、巨大なオリハルコン原石が存在するなんて…!!あ、あっちにも…、こっちにも転がっている!?」
デンエモンはキョロキョロと挙動不審者のようにあたりを見回した。
気持ちはわかるぜ、デンエモン。
「え…、この汚い石がオリハルコン…?」
「そうですよ!ええっと…、代表の方ですよね?正直に申し上げると、ここまで無造作なオリハルコン鉱山は初めてですよ。よく今まで誰にも知られずにこの山が存在したものですね…。」
「えっと、デンエモンさんでしたね。僕も話を聞いただけなんですが、この山はロウガさんが町で暮らすに当たって、何でもジパングの山に似ていたから買ったとか言っていましたけど…。」
デンエモンは開いた口が塞がらないらしい。
俺も呆れて物が言えない。
「僕も…ジパング出身ですが、そんな理由で山を買うんですか!?」
「ええ、あの人は人生を道楽と神レベルの気紛れで生きている悪魔ですから。」
「ヒックショイ!」
「うわ、汚いな…。ロウガ、風邪でも引いたのかい?」
「ああ、悪い。どうやら良い女が俺の噂をしているらしい。」
「………君の目の前の良い女は噂はしていないよ。でも、噂はしていないけど、せっかくベッドで君は寝ているんだし…、久し振りに夫婦水入らずの時間でも過ごそうか?」
「アスティア、冗談は止せよ。マロウ医師もいるんだぜ。」
ガラッ(扉が開く音)
「ごゆるりと。」
「ま、待てマロウ!?俺を一人にするな!!今お前に出て行かれたら俺はまた三途の川を渡りかねん!!!」
「今夜『も』お楽しみでしたね。」
ガラガラガラ…ピシャ…(扉が閉まる音)
ずるっぺしゃっずるっ…(マロウの足音)
「…………ロウガ。…さぁ、二人切りだよ。三十路の人妻女教師、タイトスカートのスーツ、そして二人切りの保健室。これだけ揃えば、据え膳食わぬは漢の恥というものだよ。」
「ア、アスティア!ま、待て!落ち着くんだ!そんな知識どこで仕入れてきやがったんだ!!俺はまだ死にたく…アッーーーーーー!!!」
何だ、今ものすごい叫び声が聞こえてきたような…。
「さわりの調査でもすごい結果だったのに…、何なんだこの場所は…!?ヘンリーさん、今すぐドワーフを手配して!!研究所職員の僕が言うのも間違っているけど、もう訳がわからな…あれ…?これって……。」
「ああ、それはロウガさんが『天上石』って名付けた透き通った不思議な石で…。」
水筒程もある透き通った石。
早い話、でかい水晶…。
「あ、でもそれ小さい方ですね。僕が子供の時にはもっと大きくて綺麗な紫色のを拾ったことがありますよ?マイアさん…、ぼ、僕の恋人ですけど、彼女は向こう側まで綺麗に透き通った濁りのない石をこの山で見付けて、部屋のインテリアに………。」
「ヘンリーさん、今すぐドワーフ呼んでぇー!もっと何か出て来そう!!」
おいおい…、オリハルコン鉱山に水晶が生えているだと?
ほんとに何なんだ、このでたらめな山は…!?
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カキーン、カキーン、カキーン…
「うわっはっはっはっは…、何なのだ、このパラダイスは!?オリハルコンに水晶、金、ダイヤモンド、魔法石まで掘れば掘っただけでたらめに出て来おるわぃ。何なのだここは♪火山か、旧火山か、秘境か♪レアな鉱石がワチらの採掘魂に火を点けおるわい!!おう、兄弟社の若いの!安心しろ、取り付くさん程度に掘ってやるから、ワチらに任せんしゃい!!」
僅か半日後。
サクラの許可を得て、兄弟社連絡係を通じドワーフ集落に出張を要請したら、『破壊+大好き』と書かれたヘルメットを被った15人のドワーフがツルハシ担いでやってきた。
そして彼女たちは見事に狂喜乱舞で掘り続ける。
つーか、何だよ。
オリハルコンだけでも貴重だってさっきから言っているのに、何でものすごくキラキラした水晶がゴロゴロ出てきて、砂金どころか金の塊がゴロゴロ出てきて、一体何カラットあるか検討が付かないダイヤの原石が石ころのように出てきて、悠久の時間が魔力を閉じ込めた魔法石の原石が腐る程、さっきから土砂を運ぶ一輪車に山盛りで何度も往復している。まだ横穴を10m程掘っただけなのに…、すでにそれぞれ数十kg分もの良質な鉱石が採掘された。
「…えーっと、すでに凄まじい結果が出そうなんで、先に取引交渉に移ろうか?」
「ええ、そうですね。」
「今の市場相場から考えて…、ここに出てきた鉱石の質と量を考えると…。」
パチパチと算盤を弾く。
「こんなもんになるんだが…?」
自分で弾き出しておきながら、見たことのない数値を算盤が示していた。
もちろん計算間違いなどない。
「……すごい額ですね。」
「俺もこんな取引初めてだけどさ、とりあえず、もしうちの砂漠の兄弟社と取引してくれるなら、卸し価格相場より2割くらいなら上乗せさせてもらっても良いぜ。」
「良いんですか!?」
「ああ。その代わりここの契約は俺たち兄弟社とこの町の独占契約にしてもらうぜ。ま、最初は赤字かもしれないけど、ここまで良質な鉱石ばかり出てくると……、すぐ黒字になるのは目に見えてるし。何より、この戦争が終わったらオリハルコンがこの町の特産になるのはわかってるから、卸し価格がいくら高くても…、それ以上にオリハルコンは高額だからな。赤字なんかすぐにひっくり返る!」
それを聞いてサクラは考えている。
そりゃそうだろう。
これだけでかい商売だから、悩まない方がおかしい。
「…ヘンリーさん、その上乗せ金額ですが……。」
「お、さっそく来たね。」
上乗せ交渉、待っていたぜ。
俺の手持ちだけだったら不安で仕方なかったが、昨日の晩、本部が5割までなら出して良いって連絡係を通じて通達してきたから値上げ交渉は怖くないぜ。だがこちとら商人の端くれ。激甘な交渉はしない主義だ。
「その上乗せ金額をそっくりそのまま、この戦争で家族をなくした子供たちを支援する基金設立のために使ってもらっても良いですか?」
「チッチッチ、甘いな。俺も商人、そう簡単に値上げしてやる………ん?」
今、なんつった?
基金?
「おいおいおいおいおい、値段交渉じゃねぇのかよ!!」
「はい、幸い僕たちの町…、というよりもロウガさんのおかげで町そのものが豊かなので、それ程利益を欲している訳ではないんです。でももし、そういう基金設立を兄弟社さんの方で承知していただけるなら、ここでの鉱石売買契約を兄弟社さんと独占で契約させていただきますよ。」
………馬鹿かよ。
それもとびきりの馬鹿じゃねぇか。
でかい利益を誰かに分け与える?
しかもその条件を飲めば、俺たちの独占契約を結ぶ?
「お前、絶対損な人生送るぜ?」
「ええ、そういう生き方以外の生き方を知らないので…。」
真っ直ぐな目をして、実に戯けたことを言う。
しかもその目に迷いがない。
これがこの町の後継者、か…。
「ま、お前の場合は町長の娘とくっつくんだから、金には困らないよな。」
「…ええ、いつかは。でも僕らは今の暮らしを変える気がありません。あくまで質素に…。マイアさんの言う有り余るあぶく銭は、すべて学園のため、この町のために使い切ってしまおうと思っていますよ。」
「………マジか?」
参った…。
ここまで欲のない商売相手は見たことがない…。
「フッ…、そうかそうか。じゃあ、俺からもう一つ条件を付けさせてもらっても良いかな?」
「どんな条件ですか?」
「教会がこの町に攻め込んで来るのは確実だ。だからよ、この戦争で必要な物資は俺から買え。平均相場よりも6割くらい引いて売ってやるよ。赤字でも構うもんか…。兵糧も、砦を築く木材も人員も、傭兵たちの派遣も俺の全財産空にするつもりでどんどん注文しろ。もっともそれで黒字に持っていくのが俺たち商人の腕の見せ所ってもんだがな。」
「え、で、でも…、それじゃあ…。」
「言ったろ、俺たちは商人だ。商人はいつだって物の価値を計る目を大事にしなきゃいけない。ロウガという男もそうだったが、お前はそれに輪をかけた奇貸だ。俺はお前に投資しよう。お前という男にはそれだけの価値がある、と俺は睨んでいるよ。あまり損させないでくれよな。」
自分でもらしくない言動に笑いが込み上げる。
ルイのことを言えないが俺も商人失格だ…。
この町のやつらは、人を惹き付ける何かがある。
「………ありがとう、ございます!」
「おいおい、将来この町を担う男が一介の商人に深々と頭を下げるなよ。」
「いえ、あなたにそうまでしていただいたのに、頭を下げれない程愚かではありません!今は何も返せるものはありませんが、せめて感謝だけはさせてください!!」
「大袈裟なんだよ、まったく…。」
さぁて………、大見得切っちまったけど、どうするかな…。
またしばらくは教会連中から巻き上げることを考えよう。
「うっはっはっはっはー!すっげぇぞー!これ旧時代のドラゴンの骨じゃー!」
「何のこっちは石の仮面を発見したぜぇ!ワチはドワーフをやめるぞ、ジ○ジ○ォォォ!!!」
「うわ、親方大変だ!一枚岩のオリハルコンの岩盤が進路を塞いでいる!!」
………ドワーフは何かを発見したらしい。
もう何が来ても驚くもんか!
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「あ、兄貴!どうだった?」
「おう、終わったぜー。」
弟分のルイの店で一息吐く。
「…どのくらい採れそうだった?」
「想像したくねぇ。しばらくオリハルコンは見たくねぇってのが本音だ。」
ルイに勧められたウィスキーをグイっと飲み干す。
あぁ、生き返る…。
「今デンエモン君がドワーフたちと一緒に調査してる。たぶん、明後日には終わるさ。オリハルコンだけでどれだけ利益が出るか想像も付かねぇ。オリハルコンだけじゃなくてオマケが多すぎて洒落にならん。」
「この町のロウガって人からして訳がわからないしね。」
「それだ…。後で詳しく教えてやるが、あの御仁な。相当物の価値を知らないぜ。よく学園長とかやってられたな…。」
「そういう数字関係は、アヌビスの教頭が引き受けてたみたいだったからね。彼女は頭が切れるし、話してみても話題が途切れなくて楽しい人だった。」
「そいつは一度会ってみたかった…っておい。女で思い出したが、お前の身請けしたい相手ってどんな女だよ!?お前の財力でモノに出来ない女なんて、興味がある。そこんとこ詳しく教えてくれよ?」
そうだった。
いくら身請け金が高額とは言え、こいつの財力なら簡単に出来るはずなのに…。
「…兄貴の知ってる通り、俺の財産は9割5分商売用の資金だよ。雑貨屋とか雑貨部門って言われて、花形部門からは遠退いているから馬鹿にされているけど、一応商売範囲は全大陸だからね。それなりにその土地に合わせた商品を揃えなきゃ勤まらない仕事だしな。それで残りが俺の自由になる金。僅かな現金を株で増やして、この土地を維持して、たまに増えた金で…、彼女たちに会いに行く。そしてそういう金をコツコツ貯めて身請け資金を作っていたけど、兄貴のおかげで…、彼女たちをもっと早く身請け出来そうだよ。ありがとう。」
「いや、だから何でそんなに金のかかる女なんだってば?」
ルイが注いだウィスキーを傾ける。
うん、良い酒だ。
相変わらず酒の趣味が良いな。
「彼女たち、ほんとはただのラミアじゃないんだよ。」
「へぇ…、どこかで飼われてたとかそんな感じか?」
「……エキドナの眷属だったんだよ。」
「ボフォッ!!!!!」
ここに来るたびに噴き出してばかりだ!
「この十数年の反魔物派の弾圧が酷いのは知っているよね。彼女たちの主のエキドナも例外じゃなかったんだよ。今じゃそのエキドナも行方不明。エキドナの居場所を探りつつ、彼女たちの身請け資金を貯めていたんじゃ時間がかかってね。それに彼女たちの身請けをするんじゃ、必然的にそのエキドナも迎え入れなきゃならないから、こんなボロ家じゃなくて、もっと立派な屋敷を建てなきゃいけない。だから時間がかかったのさ。」
「お前、すごい女に惚れちゃったんだなぁ…。」
「うん、おかげで先月行方不明だったエキドナとも連絡が付いた。来週くらいには兄弟社の荷馬車に乗ってこの町にやってくるはずだよ。」
「……オリハルコン収益は少し回してやるよ。そうすれば屋敷も建てれるし、グレードの上がった生活の維持も楽になる。」
「兄貴、何だかこの僅かな時間で変わったね。人間が丸くなった感じがする。」
「……この町の連中のせいだ。」
グラスをまた空にする。
カランという小気味の良い氷の落ちる音が響いた。
少し嬉しそうに笑う弟分の視線を無視して、手酌でウィスキーを注ぐ。
今日は酔ってしまおう。
損するのがわかっても、
たった一人の男に惚れてしまった自分が情けなくて、
たった一人の男に惚れてしまった自分が誇らしくて、
自分の人生で初めての感覚に、
今日は酔ってしまおう。
10/11/23 00:41更新 / 宿利京祐
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