ヴァルキリー。
それは神より使命を賜り、魔を討ち秩序を取り戻す勇者たる存在を育てる者。
彼女らは天界より降臨し、勇者となる天命を背負った者を導く。

しかし──
導かれる者がみな雄々しく、十分な勇気と根気を 備えているとは限らない。



「またいじめられて泣いたのですか、貴方は！」
「うぅ…だって…」

魔物領からほど遠い、片田舎の平和な村。
小さな小屋の中で背を丸めて座る小太りな少年と、彼の向かいに仁王立ちし目を吊り上げるヴァルキリー。
腕を組みその豊満な乳房を乗せながら、彼女は呆れたように少年を叱咤する。

「勇者たるもの、すぐに泣いたり挫けたりしてはいけないといつも教えているでしょう！」
「そんなこと言われても……それに、リリィも見てたんだよね？　なんで助けてくれなかったの……」

もごもごと、口の奥で引っかかるような喋り方をする少年。リリィと呼ばれたそのヴァルキリーはそれがまた癇に障り、真一文字に結んだ口を怒りに歪ませた。

「私がここにいるのは、貴方を勇者として鍛えるためです。村の子達に小突かれるあなたを過保護な母のように助けるためではありません！」
「うぅ……」

強い口調で断じられ、少年は更に小さく身を縮める。太り気味な体がさらに丸くなり、その姿はアルマジロか、身を抱えて眠るむく犬のように見えた。
呻くばかりで返す言葉もない少年の姿に、リリィは大きく溜息をつく。

「……いいですか、タブロー。ああしたからかいやいじめは、心を強く持つものには自ずと行われなくなるものなのです。
貴方が悪いとまでは言いませんが、すぐに泣き出し、逃げようとする貴方にも問題はあります。
勇者になる、ならないではなく……一人の人間として、心を強く持ち、どんな時も凛とした態度を保つよう心がけるべきでしょう」
「そ、そんなこと言われても……、僕には無理だよ……」
「……」

目線を逸らして呟くタブローに、リリィは眉根を寄せて口を噤む。僕には無理。タブローが幾度となく口にする言葉であり、それは勇者を育てんとするリリィの心を幾度となく波立たせた。

「……貴方には」

タブローのもとに導かれてからというものの、リリィは何度も彼を鍛えようと試みた。
素振り、戦闘訓練、野駆け。時にはいにしえの英雄譚や人の道を語り、勇者に相応しい資質が身につくよう手を尽くした。
しかし彼は使命を自覚することなく、どんな鍛錬も理由をつけては投げ出そうとし、リリィの語る言葉も身に染み入ることはない。

「……荒療治でなければ、分かりませんか」

そう呟く。
タブローがなにか言おうとする前に、リリィは手を出していた。
彼を突き飛ばし、床に倒す。目を白黒させ、痛みに呻く彼の上に馬乗りになる。彼の両腕を腿で挟んで固定すると、自らの尾骨を鍛錬のかけらもないふくよかな腹の上に乗せた。

「うぅ…っ！」

タブローはそれに抵抗し身をよじるが、四肢に力を込めてもリリィの体は頑として動かない。
彼女は導くべき少年を自らの下に敷き、冷めた目で見下ろしながら言った。

「動かないでしょう？」

タブローの背を冷たいものが走る。
見下ろすリリィの姿は、さながら寝物語で聞いた魔物のように冷酷に映った。

「これが弱いということです、タブロー。……この村が平和だからこそ、貴方も強くあることの必要性を認識できないのかも知れません。
ですが、いずれ貴方が戦いに赴くとき……このように、自分の力を振り絞ってもどうしようもない状況というものが訪れます。
日々の鍛錬は、この状況を突破し、道を切り開くために行うのです」
「うぁ、苦し…っ」

タブローは唯一動かせる首を亀のようににゅっと伸ばすが、そんなことをしたところで状況は変わらない。
リリィはしばらくもがくタブローの姿を眺めた後、腿の拘束を解いてタブローを解放した。

「はあっ、はぁっ…」

息を切らすタブローの姿を黙って眺めた後、リリィはそんな彼に同情も憐憫も向けることなく続けた。

「……貴方には、必死になるということが必要です。明日からの鍛錬に期待しています」

そう言うと、リリィの姿は霧のようにかき消える。



部屋に一人残されたタブローは目尻に涙を浮かべながら、自分の腹をひと撫でした。

──近かった。

そんな思いが胸に残る。
節制と禁欲を旨とするリリィは、今までその麗しい鎧姿をあらわにしてはいたものの、タブローの身体にみだりに触れてくることはなかった。
そんな中、先ほどタブローが見た景色である。
丸みを帯びた女性のお尻が自らのお腹に接し、そして村の女性など比べるべくもないような豊満な乳房が手の届くような眼の前にある。
もう少し首を伸ばせば頭で胸に触れられそうだったあの光景を思い出し、タブローは思わず身をよじった。

「うぅ……リリィ……！」

屹立する部分を抑えながら、タブローは寝所へどたどたと走る。リリィの口にした諫言は、既に彼の頭から抜け落ちていた。



それからというものの、タブローはいくらか真剣に鍛錬に取り組むようになった。
リリィの言葉に従い、剣を振り、野を駆け、ほどほどに疲れては休み、そしてまた剣を振るう。
まだ勇者と呼ぶにはほど遠いが、リリィが眉根を寄せるようなことはいくらか少なくなっていった。

その様子を見たリリィは、定期的にタブローに「危機感」を持たせるための試練を与えることとした。先に行ったことと同様、ヴァルキリーたる自分がタブローを組み敷いてその無力さを身に沁みさせる。これはタブロー自身が希望したことでもあった。

「どうしたのですか！　私一人振りほどけないようでは、とても勇者など務まりませんよ！」
「うあっ、リリィっ、リリィ…っ！」

鼻息荒くじたばたともがくタブローを、リリィが四肢を押さえつけて拘束する。脱しようと身をよじるたびに彼女の乳がぶるんと揺れ、絹糸のように光る髪が舞う。タブローはどうあがこうが敵わない無力感に身を浸しながら、顔や腰を振り少しでも彼女に触れさせようと必死にもがいていた。

そんな日々が、続く。

「むぐっ、ぷはっ、もごっ…」
「ほら、どうですか。こんなふうにお尻を顔に乗せられて、屈辱的でしょう？　もっと本気で抵抗なさい！」

「や、やめてぇ、怖い…！」
「鍛錬の足らない貴方の身体など、私の片手で持ち上げられるのですよ。ウサギのように吊るされる気分はどうですか？」

「後ろから羽交い締めにされ、身動きも取れず急所をさらす…。まるで服従する犬ですね。ほら、わんわんと鳴いてみなさい」
「うぅ、恥ずかしいよぉ…！」



時に厳しく、時に辱め、リリィはタブローを鍛え続ける。
その副産物か、いつしかタブローの卑屈な態度や言い訳は少しずつ減ってゆく。体格や姿勢もいくばくか変わり、彼が他の子供達からいじめられることもなくなっていった。

「……そろそろ、頃合いでしょう」

リリィはいくらか成長したタブローの姿を見て言う。彼女はある日、タブローを町外れの森の入口へと連れ出した。

「ゴブリンを、討伐？」
「ええ、数日前からここに悪しき魔物が棲み着いています。タブロー。これを貴方の手で打ち倒すのです」

ゴブリンといえば群れを作り生活するのが常だが、リリィは神託によりここにいるのが一匹のはぐれ者であることを知っていた。

「で、でも……僕、討伐なんて」
「でも、ではありません。貴方はいずれ魔を討ち滅ぼす使命を負った勇者なのです。鍛錬の成果を出し、ここで初陣を飾るのです」

与えられた銅の剣を不安そうに抱え、戸惑うタブロー。そんな彼を見てリリィは優しい笑みを浮かべた。

「勝利は貴方とともに。このヴァルキリーが、貴方を見守っていますよ」

そしてタブローと身長を合わせるように屈むと、彼の首に腕を回し優しく抱きしめる。慈母のような愛ある抱擁ののち、彼女の姿は霧のように消えてしまった。

「う、うう……」

一人残されたタブローは、そう呻くがやがてぐっと手に力をいれる。

「い、行くぞぉ」

そうして剣を構えたまま、ずり、ずりと足を引きずるように森へ踏み入れていった。



「あれ？ニンゲンの子？」
「わふぁあ！？」

後ろから声をかけられ、タブローは驚きのあまり飛び上がって剣を落とす。慌ててつんのめりながら振り返ると、そこにはくりくりした目の赤髪の少女がいた。

「ご、ごぶぶ、ゴブリンっ！」
「ん、そーだよ？」

その少女から生えた二本の角が、彼女が魔物であることを如実に語る。彼は手探りで銅の剣を取ると、足をがくがく震わせながら剣を構えた。

「と、討伐！」
「え、ちょっと」
「うああああっ！」

足をもつれさせながら走り、めくらめっぽう剣を振り下ろす。ゴブリンの少女は身を翻してかわし、銅の剣は土を耕した。

「もう、危ないなぁ」
「はぁっ、はぁっ…！」

慌てて剣を構え直し、タブローはゴブリンの少女と再び相対す。先程は無我夢中だったが、改めて彼は自分が倒すべき魔物の姿をまっすぐに見た。

「う…」

大きな棍棒を持ち、肩とおへそがあらわになった服を着た、自分と同じくらいの年の頃の女の姿をした魔物。ゴブリンはタブローの視線を受け、くすり、と小さく笑みを浮かべた。

「あ、もしかして君、ユーシャってやつ？　……ふふ、いいよ。かかっておいで♥」
「う、うわああああっ！」

タブローは一気に駆け出し、ゴブリンに向けて上段から一気に斬りつけようと剣を振り下ろす。
無我夢中で、眼の前のものも見えていないような大振り。ゴブリンは自前の大棍棒を頭の上にかざし、その刃を受けた。

「うっ、くっ…」
「きゃはっ！　でも、こういうアブナイのはナシにしよっか♥」

ゴブリンがくいっと棍棒をひねると、姿勢を崩したタブローはあっけなく銅の剣を手から離してしまう。棍棒にめり込んだままの銅の剣をゴブリンはぽいっと放り投げ、戸惑うタブローの両の手を組み合わせ彼と相対した。

「やるんなら、力比べね！」
「な…っ」

ぐぐ、と手に力が込められ、ゴブリンはタブローを押し倒そうとする。タブローはそれに抵抗し、足を踏ん張ると彼女を押し返そうとした。

「あはっ♥　ほら、がんばれっ、がんばれっ！」
「ぬっ、くっ……うああっ」

けらけらと笑うゴブリンとは対称的に、タブローは顔を真っ赤にして力を込めて抵抗する。初めこそ均衡を保っていたものの、すぐに力の差は決した。

「──それっ！」
「うわああっ！？」

一歩、また一歩とゴブリンがにじりより、やがて力負けしたタブローは押し倒される。両手を抑え込んだままマウントをとったゴブリンは、タブローの姿を見下ろしてじゅるりと舌なめずりをした。

「あーあ、負けちゃったね……♥」
「うっ、くっ…」

タブローは両手両足に力を込めて抵抗するが、リリィに比べてか細いはずのゴブリンの身体はそれでもぴくりとも動かない。

「は、離してっ！　いやだ！」
「ふうん……？　やめちゃっても、いいんだ？」
「えっ……」

ゴブリンはそう言うと、あっさりとタブローの両手を解く。
戸惑ってそこから動けないタブローにに、ゴブリンはくすくすと含み笑いをした。

「ほら、どうしたの？　逃げてもいいんだよ？
　……それとも、本当はこのまま……アタシに襲ってほしかったり、するのかなぁ？」
「そ、そんなわけ……っ」

ずい、とゴブリンが顔を近づける。熟れた果実のような甘い匂いがふわりと鼻をかすめ、タブローの身体はびくりと跳ねた。
そんな反応に気をよくしたのか、ゴブリンは両手の拘束を解いたまま、舌をちろりと出してタブローの口元に近づける。

「……キミ、本当はアタシに捕まえてほしかったんじゃないの？」
「ち、違う。僕は勇者で、ゴブリンを討伐して……っ」
「ウソ。だってさっきのアタシを見るキミの視線……すっごく、期待してたよ……？
　力負けさせて、襲ってほしいって……。こんなふうにお尻に敷いて、いっぱいいじめてほしいって……。
　熱っぽくって、いやらしくって……アタシ、一発で発情させられちゃったもん……♥」
「う、うぅ……！」

もぞもぞと足を組み替えるタブロー。ゴブリンはその下腹部にちらりと目をやり、そして瞳を輝かせる。
そうしてタブローの耳元に口を寄せると熱っぽい吐息を聞かせながら、囁くように言葉を紡いだ。

「ねえ、認めちゃおうよ……♥　
　もしアタシにいじめてほしかったら……キミの両足を開いて、間にあるものを見せてほしいな……♥」
「うぅ……、うあっ、あぁぁ……」

タブローの目は潤み、口元からヨダレが垂れる。
リリィの戒めよりもずっと近い、触れられそうな場所にある柔らかい女の子の身体。
煮詰めた砂糖蜜のように黒くて甘いその声色は聞くだけで達してしまいそうになる。

「う、うぅ……」
「……♥」

びく、びくとタブローは身体を反らしたり、震わせたりして……。
やがてゆっくりと、両腿をゴブリンの前で開こうと──。



そして、殺気。



「ひっ！？」

ゴブリンの背筋に生命の危機を感じさせる悪寒が走る。
凍てつく吹雪の波動のような冷たい、情など感じさせない強者の気配。

がばっ、と彼女は振り返るが、そこにはただ森の茂みがあるのみ。
だが、その奥に何かの気配を感じ取った彼女は。

「うわうわうわ、し、失礼しましたーーーっ！」

剣が刺さったままの大きな棍棒を担いで、衣服を整えるとすたこらさっさと逃げ出した。
あとに残されたのは、未だ淫蕩の夢に浸っただらしない顔のタブローひとり。
股ぐらを開き、その間のものを屹立させたまま。何も分からず、ただ口元に涎を垂らして惚けていた。

「……タブロー」

そして、霧の中からその人が現れる。
全身に戦鎧を身に纏い、二対の純白の羽を天を突くように逆立たせ。
凛々しい顔立ちを失望と怒りで歪ませた天使、ヴァルキリーのリリィが。

「何をしているのですかっ、貴方は！！」

断ッ、と剣を地に突き刺し、土煙が上がる。
その音でようやく我に返ったタブローはさーっと顔を青くし、慌てて股間を隠すように前かがみになって起き上がった。

「り、リリィ……」
「討伐に失敗するだけならまだしも、あんな誘惑に負けて初対面の魔物に股を開くなんて……！」
「う、うぅ……ごめん……」

どうすることもできず、ただ謝るだけのタブロー。
だが、しどろもどろになりながらへこへこと頭を下げるその様は、かえってリリィを熱くさせた。

「許しませんっ、今回ばかりは、貴方という人に失望しました！」
「そ、そんな……！　つ、次、次は、ちゃんとするから……！」

失望の言葉を聞きタブローの顔はいよいよ青ざめ、リリィにすがりつくように膝を折る。
だが、戦士としての誇りも矜持もないその姿はリリィをより昂らせる。頬を赤くし、背筋にぞくぞくしたものを感じながら、リリィは冷たく言い放った。

「次、なんてものがあると思うのですかっ……！」
「でも……」
「でも、ではありませんっ、貴方という人は……！」
「うわあっ！？」

顔を真っ赤にし、リリィはすがりつくタブローの肩に両手を置く。
ゴブリンなど比べ物にならない力がかかり、タブローは抵抗する間もなく地に組み伏せられた。

「もっと、もっと、もっと……試練を与えないと、貴方は分からないようですねっ！」