連載小説
[TOP][目次]
第四十五話・『狂い者』と『龍の子』
「弓引けぇ………、放てっ!!!」
ケンタウロスの隊列が一斉に矢を放つ。
悲鳴を上げて退却を始めるフウム王国の兵士たち。
しかし、その矢は容赦なく彼らの命を確実に射抜いていく。

ここは中立地帯草原。
フウム王国とはその国土を隣接する地帯である。
統治する者はおらず、そこに住むのは人間、魔物問わない。
主を持たぬ彼らは、おそらくこの大陸のどの人々よりも誇り高い。
かつて中立地帯に暮らしたアスティアの性格がまさにそれである。
戦闘が始まってすでに一ヶ月が経過していた。
フウム王国のフィリップ王の予定通りであったなら、すでに名もなき町を制圧し終えていたのだが、予定は未定という言葉がある通り中立地帯を僅かに侵攻出来ただけで、戦況は思わしくない。
もっとも序戦の勝利など、勝利とも呼べない。
ただ宣戦布告もなしに村々を襲っただけ。
食料と勢いだけを手に入れた彼らだったが、その行動が中立地帯に住む住人たちの誇りを傷付けた。
侵攻するフウム王国の行く手を彼らは全力で阻止した。
そしてそれがこの草原である。
騎兵が容易く通れぬように柵を広く張り、先を尖らせた丸太をフウム王国へ向け、深い溝を掘って中立地帯の住人たちは陣を布いた。
そして彼らを相手に奮闘しているのはケンタウロスたちである。
弓の得意な彼女たちは、その機動力と武力を活かし王国兵士を翻弄した。
「まだだ。息つく暇も与えるな。やつらを柵に近寄せさせるなぁー!!」
彼女の名はサイサリス。
国境沿いの中立地帯草原で生活するケンタウロスの若きリーダーである。
フウム王国の侵攻により家族を失った同胞のために立ち上がった彼女は、すぐに仲間に号令をかけた。
武術の腕前はもちろんのこと、リーダーとしての素質も高かった彼女に反対する者はなく、中立地帯ケンタウロス連合と称した彼女たちの大規模な反撃は、王国側を窮地に立たせた。
これが後にアヌビスの記す歴史書における『クゥジュロ草原の分岐点』である。
この戦に彼女たちが負けていたなら、アヌビスの歴史書など存在せず、名もなき町もまたその後世にその名を残さなかったであろうと言われている。
「逃げろぉー!!!逃げ…にげぇぇぇぇ!!!!」
また王国兵士が散っていく。
矢はどこまで逃げても彼らを逃しはしない。
そしてそれが隊列の組まれて、しかも錬度が高く、士気も高い彼女たちならばその逃げられない矢は、まさに天から降り注ぐ雨であった。
それは恵みではなく、絶望しか呼ばない雨。
「た、退避ぃ!!!!退ひげぇぇっ!!!!!」
大口を開けて叫ぶ指揮官の口の中を矢が貫く。
あっという間に王国側の前線は混乱に陥った。
「今だ、槍部隊、構えよ!目標、敵最前線!!突撃ィィィィィー!!!!」


―――――――――――――


「お、この地響き…。いやぁ、さすがケンタウロスの一斉突撃は壮観だ。」
「………。」
「……おい、せっかく同じ陣で会ったんだしさ、いい加減に打ち解けない?」
「…俺は、教団に組する者を討つだけだ。」
「………その暗い性格何とかしないと、モテないぞ?」
「……復讐を果たすまで、女など、不要。」
ケンタウロス連合の陣中の幕舎。
明るい口調で話す男の名は、クック=ケインズ。
通称、『魔物狂いのクック』、年齢は26歳。
親魔物領においてはその勇名を響かせ、かの魔王にもその実力を認められた実力者。
反魔物領においては『裏切り者』、『背徳者』、『魔道に堕ちた異端者』として不名誉な方向で有名な男である。
緑のボサボサの長髪、ガッシリした身体、魔人契約の紋章を右腕に宿し、それを隠すためにボロボロの包帯でグルグルに巻いている姿は、彼の二つ名とセットに知れ渡っている。サクラと同様の魔術刻印であるが、サクラと違い、彼の刻印は魔力の扱いを誤ると彼自身を滅ぼす諸刃の剣である。
彼がこの中立地帯にいる理由は唯一つ。
唯、ケンタウロスが見たかったから。
それ故に仲間たちを置いて、一人中立地帯に来てみれば、戦争状態で、しかも肝心の魔物たちが殺されている。
それが彼が彼女たちの味方になった理由である。
そして暗い口調で話す男の名は、ウェールズ=ドライグ、25歳。
鋭い目付きに灰色の髪、黒服に赤黒いマントが彼の深い闇を体現する。
西洋剣での居合い抜きを得意とする異端の剣士。
ドラゴンを育ての母に持ち、幸せな日々を送っていたのだが、十年前のある日教会側の攻撃を受けて以来、親子は散り散りになってしまった。その時、彼も魔物に育てられた悪魔、もしくは魔物の残したスパイ、異端児として教会の厳しい拷問に遭い、幼くして左腕を失った。長い拷問の日々であったが、運良く他の魔物たちに救出され、今日まで命を存える。
以来、行方不明の母を捜して旅をする傍ら、教団を憎み、教団との諍いがあれば必ずそこに彼の姿がある、とまで囁かれる程になる。失った左腕は魔力を動力とする鋼の義手になり、重さもそこそこあるのでただ力任せに殴っただけで人が死ぬ。
反魔物勢力の領地内で教会騎士団や王立騎士団をその憎しみのままに幾度となく屠ってきたため、今では彼の首に懸けられた賞金が釣り上がって、かつてのエレナにその金額が迫りつつある。
彼がこの陣地にいるのも、相手が反魔物国家、そして教会の犬という認識の下で牙を剥く。
「…………おい。」
「あんだよ?」
「…………煙草、あるか?」
「ん、ああ、ほら。」
クックから紙煙草を受け取ると口に咥えて火を点けようとする。
「ああ、良いよ。ほら…。」
クックがマッチを擦って火を吐ける。
「…悪いな。」
一つのマッチの火で二人が煙草に火を吐けた。
「……………ふぅ。やっぱ、たまんねぇなぁ。」
「…普段は吸わないのか?」
「ああ、家族に止められててな。」
「…家族、か。…家族がいるなら、大事にしてやれ。」
一本吸い終えると彼らは立ち上がる。
「そろそろケンタウロスたちが第二の騎兵攻撃…、いや、槍突撃を敢行するだろうな。」
「…そろそろだ。やつらの戦力に衰えが見えているからな。」
「じゃあ、そろそろお仕事だな。あいつらを追い返すぞ。」
「…ああ、皆殺しだ。」



――――――――――――――



フィリップ王は悩んでいた。
このまま進軍し続けるべきか…。
それとも一端本国へ兵を退くべきか…。
それとも迂回路を通りヴァルハリアと合流するべきなのか…。
「前線のエイジ騎士団、壊滅!」
「同じく前線のトワライン剣の友の会、半数が討ち死に!」
「前線、後退を始めましたが、被害拡大!馬人の群れが追撃中!中軍まで被害が出ている模様!」
先程からこのような伝令が飛び交っている。
彼の喜ぶべき報告は何一つない。
すでに前線に送った騎士たちが散り散りになり、兵力の惰弱さを補うために雇った傭兵もケンタウロスの猛攻撃に恐れをなし、逃亡、もしくは戦死している。
戦闘を指揮するフィリップは後軍の本陣で戦況を見守っていたが、彼の立案する策は尽く彼女たちの武勇によって破られている。
これは彼が無能なのではない。
彼の戦法は実に理に適っていた。
広い草原を最大限に活かすために騎兵の突撃を何度も敢行した。
しかし、ケンタウロスはすでに落とし穴や罠を仕掛けていたり、溝や柵をいくつも作って進路を遮り、弓で牽制され、怯んだところを逆に騎兵突撃(彼女たちの場合はただの突撃)によって彼の戦略を破られ続けた。
彼は思案していた。
ここで『アレ』を投入すべきだろうか…、と。
だが、そこで思い止まった。
こんなチンケな戦で『アレ』を出すのは彼にとって最大の屈辱だったのである。
「前線をさらに後退。本陣も3里後退…、殿(しんがり)は中軍に任せよ。」
「はっ!」
フィリップは歯噛みしつつも、伝令を飛ばす。
前線は明らかに崩壊。
こうして後退するのも実に6度目。
2500の兵力に4000の傭兵を雇ったが、それも今では約1800まで減り、この敗退の連続で傭兵も次々と討ち取られ、逃亡し、すでに1100を切ってしまっている。
常識的に考えれば撤退が賢い選択である。
その賢い選択を、彼の魔物に対するプライドが遮った。
その結果が、この様である。



――――――――――――――



ケンタウロスたちが再び突撃を敢行する。
後退を始めた前線の兵はその姿を見るだけで戦意をなくした。
死を覚悟した彼らであったが、ケンタウロスたちは戦意をなくした彼らなどまるで目に入らないように駆け抜けていく。
すでに戦う意志のない者を討つのは彼女たちにとって恥以外の何ものでもなかった。
彼女たちの目はすでに殿を務めるために前線に進む中軍を見据えていた。
彼らは馬上に剣を構え、迫り来る。
集団の先頭を征くサイサリスが号令をかける。
「来るぞ!総員…、死力を振り絞れぇぇぇ!!!!」
その時、王国騎兵が一斉に矢を放った。
牽制のための矢で、その矢で仕留めるための一斉射撃ではないことを、サイサリスははわかっていた。
「恐れるな!我につづ…!!」
流れ矢が、彼女の右目を射抜いた。
「ウグッ!?」
「サイサリス!」
彼女の仲間がサイサリスに駆け寄る。
「私に構うな!やつらは怯んでいる…。追撃するのは今だ。」
「…わかった。だが、お前は退くんだ!お前がやられたら私たちがやられる。」
「…すまない。だが無理をするな。適当に蹴散らしたら…、すぐ陣に退くんだ。」
「了解した!」
一人、サイサリスは陣へ戻る。
そして柵の外に彼女はクックとウェールズの姿を見つけた。
「すまない。私がこの様だ…。後を頼んでも良いか?」
クックは笑ってサイサリスに言う。
「任せろ。誰も死なせない。」
サイサリスはクックたちに後を託し、陣中の治療施設へ自分の足で歩いていった。
「………………フッ、誰も死なせない、か。」
「あ、テメエ!今笑ったな!?」
「…甘い男だ。戦場では常に死んだり死なされたり、これが真実だ。」
「あー、わかってるよ!俺だって自分が甘い理想を言っているって!!」
「…だが、そんなやつが一人くらいいても良い。例え馬鹿でも。」
「お前は貶すのか褒めるのかどっちかにしろ!!!」
戦場に向かう口振りではない二人が戦場に征く。
一人は誰も死なせない戦争を。
一人は誰も彼も殺す戦争を。
相反する主義主張の二人が戦場に赴く。
10/11/11 21:45更新 / 宿利京祐
戻る 次へ

■作者メッセージ
はい、ヤキモキしていたリクエスト主様ごめんなさい。
ホフク様リクエストキャラ、ウェールズ=ドライグと
フラット様リクエストキャラ、クック=ケインズ登場です!
相反する性格の彼らをここ中立地帯で遭遇させました。
クックはフラット様連載『魔物狂いのクック』の第一部仕様を参考にしましたw
何だかこの二人をコンビにしてみると
すごく書くのが楽しかったです^^。
そんな訳で次回も中立地帯編をお送りします。
ゲストキャラの無双振りに作者が唖然。
しかも教団にはハインケル氏が潜入済み…。
また敵方の熱いエピソードをこの中立地帯編を書いている間に
考えておきます。

では最後になりましたが
ここまで読んでいただき、ありがとうございました^^。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33