ふろばふさぎ
我が家には妖怪『風呂場塞ぎ』が住んでいる。
風呂場塞ぎは、俺が風呂に入ろうとすると、どこからともなくその気配を察知し。
そして風呂場へと先回りをすると、俺を風呂場に入れまいと通せんぼうするという、非常に面倒な妖怪だ。
しかも、ほぼ毎日。
毎日毎日、飽きもせず、風呂場の前でディフェンスする。
そのため俺は風呂場に到達すべく、毎夜風呂場塞ぎと対峙しているのだが――
「おう、風呂場塞ぎ。そこを退け」
「やぁです、お兄様」
「いいから退け」
「やぁです」
「退けって言ってるだろ」
「やぁです、ウチは絶対にやぁですぅ……」
俺の足元で、風呂場のドアに縋りつきながらイヤイヤをする、狐耳と尻尾の生えた美女。
これが風呂場塞ぎ――別名『俺の妹の稲荷』だ。
風呂場塞ぎはこんな風に、俺が風呂場に入ろうとする度、中に入れさせまいと頑なに抵抗するのである。
更に性質が悪いことに、いつも泣きそうな顔で。
それからしばらくイヤイヤをすると、風呂場塞ぎは決まって次の行動に移る。
目に涙を溜めながら、俺の手を引いて、脱衣所から浴室へと進んでいき。
そこに二つ置いてある、風呂イスを順番に並べると。
その風呂イスを、ポンポン。
ポンポン、ポンポンと、手で叩く。
「……それは何の真似だ?」
「こっち、です。お兄様は、こっち、です」
これは風呂場塞ぎ、第二の習性だ。
風呂場塞ぎは一人で風呂に入るのを嫌がり、常に背中を流してくれる相手を求めるのだ。一緒に入る対象、俺限定。
なので風呂場塞ぎは、他人が風呂に入る時はまるで気にしない。必ず、俺が風呂に入るときだけ妨害に走るのである。
……まるで行動が幼児そのままである。
「お前、今年でいくつになったっけ?」
「結婚できる年です……お兄様と」
確かに、風呂場塞ぎは昔と比べてちゃんと大きくなった。
あどけなかった笑顔が、美しい女性の微笑みを浮かべられるようになったと、兄の目からもそう思っている。
ただし、成長しているのは見た目だけ。
どうやら風呂場塞ぎは中身が幼児期から成長しない生き物らしい。
こいつが一人で風呂に入れないのは、10年も前から全くと言って良いほど変わってないからだ。
「一緒のお風呂は小学5年生になったら卒業じゃなかったのか?」
「やぁです……お兄様が一緒じゃないと、ウチは寂しくてお風呂に入れません……」
過去、俺もこいつが自分だけで入浴できるようにと、その独り立ちを促したこともあった。
その結果はご覧の通り、完全なる失敗。
ご丁寧に、学校行事等で俺から離れるときにですら、俺のバスタオルと着替えを持参して使うという深刻っぷりである。
ならばと、俺も心を鬼にしてより厳しい態度を取るようにしてるのだが。
「……お前の言うことは分かった」
「お兄様……っ!」
「それじゃ、俺は今から一人で銭湯に行ってくるから」
「――っ!?」
「お土産には自販機でコーヒー牛乳買ってきてやるよ。なんならフルーツ牛乳もオマケだ」
明るくなりかけた表情が一転、絶望に叩き落される風呂場塞ぎ。
「そういう事で。じゃあな」
「ぁ……ぁ……」
手を振って、俺が浴室の外へと足を踏み出しかけると。
遂に風呂場塞ぎの行動は第三段階へと移る。
……これがまた、非っ常に厄介なのだ。
「うっ……ひっく……ひぅっ……」
「やぁです……やぁですぅ、お兄様ぁ……行ったらやぁですぅ……」
「ウチを一人にしたらやぁですぅ……」
「お兄様ぁ、お兄様ぁ……」
風呂場塞ぎはバスタオルを抱きしめ、そこに頭を突っ込みながらうずくまり。
シクシクシクシク、今度は本当に泣き出すのである。
身体を小さく震わせ、尻尾がパタン、パタンと哀しそうに床を叩き。
嗚咽を漏らして、俺のことを呼び続ける。
しかも風呂場なもんだから、音響よろしくのエコーがかかった状態で。
ウソ泣きかと疑った時期もあったが、残念ながらそんなことなく、正真正銘のガチ泣き。
……まだ小さな頃ならともかく、流石に俺もこれには若干、ガチ引きしかけている。
「見たまえ、母さんよ。愚息が私たちの可愛い可愛い娘を泣かしておるぞ」
「お風呂ぐらい一緒に入ってあげればいいのにねぇ」
「あやつはムッツリ助平だからなぁ。妹の成長した肉体を想像し、一人布団の中で自家発電に勤しむのだろう」
「あら、あの子に頼めば尻尾振って何でもしてくれるのに」
俺が憐れみや罪悪感、情けなさに立ち尽くしているところに、顔を出した色ボケ夫婦から戯言の追い討ち。
こうなってくると、最早自分が真面目に考えていることがアホらしくなってしまい。
「やいやい、チェリーボーイ! 女性を幸せにできないような駄目男に娘と結婚なんてさせてやらんぞぉ!」
「本っ当にどうしようもないヤツだな、アンタは!」
固く結んだバスタオルを剛速球で投げて、品性の感じられない野次を飛ばす親父を追い払い。
避けられたことに舌打ちをしてから、未だ泣きじゃくる風呂場塞ぎを抱きしめて、ポンポンと頭を撫でてやり。
「ほら、それじゃ風呂に入るか。お湯が冷めちゃうもんな」
「……っ! はいっ、お兄様っ!」
お姫様抱っこで風呂場塞ぎを抱えて、脱衣所に下ろしてしまう。
……我ながら、呆れるほどコイツには甘いと思うのだが、仕方がない。
「じゃあ俺が先に入るから――」
「やぁです、やぁですぅ」
「この期に及んでまだ何か言うのか?」
「お兄様、ウチに背を向けたらやぁです。ウチのことを見てください……」
「…………」
いったいこの子は、お互いこれから裸になるのに何を言ってるのかと絶句する。
風呂場塞ぎはそんなことお構いなしという風に、笑顔のまま、耳をピコピコさせて。
その様子に思わずため息が漏れてきて。
「はぁ……どうしてこんな甘えん坊の恥知らずに育ったんだか」
「ふふっ……ウチが甘えん坊で恥知らずなのはお兄様にだけです」
「やっぱり俺の育て方に問題があったってことだな」
「そんなことありません。ウチはもうお兄様の背中を流せるぐらい、立派なお嫁さんになれます」
「立派なお嫁さんは6歳児並の羞恥心しか持ち合わせてなかったりしません」
「でもお兄様、ウチが6歳の時に結婚してくださるって約束を――」
「はいはい、もう服脱ぐからあっち向いてるの」
「むぅ……」
これ以上風呂場塞ぎが余計なことをしゃべる前に、俺はヤツの肩に手を置いて体を反転させる。
こうして今日もまた、風呂場塞ぎは俺の入浴を妨害し。
結局俺は風呂場塞ぎと一緒に入浴をすることになり。
そして、最後に。
風呂場塞ぎの口から、必ず出る言葉。
「お兄様……」
「……なんだ?」
「……ウチのこと、好きにしていいで「何もしません。そういうこと期待しないの」」
「やぁ……お兄様はイケズですぅ……」
風呂場塞ぎの妄言に即答して、俺は浴室に再び入っていく。
……まったく、本っ当に。
風呂場塞ぎという妖怪は。
厄介で、甘えん坊で、どうしようもない泣き虫で。
いつまでも手に負えない、困った妖怪だなと。
俺は温かな気持ちになるのであった。
おしま――
「うふふ……お兄様、ウチの裸はいかがですか?」
「身体だけはしっかり大人になれたんだなと思いました。まる」
「やぁ……お兄様、ウチの裸を見たってちっとも興奮してくれません……」
「お兄様には鉄の意志と鋼の強さがあるからな。これぐらいどうってことない」
「でもお兄様、いつかお兄様とウチが結ばれる時に本当に反応してくれるか、ウチは不安で……」
「はいはい、心配しなくても実戦では勇猛果敢なる隼になるから安心しときなさい」
「お兄様がそう仰るなら……」
「ほら、尻尾洗ってやるから尻をこっちに向けろ」
「はぁい。どうぞ、お兄様♪」
「尻を振るんじゃない……ったく」
「後でウチも、お兄様の身体を綺麗にしてさしあげますね?」
「言っておくが揺るぎない信念と深い慈愛の前ではソーププレイも無力だからな」
「やぁ……お兄様が手強いです……」
「妙なこと口走ってるとこうだぞ、このこのっ」
「きゃっ♪ やぁっ♪ お兄様、尻尾はそんな風にしちゃやぁですぅ!」
「更に耳の方もこうだ、こんにゃろめっ」
「やぁっ♪ ふみゃぁっ♪ やぁですっ、やぁですお兄様ぁっ!」
おしまい♪
風呂場塞ぎは、俺が風呂に入ろうとすると、どこからともなくその気配を察知し。
そして風呂場へと先回りをすると、俺を風呂場に入れまいと通せんぼうするという、非常に面倒な妖怪だ。
しかも、ほぼ毎日。
毎日毎日、飽きもせず、風呂場の前でディフェンスする。
そのため俺は風呂場に到達すべく、毎夜風呂場塞ぎと対峙しているのだが――
「おう、風呂場塞ぎ。そこを退け」
「やぁです、お兄様」
「いいから退け」
「やぁです」
「退けって言ってるだろ」
「やぁです、ウチは絶対にやぁですぅ……」
俺の足元で、風呂場のドアに縋りつきながらイヤイヤをする、狐耳と尻尾の生えた美女。
これが風呂場塞ぎ――別名『俺の妹の稲荷』だ。
風呂場塞ぎはこんな風に、俺が風呂場に入ろうとする度、中に入れさせまいと頑なに抵抗するのである。
更に性質が悪いことに、いつも泣きそうな顔で。
それからしばらくイヤイヤをすると、風呂場塞ぎは決まって次の行動に移る。
目に涙を溜めながら、俺の手を引いて、脱衣所から浴室へと進んでいき。
そこに二つ置いてある、風呂イスを順番に並べると。
その風呂イスを、ポンポン。
ポンポン、ポンポンと、手で叩く。
「……それは何の真似だ?」
「こっち、です。お兄様は、こっち、です」
これは風呂場塞ぎ、第二の習性だ。
風呂場塞ぎは一人で風呂に入るのを嫌がり、常に背中を流してくれる相手を求めるのだ。一緒に入る対象、俺限定。
なので風呂場塞ぎは、他人が風呂に入る時はまるで気にしない。必ず、俺が風呂に入るときだけ妨害に走るのである。
……まるで行動が幼児そのままである。
「お前、今年でいくつになったっけ?」
「結婚できる年です……お兄様と」
確かに、風呂場塞ぎは昔と比べてちゃんと大きくなった。
あどけなかった笑顔が、美しい女性の微笑みを浮かべられるようになったと、兄の目からもそう思っている。
ただし、成長しているのは見た目だけ。
どうやら風呂場塞ぎは中身が幼児期から成長しない生き物らしい。
こいつが一人で風呂に入れないのは、10年も前から全くと言って良いほど変わってないからだ。
「一緒のお風呂は小学5年生になったら卒業じゃなかったのか?」
「やぁです……お兄様が一緒じゃないと、ウチは寂しくてお風呂に入れません……」
過去、俺もこいつが自分だけで入浴できるようにと、その独り立ちを促したこともあった。
その結果はご覧の通り、完全なる失敗。
ご丁寧に、学校行事等で俺から離れるときにですら、俺のバスタオルと着替えを持参して使うという深刻っぷりである。
ならばと、俺も心を鬼にしてより厳しい態度を取るようにしてるのだが。
「……お前の言うことは分かった」
「お兄様……っ!」
「それじゃ、俺は今から一人で銭湯に行ってくるから」
「――っ!?」
「お土産には自販機でコーヒー牛乳買ってきてやるよ。なんならフルーツ牛乳もオマケだ」
明るくなりかけた表情が一転、絶望に叩き落される風呂場塞ぎ。
「そういう事で。じゃあな」
「ぁ……ぁ……」
手を振って、俺が浴室の外へと足を踏み出しかけると。
遂に風呂場塞ぎの行動は第三段階へと移る。
……これがまた、非っ常に厄介なのだ。
「うっ……ひっく……ひぅっ……」
「やぁです……やぁですぅ、お兄様ぁ……行ったらやぁですぅ……」
「ウチを一人にしたらやぁですぅ……」
「お兄様ぁ、お兄様ぁ……」
風呂場塞ぎはバスタオルを抱きしめ、そこに頭を突っ込みながらうずくまり。
シクシクシクシク、今度は本当に泣き出すのである。
身体を小さく震わせ、尻尾がパタン、パタンと哀しそうに床を叩き。
嗚咽を漏らして、俺のことを呼び続ける。
しかも風呂場なもんだから、音響よろしくのエコーがかかった状態で。
ウソ泣きかと疑った時期もあったが、残念ながらそんなことなく、正真正銘のガチ泣き。
……まだ小さな頃ならともかく、流石に俺もこれには若干、ガチ引きしかけている。
「見たまえ、母さんよ。愚息が私たちの可愛い可愛い娘を泣かしておるぞ」
「お風呂ぐらい一緒に入ってあげればいいのにねぇ」
「あやつはムッツリ助平だからなぁ。妹の成長した肉体を想像し、一人布団の中で自家発電に勤しむのだろう」
「あら、あの子に頼めば尻尾振って何でもしてくれるのに」
俺が憐れみや罪悪感、情けなさに立ち尽くしているところに、顔を出した色ボケ夫婦から戯言の追い討ち。
こうなってくると、最早自分が真面目に考えていることがアホらしくなってしまい。
「やいやい、チェリーボーイ! 女性を幸せにできないような駄目男に娘と結婚なんてさせてやらんぞぉ!」
「本っ当にどうしようもないヤツだな、アンタは!」
固く結んだバスタオルを剛速球で投げて、品性の感じられない野次を飛ばす親父を追い払い。
避けられたことに舌打ちをしてから、未だ泣きじゃくる風呂場塞ぎを抱きしめて、ポンポンと頭を撫でてやり。
「ほら、それじゃ風呂に入るか。お湯が冷めちゃうもんな」
「……っ! はいっ、お兄様っ!」
お姫様抱っこで風呂場塞ぎを抱えて、脱衣所に下ろしてしまう。
……我ながら、呆れるほどコイツには甘いと思うのだが、仕方がない。
「じゃあ俺が先に入るから――」
「やぁです、やぁですぅ」
「この期に及んでまだ何か言うのか?」
「お兄様、ウチに背を向けたらやぁです。ウチのことを見てください……」
「…………」
いったいこの子は、お互いこれから裸になるのに何を言ってるのかと絶句する。
風呂場塞ぎはそんなことお構いなしという風に、笑顔のまま、耳をピコピコさせて。
その様子に思わずため息が漏れてきて。
「はぁ……どうしてこんな甘えん坊の恥知らずに育ったんだか」
「ふふっ……ウチが甘えん坊で恥知らずなのはお兄様にだけです」
「やっぱり俺の育て方に問題があったってことだな」
「そんなことありません。ウチはもうお兄様の背中を流せるぐらい、立派なお嫁さんになれます」
「立派なお嫁さんは6歳児並の羞恥心しか持ち合わせてなかったりしません」
「でもお兄様、ウチが6歳の時に結婚してくださるって約束を――」
「はいはい、もう服脱ぐからあっち向いてるの」
「むぅ……」
これ以上風呂場塞ぎが余計なことをしゃべる前に、俺はヤツの肩に手を置いて体を反転させる。
こうして今日もまた、風呂場塞ぎは俺の入浴を妨害し。
結局俺は風呂場塞ぎと一緒に入浴をすることになり。
そして、最後に。
風呂場塞ぎの口から、必ず出る言葉。
「お兄様……」
「……なんだ?」
「……ウチのこと、好きにしていいで「何もしません。そういうこと期待しないの」」
「やぁ……お兄様はイケズですぅ……」
風呂場塞ぎの妄言に即答して、俺は浴室に再び入っていく。
……まったく、本っ当に。
風呂場塞ぎという妖怪は。
厄介で、甘えん坊で、どうしようもない泣き虫で。
いつまでも手に負えない、困った妖怪だなと。
俺は温かな気持ちになるのであった。
おしま――
「うふふ……お兄様、ウチの裸はいかがですか?」
「身体だけはしっかり大人になれたんだなと思いました。まる」
「やぁ……お兄様、ウチの裸を見たってちっとも興奮してくれません……」
「お兄様には鉄の意志と鋼の強さがあるからな。これぐらいどうってことない」
「でもお兄様、いつかお兄様とウチが結ばれる時に本当に反応してくれるか、ウチは不安で……」
「はいはい、心配しなくても実戦では勇猛果敢なる隼になるから安心しときなさい」
「お兄様がそう仰るなら……」
「ほら、尻尾洗ってやるから尻をこっちに向けろ」
「はぁい。どうぞ、お兄様♪」
「尻を振るんじゃない……ったく」
「後でウチも、お兄様の身体を綺麗にしてさしあげますね?」
「言っておくが揺るぎない信念と深い慈愛の前ではソーププレイも無力だからな」
「やぁ……お兄様が手強いです……」
「妙なこと口走ってるとこうだぞ、このこのっ」
「きゃっ♪ やぁっ♪ お兄様、尻尾はそんな風にしちゃやぁですぅ!」
「更に耳の方もこうだ、こんにゃろめっ」
「やぁっ♪ ふみゃぁっ♪ やぁですっ、やぁですお兄様ぁっ!」
おしまい♪
17/10/28 23:37更新 / まわりの客