いつだって風任せ♪
春風が花の良い香りを運んでくれたから。
旅に出る理由なんて、そんなもので十分だと身勝手で小さな俺の相棒は言う。
お前は良いよな。
自分の足で歩かず、ただ俺の持つトランクに乗っかって移動するだけなんだから。
「えー、大変なんだよー?私たち羽があるからラクチンに飛んでるって言われちゃうけど、結構疲れるんだよ。それに次の町まで結構距離があるんだから、馬車だったり商人さんの荷台に乗せてもらったら良かったのに…。」
「お前、絶対に大人しくしねえだろ。それにさっきの町はどこかおわかりですか、おぜうさん。そう、反魔物の町だ。お前が顔出したりしたら、速攻で俺は袋叩きで簀巻きにされて河に投げ込まれていただろうよ。まったく…、これだから妖精ってぇのは、人間社会を理解しやがら……いてっ!?」
顔に何かがぶつかった。
足元に、ドングリが転がっている。
どうやら俺の小さな相棒がドングリを投げたらしい。
「あいあむのっと『ふぇありー』!何度も言うけど、私はピクシーなの!!そこんとこ夜露死苦って何度も言わせんじゃないの!!まったくこれだから人間の大人は私たちピクシーとフェアリーの違いに鈍感なのよね…。モンスター系のカードゲームやってる子供の方にも劣る理解力なんて、大人として恥ずかしくないのかしら…。」
ぶつぶつと文句を垂れる小さな相棒、もといピクシー。
…………ん?
そういえば……。
「なぁ……。」
「……何よ。」
「こんなこと、今更聞くのもどうかと思うんだけど……、お前の名前って何だっけ?」
「…………………………ちねぇーーー!!!」
べきっ(ドングリ)
ごきっ(拳)
基本的に俺たちの旅はこんなもの。
こんな旅をもう5年も続けている。
春風が花の匂いを運んでくれたから。
そんな理由でトランク一つで旅をするのも悪くはない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「まったく……、5年も一緒に旅をしておいて私の名前を知らないなんて失礼しちゃう。」
そう言いながらマグカップにお湯を張って、寛いでいる相棒。
ご機嫌なのか陽気に鼻歌を歌いながら、俺の歯ブラシで身体を洗っている。
………後で新しい歯ブラシを買っておかなければ。
「悪かったよ、ディアナ。一度聞きそびれるとなかなか聞けないものなんだよ。お互いに、おいとかお前で通じていたから……つい…な。つーか、お前だって俺の名前知らないだろ。」
「え、知ってるよ。でもあんたが私の名前を呼んでくれないから悔しくて呼んであげなかっただけだもん。じゃあ、これからはお互いの名前で呼び合うってことでおっけー?カミュール。」
……出来ることなら、その名前を呼んでほしくはないんだが。
二十数年前に俺を生んだ人め。
立派な男として生まれてきた俺に女の子の名前を付けやがって…。
「それにしても、やっぱりお風呂は良いわぁ〜♪ここ何日もお風呂に入れなかったから、気持ち良い〜♪人間の文化で、このお風呂だけは褒めてあげても良いよ。」
「はいはい、お褒めに預かり至極光栄でおございますですよ。」
まったく……、魔物とは言え年頃の娘さんが、男の前で風呂に入るなよ。
つるぺたに興味はないとは言え、もう少し恥じらいってものをだな…。
「にゅふふふふ♪そそられる?そそられる?」
ららら〜、と歌いながらディアナはわざとらしくお湯の中から足をピンと伸ばす。
そんなディアナの精一杯のセクシーポーズに溜息を吐きつつ、俺は路銀の残高確認とトランクの中の消耗品の確認して、明日買い出さなければならないものをリストアップしていく。
俺たちが立ち寄ったのは、辺境のとある辺境都市。
アヌビスとリザードマンが共同統治している不思議な町だが、何とも居心地が良くて、急ぐ旅ではなく自由気ままな旅だから、俺たちはこの町で宿を取ることにした。
ただ………、この町は旅行者が多いらしく、安宿すら満室だった。
町に入って手渡されたイベント告知のパンフレットには明日から一週間、鉱山温泉祭りとか、オリハルコン鉱山見学ツアーとか、色々なイベントが催されることになっているらしい。
ちょうど人出の多い時期と重なってしまったのが悔やまれるのだが、宿を取れずに難儀していた俺は、ジパングの着物を着た少年から空いているかもしれないという宿を教えてもらった。
少年の言う通り言ってみれば確かに空いていたよ。
でもな……。
<ギシギシ
<らめぇ…、さぎりねえさぁん…。もうこれいじょうはむりだよぉ。
<無理を通して道理を蹴っ飛ばす♪ほら、電衛門。お前の好きな前立腺だぞぉ♪
<あああああ……、らめぇ、みないれぇ…!かってにたっちゃう、たっちゃうよぉ!!
………娼館なんだよなぁ。
格安で泊まれたから良かったけど、精神衛生上はよろしくない。
「はぁ……。」
「あれ、カミュール?どこ行くの?」
ベッドから腰を上げると、ディアナがマグカップの中から立ち上がって声をかけてきた。
つるぺたには興味がないと宣言はしたが、一糸纏わぬ彼女の姿を直視出来ず、慌てて目を逸らす。
「ちょっと、外で煙草。」
「…………うぅ、煙草は嫌い。」
「だろ?だからちょっと散歩ついでに………。」
「でも、待ってて。私も一緒に行くから。」
「え…?」
マグカップから飛び出ると、ディアナは傍に置いていたタオルの上にダイブする。
タオルの柔らかな感触を楽しみながらもディアナは丁寧に身体に付いたお湯を拭っていく。
それを見ないように、別の方向を向いていると、肩に小さな体重が乗り移る。
「ごめん、お待たせ♪」
「あ…、ああ…。」
つるぺたには興味はない。
しつこいくらいに強調しているというのに…、
お湯上がりのディアナの姿に、何故か心臓の鼓動は高鳴っていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
町に出ると、明日のイベントの前夜祭なのか、賑やかな祭りが行われていた。
陽気な笛の音。
櫓(やぐら)の上からは心を騒ぎ立てる太鼓の音。
子供たちが屋台にはしゃいでいる。
ドン、ドン、ピーヒャララ……。
初めて聞く不思議なリズム。
初代統治者がジパングの人間だったということから、彼を偲んでジパングのリズムで祭りを囃し立てるのだと、俺は道行く温泉客に話を聞いた。
真っ暗な夜に浮かぶ祭りの炎。
どこか、知らない異国に迷い込んだような錯覚に、俺とディアナは酔っていた。
「すごいね。こんなに賑やかなお祭りって二人で旅をしてて初めてだよ。」
はぐれないように肩に座ったディアナは、俺の頬に体重を預けてきた。
入浴で火照っているのか、それともこの熱気に火照っているのか。
それとも、火照っているのは俺なのか…。
名前を呼び合っているだけなのに、どうしてこんなにも彼女を意識している…。
「そうだな…。こんなのは……、初めてだな…。」
「うん……、初めてだね…。」
祭りの熱気に当てられたのか。
それとも娼館の艶声に当てられたのか…。
異国のリズムと、幻想的な炎の影。
夢現の区別定かならない世界で、俺たちは互いの熱だけを感じ合っていた。
祭りの喧騒を背中に受けて、俺たちは宿へ帰ってきた。
もっと祭りを楽しみたいとせがむディアナだったが、さすがに疲れているのが目に見えてわかるので、明日は町で行われるイベントに必ず行こうと約束をして、早めに宿へ帰ってきた。
「ディアナ、また風呂に入るか?」
宿に添え付けられたポットでお湯を沸かしながら聞いた。
お互いに汗を掻いている。
祭りの火照りがまだ抜けていない。
「入る♪……でも、その前に。」
パタパタと俺の方へディアナが飛んで来た。
そして俺の顔の前で器用に浮かんだまま静止する。
「ね、カミュール…。ちょっとだけ……目を瞑って?」
「目を…?」
「……………うん、お願い。」
言い出したら聞かない、というのを5年間の旅で承知している俺は、言われた通りに目を閉じた。
珍しく、ありがとう、なんて言うディアナが何だかおかしくて思わず笑いが零れた。
どれくらい経っただろうか。
ほんの数秒?数分?
すごく短い時間がやけに長く感じた。
「…………………もう……良いよ?」
「まったく、一体どうしたって……?」
目を開けると誰もいない。
ディアナの姿がどこにも見当たらない。
「ディアナ!!」
「…………ここに……、いるよ…。」
暖かくて白い腕が後ろから俺を抱き締めた。
俺の身長よりもいくらか低い温もりが、背中を抱き締めていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
最初は怒っていたよ。
でもほんのちょっとだけ。
ほんのちょっと怒ったら、嬉しいという感情だけが心にあった。
ディアナ。
名前を呼んでくれた瞬間、5年間も名前で呼んでくれなかったこともどこかに飛んでいった。
本当に嬉しかったんだよ。
私の身体がカミュールの好みじゃなくても良いの。
一緒に旅をして……、
一緒にご飯食べて……、
一緒に同じ時間を生きていくだけでも私は満足だった。
なのに今日一日だけで、名前を何度も呼んでくれた。
お祭りの間中、私のことを気遣ってくれた。
5年間、ずっと待っていたことを今日だけで何度も叶えてくれた。
だから、我慢出来なくなっちゃったよ。
魔力を解放して、あなた好みの私になる。
「ここに………、いるよ…?」
「ディアナ……、なのか…?」
そう、身体の大きさもあなたに合わせて、
つるつるの胸じゃあなたをガッカリさせるだけだから、あなた好みの大きさに。
「どう……かな……?」
私が望んでいる言葉。
いつもあなたの前でお風呂に入る時は気にしていなかったけど、こうやって裸になってあなたに向かい合うのって、何だかすごく恥ずかしいね。
「…………き、綺麗だ。」
心臓が、トクンと鳴る。
顔が祭りの火照りと合わさって熱い。
「でも………………………。」
カミュールが私に上着をかけた。
そしてやさしく頬を撫でながら、耳元で囁いた。
「ありがとう…。でも………ごめん…。俺…………。」
ロリコンだったらしい。
「え、え、えええええ!?」
「ごめん、ディアナ!!今のお前の姿は綺麗なんだ、すっごい好みなんだ。なのに、心のどこかでガッカリしている俺がいるんだ。俺も今日一日、ディアナのことをずっと意識していたんだ。それで気が付いたんだ。俺は………、お前が好きなんだって。いつものお前が好きだったんだって気が付いたんだ!」
勢いで俺はディアナに告白している。
俺のロリコン宣言に、ディアナは鳩が豆食ったような顔をしているけど、これが本当の気持ち。
ナイスバディーに変身し、まるで別人のようだけどディアナである証拠にピクシーの羽根が背中でパタパタと動いている。
そんなディアナが綺麗だと思っても、抱きたいとは思えなかった。
俺が抱きたい、ずっと傍にいたいと思うのは、いつもの小さな相棒。
「そそそそ、そんなこと言われても!せっかくカミュール好みの女に変身したのに!!」
「すまん!!心の底からすまん!!!」
「聞いてないよ!!!実はロリコンとか何それ、反則!!!」
泣きそうなディアナを抱き寄せる。
腕の中でディアナが暴れているが、それが少し嬉しかった。
俺は多分、ずっとこうしたかった。
ディアナを抱き締めたかったんだと思う。
彼女の温もりをこうやって感じたかった…。
「なぁ、ディアナ…。」
「何よー!」
「……キス、しても良いか?」
「…………………………………………………うん♪」
暴れるのをやめて、腕の中で目を瞑って背伸びをするディアナ。
俺は彼女の肩をやさしく抱き、突き出した彼女の唇に釘付けになっていた。
艶やかな唇。
柔らかそうな唇が目の前に迫っている。
ディアナの吐息を感じながら、自分の唇を彼女に押し付け…………ようとした瞬間だった。
ぽんっ☆
可愛い音と煙が上がり、目の前の美女はいつも通りの小さな相棒に戻った。
「………………ねぇ、カミュールぅ。まだ〜?」
目を閉じたままのディアナは気が付いていない。
パタパタと自力で飛んでいるのに、まったく気が付いていない。
俺の目の前で、小さな相棒に戻ったディアナが可愛い仕草で俺のキスを待っている。
「………ディアナ、目を開けてみろ。」
「え、何々?いきなり焦らしプレイ?それともお預けプレイ?もう、カミュールったらいきなりハードルを上げすぎだよ〜♪まぁ、私はそれでも構わない………け……ど…?」
やっと目を開けて、何が起こったのかを把握したらしい。
「えっと、カミュールってば巨大化?」
「アホ、お前がいきなり小さくなったんだ。」
「……………………うそぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜!!!!!」
ディアナが信じられないと言わんばかりに叫び声を上げた。
「何で!?いくらなんでも魔力切れが早すぎない!?………あ、そうか!!ここ5年間、私魔力の摂取とか全然やっていなかったの忘れてたぁー!!!人間台の大きさくらい余裕余裕って思っていたけど、私ってば電池切れ間近のP○Pみたいじゃないのさぁー!!!うわ、こんな失敗、仲間に知られたら最悪!!恥ずかしい!!!」
魔力の摂取、つまり性交。
まぁー、こんなちみっちぃミニチュアボディだから、俺もムラッとも来なかったし。
「まぁ、徐々に貯めていけば良いんじゃないのか?」
「………………うふ♪」
「ん?どうしt…。」
「ぎゃらくてぃか☆まぐなむ」
どむっ(ボディブロー)
どしゃあっ(倒れる音)
「な………、何をしやがる…!?」
ミニチュアボディのクセになんて威力なんだ…!
「いやぁ、私今魔力がスッカラカンだからうまく誘惑出来るか自信がないわけよ〜♪でも、身体を動けなくすれば襲うのなんか簡単じゃん♪」
ボディブローぐらいで、そこまで動けなくなってたまるか!
するとディアナは自分の荷物の中から、何かを漁って取り出した。
小さいながらも、それは注射器と何か液体の入った瓶だった。
「そこでコレ。娼館の店長さんに譲ってもらった媚薬を直接注射してあげる♪大丈夫だよ、店長さんが言うにはサキュバス印の効き目抜群の魔界発売禁止物の媚薬だってさ♪うふふふふふふ……。」
「や、やめろ、ショッカー!?」
「動けないでしょ〜?動けないよね〜?でも怖がらなくて良いよ〜。痛いのは一瞬だし、効き目が出てきたら、カミュールのチ○コにもブッ挿してあげるから、多分気持ち良いよ〜。私、ピクシーだから身体はちっちゃいけど、魔力タンクは底なしだよ〜。魔力が完全に空っぽだから手加減なんか出来ないと思うけど、人生が馬鹿らしくなるくらいすっごく気持ち良くしてあげるから覚悟しておいてね〜♪♪」
ニヤリ、とマッドな笑みを浮かべるディアナ。
ゆっくりと一歩、また一歩と近付いてくるディアナに寒気を覚えた俺は何とか動く腕で這いずり、部屋のドアを目指した。
ズルズルと。
ズリズリと。
「うふふふふふ、カミュールぅ♪どこに行くのぉ〜?待ってよぉ〜♪」
「五月蝿え、待てるかボケぇ。そんなもの打たれたら、即廃人じゃあ!!!お前のことは好きだが、魔物の手加減抜きの性交に耐えられるほど、俺の身体は丈夫にゃ出来ちゃいねえ!!!俺の足、動いてよ、動いてよ、動いてよぉぉぉーっ!!!今動かなきゃ、今動かなきゃ廃人にされちゃうんだ!!!性的な意味で危ないことになるんだ!!!だから……動いてよぉぉぉぉぉ!!!!」
貞操の危機を感じて、力を振り絞ってドアへ這って行く。
ゆっくりと、力の限り。
そして俺はやっとドアに辿り着いた。
「やった、助かっt………。」
ぷすっ♪
「はうあっ!?」
「じ・か・ん・ぎ・れ〜♪」
振り向けば、俺のケツの上に乗って、誇らしげに注射針をケツに刺しているディアナの姿。
「愛の告白も受けちゃったことだしぃ〜、ちょ〜〜っと早いかもしれないけど婚前交渉ってことで良いよね。5年間一緒にいたし、お互いの人となりもわかっているから問題ないよね。ここでたくさん子供作っちゃおうよ。ね、パパ♪じゃあ、手を合わせて…………、いただきま〜〜〜す♪」
「ま、待て!?心の準備が……ぎゃああああああああ!!!」
目を覚ますと、裸でベッドの上にいた。
ものすごい倦怠感と疲労感、そして股間には本当に手加減なしに犯られすぎて出来た擦り傷が、ズキズキと昨日のことが夢ではなかったことを自己主張している。
おぼろげに覚えているのは、とにかく犯られまくったこと。
そして二度とぼんっきゅっぼんっに目がいかないくらいにロリの魅力を叩き込まれたこと。
俺を調教したご本人様は枕の上で小さくなって眠っていた。
食うだけ食ったら寝る。
まるで獣だな。
と思いながらも、こいつが愛しくて俺は指先でディアナの頬を撫でる。
「む〜♪」
本能で指を抱き寄せて、顔を擦り付ける姿もまた愛しい。
これからも…、こいつを幸せにしていかなきゃ。
そう決意を新たにした次の瞬間、俺の目に飛び込んで来たのは信じ難い光景だった。
「むにゅ〜♪」
「すぴ〜♪」
「zzz…♪」
ひー、ふー、みー、よー……、とりあえず一杯。
部屋中にピクシーが眠っている!?
若干、ディアナよりもサイズが小さいような気がするが、まさかディアナのやつ……、俺の記憶があやふやなことを良いことに仲間を呼んで楽しんでいたのか!?
「おあよー…。」
「ディアナ、これは一体どういうことだ!!」
寝惚けたまま、ディアナが発した言葉に俺は言葉を失った。
「あー……ねー…。私らの子供らよ〜♪魔力の過剰摂取しちゃったから、ついポンポンと子供が生まれちゃった〜♪これからの旅は大所帯だね、パパ♪」
こうして、俺の幸せな地獄の日々は幕を開ける。
子供たちが全員自立するまで、俺のパパとしての務めは終わらないのだ。
でも……、10年経って、どんどん自立していっているはずなのに一向に減らないな。
むしろ増えているような…?
「き、気にしちゃ駄目だよ…、カミュール!」
「気にするわ、ボケェ!!」
旅に出る理由なんて、そんなもので十分だと身勝手で小さな俺の相棒は言う。
お前は良いよな。
自分の足で歩かず、ただ俺の持つトランクに乗っかって移動するだけなんだから。
「えー、大変なんだよー?私たち羽があるからラクチンに飛んでるって言われちゃうけど、結構疲れるんだよ。それに次の町まで結構距離があるんだから、馬車だったり商人さんの荷台に乗せてもらったら良かったのに…。」
「お前、絶対に大人しくしねえだろ。それにさっきの町はどこかおわかりですか、おぜうさん。そう、反魔物の町だ。お前が顔出したりしたら、速攻で俺は袋叩きで簀巻きにされて河に投げ込まれていただろうよ。まったく…、これだから妖精ってぇのは、人間社会を理解しやがら……いてっ!?」
顔に何かがぶつかった。
足元に、ドングリが転がっている。
どうやら俺の小さな相棒がドングリを投げたらしい。
「あいあむのっと『ふぇありー』!何度も言うけど、私はピクシーなの!!そこんとこ夜露死苦って何度も言わせんじゃないの!!まったくこれだから人間の大人は私たちピクシーとフェアリーの違いに鈍感なのよね…。モンスター系のカードゲームやってる子供の方にも劣る理解力なんて、大人として恥ずかしくないのかしら…。」
ぶつぶつと文句を垂れる小さな相棒、もといピクシー。
…………ん?
そういえば……。
「なぁ……。」
「……何よ。」
「こんなこと、今更聞くのもどうかと思うんだけど……、お前の名前って何だっけ?」
「…………………………ちねぇーーー!!!」
べきっ(ドングリ)
ごきっ(拳)
基本的に俺たちの旅はこんなもの。
こんな旅をもう5年も続けている。
春風が花の匂いを運んでくれたから。
そんな理由でトランク一つで旅をするのも悪くはない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「まったく……、5年も一緒に旅をしておいて私の名前を知らないなんて失礼しちゃう。」
そう言いながらマグカップにお湯を張って、寛いでいる相棒。
ご機嫌なのか陽気に鼻歌を歌いながら、俺の歯ブラシで身体を洗っている。
………後で新しい歯ブラシを買っておかなければ。
「悪かったよ、ディアナ。一度聞きそびれるとなかなか聞けないものなんだよ。お互いに、おいとかお前で通じていたから……つい…な。つーか、お前だって俺の名前知らないだろ。」
「え、知ってるよ。でもあんたが私の名前を呼んでくれないから悔しくて呼んであげなかっただけだもん。じゃあ、これからはお互いの名前で呼び合うってことでおっけー?カミュール。」
……出来ることなら、その名前を呼んでほしくはないんだが。
二十数年前に俺を生んだ人め。
立派な男として生まれてきた俺に女の子の名前を付けやがって…。
「それにしても、やっぱりお風呂は良いわぁ〜♪ここ何日もお風呂に入れなかったから、気持ち良い〜♪人間の文化で、このお風呂だけは褒めてあげても良いよ。」
「はいはい、お褒めに預かり至極光栄でおございますですよ。」
まったく……、魔物とは言え年頃の娘さんが、男の前で風呂に入るなよ。
つるぺたに興味はないとは言え、もう少し恥じらいってものをだな…。
「にゅふふふふ♪そそられる?そそられる?」
ららら〜、と歌いながらディアナはわざとらしくお湯の中から足をピンと伸ばす。
そんなディアナの精一杯のセクシーポーズに溜息を吐きつつ、俺は路銀の残高確認とトランクの中の消耗品の確認して、明日買い出さなければならないものをリストアップしていく。
俺たちが立ち寄ったのは、辺境のとある辺境都市。
アヌビスとリザードマンが共同統治している不思議な町だが、何とも居心地が良くて、急ぐ旅ではなく自由気ままな旅だから、俺たちはこの町で宿を取ることにした。
ただ………、この町は旅行者が多いらしく、安宿すら満室だった。
町に入って手渡されたイベント告知のパンフレットには明日から一週間、鉱山温泉祭りとか、オリハルコン鉱山見学ツアーとか、色々なイベントが催されることになっているらしい。
ちょうど人出の多い時期と重なってしまったのが悔やまれるのだが、宿を取れずに難儀していた俺は、ジパングの着物を着た少年から空いているかもしれないという宿を教えてもらった。
少年の言う通り言ってみれば確かに空いていたよ。
でもな……。
<ギシギシ
<らめぇ…、さぎりねえさぁん…。もうこれいじょうはむりだよぉ。
<無理を通して道理を蹴っ飛ばす♪ほら、電衛門。お前の好きな前立腺だぞぉ♪
<あああああ……、らめぇ、みないれぇ…!かってにたっちゃう、たっちゃうよぉ!!
………娼館なんだよなぁ。
格安で泊まれたから良かったけど、精神衛生上はよろしくない。
「はぁ……。」
「あれ、カミュール?どこ行くの?」
ベッドから腰を上げると、ディアナがマグカップの中から立ち上がって声をかけてきた。
つるぺたには興味がないと宣言はしたが、一糸纏わぬ彼女の姿を直視出来ず、慌てて目を逸らす。
「ちょっと、外で煙草。」
「…………うぅ、煙草は嫌い。」
「だろ?だからちょっと散歩ついでに………。」
「でも、待ってて。私も一緒に行くから。」
「え…?」
マグカップから飛び出ると、ディアナは傍に置いていたタオルの上にダイブする。
タオルの柔らかな感触を楽しみながらもディアナは丁寧に身体に付いたお湯を拭っていく。
それを見ないように、別の方向を向いていると、肩に小さな体重が乗り移る。
「ごめん、お待たせ♪」
「あ…、ああ…。」
つるぺたには興味はない。
しつこいくらいに強調しているというのに…、
お湯上がりのディアナの姿に、何故か心臓の鼓動は高鳴っていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
町に出ると、明日のイベントの前夜祭なのか、賑やかな祭りが行われていた。
陽気な笛の音。
櫓(やぐら)の上からは心を騒ぎ立てる太鼓の音。
子供たちが屋台にはしゃいでいる。
ドン、ドン、ピーヒャララ……。
初めて聞く不思議なリズム。
初代統治者がジパングの人間だったということから、彼を偲んでジパングのリズムで祭りを囃し立てるのだと、俺は道行く温泉客に話を聞いた。
真っ暗な夜に浮かぶ祭りの炎。
どこか、知らない異国に迷い込んだような錯覚に、俺とディアナは酔っていた。
「すごいね。こんなに賑やかなお祭りって二人で旅をしてて初めてだよ。」
はぐれないように肩に座ったディアナは、俺の頬に体重を預けてきた。
入浴で火照っているのか、それともこの熱気に火照っているのか。
それとも、火照っているのは俺なのか…。
名前を呼び合っているだけなのに、どうしてこんなにも彼女を意識している…。
「そうだな…。こんなのは……、初めてだな…。」
「うん……、初めてだね…。」
祭りの熱気に当てられたのか。
それとも娼館の艶声に当てられたのか…。
異国のリズムと、幻想的な炎の影。
夢現の区別定かならない世界で、俺たちは互いの熱だけを感じ合っていた。
祭りの喧騒を背中に受けて、俺たちは宿へ帰ってきた。
もっと祭りを楽しみたいとせがむディアナだったが、さすがに疲れているのが目に見えてわかるので、明日は町で行われるイベントに必ず行こうと約束をして、早めに宿へ帰ってきた。
「ディアナ、また風呂に入るか?」
宿に添え付けられたポットでお湯を沸かしながら聞いた。
お互いに汗を掻いている。
祭りの火照りがまだ抜けていない。
「入る♪……でも、その前に。」
パタパタと俺の方へディアナが飛んで来た。
そして俺の顔の前で器用に浮かんだまま静止する。
「ね、カミュール…。ちょっとだけ……目を瞑って?」
「目を…?」
「……………うん、お願い。」
言い出したら聞かない、というのを5年間の旅で承知している俺は、言われた通りに目を閉じた。
珍しく、ありがとう、なんて言うディアナが何だかおかしくて思わず笑いが零れた。
どれくらい経っただろうか。
ほんの数秒?数分?
すごく短い時間がやけに長く感じた。
「…………………もう……良いよ?」
「まったく、一体どうしたって……?」
目を開けると誰もいない。
ディアナの姿がどこにも見当たらない。
「ディアナ!!」
「…………ここに……、いるよ…。」
暖かくて白い腕が後ろから俺を抱き締めた。
俺の身長よりもいくらか低い温もりが、背中を抱き締めていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
最初は怒っていたよ。
でもほんのちょっとだけ。
ほんのちょっと怒ったら、嬉しいという感情だけが心にあった。
ディアナ。
名前を呼んでくれた瞬間、5年間も名前で呼んでくれなかったこともどこかに飛んでいった。
本当に嬉しかったんだよ。
私の身体がカミュールの好みじゃなくても良いの。
一緒に旅をして……、
一緒にご飯食べて……、
一緒に同じ時間を生きていくだけでも私は満足だった。
なのに今日一日だけで、名前を何度も呼んでくれた。
お祭りの間中、私のことを気遣ってくれた。
5年間、ずっと待っていたことを今日だけで何度も叶えてくれた。
だから、我慢出来なくなっちゃったよ。
魔力を解放して、あなた好みの私になる。
「ここに………、いるよ…?」
「ディアナ……、なのか…?」
そう、身体の大きさもあなたに合わせて、
つるつるの胸じゃあなたをガッカリさせるだけだから、あなた好みの大きさに。
「どう……かな……?」
私が望んでいる言葉。
いつもあなたの前でお風呂に入る時は気にしていなかったけど、こうやって裸になってあなたに向かい合うのって、何だかすごく恥ずかしいね。
「…………き、綺麗だ。」
心臓が、トクンと鳴る。
顔が祭りの火照りと合わさって熱い。
「でも………………………。」
カミュールが私に上着をかけた。
そしてやさしく頬を撫でながら、耳元で囁いた。
「ありがとう…。でも………ごめん…。俺…………。」
ロリコンだったらしい。
「え、え、えええええ!?」
「ごめん、ディアナ!!今のお前の姿は綺麗なんだ、すっごい好みなんだ。なのに、心のどこかでガッカリしている俺がいるんだ。俺も今日一日、ディアナのことをずっと意識していたんだ。それで気が付いたんだ。俺は………、お前が好きなんだって。いつものお前が好きだったんだって気が付いたんだ!」
勢いで俺はディアナに告白している。
俺のロリコン宣言に、ディアナは鳩が豆食ったような顔をしているけど、これが本当の気持ち。
ナイスバディーに変身し、まるで別人のようだけどディアナである証拠にピクシーの羽根が背中でパタパタと動いている。
そんなディアナが綺麗だと思っても、抱きたいとは思えなかった。
俺が抱きたい、ずっと傍にいたいと思うのは、いつもの小さな相棒。
「そそそそ、そんなこと言われても!せっかくカミュール好みの女に変身したのに!!」
「すまん!!心の底からすまん!!!」
「聞いてないよ!!!実はロリコンとか何それ、反則!!!」
泣きそうなディアナを抱き寄せる。
腕の中でディアナが暴れているが、それが少し嬉しかった。
俺は多分、ずっとこうしたかった。
ディアナを抱き締めたかったんだと思う。
彼女の温もりをこうやって感じたかった…。
「なぁ、ディアナ…。」
「何よー!」
「……キス、しても良いか?」
「…………………………………………………うん♪」
暴れるのをやめて、腕の中で目を瞑って背伸びをするディアナ。
俺は彼女の肩をやさしく抱き、突き出した彼女の唇に釘付けになっていた。
艶やかな唇。
柔らかそうな唇が目の前に迫っている。
ディアナの吐息を感じながら、自分の唇を彼女に押し付け…………ようとした瞬間だった。
ぽんっ☆
可愛い音と煙が上がり、目の前の美女はいつも通りの小さな相棒に戻った。
「………………ねぇ、カミュールぅ。まだ〜?」
目を閉じたままのディアナは気が付いていない。
パタパタと自力で飛んでいるのに、まったく気が付いていない。
俺の目の前で、小さな相棒に戻ったディアナが可愛い仕草で俺のキスを待っている。
「………ディアナ、目を開けてみろ。」
「え、何々?いきなり焦らしプレイ?それともお預けプレイ?もう、カミュールったらいきなりハードルを上げすぎだよ〜♪まぁ、私はそれでも構わない………け……ど…?」
やっと目を開けて、何が起こったのかを把握したらしい。
「えっと、カミュールってば巨大化?」
「アホ、お前がいきなり小さくなったんだ。」
「……………………うそぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜!!!!!」
ディアナが信じられないと言わんばかりに叫び声を上げた。
「何で!?いくらなんでも魔力切れが早すぎない!?………あ、そうか!!ここ5年間、私魔力の摂取とか全然やっていなかったの忘れてたぁー!!!人間台の大きさくらい余裕余裕って思っていたけど、私ってば電池切れ間近のP○Pみたいじゃないのさぁー!!!うわ、こんな失敗、仲間に知られたら最悪!!恥ずかしい!!!」
魔力の摂取、つまり性交。
まぁー、こんなちみっちぃミニチュアボディだから、俺もムラッとも来なかったし。
「まぁ、徐々に貯めていけば良いんじゃないのか?」
「………………うふ♪」
「ん?どうしt…。」
「ぎゃらくてぃか☆まぐなむ」
どむっ(ボディブロー)
どしゃあっ(倒れる音)
「な………、何をしやがる…!?」
ミニチュアボディのクセになんて威力なんだ…!
「いやぁ、私今魔力がスッカラカンだからうまく誘惑出来るか自信がないわけよ〜♪でも、身体を動けなくすれば襲うのなんか簡単じゃん♪」
ボディブローぐらいで、そこまで動けなくなってたまるか!
するとディアナは自分の荷物の中から、何かを漁って取り出した。
小さいながらも、それは注射器と何か液体の入った瓶だった。
「そこでコレ。娼館の店長さんに譲ってもらった媚薬を直接注射してあげる♪大丈夫だよ、店長さんが言うにはサキュバス印の効き目抜群の魔界発売禁止物の媚薬だってさ♪うふふふふふふ……。」
「や、やめろ、ショッカー!?」
「動けないでしょ〜?動けないよね〜?でも怖がらなくて良いよ〜。痛いのは一瞬だし、効き目が出てきたら、カミュールのチ○コにもブッ挿してあげるから、多分気持ち良いよ〜。私、ピクシーだから身体はちっちゃいけど、魔力タンクは底なしだよ〜。魔力が完全に空っぽだから手加減なんか出来ないと思うけど、人生が馬鹿らしくなるくらいすっごく気持ち良くしてあげるから覚悟しておいてね〜♪♪」
ニヤリ、とマッドな笑みを浮かべるディアナ。
ゆっくりと一歩、また一歩と近付いてくるディアナに寒気を覚えた俺は何とか動く腕で這いずり、部屋のドアを目指した。
ズルズルと。
ズリズリと。
「うふふふふふ、カミュールぅ♪どこに行くのぉ〜?待ってよぉ〜♪」
「五月蝿え、待てるかボケぇ。そんなもの打たれたら、即廃人じゃあ!!!お前のことは好きだが、魔物の手加減抜きの性交に耐えられるほど、俺の身体は丈夫にゃ出来ちゃいねえ!!!俺の足、動いてよ、動いてよ、動いてよぉぉぉーっ!!!今動かなきゃ、今動かなきゃ廃人にされちゃうんだ!!!性的な意味で危ないことになるんだ!!!だから……動いてよぉぉぉぉぉ!!!!」
貞操の危機を感じて、力を振り絞ってドアへ這って行く。
ゆっくりと、力の限り。
そして俺はやっとドアに辿り着いた。
「やった、助かっt………。」
ぷすっ♪
「はうあっ!?」
「じ・か・ん・ぎ・れ〜♪」
振り向けば、俺のケツの上に乗って、誇らしげに注射針をケツに刺しているディアナの姿。
「愛の告白も受けちゃったことだしぃ〜、ちょ〜〜っと早いかもしれないけど婚前交渉ってことで良いよね。5年間一緒にいたし、お互いの人となりもわかっているから問題ないよね。ここでたくさん子供作っちゃおうよ。ね、パパ♪じゃあ、手を合わせて…………、いただきま〜〜〜す♪」
「ま、待て!?心の準備が……ぎゃああああああああ!!!」
目を覚ますと、裸でベッドの上にいた。
ものすごい倦怠感と疲労感、そして股間には本当に手加減なしに犯られすぎて出来た擦り傷が、ズキズキと昨日のことが夢ではなかったことを自己主張している。
おぼろげに覚えているのは、とにかく犯られまくったこと。
そして二度とぼんっきゅっぼんっに目がいかないくらいにロリの魅力を叩き込まれたこと。
俺を調教したご本人様は枕の上で小さくなって眠っていた。
食うだけ食ったら寝る。
まるで獣だな。
と思いながらも、こいつが愛しくて俺は指先でディアナの頬を撫でる。
「む〜♪」
本能で指を抱き寄せて、顔を擦り付ける姿もまた愛しい。
これからも…、こいつを幸せにしていかなきゃ。
そう決意を新たにした次の瞬間、俺の目に飛び込んで来たのは信じ難い光景だった。
「むにゅ〜♪」
「すぴ〜♪」
「zzz…♪」
ひー、ふー、みー、よー……、とりあえず一杯。
部屋中にピクシーが眠っている!?
若干、ディアナよりもサイズが小さいような気がするが、まさかディアナのやつ……、俺の記憶があやふやなことを良いことに仲間を呼んで楽しんでいたのか!?
「おあよー…。」
「ディアナ、これは一体どういうことだ!!」
寝惚けたまま、ディアナが発した言葉に俺は言葉を失った。
「あー……ねー…。私らの子供らよ〜♪魔力の過剰摂取しちゃったから、ついポンポンと子供が生まれちゃった〜♪これからの旅は大所帯だね、パパ♪」
こうして、俺の幸せな地獄の日々は幕を開ける。
子供たちが全員自立するまで、俺のパパとしての務めは終わらないのだ。
でも……、10年経って、どんどん自立していっているはずなのに一向に減らないな。
むしろ増えているような…?
「き、気にしちゃ駄目だよ…、カミュール!」
「気にするわ、ボケェ!!」
11/05/04 18:06更新 / 宿利京祐