むすこん
小さな頃から、母さんに本を読んでもらうことが大好きだった。
夜眠る前にはワクワクしながら、母さんにお気に入りの絵本を手渡して、母さんの身体を揺さぶって。
未だに大きく感じられる、ラミア属用の特大サイズの布団に潜り込み。
母さんの横顔に頬ずりをして、身体を長い尻尾に巻きつけられて、その幸せなぬくもりを全身で感じながら。
透き通るような声で絵本を読んで、俺が寝こけてしまうまで、ずっと付き合ってくれて。
そして最後は俺のことを、柔らかな胸で抱きしめてくれた。
母さんは俺のために、いつまでも本を読んでくれて。
俺は本当に、そんな母さんのことが大好きで大好きで仕方なくて。
今でも母さんのことが大好きで。
でもね。
でもね、母さん。
「さぁ、ミーくん♪ お母さんとご本の時間ですよー♪」
俺はもう本を読んでもらうような年じゃないってば。
「お休みなさい、また明日」
そう言って俺はごろんと背を向け布団を被る。
なにやら雑誌みたいなものを手にしていたが、大方『フォクシィ』とかの結婚情報誌のはずなので、放っておくことにする。
「……っ!?」
しかし俺のそっけない反応に、背後からは母さんが大げさにハッと息を呑む声が聞こえ。
それから直ぐにこっちの身体を大きく揺さぶり、必死な様子で俺に呼びかけ始めた。
「ど、どうしてそんなことを言うんですかっ!? ミーくんの大好きなご本ですよっ!? お母さんが読んであげますよっ!?」
「どこの世界に就寝前に本を読んでと母親にせがむ男子高校生がいるのさ」
そう。今では俺も立派な男子高校生(16才)。絵本だって児童書だって自分一人で読めるのである。
ファントムさんが作ったちょっと小難しい戯曲だって読めるし、リッチさんが書いた哲学書だって読めちゃうのである。サハギンちゃんの随筆は読めなかったって? 全部『…………』じゃ解読不能だって。
まあ、そんなことはさておき。俺はとっくに読み聞かせを卒業している年なんだけれど。
「明かりは枕元のスタンドだけにしておいてね、それじゃ」
「いやっ、どうしてミーくんはお母さんにそんなに冷たいことを言うんですか!? 反抗期になってしまったんですか!? お母さんの愛情が足りなかったんですかぁっ!」
「むしろ愛情の海で溺死しそうなんだけど、俺」
ところが母さんの方はと言えば、残念なことに読み聞かせから卒業ができていない。ていうか全く息子離れというものができていない。
それは確かに、独り身の魔物娘に一人息子という組み合わせである。
どんな魔物娘だろうと息子を溺愛するし、『(息子が)おおきくなったらママのおむこさんにするの!』とか言うに決まってる。白蛇なら尚更に殊更に、愛情が深い。
が、それにしたって。
「お願いです、ミーくん……出てきてください……お母さんとお話をしてください…… 布団を開けてください、ミーくん……」
布団の上から俺に覆いかぶさり、すすり泣きを始める母さん。
蛇の下半身がとぐろを巻いて布団ごとこっちを抱き込み、縋りつくようにして、しくしくぐすぐす。
このように、母さんは『ムスコ・コンプレックス』、略して『ムスコン』を酷く拗らせており。
ことあるごとに息子を呆れさせる言動の数々を披露しているわけである。
……いや、俺もしっかりばっちりマザコンのはずなんだけどさ。
「……読んでもらわなくて良いからさ。一緒に本を眺めるぐらいはしてあげるから、泣くのは止めてよね」
「ミーくぅん……!」
このまま放っておけば、無理矢理に布団の中へと侵入して俺を揉みくちゃにするのは想像に難くなかったので。
適当な所で妥協点を見つけて顔を出すと、すぐに母さんは喜びに顔を綻ばせて俺を抱きしめてきた。
「じゃん♪ 今日のご本はこれです♪」
「……それ?」
「はい、この特集記事をミーくんと読みたくて……うふ♥」
笑顔に戻った母さんが手にしたのは、マタニティ雑誌の『らみあくらぶ』。
で、今月号の特集は『ラミア属必見! 娘に付けたい名前ランキング!』。
俺の予想に反して結婚情報誌の一歩先を行っていた。
「息子と一緒に読むような内容じゃないでしょうに……うにゃ」
「いいんですよぅ、ミーくんはお母さんの息子で彼氏で未来の旦那様なんですからぁ♪」
二人で並んだところで、母さんは心底嬉しそうに俺の横顔に頬ずりを繰り返す。
昔、俺が母さんにしていた行動をそっくりそのままお返しされている形で。
懐かしい気持ちと気恥ずかしさが入り混じって、触れ合う箇所がちょっと熱くなっていく。
「あ、この名前なんてミーくんの好みじゃないですか?」
「息子の好みの名前まで分かるとか何それ凄い」
「でもお母さんはこっちの名前の方が良いと思うんです、ほら」
「意外。絶対に俺の名前と同じ漢字は使いたがると思ったのに」
「だってそうしたら、娘にミーくんのことを取られやすくなる気がするんですもん」
「まだ産まれるどころか仕込んでもいない娘に嫉妬しないでよ」
「え、お母さんもうミーくんとの赤ちゃんを産む準備をして良いんですか?」
「卒業までは我慢する約束」
「むぅー……あと1年と141日もあるんですね……」
「息子が(二重の意味で)卒業する日をカウントダウンしてるとか何それ凄い」
「それまでもそれからも、絶対にミーくんは他の女に目移りなんてしちゃダメですからね♥ ね、ね、ね、ミーくぅん♥」
「うにゃ、うにゃ。母さん以上の女の人なんて俺にはいやしな――うにゃ、うにゃ、やめ、うにゃ」
明るく笑いながら、俺への独占欲丸出しの発言と、連続頬ずり攻撃。
その声に。その温もりに、その愛情に息苦しいほど包まれて。
俺はいつも、母さんの息子である幸せを感じて生きていて。
いつか少しでも、俺の幸せを母さんに返せる日が来ることを夢見て。
この愛に窒息することのないように、愛情の肺活量を上げるべく日夜励んでいる。
「うふふ、ミーくん。お母さんはもうミーくんのお母さんっていうだけでも幸せでいっぱいなんですよ?」
「息子のモノローグまでお見通しとか何それ怖い」
「だってお母さんは、ミーくんのお母さんなんですからぁ」
「母親ってしゅごいね」
「あ、もし窒息しそうになってもお母さんが24時間人工呼吸をしてあげます♥」
「マジでやりそうだからやめい」
おしまい♪
夜眠る前にはワクワクしながら、母さんにお気に入りの絵本を手渡して、母さんの身体を揺さぶって。
未だに大きく感じられる、ラミア属用の特大サイズの布団に潜り込み。
母さんの横顔に頬ずりをして、身体を長い尻尾に巻きつけられて、その幸せなぬくもりを全身で感じながら。
透き通るような声で絵本を読んで、俺が寝こけてしまうまで、ずっと付き合ってくれて。
そして最後は俺のことを、柔らかな胸で抱きしめてくれた。
母さんは俺のために、いつまでも本を読んでくれて。
俺は本当に、そんな母さんのことが大好きで大好きで仕方なくて。
今でも母さんのことが大好きで。
でもね。
でもね、母さん。
「さぁ、ミーくん♪ お母さんとご本の時間ですよー♪」
俺はもう本を読んでもらうような年じゃないってば。
「お休みなさい、また明日」
そう言って俺はごろんと背を向け布団を被る。
なにやら雑誌みたいなものを手にしていたが、大方『フォクシィ』とかの結婚情報誌のはずなので、放っておくことにする。
「……っ!?」
しかし俺のそっけない反応に、背後からは母さんが大げさにハッと息を呑む声が聞こえ。
それから直ぐにこっちの身体を大きく揺さぶり、必死な様子で俺に呼びかけ始めた。
「ど、どうしてそんなことを言うんですかっ!? ミーくんの大好きなご本ですよっ!? お母さんが読んであげますよっ!?」
「どこの世界に就寝前に本を読んでと母親にせがむ男子高校生がいるのさ」
そう。今では俺も立派な男子高校生(16才)。絵本だって児童書だって自分一人で読めるのである。
ファントムさんが作ったちょっと小難しい戯曲だって読めるし、リッチさんが書いた哲学書だって読めちゃうのである。サハギンちゃんの随筆は読めなかったって? 全部『…………』じゃ解読不能だって。
まあ、そんなことはさておき。俺はとっくに読み聞かせを卒業している年なんだけれど。
「明かりは枕元のスタンドだけにしておいてね、それじゃ」
「いやっ、どうしてミーくんはお母さんにそんなに冷たいことを言うんですか!? 反抗期になってしまったんですか!? お母さんの愛情が足りなかったんですかぁっ!」
「むしろ愛情の海で溺死しそうなんだけど、俺」
ところが母さんの方はと言えば、残念なことに読み聞かせから卒業ができていない。ていうか全く息子離れというものができていない。
それは確かに、独り身の魔物娘に一人息子という組み合わせである。
どんな魔物娘だろうと息子を溺愛するし、『(息子が)おおきくなったらママのおむこさんにするの!』とか言うに決まってる。白蛇なら尚更に殊更に、愛情が深い。
が、それにしたって。
「お願いです、ミーくん……出てきてください……お母さんとお話をしてください…… 布団を開けてください、ミーくん……」
布団の上から俺に覆いかぶさり、すすり泣きを始める母さん。
蛇の下半身がとぐろを巻いて布団ごとこっちを抱き込み、縋りつくようにして、しくしくぐすぐす。
このように、母さんは『ムスコ・コンプレックス』、略して『ムスコン』を酷く拗らせており。
ことあるごとに息子を呆れさせる言動の数々を披露しているわけである。
……いや、俺もしっかりばっちりマザコンのはずなんだけどさ。
「……読んでもらわなくて良いからさ。一緒に本を眺めるぐらいはしてあげるから、泣くのは止めてよね」
「ミーくぅん……!」
このまま放っておけば、無理矢理に布団の中へと侵入して俺を揉みくちゃにするのは想像に難くなかったので。
適当な所で妥協点を見つけて顔を出すと、すぐに母さんは喜びに顔を綻ばせて俺を抱きしめてきた。
「じゃん♪ 今日のご本はこれです♪」
「……それ?」
「はい、この特集記事をミーくんと読みたくて……うふ♥」
笑顔に戻った母さんが手にしたのは、マタニティ雑誌の『らみあくらぶ』。
で、今月号の特集は『ラミア属必見! 娘に付けたい名前ランキング!』。
俺の予想に反して結婚情報誌の一歩先を行っていた。
「息子と一緒に読むような内容じゃないでしょうに……うにゃ」
「いいんですよぅ、ミーくんはお母さんの息子で彼氏で未来の旦那様なんですからぁ♪」
二人で並んだところで、母さんは心底嬉しそうに俺の横顔に頬ずりを繰り返す。
昔、俺が母さんにしていた行動をそっくりそのままお返しされている形で。
懐かしい気持ちと気恥ずかしさが入り混じって、触れ合う箇所がちょっと熱くなっていく。
「あ、この名前なんてミーくんの好みじゃないですか?」
「息子の好みの名前まで分かるとか何それ凄い」
「でもお母さんはこっちの名前の方が良いと思うんです、ほら」
「意外。絶対に俺の名前と同じ漢字は使いたがると思ったのに」
「だってそうしたら、娘にミーくんのことを取られやすくなる気がするんですもん」
「まだ産まれるどころか仕込んでもいない娘に嫉妬しないでよ」
「え、お母さんもうミーくんとの赤ちゃんを産む準備をして良いんですか?」
「卒業までは我慢する約束」
「むぅー……あと1年と141日もあるんですね……」
「息子が(二重の意味で)卒業する日をカウントダウンしてるとか何それ凄い」
「それまでもそれからも、絶対にミーくんは他の女に目移りなんてしちゃダメですからね♥ ね、ね、ね、ミーくぅん♥」
「うにゃ、うにゃ。母さん以上の女の人なんて俺にはいやしな――うにゃ、うにゃ、やめ、うにゃ」
明るく笑いながら、俺への独占欲丸出しの発言と、連続頬ずり攻撃。
その声に。その温もりに、その愛情に息苦しいほど包まれて。
俺はいつも、母さんの息子である幸せを感じて生きていて。
いつか少しでも、俺の幸せを母さんに返せる日が来ることを夢見て。
この愛に窒息することのないように、愛情の肺活量を上げるべく日夜励んでいる。
「うふふ、ミーくん。お母さんはもうミーくんのお母さんっていうだけでも幸せでいっぱいなんですよ?」
「息子のモノローグまでお見通しとか何それ怖い」
「だってお母さんは、ミーくんのお母さんなんですからぁ」
「母親ってしゅごいね」
「あ、もし窒息しそうになってもお母さんが24時間人工呼吸をしてあげます♥」
「マジでやりそうだからやめい」
おしまい♪
18/10/21 10:37更新 / まわりの客