砂漠のど真ん中は今日も混沌として暑かった
ゴトゴトゴト…
「まぁー、わかってますって。あたしは太陽を運ぶ『スカラベ』で、『ファラオ』様はその一番えら〜い太陽の化身だってことくらい、保育園中退のあたしでもわかってますから」
「………………………ぐすっ」
ジリジリと照り付ける砂漠の太陽。
そして砂漠を行くのはフンコロガシ……もといケプリが引く大八車(荷車)。
その中には何故かズタボロにやられたファラオが一人。
「それにしてもアポピスの姐さん、いつもながらドSですよねぇ。さっさと毒牙でファラオ様を堕としてしまえば早いのに、いつもいつも普通に痛め付けるだけで帰しちゃうんですから」
「………………む、昔からそうなのよ…アイツ…」
荷車の中で何かを思い出したファラオはシクシクと泣き出した。
「……そうよ……そうなのよ…!5歳の時も8歳の時も9歳の時も12歳の時も15歳の時も18歳の時も19歳の時も20歳の時も20歳の時も20歳の時も、アイツは私の前に現れちゃまるで子猫が狩りを覚えるように生かさず殺さずで、メタメタに……それも楽しそうに笑いながら痛め付けて…!!」
「………さすがファラオ様、執念深さが半端ねえっす。でも良かったですね。あたしがアポピスの姐さんの家の余剰魔力処理に行って。そうじゃなかったらファラオ様、間違いなくあのまま文字通りの『コブラツイスト』で昇天していたかもしれませんぜ」
そう、大八車に乗せられたままファラオが動かない、いや『動けない』理由は蛇の下半身を持つアポピスから文字通りの『コブラツイスト』を掛けられ、アントニオ猪木とは比べ物にならない、まるでタンスの角で小指をマッハでぶつけたようなダメージを全身に受けたためであった。
「こう言っちゃアレなんですが…」
「……何よ」
「正直ファラオ様とアポピスの姐さん、敵同士で姐さんはファラオ様の天敵だってのはよ〜く存じてますが分が悪過ぎですよ。姐さんは旦那持ちで魔力充実、しかも旦那さんはイケメンで資産家、都で名の通った魔術士だっていうし。勝ち目まったくありませんよ」
「わ、私だってファラオじゃないの!」
ファラオの反論にケプリは首を振ると、深い深い深い溜息を吐いた。
「ファラオ様は独身じゃないですか。それも彼氏いない歴が紀元前、まだ処女でしょ」
「し、し、しししし失礼なフンコロガシね!?」
「おや、彼氏がいたことあるんで?」
もちろんよ、とファラオは若干口篭りながら断言した。
だが、無論ケプリは信じておらず、ファラオに気付かれないように鼻で嘲笑った。
「あ、あの頃はモテにモテて、一時期彼氏が八人も……、そ、そう八人もいて曜日ごとに割り振っていたわ。もう身体がいくつあっても足りなかったくらいよ」
「へぇー」(棒読み)
「な、何よ、その気のない生返事は!あなたケプリのクセにファラオの言うことを信じてないの!?ほ、本当なんだから!それに私はファラオよ!彼氏いない歴=年齢だなんてある訳ないじゃないの!!処女賭けたって良いわ!!」
やっぱり処女じゃねえか!!
ケプリは心の中で激しく毒づいたが、さすがにファラオは砂漠で一番偉い魔物娘なので、喉からもうそこまで出かかったいた言葉をグッと飲み込む大人な対応で、何事もなかったかのようにファラオの『処女』発言を華麗にスルーした。
ちなみにこの地域で『一番偉い』魔物娘はファラオであるが、『一番エロい』魔物娘は間違いなく問答無用で、御意見無用で、銀河ブッチギリでアポピスなので読者諸君は御安心していただきたい。
「あー、ファラオ様。御自宅に着きましたよ〜」(棒読み)
「あ、あら、御苦労様。いつも悪いわねぇ」
ファラオの自宅、というより砂漠の真ん中に建つ古代神殿。
天敵であるアポピスへの下克上を夢見て、突撃していった主であるファラオがどうせまたボコボコにズタボロになって帰ってくるであろう、と見越していたアヌビスやスフィンクスといった彼女の家臣たちは、いつものようにケプリの大八車に乗って帰ってきたファラオを冷ややかな目で暖かく出迎えた。
「ども〜、スカラベ運輸で〜す!」
「いつもいつも御苦労様ですニャ〜」
ケプリの出した配送伝票にハンコ代わりに肉球を押すスフィンクス。
その横ではアヌビスたちが慣れた手付きで動けないファラオを、闘いに敗れた者に対する古来よりの慣わしに従って、彼女専用の戸板に乗せて寝所へ運び…
ゴスンッ
「へぎゃ!?」
「あ、ごっめんなさ〜い、ファラオ様。決して日頃の情けなさに怒りが爆発して〜とかじゃないんですけど、ほら、私たちって肉球じゃないですかぁ。つい『うっかり』戸板ごと落っことしてしまいましたわ〜。ほ〜んとごめんあさあせ、ファラオ様〜♪」
「ぬがああああああああああああーーーーーッッ!!!!!」
明らかにわざと落とされた。
しかも石の床に落とされたために、アポピスから受けたコブラツイストで動けなかったはずのファラオも、受身も取れないまま頭をぶつけたせいで本能的な痛みで、頭を抱えてゴロゴロと悶え苦しんでいた。
一方アヌビスたちはと言うと、『とても良い仕事をしたぜ☆』といった達成感を感じさせる、まるで力の限り甲子園で戦った高校球児のような爽やかな笑顔で額の汗を拭っている有様である。
忠義心の欠片もない。
「さあさあファラオ様、寝室に行きましょうね〜」
ゴス! ガン! ゴス! ズルズル…
最早戸板にも乗せてもらえず、アヌビスたちにズルズルと引き摺られるファラオ。
もしも彼女の両親親族、それどころか同族が目にしたならば、そっと濡れる目頭を押さえ、アヌビスの不忠者な行いよりも同族として限りなく情けない彼女の醜態に対して、淡々訥々と小一時間くらい正座でお説教をかますだろう。
「……アヌビスさんたち、怒ってますねぇ」
「…うん。でも今日はまだ穏やかな方だにゃ〜。先週なんてアポピス姐さん相手だから仕方ないけど、手も足も出なくて鼻水垂らして泣きながら歩いて帰って来たもんだから………アヌビスたちの眠っていた野生と狂気が甦ってにゃ〜」
そう言ってスフィンクスは遥か遠い目をして、砂漠の青空を眺めていた。
何かとても良くないことが起こったらしい。
「あ、ケプリさんもお仕事の途中だったっけにゃ?」
「え、ええ。でも今日の仕事は姐さんちの余剰魔力処理と処理済みの魔力団子をお得意様に配達するだけでしたんで。あ、スフィンクスさん、これ良かったらみんなで食べてください」
まるで越後屋が山吹色の菓子を悪代官に渡すような仕草で、ケプリは大八車から取り出した綺麗に包装された小さな箱を『ひえっひえっひえっ♪』と悪い笑い声を上げながらスフィンクスに手渡すと、彼女もノリノリで『うぬも悪にゃね〜』と間延びした声で答えた。
「んで、これ何にゃ?」
「今度うちの副業で出すことになった『ケプリまんじゅう』でさあ。うちは大所帯なんで、魔力の貯蔵量だけならレスカティエ並みだから何か利用出来ないかと思ってぇ。作って溜めるのは良いんですけど、うちら消費の仕方がわからないもんで。それにほら、うちら魔力を転がしてボール作るのは得意ですし、ワラワラと人数がいますんで量産体制だけは整ってるんですよぅ。まさに趣味と実益を兼ねた何とやら」
ワラワラとゴキ(わん♪)リのように増えて、まるで工場での一糸乱れぬ集団作業のように饅頭を作っている姿を想像すると、さすがのスフィンクスもブルッと背筋に冷たい嫌な汁がツーっと流れていた。
「ケプリさんちは逞しいにゃ〜。うちのろくでなしも少しは根性見せてほしいにゃよ」
「まあまあ、そう厳しく言わないでやってくださいよ。ファラオ様だって頑張っているじゃないですか。この神殿最弱で倒しても経験値にもならないレベル1のゴミのクセに、素手でアポピスの姐さんに下克上を挑むなんかちょっとやそっとじゃ出来やしないですよ」
ケプリも何気に辛辣ではあるが、事実某有名な戦闘民族の宇宙人の機械でファラオの戦闘力を計測してもらうと、ボス系魔物娘にあるまじき『戦闘力たったの2』という脅威の結果が残っているのである。
ケプリの言葉に『そうにゃんだけど…』とスフィンクスは腕を組んで考え込む。
「うちの神殿、実は云千年前の神界魔界戦争の時に神界に一時的に占拠されてたから、その時の忘れ物がい〜〜〜っぱい残っているにゃよ〜。あのろくでなし、先代様から跡を継いだってのに何年も引き篭もって、親の財産食い潰しながら駄目オタニート暮らししてたから宝物庫に『神殺しのチェーンソー』とか表沙汰にしたらヤバい武器がゴロゴロ眠っていることも知らないにゃ〜」
「…………良かったですね。ここに来る勇者たちがそういうこと知らなくって。下手したらアポピスの姐さんだけじゃなくて、魔王様もイチコロって感じじゃないですか」
知らない方も知らない方だが、教えない方も教えない方である。
なお、この神殿内部におけるランキングで、一番強い魔物娘は何とアヌビスのティティさん(28歳・夫あり、二児の母)であり、この神殿にやってくる勇者たちはファラオではなく、彼女こそが神殿のラスボスだと勘違いしているという。
そんな立ち話をスフィンクスとしていたケプリだったが、次のお得意先に回らなければならないことを思い出し、スフィンクスに別れを告げると大八車を再び転がして砂塵を巻き上げて去っていくのであった。
「………ほ〜んとに逞しいにゃ〜。うちのろくでなしも見習って…」
ぎゃああああああああああああああああああああああ……
「………あ、そういえばアポピス姐さんが先回りして、うちにお見舞い来てるって言うの忘れてたにゃ〜。まあ良いか〜、会えたみたいだし〜。姐さんもやりすぎたって反省してたから、やさしく抱き締めてあげたいって言ってたから荒事にはにゃらないだろうし〜♪」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……んで」
回収とお得意様回りも終わって我が家である大邸宅に向かっていた。
まー、大邸宅って言っても何百年も前に人が居なくなった廃墟に勝手に済んでいるんだから、別段自慢げに話す内容ではないけれど、とりあえず人間…それもこの砂漠を管理している行政機関には知られちゃいけない。
だって、うちらの棲家って世界遺産って訳じゃないけど、そこそこ重要文化財レベルに古い建物だから、住んでるのがわかったらきっと馬鹿高い家賃を請求されるに決まっている。
もちろん、そういう対策は万全だ。
ちゃんとバレたりしないように結界は張ってるし、うちらケプリ一族の住所はジパングにある後楽園球場の住所をそのまま役所に届けてあるから、何か事件を起こしても『国家権力の憐れで卑しい犬ッコロ(日本語訳・ポリスメンのとこ)』はまずジパングまで飛ばなきゃいけない。
その間時間稼ぎしたら、事件なんて何もなかったかのように隠滅する。
うむ 完 璧 だ !
さて、何で今頃そんな話をしているのかというと……
あたしねぇ、仕事帰りは余剰処理で丸くまとめたプチ闇玉に乗って転がすのが趣味なのよ。
これでも結構な腕前でねぇ。
サーカスのピエロも顔負けって感じなのさ。
それで今日もピエロよろしくプチ闇玉に乗って、コロコロと転がしながら音楽プレーヤー『愛ぽっど』に入れ込んだ『PIERROT』の名曲をフルボリュームで聴きながらウキウキノリノリ、ヘドバンかましながらいつものようにぶっ飛ばしていたら
う っ か り 人 撥 ね ま し た
「起きろー!傷は浅いぞ、マジで目を開けてー!!」
撥ねたのは10歳くらいの男の子。
目と耳と鼻と口からグロテスクに血がドクドク流れている。
ヤバイ……ヤバイですよ…。
このままじゃこの子、マジで天に召される。
証拠隠滅に砂漠に埋めるか…。
そうしたら運が良けりゃ発見されないし、もっと運が良かったら魔物のエロい人が見付けてマミーとかゾンビとか素敵なアンデッド系魔物娘に『魔改造』してくれるかもしれないし。
よし、決めた。
埋めてしまおう、そうしよう。
「待って、まだ生きてる!」
「うわ、生きてた!?」
ムクリ、と起き上がった男の子。
顔の穴という穴からまだ滝のように血が流れているので、見様によってはホラー映画に出てくるクリーチャー的な意味合いのゾンビに見えなくもない。
ゾンビになりたいという趣味の人が聞いたら若干羨ましいと言うかもしれないけど、それを目の前で見せ付けられるあたしの身にもなってほしい。
怖い、というかキモい。
「ひどいよ、お姉さん……ってお姉さん!?」
「どうしたの?」
あ、もしかして魔物娘見るの初めてなのかな。
そりゃ〜驚くよねぇ。
それにしても、魔物娘初対面でこんな初々しい反応してくれるなんて。
こりゃ御期待に沿うように散々怖がらせて、アポピスの姐さん仕込みの魔物娘らしい背徳的で屈辱的な超濃厚ドエロいズッコンバッコンヌッチヌチな展開に頑張って持っていかなきゃね。
「お姉さん、裸だよ!?どうしたの!?」
ずるっ
そ………そこぉ…?
いやまぁ裸ではないんだけど、確かに肌色成分は多めだけども…。
魔物云々で驚くんじゃなくて、肌の露出で驚くとは……なかなかやるね、この子。
「裸って訳じゃないけど、あたしはご覧の通り人間じゃない訳よ。そこんところ、わかる?」
「え…………………………あ、ほんとだ」
………………あかん、あたし魔物娘としての自信を失いそう。
かつてこれほど魔物娘だと認識されるのに、こんな軽かったSSがあったっけ?
もっと『うわー魔物だー』とか『おのれ、ここであったが百年目』みたいな場面が盛り上がるような言い方ってもんがあるでしょうに、子供故の残酷さと言うか何と言うか、そこで『あ、ほんとだ』って軽すぎる反応はないでしょ。
「お姉さん、もしかして……こいつの魔物娘なの?」
「こいつ?」
そう言って男の子が地面を指差した。
あたしも釣られるように視線を向けると、そこにはフンコロガシが一心不乱にどこかへ丸い糞をコロコロと後ろ足で転がしている姿が目に入ってきた。
ああ、なるほど。
この子は地面にしゃがんでこいつを眺めていたんだ。
「まぁ……間違っちゃいないけど、あたしはスカラベの魔物娘で『ケプリ』。フンコロガシって言うと何となくイメージが限りなく良くないから、絶対にそう呼ばないように」
「…………………」
「んん、どうしたよ少年。何か不満があるんね?」
まったく、やめてほしいよ。
そんなに見詰められたら照れるじゃないかい。
「それとも惚れた?なんちって♪」
「……よく見たら、お姉さんって綺麗だね」
ずきゅーん!
「ぐはっ!?」
ゆ……油断した…!
面と向かって『綺麗だね』発言が、こんな破壊力を秘めていただなんて。
封印されたあたしの『ときめき☆おとめ回路』がフルドライブしそう!
「そ……そんなことないよ…あはははは、やだな〜最近の子供はおマセさんで」
「ううん、綺麗だよ。こいつみたいに肌がツヤツヤしてて、キンキラキンの手や足も夕陽でキラキラ輝いてるし、背中の羽根もまるで太陽を背負ってるみたいに綺麗だよ」
や、やめて…!
あたし、慣れてないの。
ファラオ様みたいに見栄張るような処女じゃないけど、男の人にそんな風に綺麗だ何だの言われ慣れてないから、恥ずかしくて全身でドキドキして、自分で顔が真っ赤に染まっていくのがわかるくらい顔が熱い。
それが自分のストライクゾーンからはかなり下のこの子から言われても…!
………ただ比較対照が、普通の虫だというのが納得いかないけど。
「しょ、少年……君ってもしかしてスカラベが好きなのかい?」
「スカラベ?」
「……………フンコロガシ」
ああ、とようやく男の子は理解した。
まったく、名前くらい覚えていてほしいもんだなぁ。
「で、どう?スカラベは好き?」
「うん!!」
ずきゅーん!
WRYYYYYYYYYYYYーーーーッッ!!!
駄目だ、こんな良い笑顔で『好き』なんて言われたら……、あたしはあたしの心に住まうケダモノをコントロール出来なくなってしまう。
そう、今にも心の中のケダモノが『俺はノーマル性癖をやめるぞー!』って叫びだして、あたしの心の中のちっぽけな良心を車田的な描写で『せめて最後は奥義で葬ろう』というセリフを残して葬り去ってしまう。
…………………ああ、ヤバい。
………頑張れ……頑張れ、あたしの良心。
平然と……平然とダメージを受け流して………ああ、駄目無理に決まってるじゃん!
「…………ぼ……坊や」(ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ!)
ガシッと男の子の肩を真正面から掴む。
理性を総動員して、暴走してしまいそうな自分を抑え付けているけど、いつまで持つだろう。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど!!」(に゛っ゛ごり゛)
「お、お姉さん……目が血走ってて怖いよ…?」
「(ハーレムの)王様とか興味ない?」
その後、やけに幼いケプリの王が誕生したという噂が広まったが
それはまた別の話ということで
めでたしめでたし?
「まぁー、わかってますって。あたしは太陽を運ぶ『スカラベ』で、『ファラオ』様はその一番えら〜い太陽の化身だってことくらい、保育園中退のあたしでもわかってますから」
「………………………ぐすっ」
ジリジリと照り付ける砂漠の太陽。
そして砂漠を行くのはフンコロガシ……もといケプリが引く大八車(荷車)。
その中には何故かズタボロにやられたファラオが一人。
「それにしてもアポピスの姐さん、いつもながらドSですよねぇ。さっさと毒牙でファラオ様を堕としてしまえば早いのに、いつもいつも普通に痛め付けるだけで帰しちゃうんですから」
「………………む、昔からそうなのよ…アイツ…」
荷車の中で何かを思い出したファラオはシクシクと泣き出した。
「……そうよ……そうなのよ…!5歳の時も8歳の時も9歳の時も12歳の時も15歳の時も18歳の時も19歳の時も20歳の時も20歳の時も20歳の時も、アイツは私の前に現れちゃまるで子猫が狩りを覚えるように生かさず殺さずで、メタメタに……それも楽しそうに笑いながら痛め付けて…!!」
「………さすがファラオ様、執念深さが半端ねえっす。でも良かったですね。あたしがアポピスの姐さんの家の余剰魔力処理に行って。そうじゃなかったらファラオ様、間違いなくあのまま文字通りの『コブラツイスト』で昇天していたかもしれませんぜ」
そう、大八車に乗せられたままファラオが動かない、いや『動けない』理由は蛇の下半身を持つアポピスから文字通りの『コブラツイスト』を掛けられ、アントニオ猪木とは比べ物にならない、まるでタンスの角で小指をマッハでぶつけたようなダメージを全身に受けたためであった。
「こう言っちゃアレなんですが…」
「……何よ」
「正直ファラオ様とアポピスの姐さん、敵同士で姐さんはファラオ様の天敵だってのはよ〜く存じてますが分が悪過ぎですよ。姐さんは旦那持ちで魔力充実、しかも旦那さんはイケメンで資産家、都で名の通った魔術士だっていうし。勝ち目まったくありませんよ」
「わ、私だってファラオじゃないの!」
ファラオの反論にケプリは首を振ると、深い深い深い溜息を吐いた。
「ファラオ様は独身じゃないですか。それも彼氏いない歴が紀元前、まだ処女でしょ」
「し、し、しししし失礼なフンコロガシね!?」
「おや、彼氏がいたことあるんで?」
もちろんよ、とファラオは若干口篭りながら断言した。
だが、無論ケプリは信じておらず、ファラオに気付かれないように鼻で嘲笑った。
「あ、あの頃はモテにモテて、一時期彼氏が八人も……、そ、そう八人もいて曜日ごとに割り振っていたわ。もう身体がいくつあっても足りなかったくらいよ」
「へぇー」(棒読み)
「な、何よ、その気のない生返事は!あなたケプリのクセにファラオの言うことを信じてないの!?ほ、本当なんだから!それに私はファラオよ!彼氏いない歴=年齢だなんてある訳ないじゃないの!!処女賭けたって良いわ!!」
やっぱり処女じゃねえか!!
ケプリは心の中で激しく毒づいたが、さすがにファラオは砂漠で一番偉い魔物娘なので、喉からもうそこまで出かかったいた言葉をグッと飲み込む大人な対応で、何事もなかったかのようにファラオの『処女』発言を華麗にスルーした。
ちなみにこの地域で『一番偉い』魔物娘はファラオであるが、『一番エロい』魔物娘は間違いなく問答無用で、御意見無用で、銀河ブッチギリでアポピスなので読者諸君は御安心していただきたい。
「あー、ファラオ様。御自宅に着きましたよ〜」(棒読み)
「あ、あら、御苦労様。いつも悪いわねぇ」
ファラオの自宅、というより砂漠の真ん中に建つ古代神殿。
天敵であるアポピスへの下克上を夢見て、突撃していった主であるファラオがどうせまたボコボコにズタボロになって帰ってくるであろう、と見越していたアヌビスやスフィンクスといった彼女の家臣たちは、いつものようにケプリの大八車に乗って帰ってきたファラオを冷ややかな目で暖かく出迎えた。
「ども〜、スカラベ運輸で〜す!」
「いつもいつも御苦労様ですニャ〜」
ケプリの出した配送伝票にハンコ代わりに肉球を押すスフィンクス。
その横ではアヌビスたちが慣れた手付きで動けないファラオを、闘いに敗れた者に対する古来よりの慣わしに従って、彼女専用の戸板に乗せて寝所へ運び…
ゴスンッ
「へぎゃ!?」
「あ、ごっめんなさ〜い、ファラオ様。決して日頃の情けなさに怒りが爆発して〜とかじゃないんですけど、ほら、私たちって肉球じゃないですかぁ。つい『うっかり』戸板ごと落っことしてしまいましたわ〜。ほ〜んとごめんあさあせ、ファラオ様〜♪」
「ぬがああああああああああああーーーーーッッ!!!!!」
明らかにわざと落とされた。
しかも石の床に落とされたために、アポピスから受けたコブラツイストで動けなかったはずのファラオも、受身も取れないまま頭をぶつけたせいで本能的な痛みで、頭を抱えてゴロゴロと悶え苦しんでいた。
一方アヌビスたちはと言うと、『とても良い仕事をしたぜ☆』といった達成感を感じさせる、まるで力の限り甲子園で戦った高校球児のような爽やかな笑顔で額の汗を拭っている有様である。
忠義心の欠片もない。
「さあさあファラオ様、寝室に行きましょうね〜」
ゴス! ガン! ゴス! ズルズル…
最早戸板にも乗せてもらえず、アヌビスたちにズルズルと引き摺られるファラオ。
もしも彼女の両親親族、それどころか同族が目にしたならば、そっと濡れる目頭を押さえ、アヌビスの不忠者な行いよりも同族として限りなく情けない彼女の醜態に対して、淡々訥々と小一時間くらい正座でお説教をかますだろう。
「……アヌビスさんたち、怒ってますねぇ」
「…うん。でも今日はまだ穏やかな方だにゃ〜。先週なんてアポピス姐さん相手だから仕方ないけど、手も足も出なくて鼻水垂らして泣きながら歩いて帰って来たもんだから………アヌビスたちの眠っていた野生と狂気が甦ってにゃ〜」
そう言ってスフィンクスは遥か遠い目をして、砂漠の青空を眺めていた。
何かとても良くないことが起こったらしい。
「あ、ケプリさんもお仕事の途中だったっけにゃ?」
「え、ええ。でも今日の仕事は姐さんちの余剰魔力処理と処理済みの魔力団子をお得意様に配達するだけでしたんで。あ、スフィンクスさん、これ良かったらみんなで食べてください」
まるで越後屋が山吹色の菓子を悪代官に渡すような仕草で、ケプリは大八車から取り出した綺麗に包装された小さな箱を『ひえっひえっひえっ♪』と悪い笑い声を上げながらスフィンクスに手渡すと、彼女もノリノリで『うぬも悪にゃね〜』と間延びした声で答えた。
「んで、これ何にゃ?」
「今度うちの副業で出すことになった『ケプリまんじゅう』でさあ。うちは大所帯なんで、魔力の貯蔵量だけならレスカティエ並みだから何か利用出来ないかと思ってぇ。作って溜めるのは良いんですけど、うちら消費の仕方がわからないもんで。それにほら、うちら魔力を転がしてボール作るのは得意ですし、ワラワラと人数がいますんで量産体制だけは整ってるんですよぅ。まさに趣味と実益を兼ねた何とやら」
ワラワラとゴキ(わん♪)リのように増えて、まるで工場での一糸乱れぬ集団作業のように饅頭を作っている姿を想像すると、さすがのスフィンクスもブルッと背筋に冷たい嫌な汁がツーっと流れていた。
「ケプリさんちは逞しいにゃ〜。うちのろくでなしも少しは根性見せてほしいにゃよ」
「まあまあ、そう厳しく言わないでやってくださいよ。ファラオ様だって頑張っているじゃないですか。この神殿最弱で倒しても経験値にもならないレベル1のゴミのクセに、素手でアポピスの姐さんに下克上を挑むなんかちょっとやそっとじゃ出来やしないですよ」
ケプリも何気に辛辣ではあるが、事実某有名な戦闘民族の宇宙人の機械でファラオの戦闘力を計測してもらうと、ボス系魔物娘にあるまじき『戦闘力たったの2』という脅威の結果が残っているのである。
ケプリの言葉に『そうにゃんだけど…』とスフィンクスは腕を組んで考え込む。
「うちの神殿、実は云千年前の神界魔界戦争の時に神界に一時的に占拠されてたから、その時の忘れ物がい〜〜〜っぱい残っているにゃよ〜。あのろくでなし、先代様から跡を継いだってのに何年も引き篭もって、親の財産食い潰しながら駄目オタニート暮らししてたから宝物庫に『神殺しのチェーンソー』とか表沙汰にしたらヤバい武器がゴロゴロ眠っていることも知らないにゃ〜」
「…………良かったですね。ここに来る勇者たちがそういうこと知らなくって。下手したらアポピスの姐さんだけじゃなくて、魔王様もイチコロって感じじゃないですか」
知らない方も知らない方だが、教えない方も教えない方である。
なお、この神殿内部におけるランキングで、一番強い魔物娘は何とアヌビスのティティさん(28歳・夫あり、二児の母)であり、この神殿にやってくる勇者たちはファラオではなく、彼女こそが神殿のラスボスだと勘違いしているという。
そんな立ち話をスフィンクスとしていたケプリだったが、次のお得意先に回らなければならないことを思い出し、スフィンクスに別れを告げると大八車を再び転がして砂塵を巻き上げて去っていくのであった。
「………ほ〜んとに逞しいにゃ〜。うちのろくでなしも見習って…」
ぎゃああああああああああああああああああああああ……
「………あ、そういえばアポピス姐さんが先回りして、うちにお見舞い来てるって言うの忘れてたにゃ〜。まあ良いか〜、会えたみたいだし〜。姐さんもやりすぎたって反省してたから、やさしく抱き締めてあげたいって言ってたから荒事にはにゃらないだろうし〜♪」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……んで」
回収とお得意様回りも終わって我が家である大邸宅に向かっていた。
まー、大邸宅って言っても何百年も前に人が居なくなった廃墟に勝手に済んでいるんだから、別段自慢げに話す内容ではないけれど、とりあえず人間…それもこの砂漠を管理している行政機関には知られちゃいけない。
だって、うちらの棲家って世界遺産って訳じゃないけど、そこそこ重要文化財レベルに古い建物だから、住んでるのがわかったらきっと馬鹿高い家賃を請求されるに決まっている。
もちろん、そういう対策は万全だ。
ちゃんとバレたりしないように結界は張ってるし、うちらケプリ一族の住所はジパングにある後楽園球場の住所をそのまま役所に届けてあるから、何か事件を起こしても『国家権力の憐れで卑しい犬ッコロ(日本語訳・ポリスメンのとこ)』はまずジパングまで飛ばなきゃいけない。
その間時間稼ぎしたら、事件なんて何もなかったかのように隠滅する。
うむ 完 璧 だ !
さて、何で今頃そんな話をしているのかというと……
あたしねぇ、仕事帰りは余剰処理で丸くまとめたプチ闇玉に乗って転がすのが趣味なのよ。
これでも結構な腕前でねぇ。
サーカスのピエロも顔負けって感じなのさ。
それで今日もピエロよろしくプチ闇玉に乗って、コロコロと転がしながら音楽プレーヤー『愛ぽっど』に入れ込んだ『PIERROT』の名曲をフルボリュームで聴きながらウキウキノリノリ、ヘドバンかましながらいつものようにぶっ飛ばしていたら
う っ か り 人 撥 ね ま し た
「起きろー!傷は浅いぞ、マジで目を開けてー!!」
撥ねたのは10歳くらいの男の子。
目と耳と鼻と口からグロテスクに血がドクドク流れている。
ヤバイ……ヤバイですよ…。
このままじゃこの子、マジで天に召される。
証拠隠滅に砂漠に埋めるか…。
そうしたら運が良けりゃ発見されないし、もっと運が良かったら魔物のエロい人が見付けてマミーとかゾンビとか素敵なアンデッド系魔物娘に『魔改造』してくれるかもしれないし。
よし、決めた。
埋めてしまおう、そうしよう。
「待って、まだ生きてる!」
「うわ、生きてた!?」
ムクリ、と起き上がった男の子。
顔の穴という穴からまだ滝のように血が流れているので、見様によってはホラー映画に出てくるクリーチャー的な意味合いのゾンビに見えなくもない。
ゾンビになりたいという趣味の人が聞いたら若干羨ましいと言うかもしれないけど、それを目の前で見せ付けられるあたしの身にもなってほしい。
怖い、というかキモい。
「ひどいよ、お姉さん……ってお姉さん!?」
「どうしたの?」
あ、もしかして魔物娘見るの初めてなのかな。
そりゃ〜驚くよねぇ。
それにしても、魔物娘初対面でこんな初々しい反応してくれるなんて。
こりゃ御期待に沿うように散々怖がらせて、アポピスの姐さん仕込みの魔物娘らしい背徳的で屈辱的な超濃厚ドエロいズッコンバッコンヌッチヌチな展開に頑張って持っていかなきゃね。
「お姉さん、裸だよ!?どうしたの!?」
ずるっ
そ………そこぉ…?
いやまぁ裸ではないんだけど、確かに肌色成分は多めだけども…。
魔物云々で驚くんじゃなくて、肌の露出で驚くとは……なかなかやるね、この子。
「裸って訳じゃないけど、あたしはご覧の通り人間じゃない訳よ。そこんところ、わかる?」
「え…………………………あ、ほんとだ」
………………あかん、あたし魔物娘としての自信を失いそう。
かつてこれほど魔物娘だと認識されるのに、こんな軽かったSSがあったっけ?
もっと『うわー魔物だー』とか『おのれ、ここであったが百年目』みたいな場面が盛り上がるような言い方ってもんがあるでしょうに、子供故の残酷さと言うか何と言うか、そこで『あ、ほんとだ』って軽すぎる反応はないでしょ。
「お姉さん、もしかして……こいつの魔物娘なの?」
「こいつ?」
そう言って男の子が地面を指差した。
あたしも釣られるように視線を向けると、そこにはフンコロガシが一心不乱にどこかへ丸い糞をコロコロと後ろ足で転がしている姿が目に入ってきた。
ああ、なるほど。
この子は地面にしゃがんでこいつを眺めていたんだ。
「まぁ……間違っちゃいないけど、あたしはスカラベの魔物娘で『ケプリ』。フンコロガシって言うと何となくイメージが限りなく良くないから、絶対にそう呼ばないように」
「…………………」
「んん、どうしたよ少年。何か不満があるんね?」
まったく、やめてほしいよ。
そんなに見詰められたら照れるじゃないかい。
「それとも惚れた?なんちって♪」
「……よく見たら、お姉さんって綺麗だね」
ずきゅーん!
「ぐはっ!?」
ゆ……油断した…!
面と向かって『綺麗だね』発言が、こんな破壊力を秘めていただなんて。
封印されたあたしの『ときめき☆おとめ回路』がフルドライブしそう!
「そ……そんなことないよ…あはははは、やだな〜最近の子供はおマセさんで」
「ううん、綺麗だよ。こいつみたいに肌がツヤツヤしてて、キンキラキンの手や足も夕陽でキラキラ輝いてるし、背中の羽根もまるで太陽を背負ってるみたいに綺麗だよ」
や、やめて…!
あたし、慣れてないの。
ファラオ様みたいに見栄張るような処女じゃないけど、男の人にそんな風に綺麗だ何だの言われ慣れてないから、恥ずかしくて全身でドキドキして、自分で顔が真っ赤に染まっていくのがわかるくらい顔が熱い。
それが自分のストライクゾーンからはかなり下のこの子から言われても…!
………ただ比較対照が、普通の虫だというのが納得いかないけど。
「しょ、少年……君ってもしかしてスカラベが好きなのかい?」
「スカラベ?」
「……………フンコロガシ」
ああ、とようやく男の子は理解した。
まったく、名前くらい覚えていてほしいもんだなぁ。
「で、どう?スカラベは好き?」
「うん!!」
ずきゅーん!
WRYYYYYYYYYYYYーーーーッッ!!!
駄目だ、こんな良い笑顔で『好き』なんて言われたら……、あたしはあたしの心に住まうケダモノをコントロール出来なくなってしまう。
そう、今にも心の中のケダモノが『俺はノーマル性癖をやめるぞー!』って叫びだして、あたしの心の中のちっぽけな良心を車田的な描写で『せめて最後は奥義で葬ろう』というセリフを残して葬り去ってしまう。
…………………ああ、ヤバい。
………頑張れ……頑張れ、あたしの良心。
平然と……平然とダメージを受け流して………ああ、駄目無理に決まってるじゃん!
「…………ぼ……坊や」(ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ!)
ガシッと男の子の肩を真正面から掴む。
理性を総動員して、暴走してしまいそうな自分を抑え付けているけど、いつまで持つだろう。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど!!」(に゛っ゛ごり゛)
「お、お姉さん……目が血走ってて怖いよ…?」
「(ハーレムの)王様とか興味ない?」
その後、やけに幼いケプリの王が誕生したという噂が広まったが
それはまた別の話ということで
めでたしめでたし?
13/03/28 23:16更新 / 宿利京祐