連載小説
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廃墟の町 上
 眼前を波のように炎がウネリを上げていた。
 家々を薪にして、夜空から降る雨をものともせず高く伸び上がる。

 生まれ育った町が燃えていた。
 何度も通った友達の家が燃えている。
 よくお菓子をねだりに行った家庭教師の先生の家が燃えている。
 炎は町を飲み込み、波のようにうねりながら次の家、次の通りと広がっていく。

 その炎の中を通る一筋の空白。2階から見下ろす大通りには恐ろしい襲撃者達がひしめいていた。
 襲撃者達の手に手に小さな火が点っていく。火矢だ。
 これで2射目。
 1射目で既にこの屋敷にも火が付いている。正門の後ろに集まった衛兵達からも何人かが倒れたのが見えた。
 2射目が来たら次は刃を持った襲撃者達が押し寄せるだろう。

 バルコニーに出た父の大きな背中を見つめる。
 一緒に逃げようと掴んだ手はとうに振り払われてしまった。
 私に逃げろと言って。
 無言の父の背は私に逃げろと繰り返している。

 大通りの火矢が一斉に此方を向いた。
 私が息を飲む。
 その時・・・。

 ドン!
 父が足を踏み鳴らした。私に「行け!」と命じるように。

 足音に押され、父に背を向けて家に駆け込む。ポロリと、溢れた涙が冷たい。
 家の中はすでに煙が広がりつつある。火の手は見えないがパチ、パチと爆ぜる音がそこかしこから聞こえてくる。
 半身に伏せて、バルコニーのある玄関側から裏側にあるメイド用の階段まで走った。
 見えにくくしてある扉を開けて中に滑り込む。

「ごほ! ごほ!」
 階段はすで煙で満たされていた。手で口を塞いでいても少し吸い込んでしまい、苦しくて咳き込む。
 先ほどとは違う涙が出てくる。
 どうやら一階から煙が上がってきている様だ。

 苦しさを堪え、煙をよけようと座りながら階段を降りていく。
 下から2段目まで無事に降りると、1つ上、3段目の階段板を手で探る。
 板の端に隠されたスイッチを探し当てた。階段板がパカリと下に開く。
 最近伸び始めたしなやかな足から中に滑り込む。

 其処は50cm四方程度のスペースで一見扉は無い。
 だが、床に手をついて少し探ると隠されたフックを引き出すことができた。
 フックを引っ張る。跳ね上げ扉が意外なほど軽く持ち上がった。

「うっ・・・ゴホ!ゴホ!」

 辺りの煙の量がドンドン多くなっている。
 急いで中に戻りこんで扉を閉めた。


 扉の下は細い通路だ。
 明かりはない。
 もとより、換気が不十分なこの通路で火は使うとなと言い含められている。
 暗闇の通路を習った通りに進む。
 母の様に明かりの魔法が使えたらよかったのにといつも思うが、使えないものは仕方がない。
 左手を壁につき、自分の体も見えない中をゆっくり進む。

「どこかに・・・。あるんだよね」
 進みながらポツリと呟く。
 この通路の何処かに、国王陛下から下賜された宝物が隠されているらしい。しかし此処を通る時はいつも暗闇だから見たことがない。

 真っ暗な中を出来るだけ急いで進む。
 しばらく行くと、壁の感触が変わった。
 石壁から土壁に。

「もうすぐね」
 確認するように呟くと、空いてる右手を探るように前に伸ばしておく。

 さらに進むと、右手が冷たい壁に触れた。

「ここね」
 上を見上げる。手を伸ばせば届く天井も暗闇のなかでは見分けることができない。
 手を上に伸ばす。固めた土の感触。
 両手で探っていく。

「あ・・・」
 指先に固いものが触れた、金属の冷たさがある。
 鎖だ。
 引っ張れば、隠し扉を開けられる。
 息を整え、鎖を引こうとしたまさにその時。

 ドン!

「!」

 ドン!ドン!ドン! ドドン!

「・・・」
 何かが頭の上、隠し扉の上を通っている。
 息を殺して地上の気配を探る。

 1人じゃない。何人も通っている。
 町から脱出してきた住民だろうか?

 いや、逃げれる人は母に連れら得てとっくに逃げているし、ここはまだ町に近い、留まる理由は無いはずだ。
 それに救援がこんなに早く駆けつけるとは思えない。
 ・・・ということは、盗賊の仲間の可能性が高い。

「・・・」
 息を殺して通り過ぎるのを待つ。
 だが、頭上の物音はなかなか止まない。
 それどころかガヤガヤと話し声らしき音も聞こえる。
 しばらく見上げていたが、やがてその場を離れて通路を戻ることにした。


「はあ・・・」

 半分程戻っただろうか、十分離れたことを確認すると緊張の糸が緩んだ。
 壁に背中をつけると、そのままズリズリと座り込んでしまう。

 緊張続きでいつのまにか疲労が溜まっていたのだろう。
 まだ幼さの残る体から力が抜けていく。

「どうしよう・・・」

 燃える家に戻ることはできない。
 隠し扉もしばらく使えそうにない。
 そして、もし隠し扉が見つかれば・・・
 ブンブンと首を振って嫌な考えを振り払う。ポニーテールの髪が体をピシピシ打って地味に痛かった。
 むーっと唸って考えるがどうにもならない。

 一先ず出口の者達が去るのを待つしかないだろう。
 そう思うと、今度は他のことが気になってくる。
 住民を連れて脱出した母は無事だろうか。家に残った父はどうなったのか・・・。
 知らず涙が溢れてくる。手で擦るが父のあの後を思うと次から次へと溢れてくる。

「う・・・ぐす・・・うう・・・ずず」
 考えなければいいのにと思うのに考えるのを止められない。
 端正な顔はススと鼻水で汚れしわくちゃに歪み、いくら涙が溢れてきても綺麗にはできない。

「助けて。ジエフ様・・・」
 孤独に耐えかねて呟かれた言葉は、深い暗闇の中に消えていった。

 嗚咽はいつしか寝息に変わる。
 孤独で冷たい闇は眠りを妨げぬ安らかな揺り籠となった。

 だが。
 閉ざされた空間に忍び寄るモノ達があった。
 家の跳ね上げ扉の僅かな隙間から少しずつ、だが着実に。そのモノ達は通路に侵入し、通路を満たしていくのだった。



 ◆



 瓦礫の間を冷たい秋風が通り抜けて行く。
 それに比べて秋晴れの日差しは暖かく、瓦礫を片付ける町の住人や派遣されてきた領主の兵達の額には玉のような汗が浮かんでいる。

 町の各地で片付けが進められる中、中央広場に立つジエフ・P・カルノ―は瓦礫の撤去作業を指揮する手を止め、忌々し気に照り付ける日差しを見上げた。

 ここはウデンと呼ばれる古い宿場町。
 北にある領都と南の領地とを結ぶ結節点の町である。

だが、今は多くの家々が燃えおち、煤けたレンガと石畳、木炭がそこら中に散らばっている。
 所々には木とは違う炭の塊もぽつぽつと見える。

 白い雲の穏やかに流れる空から、黒く煤けた大地に視線を戻したジエフが周囲を見回す。
 近くの兵士や作業員たちは順調に撤去作業を続けていた。
 後ろを振り向けば、町の中心。広場の中央に飾られていた主神を祭る像は熱で溶け、半ばから折れた無残な姿を晒している。

 気が付くとズボンのポケットを触っていた。ジエフの口からため息が零れる。

 もう一度辺りを見回して急ぎの用がないことを確認すると、広場に止められた荷馬車から箒と塵取り、木の篭と布手袋を取り出した。
 
 広場の南側の路地に入る。
 路地と言っても左右の家は焼け落ち、基礎らしき石積みが膝ほどの高さで残っているだけだ。
 視界は開けている。

 少し行くと、煤けた石畳の上にうずくまる様にして炭の塊が1つ。
 目前まで近づき、箒などは脇に置いてから両膝を地面に付けて向かい合う。

 炭の塊に向けて、胸の前で十字を切る。
 瞳を閉じ黙祷をささげることしばし。
 目を開けて一拍見つめると。脇に置いていた荷物に手を伸ばす、まずは手袋からだ・・・。


 カサリ…手に掴まれた炭が崩れる。
 ガサッ…チリトリの中で炭と炭が触れ合う。
 コトッ…篭に骨がぶつかる。
 キンッ……炭の塊から零れ落ちた黒い塊を手に取る。金属的な硬さの鋭い三角形。矢じりだ。

 

 ◆




「ふぅ・・・・・・」

 道具一式を荷車に積み込んで天を仰ぐ。
 太陽の位置は殆ど変わっていない。
 それでも緊張していたのだろう。
 こうして作業を終えて一息つくとドッと疲れを自覚する。
 そんな時。
 
「こんにちは!」
「わ!」

 とつぜん、後ろから声をかけられた。
 油断していたところに声をかけられて、思わず大きな声が出る。
 ビックリして振り返ると、一人の男が立っていた。

 年は自分よりも上で20台半ばぐらいか。
 着ている服は、法衣のようにゆったりとした物で。上から紐やベルトで絞っている。
 遠くから来たのだろう、使い古されて汚れている物ばかりだ。
 頭を丸めているのも特徴的だ。法衣の様な服と合わせて考えても、遠き異教の僧のように思える。

「こ、こんにちは。・・・旅の方ですか?」
 跳ねる鼓動を落ち着けて、男の素性を訪ねる。
「はい。拙僧の名はツイーズ。ここよりはるか東の国から旅してきました。この町で食料を買おうかと思っていたのですが・・・。
 この様子では難しそうですね。」
 ツイーズと名乗った男は確認するように辺りを見回しながら最後の言葉を口にする。

「ええ・・・そうですね。御覧の通り、今は立て込んでいまして食料は厳重に管理しています。
 売るのは難しいですね。すみません」
「いえいえ!拙僧も難儀している方から奪う様な真似事はしたくありません。それに、皆さん重労働をされているのです。お腹もすくでしょう」

 粘られるかと思ったが、予想以上にこちらの事情を汲んでくれてありがたい。
 だが、旅人にとっても食料の確保は生きるか死ぬかに直結する大事な問題だ。断られたのに落胆や怒りも見せず、それどころかこちらを気遣ってくれたのは意外だった。

 物腰も柔らかく、旅慣れた印象を受ける。こんな時で無ければ、数日家に泊めて異国の話でも聴こうかと思うのだが・・・。
 そう考えるとこのまま別れるのは惜しい気がしてきた。

「・・・・・・お売りすることはできませんが。一緒に働いてくれた人に差し上げるということなら何とか融通できると思いますよ。」
 少し考えて提案してみた。急ぐ旅なら断るだろうし、受けるのなら労働力が増えるので悪くはない。

「おお!交渉していただけますか!それはありがたい。少しお待ちを、連れを説得してきます。」
 手応えあり。ツイーズはそういうと、広場の端、まだ庇が残っている建物へと小走りで向っていく。

 しかし、私が責任者と交渉してくれると思ったのだろうな。まあ20にもならない若造なら仕方ないかと苦笑する。

 ツイーズが向った庇の下には連れなのだろう、全身をすっぽりと砂色のマントで隠した人物が静かに立っていた。顔も手足も見えない、かなり不審な姿だ。
 身長が高いことから男性だと思うが細身でもある。
 マント姿を観察しているあいだに話が纏まったのだろう、ツイーズが一人でこちらに戻ってきた。

「連れの了承も得ました。しばらくお世話になろうと思うのですが。ここの責任者の方はどちらですか?」
 丁寧に頭を下げられた。私より年上だろうに旅慣れてるためかそのあたりしっかりしている。

「ここにいますよ」
「え?」
「私が責任者のジエフ・ポール・カルノ―。この地の領主、ドンフ・ポール・カルノ―の息子です。」
 ツイーズの目が驚きで見開かれる。
小さな悪戯の成功に、思わず今日初めての笑みが浮かんだ。



 ◆



 空を月と星が流れるころ。
 ウデンの中央広場には無数の焚き火が赤々と燃えていた。

 堅パンや干し肉、干し魚が炙られ。女性たちが配るタップリのスープが一日中忙しく働いた者達の心と体を温め、虫の鳴く胃袋を満たしていく。

 ジエフ・P・カルノーは一人、火の照らす輪から立ちあがった。
 随行しようとした副官に軽く手を上げて制するとフラリと歩き出す。

 いくつもの焚火と人の輪を通り過ぎていく。
 ある焚火には兵士達が集まり見習い時代の話題で盛り上がり。別の輪では町の住民達が集まって、今日来た旅人。ツイーズから遠き異国の話を聞いている。
 家や財産・・・、何より多くの者が家族や友人達をなくしたばかりである。昼間は撤去作業に忙しく、深く考える暇も無いのだろうが、夜の闇は不安を掻き立てるものだ。
 未知の国の話を聞くのはいい気晴らしになるだろう。

 どうやらツイーズを引き止めたのは正解だったようだ。
 だが、そう思うと共に・・・・・・。

 火が照らす範囲を外れ闇夜の廃墟に足を踏み入れる。
 振り返ることなく、自分が今通り抜けた道を思い返す。

 兵士と住民、それぞれが笑顔を見せながら。
 けれど混ざり合うことのない2つの輪。
 通り抜け、横断したのはそれぞれの集団のちょうど真ん中。
 振り向けば直ぐに肩も叩ける位置で座りながら、けして振り向くことのない者たち。
 火の暖かさ以上に、あの広場に流れる空気はジエフの心を凍てつかせる。

 すぐに戻る気にもなれず、そのままあてもなく闇夜の中を散策に出かけた。



 しばらく夜風を感じながら歩いていると、塀の上に人が座っているのを見つけた。
 近付くと今日やってきたツイーズという男の連れだった。
 昼間と変わらない、頭の先からつま先まで覆い隠すマントを羽織っている。
 表情は分からないが、どうやら月を見ているようだ。

「こんばんは。月が綺麗ですね」
 マントの人物の下まで歩いていくと、こちらから声をかけた。塀は2m程あるので見上げる形になる。
 普段なら領主の息子という立場もあり、こんな怪しい人物には近づかないのだが・・・・・・。
 今日は逆に見知らぬ相手だからこそ声をかけてしまったのだろう。

「こんばんは。ええ、いい月ですね。明日の満月が楽しみ」
 その声は思いもよらない、爽やかな女性の声だった。
 姿は見えずとも、凛々しくスレンダーでクールな女性を想起させる。
 間違いなく美人だ。
 
 あのハゲこんな美人と一緒に旅してるのか・・・・・・ついついそんなことを思ってしまう。
 だが、ある人の顔が頭に浮かび、慌てて首を振って無用の嫉妬を払いのける。


「あなた、好きな人がいるでしょう?」
 マントの女性の突然の指摘にギクリと肩が震えた。
 思わずマントの奥に目を凝らして様子を窺ってしまう。

「・・・何をいってるんですか?突然に?」
「匂いがするのよ。大好きな雌を追い求める雄の匂い。」
「・・・?何ですか、それ?」
「フフフ・・・。若い人にはまだ分からない匂い・・・よっ」
「はぁ・・・・・・?」
「それで。どんな子なの?」

 その声は新しいおもちゃを見つけたというように楽しそうだ。
 先ほどのクールなイメージなど簡単に崩れ、お節介焼きのお姉さんか叔母さんみたいだと思う。
 そんなことを思っていると、マント越しにこちらに突き刺さる視線が 「早く言いなさい」と語っている。

「はぁ・・・、普段なら見知らぬ相手には適当に誤魔化すんですけどね。」
 そう前置きしてから、ジエフは話出した。
 それは、自分の中に渦巻く不安を少しでも軽くしたいという気持ちが働いてのことだったのだろう。



 ◆



 彼女の名前はシノン・バッハベル。このウデンの町長ミットン・バッハベルの一人娘です。
 俺の4つ下、15歳で女の子です。

 母親同士の仲が良くて、小さいときから母と2人でよく遊びに来ていました。

 いつもポニーテールを揺らしながら付いてきて、お兄ちゃん、お兄ちゃんと私を慕ってくれていました。
 私も、後ろからついて来る小さな女の子を可愛らしく思っていました。

 そんな私たちも大きくなって、彼女が女の子らしくなってくると自然と互いに惹かれる様になってきました。
 私たちの微妙な変化にいち早く気づいた母達も応援してくれました。
 私が領主としての勉学に忙しい中、それとなく会える様に計らってくれたり。色々と気を使ってくれたのです。
 そして、去年私が18になったのを節目に婚約の話が出たのですが・・・。

 父達の強い反対にあいました。
 私の父とシノンの父は仲が悪いんです・・・。

 父達も若い頃は仲が良く、親友のような間柄だったそうなのですが。
 私の母と結婚するときに色々あったようで・・・・・・。
 それ以来お互いの仲が徐々に徐々に悪くなっていったのだそうです。
 
 最初は、お互いの季節の手紙を少し遅れて出したり。会議の席での手土産や贈答品で他の方々より見劣りするものを選んだりと・・・・・・そんな子供じみた嫌がらせだったそうです。
 その頃は私の母とシノンの母が間に立って仲を取り持っていたそうなのですが・・・。

 10年ほど前になります。この国に今の国王陛下が即位されました。
その即位の席には多くの宝物が贈られ絢爛豪華だったと聞きます。その中でも特に注目を集めたのは遠き東の国より持ち込まれた宝玉の璧(へき)でした。
 後日、陛下は集まった宝物のうちいくつかを皇太子時代にお世話になった者たちに下賜されることになりました。領主である私の父も立派な宝剣を賜っています。
 そんな中、貴族以外では唯一この町の町長だけに下賜が下りていました。

 なんでも陛下が若い頃、身分を隠してこの町を通りかかった事があり、その時にこの町の住民からとてもよくしてもらったということで、その返礼だったそうです。
 当時は何が下賜されたかまでは公表はされていませんでしたから、父もそんなに気にしてなかったのですが・・・・・・。

 数年前、南への視察に向かっていた父がバッハベル家の屋敷に泊まったおり、贈られた宝物が公開されました。そしてそれが、即位の席で最も注目を集めた璧であることを知りました。

 これが父にはかなり不満だったようで・・・。
 当時、帰ってきた父の顔は鬼の様な恐ろしい形相でした。

 それでも、贈られたのは陛下です。璧を見せられても、表向きは父も素晴らしい事だとこの町を称賛してその場は済んだのですが・・・。

それ以来この町の町長の勢いが増してきました。近隣の町長や村長を招いて晩餐や会議を開くなど、まるで領主であるかの様な振る舞いが目立ってきました。
 もとより、このウデンは古くからの交通の要衝で、経済規模も領内では領都に次いで2番目です。町長も爵位こそ与えられていませんが、先祖代々この町を仕切っていた名士で近隣にも顔が効きました。

 そうなると、俺の父も大っぴらに怒りを表すようになりました。俺と母達は何とかしようと手を尽くしていたのですが。それも限界で両家の仲はどんどん険悪なものとなっていきました。

 ・・・・・・。

 はい、ぐだぐだですね。
 長年積もりに積もった不満はあったと思います。
 ただ、それにしても今回の襲撃は・・・。

 ・・・・・・?

 ええ、この町を襲ったのは盗賊の仕業ではあるんですが・・・。

 ・・・・・・。

 はい、疑っています。この町の襲撃に俺の父、ドンフ・ポール・カルノーが関わっているんじゃないかと。

 今思うと、始まりは一月前に盗賊達の噂が流れ出した頃でした。
 両家の仲を良くするため、俺や母達が粘り強く画策していた婚約話に、俺の父がようやく首を縦に振ったんです。
 その時は俺も母も大変喜びしました。

 そんな俺たちに父は「今は南の方が騒がしくなってきている。まずはその件を安心させてあげよう」
 そういうと、まず仲直りの証としてこの町に立派な主神様の像を寄贈し、枢機卿を呼んだ大々的な祭祀を行い。中央広場に安置しました。
 シノンのお父様も最初は疑っていましたが。立派な像と祭祀に安心された様子でした。

 さらにその席で、父は南の盗賊達に触れ、領主として速やかに退治するから何も心配いらないと約束しました。

 ・・・・・・?

 住民の怒りは約束を守れなかったこと・・・ではありません。それならまだ良かったんですが・・・。
 父は約束を守れなかったのではありません。約束を守らなかったのだと思います。

 一昨日、父が南に派遣していた討伐部隊がこの町を通って北に向かいました。
 私は部隊長に盗賊達を討伐出来なかったことを、ウデンの住民たちに謝るよう迫まりました。
ですが・・・。

 部隊長は一つ鼻を鳴らすと、急いで戻るようにと命じられているからと言って馬から下りることしませんでした。

 その様子を見ていた町の住人達は訝しんだでしょう。そのすぐ後、住民達の間に噂が流れ始めました。
 曰わく、領主が語った友好はまやかしであり、この町を油断させるための罠だったんじゃないか・・・と。



 ◆ 



「ふー」
 話を終えたジエフが静かに息をつく。
 胸に色々溜まっていたのだろう。話をすることで少しはスッキリしたのか表情が幾らか明るい。

「ふーん、大変な状況の中で今も頑張っているわけだ。偉いね」
 マントの女性が感心して褒めると、ジエフは照れた様子で頬をかいている。
 このまま、いい感じで話も終わるかと思われたが・・・。

「で!シノンちゃんとはどこまでいったの?2人きりでデートはした? お手々繋いだ?柔らかかった?あ!もしかしてもうキスまでいっちゃってたりして!?あ!でもエッチはまだ早いわよちゃんと結婚してからね。そうそうシノンちゃんってどんな子?明るい子?落ち着いた子?可愛い系? クール系?・・・・・・」

 おばさん根性はしつこかった。
 再開されれたマシンガントークに押され、ジエフの必死の説明が再開するのだった。



 それからしばし。質問攻めにされたジエフがくたくたになってきたころ。

「おーい、いますかー?」
 ツイーズの声が遠くから聞こえてきた。
 ジエフの耳にはまさに福音のように聞こえただろう。
 だが、福音に聞こえたのは彼だけではない。

「ふひゃ!」
 ツイーズの声を聞いたマントの女性は変な声を上げると、ぴょんと塀の上に立ち上がる。
 そして、瓦礫の影から姿を表したツイーズを見つけると、勢い良く駆けだした。

 そのまま勢いを落とすこともなくツイーズにバーン!と飛びつく。
 
「ふにゃぁ♡ はぁ♡ はぁ♡ クンクン♡ んん〜ん♡ ゴロゴロ♡ グゴゴゴゴ♡ (ぱさ) ちゅ♡♡ ちゅ♡♡ くちゅ♡♡ くちゅ♡♡ ちゅー♡♡チュ〜〜〜♡♡♡ ぷはぁぁん♡♡♡」

 決して離さないと言うかのようにギューっと抱き着き、息を乱して匂いを嗅ぎ漁っては興奮してお尻をくねらせ、猫のように頭をこすり付けたり押し付けたり。
 堪らなくなったのかフードの中にツイーズ顔を入れると、キスの雨を降らせ。舌と舌で唾液を混ぜあう淫らな音を響かせる。最後に魂でも吸い取るような長いキスをお見舞いした。

 それはあっという間の出来事で、ジエフは何をしているかも理解できず呆然と眺めていた。
だが、後ろからでは何をやっているかよく見えないにも関わらず、音と匂いが淫らな情景を頭に浮かばせる。
 今もまた、再びゴロゴロと頭を擦りつけている様子をポカンと眺めていたジエフだが、ふと、自分のチンコがズボンを押し上げるほど張り詰めているのに気が付いた。

 カッ!と顔が熱くなり、あまりの羞恥に背を向けてなんとか興奮を押さえつけようと唇を噛みしめる。
 そして自然と手が胸を押さえると。
 ドクドクドクドクドクドク・・・・・・心臓が早鐘を打って暴れていた。

 人様の情事を見てしまった背徳感、それがさっきまで話をしていた美人なお姉さんだと思うとチンコは収まるどころか喜ぶように震えてしまう。

 性に関する知識は少しはある。だが、未だ女性経験のないジエフにとって、未知なる男女の秘め事。しかも自分でなく他人の情事となると背徳感も合わさり自分で自分を制御できないでいた。
 本来なら直ぐに立ち去ってしまいたい。だが、すぐ後ろから濃密に迫ってくる男女の気配に臆したかのように足は震えて動くことができない。
 
 その気配は、ジエフの知っている男女の関係・・・。
 大好きなシノンとの間で感じる関係とは全然違ったもの・・・。
 「恋人」ではなく「雄と雌」を強く感じさせる気配だった。

「あ・・・。あん♡・・・」
 淫らな姿は見えずとも・・・。いや、見えていないからこそ。その喜色に富んだ淫靡な声が背中を撫でる。
 まるで舌を這わせるように、唾液を染み込ませるように背中から体の中に入ってくる。

 ゾクゾクと 肌が粟立ち、四肢は緊張でギュッと固まる。心臓の音は耳に聞こえそうなほど強く打ち鳴らされている。
 そんな中でも、ジエフのチンコは一層固く一層己を主張する。すでに先走り汁によってズボンが濡れていくのが分かる。

 ジエフの頬が トマトのように赤くなり、自分の体が自分の意思では制御できない事が悔しくて、端正な顔が無残に歪む。

(こんな俺では、シエルに申し訳が立たない!いっそ、死んでしまうしか・・・)


 そこまでジエフが思いつめた時・・・・・・。


 ゴチン!!!

「!」
 突然の大きな音にビクッと両肩が跳ねる。何が起きたのだろうと思うが、怖くて振り向けない。

「イッッたーーい!!!」
「がっつきすぎです。 そういうのはちゃんとベットの上でね」

 後ろから聞こえてきた声で、ツイーズがマントの女性を止めたことがわかった。さっきの音はゲンコツの音だったのだろう。
 続けてツイーズの声はこちらを向いた。

「ジエフ殿、このおばあちゃんの話に付き合ってくださりありがとうございます。何か変なことを言われたのなら私が代わりに謝りますので、今日のところはお許しください。」
「イ、いえ!・・・。何も変なことは・・・、言われてないですよ」
 声を裏返らせながら必死に返事をする。それから、そろりと少しだけ振り返る。

「そうですか。連れに粗相が無かったようで安心しました。もう夜もふけてまいります。寒くなる前にお互いテントにもどりましょう。」
 あれ程の色香を直接向けられていた筈のツイーズだが、驚くほどしっかりした様子でこちらを見つめていた。
 ただ、マントの女性はツイーズの隣に立って、「スッゴイ不満」と言う雰囲気をビシ!バシ!と発している。怖い。

「あ、ああ。そうですね。明日も早いですから。」
 女性の雰囲気だけでタジタジとなりつつも、なんとかそれだけ答える。

「ええ、おやすみなさい。良い夢を」
「よ、良い夢を。」

 ツイーズとマントの女性はこちらに手を振ると背を向けて歩き出す。

 二人から視線を外し、捻っていた体を元に戻す。
 あっという間の出来事だった筈なのに、全身が汗にまみれ、緊張しすぎた筋肉が痛む。
 まるで全力疾走したかのような疲労感。そして・・・未だ収まらずズボンを押し上げるチンコ。
 それらが合わさり、なんともフワフワとした・・・現実離れしているような感覚に包まれている。
 それこそ、今の出来事は本当にあったのか?いつのまにか寝てて夢でも見たのではないかと思うほどに。
 息を整うごとに、そんな気持ちになってくる。
 
 取り敢えず、寝台のあるテントまで戻ろう。だがその前に・・・。

「・・・抜いていくか」

「ごめーん!言い忘れてた!」
「!?」

 背後からの突然の呼びかけに、(聞かれた!?)と思いつつ振り返る。
 マントの女性が数歩こちらに戻って手を振っていた。

「シノンちゃん! あなたは、どんな事があってもシノンちゃんを好きでいなさいね。そうすればどんな事になっても大丈夫だから!」
 いいね、分かった! と強く念を押すと、マントの女性はツイーズの元に戻っていく。
 その間にツイーズも口を開いた。

「では、私からも一言。地下室や地下通路を見つけても、開けるのは暫くお待ちなさい。この町はいま、どちらの加護も受けていない状態ですから。」
 隣に戻った女性と目を合わせると、今度こそ二人は並んで去っていった。

 二人の姿が見えなくなっても、ジエフはしばらく動かなかった。
 女性の言葉は、胸に暖かな火を灯していった。シノンとの楽しかった思い出が蘇り、緊張していた体がほぐしてくれていく。
 女性の言葉はジエフが抱える不安を肯定し、優しく包みこんでくれたきがした。

 そして、ツイーズの言葉は・・・良くわからない。だが、不吉の前触れだとは感じた。
 なにしろ、町長の屋敷には地下通路がある。それは兼ねてからもたらされていた情報。

 父が発見を待ち望む場所であり、ジエフが最期の希望を託す場所。
 それが見つかるのは、恐らく・・・・・・。
 空を振り仰ぐと、大きな月が大地を見下ろしていた。



 ◆



 今日も変わりなく日は昇った。
 だが、明け方からやってきた雲が空を覆って薄暗い。

 雨が降るには薄い雲だ。
 それでも食事を済ませて、作業に取り掛かろうとする者達は一様に空を仰ぎ一抹の不安を覗かせる。
 昨日と同じ町の広場ではジエフが作業員を班に分け、今日の担当地域を伝えて次々と送り出している。

 ある班の中にはツイーズの姿もあった。町の住人に混ざり、崩れて道を塞ぐ瓦礫をどかし、遺体を安置所まで運んでいく。
 作業に勤しむツイーズの視界の端に見慣れたマントが時々通り過ぎていく。


 滞りなく作業は進み。朝、曇天に抱いた不安を多くの者が忘れた昼前時、ジエフの下に1人の兵士が小走りで近づいてきた。

「地下室の入り口が見つかりました」
 兵士の耳打ちに、ジエフが目を見開く。
 予想通りの報告、待ちわびた報告。

 ジエフは知らせの兵士を伴うと、広場の少し北にある町長の屋敷へ急いだ。

 
 ジエフがついたのは、周りの建物より一回り大きな建物だったもの。
以前きた時は大きな黒みがかった石造りの1階は質実剛健だった。
 上質な白い木の板をふんだんに使った2階は遠目からでもよく目立つ。 黒と白、1階と2階の対比が美しいこの屋敷は町のシンボルだった。

 だが、木製の2階部分は火に巻かれて完全に焼け落ち、1階も多くの石壁が崩れ、ひび割れ。残った石壁も煤けて真っ黒く染まっていた。

「お待ちしていました。こちらです」
 玄関前に立っていた副官に誘導され、廃墟の中に入る。
 燃えおちた天井から薄暗い雲がこちらを覗き込む。
 穴だらけの壁からは冷たい風が流れ。期待に熱くなる頬を冷ややかに撫でていく。

 案内されたのは一階でも奥まったところにある小さなスペース。
 半地下の厨房から1階、2階に給仕やメイドが料理やお酒を運ぶための階段が設置されていたのだろう。
 見ると、左下には厨房へつながる階段がポッカリと空いている。
 だが、副官や周りの兵士たちが見ているのは向かって右側。元は2階へ上がる階段が占めていたスペースの方。

 焼け落ちた階段が退かされ、隠すものが無くなったスペースには跳ね上げ扉が姿を現していた。

「緊急避難用の地下通路だと思います。2階や1階、半地下の倉庫には璧が無いことは確認済みです」
「まず間違いなく、璧この先でしょう。早く持って帰ってお父様にお見せ致しましょう!」

 周りの兵達が口々に何か言っているが、頭に入ってこない。
 町長の死体は救助隊が到着したその日に確認されている。
 シノンの母親は住民と避難している所を保護されている。
 だが、シノンの行方は未だ分かっていない。
 信頼できる兵達で素早く町全体を探してもらったが、何処にもそれらしい死体や生存者はいなかった。
 彼女が行きそうな場所で残すのはここだけだ。

「ゴクッ。よし。あけ・・・」

(地下室や地下通路を見つけても、開けるのは暫くお待ちなさい。この町はいま、どちらの加護も受けていない状態ですから)

 手近な兵士に蓋をあけるよう命じようとしたとき。昨日聞いた言葉をパッと思いだした。

「ジエフ様?」
 言葉を切ったジエフを兵達が訝しげに見つめる。

「いや。なんでもない。開けてくれ。」
 軽く首を振って迷いを振り払い、兵に命じる。

 命を受けた兵士の1人が扉をゆっくりと持ち上げていく。
 少し隙間が開く、特に変わった気配はない。
 扉が一息に持ち上げられ、脇に退かされた。

 ジエフ、そして周りの兵士たちが開いた入り口を覗き込む。
 暗い・・・。
 曇りとはいえ空からの光もあるのに、通路の床も見えない。

「お待ちを、松明を点けます」

 地下に入るといことで用意していたのだろう。
 兵士が明かりをつけて、入り口に挿し込んだ。

 それでも、闇は払えない。
 それどころか、挿し込んだ松明の火が影って見えにくく成る程だ。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 皆が入り口を見つめ黙り込む。
 それぞれの頬や背中を冷たい汗が滑り落ちた。
 ジエフと兵士たちがどうすればいいのか判らず固まるなか、その異変は起きた。

 ヴヴヴォォォォ〜〜〜〜〜

それは、音。
通路の奥から響く異様な轟音は徐々にその勢いを増し、通路を満たす闇を震わせる。

「うお!」
挿し込まれていた松明も大きく震えだし。持っていた兵士が慌てて引き抜く。

「し、閉めろ。扉を閉めろ」
 その様子にジエフも慌てて指示を出す。だが・・・。

 ゴォォォオオオオ、ゴゴゴゴゴゴゴ!!!

 通路の奥から「何か」が凄まじい勢いで迫ってきた。

「クッ・・・。退避!」
 ジエフの声に兵士たちが駆け出す。
 ジエフも副官と並んで最後尾を駆ける。
 そして屋敷の玄関が見えてきたころ・・・。

 ズドオオオオオン!

 背後から響いた轟音に思わず振り返る。
 そこには・・・・・・。



 ◆



 町の南で作業に勤しんでいたツイーズは、突然の轟音に顔を上げると北の空を振り仰いだ。
 町の北のから真っ黒な煙がモクモク空に向かって湧き出していた。
 湧き出した煙は暗雲となり、空の低い位置で横に広がって町の上空を覆っていく。

「・・・。開いてしまった。かな?」
 ツイーズは一つ呟くと。
 今も騒ぐ周りに声をかけ、中央広場を目指した。


 そして同じころ・・・、馬に乗り、北の街道からウデンの町を目指す2つの影があった。

「あれは・・・」
 馬の背に乗った女性から呟きが溢れる。
 女性の前で止まった初老の冒険者も眉をひそめた。

「奥さん、町にこれ以上近づくのは危険だぞ。一旦戻って軍の出動を要請した方がいい。」
 初老の冒険者が女性に意見を述べる。

「・・・・・・。確かに、その通りですね。」
 女性も渋々ながら男の意見に同意した。
 険しかった冒険者の眉が緩む。

「ここからは私1人で参ります。あなたは領都に戻り、領主様にこのことをお伝えください。」
 続いた女性の言葉に、カクンと冒険者の肩が落ちた。

「・・・本気ですかい?」
「はい、あの異変は私にも関係あるもののように感じます。」
 冒険者の言葉に女性は真っ直ぐ暗雲を見つめながら答えた。
 
 その様子を見つめることしばし、初老の冒険者はため息をつきながら頭をかく。

「はぁ・・・。分かりました。俺は根無し草の流れ者ですが。受けた依頼は最後までこなしますよ。」
「いいのですか?」

 女性の問いに男として笑う。

「なに、こんな綺麗な奥さんの頼みとあっちゃあね。例え火の中水の中ってやつですよ。」

 女性は男の顔をしばし見つめると、ふふっと笑う。

「では、こんなおばさんのお供で申し訳ないですが、奮戦を期待しますよ。根無し草の騎士さん。」
「ははは!粗野で下品な騎士ですが。依頼主のことはしっかりお守りしますぜ!」

 そして2人はウデンに馬を走らせる。

 新魔王時代になってからはほとんどなくなった。
 魔物災害の渦中へと。


中へ続く
19/04/30 20:49更新 / 焚火
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■作者メッセージ
一応、話は書き終わっています。
読みなおし行いながら今晩中に次を出せればと思います。

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