読切小説
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十五年越しのキス
親魔物領リストア。この地の北部には雄大な山々が聳え、その麓には樹海が広がっている。
魔力に満ちたこの周辺は魔物娘にとって大変住みよい居住空間であり、実際多くの魔物娘がこの地に住み着いていた。

人虎のユリカもその一人である。彼女は強さの高みを目指してこの地を訪れ、日々自己研鑽に励んでいた。
山麓の洞窟にねぐらを作り、樹海を駆けて獲物(男ではない)を捕らえ、様々な種類の友人と拳を交えて己を高める。
その日々は快楽主義のサキュバスあたりが見れば苦い顔をしそうなほどストイックで、
また彼女はそうした性格から、異性と交わることに関して興味がとても薄かった。
その関心の無さたるや、彼女の友人であるリザードマンから「アイツ本当に大丈夫か?」といらぬ心配をされてしまうほど。
どういう訳だか発情期も全く訪れず、彼女は結局その日まで誰の手に落ちることもなく過ごしていたのだった。

そんなある日、彼女はいつも通り山を下り、樹海で鍛錬に励んでいた。
川のほとりでの事である。上流から流れてきた丸太を相手に見立て、削り、割り、圧し折る。
彼女の動きは長きに渡る修練を感じさせ、洗練されており無駄がない。
唯一爪を振るった後に慣性に操られぷるんと揺れるたわわな胸だけが、彼女が雌たる事を示していた。

そうして間隔を研ぎ澄ませていると、彼女の耳はこの樹海において異物となる音を拾い上げる。

「……ん?」

張りつめた気を解き、音に耳を澄ませる。
それは聞いているだけで胸が張り裂けるような、悲痛な声。
ユリカは鍛錬を中断し、導かれるように声のする方へ駆けた。

それから十分ほど走り、ユリカは声の主を拾い上げる。
それは両手で抱える程の大きさの、白い柔布で包まれた無垢な存在。樹海においてひどく場違いなそれを見てユリカは不愉快そうに歯噛みする。

「捨て子か」

葉を拾い集めて作られたベッドの上にその赤子は置き捨てられていた。
まだ目も開いていないその小さな子供はまるで自分の運命を悟っているかのように、
この世の全ての哀しみを代行しているような声で泣いていた。
俗世に疎く独り身のユリカは、その泣き声を止める術を知らない。

だから、ユリカは赤子に口づけをした。

腕を狭めて豊満な胸の中に赤子を抱くと、小さなその口元にそっと自分の唇を重ねる。
するとくすぐったいような、むず痒いような初めての感覚に赤子は驚き、泣き声が止まった。
乳歯を僅かに覗かせて驚いたような顔を作る赤子にユリカはふっと微笑みながら、赤子の目を見て言葉を紡いだ。

「もう大丈夫だ、安心しろ」

何が大丈夫なのか、何が安心なのか、何一つ明確でない曖昧な言葉。
しかし赤子はその言葉を理解したように口を閉じ、やがてユリカの胸で寝息を立て始める。

胸に抱く小さな命を思いながら、ユリカはこの子供を育てる事を決めた。





それから十五年の月日が流れる。二人はいつも通り山を下り、樹海で鍛錬に励んでいた。

「はあっ! せっ! やーっ!」

少年が力強い声と共に拳を振り、丸太に大きな亀裂を入れる。振りかえりざまに鞭のように足をしならせ、立て掛けた丸太を倒す。
そのまま姿勢を低く取り、丸太に振りあげるような拳を見舞う。重い音を響かせて丸太は浮き、川に放り込まれた。

あの日ユリカは拾った子供を男の子と確認し、「コウ」と名づけた。
育児経験など何もない彼女であったが、周囲の惜しみない助力と彼女自身の尽力もあり子供はすくすくと成長。
その姿は今や赤子とは呼べず、青年とまでは行かずとも少年と呼べるまでに成長している。
黒髪はさっぱりと短めに揃えられ乳歯も多くが生え換わり、目元が少し似ている所を除けば赤子の頃と比べようがない。

コウは張りつめた気を少しずつ緩めると、大きく息を吐いて育ての母へと向き直った。

「……母さん、どうですか?」
「ま、まあまあだな。……いや、蹴り技にまだムラがあるか」

ユリカはその言葉にはっとして、少し慌てて言葉を紡ぐ。
その指摘にコウはうっ、と言葉を詰まらせた。

「足は狙いをつけるのが難しくて……」
「ふむ、まだまだお前は若い。今無理に上達させるよりは、身体の成長を待った方がいいだろう。焦らず続ければじきに狙いも定まる。……さて、今日はそろそろ終わりにするか」
「はい、ありがとうございました」

コウは礼儀正しく一礼すると、鍛錬用の丸太を片付け始める。その腕に盛り上がる力こぶが、母との毎日の鍛錬の成果を表していた。
薄く筋肉の乗った小さな体はあどけなさの中に雄としての強さを残し、母性と女を著しく刺激する。
知らずのうちにコウの身体を目で追っている自分がいる事に──ユリカは未だ気づけないでいた。

その後、母子はねぐらに戻り食事を取る。主にユリカが森の獣や魚を取ってくるのだが、この日はコウが素手で仕留めた猪が食卓に上がった。
この母子は人里に下りる事が少ない。本人達は普通に暮らし、生活するための力を身に付けているつもりだが、
実際のところコウの戦士としての実力は里の人間とは比べ物にならないほど成長している。

「そういえば、先日の怪我は治ったか?」
「は……いいえ、まだ少し痛みがありますね」
「修業が足らんな、猪は速さこそあるが動きは単純だ。見切ってしまえば大した敵ではない」
「はい、次は無傷で捕らえるよう精進します」
「うむ」

とはいえ、この母子がそれに気付くよしもないのだが。

「ごちそうさまでした」

夕食を平らげると、辺りは薄闇に染まり始める。
獣の夜は早い。二人は交互に水浴びをし汚れを落とすと、毛皮の寝具に身を横たえた。
流石に同じ布団では眠らない。コウが六歳の頃までは共に眠り身体を暖めあっていたが、七歳になると寝具が狭くなりもう一つ新しいものを用意した。

「よく眠り、怪我を治せ」
「はい。おやすみなさい母さん」

石造りの囲炉裏の火を消すと、親子は静かに眠りについた。

「……」

それからしばし時が経つ。
ユリカは研ぎ澄ませた聴覚でコウの寝息を聞き取ると、猫のようにするりと寝具を抜け出してねぐらを出た。
星と月だけが輝く夜の空を眩しそうに見上げると、虎そのもののスピードで森の中を駆け抜ける。
森を抜け、丘を登り、更に深い森へ。ねぐらから数キロも離れた深い森の中に入り込むと、ユリカは月の光の届かない木立に入り、つるりとした表皮を持つ木の影に座り込んだ。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

人虎の身でありながら、野を駆けた彼女の息は荒い。
頬は朱色に染まり、足はガクガクと震え、体をべったりと粘っこい汗が伝う。

ユリカは周囲の気配を探り誰もいないことを確かめると、秘部を包む下着をそっと外した。

「もう、こんなに、濡れ……」

自らの淫らな姿に呆れとも興奮ともとれる声を上げる。
ユリカはそのまま立ち上がってつるりとした木の幹に両手を回し、粘着質な水音を立てる秘部を木に押し当てた。

「んっ……んっ、んあっ」

汚らわしい情念を払い落すようにユリカは木に向けて激しく腰を振る。
擦りつけた刺激は女性器を刺激し、快楽となってユリカの頭を駆け巡る。

「んあーっ、あっ、あっ、あんっ」

もっと続けたいと思ってしまう。もっと擦りたいと思ってしまう。
浮かんでは消えるいやらしい欲望をユリカは必死に抑え、ただ頭の中を真っ白にして、そうなるよう努めて腰を振る。

「あっ、ああっ……コウっ、いやっ、ダメだっ、そんなっ!」

それでもなお脳裏に浮かぶのは、自分が育て上げた息子の顔。
消せども消せども想起される妄想の中で、コウはユリカを組み伏せて腰を振っていた。
母さん、母さんと自らを呼びながら、自分が鍛えた筋肉をもって自分を侵略している。そんな有り得ない光景が、頭から離れない。

「嫌だっ、そんなっ、私はっ、母親で、あの子の……っ!」

有り得ない光景は、ユリカの頭で増殖する。
赤子の頃のように、だがあの時よりずっといやらしく自分の胸を舐めるコウ。舌同士を絡め合う男と女のキスを自分と交わすコウ。
胸にしがみつきながら必死で腰を振るコウ。幼い体を快楽で波打たせながら、母の膣に精液を放つコウ。

あらゆる妄想がユリカの頭を駆け巡り、腰の動きがどんどん早まっていく。
同時に抱きしめている木の幹に爪が食い込み、ぴきり、と崩壊の音を鳴らした。

「ダメだダメだダメだダメだダメだ……そんなの、そんなの……あっ、ああっ、あああーっ!!」

妄想の中のコウがぶるりと身を震わせると同時にユリカも絶頂に達する。
更に同時に、ユリカはオーガズムの瞬間に極限まで身を硬直させた。
その因果で木の幹に食い込んだ爪は更に深みを増し、あわれ20メートルほどの若木はめりめりと音を立てて倒れていく。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

どぉぉぉんと木が地面を打つ音と共に、ユリカは支えをなくし地面にへたり込んだ。

近くの川で身体を清めながら、ユリカは自身の体の変調について考える。
この身体の火照り、抑えようの無い情欲はどう見ても発情期だ。息子の顔が浮かんでしまうのは、恐らく自分と接する機会が断トツで多い男だからだろう。そう思うことにした。

だが、ユリカは一ヶ月前に発情期を迎えている。明らかに発情期の間隔が短い。
そもそもコウを拾う前も後も、ユリカは発情期とは縁遠かった。最近になり急に発情しはじめ、おまけに感覚が短くなってきているのだ。

何か、よからぬ事の前触れかもしれない。
柄にもなく不安を覚えたユリカはこの晩、ある人物に相談に向かうことを決めていた。

不自然に沢山の若木が倒されているその広場を抜け、しばらく歩く。
すると仄暗い林の中に、やけに立派な一軒の家が建っているのが見えた。明かりが点いている事を確認し、ユリカは戸を叩く。

「なんじゃ夜更けに……ん、ユリカか」

めんどくさそうな声と共に、ドアがギギギイと錆びついた音を立てて開く。
その隙間から角が顔を出す。樹海の相談役、バフォメットのラトスは珍しい時間の珍しい来訪者に目を丸くした。

ユリカが相談がある旨を申し出ると、ラトスは彼女を中へ招き入れる。
ログハウス調の立派な住まいは彼女が魔女をこき使い建てさせたものだ。柔らかな木の椅子に腰かけ、出された甘いメイポロに口をつけた。
発情期特有の胸のざわめきが少し落ち着いたのを感じながら、ユリカは向かいに座ったラトスにゆっくりと話し始めた。

「実は、少し前から発情期が──」
「……」
「──だから、正直困っている。母親がこうではコウに示しがつかないし、自分を慰めるたびにコウの顔がちらついて切なくなるんだ」

ラトスは一言も口を挟むことなく話を最後まで聞き、やがて実にめんどくさそうに息を吐いた。

「……無自覚な惚気ほど罪なものもないのう」
「ん、何か言ったか?」
「何でもないわい」

小首を傾げるユリカにラトスは視線を逸らしてもう一度ため息をつく。夜更けに訪ねてきた時は息子が熱でも出したかと少し心配したが、もはやそんな心配はかけらもない。
既にラトスの頭には「早く終わらしてお兄ちゃん捜し(ボーイハント)に行きたい」で統一されていたため、ラトスは極めて率直にユリカへ言った。

「……不定期に訪れる発情期を何と言うか知っとるか、発情、っちゅーんじゃ。大方、お前さんはコウに発情しとるんじゃろう」
「っ!? い、いや待て、私は発情期なだけだ! なにもコウ相手に心から発情している訳では!」
「めんどくさいのう、お主も魔物娘なら素直にならんかい。オナニー中に男の顔が浮かんだら、そりゃどんな占いより正確な旦那様診断じゃろうが」
「だ、だがしかし……コウは息子で、私は母親で……その……」

もじもじと指を絡める女々しいユリカの姿にいよいよラトスの苛立ちはピークを迎える。
テーブルに拳を叩きつけると怒気を含んだ声でラトスはユリカを叱りつける。

「ええい、手を出したくないなら勝手にせい! その代わりどっかの女に盗られてもワシ知らんぞ」
「盗らっ……馬鹿な、あいつはまだそんな年じゃ!?」
「十五歳なんぞ旬の中の旬だっちゅーに! お前も十五年母親やっとるクセにコウが世間知らずで素直で逞しくて礼儀正しい男日照りの樹海に咲いた超優良物件なのが分からんのか!あやつ狙っとる魔物娘なんぞワシ両手両足じゃ数えきれないほど知っとるわ! ちゅーかワシの「未来のお兄ちゃん候補リスト」に入っとるわ!」
「なっ……いや待て、何作ってるんだお前は!」
「三年後にまだお手付きでなけりゃワシが頂くつもりじゃったんじゃがのう」
「人の息子を勝手に食おうとするなっ!」

羞恥を含んだ怒涛の突っ込みである。
ラトスはさもうるさそうに耳を塞ぎ、どこか侮蔑も含まれたような声でユリカに言い捨てた。

「まあええわい。男なんぞ星の数ほどいるし、お主も母子がどうのが気になるなら別に無理に抱けとは言わん」
「……」
「だがなユリカよ、人間の男は平均13歳で精通する。あ奴が既に男としての体を持ってる事、ちったあ自覚せい」

そしてラトスは椅子を降り、ユリカを残して家を出る。
「あんないい男を」とか、「魔物娘としての自覚が」とか、無責任なぼやきを残しながら「お兄ちゃん捜し」に出かけて行った。

ユリカはしばらくの間動かなかった。
ただ既に冷めたメイポロの水面を、そこに映る自分の顔が、波紋で揺れるのをただじいっと見つめていた。

「……」

やがてカップに映る波紋は少しずつ穏やかになり、その水面が凪いだのを見るとユリカはゆっくりと立ち上がる。
二人分のカップを片付け、ラトスにお礼の言葉をしたためた紙を残しねぐらへと帰っていった。

洞穴の中で、コウは相変わらずぐっすりと眠っていた。
ユリカはその隣に音もなく立ち、コウの寝顔をじっと見つめる。

コウを拾ったあの日の事は、昨日のように鮮明に思い出せる。
顔立ちはだいぶ変わった。唯一その瞳には幼い頃の名残が見えるが、丸い顔立ちは面長になりすらりとしている。
次いでユリカはくん、と鼻を動かす。すると今まで嗅いだ事も無かったような不思議な匂いが鼻につく。
それは、魔物娘が嗅ぎ取る精の匂い。ユリカはすぐにその事を悟るとともに、その匂いがコウの足の付け根のあたりから放たれている事に気付く。

既に迎えていて、自分で処理しているのだ。
ユリカは自分も知らなかったコウの秘密に驚くとともに、そんな事も気づかずにいた自分を恥じた。

ふと、夕食に食べた猪の肉を思い出す。
かつては胸に抱かれて丸くなっているだけだったコウ。
今では、二人の食事を調達することに何の苦もない。

コウは既に育てられるだけの存在ではない事を、ユリカはようやく理解した。

ユリカはある決心と共に、自分の寝具に身を横たえる。
この家にコウがいるのも、明日で最後になるかもしれない。そんな予感を感じながらユリカは安らかに目を閉じた。



翌朝。
ユリカは目を覚ますと、朝食の準備をコウに任せて走りに出かけた。
十分に美味しい朝食を食べ、それからコウを連れて夕食の調達を兼ねた鍛錬に向かう。
鍛錬ではコウの腕前に合格を出し、コウに魚と肉を取らせる。手づかみで大きな魚を二匹、肉はウサギを三羽取った。夕食には十分な量だった。
その後は自由時間にし、コウが仲のよい魔物娘と組み手やたわいの無い会話などで親睦を深めているのを確認した。若干目つきが怪しいのが数人いたが、まあ許容した。
そうして空が赤く染まるまで外で活動した後は、今日の獲物を持って洞穴に戻る。ユリカはコウに夕食作りを任せた。

「……夕飯は、母さんの料理が食べたいです」
「私はお前の料理が食べたい。たまにはいいだろう?」

朝からの母の言動に奇妙な違和感を覚え、コウは母にねだる。しかし母親に涼しげにそう返され、何も言えずにコウは料理を作った。
そうして母子は最後の一日を過ごす。
食後にユリカは今日の一分一秒に至るまでの全てを思い返し、やがて静かにこくりと頷いた。

「コウ、話がある」
「はい」

広くもない洞穴の中、ユリカは改まってコウに言う。
コウは何かよくない予感を心の中に感じながら、食卓を挟んでユリカの向かいに座った。

どこか落ち着かないコウに対し、ユリカは冷静だった。
ユリカの心は、今ひとつの波もない水のごとく澄んでいる。やがてユリカは静かに口を開いた。

「お前を育て始めて、もう十五年になる。初めはどうなるかと思ったが、お前は私の思った以上にいい男に育った」
「……そんな事はありません、僕はまだ何も」
「今日一日お前を見て思った事だ。お前はもう、私抜きでも十分に生きていける。本当にそう思った」
「っ、何を言ってるんですか、母さん!」

コウは本当に珍しく感情をむき出しにし、テーブル越しにユリカへ詰め寄る。
ユリカはそんなコウを手のひらを向けて制し、ひどく落ち着いた口調で話し始めた。

「私はこれから、お前に私の本当の思いを告白しようと思う」
「……一体、何を……告白って……?」

既に日は落ちて外は闇の帳に閉じられている。
囲炉裏の中でぱちぱちと爆ぜる薪の音だけが、しばらく洞穴に響いていた。

「私は……」

歯を噛みしめ、ユリカは言葉を続けようとする。
だが目の前の自分の宝物が失われてしまうかもしれない恐ろしさが突然こみ上げ、喉を塞ぐ。

「わた、しは……っ!」

十五年分の記憶がユリカの頭に浮かんでは消えていく。
何も言うな、今まで通りでいいんだ、そんな自分の弱い心が、甘い言葉を耳元で囁き惑わせる。
しかし愛する人を求め続ける彼女の魔物娘としての本質が、ずっと押し殺してきた女としての自分が、その囁きを掻き消し喉のつかえを取り除いた。

「私は、お前を愛している。一人の雌として、お前という雄を心から愛してる!!」

顔を割れんばかりに真っ赤にしてユリカは叫ぶ。
いつも優しく見守っていた母の姿はそこになく、代わりにただ一人の女がいた。

コウは、こんな母の姿を今までに一度も見たことが無かった。
彼の中で母は強く、大きく、冷静で、取り乱さない、山のような存在である。
目端に涙を溜めて肩を震わせる一人の女となった母の姿を、コウはしばらくの間見つめていた。

そしてコウは何も言わず、ゆっくりと立ち上がる。
ユリカの肩がびくんと大きく跳ねる。コウは食卓を回り込むと、ユリカの隣に座り両肩に手を置いた。

そして、先程のユリカと同じだけ静かに告げる。

「母さん、今までありがとうございました」

ユリカの目端の涙が、いよいよ溢れださんとした。

「これからよろしくお願いします、“ユリカさん”」

悪戯っぽくそう言って微笑む優しいコウの顔を見て、ユリカは言葉を理解するのに数秒の時を要する。
その言葉の意味を理解しユリカの顔に笑顔が花開く直前、コウはユリカの肩を抱き寄せた。

「うっ、うあ、コウっ、コウっ、私、私ぃ」
「物心ついた時から、ずっとユリカさんが好きでした。もう、母だからと遠慮はしません」
「私も、私もだっ、遠慮なんかしないからな、絶対離さないんだからなっ」

愛する人と結ばれた、いいようの無い幸福感がユリカを包み込む。
嬉し涙を流してしゃくりあげながら、母としての自分を捨て去りただ子供のように愛する男を必死に抱き寄せていた。

「……ユリカさん」
「コウ……んっ」

お互いの体温を移し合うと、二人はどちらからともなく唇を重ねる。
長い口づけを終えて唇を離すと、ユリカはそう言えばと思い出したように笑みを浮かべた。

「お前を拾った時、泣き止ませる為にキスしたんだったな。……ふふっ、十五年ぶりだ」
「そうなんですか……でも、僕はもう子供じゃないですから」
「ああ、お前はもう息子じゃない。……私の自慢の、旦那様だ」

幸せそうに微笑み、ユリカはそのままもう一度唇を重ね合わせようとして少し思いとどまった。

「……その、コウ。お前はええと、セックスは大丈夫か?」
「大丈夫……ですか?」
「いやその、心は良くても十五年見てきた身体だろう? 私は成長がないから昔のままだし……その、ちゃんと興奮できるのか?」

ユリカの心配そうな問いに、コウは言うか言うまいか少し迷った末に苦笑いを浮かべて口を開いた。

「ユリ……いやこの場合は母さんかな。
 母さんにはお見通しだったと思うんですけど、ちょっと前から一人になった時によくオナニーしていたんです」

鼻も利き気配察知に優れた獣の魔物でありながら全く気付いていなかったユリカは少し気まずそうに目を逸らす。

「初めて射精を覚えた時からずっと、いつもユリカさんの事ばかり考えながらしてましたから」
「……本当にいつも?」
「……たまにルミナさんで」

ユリカはよくミルクを貰いに行くホルスタウロスの少女を思い出しつつ、正直過ぎる返答にコウの耳を甘噛みする。
「痛たた」と呻くコウに悪戯っぽく笑うと、ふと、自らの胸に手を乗せた。

「……ふむ、つまりコウはおっぱいが好きなのか」
「いや、その、まあ……」
「なに、恥ずかしがる事はない。私もお前が赤ん坊のころは色々手を尽くしたが、母乳だけはルミナの牛乳を使わざるを得なかったからな。
 それだって布に含ませて吸わせたり、出来るだけ本物の乳首に近くなるよう試したものだ」
「そうだったんですか……全然知らなかったな」
「まあ、それでも偽物は偽物だ。いつかおっぱいに飢えた子になるんじゃないかとは思っていたさ」

ユリカはそう言うと少しコウから離れ、胸の二つのおっぱいを腕で寄せるようにポーズを取る。
コウの目の色が生々しく変化したのを感じ、ユリカの興奮はより高まっていく。

「ふふ、触ってみるか?」
「は、はい」

がたがたと震える手を押さえつけ、コウは夢にまで見たユリカの双丘に手を伸ばす。
幼子の頭を撫でるように手のひらを乳の上に置き、磨くようにゆっくりと撫でまわした。

「んっ……どうだ、初めてのおっぱいは」
「柔らかくて、すべすべしてます」
「もっと触れてもいいのに、コウは妙な所で小心だな」
「す、すみません、こんなの初めてで、どうしたらいいか」

緊張のあまりガチガチに固まっているコウを微笑ましく眺め、ユリカは胸当てをそっと外す。
ごくり、とコウが唾を飲む音が聞こえる。やがてカランと胸当てが落ちる音がして、ユリカの桜色の乳首が露になった。

股間を押さえながらも目が釘付けになっているコウを、ユリカはぐいと引きよせて胸の谷間に埋めてやる。

「うわぷっ……ユリカさんっ」
「ほら、これが女のおっぱいだ。暖かくて柔らかいだろう?」

そう言ってコウを胸に埋めたまま抱きしめてやるが、こうしていると劣情とはまた別の、母性のような暖かさが胸にこみ上げてくる。
いつかルミナが言っていた、胸に愛しい人を抱くというホルスタウロスの習性がなんとなく理解出来た気がした。

ユリカが少しの間胸の暖かみに浸っていると、少しばかり余裕が出来たコウが顔を埋めたまま舌を這わせる。

「ひゅあっ! ……こら、コウ。そういう事はする前に何か言え」
「す、すみません」
「まあ、いいけど……どうした、続けないのか?」
「あ、はいっ」

子犬が水を飲むようなぴちゃぴちゃという水音と、ユリカの小さな喘ぎ声がしばらくの間洞穴に響く。

「んっ……はぁ……ん……んあっ……」

胸を舐めていたはずのコウはいつのまにか右乳の乳首に口をよせ、それこそ赤子のように音を立ててちゅうちゅうと吸いつく。
ユリカもまた赤子を抱くようにコウの顔を寄せ、その頭を優しく撫でまわしていた。

「はぁん……いいっ……ああ……はあっ……」

やがてコウが乳から唇を離し、快感にわななくユリカと視線を合わせる。
ユリカはふっと微笑むと、ちろりと舌を出して顔同士を近づける。互いの瞳の中まで見通せるほど近くなると、口の中に舌を割り入れた。

「ちゅぷ……んっ……くぷ……コウっ……れろぉ……」

互いの舌をまさぐり合い、唾液を交換し合って快楽を得る。
ユリカは更に自分の胸をコウに押し付け、オナニーでするのと同じように股をコウの身体に擦りつける。

「あ……パンツ、脱がなきゃな……」
「僕もいい加減、服脱いだ方がいいですね」

そして思い出したように言う。名残惜しくも一度身体を離して、二人は互いに服を脱がせ合った。
ユリカがコウの衣服を丁寧に脱がし、そしてパンツに手を掛けた所で手を止める。
一度噛みしめるような間を置きパンツを剥ぐ。既に臨戦態勢に入っていたコウのペニスは大きく天を突き、衣服の拘束を逃れてぶるんと身震いした。
予想以上の大きさと形に、ユリカはしばし茫然とそれを見つめる。

「む、昔おしめを取り換えた時はこんなに大きくなかったぞ……」
「いや、当たり前でしょう」

そしてコウもびしょ濡れになったユリカのパンツを剥ぎ、二人はついに裸体の獣となって対峙した。
ユリカのヴァギナはペニスを求めてぐしょぐしょに濡れている、
コウのペニスはヴァギナを求めてびくびくといきり立っている。
二人は互いのそれを見つめ合い、全ての準備が整った笑みを浮かべる。
やがて二人は寝具に横になろうとして、やめた。

「……もとが洞穴だから堅いし、毛皮はあまり汚したくないからな」
「外に行きましょうか」

なんともしまらないものを感じつつ二人は外へ出る。
満天の星空の下、全裸のオスとメスは交わる場所を探して少し散歩をした。

「この時間なら、みんな寝てますよね」
「夜に動くやつもいるが……まあ、私は構わないぞ。コウは私のものだと知らしめないといけないからな」

そんな言葉を交わしつつ、二人は柔らかい赤土のある草原に出る。
虫も少なく、耳をすませば川の音が聞こえてくる。コウはここがいいと思ったが、その時ユリカは少し別の事を考えていた。

「ここにしましょうか、ユリカさん」
「ああ……因果だな」
「え?」
「何でもないさ」

かつてそこに捨てられていた赤子の姿を思い出しつつ、ユリカは一糸まとわぬ姿で地面に寝転がる。
コウはその隣に寝転び、そっと肩を抱いた。

「ユリカさん……」
「コウ……」

唇が触れ合う。赤ん坊との親愛のキスから、恋人との愛しあうキスへ。
コウは舌を動かすと共に豊かなユリカの乳房を撫で、やがて腰、尻、足と体全体を味わうように触っていく。
ユリカも同様に、こちらはコウの成長を確かめるようにあちこちを触れて回った。

お互いを味わいつくした後、二人の手は一点で止まる。
コウはユリカのヴァギナをなぞり、ユリカはコウのペニスをしごいていく。

「あっ、あっ、あっ、コウっ、コウッ」
「はあっ、はあっ、ユリカさんっ、ユリカさんっ」

互いに名を呼び合い、その度に顔を見合わせ、そしてキスを交わす。
恋人として最も幸せな時間を二人は堪能すると、やがて精液がこみあげてくるのを感じてコウは手を止めた。

とろんとした笑みを浮かべるユリカを愛おしく見つめながら、星の光からユリカを隠すように上に乗る。
そして片手で一物を持ち、ユリカの不可侵の領域に自分の男をあてがう。膣穴と亀頭が触れ合い、愛液と先走りがとろけ合いキスよりも甘い刺激を二人に与えた。

「ユリカさん、挿れます」
「……本当に、セックスするんだな。私と、コウが」
「はい」
「……いいぞ、コウ。私と交尾して、いっぱい元気な子を作ってくれ」
「……はい!」

コウは短く答えると、ぬるぬると淫猥に光るユリカのヴァギナに勢いよくペニスを突き立てる。

「あっ……あああああーっ! ああんっ、ああっ、ああああっ!! ……は、入った、入ったぁ……」

刹那、かつてどんなオナニーでも得られなかった快楽がユリカを襲う。
ユリカは自分に覆い被さって挿入の快楽に打ち震えるコウを、力の限り抱きしめる。
若木をも圧し折る握力を掛けても、コウの母に鍛えられた肉体がへし折れる事はなかった。

「動きます……」
「ああっ、来てくれっ! 私をお前の女にしてくれっ!」

雌としての本能がシナプスを電流となって駆け巡る。
頭と体と心がコウという男を求めている事を理解したユリカは、ただ無責任に激しく出入りする男根の激しい快楽に身を任せる。
互いに我慢がきかないほど焦らされた二匹の獣は既に理性を手放し、ただペニスとヴァギナを気持ちよくさせるためだけに存在する一つの生物としてそこにあった。

「コウ、コウ、コウ、コウ、コウッ!」
「ユリカさん、ユリカさん、ユリカさんっ!」

狂ったように名前を呼び合い、口づけを交わし、激しく腰を振り合う。
一突きするたびにユリカは自らの子宮口がコウに蹂躙され、ペニスから精液を絞るのに最も都合のいい形へ進化している事を感じていた。

セックスを楽しもうなどという余裕は既に二人になく、ただこみ上げる射精感とオーガズムの快感を貪り合うだけの交尾を続ける。
やがてコウは自らのペニスが射精を求めていることに気付くと、相手への気遣いなど何もなく、動物同様に本能の赴くまま射精した。

「ユリカさんっ、ユリカさんっ、ユリカさんっ……ああっ、あああああっ!!」
「あっ、あーっ、ああああーっ!! はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

何の前触れもなく出された精液をユリカは何の苦もなく受け取り、そして共に絶頂に達する。
二人は繋がったまま少し冷静さを取り戻し、一度区切りのキスをしてしばらくの間見つめ合っていた。

「……す、すみません。我慢できなくて」
「べ、別にいい。私も同じだったからな」

余裕のなさすぎる交尾を思い返し、二人は恥じて少し赤くなる。

「……次は、もっとゆっくり楽しもう。な?」
「そ、そうですね」

二人はごろんと草原を転がり、今度はユリカがコウの上に乗る。
それから朝に至るまで、二人は新しい遊びを覚えた子供のように色々なセックスを試した。

「はふ、ん……っと。重くないか?」
「大丈夫ですよ、ユリカさんの重みが感じられて、なんだか安心できます」
「ふふ、嬉しい事を言ってくれるな。……では、ゆっくり動くぞ」

騎乗位。

「ふあっ、あっ、コウっ、なんだか激しいなっ……」
「すみません、この形ってなんだか興奮して……その、犯してるみたいで」
「むう……私はやっぱりお前の顔が見えた方がいいぞ……ほら、もっとくっついてこい」

バック。

「ふふ……ほらほら、お待ちかねのおっぱいだぞ。気持ちいいか?」
「はっ、くっ、ふぁ……すごい、です……」
「セックスの合間にこういうのも悪くないな。……くす、チンポが跳ねるのが目に見えて可愛いじゃないか」

パイズリ。

「うあっ、あっ、ああっ、こんなっ、コウに抱っこされるなんてぇ……」
「母さん……もとい、ユリカさんに甘えさせたのは初めてですね……くっ」
「こんなに逞しく育ったなんて……母親冥利に尽きるな、ああんっ!」

駅弁。

「こ、こらコウ、そんなに舐めるなっ……はぁんっ」
「はあっ、はあっ、ユリカさんの足っ、はあっ……」
「……まあ、気持ちいいならいいんだが……おっぱいやマンコならともかく、足にそんなに興奮されるとどこか複雑だな……」

松葉崩し。

「……ふふ、いつもの逞しい姿はどこへ行った? こんなにだらしなくチンポを勃起させて、みっともない赤ん坊がいたものだ」
「ふぐっ、もがが……」
「こぉら、子供は大人しく母さんのおっぱいを吸っていろ。ちゃんと上手に射精できるよう、母さんが全部やってやるからな……」

授乳手コキ。

二人の獣の性欲は衰えを知らず、夜を徹してまぐわい続けた。
そして、コウがもう何度目かも数えきれない精液をユリカの身体へ放った時。

「んっ、んあっ、あぁぁぁぁーっ!! はぁっ、はぁっ……ん……朝、か?」

ユリカは自らの体を照らす太陽の光を見て、ようやく時間の経過を意識したのである。

石の二人もお天道様の下ではまずいと思い、慌てて川で精液と愛液まみれの体を拭うと洞穴に戻り服を着る。

なんともしまりのない慌ただしい終わり方に苦笑しながら、二人は洞穴の中でどちらからともなく身を寄せ合った。

「コウ……愛している」
「僕もです、ユリカさん」

初めての夜は、こうして終わりを告げた。



それから、また少し時が流れる。
二人は夫婦になっても変わることなく、毎日規則正しく、鍛錬に励み、時に激しく愛し合う生活を続けていた。

「はあっ! せっ! ……でやぁっ!」

掛け声とともに拳を振るい、丸太を蹴りあげる一人の男がいる。
コウはまた少し背が伸び、ユリカとの性交を経てか顔立ちも少し大人びたものになった。
体つきもやや青年寄りの少年という形になり、最近は夜にユリカを組み敷く事も多い。

格闘の腕もめきめき上達し、足の照準も安定した。
今や武道派の魔物娘相手でも年の頃が近ければまともに渡り合えるようになり、
またユリカの旦那様になった事から樹海の魔物娘には愛情というよりも尊敬の目を向けられるようになってきている。
……とあるバフォメットが理想のお兄ちゃんを求めてコウの寝床に忍び込むような事件もいくつかあったが、基本的には友好的な関係を築いていた。

コウは粉砕した丸太を一ヶ所に片付け、近くで見ていたユリカに向き直る。

「ユリカさん、どうでしょうか」
「すっかり上達したな、コウ。あとは実戦経験を積むだけだ。
 私が相手をしてやれたらいいんだが、この身体ではな」

そう言いながらユリカはすっかり筋肉の落ちたお腹を愛おしそうにさする。
胸以外はすらりとしていて無駄のない人虎のシルエット、その中にあって彼女のお腹だけがぽっこりと丸くなって浮いていた。

「無理をしないでください、大事な体なんですから」
「ふふ……そうだな、私の大事な、二つ目の宝物だ」

とんとんと撫でるようにお腹をさするユリカ。コウはその様子を照れたように微笑みながら、そっとユリカの隣に座り自然に肩を抱いた。

「男と女、どっちでしょうね」
「ふむ、男なら間違いなくコウに似たいい男になるな」
「また母親を口説くかもしれませんよ?」
「む、今は素敵な旦那様がいるからな。それは流石にお断りするさ。……まあ、おっぱいくらいなら触らせてあげてもいいかもしれんが」

ユリカは少し張ってきた自分の胸を両手で軽く持ち上げ、悪戯っぽくコウを挑発する。
コウはそんなユリカの顔をこちらへ向かせると、やや強引に唇を奪い、舌を入れた。

「んんっ!……ぷはっ」
「駄目ですよ。おっぱいも、足も、口も、あそこも、ユリカさんの全ては僕のものですからね」
「ふふ……嬉しいが、せめて赤ん坊に母乳ぐらいは飲ませてやってくれよ」

ふっと微笑むと、こちらからもキスをお返しする。
こうして北部の山麓に住む人虎の夫婦は一家となり、幸せな日々を送るのだった。
14/03/24 12:20更新 / はなかる

■作者メッセージ
「育ての母」ってフレーズいいよね。

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