連載小説
[TOP][目次]
第三十九話・医務室の攻防
学園内にある医務室。
二つあるベッドの上には怪我を回復し切れず薬で眠っているサクラと、魔力を使い切って虫の息で昏々と糸目で眠り続けるアヌビス。
そして校医のクイーンスライムのマロウが、暇を持て余して、自分の分身を作って四人(?)で人生ゲームをプレイしていた。
「…おかしいな。まだ序盤なのに破産した。」
「最初のターンでいらない土地を買うからよ。」
「いらない株も買うからだ。」
「てゆーか、全員同じことやって破産してるじゃん?」
「「「「アハハハハハハハハ…、虚しい…。」」」」
全員同じ思考、同じ力加減でサイを振るせいか、まったく同じ人生を歩んでしまう。
これが本当の一心同体だろうか。
「結婚も出産もなし、イベントのコマにもほとんど止まらないまま破産なんて…、何で現実世界とこんなにリンクしてんのよ、このゲーム。」
「マスター、それは言わない約束よ。」
「てゆーかぶっちゃけ出会いなんてないもんね〜。」
「…男なら、そこにいるよね?」
分身Cの一言で視線は薬を飲んで眠るサクラに集中する。
正確に言うとサクラの一点に視線が集中している。
「…は、はははは。さすがにまずいわ、学園長も気に入っている子だし。娘さんもこの子のこと好きだって言ってたしねぇ。」
さすが彼女たち分身のマスター、マロウは危ないところで踏み止まる。
「そ、そうだよ。やっぱり子供じゃあ…ねぇ。」
分身Aもそれに同調する。
「でも…、この子が旅に出る前に治療した時……、結構なモノを持っていたよね?」
分身Bの余計な一言が、一瞬にして場を凍らせる。
ゴクリ、と生唾を飲み込むような音が静寂を破る。
無言でマロウと分身三体がベチャ…、ベチャ…とサクラのベッドへ歩み寄る。
「い、良いよね?つまみ食いくらい…、良いよね?」
マロウは息が荒くなる。
「そうそう…、構わないよね…。これは夢…、そう、夢なんだよ。」
分身Aの目は焦点が合っていない。
「目が覚めても大丈夫…。もう一度眠らせたり、記憶の混乱起こさせたり、理性をぶっ飛ばして性的興奮を抑えられないようにしたり、そういうお薬、ここにはいっぱいあるもん。」
分身Bの手がワキワキと動く。
彼女たちは久し振りの若い男に理性を失う寸前だった。
それがサクラのような童貞であれば、彼女たちにとって最高の獲物である。
「…ハッ!?」
その時、分身Cが何かを思い出したように声を洩らした。
「どうしたのC!」
「ちょっと空気読んでよ、C!」
「私もう我慢出来ないよ!」
「…ごめん、私、思い出しちゃったよ。アスティアが…、アスティアが、この子を預ける時に言っていたんだ。」

『サクラに手を出したら…、私は構わないけど…、娘が黙っていないだろうね。娘が怒れば…、後はわかるよね。ロウガも暴れるかもしれないな。』

「「「「……………ゾク。」」」」
この言葉を聞いても尚自分の性欲を満たす程、彼女たちは頭が悪くはない。
それがマロウのクイーンスライムたる所以である。
「お、大人しく別のゲームでもしましょうか。」
「そ、そうだね…。」
「わ、私トランプが良いなぁ。」
「し、七並べしよ?七並べ!」
いそいそと机の引き出しからトランプを出すマロウ。
絵柄は何故か水木し○る柄。


――――――――――――


…………ん。
何だか…、騒がしい…。
ああ、そうか…。
薬飲んで寝ていたんだっけ…。
ダオラさんに刺された傷が塞がり切らなくて…、たぶん炎症してたんだな。
傷口から菌が入って…。
もぞもぞと服の上から触ってみる。
…表面上はもう塞がっているな。
自分で言うのもなんだけど…、段々人間離れしてきたなぁ。
まさかインキュバス化?
いや、そもそも僕は童貞だしそれはないか。
でもこれで、動くのに支障はない。
ベッドから勢い良く飛び起きる。
「あ、お目覚めだよ。マスター?」
「うるさいわね!誰よ、6止めるの!!」
医務室の机の上でマロウ先生ズが七並べでデッドヒートしている。
「ごめんね〜、マスターは今こんな感じだから私が聞くけど、大丈夫?」
「ええ、何とか…。みんなは…?」
「今決起集会が終わってね、それぞれが持ち場に行ったわ…、ちょっとジャックは誰が止めてるのよー!!」
「もう…、みんな行ってしまったんですか。」
「そうだよ〜、行くなら急いだ方が良いかも…。みんな士気が滅茶苦茶上がってるから夜明けまでに終わっちゃうかも〜。」
「わかりました、僕も向かいます!」
胴着の上着を羽織り、帯を締める。
うう…、少し痛むけど、これで気合が入る。
「うん、やっぱり男の子だね。顔付きが変わった。」
「ありがとうございます…ん!?何だ…、この殺気!?」
狙われている…。
どこだ…。
学園のどこかからこの部屋にいる僕たちを狙う殺気を感じる。
「易々と…、合流出来ないみたいですね…。」
「ああ、大丈夫。窓から外に出て行きなさいよ。」
マロウ先生(本体)が手をヒラヒラさせて、行って来いと言った。
「そ、それじゃあ!先生たちが危険じゃないですか!!」
「大丈夫よ。アヌビスがここで寝ている限り私たちはたぶん誰よりも安全だから。」
「で、でも…。」
アヌビス先生はスヤスヤと寝ている。
「むにゃん……、もう食べられにゃいれすよ〜………♪」
何て、ベタな。
でも本当に大丈夫なのか…。
アヌビス先生は戦うことが苦手だと聞いているし、マロウ先生がいくら分裂出来るからといって十分な戦闘が出来ると思えない。
やっぱり、ここに残って…。
「ほら、余計なこと考えていないで行きなさい。お姫様が待ちくたびれちゃうわ。」
「……わかりました。どうか、ご無事で。」
「大丈夫よ。言ったでしょう?アヌビスがここにいる限り、ここは世界一安全だって…。」
何のことなのかまったくわからない。
だが、今は先生の言葉に甘えよう。
僕が出来ること、僕が成さなければいけないことを成そう。
窓から飛び出し、僕は暗く沈んだ町へと駆け出す。
どこにいるかはわからないが、彼女たちのことだ。
どこかで血の臭いを撒き散らして戦っているはずだから…。


―――――――――――


「隊長…、一人逃げました。」
「本隊に任せよう。我らは魔物に鉄槌を下す、それが任務だ。」
「了解。」
学園外の藪の中。
10名の部隊が学園医務室を監視していた。
そして、彼らは静かに彼女たちに気付かれないように足音を消して歩き始めた。
彼らは神を冒涜する者を排除すべく結成された『憂国の闇』。
ただ神に平伏し、教会に平伏し、大司教に平伏す暗殺集団。
表向きは教会非公認に騎士団であるが、裏では教会の指示の下に暗殺、誘拐、拷問などの汚物処理を生業とする集団である。
短剣を抜く。
全員が隙のない足取りで一歩、また一歩医務室へ近付いていく。
「困りますなぁ…。兄さん方ぁ…。」
暗闇の中から現れた男に彼らは立ち止まった。
「馬鹿な、いつの間に現れた!?」
「気配を消すなんざぁ、ジパングの武士(もののふ)には造作もねぇ。」
男はまさにジパングの野武士然と腰に刀を差した風貌で現れた。
男の名は佐々源流。
かつてジパングからこの大陸に、この町に流れてきた鍼灸師を営む男である。
「ここにはねぇ、アッシの女神様が心安らかに御就寝していなさる。それを邪魔するのは例え、ロウガの旦那であろうと許されることじゃあない。」
居酒屋『フラン軒』の常連。
ロウガの酒飲み友達の一人である。
この佐々源流という男がジパングを飛び出した理由。
『稲荷は…、心苦しいが稲荷はわん娘(わんこ)じゃない!俺は妥協して彼女に心を捧げるべきなのか…、否、諦めてはいけない!この地のどこかに…、いや海の彼方に俺の求めるわん娘が存在するはずだ!』
と言って飛び出し早十余年。
それでも彼は見付けられなかった。
町を彷徨い、山を彷徨い、彼は探し続けた。
きっとどこかに自分の求める理想郷があると信じて…。
そして砂漠を越え、彼は出会ってしまった。
失意のうちに『フラン軒』で酔い潰れる日々に舞い降りた一人の女神に。
その耳、その腕、その脚、その肉球、その尻尾。
そして抜群のスタイルに服の布地から覗くやわらかそうなお腹。
お酒を飲む時に見せる幸せそうな顔。
そのすべてが彼を魅了した。
それ以来、鍼灸師としてこの町に貢献する傍ら、彼女に気付かれぬように彼女を愛で、彼女を見守る影としての人生を歩んできた男で、ある時に彼女が肩こりで診療所に来た時、彼はこの幸せの絶頂の瞬間に時を止めて、死んでしまいたいと神に祈った程である。
「ふ…、なかなか腕が立つようだが…、たった一人で何が出来ると言うんだ。」
「たった一人?兄さん方、眼鏡をかけた方が宜しゅうございますな。」
ズパッ、と佐々源流が右手を挙げる。
すると藪の中から佐々源流と同じような格好をした男たちが一糸乱れず起立した。
それはまるで藪の中から黒い何かが地中から勢い良く飛び出したかのような光景であった。
「な、何だ、やつらは!?」
それを無視するように佐々源流は声を張り上げた。
「我らは己らに問う!
 汝ら何ぞや!」
それに呼応するように彼らは声を張り上げる。
『我らは熱心党、ネフェルティータ熱心党なり!!!』
つまり早い話がアヌビスの非公式ファンクラブ、非公式親衛隊である。
「では熱心党よ。
 汝らに問う。
 汝らの右手に持つ物は何ぞや!」
『ロウガへの羨望と嫉妬なり。』
「ならば熱心党よ、汝らに問う。
 汝らの左手に持つ物はなんぞや!」
『彼女への無償の愛と忠誠なり。』
「ならば同志たちよ
 汝ら何ぞや!」
『我ら友にして友にあらず。
 信者にして信者にあらず。
 同志にして同志にあらず。
 人間にして人間にあらず!!
 我らファンなり。
 ファンの群れなり。
 ただ伏して彼女の幸せを祈り、
 ただ伏して彼女の敵を打ち倒す者なり!
 酒場でビールを振る舞い、
 夕餉に枝豆を盛る者なり!
 我ら親衛隊なり。
 彼女も知らぬところで彼女を守るの騎士なり!!
 時至らば我ら銀貨三十、居酒屋に彼女のツケを払い込み、
 荒縄をもって、己の素っ首に彼女のために首輪を付けるなり!
 さらば我ら、徒党を組んで地獄へと下り、
 隊伍を組みて布陣を布き、
 彼女の命を狙わんとす、教会の犬と合戦所望するなり!
 黙示録、彼女が微笑む日まで!!!』
「な、な、なんだ、この狂信者の群れは!?」
「た、退却、たいきゃ…、か、身体が動かない!?」
佐々源流は、不気味な程に微笑みながら彼らに近付く。
同じようにネフェルティータ熱心党も彼らを取り囲むように歩き始める。
「逃げられちゃ困りますんで、ちょっとこいつで動けなくさせてもらいましたぜ。」
指の間から彼は小さな針を見せる。
「そ、そんなチンケな針で!?」
「東洋医学を舐めちゃいけませんぜ。さて兄さん方、ここで争うと我々の女神様が悪い夢を見てしまいそうですんで、あっちでやりましょうか。」
熱心党が彼らを抱えて藪の中に消えていく。
その後、『憂国の闇』が人々の記憶の中にその軌跡を刻むことはなかったという。
10/11/06 23:21更新 / 宿利京祐
戻る 次へ

■作者メッセージ
サクラ復活編…、あれ?
何だか間違ってる?
という訳で、sasa様リクエストキャラの登場です。
え、リクエストと違う?
ごめんなさい。
アヌビスを求めて〜というリクエストを聞いて
真っ先に思い浮かんだのが『HELLSING』の
アンデルセン神父率いる13課だったので…−−;
そんな訳で、もうすぐ大台の40話。
早く助けに行ってやれよ、というツッコみが聞こえてきそうですが
次回もまだロウガに辿り着きそうにありません。
ごめんなさい。

さて最後になりましたが、
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33