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第四十三話・別れの杯、シリアスブレイカー
ロウガが救出されて一夜明け、その日の昼にクーデターで犠牲になった議員やその家族、そして町奪還のために戦い散っていった人々の合同葬が行われた。その中にはクーデター派兵士や教会騎士団、傭兵たちも含まれている。
喪主を務めたロウガの希望であった。
『彼らも自分の正義に従ったまで。虫の良い話とは思うが、彼らも一緒に弔ってやってくれないか…。』
ダークプリーストが祭司を務め、死者の冥福を祈る。
棺の数は膨大な数になり、町の郊外の墓地では間に合わず、結局町の中央広場で葬儀と埋葬を行うこととなった。後に『セラエノの乱』として有名になったこの場所は、ロウガの死後10年後の世では教会騎士や親魔物派たちの巡礼の地の一つになる。
その最大の理由はヴァル=フレイヤもこの地に埋葬されたからである。
アスティアが落とした首とマイアの斬った右腕は、その埋葬の際に糸で繋げられ、首もキチンと整え、生前の美しさのままに葬られた。
敵でありながらその扱いを受けたのは、彼女の戦いに感銘を受けた魔物たちの思いが反映される。そのせいで、後に首を小脇に抱えたデュラハンが現れフレイヤが魔物に転生した、実はゾンビの身体を手に入れて今でも騎士道に殉じている、実は死んだのは彼女の影武者で本物はどこかの静かな土地で静かな余生を送っているなどの数々の噂が生まれた程である。
実際は彼女は魔物に転生することなく、人間のままその生を全うした。
しかし心のどこかで彼女に生きていてほしいという人々の思いが様々な噂や与太話を生み出したのだということを忘れてはいけない。
そして、ロウガが教会の地下牢で発見した教会の悪行は、ロウガが言い出すまでもなく、風のような速さで他の地域へ広まっていった。どこの誰が流したのかわかっていないのだが、目下投降した傭兵たちが、その後散り散りに去っていった時に人々に話したのではないか…、と歴史書を記したアヌビスは推測している。

もう一つ、面白い記録が残っている。
娼館を襲撃しに行ったまま戻らなかった部隊と、居酒屋『フラン軒』を襲撃しに行ったまま戻らなかった部隊の消息がわからなかったのだが、その後すぐに彼らがどうなったのか、町の住人の証言によっておよその推測が立てられた。
「ああ、娼館テンダーで何が起こったか?確かに10名程の兵隊さんが入って行ったね。え、女の子がみんな殺られちゃうかと思ったかって?いやいや、わかっていないですねぇ…。彼女たちをまるでわかっちゃいない。いくら戦闘が苦手と言っても彼女たちは魔物ですよ。しかも色事に特化した人たちですから…。最近は色んな種族が入ってますけど、基本的にあそこはサキュバスの巣窟ですからね。教会騎士団みたいな童貞の集まりじゃあ…ねぇ…。私も彼女たちにコッテリ絞られたことがありますが、童貞であの館を抜け出せる勇者がいるとしたら……、それこそ世界を変える男ですよ。結局あそこに入ったまま、彼ら出てきませんでしたから……、まあ、幸せだったんじゃないですか?でもそんな状況、憧れちゃいますよね、男として。」
「まぁ、ひどい。私以外の女の子指名したことあるんですか?」
「いやいや、ディオーレさん。昔の話ですよ、昔の。やだなぁ。」
娼館テンダーbPのサキュバス、ディオーレ嬢と喫茶店のオープンテラスで優雅にお茶を飲む紳士F(匿名希望)は爽やかに語る。
また居酒屋襲撃の部隊についての証言で、
「イラッタイマッヘー。」
…駄目だ、言葉が通じない。
おや、女将さん。
この人いつもの人じゃないね?
何だか可愛いゾンビや元男ってわかるゾンビにスケルトンが増えていませんか?
「ええ、あのクーデターの後で人手不足になりまして、急遽大量雇用したんですよ♪」
………真相は誰も知らない。



「……………黙祷、やめ。……と、言う訳じゃ!辛気臭い葬式はここまでにして、全員肝臓がパンクするまで…、明日の朝まで飲めぇぇぇぇぇーーーーー!!!!!」
バフォメットの掛け声で一斉に酒樽が叩き割られ、人々が杯を突っ込み飲み干す。
「……まったく、あなたはもっと死者に気をお使いなさい。」
「何を言うアヌビス。あやつらとてこの死に様は本望であろう。守りたい者のために散ったのじゃ。守りたいものを守れず死ぬよりはいくらかましであろう。」
「それはそうかもしれませんが…。」
「それにあやつらも騒がしいのが好きであった。しんみりされた方があやつらはワシらを恨むぞ。」
「そうですね…。そうかもしれません…。」
「…それよりお主。さっきからカッパカッパ大ジョッキで飲んでいるが、それは何じゃ?」
「何って…、ウォッカですよ?」
「…ワシにはマネ出来ん。」


―――――――――――――


「あ、サクラ…。」
酒盛りで盛り上がる中でマイアさんをやっと探し当てた。
彼女もワインを飲んで、ほんのり頬が赤い。
「やっと、会えましたね。」
「そうだね、戦場では別々だったものね。君に手を貸してくれたあの二人はどうしている?」
「フレックさんとシリアさんですね。あの二人は今夜一晩は町に泊まっていくって言ってましたよ。後で彼らとも合流しましょうか。」
「それは良いね。私としても彼らの旅で見てきた話というのに興味があるよ。」
一緒に飲むかい、とマイアさんが同じグラスでワインをくれる。
僕はちょっと恥ずかしかったけど、彼女の口付けたとこを外してワインを飲む。
「…意気地なし。」
「う…。」
マイアさんが僕からグラスを奪い、僕の口付けた場所で一気に飲む。
何だか…、荒れている…。
「マイアさん…、何か…、あったの?」
「…別に。」
嘘だ。
少し寂しい顔で彼女はそっぽを向く。
「……怖かったんだ。」
「マイアさん…。」
「怖かったんだよ…!私が…、リザードマンの私が…、あの人を斬った瞬間、怖かったんだ…。この旅で何人も斬った。でもあの人の腕を落とした時…、初めて人間を斬ったんだ!初めて人を斬るのを怖いと思ったんだ…。笑えよ…、笑えよ、サクラ!お前に散々偉そうに言っておいて、私はいざとなったら腰抜けなんだ!!たった一人の人を…、怖いと思った…。なぁ……、笑ってくれよ。」
マイアさんは顔を伏せて、声を殺して泣き始める。
彼女が初めて見せる脆さ…。
僕は彼女の隣に座って、彼女の持っているグラスを取る。
横に置いているワインのボトルを傾け、並々と注ぐと彼女の口を付けた場所から一気に飲む。
………これで、勢いが付く。
「僕は…、笑いません。僕も怖かったんです。砂漠で初めて人を殺した時、指名手配を受けて命を狙われた時も、ダオラさんとの戦いの時も…。怖くて逃げ出したかった。でもあなたは腰抜けじゃない。僕の戦いをいつだって傍で見てくれた。いつだって僕を支えてくれた…。僕が戦えたのはあなたがいてくれたから…。きっとあの人もそうだと思います。あなたと戦い、あなたに敗れ、自分の取るべき道を見出したんです、きっと…。それでも…、あなたが…。あなたが…。」
もう一杯飲む。
その先を…、言わなければならない…、のに!
緊張して…、全然酔えない!
「サクラ…?」
「………あ、あ、あ、あ、あなたが!あなあなあな…!!」
「お、落ち着け、サクラ!」
深呼吸、深呼吸…。
「ふふ…、はははは…。ごめん、私らしくなかったな…。」
「いえ、僕こそ…、ごめんなさい。あの……、あなたがそれでも自分が弱いのだと思うのでしたら………、僕が………あなたを支えます。」
「あ………。」
「今度は本当です…。あなたを…、あなたの人生を…背負わせてください。」
「…今度は、…いつ決闘しようか。」
「…いつでも。」
やっとマイアさんが微笑んでくれる。
「…私は、きっと頼るぞ。」
「構いません…。僕は、もう迷わない。」
「じゃあ………、手付けだ…………。」
そう言うとマイアさんの顔が接近する。
思わず後ろに退きそうになった僕の首に腕を絡めて、そのままキスをした。
ずっと…、人の目があるのも構わず…。
「……ん。」
唇を名残惜しげに放す。
「…これで、君は私のものだ。私以外の女と戦っちゃいけない。私が先に唾付けた…。」
「……抱きしめて、良いですか?」
「もちろん。」
いつも抱きしめられる立場だった。
僕は初めて彼女を抱きしめる。
暖かいなぁ…。
ああ、そうか。
僕はいつもこんな風に抱かれていたんだ…。
「……サクラ、離すなよ。」
「………はい。」



「…しかし幸せな時間は長く続かなかったのです。」
「そう、長く…って誰ですか!?ってアスティア先生!!!」
「母上!?」
やぁ、とアスティア先生がいつの間にか後ろにいた。
全然気配を感じなかった。
「マイアが不安そうな顔をしていたからね。人生の先輩として、色々教えてあげようと思ったが…、いやいや、いらぬ心配だったな。」
「せ、先生…。」
「駄目だね。呼び方がなっちゃいない。お義母さん、と呼ばないと返事してあげないよ。」
今気が付いたけど…、この人も酔っている。
「父上はどうしたの?一緒じゃなかったの?」
「ああ、ロウガかい?ほら、あそこ…。」
アスティア先生の指差す先を見ると、キャンプファイアーを囲むように踊る集団が見える。
「うひゃほほほ〜い♪」
狂喜乱舞で駄目な人にしか見えないバフォメット先生。
「あはははは、なんらかすっごく楽ひいれす〜♪」
ベロベロに酔って、ものすごく楽しそうに踊るアヌビス先生。
「アッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ♪」
腰蓑一つで完全に出来上がった学園長。
そして中央で十字架にかけられたサイガが、酔っ払って爆笑するコルトと無邪気に笑うたぶん二人の子供にポンプで延々と酒を送られ続けている。
「ロウガも歳だね。酒に簡単に呑まれるようになったら…。」
「一体、どれくらい飲ませたの?」
「何、出所祝いに一升瓶の焼酎9本。ビール7ダース。バーボンを10本。それにテキーラ6本にウォッカ12本をチャンポンして飲ませただけだよ。あそこで踊ってる彼女たちも同じ量を飲んだが、あれでもシラフに近いよ。」
駄目な気がする。
ものすごく駄目な気がする…。
「…で、孫は仕込んできたかい?」
「駄目。サクラってば父上に鍛えられてからまるで修行僧だよ。」
「ちょっと二人とも!?」
「…サクラ君、ちょっとおいで。」
襟首を掴まれてズルズルと引き摺られる。
向かう先はあの駄目な集団…。
「ちょっと理性を飛ばそうか。何、最初は誰だって怖いだろうけど、それはそれは気持ちの良いことだよ。」
「え、ちょっと…、マイアさん、助けてぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「安心しろ、サクラ。私はどこまでも君と一緒だよ。」
それ、救いにならないよ!!!!
誰か…、誰か…、誰かぁぁぁぁぁ!!!!!


きっと死者も苦笑いしているだろう。

僕が意識を失う直前、そう思った。

あ、星空に甲冑姿の女の人。

『負けるな、少年。その二人は…、強いぞ…。』

わかってますよ…。

だから…、助けて…。

『無理だ。だって私、死んでるし。』

そう言って、女の人は男の人と腕を組んでどこかに消えていく。

ああ、星が流れていく…。

「よっしゃ、お前らぁぁぁぁ!!!!酒代は全部俺が持つから、とことん飲めぇぇぇー!!!!お前らに助けてもらったお礼じゃぁぁぁぁぁ!!!!!」

あ、死んだ…。
10/11/09 23:43更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
な・ぜ・こ・う・な・っ・た!?
おかしいな、シリアスで書いてたはずなのにと首を傾げる宿利です。
今回は前回の犠牲者の葬式ですが、
何故かこうなりました。
彼女たちならしんみりとした葬式じゃないかな…、
何て事が頭をよぎったと思ったらこうなりました。
おかしいなぁ…。

さて今回は変な方向に行きましたが
楽しんでいただけたでしょうか?
また次回こそはシリアスに戻りますので、お楽しみに〜。
では最後に
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
……ほんと、何でこうなったんだろう?

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