連載小説
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第三話・ただ暖かい陽だまりのために
「マイア、見たよー。今日も熱いねぇ。」
「その話はやめてよ…。娘の気も知らないで…。」
「仲はすごい良いんだろ?だったら良いじゃん、あたしんとこなんて、ミノタウロスだから…。今朝も色んな意味で大変だったよ。親父がトマト料理作ったり、うっかり赤いハンカチだしたり、親父が飲み屋であふくろよりも若い女の子と口利いたのがばれて、おふくろが焼きもち焼いて、家の中壊したり…。」
「あああああ、ごめんごめん!そんなに暗くならないでぇぇ!!」
ここはセラエノ学園の第三教室。
ロウガがかつてアスティアと戦い、倒したことによって得た報酬で10年前に建てられた学園である。学園といっても全部で3クラス分の教室と職員室、音楽室と広い運動場と図書館がある田舎の分校程度の広さでしかない。
本来はセラエノ学園などという大層な名前ではなく、ロウガが娘のマイアの教育も兼ねた私塾程度の認識で始めていたのだが、ロウガの教育方針に感銘を受け、砂漠の古代都市よりアヌビスが教師陣とし加わってから、その体制は大きく変わることとなった。
アヌビスの全知識を駆使して行われた改革は、ロウガの基本方針である『人と魔物が共存出来る社会作り』と『地域社会の教育水準の向上』をそのままに施設の拡充、生徒数の大幅な獲得を前提にした教員の補充、などが挙げられる。さらにロウガの基本方針に彼女がさらに付け加えたのは、健全な精神を作り上げるため、リザードマンのアスティアの監修の下での武術訓練、スポーツ授業の推奨も挙げられる。健全な知識とは健康な肉体を作ることで、さらに効果が上がるというアヌビスの主張だったのだが、どうやらこれには汗を流して爽やかに運動する少年少女の姿に欲情している彼女の性癖も多分にあったようである。
またロウガが根を下ろした町は、確かに親魔物勢力の町なのだがその歴史があまりに新しく、いまだ、人々の間には魔物への迷信がまかり通っているなど、人々の意識を変えていく必要があると感じていた。もっとも彼の場合、それが本来持ち合わせていた教育意識の高さ、良識から出た考えではなく、愛する娘と愛する妻の未来を案じただけにすぎないというのが本当のところである。
そこへアヌビスの持ち出した案はロウガの考えと合致した。
元々莫大な報奨金の使い道に困っていたロウガは何の迷いもなく施設を増設、そしてアヌビスの人脈を駆使して町の図書館を凌ぐ知識の塔を目指して、大陸屈指の蔵書量を誇る図書館が作られた。生徒は人間と魔物問わず入学を許可し、年齢も性別もごちゃ混ぜにして、ロウガの考える基本方針の下で机を並べて授業を受ける。
後にロウガの死後100年経った後、この体制は潤沢な資金の下でさらに強化され、大陸中の学士、魔術師たちの憧れの学び舎としてその名を馳せることになるのだがこれは余談。
「でも学園長先生もすごいよな。あたしの親父よりも年上とは思えないぜ?」
「う〜ん…、そこは確かにすごいと思うけど、家の中では寝ているか、母上といちゃついているか、稽古付けてくれるくらいであんまりすごいとは思わないなぁ?」
「わかってねぇな。50歳であの引き締まった身体、若々しい精神力、しかも若い時から豪傑だったって親父が言ってたけど、いまだに陰りがない武力!これだけ揃っていりゃ、文句の付けようがないぜ。」
マイアの友人、ミノタウロスのコルトは羨ましそうにマイアに捲くし立てるが、当のマイアはというと彼女のイメージと自分のイメージが噛み合わないので苦笑いしていた。
「ま、身内じゃあのすごさはわかなんだろうな。でもああ言う人を父親に持つと、あれくらいの男気持ってないと、マイアは落とせそうにないよな。そういう訳だからさ、お前も、頑張れ、よ!」
コルトは自分の席の横に座る少年の背中を思いっ切り叩いた。
その衝撃で少年は肺から空気が出て、むせ返る。
「げほっ、ちょっとコルトさん、痛いよ。」
「お前、また武術の授業で赤点スレスレだったろ?そんなんだと、大事なもの逃がしてしまうぞ。」
ニヒヒ、と笑うコルトに少年は、
「か、関係ないだろ!」
と顔を赤くして反論する。
少年の名は、サクラ。
マイアより2つ年下の15歳の何の変哲もない、両親共に人間のただのごく普通の少年である。母がジパングからやってきたためか、故郷を忘れないようにと彼の名前に国の花、桜の名を付けられたのだが、その名前が主に女性に付けられる名前であるという認識から、少年はいつも恥ずかしい思いをしている。もっとも彼自身、少女と見まごうばかりの女顔なので、その思いに拍車がかかっている訳である。
コルトの言う通り、サクラは武術が苦手である。
セラエノ学園において武術は必須科目ではない。武術が苦手であれば、学問に打ち込む、魔術などを専攻して世界を知るなど様々な選択肢があるのだが、サクラは敢えて苦手な武術科目に身を置いている。
それはすべて、目の前の彼の年上の想い人のためである。
少年はよりによってロウガの娘、マイアに想いを寄せていた。
まさしく高嶺の花である。
「そうだね、サクラ。君と実力が違いすぎる私が言うのも何だけど、人生何があるかわからないから、武術は身に付けておいた方がいいかもね。」
だが、想いを寄せられている当の本人は一向に気付いていない。
こうしてサクラはもう一度、心に会心の一撃を喰らうのである。
『きーん、こーん、かー…ゲホゲホ。あー、頭に響く…。まったく、二日酔いで仕事なんかするもんじゃないわー。良い男はいないし、ロンリーナイトは私一人だし、せっかくの合コンが無駄になっちゃったよ…。』
『コラー!セイレーン先生!校内放送で何を話しているんですか!!』
『げ、アヌビス…、きょーとー!?うわぁ、放送切れてない(ブチッ)』
朝の授業の開始を告げるセイレーンの美声によるチャイムと放送事故で学園の一日は、始まっていくのである。



「まったく、セイレーンも困ったものですよ。」
「そういうなよ、教頭閣下。彼女、アレで生徒に人気があるそうじゃないか。」
「そういうことを言っているんじゃありません。それに学園長も今朝みたいなことはおやめください。生徒のいい笑われ者です。」
一応気を付ける、とだけ俺は答えておく。
ここは学園長室の一室。
授業が始まって、妻のアスティアは受け持ちのクラスへ移動してしまったのでここには俺と教頭のアヌビスだけである。机の上には彼女の持ってきた案件の書類が山積みで、雪崩が起きないのが不思議な状況だ。
「それと今朝の…事件ですが、おそらくフウム王国から何らかの抗議、その他行動が予想されます。」
「わかっている。妻と娘を侮辱されたとは言え、少し軽率だった…。」
「軽率…、だったかもしれませんが、私は学園長を…、ロウガさんを支持しますよ。魔物を妻に持った方々もおそらくは…。」
病院に運ばれたオルファンは再起不能だ。
怒りに任せて、頭部を砕いて、背骨も砕いた。騎士としても人間としても再起は出来ないだろう。ましてや、彼は王国の看板を前に出した騎士だ。
無反応でいる訳がない。
「もし賠償要求など、フウム王国側が行動を起こしたら…。」
「交渉は出来るだけ引き延ばせ。金や命を惜しむ訳ではないが、要求をすぐ飲んでしまうようでは、やつらはすぐに付け上がって、図に乗ってくる。それが人間というものだ。」
「…まるで、あなたが人間ではないような物の言いようですね。」
「…かもしれんな。」
軽い頭痛に、またこめかみを指で押す。
「また…頭痛なのですか?」
「ああ、今朝も妻に心配されたよ。」
心配はない、と彼女を諭す。
アヌビスはまだ心配そうな顔をしているが、大丈夫だと言って笑顔を作る。
…頭痛の原因は、何となくわかっているのだから。
「…わかりました。しかし、健康診断だけは必ず受けてください。あなたの家族は…、いえ、この学園もこの町もあなたで持っていると言っても過言ではありません。」
「それは…、言いすぎだ。」
「……フウム王国の件はあちら側から使者が来た時点で対応を決めましょう。さしずめ私の分身たちを使者として、交渉のテーブルに着かせます。細かい対応はその後で…、ということでよろしいですね?」
「頼む。」
「わかりました。ではそろそろ学園長としての仕事に戻っていただきます。今日中にその書類に目を通して、許可を頂きたいと思いますので…、そうですね。午前中で片付けていただきます。」
「待て、これ全部を午前中か!?」
再び書類の山に目をやる。雪崩が起きる寸前まで積み上げられた書類の山を見るだけで、仕事をする気がなくなる。
「ええ、当然です。奥様にかまけて仕事をサボるような方に慈悲はありません。」
「待て、娘もお前も何の恨みがあってこんな仕打ちをする!」
「さあ?私は娘さんではありませんので、理解しかねます…。」
と、言ってアヌビスは学園長室を出て行く。
後に残されたのは雪崩寸前の書類の山。
愚痴を言っている暇はない。
一分一秒でもアヌビスの締め切りを破ってみろ。
恐ろしくて想像したくない。









「何の恨みがあるか…、か。」
学園長室の扉のすぐ横の壁にもたれかかってアヌビスは呟いた。
「決まってます。奥様へのささやかな嫉妬、私の…ささやかな乙女心ですよ。」
ふう、とため息一つ。
アヌビスはご機嫌に尻尾を振りつつ、自分の役目へと戻っていった。
10/10/12 08:32更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
学園の朝の風景いかがだったでしょうか?
今回は教頭のアヌビスと少年サクラ、そしてロウガの作った学園そのものに少しだけスポットを当ててみました。
次回はついに16年後の娼館の店長代理、ジャックにスポットを当てます。

そしてついにお待ちかね。
紳士の皆様に朗報です。
第五話にて、娼館にてサービスデーを実施いたします。
ご希望の女の子の種族、容姿などございましたら
感想場にてお申し込みください。
紳士の皆様の奮ってのご参加をお待ちしております。

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