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第八十三話・出会い、別離、そして英雄へ
アヌビスの記した歴史書によれば、ヴァルハリア暦806年、学園都市セラエノが定めた文治元年、そして新たに加えておくならば神聖ルオゥム帝国皇帝、ノエル=ルオゥムが即位した際に定めた帝国暦14年、10月22日の出来事としてセラエノ軍大将紅龍雅と、ヴァルハリア教会騎士団長ヒロ=ハイルの対面が記されている。
正確無比を誇る彼女の歴史書ではあるものの、この記述に関しては目撃者が極端に少なく、彼女の耳に入る情報があまりに少なすぎたのか、僅かな行しか割かれていない。
実はこの時の状況を後世に伝えていくのは、意外なことにヒロ=ハイルの部下であるリオン=ファウストであった。
彼はこの時の様子を詳細に自身の日記に残している。



紅龍雅と名乗る将軍は堂々としていた。
団長は彼が通るであろう本陣までの侵入経路を看破し、僕を含めた騎士団の生き残り13名と、この度の敗戦で全軍総崩れになる前にセラエノ軍を食い止めた団長を慕うようになった領民兵100余名で待ち構えていた。
篝火が赤々と燃えて、あたりを照らしていた。
セラエノ軍の偵察を偶然捕獲することが出来、僕も仲間たちも誰もが偵察を斬り、夜襲をかけようとしている部隊を、逆に襲撃するものと思っていたのだが、団長は彼の縄を解いて、率いている将軍の名前を聞き出すと、一言伝言を申し付けた。
「では、紅将軍をお呼びいただけないでしょうか。ヴァルハリア教会騎士団長、ヒロ=ハイルという者があなたに一騎討ちを望んでいると。」
せっかく捕らえた偵察を無傷で解放すると、彼はそのまま闇の中に消えてしまったのだが、しばらくすると真紅の鎧に身を包んだ大将らしき人物が、副将を伴って現れた。
それがセラエノ軍大将、紅龍雅であると理解するのにそれ程時間はかからなかった。
待ち伏せがあると伝わっているはずだったのに、彼は堂々としていた。
自信に溢れているというか、僕にはない空気を纏った男だったと僕は記憶している。
彼が連れていた副将は、まさに教会が敵だと認める魔物。
リザードマンだった。
僕ら北方の民と違い褐色の肌をした始めてみるリザードマンだった。
彼女もまた真紅の東方系の鎧に身を包み、まるで槍のように柄の長い湾刀を持っていた。
「お初にお目にかかる。俺が此度の援軍における総大将、紅龍雅である。」
力強い黒馬に乗ったまま彼は歩み寄る。
威嚇も何もないというのに、彼の発する気迫だけで僕は後退りしていた。
右手に長い剣を鞘に収めたまま持っていた。
聞いた話ではジパングでは、それを敵意がないという表現にしているという。
「ヴァルハリア教会騎士団長、ヒロ=ハイルです。昼間はお世話になりましたね。あなた方には本当に、お世話になりっ放しで…。」
それは団長の皮肉。
僕はこの時、敵意を剥き出しにする団長を初めて見た。
「それにしても、皇帝と言い、あなたと言い……。一体どういうつもりなのですか。本来、人の上に立ち、兵を指揮する者は前線には出ないのが古来からの慣わし…。余程、ご自分の蛮勇に自信がおありなのか…、それとも別の狙いがあるのですか…?」
それは僕にもわからなかったこと。
何故、彼らはあそこまで危険を冒すのだろうか。
「わからんか…、いや、わからんよな。それが当たり前だと信じてきたのならば、尚更理解は出来ぬだろうよな。ならば教えてやろう。兵は将を信じて動くのだ。我も人なり、君も人なり。我らは将棋の駒に非ず…、っと将棋を知らんだろうな。つまり遊びの駒ではないのだよ。安全なところから口を出すのは簡単だ。だが、それではあっという間に人心は離れていく。」
その言葉に団長が反論した。
「人心は離れない!信仰が、神が己が胸の内におられれば離れることはない!それ故に神は大司教を天より遣わし、王は神の代理人である教会によって選ばれるんだ。人々は教会や王に神の姿を見て、神への忠誠を新たに誓い、それらを守るべく、その身を捧げることの喜びを知る!」
初めて見る感情の昂った団長の姿。
僕よりも教会に長く属し、もしもこんな風に反魔物の風潮が現在程強くなければ、次期大司教候補になっていたのではないかと言われる彼の心の奥底を、僕はこの時、初めて覗いたような気がする。
それは物心付く頃には植え付けられた忠誠心。
ヴァルハリアが滅んでも構わない、自分たちは許されざる者だと言っていた背景には、団長の中にはいつもどこかに信仰心があり、神への疑問をその心に抱きつつも、神という存在を捨て切れないでいるのだと僕は知る。
「……ヒロ=ハイルと申したな。それが、お前の信奉する神の限界だ。」
「馬鹿な、神に限界など…!」
「ならば、神によって選ばれたはずのノエル殿が、何故これまでとは逆に兵卒たちのためにその身を投げ打って戦うか、考えてみよ。彼女はすぐに理解したぞ。元々彼女は教会の教義なるものを憎んでいた節があったようだが、神は誰も選んでなどいない。貴重な御身を敢えて危険に晒すことで、彼女は臣民に自らの大義を示した。それ故に兵は彼女に付き従う。教会にもかつてセラエノで起こった反乱の最中、皇帝と同じ行動を取り、神のためではなく仲間のためにその命を落とした聖女と呼ばれる女がいたと聞いておるが、それは俺の聞き間違いだったか?」
それは……、フレイヤ先輩…、なのか!?
「し、失礼します!その女性の名をお聞かせ願えませんか!」
僕は堪らず、二人の間に割って入った。
「リオン…!」
「お願いします、その人の名を…!どのような最期を遂げたのか、お教え願います!」
無礼は百も承知。
それでも聞かずにはいられなかった。
僕が知る彼女の最期は、噂話と教会が公認した殉教物語。
彼が、紅将軍は敵であった彼女を聖女と呼んだ。
もしかしたら、彼らなら事実を知っているのでは…。
その真実が、僕を導くのでは…。
そう思うと居ても立ってもいられなかった。
「……リオン、と申されましたね。紅将軍に代わって私がお話しましょう。彼はあのクーデターの時はまだセラエノにはいなかったので、彼女の指揮する部隊と戦った私が、お話いたします。」
紅将軍の副将、アルフォンスと名乗る褐色のリザードマンは静かに語ってくれた。
フレイヤ先輩がどのように戦い、どのように生き、そしてどのような最期を迎えたのか。
彼女の知る限りの最期を、彼女は客観的な真実を語ってくれた。
「……残念です。もしも敵、味方に分かれた戦場でなければあの方の思い出話に華を咲かせ、故人を共に偲ぶことも出来ましたでしょうに。」
僕の頭の中で、出立の朝に微笑んで助言をくれたフレイヤ先輩の姿が甦る。
僕は目を開けていられなかった。
目を開けば、きっと涙を止められないから。
頭の中でレオンが語りかける。
(これが敵か?敵とは誰のことだ。お前の敵か。違うだろう、わかっているはずだ。誰もお前の敵じゃない。お前の悪いところは何もかも半端で、何一つ決断出来なかったことだ。お前は誰を選んだ。魔物を選び切れず、教会騎士団を選び切れず、ズルズルと時の流れの中で傷付くのが怖くて、選んだフリをしていただけなんだぜ。)
そうかもしれない。
彼女は、フレイヤ先輩は神を超えて死んでいった。
彼女が望んで、信仰の向こう側へと旅立った。
なら……、僕は…?
「問おう、ヒロとやら。お前は神や信仰を口にしたが、お前の神はどんな姿をしている。」
紅将軍は団長に問う。
一瞬、団長はたじろいだ。
神はどんな姿をしているのか。
僕もその問いに、教会騎士団の証である紋章を咄嗟に思い出すが、それが神の姿であるかと問われれば、それは違うのだろう。
「か、神に姿はない。神は決して触れられず、されど灰の中の焼けた石の如く煌々と燃え続ける存在。神の御心は謎。それでも私たちは信仰し続けなければならないのです。」
団長の答えに紅将軍は大きな声を上げて笑った。
愉快、まるでそう言わんばかりに彼は笑う。
「何が可笑しいのですか。」
「ははは…、すまんすまん。大和…、いやこちらではジパングであったな。ジパングの僧でも答えそうな模範的な回答だな。可笑しいのではない。ヒロ、俺はそなたが可哀想に思えてきただけだ。」
「私が……、可哀想…?」
「ああ、可哀想だ。神を信奉するのに、お前の中に神はいない。お前は何がお前を支えているのかも、お前自身が気が付いていない。それなのに神なんて不確かな者に縋らねばお前はここに立てないというのが可哀想だ。俺にはいるぞ。神と呼ぶに相応しき者たちがこの胸に、今も共に生き続けている。俺が裏切り、俺のせいで死んでいった仲間たちが、恋焦がれた人がいつでも俺の背中を倒れぬように支えてくれる。彼ら以上に神々しい者など俺にはいない。だが、お前にそれがないというのが何とも可哀想なのだ。」
それきり、団長は沈黙してしまった。
神…。
僕の中にいる神の姿とは…。
長い静寂、ザァと木々の音だけがやけに五月蝿く木霊する。
団長だけじゃない。
騎士団も領民兵も誰もが、紅将軍の言葉に呑まれてしまっていた。
「………リオン。」
静寂を破ったのは、団長の僕への呼びかけだった。
「私の剣を……、お願いします。」
「は……はい!」
慌てて僕は団長の剣を持ち、走った。
馬上で使うことを前提に打たれた剣は、柄も刀身も通常よりも遥かに長い2mのロングソード。
片手でも扱えるようにと、重心も全体のバランスも団長のためだけに工夫を凝らして作られた剣を、僕は大事に抱えて馬に跨った団長に手渡した。
団長は剣の柄を掴むと一気に引き抜いた。
キィン、という剣の放つ独特の鋭く美しい音が、風を切って僕の耳に届く。
「…私は、迷ってはならないのです。例えこの胸に神が存在しなくとも、私を慕う人々がいる。私が守らねばならない騎士団がある。私が守ると誓った人々や教会がある。それ故に私は一切迷ってはならない。紅将軍、問答に答えていただきありがとうございます。やはりあなたは危険な人のようです。あなたを討たねば、私が揺らぐ!」
剣を突き付ける団長に、紅将軍は微笑んで右手に持っていた剣を鞘から引き抜く。
何の躊躇いなく、彼は団長の一騎討ちに応じる。
僕は味方である団長の気迫に圧されているというのに、彼は平然としていた。
ジパングの戦士はあっさりと覚悟を決め、命を潔く曝け出してしまったことに、僕は自分の戦士として、また男としての未熟さを感じずにはいられなかった。
「そこまで評価してもらって恐縮だ。だが……、俺の相手などしている暇が君におありかな?」
「何を言って………!?」
その時、僕らの耳に微かにラッパの音が聞こえてきた。
振り返ると夜空が微かに赤く燃えている。
あの方向は……、本陣…!?
「おうおう、うちの若いのも間に合ったようだな。」
嬉しそうに紅将軍は赤い夜空に目を細める。
「ば、馬鹿な…!他のルートには沈黙の天使騎士団がいたはず…!」
「ああ、いたらしいな。だが、俺のようにわざわざ目立つ鎧着て、街道を行かなければ、本陣まで道などいくらでもある。」
つまり別働隊が、道なき道を迂回して本陣を襲撃したということ。
またしても彼は囮。
僕らは完全に裏を掻かれてしまっていた。
おそらく沈黙の天使騎士団にも、あのラッパの音が届いたはず。
僕らはどうするべきか…。
「どうする、俺と遊んでいくかい?」
「…………リオン、兵を纏めなさい。本陣の救援へ向かいます。紅将軍、またいづれ日を改めましょう。今日は浮き足立った我々の完敗ですが、明日も勝てるなどと思わぬことです。」
団長の指示の下、僕らは本陣へと戻る。
紅将軍に背後から襲撃されないようにと団長は殿(しんがり)を自ら勤め、僕らは全速力で本陣へと急いだ。
燃え盛る本陣を目指して走る傍ら、僕は僕の中に住むレオンに語りかけ、生まれて初めての決断をこの胸に刻み付けていた。


ヒロ=ハイルの活躍により、サイガ率いる別働隊は夜襲に成功したものの撤退を余儀なくされる。
しかし夜が明けてから行った状況確認で、少数で攻めてきたセラエノ軍の死体は一つもなく、ヴァルハリア・旧フウム王国連合軍の死者は500余人と龍雅の狙い通り、混乱のために同士討ちを起こしていたことが明らかとなった。
連合軍の被害は兵糧の一部と、防御柵と兵卒の幕舎の一部が消失。
被害そのものは大したことはなかったのだが、ヒロの恐れていた通り、兵の中にセラエノ軍と帝国軍に対する恐怖が植え付けられることとなる。
そんな中、ヒロ=ハイルはヴァルハリア教会騎士団長を解任される。
その代わり、新たに設けられた旧フウム王国貴族の子弟で構成された『神国鉄甲騎兵団』以下、連合軍指揮下の全騎兵を総括する上級騎兵大将に就任する。
それに伴い、ただの客将扱いだったハインケル=ゼファーも大司教ユリアス、フィリップ王の推薦の下、同じように神国連合軍作戦参謀へと正式に就任することとなる。
これは敗戦続きの連合軍の指揮を高める英雄が必要だと、連合軍首脳陣が考えたためである。
だが、大貴族や高僧で構成された連合軍首脳陣にとってはそれは屈辱的であった。
活躍があったとは言え、すでに勇者として名声を高めていたハインケルはともかく、ヒロは出自の身分は決して高くなく、彼らからしてみれば腕っ節で伸し上がったとしか見ていなかった。
後にこの人事が与える影響など、この時は当事者であるハインケルもヒロも、そして彼らを選んだ人々も想像すら出来なかったであろう。

そしてもう一つ付け加えておく事柄がある。
リオン=ファウスト、ヒロ=ハイルが正式に上級騎兵大将に就任したその日、ヒロ本人によって副官の任を要請されるが、彼は辞退し、そのままヴァルハリア教会騎士団を退団する。
ヒロは酷く残念がったが、リオンにはリオンなりの何か思うところがあると感じ取った彼は、これまで尽くしてくれた礼に僅かばかりの金子と彼の愛剣であった短刀を託して見送った。
これによりリオン=ファウストは、一時的にその存在を、聖剣ハンニバルと共に歴史の表舞台から消す。
彼が再び歴史の表舞台に出るのは、この数ヵ月後に同じ帝国領内で勃発した、もう一つのルオゥム戦役と呼ばれる『ムルアケ戦役』においてであった。

その時は、彼の見付けた答えを持って、彼が見定めた敵と対じする。




11/03/08 21:41更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
やっぱりペースを落としてのんびりと更新してます。
こんばんは、ファンタシースターP2∞に手を出して
ep1のラスボスが強すぎて不貞腐れている宿利です。
くびなし様からの助言をいただき、
レベル上げに勤しんでいますが、私の獣娘は相変わらず長剣一択なため
叩き斬るという以外の攻撃方法を知りません。
モンハンでも大剣、∞でも長剣。
私という人間がわかりやすすぎですね^^。

さて、今回で紅葉様よりお預かりしたリオンが抜けました。
…………ぴろりん♪
おや、何かフラグが解放された音がするぞ?
一体何のフラグだろうか…って何だかバレバレのような気がします。
もしも何のフラグか気が付いた方は、
ニヤニヤと笑って楽しみに妄想と想像をしていてくれたら幸いです。
さらにフラグが解放されたら………。
内緒です^^。

では最後になりましたが
本日もここまで読んでいただき、ありがとうございました。
また次回も戦場にて、お会いしましょう。

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