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第九十一話・たった一人の聖戦
あの日から、俺はお前の姿だけを探していた。

すべてを失った俺に、お前は目標を与えてくれた。

ありがとう、感謝している。

お前を、

殺せる喜びを俺に与えてくれて!

群れる兵卒の中を掻き分けて、お前に近付いていく。

一歩。

また一歩と縮まる距離。

なかなか進めない短い距離がもどかしく感じる。

苦しかったよ。

辛かったよ。

手の中の温もりが、二度と戻らない日々の連続だった。

貴様に殺された妻と子の仇。

俺は確信を持って言える。

俺は…………、

今日、この日のために生きてきたのだと……!!















「右翼は敵側面を、左翼は予備戦力としてそのまま待機。本隊は密集隊形を取りつつ騎兵を主戦力とし敵正面を各個撃破で粉砕、攻略せよ!!」
ヒロ=ハイルの指揮の下、ヴァルハリア・旧フウム王国連合軍が動き始める。
あの一騎討ちからすでに1ヶ月が経過していた。
連合軍の総司令官である旧フウム王国国王フィリップの連敗による大規模行動の自粛、学園都市セラエノ・神聖ルオゥム帝国同盟軍大将である紅龍雅の放った離間の計により、元々様々な思惑の混ざった集団であった連合軍の連携を崩されたことなどの理由により、小競り合い程度の戦はあったものの再び長期的な睨み合いの様相を呈していた。
だが、連合軍上級騎兵大将・ヒロ=ハイルにとってその間の睨み合いはむしろ幸運であった。
あの一騎討ちの後、龍雅から与えられた兵法書を、彼はこの睨み合いの期間に熟読出来たのである。
元々、ヴァルハリア教会の神童と呼ばれたヒロである。
1ヶ月という時間はヒロが本の内容を暗記し、完全に理解出来るようになるには十分過ぎた。
兵の士気、自らの気力の充実、離間の計による影響がまだ薄い今。
それらの条件を鑑みて、ヒロ=ハイルは連合軍の半数を動かす大規模な行動を起こした。
将兵らにとっては、実に数ヶ月ぶりの大規模な軍事行動。
何ヶ月も陣中に留まり、何の楽しみもない彼らの不満を解消する意味でも、この軍事行動は非常に効果的であったと言えるだろう。
連合軍将兵はこれまで陣中に閉じ込められていた鬱憤を晴らすように戦った。
そんな彼らをうまく扱うように、ヒロは兵法書の内容をうまく活用し、指揮を執った。
この軍事行動を起こすに当たり、ハインケル=ゼファーや沈黙の天使騎士団は参戦していない。
沈黙の天使騎士団はフィリップ王の進言により、ヴァルハリア教会大司教ユリアスの勅命で騎士団員以外の戦力を剥奪された上、前線の陣ではなく、クゥジュロ草原での戦と同じように僅か数十名だけで中軍へと配置されたのである。
これこそ、龍雅の離間の計が連合軍中枢まで侵食している表れであった。
そしてハインケル=ゼファーは自ら出撃を辞退している。
その理由を当時の史記は明らかにしていないが、彼が亡くなる直前にまとめられた魔王軍公式文書によれば旧フウム王国の秘密兵器、及び王国のここ40年間の歴史を調査していたのだとされている。
「一騎討ちは避けろ!相手が魔物ではこちらが不利でしかない!!」
ヒロの戦術は徹底した集団戦だった。
個人武力を戦術の基本にしていたフィリップ王とは正反対の戦術である。
それにより、機能し始めた連合軍はこれまでの脆弱さから一転した。
これまでセラエノ軍の旗が翻るだけで恐れをなした兵卒たちですら、ヒロ=ハイルに率いられることにより恐怖を忘れ、勇敢に剣を、槍を構えて同盟軍に向かっていく。
これは兵卒たちの間にヒロ=ハイルへの熱狂的な支持が広まり始めていたことに起因する。
この日の大規模な軍事行動は成功かと思われた。
出撃してきた同盟軍を徐々に後方へ下がらせ、敵味方共に死者は少なかったのだが、この日の連合軍の勢いは序戦、クスコ川攻防戦の比ではなかった。
本当にこのまま買ってしまうのではないか。
誰もがそう思った時、希望はあっさりと恐怖と絶望に塗り替えられた。

ぎゃああああああああああああああああ……

同盟軍と連合軍が衝突する最前線から、無数の断末魔が一つの叫びとなって戦場に響く。
後方で諸将を指揮していたヒロ=ハイルの目に信じられないものが映った。
「人が……舞っている…!?」
地平を覆う真っ赤な間欠泉。
宙を舞う人間の形を留めていない人々。
およそ戦場ではあり得ない信じ難い光景にヒロも誰もが絶句した。
「何が……、一体何が起こっているのです!」
言い知れぬ恐怖を感じていたヒロだったが、必死に震えと動揺を抑え付ける。
真っ赤な間欠泉が吹き上がり続ける地平が幾度も続いた頃、やっと最前線から伝令が命辛々逃げ延びてきたと言わんばかりの表情を浮かべて、呂律の回らない舌で情報を持って帰って来た。
「セ、セ、セ、セラ、セラエノ…!て、敵、将!!ダ、ダ、ダオ……!!!」
それだけ聞いてヒロは全軍に後退を伝達させた。
その名はヴァルハリア教会騎士団を崩壊させた者。
その名はヴァルハリアを恐怖に突き落とした者。
その名はあまりに悲しい憎悪の連鎖に囚われた者。

龍姫ダオラ、その無双の武を以って怨敵に対じす。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


学園都市セラエノと帝国軍が同盟を結び、その名称を同盟軍と変えたことにより、紅龍雅は多忙な日々を送らざるを得なくなった。
まずセラエノ軍総大将から同盟軍総司令官への昇進。
ロウガも納得済みの昇進に龍雅は戸惑ったが、ノエル帝以下帝国諸将が龍雅やセラエノの魔物たちを気に入り、ノエル帝の打ち出した新人事により同盟軍の重職に次々と魔物たちを混在するようになると龍雅は辞退する訳にはいかなくなっていたのである。
その結果、龍雅はセラエノ軍の先頭を行かねばならない立場だったのが、同盟軍全体の命運を握る立場になり、軽々しく戦場へ出ることが出来なくなっていた。
軍議に次ぐ軍議。
セラエノから送られる補給物資の分配方法。
夜はノエル帝や軍師であるイチゴを交えて、ノエル帝への軍学教授。
非常に多忙な日々の中で、彼の代わりに戦場に出ると申し出たのはダオラだった。
「たまには我も働かねばな。」
冗談めかして笑う彼女に、龍雅は頭を下げた。
帝国側の将軍を立てる案もあったのだが、これは皇帝に却下された。
ノエル帝は言った。
「余の家臣では些か荷が重いというもの。数百程度の指揮ならば任せるに足る人材は多々いるのだが、大兵力を指揮出来る程大局を見れるものは戦場には来ておらん。大臣たちの進言に従い、帝都防衛に当たらせるために残してきたのが悔やまれるな。」
大兵力を指揮出来る者として、ノエル帝が思い浮かべたのは神聖ルオゥム帝国軍務大臣リヒャルト=ルオゥムという歴戦の老将である。
その姓が示す通り、皇族である。
彼は彼女の祖父、ヴァイス5世の一番下の弟であったが、ヴァイス5世亡き後即位したヴァイス6世が相次いで亡くなり、後継者問題に揺れる帝国の将来を案じて自らは帝位継承権を放棄。
ノエル=ルオゥムの後見人となって彼女の帝位継承に多大な功績を残した人物でもあった。
この人物は後に起こる事件の語り部となるのであるが、それはまたいずれ。
そういう事情があったために、龍雅は人事に悩んでいたのだが、その大役を買って出てくれたのがダオラであった。
「良いのかい。あんたは連中を斬る価値がないって言っていたじゃないか。」
「ああ、斬る価値はないな。だが………。」
そう言うとダオラはノエル帝の頭を撫でた。
「え、うわ!?こ、こら…!ぶ、無礼者め!!」
「我から見れば、そなたたちなど子供同然。ならば子供たちのために明日を切り開かねばなるまいよ。それが大人の義務で、守られるのは子供の特権であるぞ。」
数百歳のダオラは、若い女帝、若い総司令官たちを子供と呼ぶ。
彼女は彼らに、守れなかった我が子を重ねていた。
その眼差しは慈しみ深く、やさしく暖かなものだった。

そしてダオラは戦場に出る。
同胞であるカンヘル=ドライグによって打たれた蛇矛を手に。






「誰ぞある!我が名は龍姫ダオラなり!!我はそなたらの村を焼き、そなたらの愛する者を奪い、そなたらの神を嘲り笑った憎き怨敵なるぞ!!勇ある者は前へ出よ。憎しみに燃える者は我を討て。我が龍槍がそなたらの命を喰らい尽くしてくれようぞ!!!」
リザードマン数十騎を引き連れ、ダオラが戦場を駆ける。
彼女は馬に乗らず、強靭な脚力で蛇矛を振るう。
彼女が蛇矛を龍槍と呼ぶのは、
「我は龍である。龍が蛇を象徴とするなどと一族の恥。」
という主張に基く。
連合軍は逃げ惑った。
これまでの一方的な勝利ムードなどダオラの常識外れた武の前に霧のように消え失せたのである。
吹き飛ぶ将兵。
空から舞い落ちる肉塊。
降り注ぐ紅い雨。
そして、ヴァルハリア兵にとって、ダオラの名は恐怖の代名詞でもあった。
騎士物語に憧れただけでダオラの棲家を襲撃し、彼女の夫と生まれたばかりの娘を虐殺したことで招いた災厄であったのだが、村は焼かれ、死体の野を作り、たった一人でヴァルハリア領を滅ぼさんとしたドラゴンはまだ人々の記憶に新しく、自業自得とは言え未だ癒えぬ心の傷だったのである。
「うおおおおおおおお!!!!」
彼女に向かっていく槍を構えた鎧の騎士。
だが、
「弱し…!」
蛇矛の一閃で首を刎ねられ、兵卒たちに無用の恐怖を煽る材料となる。
兵卒たちは、まるで女子供のように絹を裂くような悲鳴を上げ、腰が抜けてまともに走れないまま、這ってでも逃げようと必死にもがく。
普段なら、そんな彼らは見逃されていただろう。
だが、この時のダオラは違っていた。
逃げる兵卒を追い、向かってくる兵を薙ぎ倒し、圧倒的な暴龍となりて、連合軍前線を完全に崩壊へと追いやったのである。
「助けて……、助けて…!!!」
命乞いをしながら這い擦り逃げる兵の心臓を、ダオラは背中から蛇矛を突き刺してその命を奪う。
返り血が彼女の白銀の甲殻を赤く彩る中、彼女は言った。
「……アスティアよ。そなたの言う通りであるな。この者たちは自らの命は拾いたくとも、誰一人として助けを求める声に手を差し伸べない。誰一人として血の臭いがしない者はいない。無辜の民を襲い、戦場の極上の美酒たる凌辱と暴力に餓えた者など許してはならないのだな。」
ブン、と蛇矛を横一線に振る。
勇敢な兵卒たちや将兵らがダオラに向かってくる姿を彼女の目は捉えていた。
「…失せよ、蛆虫ども!!今一度、地獄の業火に焼かれるが良い!!!」

それはまるで夕焼けの空のようであったとヒロは懐述する。
ダオラの口から放たれた炎は一瞬にして、およそ1000近くの命を灰にしてしまった。
帝国側の史記は彼女の武勇を褒め称え、
逆に連合軍側の史記は、改めてダオラへの憎しみと恐怖を書き残したのである。

そして、これから先の物語は両軍どちらの史記にも残されていない物語である。





「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
死体の山の中から男が飛び出した。
その手に握られていたのは波打つ長剣。
後にフランベルジュという名で知られるようになるこの剣は、ヒロ=ハイルのランスと同じく、この当時は一般的な剣ではなく、まだ試行錯誤を繰り返される発展途上の剣であった。
波打つ刀身は、蛇矛を連想させる。
ダオラはその剣を蛇矛で受け止めた。
「ほう、我が間合いに入ってくるとはなかなか。だが、奇襲ならば気配を隠すべきであったな。凄まじき殺意をひしひしと感じていたぞ。戦士よ、名を聞こう。我は……。」
「知っている、お前の名を!!お前はただの憎き仇、醜き蜥蜴!!!」
ほう、とダオラは目を細めた。
男は騎士ではなかった。
それどころか傭兵でも、正規の兵卒ですらない。
連合軍で支給される鎧ではないことから義勇兵であることがわかる。
ただ、その目はひどく恐ろしく、憎しみに燃えていた。
男の名はジークフリート=ヘルトリング。
夫と娘を殺され、無差別に人間を襲う暴龍と化したダオラに村を襲われ、復讐の地獄の業火に妻と子を殺され、自らもまた復讐の炎に焼かれる悲しきメビウスの虜である。


11/04/25 23:47更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
ついに91話です。
こんばんわ、昨日は掲示板が落ちてて本気で焦った宿利です。
今回から数話、ダオラvsジークフリート=ヘルトリングの対決をお楽しみください^^。
ジークフリート=ヘルトリングはひん槍様からいただいたゲストキャラです。
ひん槍様、ほんっっっとうに長らくお待たせしました!!!
まさか11月の時点でリクエストをいただいていたのに
4月の終わりになってしまうとは思ってもいませんでした。
この場を借りてお詫び致します。
さて次回は再び二人の対決をお送りします。
蛇矛vsフランベルジュ。
対決の行方は如何に!!

では最後になりましたが
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回をお楽しみに〜♪

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