第二話・殺しの調べ
「あたしを満足させたら生かしておいてあげる。」
その言葉を信じて、男たちは彼女を満足させるべく、彼女に言われるがままに屈辱的で義務的な快楽を、恐怖と生き残りたいというささやかな望みから提供し続ける。
「……ふっ……くっ…。」
男は泣きながら、必死なって腰を振る。
だがどんなに突いても女は退屈そうに喘ぎ声の一つも漏らさない。
漏らしたのは、
「あふ………。」
という可愛らしい欠伸を一つ。
フウム王国残党が村を占拠し、虐殺と凌辱、私刑(リンチ)に明け暮れている中、女は罪人として捕らえた村の男たちの中でも屈強な身体付きをした男たちを選り抜き、彼女は自分の精処理のために誰もいなくなった空き家へと連れ込んだ。
薄ぼんやりとした蝋燭の灯りに照らされた室内で、男たちは震えながら彼女を犯す男を見守っていた。
彼女は退屈だった。
町から町へ、戦場から戦場を退屈凌ぎに渡り歩く彼女は、偶然フウム王国残党軍の行軍に立会い、一切の情けを掛けることなく虐殺と凌辱に明け暮れる彼らを面白いと思い、居候同然に残党軍に従軍し、図々しく居座っていた。
時に残党軍に手を貸し、彼女が望む強者がいなければ退屈凌ぎに男を漁る。
この日も、彼女にとっては退屈以外の何者でもない時間。
殺したくなる程、愛しい強者はいない。
狂おしい程の刺激もない。
そして退屈凌ぎに選りすぐった男も怯え切って、完全に勃起しないので話にならない。
ふと、男に突かせながら彼女は自分の座る椅子に意識を向けた。
女の座る椅子は、四つん這いになった少年。
彼女が男たちの肉棒で疲れる振動を背中で感じつつも、少年もまた死にたくない、死にたくないと恐怖に震えながら、ぐらついて彼女に不快な思いをさせてはならないと必死に耐えていたのである。
「……………もう、良いや。飽きた。」
女がそう言ったかと思うと、彼女に腰を振っていた男がゆっくりと膝から崩れ落ちる。
ドサリと男が横たわると、パックリと首が裂けて頚動脈から血液が噴水のように溢れ出す。
死への恐怖が張り付いた表情で死にたくないと口が動き、ビクン、ビクン…と何度も何度も男の身体は痙攣し、跳ね続け、さっきまで女の膣を往復していた肉棒からは、ドロリと決して宿ることのない生命の源がまるで粥のように溢れた。
女はそんな男に興味を持つことなく、また欠伸を一つ。
左手には銀色に輝く短剣。
喉を切り裂いた刃は血に濡れて妖しい輝きで見る者を魅了する。
「う………、うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
女を悦ばそうと必死だった男が殺されて、見守る男たちは悲鳴を上げた。
ある者は取り乱し、
ある者は腰を抜かし、
ある者は気を失い、失禁し醜態を晒していた。
女の尻の下で、椅子になっていた震える少年は叫びたいのを必死になって堪えた。
溢れ出そうな悲鳴を必死に飲み込んだ。
横たわる男と目が合っても、目を瞑って顔を背けた。
いつしかその恐怖さえ、腹の底に飲み込んだ。
このまま殺されるんだと覚悟したその時、少年の頭を撫でるやさしい指。
鮮血に塗れた女の美しい姿態は、さながら官能的で淫靡な女神のようだった。
女は乾いた唇を艶かしい舌で嘗めると少年に言った。
「良い子だねぇ、坊や。いくつだい?」
「…………じゅ………14です…。」
震えて上擦った声で少年が答えると、女は目を細めた。
「あたしの4つ下かい?へぇ……、じゃあ、女も知らないんだ。」
これまでの日常であったなら、少年は強がって否定しただろう。
だが、少年は素直に首を縦に振る。
非日常、非現実的な状況下に少年は見栄を張ることが出来なかった。
「可愛いねぇ…。あたしはそういう素直な子は好きさね……。じゃあ、ちょっとだけ待っておいで。頑張ってあたしの椅子として支えてくれたんだ。飴玉ぐらいの御褒美は上げなきゃね。」
「キリア殿……、キリア=ミーナ殿…!!」
女の名を叫びながら残党軍兵士が空き家の扉を勢い良く開くと、一瞬の間を空けて
「ひぃぃぃぃっ!!!」
と、声にならない悲鳴を上げて男は腰を抜かし、這うようにしてドアから離れた。
すえた臭いのする室内。
彼女、キリアを満足させることが出来なかった男たち。
壁に頭を叩き付けられて、まるで潰れたトマトのように死んでる。
彼女の短剣で顔を縦に割られ、脳髄と血液を垂れ流して、壁にもたれて死んでいる。
手足を斬られ、床に芋虫のように蠢いた血痕を残して死んでいる。
腹を斬られて、糞尿と臓器を床にばら撒いて死んでいる。
無事な死体など何一つない。
排泄物の臭い、血液特有の鉄の臭い漂う室内。
男が腰を抜かしたのは、そんな地獄の光景だけではなかった。
地獄の底で、交わる男女の姿。
吐き気を催すような惨劇と不快な臭いの中、恍惚とした表情を浮かべてキリアは肉の椅子として彼女を支えた少年を犯し続けていた。
すでに少年も正気ではない。
恐怖を通り越し、触れることはないはずだった非日常が、少年の精神の箍を外した。
少年はすでに魅入られていた。
人々が異常と恐れる非日常の世界に住む殺戮と官能の女神に。
血に塗れれば塗れる程に美しさを増していくキリア=ミーナという殺人狂に。
「ああ………、誰かと…思えば、兵隊さん…じゃないのさ……。」
少年に腰を振りながら、キリアは兵士に視線を向ける。
快楽の淵にいる切れ長の目が実に艶っぽく、まるで淫靡な魔力を秘めているような視線。
どうしたの、とキリアが聞くと兵士は震えながら答えた。
「て………、撤退します!急ぎ準備を…。」
「へえ……、どうしたのさ、急に。進軍じゃなくて、撤退なんて穏やかな話じゃないね。」
帝国の方から軍隊でも来たのかい、と彼女が聞くと兵士は首を振る。
「指揮官が……やられました!」
「……詳しく。」
「我々が悪魔たちを処刑していた時、どこからともなく魔物が……。そう、まるで炎のように赤い鱗を纏った魔物が、指揮官を討ったのです。そして指揮官の敵を討つべく、我々は剣を抜いたのですが……太刀打ち出来ず…、20名の同士を失い、本隊と合流すべくこの村から撤退することにしたのです…。」
「へえ……。」
キリアは少年にやさしくキスをすると、ずるりと少年の肉棒を引き抜いた。
引き抜かれる快感に少年は声を漏らす。
キリアは裸のまま、彼女の得物である短剣を持って立ち上がると歩き出す。
腰を抜かした男の前まで来ると、男を見下ろして問う。
「で、そいつは?」
内股を少年の精液が流れる。
身体中に血の臭いと淫らな精の臭いを纏うキリアに男は唾を飲む。
「ま、魔物は……、捕らえた村人を連れて逃げました…。」
「そっか…。」
素っ気なく答えるキリアの顔は笑っていた。
強者もおらず退屈な日々の連続だったが、少なくとも彼らを蹴散らした魔物というのは自分を満足させてくれる強者なのかもしれない。
そう思うだけで彼女は震えた。
少年との性行為で高揚した心が、さらに昂ってくる。
彼女は久し振りに、心の奥に熱が通う感覚を楽しんでいた。
キリアは、腰を抜かした男に気を留めることなく脇をすり抜ける。
「あたしはそいつを追う。あんたらは、チンタラ追って来れば良い。どうせ、このまま本隊と合流したら、帝都・コクトゥに向けて進軍するんだろ?たぶん、行き先は一緒のはずさ。あたしは一足先に遊んでいるよ。」
「か、畏まりました!」
不意にキリアが足を止める。
まさか自分に刃が向くのか、と恐怖した男は短い悲鳴を上げて丸くなる。
そんな男の姿に蔑むような視線を送るキリアは、溜息を吐きながら言った。
「その子、丁重に扱えよ。気に入ったから飼うことにしたから…。名前はポチね。服と食事を与えたら首輪と鎖をお願いね……っと、あたしの服、どこ行ったっけ?」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
ムルアケ街道を歩く人々。
その先頭には赤鱗のリザードマン、アドライグの姿。
身体が重い…。
今頃になって疲労が、どっと押し寄せてくる。
これが実戦。
これが人を殺すってことなのか…。
学園都市にいたのでは…、知ることはなかっただろうな…。
もっとも知りたくはなかったが…。
「お助けを…。お助けを…。」
あの兵士たちを蹴散らし、処刑を免れた村人を助け出した私は、彼らに乞われ、避難の道中の護衛をすることになった。
初めは私の姿を見て恐れていた村人も、彼らを救ったことで受け入れてくれた。
この周辺は、反魔物派の土地らしい。
しかし、私は帝都オルテにいたはずなのに、一体どうしたことだろうか…。
守るのは良いとして…、私の身分に気が付かないということはやはり違うんだろうなぁ。
オルテでもあまり気付かれることはないが、それでも気付く人は気付く。
別に気にすることでもないのだが…、皇族としてのオーラがないのだろうか。
村人たちの話を聞けば、彼らを襲ったのはフウム王国軍だという。
おかしい……、かのジャン大公は無意味な戦を仕掛ける方ではなかったはず。
何か……、裏があるのではないだろうか…。
「それで、私はどこまであなた方を守れば良いのですか?」
村長の首が刎ねられた今、実質的にこの村人の群れを率いる青年に話を聞く。
「……おそらく、隣の村も危ないでしょう。出来たら帝都までお願いしたいのですが…。」
「ああ、わかった。だが、このあたりの道は不案内なので、オルテまでの道筋、案内を頼みます。」
「オルテ?そりゃ、南の辺境都市ですよ?娘さん、失礼だが勘違いなさっているよ。うちら神聖ルオゥム帝国の帝都はコクトゥですよ。私は子供の頃オルテに行ったことがありますが、確かにあそこもそこそこ栄えた都市だったから帝都と間違うのは無理もないことですが…。」
「え……、コクトゥ!?」
コクトゥと言えば……、今から20年くらい前に滅んだ場所じゃないか。
それに神聖ルオゥム帝国というのも、母が再建する前の名前…。
冗談……、だよな?
「すみません、どうやら山での修行が長いせいで世間に疎くなってしまったようで…。申し訳ないのですが、今日は何年の何月でしょうか?」
苦し紛れの嘘を吐く。
だが青年は疑うことなく、素直に答えてくれた。
「ノエル様がお定めになった帝国歴は15年、ヴァルハリア教主様がお定めになったヴァルハリア歴は807年です。そして今日は2月27日、明日で2月は終わりです。しかし、今が何年何月かわからなくなるほど、修行していたのでしたら納得ですね。そんなお方がうちらの味方してくれるなんて、神のお導きでしょう。」
「はあ…、どうも…。」
歯切れの悪い返事をして、私は驚愕していた。
帝国歴15年?
間違いなく帝国の滅んだ年じゃないか。
それにヴァルハリア歴?
確か、他所の国家では細々と採用されている暦だが、母の帝国ではすでに使っていない。
まさか………、私は過去にいるのか?
それも帝国が滅んだ最悪の年に…。
夢を見ているんじゃないかと思った。
だが、夢ではないだろう。
この疲労感。
この手に残る、命の感触。
これがすべて夢だとしたら、それは何て最低な夢だろうか…。
ゾクリ……
「…………!?」
何、この感覚は!?
冷たい、それでいて子供のように無邪気な殺気が私を見ている!?
「……どうされました?」
思わず足を止めてしまったために、村人を纏める青年が心配して話しかけた。
この視線を感じないということは、私にだけ用があるということか…。
「……この先にどこか安全に休息を取れるような場所はありますか?」
「え、あ、はい。後少し歩けば、水場が……。」
「では先に行っていてください。1時間待っても私が来ない時は、どうかそのまま前進を……。追手が追い付いたようです。いざとなったら街道の茂みに隠れるなり、バラバラになって逃げるなりして、何としてでも生き延びてください。ただ、この話はくれぐれも内密に。他の人たちを動揺させてはいけません。」
青年は青い顔をして頷くと、村人をそのまま誘導していく。
「…あの、御武運を。」
「ありがとう。期待を裏切らないよう努力します。」
ささやかな気遣いが嬉しかった。
だが、手持ちの武器を確認して私は苦笑いを浮かべた。
学園都市から里帰りするに当たって、持っていた護身用の剣も荷物の入ったトランクも消え失せ、完全に丸腰だった私はフウム王国軍の兵士から奪った兵卒の粗末な剣、そしてやはり奪った粗末なショートスピア…。
こんな程度で一軍を相手に出来るのだろうか…。
『良いか、アドライグ。敵一人屠るんだったら剣が一振りあれば十分だ。一軍を屠るんだったらさらに一槍あれば尚良い。ま、アタシにはこの鬼包丁があれば敵なしなんだけどね。』
アマゾネスのアキ先生の言葉を思い出し、私は小さな笑いを漏らした。
あの人も自信過剰な人だったなぁ。
敵を屠るに剣一本、一軍屠るにはもう一槍、か…。
そんなの辺境大戦を生き抜いた人じゃないと出来ないよ。
「………さぁ、鬼で出るか蛇が出るか。」
とりあえず剣よりは有利な槍を構える。
私の勘が正しければ………、追撃者はすぐ傍まで来ている。
「残念、出てくるのは殺人鬼さね♪」
初めからそこにいたかのように、茂みの中にやさしげな笑みを浮かべた少女。
手には二本の短剣。
鎧すら着けず、まるで散歩にでも来たかのような身軽な服。
「い、いつから!」
「いつからって言われるのも心外かな。あたしは随分前からあんたと同じ歩幅で歩いていたんだよ。感謝してほしいくらいさね。殺す価値のない雑魚を見逃してあげたんだし。」
身体が、勝手に反応した。
構えも取らない追撃者に、私は槍を構えていた。
さっき、兵士たちの命を奪った時の震えではない。
目の前の追撃者は、危険すぎると本能が告げている。
「おやおや…、何かうちよりも年上っぽいけど、もしかして童貞だった?」
「…………!!」
「ああ、勘違いしないでよね。別に肉体的な意味で童貞処女を聞いたんじゃなくて………、人を殺したのは初めてだった訳?」
殺したことなどなかった。
そうするだけの実力はあったのかもしれない。
それでもサクラ学園長の言葉を借りれば、私は逃げていた。
いつも心にもない情けを掛けて、寸止めで刃を止め、命を奪うことはなかった。
それは武道の心得。
それが武を修める者の心構えだと信じていた。
いや……、その覚悟がなくて達人のフリをしていたにすぎないのかもしれない。
「へぇ……、初めてであんだけ出来たんだ。才能、あるかもね。」
「………何の!?」
「決まってるじゃん。」
女の姿が、消えた!?
「あたしと同じ、殺人者の才能がさ♪」
「後ろ!?」
それはまるで疾風。
振り返ると女が短剣を振り被っていた。
速い!!
学園でも速いやつはいた。
でも、身体ごと消えるやつが存在するなんて!!
「きゃはっ♪」
ギリギリのところで短剣をかわす。
風を斬る音が、耳の傍を掠めるたびに汗が吹き出る。
最初に感じた殺気は間違いない。
子供のように無邪気な気配は、間違いなくこいつだ!!
「このっ!!!」
手に持ったショートスピアを突き出す。
だがそこに女の姿はない。
また身体ごと消えて、自分自身の尋常じゃないスピードに弄ばれるように、土煙を上げながら地面を滑って、私の背後に回って女は私で遊んでいる。
「なかなか、なかなか♪まだトップスピードじゃないけど、あたしを目で追えるやつなんて、そうはいないよ。嬉しいねぇ…、嬉しいねぇ。久し振りに本気を出して遊んでも良い獲物がこんな辺鄙なところにいるなんて、神様とやらに感謝しなくちゃ。もっとも感謝を伝えに行くのはあんたの役目だけれど。」
心の底から楽しそうに、笑顔で拍手をする。
「ああ、あたしの名前を名乗っていなかったね。あたしはキリア=ミーナ。まぁ、お尋ね者だからそっちの方が有名かもね。」
「キリ…!?」
まさか!
信じるなら、私の時代でも稀代の連続殺人鬼として名を残したキリア=ミーナ!?
でも……、こんな化け物だなんて聞いてないよ!!
「ほら、ボヤボヤしてると……、何だかわからないうちに死んじゃうよ♪」
再び凄まじい土煙を上げて、キリアの身体が消える。
速い、けど単純な軌道で繰り出される斬撃を、これまで培った読みでかわす。
直接会ったことはないし、娯楽ゴシップ誌の記事でしか読んだことがないけど、これって伝説上の人物…、暗殺者・フレック=P=ニザールと同じくらい速いんじゃないの!?
「あ………、また避けた。まいったなぁ……、やっぱ魔物が相手じゃ梃子摺るねぇ。それとも弱い犬ばかり斬ってたから、あたしの腕が鈍っちゃった?ごめんねぇ、あんたみたいな活きの良い獲物久し振りなんだ。今度はもっとうまく斬るから、それで許してよ。」
また、自分のスピードに弄ばれてうまく停止出来ないキリア。
もしかして……、彼女の技は我流なのか…。
それならうまく隙を突けば……!!
「いっくよー!Let's Party!!」
片手で剣を引き抜き、槍と一緒に構える。
チャンスは一度。
相手の動きさえ読めれば、討ち取ることは無理でも撃退は出来るかもしれない。
今はいくら考えても仕方がない…。
私は私の時代に戻るためにも、
私を頼ってくれた人々のためにも、
この戦いに勝って……、生き残るんだ!!!
その言葉を信じて、男たちは彼女を満足させるべく、彼女に言われるがままに屈辱的で義務的な快楽を、恐怖と生き残りたいというささやかな望みから提供し続ける。
「……ふっ……くっ…。」
男は泣きながら、必死なって腰を振る。
だがどんなに突いても女は退屈そうに喘ぎ声の一つも漏らさない。
漏らしたのは、
「あふ………。」
という可愛らしい欠伸を一つ。
フウム王国残党が村を占拠し、虐殺と凌辱、私刑(リンチ)に明け暮れている中、女は罪人として捕らえた村の男たちの中でも屈強な身体付きをした男たちを選り抜き、彼女は自分の精処理のために誰もいなくなった空き家へと連れ込んだ。
薄ぼんやりとした蝋燭の灯りに照らされた室内で、男たちは震えながら彼女を犯す男を見守っていた。
彼女は退屈だった。
町から町へ、戦場から戦場を退屈凌ぎに渡り歩く彼女は、偶然フウム王国残党軍の行軍に立会い、一切の情けを掛けることなく虐殺と凌辱に明け暮れる彼らを面白いと思い、居候同然に残党軍に従軍し、図々しく居座っていた。
時に残党軍に手を貸し、彼女が望む強者がいなければ退屈凌ぎに男を漁る。
この日も、彼女にとっては退屈以外の何者でもない時間。
殺したくなる程、愛しい強者はいない。
狂おしい程の刺激もない。
そして退屈凌ぎに選りすぐった男も怯え切って、完全に勃起しないので話にならない。
ふと、男に突かせながら彼女は自分の座る椅子に意識を向けた。
女の座る椅子は、四つん這いになった少年。
彼女が男たちの肉棒で疲れる振動を背中で感じつつも、少年もまた死にたくない、死にたくないと恐怖に震えながら、ぐらついて彼女に不快な思いをさせてはならないと必死に耐えていたのである。
「……………もう、良いや。飽きた。」
女がそう言ったかと思うと、彼女に腰を振っていた男がゆっくりと膝から崩れ落ちる。
ドサリと男が横たわると、パックリと首が裂けて頚動脈から血液が噴水のように溢れ出す。
死への恐怖が張り付いた表情で死にたくないと口が動き、ビクン、ビクン…と何度も何度も男の身体は痙攣し、跳ね続け、さっきまで女の膣を往復していた肉棒からは、ドロリと決して宿ることのない生命の源がまるで粥のように溢れた。
女はそんな男に興味を持つことなく、また欠伸を一つ。
左手には銀色に輝く短剣。
喉を切り裂いた刃は血に濡れて妖しい輝きで見る者を魅了する。
「う………、うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
女を悦ばそうと必死だった男が殺されて、見守る男たちは悲鳴を上げた。
ある者は取り乱し、
ある者は腰を抜かし、
ある者は気を失い、失禁し醜態を晒していた。
女の尻の下で、椅子になっていた震える少年は叫びたいのを必死になって堪えた。
溢れ出そうな悲鳴を必死に飲み込んだ。
横たわる男と目が合っても、目を瞑って顔を背けた。
いつしかその恐怖さえ、腹の底に飲み込んだ。
このまま殺されるんだと覚悟したその時、少年の頭を撫でるやさしい指。
鮮血に塗れた女の美しい姿態は、さながら官能的で淫靡な女神のようだった。
女は乾いた唇を艶かしい舌で嘗めると少年に言った。
「良い子だねぇ、坊や。いくつだい?」
「…………じゅ………14です…。」
震えて上擦った声で少年が答えると、女は目を細めた。
「あたしの4つ下かい?へぇ……、じゃあ、女も知らないんだ。」
これまでの日常であったなら、少年は強がって否定しただろう。
だが、少年は素直に首を縦に振る。
非日常、非現実的な状況下に少年は見栄を張ることが出来なかった。
「可愛いねぇ…。あたしはそういう素直な子は好きさね……。じゃあ、ちょっとだけ待っておいで。頑張ってあたしの椅子として支えてくれたんだ。飴玉ぐらいの御褒美は上げなきゃね。」
「キリア殿……、キリア=ミーナ殿…!!」
女の名を叫びながら残党軍兵士が空き家の扉を勢い良く開くと、一瞬の間を空けて
「ひぃぃぃぃっ!!!」
と、声にならない悲鳴を上げて男は腰を抜かし、這うようにしてドアから離れた。
すえた臭いのする室内。
彼女、キリアを満足させることが出来なかった男たち。
壁に頭を叩き付けられて、まるで潰れたトマトのように死んでる。
彼女の短剣で顔を縦に割られ、脳髄と血液を垂れ流して、壁にもたれて死んでいる。
手足を斬られ、床に芋虫のように蠢いた血痕を残して死んでいる。
腹を斬られて、糞尿と臓器を床にばら撒いて死んでいる。
無事な死体など何一つない。
排泄物の臭い、血液特有の鉄の臭い漂う室内。
男が腰を抜かしたのは、そんな地獄の光景だけではなかった。
地獄の底で、交わる男女の姿。
吐き気を催すような惨劇と不快な臭いの中、恍惚とした表情を浮かべてキリアは肉の椅子として彼女を支えた少年を犯し続けていた。
すでに少年も正気ではない。
恐怖を通り越し、触れることはないはずだった非日常が、少年の精神の箍を外した。
少年はすでに魅入られていた。
人々が異常と恐れる非日常の世界に住む殺戮と官能の女神に。
血に塗れれば塗れる程に美しさを増していくキリア=ミーナという殺人狂に。
「ああ………、誰かと…思えば、兵隊さん…じゃないのさ……。」
少年に腰を振りながら、キリアは兵士に視線を向ける。
快楽の淵にいる切れ長の目が実に艶っぽく、まるで淫靡な魔力を秘めているような視線。
どうしたの、とキリアが聞くと兵士は震えながら答えた。
「て………、撤退します!急ぎ準備を…。」
「へえ……、どうしたのさ、急に。進軍じゃなくて、撤退なんて穏やかな話じゃないね。」
帝国の方から軍隊でも来たのかい、と彼女が聞くと兵士は首を振る。
「指揮官が……やられました!」
「……詳しく。」
「我々が悪魔たちを処刑していた時、どこからともなく魔物が……。そう、まるで炎のように赤い鱗を纏った魔物が、指揮官を討ったのです。そして指揮官の敵を討つべく、我々は剣を抜いたのですが……太刀打ち出来ず…、20名の同士を失い、本隊と合流すべくこの村から撤退することにしたのです…。」
「へえ……。」
キリアは少年にやさしくキスをすると、ずるりと少年の肉棒を引き抜いた。
引き抜かれる快感に少年は声を漏らす。
キリアは裸のまま、彼女の得物である短剣を持って立ち上がると歩き出す。
腰を抜かした男の前まで来ると、男を見下ろして問う。
「で、そいつは?」
内股を少年の精液が流れる。
身体中に血の臭いと淫らな精の臭いを纏うキリアに男は唾を飲む。
「ま、魔物は……、捕らえた村人を連れて逃げました…。」
「そっか…。」
素っ気なく答えるキリアの顔は笑っていた。
強者もおらず退屈な日々の連続だったが、少なくとも彼らを蹴散らした魔物というのは自分を満足させてくれる強者なのかもしれない。
そう思うだけで彼女は震えた。
少年との性行為で高揚した心が、さらに昂ってくる。
彼女は久し振りに、心の奥に熱が通う感覚を楽しんでいた。
キリアは、腰を抜かした男に気を留めることなく脇をすり抜ける。
「あたしはそいつを追う。あんたらは、チンタラ追って来れば良い。どうせ、このまま本隊と合流したら、帝都・コクトゥに向けて進軍するんだろ?たぶん、行き先は一緒のはずさ。あたしは一足先に遊んでいるよ。」
「か、畏まりました!」
不意にキリアが足を止める。
まさか自分に刃が向くのか、と恐怖した男は短い悲鳴を上げて丸くなる。
そんな男の姿に蔑むような視線を送るキリアは、溜息を吐きながら言った。
「その子、丁重に扱えよ。気に入ったから飼うことにしたから…。名前はポチね。服と食事を与えたら首輪と鎖をお願いね……っと、あたしの服、どこ行ったっけ?」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
ムルアケ街道を歩く人々。
その先頭には赤鱗のリザードマン、アドライグの姿。
身体が重い…。
今頃になって疲労が、どっと押し寄せてくる。
これが実戦。
これが人を殺すってことなのか…。
学園都市にいたのでは…、知ることはなかっただろうな…。
もっとも知りたくはなかったが…。
「お助けを…。お助けを…。」
あの兵士たちを蹴散らし、処刑を免れた村人を助け出した私は、彼らに乞われ、避難の道中の護衛をすることになった。
初めは私の姿を見て恐れていた村人も、彼らを救ったことで受け入れてくれた。
この周辺は、反魔物派の土地らしい。
しかし、私は帝都オルテにいたはずなのに、一体どうしたことだろうか…。
守るのは良いとして…、私の身分に気が付かないということはやはり違うんだろうなぁ。
オルテでもあまり気付かれることはないが、それでも気付く人は気付く。
別に気にすることでもないのだが…、皇族としてのオーラがないのだろうか。
村人たちの話を聞けば、彼らを襲ったのはフウム王国軍だという。
おかしい……、かのジャン大公は無意味な戦を仕掛ける方ではなかったはず。
何か……、裏があるのではないだろうか…。
「それで、私はどこまであなた方を守れば良いのですか?」
村長の首が刎ねられた今、実質的にこの村人の群れを率いる青年に話を聞く。
「……おそらく、隣の村も危ないでしょう。出来たら帝都までお願いしたいのですが…。」
「ああ、わかった。だが、このあたりの道は不案内なので、オルテまでの道筋、案内を頼みます。」
「オルテ?そりゃ、南の辺境都市ですよ?娘さん、失礼だが勘違いなさっているよ。うちら神聖ルオゥム帝国の帝都はコクトゥですよ。私は子供の頃オルテに行ったことがありますが、確かにあそこもそこそこ栄えた都市だったから帝都と間違うのは無理もないことですが…。」
「え……、コクトゥ!?」
コクトゥと言えば……、今から20年くらい前に滅んだ場所じゃないか。
それに神聖ルオゥム帝国というのも、母が再建する前の名前…。
冗談……、だよな?
「すみません、どうやら山での修行が長いせいで世間に疎くなってしまったようで…。申し訳ないのですが、今日は何年の何月でしょうか?」
苦し紛れの嘘を吐く。
だが青年は疑うことなく、素直に答えてくれた。
「ノエル様がお定めになった帝国歴は15年、ヴァルハリア教主様がお定めになったヴァルハリア歴は807年です。そして今日は2月27日、明日で2月は終わりです。しかし、今が何年何月かわからなくなるほど、修行していたのでしたら納得ですね。そんなお方がうちらの味方してくれるなんて、神のお導きでしょう。」
「はあ…、どうも…。」
歯切れの悪い返事をして、私は驚愕していた。
帝国歴15年?
間違いなく帝国の滅んだ年じゃないか。
それにヴァルハリア歴?
確か、他所の国家では細々と採用されている暦だが、母の帝国ではすでに使っていない。
まさか………、私は過去にいるのか?
それも帝国が滅んだ最悪の年に…。
夢を見ているんじゃないかと思った。
だが、夢ではないだろう。
この疲労感。
この手に残る、命の感触。
これがすべて夢だとしたら、それは何て最低な夢だろうか…。
ゾクリ……
「…………!?」
何、この感覚は!?
冷たい、それでいて子供のように無邪気な殺気が私を見ている!?
「……どうされました?」
思わず足を止めてしまったために、村人を纏める青年が心配して話しかけた。
この視線を感じないということは、私にだけ用があるということか…。
「……この先にどこか安全に休息を取れるような場所はありますか?」
「え、あ、はい。後少し歩けば、水場が……。」
「では先に行っていてください。1時間待っても私が来ない時は、どうかそのまま前進を……。追手が追い付いたようです。いざとなったら街道の茂みに隠れるなり、バラバラになって逃げるなりして、何としてでも生き延びてください。ただ、この話はくれぐれも内密に。他の人たちを動揺させてはいけません。」
青年は青い顔をして頷くと、村人をそのまま誘導していく。
「…あの、御武運を。」
「ありがとう。期待を裏切らないよう努力します。」
ささやかな気遣いが嬉しかった。
だが、手持ちの武器を確認して私は苦笑いを浮かべた。
学園都市から里帰りするに当たって、持っていた護身用の剣も荷物の入ったトランクも消え失せ、完全に丸腰だった私はフウム王国軍の兵士から奪った兵卒の粗末な剣、そしてやはり奪った粗末なショートスピア…。
こんな程度で一軍を相手に出来るのだろうか…。
『良いか、アドライグ。敵一人屠るんだったら剣が一振りあれば十分だ。一軍を屠るんだったらさらに一槍あれば尚良い。ま、アタシにはこの鬼包丁があれば敵なしなんだけどね。』
アマゾネスのアキ先生の言葉を思い出し、私は小さな笑いを漏らした。
あの人も自信過剰な人だったなぁ。
敵を屠るに剣一本、一軍屠るにはもう一槍、か…。
そんなの辺境大戦を生き抜いた人じゃないと出来ないよ。
「………さぁ、鬼で出るか蛇が出るか。」
とりあえず剣よりは有利な槍を構える。
私の勘が正しければ………、追撃者はすぐ傍まで来ている。
「残念、出てくるのは殺人鬼さね♪」
初めからそこにいたかのように、茂みの中にやさしげな笑みを浮かべた少女。
手には二本の短剣。
鎧すら着けず、まるで散歩にでも来たかのような身軽な服。
「い、いつから!」
「いつからって言われるのも心外かな。あたしは随分前からあんたと同じ歩幅で歩いていたんだよ。感謝してほしいくらいさね。殺す価値のない雑魚を見逃してあげたんだし。」
身体が、勝手に反応した。
構えも取らない追撃者に、私は槍を構えていた。
さっき、兵士たちの命を奪った時の震えではない。
目の前の追撃者は、危険すぎると本能が告げている。
「おやおや…、何かうちよりも年上っぽいけど、もしかして童貞だった?」
「…………!!」
「ああ、勘違いしないでよね。別に肉体的な意味で童貞処女を聞いたんじゃなくて………、人を殺したのは初めてだった訳?」
殺したことなどなかった。
そうするだけの実力はあったのかもしれない。
それでもサクラ学園長の言葉を借りれば、私は逃げていた。
いつも心にもない情けを掛けて、寸止めで刃を止め、命を奪うことはなかった。
それは武道の心得。
それが武を修める者の心構えだと信じていた。
いや……、その覚悟がなくて達人のフリをしていたにすぎないのかもしれない。
「へぇ……、初めてであんだけ出来たんだ。才能、あるかもね。」
「………何の!?」
「決まってるじゃん。」
女の姿が、消えた!?
「あたしと同じ、殺人者の才能がさ♪」
「後ろ!?」
それはまるで疾風。
振り返ると女が短剣を振り被っていた。
速い!!
学園でも速いやつはいた。
でも、身体ごと消えるやつが存在するなんて!!
「きゃはっ♪」
ギリギリのところで短剣をかわす。
風を斬る音が、耳の傍を掠めるたびに汗が吹き出る。
最初に感じた殺気は間違いない。
子供のように無邪気な気配は、間違いなくこいつだ!!
「このっ!!!」
手に持ったショートスピアを突き出す。
だがそこに女の姿はない。
また身体ごと消えて、自分自身の尋常じゃないスピードに弄ばれるように、土煙を上げながら地面を滑って、私の背後に回って女は私で遊んでいる。
「なかなか、なかなか♪まだトップスピードじゃないけど、あたしを目で追えるやつなんて、そうはいないよ。嬉しいねぇ…、嬉しいねぇ。久し振りに本気を出して遊んでも良い獲物がこんな辺鄙なところにいるなんて、神様とやらに感謝しなくちゃ。もっとも感謝を伝えに行くのはあんたの役目だけれど。」
心の底から楽しそうに、笑顔で拍手をする。
「ああ、あたしの名前を名乗っていなかったね。あたしはキリア=ミーナ。まぁ、お尋ね者だからそっちの方が有名かもね。」
「キリ…!?」
まさか!
信じるなら、私の時代でも稀代の連続殺人鬼として名を残したキリア=ミーナ!?
でも……、こんな化け物だなんて聞いてないよ!!
「ほら、ボヤボヤしてると……、何だかわからないうちに死んじゃうよ♪」
再び凄まじい土煙を上げて、キリアの身体が消える。
速い、けど単純な軌道で繰り出される斬撃を、これまで培った読みでかわす。
直接会ったことはないし、娯楽ゴシップ誌の記事でしか読んだことがないけど、これって伝説上の人物…、暗殺者・フレック=P=ニザールと同じくらい速いんじゃないの!?
「あ………、また避けた。まいったなぁ……、やっぱ魔物が相手じゃ梃子摺るねぇ。それとも弱い犬ばかり斬ってたから、あたしの腕が鈍っちゃった?ごめんねぇ、あんたみたいな活きの良い獲物久し振りなんだ。今度はもっとうまく斬るから、それで許してよ。」
また、自分のスピードに弄ばれてうまく停止出来ないキリア。
もしかして……、彼女の技は我流なのか…。
それならうまく隙を突けば……!!
「いっくよー!Let's Party!!」
片手で剣を引き抜き、槍と一緒に構える。
チャンスは一度。
相手の動きさえ読めれば、討ち取ることは無理でも撃退は出来るかもしれない。
今はいくら考えても仕方がない…。
私は私の時代に戻るためにも、
私を頼ってくれた人々のためにも、
この戦いに勝って……、生き残るんだ!!!
11/05/22 15:01更新 / 宿利京祐
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