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第二十七話・ジッネッスD群集
外が明るい…。
私の腕の中でサクラが寝息を立てている。
昨日はお互い怖くて、抱き付いて寝ていたが…、それでも朝が来てしまう。
今日はこのオアシス都市を離れよう。
私たちは、異分子だ。
彼らは私たちを受け入れない。
私だけならともかく、サクラの身の危険も考えられる…。
それに長居してしまうと、あの親切な母子にも迷惑がかかるだろう。
「サクラ…、サクラ…、起きて…。」
「……ん…、あ、おはようございます…。」
「そろそろ町を出ようか…。長居をすると…、ご迷惑になる。」
「そうです……ね…!す、すすすすすみません!あの、ちょっとだけ時間をいただければ、すぐに起き上がりますので、先に準備をしていてください!後離れていただければ嬉しいです!!」
「…どうした。サクラは私に抱きしめられるのが好きじゃなかったのか?」
「そそそれはそうなんですが、お願いですから、ちょっと離れて…!」
…おや?
お腹のあたりに…、何やら固いものが…。
………あ。
「そうか、すまなかった。」
「わかっていただけて光栄です…。」
恥ずかしそうにサクラはズルズルと離れていく。
「ごめんなさい、マイアさんに邪な考えを持った訳じゃなくて…、男の朝の生理現象と言うか…。」
「気にするな。父上で見慣れている。」
「そうですか…ん?ちょっと待ってください!あの人、まだ朝から…!?」
「しょっちゅうだ。特に休みの日は寝起きそのまま夫婦の時間に突入してる。」
「な、何て教育に悪い家なんだ…!」
私はもう慣れたけどな…。
「それにな、サクラ。恥ずかしがる必要はない。お互い好き合っているし、こうして何度もお互いの温もりで慰め合っている。私としてはこんな危険な状況でなかったら…、いつでも襲っても良いんだぞ?」
「そ、それは出来ません。僕の中に納得出来ないものが消えない限り…、マイアさんを…、その…、抱くなんて…、恐れ多いことが出来ません。」
「父上に鍛えられてから、まるで修行僧だな。運が悪ければ一生童貞だぞ?魔法使いになるつもりか?」
「それはどこの世界の魔法使いですか…。」
本当にサクラは父の影響が強いな…。
そういえばサクラも…、美乳が好きだし…。
私は決して貧乳、つるぺたの類ではないのだ。
ただ周りが大きすぎるだけの話なんだ…、きっと。
「治まったか?」
「…治まりました。」
む…、恥ずかしそうに赤くなった顔…。
やはりサクラは可愛いな…。
「どうしました?」
「いや、何でもないぞ。食料を腹に詰めたら、挨拶に行こう。」
「はい。」
サクラが襲うとか襲わないとかどうでも良い。
彼はルックス、マスク、魂のどれをとっても私のど真ん中ストライク。
正直…、私が気をしっかり持たないと襲ってしまいそうだ…!


―――――――――――


納屋から出て、一晩の宿の礼を述べて僕らは町を後にする。
少しだけ落ち着けると思っていただけに、予想以上に僕らは落胆していた。
僕らは、あまりに知らなかった。
僕らは、あまりに幸せだった。
守ってもらっていたことに感謝して、後悔する。
あの貧民街に生きる人たちに悲しみはあっても嘆きがなかった。
リザードマンの誇りなのか、自分の状況を受け止めてそれでも生きている。
そんなあの人たちを前にして、僕らが出来ることなんて何もない。
僕らが何も言える訳がないじゃないか…。
「マイアさん…、力って何でしょうね。」
「…そうだな。どんなに剣の腕が立っても、どんなに弁舌がうまかろうと、救いたい人も救えない力に何の意味があるのだろうな。」
砂漠の日差しを避けるように僕らはまた穴を掘って身を隠す。
まだ…、僕らの視界の中に町は大きく映っている。
「あんなに大きな町なのに…、僕たちの町よりも…なんて貧しいんだろう。」
「サクラ、忘れるな。今日この目で見た光景を忘れるな。きっと…、父上が私たちの町の偉い人たちと争ってまで、学園を作ったのはこういうことなんだ。私は今になってわかった…。父上が何故私たちの住む家があんなに質素にしていたのか…。何故、魔物も人間もそこにいるのが当たり前かと思える環境を町全体で作ったのかも…。」
「…教会の人って、神様を祀っているんだよね。じゃあさ、神様って何を救うのかな?」
「…人間さ。それも自分たちを信じる者しか救わない…、せこい神様さ。」
「…僕は、あの町に生まれなくて良かった。あの町に生まれていたら…、あなたを…、訳もなく憎んで生きなければいけなかったから…。」
「ありがとう…、サク…!おい、何なんだ!あの煙は!?」
オアシス都市から黒い煙が上がっている。
あの方向は…、まさか…!?
僕らは日差しを避けることを忘れ、町へと駆け戻った。


―――――――――――


貧民街が炎に包まれていた。
逃げ惑う人々に容赦なく、矢が降り注ぐ。
「探せ、魔物と魔物に魂を売った裏切り者を神の名において根絶やしにするのだ!」
兵士たちの叫び声。
ガチャガチャと金属の鎧が擦れ合う音。
数は十数名だろう。
彼らは武器を持たない人々に容赦なく襲い掛かった。
僕らは走った…。
そして、見た。
炎の中で息絶えている黒焦げの人間だった物。
子供を庇って槍で刺し抜かれたマイアさんと同族の親子。
寄って集ってたった一人を数名で嬲り殺しにする神の名を唱える兵士。
初めて知る、狂気。
「マイアさんは、あの人たちを探して!」
「サクラは…!?」
「僕は…!」
決まっている。
「…あいつらを叩く!」


逃げ惑う人々の中を掻き分け、僕は疾る。
初めて…、僕の中で生まれた感情。
あいつらを、許さない。
逃げ惑う人々を抜け、目の前に兵士が現れた。
手に持つ剣は血塗れで、鎧は返り血に塗れている。
足元には…、小さな子供が死んでいる。
「何だ、子供だと!?」
「おあぁぁぁぁぁ!!!!」
右腕に炎が宿る。
サイガと戦った時とは比べ物にならない熱量が右腕を疾った。
「ヒート…エンドォ!!!!」
兵士の顔に正拳を叩き込み、炎を爆発させる。
「フゴッ!!??」
それきり、男は動かなくなった。
もう喋れもしない。
頭が消えてなくなって、動ける人間などいないのだから…。
僕は…、初めて…、自分の意思で…、自分の決断で…、人を…殺した。
「な、何だ!こいつは!?」
「大方、正義の味方気取りの裏切り者だ。数で押し囲め!有利なのは我々の方なのだ!!」
兵士を率いる隊長らしき男が馬上から号令をかける。
すぐさま兵士たちは隊列を組み直し、剣を構える。
「小僧、なかなかの力を持っているようだな。だが我々、砂漠の天使騎士団に単身で挑むとは愚かな男だ。その命を以って我が同胞の冥福を祈り、この勝利を我らが神に捧げん!」
「…うるさい。」
僕を…、小僧と呼んで良い人はお前なんかじゃない。
「小僧、名を名乗れ。せめてその名前くらいは我らが誉れある騎士団の歴史に刻んでやろう。」
「お前なんかに…、貴様なんかに名乗る名はない!騎士団の歴史は…、俺が刻んでやる。今日が騎士団最後の日だ!!」
「小僧!」
隊長の剣を振る合図で兵士たちが一斉に剣を振り被り、襲い掛かる。
右腕の炎は治まらない。
ずっと爆発するのを待ち続けている。
正面、左右側面から襲い掛かる。
「ぐべっ!?」
一人目、正面から来た男の腹を打つ。
炎が爆発して、鎧ごと焼き抉る。
左右から同時に襲ってきた男たちに回し蹴りを喰らわせる。
怯んだところに右腕を叩き込む。
これで三人目。
…遅い、弱い、脆い。
サイガの突きはこんな速さじゃなかった。
ロウガさんの一撃は俺ぐらいの威力じゃなかった。
マイアさんの魂はこんなくらいじゃ砕けない。
「…こんな、ものか。」
残った兵士たちを睨む。
傷口が焼き抉られて、流血すらしない死体に恐れおののいて、彼らはじりじりと後退する。
「お、俺たちが何をしたって言うんだ!俺たちは命令で魔物を討伐しただけじゃないか!お前だって人間だろ?だったら俺たちは仲間じゃないか!!」
「…彼女たちは、そこにいただけだ。何ら俺たちに悪さをする訳でもない。ただ俺たちと同じように笑い、泣いて、愛して、生きる喜びを感じているだけだ。お前らは自分の良心も何もかも神に預けてそれを奪った。俺はお前たちとは違う。お前たちの仲間になんてなってやるもんか!お前たちは俺の目の前で子供を殺した。お前たちを殺す理由なんてそれだけで十分だ!!」

バゴンッ

あばら家の壁を突き破って兵士が一人転がった。
下半身がない。
「よく言った、サクラ。その通りだ、私たちはあいつらとは違う。私は魔物の身だが、人間を愛した。だが、そいつらは人間なんか上等な生き物じゃない。神の木偶人形だ。」
マイアさんが大剣を担いで現れた。
その腕に…、あの子が抱かれている。
「すまん…、間に合わなかった。あの人も…、あの家のあった場所で眠っている。さっきだ…、さっきこの子も息を引き取った…。」
僕と隣に歩み寄る。
「部隊長殿とお見受けします。私の名はマイア。誇り高きアスティアとロウガの娘…、そしてあなた方が忌むべきエレナの娘だ。」
大剣を一閃する。
兵士たちが驚いた顔のまま、横一文字に真っ二つになって死んでいる。
「その通りだな、サクラ。私たちが戦う理由なんて…、この子たちの命だけで十分すぎる。許せる訳がないじゃないか。」
「エ、エ、エレナだと!?それにロウガ!?あの神敵の!?」
マイアさんはにやりと笑う。
ロウガさんはすでに教会の方からは敵として知られているのか。
「光栄だな。教会直属の騎士団に敵と認識されるとは。」
「下がってて…。後は俺がやる。」
「ああ、サクラ。あの人たちの無念は君が晴らせ。」
人間の不始末は人間で片付けなければいけない。
それが俺のせめてもの償いだ。
「こ、小僧!ワシと一騎打ちとは片腹痛い!良いか、ワシは先の戦において魔物を駆逐し、その勇名を轟かせた、その名も…。」
「黙れよ。あんたの名前なんか興味がない。」
「小僧ぉぉぉぉ!!!!」
部隊長が馬を走らせる。
馬に罪はない。
俺は擦れ違い様に脇腹を焼き抉る。


―――――――――――


「…すごい数だな。」
あれから二人で死体を集めて、墓を掘った。
名前もわからない人たちだから墓石に名前はない。
瓦礫を墓石の変わりに一人ずつ埋めた場所に突き立てる。
「マイアさん…、生き残った人たちは?」
「ああ、父上に押し付ける。あの人たちにここで生きるのがつらいのなら、セラエノ学園の学園長を頼れと言った。私の名前を出せば…、いや、父上なら何も言わずに受け入れるだろう。」
「…結局、僕は何も守れなかった。」
その結果が、この墓の数だ。
全部で65人。
あの母子は一緒の墓に埋めた。
「…やっといつものサクラに戻ったね。でもな、私たちにはどうしようもなかった。すべてが手遅れだった…。そう思わなければ…、私たちは自分自身に潰されてしまう…。」
「…それでも!!」

『悲しむな、旅人よ。』

ぼんやりとした光が突然僕らの前に現れ、徐々に形を作っていく。
白いローブに身を包んだ女の人。
どこかで会ったような気がする。
『諸君らはよくやった。だから悲しむことはない。やがて命はすべて一つの場所に還る。そして再びこの世界を巡り、命は命に還る。』
何かが僕の手を握る。
驚いて手を見ると、あの子が僕の手を引いて笑っている。
光のない目ではなく、子供らしい光が満ちている。
『任せるが良い。我は名もなきスフィンクス。砂漠とファラオの守護者。この砂漠に生きる者を守護する者。彼らは我が責任を持って導こう。汝らの未来に幸多からんことを…。』
少女が手を放し、スフィンクスの方へ走る。
そして、その向こう側に少女の母親と父親と思われる人物が待っている。
『ありがとう。』
そう聞こえた気がした。
『…さぁ、お行きなさい。我は、この地を見限った。少年よ、またこの世のどこか、夢と現実の狭間で会おう。』
ゆっくりと死者が歩き出し、ゆっくりと消えていく。
死者のパレード。
僕らは、息も出来ないまま、彼らを見送った。


「夢を見ていたのかな…?」
「夢では…ないと思う…。」
それなら、彼女たちは旅立ったのだ。
感謝の言葉を残して…。
僕は…あの言葉に救われても良いのだろうか…。
「自信を持とう、サクラ。私たちには私たちにしか出来ない方法で進もう。」
「…うん。僕は…、忘れない…。」
あの人たちを。
今日の悔しさを。
今日の憤りを。
僕は忘れない…。




それから数日経って、ラクダに乗った商人から水と食料を買った時に、興味深い話を聞いた。
あのオアシスが滅んだという。
何でも水が枯れ、カラカラに乾いた町に火の不始末が起こって、一夜にして灰になったという。町を守るはずだった騎士団は数日前に何者かに全滅させられて、教会も祈りを続けたが、その甲斐なくオアシスは消えたそうだ。
「何でもな、その神父は二日くらい生きたらしいんだが、呪いが…、呪いが…ってうわ言を言いながら狂ったように死んだらしいんだ。良からぬ疫病も流行ったって商人仲間じゃ噂だよ。」
彼は、あのあたりには近付かん方が良いよ、と言い残し手を振って去っていく。
僕たちは、思わず顔を見合わせて、声を上げて笑った。
神様も捨てたもんじゃない、と。
10/10/29 22:45更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
オアシス編後編、いかがだったでしょうか?
正直、作者が凹みました。
おかげで書くスピードは大幅ダウン。
ちょっと勢いが足りなくなったので
グレンラガンでも見て、熱血成分を補充してきます。
ちなみに騎士団の名前ですが、我ながら中二チックだと思いましたが
実際の中世西洋騎士団には
こんな中二病的な名前の騎士団が多数存在しました。
なのでここで言い訳しておきますので、嘲笑ってくださいなw

最後になりましたが
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

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