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第十二章 奪還
汗が噴き出し、息が乱れる。流石にトモエを抱えて全速力で駆け抜け魔法戦までこなした為に消耗が激しかった。
今もまた、追手に集中砲火される。結界魔法で防ぎ離脱する。
「サラさん…血が…!」
「かすっただけです」
ローブに血が滲んでいく。いよいよ集中力が続かなくなってきた。血止めと回復魔法を施し、応急処置でとどめる。
完全に治療すれば逃げる体力と応戦する魔力が無くなってしまう。
それでも国の出口まで迫った。
既に追手は多勢に無勢で疲労困憊だった。目の前にも聖騎士がいる。衰えているとはいえ反魔物国家の防衛能力や伝達力は半端ではない。迎撃する。今度は強力な魔法攻撃だ。
相手方は吹き飛ぶ。皆武装しているので大したダメージにはならない。これ以上強力にすれば逃げる余力もなくなるし、相手を傷付けるのもできるだけしたくない。
「サラさん…本気でやらないとサラさんまで」
小声でトモエが言ってくる。
「…うちが相手しますから」
ぼくの腕からするりと抜け、おぼつかない足取りで追手に立ち向かおうとする。
追手の大半がトモエに向かっていった。
一瞬の隙に魔力を込めた。
大規模魔力砲を空から降らせる。
閃光に包まれ、傷ついた聖騎士達が倒れている。死人が誰ひとりいないのは、相手に結界や障壁魔法が上手い者が混ざっているのもあるだろう。強力な魔法でも倒しきれないのを見ると、容赦なく射ちまくった方が良いかもしれない。
割り切って迎撃する。
撃っても撃っても増援がやってくる。トモエを抱きとめ、抱え直して逃走しては迎撃する。
一人吹き飛ばせば十人が集まってきて、尋常では無い人海戦術である。
集団で連携して千の火の玉を降らせてきた。障壁を張り耐える。流石に辛い…!
降り注ぐ火の玉に堪える賊の姿に絶句する騎士達。
もはや賊を捕らえる規模ではなく、局地戦。
いつの間にか数百人に膨れ上がった相手に押されだす。引っ切り無しに降り注ぐ互いの魔法。こちらは魔力を貯める隙がなく、辛い。
「馬鹿者が!容赦するな!」
突如響き渡る雄々しい声に驚く。見上げると、フードを纏った男が宙を舞っていた。男はあらゆる魔法攻撃を剣で裁ききり、騎士の鎧ごとなぎ倒していく。
「らしくないぞ!」
「貴方まさか」
背中あわせに攻撃を続けつつ後ろの男と小声でやり取りする。
この声、シャルル伯爵だ。魔物を嫌うのに反魔物国家になぜ?
気付けばシャルル伯爵の部下であろうと思われる武装した騎士も現れた。
「油断するな!数では向こうが上だ」
「は!」
騎士がレスカティエの騎士達を相手取り善戦していた。
「今のうちだ」
シャルル伯爵が振り返って合図してきた。
ありったけの魔力を込め魔力砲を撃った。目の前が更地になる。魔法騎士達は結界を張り、張れない者は後ろに隠れたり魔力の籠った鎧で耐えきる者も。相手が多勢に無勢で一度に結界をはってくれた事もあって致命傷者は出ていない。
異様な魔力量と攻撃規模におののいたのか、一瞬ひるむ。
予想外の増援に足並みが乱れるレスカティエの騎士達。接近戦はシャルル伯爵と部下が、火力戦ではぼくが押す。伊達に砲台ではない。火力戦に集中できる余裕を得、大規模魔力砲を連射し、次々攻めよせるレスカティエの騎士達をふきとばした。連射型と長時間照射型を状況に合わせて切り替え、上に下に横に薙ぎ払う。味方がいる事実がここまで心強いとは。
更に、ゴブリンやサキュバスの集団が流れ込んでくる。
「会いたかった…!ごめんね。約束守れなくって」
ラウラだ。集団の先頭にはラウラが居る。ラウラまで多数のゴブリン達を引き連れて参戦してくれたのだ。それ所ではなく、見慣れない魔族達も重武装の男を連れだって駆けつけてきた。包帯を巻いた者も多く、彼等彼女等がかつてのマリアンヌの国で人間と暮らしていた夫婦達である事が推測で聞いた。
小柄だが全力を出せば凄まじい力を発揮するゴブリンは、棍棒で騎士達の武器を弾くと強引に馬乗りになり鎧を破壊していく。
魔力操作に長けた者は魔力で筋力を補助し抑えにかかるが、そこにサキュバスが絶妙なアシストで魔法をかけて骨抜きにして行く。エルフやダークプリースト等もそれに続く。
大空に巨大なドラゴンまで飛来する。羽ばたきで攻撃魔法をかき消し炎を吐いて武装を焼き払う。娘の姿ではなく、旧時代の竜の姿である。
体には包帯や治癒魔法の陣が浮かんでいる。どうやらかつてのマリアンヌの同志のドラゴンのようだ。彼女が降り立つと、背には本国で出会ったホルスタウロスやサキュバス達も乗っており、敵の武装を力や魔法でことごとく破壊した。
そしてトドメとばかりに目の前に悠然とサキュバスが現れる。
「おひさ!」
現れたのはぼくと瓜二つの姿のサキュバスだった。姉上だ。膨大な魔力を全て魅了魔法に使い、それまで臨戦態勢だったレスカティエの騎士達がひざまづいていく。姉上はぼくと同等以上の魔力を持つ。それを全て魅了魔法に回せば、よほど鋼の精神力を持つ者でない限り屈する。それは凄まじい光景だった。騎士達がサキュバスに魅了され、武装解除していく。
ぼくは抗戦の意思を示す者を魔法で吹き飛ばしながら、魔物娘達は武器や防具を破壊すると、そこで攻撃の手を止める。シャルル伯爵が冷徹に斬り捨てていったレスカティエの騎士達さえサキュバスは治療していた。
戦況は逆転し一方的なものになった。数で勝っていたのが増援により覆され、接近戦はフードの騎士達が、遠距離攻撃はぼくが行い、取りこぼしてもサキュバス達が捕縛、無力化していく。抗戦の意思のある者は僅か。細く貫通力と射程の長いタイプの魔法光線で精密に武器を狙い撃ち使い物にならなくしていく。防御に秀でた者も集束された魔法光には対応のしようがない。
ほぼ全てが制圧できた。


とはいえ、ここは敵の本拠地であり、長期戦になれば更に増援がやってくる。あまり長居はしていられない。
「撤退しましょう。レスカティエの精鋭騎士が押し寄せてくる前に」
「撤退するぞ!お前達!もたつくな!」
未婚の魔物達は気に入った男性を連れて飛び去っていった。
あっという間の出来事だった。


戦場に取り残されたレスカティエ側の兵士達は、傷を治療してくれた魔物娘を複雑な表情で見送る。かつて自分達が敵と思い殺そうとしていた相手に救助された事実は、少なからず強硬派の騎士たちの心を溶かした。







レスカティエはたかが賊一人の侵入から始まった局地戦に敗れた。
侵入した賊が強敵だった事と、不意の増援が大きく影を落とし、侵入者をきっかけに大損害を被った。
何より恐ろしいのは、かつて味方だった騎士や尖兵達が全く戦死せず、多くが魔族側の軍門に加わった事だ。もし戦闘が再開すれば、屈強な騎士達が敵になる。連れ去られなかった騎士戦士達も今まで通りに過激な反魔物思想に徹する事は難しいだろう。
少数の騎士と一国の姫、そして魔族の大群に大敗を喫したレスカティエの求心力は下がった。
「あの長いプラチナブロンドのサキュバス……まさか王家の至宝が魔族に…」
「いや、先に侵入した賊がサラ姫だったという情報もきているぞ」
「あれ程の魔族が近隣に潜んでいただと?」
国の上層部は混乱し悲嘆する。レスカティエは更に滅亡に近付いたのであった。
一つ彼らが誤解しているのは、魔物娘に敗れる事は決して不幸な事ではないと言う事だった。レスカティエは近い未来に魔物との大規模戦争になり、混乱に伴い内部から瓦解してサキュバス達に親魔物国家に作り替えられるのだが、それはまた別の話。












無事脱出したぼくはシャルル伯爵と姉に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ラウラに礼を言え。危険を冒してまで彼女が頼んできたのだ」
「えへへ〜♪まさかすぐ味方になってくれるなんて思わなかったよ」
嬉しそうなラウラの隣で姉が応える。
「弟に投げっぱなしだったから、ちょっとだけ姉らしくなろうかなと思っただけよ」
「何!?弟だと」
シャルル伯爵はここで初めてぼくが男だと知った。驚愕し、赤面すると同時に姉をまじまじと見つめる。露出が多く、かつての姫衣装をより煽情的にしたその姿は、サキュバスに相応しい。
こちらはトモエの治療を再開する。
「はぁ…サラさん…無茶したら…」
そして…意識が飛んだ。無理がたたった様だった。
「サラさん!?」
「サラ!!」
「サラ君!?」
「あちゃー…」
薄れゆく意識の中、トモエ、ラウラ、伯爵、姉上が自分を囲んでいるのが見えた

















to be continued
17/04/17 17:05更新 / 女体整備士
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