第六十七話・VINUSHKA
砂漠のオアシスでは何も良いことがなかった。
お母さんもお父さんも教会の人たちに殺されて、私はあの町で孤児になってしまった。
同じように両親を亡くした友達と一緒に何とか暮らしていたけど、結局生き残ったのは半分だけ。
あの日、たまたまあの人たちがオアシス都市に来なかったら、私も友達と一緒にお墓の下で眠っていたかもしれない。
アルフォンスってお姉ちゃんが私の手を引いてこの町まで連れて来てくれた。
あの町で生きてきたけど、初めて会った私を町に来るまで手を握って一緒にいてくれて、そしてこの町に移り住んで来た今も、お姉ちゃんの家で私の面倒を見てくれている。
お姉ちゃんは、
「同族が、これ以上辛い目に会うのは見たくない。」
って言って、いつも私に笑いかけてくれる。
私はお姉ちゃんが大好きだ。
私の尻尾の先にいつもリボンを巻いてくれる。
いつも私がお姉ちゃんにしてほしいことを、何も言わないでしてくれる。
今日もお姉ちゃんはお仕事だ。
私と同じ種族が集まって出来てる自警団で、お姉ちゃんはお仕事をしている。
何をやっているのかよくわからないけど、お姉ちゃんが仕事で頑張っている間は、私は町の学園でお勉強とか、学園のお手伝いとかを頑張っている。
学校って生まれて初めてだったけど、先生も良い人たちばかりで、ここでも友達が出来た。
砂漠から逃げてきた友達も、やっと笑えるようになった。
ここが、この町が、私の家なんだって最近思えるようになってきた。
「お、確か……、そうだ。アルフォンスんとこの、ガーベラか。」
「あ、学園長先生。こんにちはー!」
このヤクザみたいな人は、学園長先生。
顔は怖いけど、学園の生徒全員の顔と名前を覚えているすごい人だ。
「どこか行っていたんですか?」
「まあな。とりあえず子供が行っちゃいけん場所に行ってきたんだが……、ふむ。ガーベラ、お前アルバイトする気はないか?」
「アルバイト、ですか?」
「ああ、簡単な仕事だ。ちょっと高貴なお客がうちの町に来ているんだが、その人のお世話係になってほしいんだ。今まで不足した物資とかを俺やアスティア…先生が、揃えたり身の回りの世話をしていたんだが、実は俺もアスティア先生もこれから少し忙しくなりそうなんだ。そこで、お前さんだ。たまたま会ったのも何かの縁、ってことで頼まれてくれないかな?」
アルバイトかぁ。
う〜ん、お姉ちゃんにばっかり負担をかけさせているから嬉しい話なんだけど…。
「給金は日当金貨2枚出す。それに仕事中の食事はフラン軒で全部俺持ちで食って良い。」
「やります!私、やります♪」
やった、私が好きなフラン軒で食べ放題♪
軽い気持ちで始めたアルバイト。
でもリザードマンとしてまだまだ子供な12歳の私にとって、その時に起こった事件はきっとずっと忘れることが出来なくて、生涯をかけてその背中を追いかけたいと思ったあの人に出会った、そんな戦争前に起こった嵐の記憶。
―――――――――――――――――――――――
「あら、あなたがロウガさんの紹介してきてくれた子?」
「はい、よろしくお願いします!」
この人が、学園長先生の友達のルゥさん…。
サキュバスの人って周りにいなかったから知らなかったけど、こんなに綺麗な人なんだ。
「てっきり、サクラ君かマイアが来ると思っていたわ。」
「えっと、先輩たちは何かしなきゃいけないことがあるらしくて、代わりに私がお世話係に選ばれました。」
あの人はもう…、ってルゥさんは苦笑いをしている。
「…ところで、ガーベラちゃん。ここって、どういうとこかわかってる?」
「学園長先生は、大人の遊園地って言ってました。」
楽しいトコですよね、と聞くとまたルゥさんは苦笑いをした。
今度は頬がピクピクと引き攣っている。
「アスティアに言ってきつく叱ってもらわないと…。ここはね、本当はガーベラちゃんみたいな子はまだ来ちゃいけないとこなの。でも…、あなたにはここでのお仕事をしてもらう訳じゃないから良いかしらね。あなたに頼みたいお仕事っていうのはね、あるお客様のお世話…、お食事の用意をしたり、話し相手になったりっていうお仕事なの。その人はある事情で、今は公に外を歩いちゃいけない人なの。だから、今まで私や主人がお相手してたんだけど、お店の仕事と劇場の仕事が忙しくなっちゃって…。こんな時期にこんな仕事をしていられるのも奇跡だから、ぼやいちゃいけないんだけど…。」
「劇場………、あ!もしかして『心の鈴を鳴らして』のルゥ=オルレアンさん!?」
「え、そうだけど、見てくれたの?」
「生まれて初めて見たのがそれです!お小遣い使って何度も見に行きました!てゆーかファンです!!後でサインください。」
「ありがとう。でも珍しいわね、役者さんじゃなくて原作者のファンなんて。」
エレナ役のジャクリーンさんは綺麗だった。
ロウガスタ役のアランさんもカッコ良かった。
でも、私は何よりもあのストーリーに惹かれていた。
きっと同じ種族だから、なのかもしれないけれど…。
「それじゃあ、今日からお願いしますね。これから一緒にその人の部屋に行きましょう。」
「はい、よろしくお願いします!!!」
ルゥさんが笑顔で私と一緒にエレベーターに乗る。
これから出会う人は一体どんな人なんだろう。
少しだけの緊張と大きな期待を胸に、扉の閉まる箱の中で私はワクワクしていた。
「初めまして、ネヴィアです。これからご迷惑をおかけしますけど、よろしくお願いしますね。可愛いお嬢さん。」
そう言ってネヴィアさんは私に手を差し伸べた。
真っ黒な翼と真っ白な翼が綺麗で、ルゥさんも綺麗だったけどそれ以上に綺麗でやさしい笑顔を向けてくれて、私は最初のおっかなびっくりしていた気持ちなんてすぐにどこかに飛んでいってしまった。
初めて、天使様を見ちゃった。
それもこんな近くで。
ルゥさんは私たちを引き合わせた後、お仕事に戻って行った。
そういえばここって何のお店なんだろう。
「ところで、私のお仕事って何なんですか?」
ネヴィアさんは顎の先を指で軽く押さえながら、上を向いてうーんと唸って少し考えていた。
「そう…、ですね…。お掃除は自分でしましたし、必要なお買い物は他の方にしてもらいましたし…。それでは、私のお話し相手になってもらいましょうか。」
「あのー、そんなお仕事で良いんですか?私、このアルバイトで金貨2枚とお気に入りのお店で食べ放題って報酬を貰うことになっているんで、もっとハードなお仕事でも大丈夫ですよ?」
「ふふふ、そう気にしないで。少しだけ、退屈だったのです。私のお世話ということでしたけど、本当は話し相手や遊び相手が欲しかっただけなのですから。」
それから気が付けば、2時間が経っている。
私たちはトランプをやったり、色々なゲームをやって過ごしていた。
「うぅ……、ネヴィアさん強い。」
「申し訳ありません。なかなか確信出来なかったので黙っていたのですが…、ガーベラさん。あなたってジョーカーを持つと…、尻尾がピクンって跳ねるんですよ。」
「嘘!?恥ずかしい!!」
思わず私はリボンの付いた自慢の尻尾を手で押さえた。
「後はそうですね…。私がジョーカーを掴もうとすると、ものすごく嬉しそうな顔をして、尻尾の落ち着きがなくなるというくらいですか。」
はうぅ〜…。
「あら、そんなにしょげた顔をしないでください。私は、これでも楽しいのですよ。もしも、子供がいるのなら………、きっとあなたと遊ぶように楽しい時間が過ごせたはずなのですから。」
少しだけ、ネヴィアさんの声が沈む。
「ネヴィアさんは、家族がいないの…?」
「……………………いえ、いましたよ。あの人が今でも私を…、愛していてくれるのでしたら、きっと今でも家族がいる、と言えますけどね。」
少し難しい話だったかしら、そう言ってネヴィアさんは微笑んで頭を撫でる。
「ガーベラ、あなたの家族は…?」
「………私、孤児なんです。元々砂漠のオアシス都市で暮らしていたんですけど、教会の人たちにお父さんもお母さんも殺されて、一緒に逃げてきた人たちに混ざってこの町に逃げてきたんです。今、お姉ちゃんと一緒に暮らしているんですけど、そのお姉ちゃんも逃げる時に初めて会った同じ種族の他人で…うわ!?」
グッと力強くネヴィアさんが私を抱き寄せた。
暖かくてやさしくて、死んだお母さんみたいに私を抱きしめて、ネヴィアさんは涙を流していた。
「……ごめんなさい。私たちの力不足で……。本当はあなたみたいな子供をたくさんいるというのに、あなたたちのような子供たちに救いの手を差し伸べなければいけないのに……。何も出来ない私たちを許してください…。」
「………ねぇ、ネヴィアさん。もう少しだけ、こうしてくれる?」
ネヴィアさんが少しだけ強く抱きしめてくれたから、私はその腕の中に深く潜り込んだ。
暖かくて、陽だまりのような良い匂いがして…。
少しだけ辛かった砂漠の町を思い出して、もう絶対に泣くもんかと心に決めていた私だったけど、この町に辿り着いてから初めてネヴィアさんの胸で、しがみ付くようにしてずっと泣き続けていた。
―――――――――――――――――――――――
「ありがとうございました〜。またいらっしゃいね〜♪」
その夜、ガーベラは家に帰る前にフラン軒で自分の好きな鶏の唐揚げ定食をたらふく食べた。
すでに話がロウガからアケミに伝わっていたため、会計をせずに彼女は店を出る。
罪に問われないのはわかっているのだが、ガーベラは少しだけいつもと違う状況に具合の悪さを感じながらも、その食欲は満足し意気揚々と自分の家へと帰ろうとしていた。
「あ、お姉ちゃんに何か買って帰ろうかな。」
今日も自警団の仕事で遅くなるであろうアルフォンスのために、フラン軒に戻りテイクアウトの食品を買って帰ろうと思い、踵を返した時彼女の目にそれは映った。
フラン軒の裏口のドアの横で空を見上げながら煙草を拭かすウェールズ=ドライグ。
「あ………、あの人…。」
ガーベラは知っている。
ウェールズの名前は知らなくとも、彼女は遠くから見ていたのである。
あの日ウェールズが初めて敗北を知った日、彼女はあの戦いを遠くから見ていたのである。
彼女の目に何が起こっていたのかは見えてはいなかったのだが、ガーベラはウェールズの強さに興味を持っていた。
またどこかで会えたら…。
そう思っていたのだが、また会えたらどうしたいのかを具体的に考えていなかったのは彼女らしさと言うべきか。
そして、彼女はまた何も考えずにウェールズに近付いた。
「あ、あの……、こんばんは…、剣士さん。」
突然、見知らぬ少女に声をかけられウェールズは少しだけ驚きの表情を浮かべた。
じっとガーベラを見るその目に彼女は苦笑いを浮かべていた。
「……どこかで、会ったか?」
やっと口を開いたウェールズに、ガーベラはパッと明るく嬉しそうな表情をした。
「いえ、どこかで会ったって訳じゃないんだけど、この前の勝負を遠くから見てました!すごいですね、サクラ先輩をあそこまで追い詰める人…、私初めて見ました!!」
ガーベラはサクラが弱かった時期を知らない。
彼女が知るサクラは砂漠で自分たちのために戦ってくれたサクラしか知らない。
「…見ていたのか。」
「はい!私、リザードマンなんですけど、あんまり強くなくて。でもお姉ちゃんは大きくなったら強くなれるって言ってくれるんですけど、今の感じじゃ本当に強くなれるのかわからなくて。強い人とお話したら、何かヒントが得られるかもしれないって思ったんです!!」
「…ならば、俺よりも強い男がお前の先輩なのだろう。あいつから学べば良い。俺は負けた。そんな弱い男に、何を聞くことがある。」
「でも、私は剣で強くなりたいんです!」
一歩も退かないガーベラにウェールズは困った顔をする。
だが、元々笑顔を浮かべない彼は厳しい仏頂面なので、その表情は怒っているように見えなくもない。
そんなウェールズをガーベラは目を逸らさず黙って見詰めている。
「………………………はぁ。……帰れ。俺の休憩時間が終わってしまった。」
時間の無駄だった、と言って煙草を地面に落とし踏み消すと、ウェールズは裏口のドアノブに手をかける。
「帰ります。明日も来て良いですか!?」
ガーベラはへこたれない。
ウェールズの冷たい視線にもめげず、また明日もウェールズと話がしたいと言って強い目で彼を引き止める。
少しだけ意外そうな顔をしてウェールズはガーベラに振り返った。
「……勝手にしろ。」
「はい、勝手にします!!明日もお仕事が終わったら遊びに来ます!!!」
「俺は遊びではない!」
「おやすみなさい!!」
「あ、おい…。」
一方的に約束を取り付けるとガーベラはウェールズの静止も聞かずに走り出す。
その足取りは軽く、彼女の尻尾が嬉しいのかピンと真っ直ぐになっている。
淡いピンク色のリボンが彼女の走る速さに合わせて揺れていた。
ウェールズは困惑していた。
何故、あの時勝手にしろなどと言ってしまったのかと。
もっと冷たく突き放せば良かったのに、何故あんな言い方をしてしまったのか。
ガーベラの嬉しそうな顔を思い出すと、彼はまた仏頂面で頭をガシガシと掻いて呟いた。
「………菓子くらい出してやるか。」
人当たりが柔らかくなった。
それがこの町の影響なのか、それともアケミに無理矢理、彼女の居酒屋で働かされて、人と接する機会が増えたからなのか、彼にもわからない。
しかし、いつも張り詰めていた心がなくなった彼は顔こそ仏頂面だが、確実に彼自身の中で何かが変わっていっていた。
今はただ、
孵化を待つ殻の中。
殻から這い出てくるのは、
暗く醜い化け物か。
それとも目も眩むばかりに輝く極楽鳥か。
ウェールズ=ドライグ。
彼は絡み合う数多の運命の中で、
その復活の時を混沌の海で待っている。
お母さんもお父さんも教会の人たちに殺されて、私はあの町で孤児になってしまった。
同じように両親を亡くした友達と一緒に何とか暮らしていたけど、結局生き残ったのは半分だけ。
あの日、たまたまあの人たちがオアシス都市に来なかったら、私も友達と一緒にお墓の下で眠っていたかもしれない。
アルフォンスってお姉ちゃんが私の手を引いてこの町まで連れて来てくれた。
あの町で生きてきたけど、初めて会った私を町に来るまで手を握って一緒にいてくれて、そしてこの町に移り住んで来た今も、お姉ちゃんの家で私の面倒を見てくれている。
お姉ちゃんは、
「同族が、これ以上辛い目に会うのは見たくない。」
って言って、いつも私に笑いかけてくれる。
私はお姉ちゃんが大好きだ。
私の尻尾の先にいつもリボンを巻いてくれる。
いつも私がお姉ちゃんにしてほしいことを、何も言わないでしてくれる。
今日もお姉ちゃんはお仕事だ。
私と同じ種族が集まって出来てる自警団で、お姉ちゃんはお仕事をしている。
何をやっているのかよくわからないけど、お姉ちゃんが仕事で頑張っている間は、私は町の学園でお勉強とか、学園のお手伝いとかを頑張っている。
学校って生まれて初めてだったけど、先生も良い人たちばかりで、ここでも友達が出来た。
砂漠から逃げてきた友達も、やっと笑えるようになった。
ここが、この町が、私の家なんだって最近思えるようになってきた。
「お、確か……、そうだ。アルフォンスんとこの、ガーベラか。」
「あ、学園長先生。こんにちはー!」
このヤクザみたいな人は、学園長先生。
顔は怖いけど、学園の生徒全員の顔と名前を覚えているすごい人だ。
「どこか行っていたんですか?」
「まあな。とりあえず子供が行っちゃいけん場所に行ってきたんだが……、ふむ。ガーベラ、お前アルバイトする気はないか?」
「アルバイト、ですか?」
「ああ、簡単な仕事だ。ちょっと高貴なお客がうちの町に来ているんだが、その人のお世話係になってほしいんだ。今まで不足した物資とかを俺やアスティア…先生が、揃えたり身の回りの世話をしていたんだが、実は俺もアスティア先生もこれから少し忙しくなりそうなんだ。そこで、お前さんだ。たまたま会ったのも何かの縁、ってことで頼まれてくれないかな?」
アルバイトかぁ。
う〜ん、お姉ちゃんにばっかり負担をかけさせているから嬉しい話なんだけど…。
「給金は日当金貨2枚出す。それに仕事中の食事はフラン軒で全部俺持ちで食って良い。」
「やります!私、やります♪」
やった、私が好きなフラン軒で食べ放題♪
軽い気持ちで始めたアルバイト。
でもリザードマンとしてまだまだ子供な12歳の私にとって、その時に起こった事件はきっとずっと忘れることが出来なくて、生涯をかけてその背中を追いかけたいと思ったあの人に出会った、そんな戦争前に起こった嵐の記憶。
―――――――――――――――――――――――
「あら、あなたがロウガさんの紹介してきてくれた子?」
「はい、よろしくお願いします!」
この人が、学園長先生の友達のルゥさん…。
サキュバスの人って周りにいなかったから知らなかったけど、こんなに綺麗な人なんだ。
「てっきり、サクラ君かマイアが来ると思っていたわ。」
「えっと、先輩たちは何かしなきゃいけないことがあるらしくて、代わりに私がお世話係に選ばれました。」
あの人はもう…、ってルゥさんは苦笑いをしている。
「…ところで、ガーベラちゃん。ここって、どういうとこかわかってる?」
「学園長先生は、大人の遊園地って言ってました。」
楽しいトコですよね、と聞くとまたルゥさんは苦笑いをした。
今度は頬がピクピクと引き攣っている。
「アスティアに言ってきつく叱ってもらわないと…。ここはね、本当はガーベラちゃんみたいな子はまだ来ちゃいけないとこなの。でも…、あなたにはここでのお仕事をしてもらう訳じゃないから良いかしらね。あなたに頼みたいお仕事っていうのはね、あるお客様のお世話…、お食事の用意をしたり、話し相手になったりっていうお仕事なの。その人はある事情で、今は公に外を歩いちゃいけない人なの。だから、今まで私や主人がお相手してたんだけど、お店の仕事と劇場の仕事が忙しくなっちゃって…。こんな時期にこんな仕事をしていられるのも奇跡だから、ぼやいちゃいけないんだけど…。」
「劇場………、あ!もしかして『心の鈴を鳴らして』のルゥ=オルレアンさん!?」
「え、そうだけど、見てくれたの?」
「生まれて初めて見たのがそれです!お小遣い使って何度も見に行きました!てゆーかファンです!!後でサインください。」
「ありがとう。でも珍しいわね、役者さんじゃなくて原作者のファンなんて。」
エレナ役のジャクリーンさんは綺麗だった。
ロウガスタ役のアランさんもカッコ良かった。
でも、私は何よりもあのストーリーに惹かれていた。
きっと同じ種族だから、なのかもしれないけれど…。
「それじゃあ、今日からお願いしますね。これから一緒にその人の部屋に行きましょう。」
「はい、よろしくお願いします!!!」
ルゥさんが笑顔で私と一緒にエレベーターに乗る。
これから出会う人は一体どんな人なんだろう。
少しだけの緊張と大きな期待を胸に、扉の閉まる箱の中で私はワクワクしていた。
「初めまして、ネヴィアです。これからご迷惑をおかけしますけど、よろしくお願いしますね。可愛いお嬢さん。」
そう言ってネヴィアさんは私に手を差し伸べた。
真っ黒な翼と真っ白な翼が綺麗で、ルゥさんも綺麗だったけどそれ以上に綺麗でやさしい笑顔を向けてくれて、私は最初のおっかなびっくりしていた気持ちなんてすぐにどこかに飛んでいってしまった。
初めて、天使様を見ちゃった。
それもこんな近くで。
ルゥさんは私たちを引き合わせた後、お仕事に戻って行った。
そういえばここって何のお店なんだろう。
「ところで、私のお仕事って何なんですか?」
ネヴィアさんは顎の先を指で軽く押さえながら、上を向いてうーんと唸って少し考えていた。
「そう…、ですね…。お掃除は自分でしましたし、必要なお買い物は他の方にしてもらいましたし…。それでは、私のお話し相手になってもらいましょうか。」
「あのー、そんなお仕事で良いんですか?私、このアルバイトで金貨2枚とお気に入りのお店で食べ放題って報酬を貰うことになっているんで、もっとハードなお仕事でも大丈夫ですよ?」
「ふふふ、そう気にしないで。少しだけ、退屈だったのです。私のお世話ということでしたけど、本当は話し相手や遊び相手が欲しかっただけなのですから。」
それから気が付けば、2時間が経っている。
私たちはトランプをやったり、色々なゲームをやって過ごしていた。
「うぅ……、ネヴィアさん強い。」
「申し訳ありません。なかなか確信出来なかったので黙っていたのですが…、ガーベラさん。あなたってジョーカーを持つと…、尻尾がピクンって跳ねるんですよ。」
「嘘!?恥ずかしい!!」
思わず私はリボンの付いた自慢の尻尾を手で押さえた。
「後はそうですね…。私がジョーカーを掴もうとすると、ものすごく嬉しそうな顔をして、尻尾の落ち着きがなくなるというくらいですか。」
はうぅ〜…。
「あら、そんなにしょげた顔をしないでください。私は、これでも楽しいのですよ。もしも、子供がいるのなら………、きっとあなたと遊ぶように楽しい時間が過ごせたはずなのですから。」
少しだけ、ネヴィアさんの声が沈む。
「ネヴィアさんは、家族がいないの…?」
「……………………いえ、いましたよ。あの人が今でも私を…、愛していてくれるのでしたら、きっと今でも家族がいる、と言えますけどね。」
少し難しい話だったかしら、そう言ってネヴィアさんは微笑んで頭を撫でる。
「ガーベラ、あなたの家族は…?」
「………私、孤児なんです。元々砂漠のオアシス都市で暮らしていたんですけど、教会の人たちにお父さんもお母さんも殺されて、一緒に逃げてきた人たちに混ざってこの町に逃げてきたんです。今、お姉ちゃんと一緒に暮らしているんですけど、そのお姉ちゃんも逃げる時に初めて会った同じ種族の他人で…うわ!?」
グッと力強くネヴィアさんが私を抱き寄せた。
暖かくてやさしくて、死んだお母さんみたいに私を抱きしめて、ネヴィアさんは涙を流していた。
「……ごめんなさい。私たちの力不足で……。本当はあなたみたいな子供をたくさんいるというのに、あなたたちのような子供たちに救いの手を差し伸べなければいけないのに……。何も出来ない私たちを許してください…。」
「………ねぇ、ネヴィアさん。もう少しだけ、こうしてくれる?」
ネヴィアさんが少しだけ強く抱きしめてくれたから、私はその腕の中に深く潜り込んだ。
暖かくて、陽だまりのような良い匂いがして…。
少しだけ辛かった砂漠の町を思い出して、もう絶対に泣くもんかと心に決めていた私だったけど、この町に辿り着いてから初めてネヴィアさんの胸で、しがみ付くようにしてずっと泣き続けていた。
―――――――――――――――――――――――
「ありがとうございました〜。またいらっしゃいね〜♪」
その夜、ガーベラは家に帰る前にフラン軒で自分の好きな鶏の唐揚げ定食をたらふく食べた。
すでに話がロウガからアケミに伝わっていたため、会計をせずに彼女は店を出る。
罪に問われないのはわかっているのだが、ガーベラは少しだけいつもと違う状況に具合の悪さを感じながらも、その食欲は満足し意気揚々と自分の家へと帰ろうとしていた。
「あ、お姉ちゃんに何か買って帰ろうかな。」
今日も自警団の仕事で遅くなるであろうアルフォンスのために、フラン軒に戻りテイクアウトの食品を買って帰ろうと思い、踵を返した時彼女の目にそれは映った。
フラン軒の裏口のドアの横で空を見上げながら煙草を拭かすウェールズ=ドライグ。
「あ………、あの人…。」
ガーベラは知っている。
ウェールズの名前は知らなくとも、彼女は遠くから見ていたのである。
あの日ウェールズが初めて敗北を知った日、彼女はあの戦いを遠くから見ていたのである。
彼女の目に何が起こっていたのかは見えてはいなかったのだが、ガーベラはウェールズの強さに興味を持っていた。
またどこかで会えたら…。
そう思っていたのだが、また会えたらどうしたいのかを具体的に考えていなかったのは彼女らしさと言うべきか。
そして、彼女はまた何も考えずにウェールズに近付いた。
「あ、あの……、こんばんは…、剣士さん。」
突然、見知らぬ少女に声をかけられウェールズは少しだけ驚きの表情を浮かべた。
じっとガーベラを見るその目に彼女は苦笑いを浮かべていた。
「……どこかで、会ったか?」
やっと口を開いたウェールズに、ガーベラはパッと明るく嬉しそうな表情をした。
「いえ、どこかで会ったって訳じゃないんだけど、この前の勝負を遠くから見てました!すごいですね、サクラ先輩をあそこまで追い詰める人…、私初めて見ました!!」
ガーベラはサクラが弱かった時期を知らない。
彼女が知るサクラは砂漠で自分たちのために戦ってくれたサクラしか知らない。
「…見ていたのか。」
「はい!私、リザードマンなんですけど、あんまり強くなくて。でもお姉ちゃんは大きくなったら強くなれるって言ってくれるんですけど、今の感じじゃ本当に強くなれるのかわからなくて。強い人とお話したら、何かヒントが得られるかもしれないって思ったんです!!」
「…ならば、俺よりも強い男がお前の先輩なのだろう。あいつから学べば良い。俺は負けた。そんな弱い男に、何を聞くことがある。」
「でも、私は剣で強くなりたいんです!」
一歩も退かないガーベラにウェールズは困った顔をする。
だが、元々笑顔を浮かべない彼は厳しい仏頂面なので、その表情は怒っているように見えなくもない。
そんなウェールズをガーベラは目を逸らさず黙って見詰めている。
「………………………はぁ。……帰れ。俺の休憩時間が終わってしまった。」
時間の無駄だった、と言って煙草を地面に落とし踏み消すと、ウェールズは裏口のドアノブに手をかける。
「帰ります。明日も来て良いですか!?」
ガーベラはへこたれない。
ウェールズの冷たい視線にもめげず、また明日もウェールズと話がしたいと言って強い目で彼を引き止める。
少しだけ意外そうな顔をしてウェールズはガーベラに振り返った。
「……勝手にしろ。」
「はい、勝手にします!!明日もお仕事が終わったら遊びに来ます!!!」
「俺は遊びではない!」
「おやすみなさい!!」
「あ、おい…。」
一方的に約束を取り付けるとガーベラはウェールズの静止も聞かずに走り出す。
その足取りは軽く、彼女の尻尾が嬉しいのかピンと真っ直ぐになっている。
淡いピンク色のリボンが彼女の走る速さに合わせて揺れていた。
ウェールズは困惑していた。
何故、あの時勝手にしろなどと言ってしまったのかと。
もっと冷たく突き放せば良かったのに、何故あんな言い方をしてしまったのか。
ガーベラの嬉しそうな顔を思い出すと、彼はまた仏頂面で頭をガシガシと掻いて呟いた。
「………菓子くらい出してやるか。」
人当たりが柔らかくなった。
それがこの町の影響なのか、それともアケミに無理矢理、彼女の居酒屋で働かされて、人と接する機会が増えたからなのか、彼にもわからない。
しかし、いつも張り詰めていた心がなくなった彼は顔こそ仏頂面だが、確実に彼自身の中で何かが変わっていっていた。
今はただ、
孵化を待つ殻の中。
殻から這い出てくるのは、
暗く醜い化け物か。
それとも目も眩むばかりに輝く極楽鳥か。
ウェールズ=ドライグ。
彼は絡み合う数多の運命の中で、
その復活の時を混沌の海で待っている。
11/01/16 00:16更新 / 宿利京祐
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