連載小説
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第十一話・アンファンスA闇-darkness-
「マイア…。放課後、僕と戦ってください。」
サクラはそう言い残したまま姿を眩ませた。
言い知れぬ違和感。
それでも意外、という感情以外湧かなかった。
私と明らかに実力の程が違うサクラが、まさか私に戦ってほしいなどと言ってくるとは思っていなかった。余程勇気を振り絞ったのだろう。
でも悪い気はしなかった。
私の下へ来る求婚の話は、基本的に私個人を見ていない。
父上の武力、母上の武力、そして父上の言うあぶく銭という財力。
私という存在を取り込めば、それらもおまけで付いてくる。
ほとんどの場合は父上が追い払っているが、私個人だけを想って挑戦してきてくれるのは、悪い気がしない。むしろ、新鮮で嬉しいものがある。
サクラにならわざと負けても良いかな?
なかなか可愛いし。
いやいや、それは駄目だな。
甘やかしてはいけない。
今回駄目なのはわかっているから、私が彼を育てる、というもアリかな?
「マイアー、見たよー。隅に置けないねぇ、この〜。」
ミノタウロスのコルトが肘で突付いてくる。
「しっかし無謀だねぇ、サクラも。昨日クラス内最弱競争でぶっち切りで最弱を証明したってのに、いきなり最強に挑むなんてね。意外に男の意地があったんだ。可愛い顔してさ。」
「可愛いのは認めるよ。でも彼もいつまでも下を向いている訳じゃない。私としては…、少し寂しいかな?」
「お、お姉さん発言。幸せ者だねぇ、サクラも…って、そう言えばサイガが見当たらないな。あの健康優良児、欠席か?」
言われてみればサクラの親友のサイガがいない。
「昨日、あたしと一緒にいて…、途中まで送ってくれたんだけど、風邪でも引いちまったのかな?夜も遅かったし…。」
「……君たち、付き合うのは良いが、あまり夜遅くに外にいるのは感心しないな。うちの両親みたいになったら…、後々大変だぞ?」
「…予想外に子供出来たら、ちょっと怖いなぁ。うちの親もあれで過保護なんだよ。娘に悪い虫が付いたーって大騒ぎしそうだ。」
うちも大して変わらないよ、と言いつつも少し心配になる。
サイガは何があっても学校を休む男ではない。
何か…、胸騒ぎがする。
その時、アマゾネスのアキ先生が教室に入ってきた。
今日はアキ先生の授業はなかったはずだが…?
「おい、サクラはいるか?」
「サクラがどうしたんすか?」
入り口近くの男子が先生に聞く。
アキ先生は少し困ったように顔をしかめたが、やがてその困った顔のまま口を開いた。
「どうせすぐ知れ渡ることだろうから、今言っておく。昨日の晩、サイガが路上で襲われた。処置が早くて一命は取り留めたらしいが今は意識不明だ。後ろから大剣で腹を刺し貫かれて、反撃する暇もなかったらしい。まだこの話はアタシとセイレーンしか知らねぇ。生真面目なアヌビスのヤツに知られたらサクラのヤツ、学園をクビになるどころの話じゃなくなる。良くて監獄、悪けりゃ死刑台だ。」
サイガの野郎を刺したのはサクラらしいんだ、とアキ先生は言う。
「ここにいないのなら、他を当たる。みんなもサクラを見付けたらアタシかセイレーンに知らせろ。間違ってもアヌビスには言うなよ。」
そう言ってアキ先生は教室を出て行った。
動揺とざわめきが教室に溢れる。
あのサクラがサイガを…、あまりに符合しない。
「マイア…。」
「先生には私が言っておく。コルトは今すぐ荷物をまとめてサイガのところに行くんだ。今は…、傍にいてやれ。状況が変わったら、すぐに知らせる。」
「わかった。頼むよ…。」
言い知れぬ違和感の正体。
あの時…、彼から血の臭いがしていたんだと、私はこの時になって気が付いた。


―――――――――


「ハーッ、ハーッ、ハーッ、ハーッ」
喉が渇く。
もう少しだ。
もう少しで満たされる。
手に残る肉の感触。
絶対反撃されない快感。
命を握る快感。
とびきりの得物。
自分よりも遥か届かぬ場所にいる親友への殺意。
嗚呼、何とも心地の良い後悔。
気持ちが良すぎて…、我慢出来そうにない。
あの人に…、早くこの猛りを解放したい。
綺麗なあの人の、
魂を
身体を
犯したい。


放課後になった。
あれから何の進展もない。
父上や母上に助けを求めようとしたが、捕まらなかったので私は一人でサクラを探した。『放課後になったら戦ってほしい』と言ったくせに、場所もしていしないとは、いやはや…、なかなかに無礼になったものだ。
昨日の今日で何があったのかわからない。
それでも、サイガを襲ったのがあのサクラだというのは間違いないとして、あまりにしっくり来ない。だが、今朝のサクラはいつもと何かが違った。
あれは…、本当にサクラだったのか?
いや、さすがに父上じゃあるまいし、ボケてはいない。
「………!」
何かが…、私の後ろからつけて来ている。
何も感じないが、確かに何かがそこにいる!
……校舎裏の森に入ろう。
あそこなら誰にも迷惑にならない。
タイミングを計って、全力で走り込めば迎撃の態勢は作れる。
1…、2…、さ……、気配が消えた!?
まずい!
タイミングも何もなく走り出す。
振り返る余裕なんてないが、私のいた地点に何かが突き刺さる音がする。
そして、襲撃者は私を追いかけすぐ後ろを走り出す。
リザードマンの脚力に付いて来るとは…!
私のすぐ後ろを付かず離れずの距離を保って襲撃者は追いかけてくる。
付かず…離れず…?
まずい、それなら襲撃者の方が足が速いということではないか!
遮蔽物のない場所での追いかけっこでは分が悪い。
これは一刻も早く森に退避するしかないらしい。
手持ちの武器を確認する。
背中に大剣、これはいざとなれば盾にも使える。
太刀が一本、だが今は抜くタイミングがない。
他に隠し武器の一つでも持っていれば良かったが、敵戦闘力がわからない以上頼れるのは、もはや私の武力のみか。
森の中に入る。
小さい頃から父上に森の中で鍛えられたおかげか、木々を避けつつ森の開けた場所へ走る。後ろの方からは、枝を切り、木々を切る音が響く。
これで敵の切れ味も少しは削げるだろう。
先に森の開けた場所に到達。
私は背中の大剣を引き抜き、身体を捻じって構える。
もう少しで襲撃者は姿を現すだろう。
だが、姿を現した瞬間、私はヤツを叩き斬る。
リザードマンらしくない戦法だが、戦いとは常に先手必勝と教えられた父上の教え通りに、その出鼻で敵を砕く。出来ることなら殺したくはないが…。
木々の陰から猛スピードで何かが飛び出す。
私は、ただ、全力でそれを叩き付けた。


――――――――――


「マイア、覚えておけ。強い者が強いとは限らんぞ。」
父上、それは私が弱いということなの?
「そうじゃない。アスティアと俺の子供だ。強いに決まってる。ついでに俺が仕込んで、アスティアが仕込んだ技もどこに出しても恥ずかしい物じゃあない。だがな、これだけは覚えておけ。最強を倒すのはいつだって弱者だ。」
父上、それはおかしくないか?
強き者はいつだって、強き者…、もしや柔よく剛を制す、という話か?
それくらい私だって弁えているつもりだけど?
「それもある。だが、覚えておけ。力のある者はある一定の地平が見えている。だが、弱者にはそれがない。あの山の向こう、あの海の向こう、果ては空の向こうに何があるのか知りたくて、俺たち人間も…、魔物たちも高みを登ってきた。弱者は力のある者の知る地平を知りたくて、どんな手でも使える。強力な武器を開発したり、徒党を組んで力を付けたり…、冥府魔道に堕ちてでも力を欲するものだ。だからこそ心せよ。弱者はお前たちよりも貪欲に力を欲するということを。」


「はずれ。」
耳元で声がした。
私が大剣を叩き付けた物、それは人間大の丸太。
「サクラ!」
「遅いよ…。」
脇腹を鎧ごと刺し貫かれた。
構わず私は横に飛んで距離を測る。
切れ味が良い剣だったらしく、そのまま脇腹を切り裂かれてしまった。
熱と鈍い痛みが続き、血が流れ続ける。
襲撃者はサクラだった。
だが、サクラと違う歪んだ笑顔。
あの日の少年の面影はない。
薄身の大剣…、クレイモアに付着した私の血液を見てサクラは嬉しそうに笑った。
「ああ、やっぱりだ。思った通りだ。あなたの血を纏えば綺麗になると思っていたけど…、見てよ、マイア!こんなに綺麗になったよ。美しいよ!」
「本当に…、サクラなのか!」
「そうだよ、見てわからない?ああ、そうか。僕がこんなにも、あなたを超えてしまったのだから、信じられないんだね。でもね、僕はサクラだよ。いや、違うな。ここであなたを倒せば…、僕はあなたのサクラだよ。」
「何故…、サイガを襲った!お前たちは親友じゃなかったのか!!」
「フフ、確かに親友だよ。でも羨ましくて羨ましくて、嫉ましくて、どうしようもなくなったから、つい、やっちゃったよ。次はもっとうまくやるさ。」
私は大剣を捨て、少しでも軽い太刀を抜く。
大剣の動きでは、この血を止めることが出来ない。
「へえ、まだ抵抗出来るんだ。でも、無駄だね。もうあなたは僕の足元にも及ばない。大人しく僕にやられちゃいなよ。そうしたらやさしく飼ってあげるからさ。」
少年に似つかわしくない下卑た笑い顔。
「…黙れ。」
手加減抜きで全力でサクラの間合いに踏み込む。
勢いに乗った太刀をサクラの首へと疾らせる。
サクラは難なく避ける。
「アハハハハハハ、その身体でいつまで保つかな?」
「命、尽き果てるまで!」
「古い、古いよ。でもそこがあなたの魅力でもあるけど…ね!」
太刀が砕かれると同時に斬られた脇腹に蹴りを喰らった。
激痛に一瞬意識を失いそうになったが、何とか堪える。
だが、私に…打つ手がない。
体力もギリギリ、気力もギリギリ。
「いいね、いいね。あなたはそれだからこそ素敵だ!でも……。」
目にも留まらない速さでサクラは間合いに容易く入り、足を払う。
もはや身体を支える力も絶え絶えの私は立ち上がることも出来ずに仰向けに倒れこんだ。
サクラが…、覆い被さる。
「そろそろ素直になったら、どうかな?『私の負けです。サクラのものになります。』って言っても良い頃じゃないかな。まあ、認めなくても力尽くで僕の物にしちゃうけどね。」
手足を組み敷かれ、身動きが取れない!
「や、やめろ、サクラ!」
「君たち種族は強い遺伝子が欲しいんだろ?なら…、いいじゃないか?」
サクラが鎧に手をかける。
その時、右腕だけが自由になった。
「この!!」
思わず掴んだ物を投げ付ける。
砕けた太刀の切っ先がサクラの喉に深々と刺さっている。
「………。」
「ハー、ハー、ハー…、不用意に近付くな!私は…、まだ負けちゃいない!」
「……そう。」
少し起き上がって、サクラは事もなげに切っ先を抜く。
傷が…、見る見るうちに塞がっていく。
切っ先には血液も…、付いていない!?
「興醒めだよ。もう、良いや。犯すのは死体でも構わないし…。」
サクラが、ゆっくりとクレイモアを振り上げる。
「さようなら。後でゆっくり犯させてもらうよ。」
「やるなら、やってみろ!私はまだ負けていない!!」
「……死ね。」
負けていない、そう思っていても私は死ぬ。
クレイモアがスローモーションのように下りてくる。
まるで…、ギロチンのように。
私はリザードマンとして恥ずべきことだが、目の前に迫り来る死に恐怖し、身体を強張らせ、目を逸らせないでいた。
「父上…、助けて……!」


「呼んだか?」
目の前を黒い脚が疾った。
覆い被さっていたサクラが吹き飛ばされ、私の前に黒い背中が壁のように立っている。
「…小僧、俺の娘と犯ろうたぁ、100年早いぜ?」
「父上!」
傷だらけの右顔が笑いかける。
「よく、頑張ったな。」
「…ロートルのくせにでしゃばってんじゃねえぞ。俺の楽しみを奪うヤツは皆殺しだ!!」
「黙れ、小僧。たかが妖かしの力に飲み込まれた程度で、俺の娘に手をかけようたぁ、片腹痛え!良いか、今からそのロートルがテメエをぶちのめす!覚悟する暇、あると思うな!!」
「シネェェェェェェ!!!」
サクラから、何か黒い物が吹き上がる。
闇そのものとしか言いようのない力がサクラを包む。
私が感じた力の正体に、私は怖くて身体が震えていた。
「幽霊の、正体見たり、ロリ幼女…、いや違うな…枯れ尾花か。この程度の怨念で怯むな、娘よ。」
「父上…?」
「…少しだけ、解放してみるか。マイア、少し下がってろ。もうすぐアスティアもアヌビスもここに来るから。」
言われた通り、私は少しだけ後ろに下がる。
父は不用意にサクラの間合いに入る。
「シネェェェェェェェ!!!」
「なるほど、本性晒すと単調なヤツだな。」
サクラが凄まじい土煙と共に消える。
そして、父の動かないはずの右腕が、サクラの顔面を殴り抜いた。
10/10/18 00:59更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
サクラ編第二話でしたー。
更新が遅くなってごめんなさい。
戦闘シーンを考えながら畑で日本刀を振り回していたら
……脱臼しました。
次回はロウガの「君が泣いても殴るのをやめない」のターン開始?
魔力解放しちゃうとどうなるのでしょう。

…今から考えなきゃ(ボソ)。

次回はサクラ編(というかサクラ暴走編)最終回です。
もちろん連載自体はまだ続きますので、もうしばらくお付き合いください。
終わりじゃないですよー。

では最後に
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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