第二十話・覚醒
久し振りに見たあいつは、何だか変わった。
今までちょっと女の子みたい…、いや、恋人のコルトよりも遥かに女らしかったんだが、顔付きが変わったというか…、雰囲気がガラリと変わった。
いつもオドオドしてたのに、以前よりも堂々としている。
やはり学園長のシゴキが功を奏したのだろうか。
「おはよ、サイガ。」
「あ、ああ、おはよう…。サクラ…か?」
「うぅ…、やっぱり一ヶ月も合わないと、忘れられちゃうくらい僕って存在薄いの?」
「ああ、違う違う!そうじゃなくてな、何だか雰囲気が変わったな?」
「うん…、一ヶ月も山に篭ればね。毎日毎日学園長にボコボコにされたり、野性の獣に追われたりすれば…、雰囲気も変わるかも…。」
「何か悲惨だな?」
「魔物じゃなくて、野生動物に僕…、お尻を奪われそうになった…。」
涙目で思い出すサクラ。
すまん、それは否定出来ない。
実はクラスの中にも何人かお前に対して同性愛に目覚めたヤツがいるし…。
「んで、やっと山を下りれたということは…、学園長に認められたのか?」
「…違うよ。アヌビス教頭先生に僕の出席数が危ないって言われてね。学園長がアスティア先生とアヌビス先生に怒られて、僕の下山を許可したんだよ。ついでに学園長、僕と山に篭っている間、仕事をボイコットしてたみたいだし。」
「なるほどね。ということはしばらく学園長は仕事部屋から一歩も出られないってことか。」
「そうみたい。」
えへへっ、と笑うサクラ。
……あ、危なかった。
コルトがいなかったら、この笑顔に俺が堕ちるとこだったぜ。
しかし、こいつ…、狙ってないか?
少しダボ付いたTシャツに、これもちょっと大きいサイズのハーフパンツって。
サクラって顔が顔だけにパッと見、ちょっとボーイッシュな女の子にしか見えないもんなぁ。
アヌビス教頭が見たら間違いなく鼻血……うおわ!?
廊下からアヌビス教頭が良い笑顔でサクラを視姦してる!?
お付きのマミーが全力でサクラのスケッチを取ってる!!
お付きって大変なんだなぁ。
後で飴でもあげよう。
「あ、おはようございます。アヌビス先生。」
「はい、おはようございます。今日も良い天気ですね。」
アヌビス教頭の危ないオーラに気付かないサクラ。
アヌビス教頭…、涎、涎…。
「…ところで、サクラ。お前の留守中に面白い噂を仕入れたんだが?」
「ひゃん!?にゃ、にゃんのこと!?」
…やっぱりこいつが変わったなんて勘違いだな。
とりあえず今日一日はこいつのことをミスターGとでも呼んでからかおう。
―――――――――――
午後、アマゾネスのアキ先生の戦闘実習の時間。
先生は授業開始の合図をしただけでまたどこかに消えてしまった。
ああ、弁当(ダンナ)が届いたんだな。
…俺も人のことは言えない。
この授業が終わったらコルトに食べられるんだから…。
「おりゃぁぁぁぁぁ!!!!」
お、この雄叫びは俺の恋人の声だな。
彼女はうっかり殺してしまわないように大斧ではなくヒノキの棍棒を使っている。
うん、やさしい恋人で本当に良かった。
よし、俺も彼氏として頑張りますかね。
長柄の棒の先端に綿を丸く詰めた模擬の槍を構える。
相手は同じ人間の同級生だ。
…ものすごーく頑丈で力馬鹿でスピードよりもパワーという絵に描いたような筋肉馬鹿。
もちろん、強いことは強いがクラスでも人気はない。
今日の武器は、馬鹿でかいメイスか…。
「ぎょうごぞ、おで、おまえ、だおず!!!」
「…頼むからさ、通じる言葉で喋ってくれないかな?」
それより、君、本当に同級生?
こんな濃いヤツだったら忘れられそうにないんだけど、記憶にない。
「ぶほぉぉぉぉぉ!!!!」
「シッ!」
スピードはないが当たれば骨折…、いや死ぬな。
地面に振り下ろされたメイスが大地を割る。
純粋な質量兵器はこれだから性質が悪い。
目を瞑っても避けられる攻撃を俺は難なく避ける。
それよりこいつは授業だってわかっているのか?
「までぇぇぇぇ!!!」
「お前に付きあう程、面倒なのは好きじゃないんだ。」
メイスを振り上げた右腕の付け根を槍で思いっ切り突く。
槍先から関節が外れる感触が伝わる。
「へげぇ!!」
力のなくなった右腕がメイスを放す。
「あ。」
「あ?」
めこっ
メイスが筋肉馬鹿の頭の上に直撃する。
筋肉馬鹿はそのまま気絶して、地響きを残して前のめりに倒れる。
これは…、自業自得なのか?
「さすが、あたしの未来のダンナじゃん。余裕だったな。」
「コルト、お前は終わったのか?」
「もち、楽勝さね。それよりさ、面白いもの見付けたんだ。」
俺の手を引いてコルトが戦闘実戦中の集団に入っていく。
最近、みんなレベルアップしたなぁ。
足捌き、体捌き、どれを取っても目を見張るものがある。
あ、マイアだ。
「やぁぁぁ!!!」
「あべし!!!」
…ああ、同級生たちが彼女の舟のオールで殴られて宙に舞う。
彼女の傍には折り重なるように彼らの屍が転がっている。
後で医務室行きだな。
「コルト、面白いものってこれか?」
「それじゃないよ。ぼやぼやしてると終わっちまう。」
何なんだ、一体。
「マジかよ…、勝てねえよ…!」
そんな声が聞こえてくる。
「ごめんよ、ちょっとどいてくれ!」
コルトが人垣を分けて、割り込んだ。
一体何なんだ。
面白いもの…って…え?
「あ、サイガ。終わったの?」
「サ、サクラ!?」
「あ〜、終わってたか〜!」
そこにいたのは学園長の着物によく似た胴着に身を包んだサクラだった。
サクラの周りには腹を抱えて蹲っている者、気絶している者、砂埃に塗れている者がいる。
いずれもクラス内で勝手に作られたランキングでは上位に来る者たちだ。
それぞれ鈍器使い、長剣使い、短剣使いで今から騎士団とかからスカウトが来ている連中だ。
それが誰の目から見ても圧倒的な負け方をして、一方サクラは傷一つない。
「こ、これ、サクラがやったのか!?」
「あ、うん。僕ね、結局得意な武器って見付からなかったから…、学園長に徒手空拳を叩き込まれて。だからみんな怪我はないはずだよ。怪我させたら大変だし、ちゃんと手加減もしたよ。」
周囲がザワザワとざわめく。
あのサクラから手加減という言葉が出た。
その言葉が嘘偽りでない証拠は目の前にある。
サクラはいつもと変わらない笑顔だ。
とてもじゃないが、信じられない。
「…サクラ、お前の目から見て、彼らは強かったか。」
「そ…それは…。」
言い難そうにサクラは口篭る。
それが彼らは弱かったと肯定してしまっている。
つまりサクラが強くなってしまった、ということなのか…。
「すごいな、お前。」
「ぼ、僕なんて…、まだ…まだなんだよ…。」
サクラの視線は俺の後ろの方で戦っている彼女に向かう。
「そのまだ、と言えるヤツがそこにいると強くなれるってことか。」
「え?い、いや、そういうことじゃなくって!!」
いつもと変わらない笑顔。
なのにサクラは俺に迫りつつあると感じた。
俺の中に…、生まれて初めて感じる嫉妬心が芽生えた。
「…サクラ。」
「何、サイガ?」
「今…、ここで、俺と戦え…!」
「え、え、え、な、何で!?」
「良いから…、俺と戦え…。」
自分でも訳がわからない程熱くなっている。
自分でもおかしいと思うくらい焦っている。
「お、おい、サイガ!どうしたんだ!?」
「ごめん、コルト…。少しだけ…、俺の我侭を聞いてくれ。離れてろ!」
ビクリと驚くコルト。
彼女に悪いと思うが、それ以上に熱くなっている。
こんな感覚は初めてだ…。
「サ、サイガ…。」
「構えろ、サクラ。」
自分の中で殺気が膨らむ。
何故だか、さっきまでの親友が遠く見えてしまった。
俺には、それが許せなかった。
俺には、親友が遠くに行ってしまうのが許せなかった。
何よりそれを喜べない俺が許せなかった。
「……!」
「…そうだ、それで…、良い。」
槍を下段に構える。
俺の殺気を感じ取ったサクラはサウスポースタイルで半身にして構える。
さすが…、うちの学園長が鍛えただけある。
殺気に敏感に反応出来るようになったとはね…。
最初の一撃で心臓を突く。
そのつもりで体重を移動した、その時。
『きーんこーんかーんこーん、午後一番の授業終わり〜♪次は音楽室でアタシの授業だよ〜♪今日のお題はデスメタル〜♪(ブチ)』
何とも気の抜けたチャイムに一気に殺気が抜ける。
「…ははっ、駄目だな。戦う空気じゃなくなったよ。」
「サイガ…。」
「すまん、俺としたことが…、ガラにもなく熱くなった。忘れてくれ。」
俺は構えを解いて、サクラに背を向ける。
「行こう、コルト。」
「え、う、うん…。」
さっきの俺はどうかしていた。
良いじゃないか、親友が強くなったって…。
強くなったって…、俺より強くなければ良いじゃないか…。
俺がサクラもコルトも守ってやるってガキの頃に決めたんだから…。
「サクラ!大丈夫だったのか!!」
マイアさんが人波を掻き分けて僕の元に来てくれた。
「…サクラ?」
「…!ぜはー…、ぜはー…!緊張して、い、息が止まったぁ〜!!」
「…そうか。一体どうしたんだ?」
わからない。
どうしてサイガはあんな殺気を放ったんだろう。
それでも…、僕はあの殺気の中で構えてしまった。
逃げ出したい、泣いてしまいたい。
そう思ってしまったいたのに、身体が拒絶した。
それに呼応して頭の中までもが、その弱い考えを否定した。
「まぁ、サクラが何かする訳もないし、あいつの悪ふざけ…にしては悪質だったな。」
「うん、そうだよ…、ね。」
嘘だった。
悪ふざけじゃない。
サイガは、本気で殺意をぶつけてきた。
いつもからかうような組み手しかしなかったのに、初めて僕と真正面から向き合ってくれた。
初めてサクラという人間を見てくれた。
怖かったはずなのに、僕は喜んでいる。
僕は知りたがっている。
自分がどれくらい強くなったのか。
彼にどれだけ追い付けたのか。
僕は…、サイガと戦いたい。
握った拳に、力が入っていた。
今までちょっと女の子みたい…、いや、恋人のコルトよりも遥かに女らしかったんだが、顔付きが変わったというか…、雰囲気がガラリと変わった。
いつもオドオドしてたのに、以前よりも堂々としている。
やはり学園長のシゴキが功を奏したのだろうか。
「おはよ、サイガ。」
「あ、ああ、おはよう…。サクラ…か?」
「うぅ…、やっぱり一ヶ月も合わないと、忘れられちゃうくらい僕って存在薄いの?」
「ああ、違う違う!そうじゃなくてな、何だか雰囲気が変わったな?」
「うん…、一ヶ月も山に篭ればね。毎日毎日学園長にボコボコにされたり、野性の獣に追われたりすれば…、雰囲気も変わるかも…。」
「何か悲惨だな?」
「魔物じゃなくて、野生動物に僕…、お尻を奪われそうになった…。」
涙目で思い出すサクラ。
すまん、それは否定出来ない。
実はクラスの中にも何人かお前に対して同性愛に目覚めたヤツがいるし…。
「んで、やっと山を下りれたということは…、学園長に認められたのか?」
「…違うよ。アヌビス教頭先生に僕の出席数が危ないって言われてね。学園長がアスティア先生とアヌビス先生に怒られて、僕の下山を許可したんだよ。ついでに学園長、僕と山に篭っている間、仕事をボイコットしてたみたいだし。」
「なるほどね。ということはしばらく学園長は仕事部屋から一歩も出られないってことか。」
「そうみたい。」
えへへっ、と笑うサクラ。
……あ、危なかった。
コルトがいなかったら、この笑顔に俺が堕ちるとこだったぜ。
しかし、こいつ…、狙ってないか?
少しダボ付いたTシャツに、これもちょっと大きいサイズのハーフパンツって。
サクラって顔が顔だけにパッと見、ちょっとボーイッシュな女の子にしか見えないもんなぁ。
アヌビス教頭が見たら間違いなく鼻血……うおわ!?
廊下からアヌビス教頭が良い笑顔でサクラを視姦してる!?
お付きのマミーが全力でサクラのスケッチを取ってる!!
お付きって大変なんだなぁ。
後で飴でもあげよう。
「あ、おはようございます。アヌビス先生。」
「はい、おはようございます。今日も良い天気ですね。」
アヌビス教頭の危ないオーラに気付かないサクラ。
アヌビス教頭…、涎、涎…。
「…ところで、サクラ。お前の留守中に面白い噂を仕入れたんだが?」
「ひゃん!?にゃ、にゃんのこと!?」
…やっぱりこいつが変わったなんて勘違いだな。
とりあえず今日一日はこいつのことをミスターGとでも呼んでからかおう。
―――――――――――
午後、アマゾネスのアキ先生の戦闘実習の時間。
先生は授業開始の合図をしただけでまたどこかに消えてしまった。
ああ、弁当(ダンナ)が届いたんだな。
…俺も人のことは言えない。
この授業が終わったらコルトに食べられるんだから…。
「おりゃぁぁぁぁぁ!!!!」
お、この雄叫びは俺の恋人の声だな。
彼女はうっかり殺してしまわないように大斧ではなくヒノキの棍棒を使っている。
うん、やさしい恋人で本当に良かった。
よし、俺も彼氏として頑張りますかね。
長柄の棒の先端に綿を丸く詰めた模擬の槍を構える。
相手は同じ人間の同級生だ。
…ものすごーく頑丈で力馬鹿でスピードよりもパワーという絵に描いたような筋肉馬鹿。
もちろん、強いことは強いがクラスでも人気はない。
今日の武器は、馬鹿でかいメイスか…。
「ぎょうごぞ、おで、おまえ、だおず!!!」
「…頼むからさ、通じる言葉で喋ってくれないかな?」
それより、君、本当に同級生?
こんな濃いヤツだったら忘れられそうにないんだけど、記憶にない。
「ぶほぉぉぉぉぉ!!!!」
「シッ!」
スピードはないが当たれば骨折…、いや死ぬな。
地面に振り下ろされたメイスが大地を割る。
純粋な質量兵器はこれだから性質が悪い。
目を瞑っても避けられる攻撃を俺は難なく避ける。
それよりこいつは授業だってわかっているのか?
「までぇぇぇぇ!!!」
「お前に付きあう程、面倒なのは好きじゃないんだ。」
メイスを振り上げた右腕の付け根を槍で思いっ切り突く。
槍先から関節が外れる感触が伝わる。
「へげぇ!!」
力のなくなった右腕がメイスを放す。
「あ。」
「あ?」
めこっ
メイスが筋肉馬鹿の頭の上に直撃する。
筋肉馬鹿はそのまま気絶して、地響きを残して前のめりに倒れる。
これは…、自業自得なのか?
「さすが、あたしの未来のダンナじゃん。余裕だったな。」
「コルト、お前は終わったのか?」
「もち、楽勝さね。それよりさ、面白いもの見付けたんだ。」
俺の手を引いてコルトが戦闘実戦中の集団に入っていく。
最近、みんなレベルアップしたなぁ。
足捌き、体捌き、どれを取っても目を見張るものがある。
あ、マイアだ。
「やぁぁぁ!!!」
「あべし!!!」
…ああ、同級生たちが彼女の舟のオールで殴られて宙に舞う。
彼女の傍には折り重なるように彼らの屍が転がっている。
後で医務室行きだな。
「コルト、面白いものってこれか?」
「それじゃないよ。ぼやぼやしてると終わっちまう。」
何なんだ、一体。
「マジかよ…、勝てねえよ…!」
そんな声が聞こえてくる。
「ごめんよ、ちょっとどいてくれ!」
コルトが人垣を分けて、割り込んだ。
一体何なんだ。
面白いもの…って…え?
「あ、サイガ。終わったの?」
「サ、サクラ!?」
「あ〜、終わってたか〜!」
そこにいたのは学園長の着物によく似た胴着に身を包んだサクラだった。
サクラの周りには腹を抱えて蹲っている者、気絶している者、砂埃に塗れている者がいる。
いずれもクラス内で勝手に作られたランキングでは上位に来る者たちだ。
それぞれ鈍器使い、長剣使い、短剣使いで今から騎士団とかからスカウトが来ている連中だ。
それが誰の目から見ても圧倒的な負け方をして、一方サクラは傷一つない。
「こ、これ、サクラがやったのか!?」
「あ、うん。僕ね、結局得意な武器って見付からなかったから…、学園長に徒手空拳を叩き込まれて。だからみんな怪我はないはずだよ。怪我させたら大変だし、ちゃんと手加減もしたよ。」
周囲がザワザワとざわめく。
あのサクラから手加減という言葉が出た。
その言葉が嘘偽りでない証拠は目の前にある。
サクラはいつもと変わらない笑顔だ。
とてもじゃないが、信じられない。
「…サクラ、お前の目から見て、彼らは強かったか。」
「そ…それは…。」
言い難そうにサクラは口篭る。
それが彼らは弱かったと肯定してしまっている。
つまりサクラが強くなってしまった、ということなのか…。
「すごいな、お前。」
「ぼ、僕なんて…、まだ…まだなんだよ…。」
サクラの視線は俺の後ろの方で戦っている彼女に向かう。
「そのまだ、と言えるヤツがそこにいると強くなれるってことか。」
「え?い、いや、そういうことじゃなくって!!」
いつもと変わらない笑顔。
なのにサクラは俺に迫りつつあると感じた。
俺の中に…、生まれて初めて感じる嫉妬心が芽生えた。
「…サクラ。」
「何、サイガ?」
「今…、ここで、俺と戦え…!」
「え、え、え、な、何で!?」
「良いから…、俺と戦え…。」
自分でも訳がわからない程熱くなっている。
自分でもおかしいと思うくらい焦っている。
「お、おい、サイガ!どうしたんだ!?」
「ごめん、コルト…。少しだけ…、俺の我侭を聞いてくれ。離れてろ!」
ビクリと驚くコルト。
彼女に悪いと思うが、それ以上に熱くなっている。
こんな感覚は初めてだ…。
「サ、サイガ…。」
「構えろ、サクラ。」
自分の中で殺気が膨らむ。
何故だか、さっきまでの親友が遠く見えてしまった。
俺には、それが許せなかった。
俺には、親友が遠くに行ってしまうのが許せなかった。
何よりそれを喜べない俺が許せなかった。
「……!」
「…そうだ、それで…、良い。」
槍を下段に構える。
俺の殺気を感じ取ったサクラはサウスポースタイルで半身にして構える。
さすが…、うちの学園長が鍛えただけある。
殺気に敏感に反応出来るようになったとはね…。
最初の一撃で心臓を突く。
そのつもりで体重を移動した、その時。
『きーんこーんかーんこーん、午後一番の授業終わり〜♪次は音楽室でアタシの授業だよ〜♪今日のお題はデスメタル〜♪(ブチ)』
何とも気の抜けたチャイムに一気に殺気が抜ける。
「…ははっ、駄目だな。戦う空気じゃなくなったよ。」
「サイガ…。」
「すまん、俺としたことが…、ガラにもなく熱くなった。忘れてくれ。」
俺は構えを解いて、サクラに背を向ける。
「行こう、コルト。」
「え、う、うん…。」
さっきの俺はどうかしていた。
良いじゃないか、親友が強くなったって…。
強くなったって…、俺より強くなければ良いじゃないか…。
俺がサクラもコルトも守ってやるってガキの頃に決めたんだから…。
「サクラ!大丈夫だったのか!!」
マイアさんが人波を掻き分けて僕の元に来てくれた。
「…サクラ?」
「…!ぜはー…、ぜはー…!緊張して、い、息が止まったぁ〜!!」
「…そうか。一体どうしたんだ?」
わからない。
どうしてサイガはあんな殺気を放ったんだろう。
それでも…、僕はあの殺気の中で構えてしまった。
逃げ出したい、泣いてしまいたい。
そう思ってしまったいたのに、身体が拒絶した。
それに呼応して頭の中までもが、その弱い考えを否定した。
「まぁ、サクラが何かする訳もないし、あいつの悪ふざけ…にしては悪質だったな。」
「うん、そうだよ…、ね。」
嘘だった。
悪ふざけじゃない。
サイガは、本気で殺意をぶつけてきた。
いつもからかうような組み手しかしなかったのに、初めて僕と真正面から向き合ってくれた。
初めてサクラという人間を見てくれた。
怖かったはずなのに、僕は喜んでいる。
僕は知りたがっている。
自分がどれくらい強くなったのか。
彼にどれだけ追い付けたのか。
僕は…、サイガと戦いたい。
握った拳に、力が入っていた。
10/10/25 10:12更新 / 宿利京祐
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