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第八十四話・アキ、駆ける
戦況は一進一退に変わった。
序戦は劇的な勝利を収めた帝国軍とセラエノ軍であったが、ヒロ=ハイルが上級騎兵大将に就任したことにより、これまでただ圧倒的な兵力に任せた布陣とも呼べない大きく広げただけの布陣から、兵法に則った無駄も隙もない布陣へと生まれ変わったことで、両軍共に下手に動けない状況になった。
これはヒロ=ハイル自身が異例の昇進を成したこと、紅龍雅の夜襲を看破し、別働隊によって襲撃されてしまったものの見事にセラエノ軍を退けたことによるものである。
元々の能力の高さに加え、作戦の失敗続きの諸侯よりも、彼を英雄視し始めた兵卒たちからの人気が上がり、それに押し上げられるように彼は軍議での発言権を強化していった。
後世における、彼を聖騎士として教会史に名を残したヴァル=フレイヤに準えて『聖ハイル』と呼ぶようになるのは、この頃からであると歴史研究家は推測している。
彼自身はそれを望んだ訳ではなかったのだが、彼の意思に反し、一々的を得た発言は彼の軍議における地位をさらに押し上げ、大敗を喫して3週間も経った頃には諸侯は誰一人として、ヒロの懸案に反対など出来なくなってしまった。
こうした経緯があり、連合軍内部には末端の兵卒から貴族出身者に至るまでの全軍に、これまでの無法地帯とは打って変わり、神聖ルオゥム帝国侵攻戦が始まって以来、初めて連合軍に軍律が機能し始めた。
戦闘中、ヒロの指揮の下でこれまでの乱雑で暴虐的な行動から、秩序がある組織的な行動に変わったのだが、鉄壁の防御態勢を固めていた帝国軍は、ノエル帝とセラエノ軍総大将、紅龍雅の指揮により、崩れる様子を見せることはなく、戦場は早くも膠着状態を迎えていた。

ヴァルハリア暦806年、文治元年、帝国暦14年12月8日。
まもなく1年が終わろうかとする雪の降る日、その日も両軍は出撃はしたものの、互いに陣形を変え、互いの出方を伺い、互いに牽制するかのように弓矢の応酬があったのだが、結局、睨み合いのまま虚しく時間だけが過ぎていく。
しかし、そんな状況に業を煮やし、血気逸る連合軍将軍が一人、ヒロ=ハイルの制止を振り切り、帝国軍将軍に一騎討ちを挑んだ。
「我こそはフウム王国が将、カウラなり!我と一騎討ちせし勇者は何処か!」
自らの勇猛さを示すようにグレイブを振り回すカウラ将軍の名乗りを、ノエル帝も龍雅もまるで、気の毒すぎて笑えないピエロを見るように、困った笑いを浮かべていた。
「紅将軍、そなたも余と同じようだな。」
「皇帝陛下こそ。本当に困ったことだな。」
ノエル帝も龍雅も、この一騎討ちを受ける謂れはないと考えていた。
だが、こうして膠着状態を一月以上続けていて、さすがに両軍共に将兵の間に鬱憤が溜まっており、何かの反動で暴発しかねない状況を鑑みれば、この一騎討ちを受けざるを得ないという結論に二人は至った。
「………ハッキリ言うと、我が帝国は集団戦を得意とする故に将軍の中にも突出した武力を持つ者がおらぬ。紅将軍、度々そなたたちに甘えるようで悪いのだが、またそなたたちに頼んでもよろしいかな。」
「そいつは構わないんですがね。さて誰を出そうか…。」
龍雅は頭の中で味方の将軍たちの人選をしていた。
ダオラは…、
「我が?断るよ。あの程度の小物、赤子の手を捻るよりも容易い。サクラ程の魂と力があれば喜び勇んで出ても良いが、あれでは討ち取ったところで逆に弱い者いじめで我が名を落としてしまう。」
双子将軍、エルフのリンとレンは…、
「私たちは……、遠慮させていただきます。見ての通り、私たちは弓を得意としますが、剣は人並み程度にしか扱えません。あの方は槍、私たちのどちらかが出ても弓です。勝てる見込みはありますが、それでは卑怯と罵られてしまいますわ。」
「姉さんの言う通りです。それにあんなの討ち取っても困ります…。私たちのキルマークが増えるの結構ですけど、あんな変なの討ち取ったらそれこそ人生の汚点として眠れない夜を過ごさなきゃいけません。それだけは嫌ですね。」
本人たちに声をかけたのではないのだが、龍雅の脳内で彼女たちの確実に言うであろう返事がすぐ様再生され、龍雅は苦笑いと溜息を吐いた。
脳内であるとはいえ、彼女たちにあそこまで言われる敵将カウラに彼は同情を禁じ得なかった。
そしてイチゴは…………、と思い浮かべるだけ無駄だと彼は見送った。
「待て待て待て、総大将殿。ワシを無視するとは良い度胸じゃのう、ワレェ?」
「何だ、いたのか。」
「いたのかはなかろう!ワシのお仕事は何じゃ?そう、軍師様じゃ。ワシの一声で軍勢が動き、ワシの頭脳で敵を丸裸にして、嫌がらせのようにねちっこく敵軍を凌辱するのがワシのお仕事じゃ。あんだすたん、我が上司。」
「………あんたの仕事は理解している。そこまで言うのだったらあんたが出るかい?」
するとイチゴはペッタンコな胸で胸を張り、堂々と宣言した。
「働きたくないでござる♪」
「………………………………………。」
予想はしていた、と言わんばかりに龍雅はイチゴを無視して考える。
セラエノ軍の兵卒であれば、リザードマンやアマゾネスなどの個人戦に強い魔物が揃っているだけに、誰を出してもカウラ将軍程度であれば討ち取れるであろうと予想は付いているものの、この場合はこちらもそれなりの将軍を出し、応じなければ士気に関わると龍雅は頭を悩ませた。
残るはアキとアルフォンスとサイガだが…、と考えていると背後で歓声が上がった。
龍雅が振り返るとアマゾネスのアキが馬に跨り、細身の大剣を担いで彼の下へと歩み寄ってきていた。
その笑顔は、自分がやると言っている。
「お、おいおい…。」
「売られた喧嘩は早いとこ買っとけよ、たっちゃん。ボヤボヤしてるとあちらさん、アタシらのこと腰抜けだと思って舐めた態度取り始めるぞ。そうなる前にアタシが行ってやるよ。適当に撫でて、適当に遊んで帰ってくるさ。」
新参者なせいか、龍雅はしばしば町の古株から親しみを込めて『たっちゃん』と呼ばれている。
無駄な緊張などない彼女に龍雅は、この一騎討ちを託すことを決めた。
アキはただ一言、
「任せなって♪」
そう言って、颯爽と馬を走らせる。
その後姿を彼女の夫、ジークフリードが誇らしげに見送っていた。


―――――――――――――――――――――――


「ほほぅ、俺を相手に逃げないとは女伊達らに大した度胸だ。名を名乗れ。その名を我がグレイブの錆びと共に刻んでくれよう。」
それなりに立派な馬に跨ったカウラはやっと出てきた対戦相手を嬉しそうに迎えていた。
カウラ=ヴァン=クロア、22歳。
彼は旧フウム王国大貴族の三男としてこの世に生を受けた。
特に代わり映えのない貴族らしい怠惰で退廃的な人生を送った彼は、人一倍騎士道物語への憧れが強く、大した武技は持っていないにも関わらず、家柄のおかげで将軍の地位まで駆け上った男である。
時代がかった喋り方も、その憧れからである。
「……はぁ、アタシの悪い癖だねぇ。こんな三下相手に、思わず喧嘩買っちゃうなんて、うちの生徒たちには見せらんないよ。」
「さ、三下ぁ!?」
「あら、お聞こえあそばした?おクソみたいなツルツル脳みそでも、お悪口ぐらいはお理解出来るようでおございますですわね。おほほほほ……っつー訳で理解出来るんだったら教えてやるから、アタシに勝てるなんて甘い夢に漬け込んだ脳みそ活性化させてよぉ〜く聞きやがれ!セラエノ軍に勇猛にして果敢と名高いアマゾネス族。熱血のルーン文字を身体に刻み、不撓不屈の!あ、鬼将軍…、鬼包丁のアキたぁ、アタシのことだぁ!!」
「お…、鬼将軍だと!?」
彼女が鬼包丁と呼ぶ大剣をブンと一振りすると、その凄まじい音と風圧に気圧されてしまったカウラは、ゴクリと息と生唾を飲み込んだ。
「序戦でアタシら、アマゾネスの武勇で軍をズタズタに分断された恐怖、もう一回味遭わせるやるよ。嫌だって言っても強制的に思い出させてやる。そのぐらい覚悟は持って来ているよな、ドサンピン!!」
「い……、一度ならず二度までも!貴様、騎士を愚弄するか!!」
「強がるんだったら、その震えて上擦った声をどうにかしろよな。」
「ゆ、許せん!!」
カウラが馬を走らせ、グレイブを大きく構えた。
アキも馬を走らせ、馬上で脇構えに大剣を構える。
互いの武器が交差する瞬間、先に仕掛けたのはカウラだった。
「獲った!」
アキの頭を目掛けて、カウラがグレイブを振り下ろす。
だが確実に打ち抜いたと思った一撃は、虚しく空を斬り、彼の手に何の手応えも残さない。
「ハッ!?」
彼は背筋が凍り付いた。
アキの乗った馬の鞍に彼女の姿はない。
アキは右片方の鐙(あぶみ)に身体を預け、左手で手綱をしっかりと握ると、顔を地面スレスレに近付ける程、馬の横腹に身体を傾けて、曲乗りをしたまま細身の大剣を振り被っていた。
「馬鹿が見る、豚のケツ♪」
「し、しま……!」
カウラから見えない位置から、大剣が振り上げられる。
右腕の力だけでも凄まじい彼女だが、身体を起き上げる反動を利用して身体ごと突き上げるように、鋭く力の乗った斬撃が彼を襲う。
アキの大剣が馬の首から頭を真っ二つに下から斬り上げ、そのリーチの長さでカウラの顎を割り、彼の馬と同じように顔を真っ二つに割った。
カウラの身体がブルブルと震え、手に持っていたグレイブがガランと地面に落ちる。
そして走りながら絶命した馬は、まるでその前足が折れるようにして地面に激突、騎乗していたカウラも投げ出され、受身も取れないまま何度も地面に激しく叩き付けられた。
堅い地面に顔を打ち、転げた拍子に首を折り、土煙を上げて、彼はうつ伏せで大地に伏す。
ピクピクと小刻みにしばらくは動いていたが、やがて彼はそのまま静かに息を引き取った。
「そういや豚のケツ…、と言えばオークだよな。あいつらのケツの方がムッチリしていて、揉み甲斐があって、楽しいと思うんだけど、あんたどう思う?って、もう旅立っちまったか。」

帝国軍、セラエノ軍の陣営からは歓声が。
連合軍からは溜息が。
双方の士気にこの一戦がどれ程の影響を与えたのか、それは言うまでもない。


―――――――――――――――――――――――


私に何が足りないのか。
彼にあって、私に足りないもの。
それが知りたくて、私は騎兵大将などという身分不相応な地位を得て以来、一日も欠かさず、瞑想と書物による勉学に励んでいる。
私、ヒロ=ハイルは何故、紅将軍に敵わないのか…。
何故、彼の言葉にこれ程私が揺れるのか。
祈っても、答えはない。
それなら自分で知る以外に方法はないのだ。
「大将閣下、お呼びでしょうか。」
「ああ、こんな夜更けに申し訳ありません。」
大将閣下…、か。
つい先日まで騎士団長と呼ばれていたのに、まだ慣れませんね。
リオンも出て行ってしまった。
同い年で心を許せる存在でしたが、彼もまた紅将軍に揺らいでしまった…。
いや、気が付いてしまったのか。
教会騎士でいては掴めないであろう答えに。
正直なことを言えば、私はリオンが羨ましく思える。
私はどんなに偉そうなことを言っても、信仰から離れられない。
神への信仰が私を縛る。
だがリオンにはそれがない。
そう言った意味では彼は本当に自由だ。
「昼間のことで、兵士たちに動揺は?」
「はい、カウラ将軍が討ち死にしたことで士気に衰えが見え始めています。今のところは問題はないかと思いますが、我が方は圧倒的に一騎討ちに関しては不利かと思われます。」
それは、私も感じていたこと。
「相手が人外なのですから、仕方がありません。明日にでも全将軍に通達します。今後、軽々しく一騎討ちをしてはならないと。命令を違反する者は誰であろうと厳罰に処すと前以て、全軍に触れ回ってください。」
「誰で…、あろうとですか…。」
「そうです、誰でも。例え大貴族の子弟でも。」
きっとまた彼らから反発の声が上がるだろう。
すでに私が彼らの上に立つ上級騎兵大将になったその日から抗議が来ていた。
家柄もそれ程良くはなく、武力による出世を果たした野蛮人。
そんな野蛮人が彼らの古い習慣を縛り、彼らの誇りを傷付け、私に命令されて従わねばならないという屈辱から、ヒロ=ハイルという人間を心の底から憎んでいる。
それが今の彼らから見た私。
だが、それでも……。
無法地帯を放置し続けたせいで地に落ちてしまった連合軍の名声を取り戻し、我々に味方する勢力を例え一勢力であろうと味方に付けなければ…。
そうしなければ、負ける。
彼が、紅将軍があの陣にいる限り、こちらは裏を掻かれるばかりだ。
「おい、雪だ。」
幕舎の外から聞こえる声に、私は思わず表に出る。
しんしんと降る雪。
この降り方ならば、明日は積もるだろう。
「……明日は、お互いに戦にならないようですね。」
私の不安も、この雪のように隠せてしまえば良いのに……。
負けることが怖いのではない。
私は、私が揺らぎ、崩れることが怖いのだ。
(お前の神はどんな顔をしている。)
私の神は……。
……どこにもいない。
紅将軍、教えてください。
神とは、戦とは、生きるとは…。
私には、わからないことが多すぎる。


この時、連合軍上級騎兵大将ヒロ=ハイルは気が付いていなかった。
彼の心に住む神の姿に。
そして彼の目指す先が、一将軍の域を大きく超え始めていたということに。


11/03/11 00:09更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
こんばんは、PSP最新作『るろうに剣心』に深く絶望した宿利です。
ポリゴンが、ポリゴンが酷すぎるのぉ…!
さて今回は、戦場の小競り合いをクローズアップしてみました。
アキ大活躍?
彼女の啖呵は『グレンラガン』のカミナのパクリですw
好きなんです、ああいうヤクザな啖呵が!
やられ役のカウラ氏、名前の元ネタはウルトラマンAの『牛神超獣カウラ』です。
何だか、そんなマイナーな怪獣知るかという声が聞こえてきそうですが、
たまたまうちのDVDを漁っていたら、その名前に目が止まったんです。
どうか、お代官様。
ご勘弁を。

今回も如何だったでしょうか?
次回は戦場での小さな日常をお送りいたします。
では最後になりましたが、
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回もお楽しみに?

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