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第四十四話・道化は踊る、自分を道化とも知らずに
クーデターから3日が経過した。
その失敗と名もなき町が奪還された報告は早馬でヴァルハリア本国にも届けられた。
そして…、ヴァル=フレイヤ討ち死にの訃報も程なくして大司教以下諸侯の耳に入った。
「おお…、まさか歴戦の勇士が…。」
大司教ユリアスの嘆きに諸侯も皆涙を流す。
「まさか…、彼女程の勇士があの悪魔を止められぬとは…。」
「ええい…、フウム王国は何をしておるのだ!」
「中立地帯を目下侵攻中ということでしたが、思いのほかやつらの反攻が激しいらしく、いまだ神敵の町どころか自分たちの領土の傍から出立出来ぬようですな。」
事実彼ら自身も砂漠のオアシスが滅んでいたことにより軍を撤退させたが、結果的にそれが部下を生きて帰そうと責任感の強いヴァル=フレイヤを死なせてしまった遠因だということに彼らは気付いていない。
「…彼女の死は大々的に国民へ報じよ。可憐なる神の使徒が命をかけて信仰に殉じたのだ。我々はフウム王国の力を借りてでも、彼女の復讐を遂げねば…、神罰は我らが受けることとなるであろう。」
ユリアスは改めて宣言をする。
その言葉に諸侯は再びロウガ討伐の決意を固める。
「しかし…、領地奪還のために割いた人員や領内を脅かしたドラゴンのせいで我が騎士団はその数を大幅に減らし、今や20名を切りました。もはや戦になりませぬ…。」
「だが、その人数でもヴァル=フレイヤは立派に戦いましたぞ!それならば足りない兵力は信仰心で補えば良い!」
「しかし、それで神の兵を全滅させてしまえば…、魔物たちの思う壺ですぞ?」
彼らは行き詰っていた。
すでに教会騎士団は19名となっており、この数日後にダオラによって負傷した騎士が4人亡くなっている。
諸侯も大司教も皆絶望に襲われていた。
これが神の与え給う試練なのか、と思案している時、一人の衛兵がドアを開けて入ってきた。
「会議中に失礼します!」
「…構わぬ、何があった。」
衛兵は身体を震わせながら答えた。
「き、救世主です!我々に救世主が…!!!」
「要領を得ぬ。どうしたのだ?」
「救世主…、勇者ハインケル=ゼファーが大司教猊下にお会いしたいと!」
ユリアスは目を丸くして、大司教の玉座から飛び上がった。
「お、お通しせよ。最高の礼を以ってお迎えするのだ!!!」


―――――――――――


通されたのは豪華絢爛な大聖堂。
仰々しいファンファーレに耳をやられるかと思った。
「よくぞ、来てくれた勇者ハインケル。余が大司教ユリアスである。」
頭を下げるのは嫌な相手だったが、これも策のためと作法に則って俺も礼をした。
「ハインケル=ゼファーにございます。」
色々言ってやりたいが、今は口数を少なくしておこう。
「勇者ハインケル。さっそくだが我らヴァルハリアは…、いや世界の真理が危機に晒されておる。勇者と名高いそなたなら理解してくれよう。我らは領地奪還運動をやめる訳にはいかぬ…。そなたが我らの味方となってくれたのは、実に心強い。」
「……しかし、お味方が少ないのではないですか?」
「そなたの耳にも入っておったか…。そうなのだ、フウム王国の兵力を当てにしておったのだが…、中立地帯を進む彼らも兵力を大きく損ない、我ら教会騎士団も最早崩壊寸前…。」
そりゃあ、そうだろうよ。
あの町で大々的に投入した挙句全滅。
そしてドラゴン討伐でまた全滅。
「その兵力、何とかする手がない訳でもありませんよ。」
「ま、まことか!?」
「失礼ながら、大司教猊下も教会騎士団も諸侯の方々も戦というものをご存じない。戦というのはただ勇敢な人間を戦線に投入するだけでは戦になりません。戦の要は数です。言ってみれば兵卒こそが戦を左右するのです。」
「な、なるほど…。」
…こんなのは初歩の初歩だ、馬鹿野郎。
「しかし、教会騎士団には兵卒と呼べる兵がおりません。これは致命的です。今すぐ中立地帯にて戦闘をしているフウム王国を、大司教の勅命を以ってヴァルハリアへ呼び寄せなさい。」
「だ、大司教猊下に何と無礼な口を…!」
「…勝ちたくはないのですか?」
一睨みで口を挟んだ諸侯の一人は口を閉ざす。
だから…、あんたらは負けるんだよ。
「フウム王国もわずか全兵力は3000…、いや、すでに日数が経ってしまっていますから2000以下になっているでしょうな。私の知った情報ではフウム王国の先発隊500名は…、魔物たちに急襲されて壊滅した、となっていますね。」
もちろん俺の手引きで壊滅した訳だけどな。
「おお、その通りなのだ…。彼らの500の兵を当てにあの神敵を討ち取ろうとしたのだが…、ヴァル=フレイヤめが戦線を維持出来なかったのだ…。」
彼女のせいかよ…。
いよいよ以って腹が立つ。
「…そうなってしまっては、一つだけです。領民を兵卒とするのです。」
「りょ…、領民を!?」
「そうです。彼らに大司教猊下の名の下に宣言するのです。『この戦に参戦する者はどんな身分であろうとこれまで犯した罪が許され、諸君らの魂は神の国へと約束される。』と、まあ、このような内容で発布なさい。そしてもう一つ、この国の神父たちにも語らせるのです。かのヴァル=フレイヤの武勇伝を、その壮絶な最後を領民たちに伝えるのです。彼らは武器の扱いこそ騎士には及びませんが、数と士気だけは何にも勝りましょう。」


―――――――――――


教団に宛がわれた客室でハインケルはやっと息を吐く。
「…あー、かったるい。」
『マスターがあんなに丁寧に喋るのを初めて聞いた。』
「馬鹿。わからないか?あんな権威の塊の集団の前で普段の喋り方なんかしてみろ。策を成す前に摘まみ出されるのがオチだ。」
『…でもマスター、良いの?教団の人を喜ばせるような策を出して。』
彼はは用意された紅茶を飲みながら、シンカに答えた。
「人間ってのはな、目の前にぶら下げられた餌に弱いんだよ。良いか、領民を兵卒にするってのは本来戦の常套手段だ。やつらはそれすら知らなかったから、初めて戦のやり方を俺に学ぶ。ついでにやたら士気の高い兵卒ってのは厄介なものだが…、そのあたりは考えてるぜ。毒ってのは、強ければ強い程即効性があって、コロリと死んじまうが、その分早く気付かれて解毒剤を入れられて水の泡になる。じゃあ、どうするか。簡単だ。気付かれないような弱い毒を何度も何度も盛れば良い。何、見ていればわかるさ。」
彼の言う通りに大司教ユリアスは2つの勅令を発布した。
一つはフウム王国フィリップ宛、そしてもう一つは領民に向けて。
その結果、領民たちは挙って兵卒として志願した。
ある者はヴァル=フレイヤの武勇伝に憧れて。
ある者は神に殉じる信仰のため。
ある者は復讐のために。
その数はわずか数日で、フウム王国全兵力を超える総勢1万を超える軍勢となった。
これに教会は驚き、喜んだ。
この兵力に加え、フウム王国の軍勢が加われば少なく見積もっても1万2000近くの兵が自分たちの号令で神の兵となって悪魔たちを一掃する、と。
しかし、ハインケルの毒がここで発動した。
兵糧である。
彼らは兵を養う兵糧を得るために、教会の財源を使い、食料を商人から買わざるを得なかった。
そこで暗躍したのが、ヴァル=フレイヤと共にクーデターに参加した砂漠の兄弟社である。
彼らは自ら商品を売り込んだ。
食料や水、そして兵站を維持するための技術、剣や鎧を通常料金の実に6割増しで。
外界と拒絶していた教団に通常の価格など知る由もない。
しかもヴァルハリアを基準とした品質であったため、商人たちはその粗悪な品質の食料、武具を売りつけたのだが、教団は言い値で買い続けた。
交渉をするという習慣もない、外界よりも価値の低い貨幣が彼らを蝕む。
さらに自国内の生産を見込んでいた彼らだが、ここでも問題が起こった。
農地を耕す者が激減したおかげで、土地は荒れ、作物が取れなくなったのである。
その状況を見て、彼の愛刀シンカは感心していた。
『さすが、マスターだね。まさかこれほどうまくいくなんて。』
「…こんなもんじゃ済まない。何故ならあいつらは、あの町の敗戦をさも彼女のせいだと言った。だったら身に染みてわからせてやろうじゃないか。そして、これは仕掛けはいらない。仕掛けは向こうから来てくれる。」
ハインケルの言う仕掛けとは、流言だった。
流言の発信源はヴァル=フレイヤと共に戦った傭兵たちである。
命の助かった彼らは彼女の遺言通りに動いた。
大司教に何としても謁見し、彼女の遺言である神の国を成就させるなどという馬鹿げた戦を辞めるように進言せんと門を叩くのであるが、異教徒であり、尚且つ傭兵という卑しい身分であるという教団の認識から、彼らの謁見は叶わなかった。
しかし、門の前で叫び続けた彼らの声が無意味であった訳ではない。
彼らの声は人々の間に確実に浸透していた。
「まさか…、殉教の騎士が…?」
「魔物と心を交わしてだと…?」
「真の理想はどこにも存在しない…。」
「教団が…、そのような罪を…。」
その思いはやがて迷いとなり兵卒として参戦した領民たちを混乱させた。
ここにハインケルの言う微弱な毒が効果を見せ始める。
教団や国土はやせ細り、異様に高かった士気は不穏な空気を持ち始めた。
ここに戦線を維持することが困難で、さらに士気の低迷する1万の兵が生まれたのである。


――――――――――――――


「一晩だけのつもりだったが、何日も世話になった。」
「フレックにはフレックの事情があったんだから、仕方ないよ。」
あの日から数日後、フレックとシリアが再び旅立つ。
「すっかり小太刀も元通りになった…。この町の職人は良い腕を持っているな。」
「うん、学園長がジパングの人だからね。ジパングの刀にはこだわりがあるみたいだよ。」
「そうだな…。俺もまだまだだ。少しだけ天狗になっていたらしい。自分の得物の悲鳴も聞こえないようじゃ、この先、生き残れない…。やはり長年戦いの中に身を置いた人だな、あの親父。俺の欠点を指摘されたよ。」
「僕なんかよく欠点を指摘どころか、半殺しにされてるよ。」
二人で笑い合う。
一頻り笑って、握手した。
「また、会えるよね。」
「ああ、戦い続けるのならいつかお互いの名をどこかで聞く。その時に懐かしくなったら……、フラリとあの馬鹿連れて会いに来るよ。」
「元気で…。」
「お前もな。」


「彼から聞いたのだが…、君は私に用があったそうだね。」
アスティアがシリアに話しかけた。
シリアは緊張のあまり直立不動になっている。
「ああ、そんなに固くならないで…。ところで何が聞きたかったのかな?」
「そ、その…、私…、恥ずかしい話ですが、あなたと同族なのに弱いんです。人間にも…、あの通り、サクラ君がいなかったら…、あそこでフレックと死んでいたくらいでして…。何か強くなる秘訣をお聞きしたいと…。」
「それなら…、私でなくても娘でも答えられるね。」
アスティアはマイアを呼ぶ。
内容を聞き、マイアは少し恥ずかしそうに笑ってシリアに答えた。
「…簡単だよ。君は彼を、フレックを信じれば良いんだ。私だってまだまだ母上や父上に及ばないけど、私はいつだってサクラを信じている。強くなるサクラを信じて、サクラに信じられている私を目指す。シリア、君はフレックのことを愛しているんだろう?」
「…はい。」
「だったら、フレックはどうかな?」
「………あ。」
シリアは思い出す。
あの最後になるだろうと思う瞬間、彼は全力でシリアのために戦い、手を握ってくれた。
「弱くても良いじゃないか。君のその焦りは自分が彼に追い付いていないという思いが空回りしているのだろうね。君は君のまま、シリア=カミシュールのまま強くなれば良いんだよ。リザードマンらしくなくても良いじゃないか。フレックと二人で支え合えていければ十分、じゃないかな?」
「ありがとう…、マイア…。」
「ここだけの話だけど、サクラなんか今でこそあんな強さだけど…、つい一年前までは誰よりも弱いひ弱な少年だったんだよ。」
「えぇぇぇぇぇー!?」



再び荒野を旅する。
さて次はどこへ流れようか…。
「ねぇ…、フレック…。」
「どうした、やけにしおらしいな?」
何か悪いもの食ったか?
「…私、頑張るよ。せめてフレックの背中を守れる盾になれるくらいに。」
「…馬鹿。」
ぺしん、と力を入れず頭を叩く。
「…盾なんかいらん。お前がいるから、今の俺は戦えるんだ。」
「…また、手を握って良い?」
「………少しだけだぞ。」
「うん!」
良いやつらだった。
あのサクラってやつも、マイアってやつもみんな底抜けの良いやつらだった。
あの町では世話になりっ放しだった。
自分の欠点にも気が付いたし、ロウガっておっさんの指摘で袋小路だった自分の能力の可能性も気が付いた。
俺はまだまだ強くなれる。
シリアのためにも、彼女を守っていくためにも、その可能性に賭けてみたくなる。
さて、食料も水も旅費までもらっちまったからな。
少しだけ恩返し、しておくか…。
「行くぞ、シリア。目的地を決めた。」
「え、どこどこ?」
「中立地帯、戦場のど真ん中だ!」
10/11/11 08:48更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
まさにゲストの快進撃!
そんな訳で次回もゲストの快進撃をお送りします。
もしかしたら主役が出てこないかもw
次回、舞台を中立地帯に移してお送りします。
誰が出るのか、お楽しみに。

では最後になりましたが
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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