ぼくは王宮にある見張り塔で結界を張り直していた。何人もの魔族が既に入り込んだらしい。再び張り直してもうこれ以上入って来ない様にしなくては。
「また来たか……」
朝から上空にはサキュバスが数人偵察に来ていた。魔法で威嚇射撃。なるべく手荒な真似はしたくない。サキュバスは自分すれすれに放たれた魔法を警戒して飛び去った。
ぼくが姉上の影武者になれたのは見た目だけが理由ではない。この国の王族に必須の魔法が使えるのも理由の一つ。結界魔法や治療、火力戦用。この国は本来、王族が張った結界で魔物が侵入できない筈だった。だが先日ゴブリン少女の口から魔族が入ってきていると聞いた。念入りに威嚇砲撃を行う。
もしもの時は姫が砲台となり国家の為に戦う。それが見込まれたからこそレスカティエと同盟を結び、魔族との防衛線として使われているのだ。
幸いにしてまだぼくは大規模な戦争を経験していないし魔物を殺した事もない。魔物はみんな女の子の姿をしているし、乱暴に扱いたくはない。
彼女達も王族の魔力を恐れて帰国してはくれないだろうか。



見張り塔から降りると、ゴブリンのラウラが飛びついてくる。
「勉強疲れた…」
「あらあら、お疲れ様」
最近は連日読み書きを使用人から教わり、自分の部屋も与えられている。だが一人で寝る事を怖がり、結局毎晩ぼくの部屋に潜り込んでくる。甘えたがりの妹が出来たみたいで微笑ましい気もするけど、性別を偽っているので気が気ではない。
「サラ、この後お仕事なのか？」
「そうね。社交界も大事なお仕事ね」
「……待ってる。がんばってな」
少し寂しそうに自分の部屋に引っ込む。社交界が終わったらすぐ戻った方がよさそうだな。


社交界。
周辺の王族や貴族を招き食事しつつ楽しく過ごす。だが食事の席での話は貴重な情報源となる。隣国の後継者問題や情勢、政策、はては将来の結婚相手まで探す場所だ。
そういえば遺言には姫として振る舞えと書いてあったけれど、世継ぎはどうするんだろう。まさか姫に姫が求婚する訳にも…
とにかく今は目の前の事に集中しよう。


「おはようございます」
「流石は…王家の至宝だわ」
「麗しい方」
社交場に出ると周りから隣国の姫君が集まってくる。
反面王子や侯爵たちはなぜか赤面して固まっている。やばい、男だとばれた…！？
目立たない様に端に引っ込んでいた方がいいかも。
「さ、サラ様…でよろしいかな」
「は、はいっ！？」
姫様方に囲まれたぼくに中年男性が声をかけてきた。がっちりした体型で、渋い顔立ちの紳士。立派で上品な出で立ちからするに伯爵だろうか。
「わたしはシャルル。失礼を重々承知で。私と一杯いかがか」
な、軟派って奴ですか。男とばれてなくてよかった。
……よかったのかなこれは。
どうしよう。下手に断って彼のプライドを傷付けたら気の毒だし、かといって適当に話を合わせてボロが出たら大変。
「あ、わたしはまだお酒の飲める年ではございませんの。お気持ちはありがたいのですが、またいつか」
「そうか……お話だけでもしていかないかね」
「ぁ、殿方とお話するのは少し恥かしくて……」
紳士的な口ぶりだが結構強引。尚も引き止めようとするシャルル氏。
困った。どうやって切り上げよう。相手を傷付けないようにするには……
「あらぁ、こんな所にいはったん？もぅ、親友ほっぽってイケズさんやわぁ」

突然声をかけて来たのは、ジパング風の派手な紫色のドレスを纏った黒髪の女性。穏やかそうな童顔に不釣り合いな凶悪な胸をゆらして。大っきい……
伯爵もその大きさに少し引き気味。ここまで大きいと、人を選ぶのかも。
「サラさん、少し風に当たりに行きません？」
「あ、そうですね。いつも待たせちゃってごめんなさい」
話を合わせて庭へ逃げ出る。主催者の立場なのに情けない。姉上はよくこんなもの頻繁に開けたなぁ。改めて姉の大きさを知る。
……ひょっとしたらただ遊びたいだけだったのかもしれないけれど。



「助かりました。えっと、どちら様でしょうか？ジパングのお姫様とお見受けいたしいますが」
「くす♪固ならんといて？うち巴いいますぅ。よろしゅぅおねがいしますぅ」
にこやかに話すお姫様。何か不思議な訛りとゆったりとした口調。彼女の周りだけ別世界の様な。そういえばジパングの女性は穏やかで献身的な方が多いと聞く。このゆったりとした雰囲気はその風情によるものだろうか。
「本当にありがとうございます。無下にも断れなくて困っておりましたから」
「うちはそない良い人じゃありません。お話し相手がほしかったんです。ほら、うち日ノ本……あら、こちらではジパング…であってますぅ？……から来たでしょう？中々解けこめませんで……」
このマイペースな姫君は極東の島国ジパングから遥々人生勉強を兼ねて社交界に出席したらしい。ジパングは数十の自治区を帝様がやんわり統治していらっしゃるそう。そしてトモエさんは数十ある自治区の内の一つのお姫様だそうだ。こんな小国の社交界にわざわざ出席するなんてもの好きなお姫様だな。
見れば自然と目がいく大きな胸。肩を出した紫のドレスの重ね目からこぼれ落ちそうだ。
「嫌ですわぁ、胸ばっかり見てぇ」
「いえっ、すみませっ…あまりにお綺麗でご立派だから…つい。私全くないから憧れてしまいます」
それらしい理由でごまかす。
「あら、王家の至宝に褒められてしまいましたわあ。うふふ♪」
「あ、あのっ、トモエさん、その呼び方はあまり好きではないのです。サラとお呼びください」
「ぁ…………堪忍ですぅ」
「……トモエさんの祖国にも、まさかその…わたしの噂が流れてるんですか？」
「極東は世界情勢に疎くて………こちらの皆さんがとても誇らしく仰るのでてっきり良い意味なのかと。気ぃ悪せんでくださいね？」
訛り交じりに上品かつ穏やかに謝ってきた。
それからはトモエさんのゆったりした雰囲気に乗せられ、社交界に興じた。軟派してくる貴族達はやんわり流し、周りの姫様や王子と話した。

聞くところによると、またレスカティエの領土が減ったらしい。反魔物勢力から離脱し、魔物との共存共栄を掲げる新興国になったとか。ある所では傍若無人な領主がオークを嫁にした途端大人しくなり、善政をしいたとか。魔物娘との交流でよくなった国の話題もよく上った。
そんな折、ある姫君が自分の国家で魔物を受け入れてみようかと打ち明けた。だがやはり反魔物の思想根強い社交界。姫君の思想は周りに批難され彼女は委縮してしまった。
ぼくは見かねて慰める。
「あら、良い事じゃあ、ありません？」
口を開いたのはトモエさん。周りの空気など気にせず委縮した姫君を慰めてながら。
「うちの国は、ジパングいいまして、妖怪……魔物と人間はそれなりに仲よぅやってますぅ。ジパングは一夫多妻制で、人間と魔物の妻両方で夫を支える事もままある事なんです」
「子どもはどうする！魔物は魔物しか産まん！人間は減る一方だ」
険しい顔で割って入ってきたのはシャルル氏。余程生真面目な反魔物思想を持っているのだろう。社交界で声をかけて来た時とは別人の様だ。ぼくはシャルル氏も宥めすかして何とか場を収めようとする。胃が痛い……
だがトモエさんは全く動じない。にこにこ笑って続ける。
「人間の奥さんに頑張ってもらう場合が多いみたいやねぇ。若い内に沢山産んでもらって、側室……あ、こっちでは第二夫人さん言うんです？…は人間の奥さんが若い内は我慢する場合が多いぃみたいですぅ」
「っこれだからジパングは…！」
「確かに魔物が増え過ぎると人間さんは困りはるねえ。だからうちの国では魔物側も遠慮してお互いよく話し合った上で婚姻する場合が多いですう。いきなり襲うのは罪ですけれど、お互いが幸せで周りに迷惑をかけ過ぎない程度になら、そういうあり方も素敵やと思いますぅ」
シャルル氏は理解はしたが納得はできない顔で少し黙った後、
「……いや、私も声を荒げてすまなかった。カルチャーギャップだな。そういう国もあるのか」
と続けた。
「いえいえ。最後に決めるのはその国で一番偉い人。国民性や風土、向き不向きがあります。うちも出過ぎました。申し訳ございません」
ゆったり頭を下げたトモエさんに押され、シャルル氏はいってしまった。微妙な空気の貴人達が散っていく中、非難を受けた姫君はトモエさんに何度も頭を下げていた。
トモエさんの独特のペースに掻き乱され、社交界はお開きとなった。












日が傾き、貴族達が帰る中、ぼくはひとり呼びとめた。
「トモエさん、よろしいでしょうか？」
「あらぁ〜、どうしはったん？」
「今日はとても楽しかったですわ。もう少しお話を伺いたいのだけれど、大丈夫かしら」
「くす♪嫌やわぁ帰さない気ぃですぅ？大胆なんやからぁ♪」
穏やかな微笑みの真意が読めない。とても美人さんだけど、ある意味一番怖いタイプかも。
誰も居なくなった客間に連れ込み、周りにとびっきり強い結界を張る。
これで邪魔されない筈。
「今回はどうもありがとうございました。また次の社交界にも来てくださいませんか？」
「くす♪御縁があれば…♪」
「お茶お入れしますね？」
明らかにおかしい状況。二人きりで締め切られた広い客間にいるのだから、相手も勘付いている筈。だがトモエさんは相変わらずマイペースで穏やか。
にこにこ笑いながらお茶を待っている。この状況で逃げ切れる算段があるのか？でも穏やかにできると言う事はそれなりに自信があるのだろう。相手をあまり刺激しない様に、ゆっくりとした空間を作ることを心がける。
「この国にいらっしゃってどうですか？見聞は広まりました？」
「そやねぇ。皆さん優しくて素敵な方ばかり。見る景色聞く言葉全て新しゅうて夢見心地ですぅ…♪」
にっこり。真意が読めない笑顔だけど、とても嬉しそうに見える。
「紅茶をどうぞ？」
「あら、ありがとう」
向き合って座り先に口を付ける。毒など盛るつもりが無い事の証明だ。簡易な魔法水道では大それたものは出せないだろうけれど、大切に入れたものだ。不味くはない筈。
「んー……美味しぃ。うちの国では緑のお茶が多いんやけど、これはとてもいい香りがして素敵やねぇ」
焦っても仕方がない。余り手荒な事もしたくないし、穏やかな時間を壊したくもない。
でもこのままでは何も始まらない。
「お話があるんです」
「何なりと」
「この国に魔族が入ってきているんです。歴代の王族が重ねがけした結界がある筈なのに。私も結界を張り直してみたんですけど、どこがルートなんでしょう？」
「さぁ？どんなものにも穴や例外がありますう。例えば結界をすり抜けられる種族や魔法があっても不思議ではないですねぇ」
「では結界に穴は開いてないんですか？ゴブリンが入ってきたのですよ。彼女の話によればもうすでに他にも何人もの魔物が…」
「落ち着きなさってえなぁ？魔物が入ってきて何が悪いんですぅ？うちはジパング出身やからなんで魔物をそんなに怖がりはるんかさっぱり……」
声色はちっとも変わらない。穏やかで甘い。ただ不思議そうにきょとんとしているだけ。
長い黒髪が肩から流れおちて華やかな香りが漂う。
「……ジパングの魔物はみんな貴女の様に穏やかなのですか？」
「……どぅやろうねえ？うちは悪い女やもしれませんよ？」
しばし沈黙。本当に穏やか。探りを入れているのに不思議と嫌な空気では無い。


「何のためにこの国に入られたのです？」
トモエさんは暫く考えた後、
「その前にこちらからもいくつかよろしぃ？」
と返してくる。

「いつ気付かはったん？うち、隠密には自信あったんやよ？魔力も隠しとったし」
「シャルルさんとお話されてた時うっかり魔物の立場から仰ってたわ。それに、魔物娘は皆美人です。貴女もとても綺麗だったから、何となく」
「あらあら…ありがとぅ…うち、詰めが甘いねえ…」
少し残念そう。
「最後にもう一つ。サラさん、なんで男の子なのにお姫様の格好してはるん？」






………？










…！？










「ッッッなッ、ななな、何を仰るのかしら！？」
「うん。やっぱり男の子やねぇ。ずるいわぁ、こんなに綺麗な子が男の子なんて」
「えぇっとッ！？…どうしてっ」
動転するぼくを我関せず。ただただマイペースにやんわり続ける。ときたま紅茶を楽しみつつ、のんびりとにこやかで楽しげに。
「“匂い”かなぁ。あなた様は頑張る殿方と同じ匂いがしました。次に話しかけてみたら立ち居振る舞いが完璧すぎました。殿方が理想の女性を演じてはる感じでしょぅ？」
「えぇえ？そんな抽象的な…」
「くす♪後は目線。あんな熱い視線向けられたら照れてまいますぅ。女は殿方の視線に敏感やから、注意ですよ？」
やばい。完全にトモエさんのペースに呑まれている。にこにこする魔物娘に楽しげにあしらわれて情けない。おろおろする。もし言いふらされたら、ぼくだけでなくひょっとすると国も終わるかもしれない。
「くす♪それでなんで女装を？似合とるからええけど、訳ありさんなんやろぅねぇ」
この女性には敵わない。ぼくは観念し全てを打ち明けた。
本物の姫は姉である事。ぼくは腹違いの弟である事。影武者として育った事。姉が失踪した事。成り行きで姫として振る舞っている事。
全て話した後で付け加える。
「あの……この事は…」
「大丈夫。言いません。それに余所者のうちが言うた所でだぁーれも信じません。それ位サラさんの女装は完璧やから、安心してくださいな」
にこにこしたままのトモエさん。女性から女装の太鼓判をもらう。男としては悲しくなってくる。
「そろそろこちらの質問に答えてください。なぜこの国に来たのです？」
「依頼やねえ。うちはクノイチ。こっちでは……えーっとぉ…キラー？アサシン？なんて言うんやろ……？あなた様を“暗殺”する為にここにおりますぅ」
「暗殺！？」
正体を見破られた上に命まで…！？
臨戦態勢を取ろうとするとやんわり止められる。
「堪忍。言葉足らずでしたねえ。暗殺言うても本当に殺しはしません。懇（ねんご）ろ……こっちではどういうん？セックス？えっちいうんですぅ？身体使って反魔物勢力として無力化する事いいますう」
「ふぇ！？ゆ、誘惑にみえたと！？」
「はぁいぃ♪おあつらい向きにうちに興味持ってくださって、嬉しい限りですう♪」
恥じ入る様に苦笑いする。初めて感情が見えた気がする。
「待って！お断りいたします！ごめんなさい！」
「あら……どして？やっぱり胸おかしぃ？」
「いえっ、とても魅力的です。でも出会ったばかりでそういう事は……それよりも依頼主や暗殺理由は教えていただけませんか？」
焦りのあまり自分を暗殺しに来た人にクライアントと暗殺理由を聞く珍妙な状況。
トモエさんはきょとんとした後くすりと笑って上品に紅茶に口を付けた上で。
「くす♪面白い方やねぇ……依頼主は教えられません。でも理由くらいは教えたりましょ♪」
トモエさんの曰く、姉上は魔族界隈で有名な厄介者だったらしい。
魔族にとって目障りな反魔物小国の姫。膨大な魔力でまともにやり合えば犠牲が出るのは必至。だが今の魔族にとって人間は愛すべき存在であり、なんとか穏便に牙を折りたかった。そうして結界破りの達人のサキュバスを派遣し姫を籠絡した筈だった。
ところがすぐに姫は何処からともなく復活。姫の正体が分らぬまま今度は仕留め損なわないようにジパング屈指の隠密集団クノイチの一人に依頼。結界をすり抜け姫を装い社交界に紛れ込んだらしい。
色々説明してくれた後、にこにこ笑いながら再び言いだす。
「まさか影武者さんの方やったなんてねぇ…くす♪不思議な御縁…♪それで、うちはあなた様の女になれますぅ？」
「それは……ちょっと…」
たしかにとても綺麗な女性だ。人によっては奇乳と思うかもしれないけど正直大好物です。
肌もきれいだし、長く艶やかな黒髪もこの辺りではとても珍しい。鮮やかな紫の瞳も不思議な魅力がある。
でも国家の為に姫を演じきらねばならない時に、女性に興じてはならない。
神妙な顔で悩んでいるとトモエさんが赤面しながら話す。
「そうや、こんなんどうです？うちはあなた様の事インキュバスにさせないよう気ぃつけます。魔力注がんぶん疲れは堪りますけど、インキュバス化はゆったりですぅ。あなた様はうちを好きな時に相手してください。それで手をうってくれはりません？」
インキュバス化とは人間男性の半魔物化をいう。魔物娘と繰り返し身体を重ねる中で、徐々に彼女の魔力を注ぎ込まれ、彼女たちに都合のいい存在になる。無尽蔵に近い精力と不老長寿の身体。男性の精を糧にする魔物娘にとって、インキュバスとは喉から手が出るほど欲しい理想の夫兼食料なのだ。魔物娘が反魔物勢力から迫害されるのはこれが大きな理由だ。
「駄目です。結婚するまでそういう事はしないものです。ジパングの女性は奥ゆかしいのではないのですか？」
「お固いねぇ……“据え膳食わぬは男の恥”って言葉こっちにはないん？」
「スエゼン……？貴女はもう少し御自身を大切にすべきです。本当に好きになった相手と本当に愛し合った上で…！」
「興味の無い相手にこんな恥かしい事言うと思いますぅ？嫌な任務なら断りますぅ。うちはサラさんが好きです」
赤面しつつも目線はそらさずはっきりと言い放つトモエさん。
「えぇええ！？そんないきなり言われても……！」
「依頼を受けた時から素敵な女性やと思ってました。話してみて殿方と分ってからは絶対に落としてやろうと思いました。今こうして恥をしのんで口説いているのですよぉ？駄目ですか？」
あれ、って事はひょっとしてトモエさん両刀使いなの！？……あ、甘い匂い。
トモエさんが頬を朱に染めゆったり近付いて来た。現実逃避気味の思考を何とか理性で連れ戻し彼女を傷付けないように肩を掴む。

「トモエさんはとても素敵です。でもっぼくには姫としてのっ…」
「秘密にしますから。うち、邪魔な時は隠れてます。隠密ですからそういうのは得意ですう。お仕事もできるだけお手伝いしますぅ。都合のいい女で構いません。それでも………駄目？」
「………ッ」
気付けば抱き締めていた。影武者となった時、女性として振る舞うため女性とそういう仲になる事は一度も無かった。正直、たまに男としてどうにかなってしまいそうな事があった。幼児体型のラウラに欲情した事もあった。一人の男として、抗えない。
「あっ♪やっぱり殿方なんやねぇ。逞しぃ…」
可愛らしい。ぼくは彼女を抱きしめたまましばらく固まって、我に帰る。
「……ごめんなさいッ！トモエさんの事は正直とても気になります。でもっ、国民を裏切って自分だけ良い思いをする訳にもッ……！」
「あららぁ……うち、振られたん？」
「そ、そそそそんなつもりは…！」
「それじゃぁ………お友達から始めません？“サラさんは”うちとずっとお友達のまま接してくれてもええんやよ？」
「〜〜〜〜〜〜ッ」
結局押し切られてしまった。シャルルさんを押しきった時と言い、この人態度がやんわりしているだけでかなり押しの強い人なのかも。いや、ここは優柔不断な僕が悪いよなぁ…
複雑な気持ちで結界を解き、客間から出ると、執事長アレックスが心配そうに待っていた。
「サラ様どうなされたのですか？こちらはジパングの姫君ではありませんか」
「あ、その……彼女すごく素敵な方で…引き止めてしまったの。話しこんでしまいました」
「くす♪そうなんよぉ♪それでねえ、大分我儘言うてもよろしぃ？」
にこやかな異国の姫にかしづく老執事。
「はっ！何なりと！」
「うち、サラさんと暮らしてこっちの文化をもっと学びたいなあ思てます。勿論滞在費はこちらが持ちますけれど、こちらに暫く置いてくれません？」
「いえ！異国の姫君の留学ともなれば、むしろ王家はそれを助けるのが務めでございます！」
トモエさんの醸しだす雰囲気に呑まれ、執事長はあっさり承諾してしまう。堂々と王宮を歩き回れる立場を獲得する隠密。何と恐ろしい……
「ありがとうねぇ。ふつつか者やけど、よろしゅぅお願いいたしますね？」
ゆったりとお辞儀すると静々と歩きだす。



トモエさんを部屋に連れ込むと、そこにはラウラがいた。
「……その人誰？」
「あ、この人は…」
かなり怒っている。可愛らしい顔で上目遣いで睨んでくる。そう言えば社交界が終わってから随分待たせてしまった。我ながら酷過ぎるよ……
「うち、巴言います。クノイチ族です。サラさんと社交界でお友達になったんよ」
すぐさま察し自己紹介し頭を下げる。だがラウラはご機嫌斜め。
「サラ！あたしを忘れてたろ！ずっと待ってたんだぞ！こんなおっぱいお化けと遊んでたのか！」
泣きだしてしまう。慌てて駆け寄り宥める。
「ごめんね。寂しかったわね？ごめんね」
「堪忍ですぅ。うちが引き止めてしまって。サラさんは悪くないんよ」
泣く子には勝てない。あれ程落ち着いていたトモエさんがおろおろしていた。ぼくとトモエさんは二人がかりでラウラを慰めた。泣き疲れたラウラはそのままぼくの部屋で寝てしまった。
全て終わり、二人きりで夕食をとっている。
「随分可愛らしい子やねえ？うち以外に、もう好い人いたんやなぁ」
「トモエさんまで…勘弁してください。あの子は妹みたいなもので…」
一度ドキッとした事はあるなんて言えない……
「くす♪ちょっとイケズやったねえ。それじゃあ、お疲れみたいやから、今日はゆるりとね」
穏やかな時間が流れた。しばらく談笑した後、お風呂を済ませる。寝間着に着換えて自室に戻るとトモエさんはごく自然に入ってきた。肉感的な身体を東洋の薄い寝巻で纏っただけのあられもない姿。浴衣というそうだ。
「と、トモエさん！ついてきちゃ駄目ですよ」
「ええやないの。ラウラちゃんと二人きりやと朝色々と大変でしょう？うちが上手く誤魔化しますから、折角やし三人で川の字なりましょ」
「カワノジって…？」
「うちの国で、父と母が子を挟んで寝る事言います」
トモエさんに促され、ラウラを挟んで一つのベッドに入る。本当の家族みたいだ。
「くす…♪この子ともはよ仲よなりたいなぁ……おやすみぃ…サラさん…♪」
「おやすみなさい」
ぼくは意識を手放した。


















to be continued