べっ、別にアンタのために早起きしてお弁当作ってきたんじゃないんだからねっ!?
時刻は十二時きっかり。チャイムが鳴って、これからお昼休み。
向こうには教室から食堂へと駆け出していく男子のグループ。
あっちには自分を迎えに来た恋人と一緒に出て行く同級生。
それぞれがそれぞれのお昼模様を始めている。
まあ、そんなことはどうでも良くて。要するに今はお昼休み。
大事なのは、アタシの隣の席に座ってる彼のこと。
「ふっふ〜ん♪ かっらあっげかっらあっげうっれしいな〜♪」
ニコニコとカバンからお弁当を取り出して――チャンス! 絶好の機会! アタックポイント!
緊張でピンと背筋を伸ばしながら、アタシはちらりと自分のカバンに目をやる。
そこには自分のお弁当と……それから、彼のために作ったお弁当が入ってる。
…………………………………………
………………………………
……………………
…………
……
「お弁当? へえ、アンタ好きな男の子できたのね?」
「ちょっと、お母さん!」
これは昨日の夜のお話。
お母さんに『お弁当を作りたいから手伝ってほしい』と頼んだときのこと。
アタシは彼のことなんて一言も触れてないのに、母さんはニヤニヤ顔でこっちを見てる。
まったく……なんでお弁当と好きな子が結びつくのよ、もう。
「そんな恥ずかしいことでもないわよ。年頃の娘なら普通よ、普通」
「べっ、別にアイツのことなんて、ほんのちょ〜っとだけ気になるかなってぐらいで……!」
確かに、彼のことは気になるかもしれないけど……!
でもそれはホント、ホントにちょっとだけ! 例えて言うなら、そう! うろこの先っちょぐらい!
それも彼が怒ったところなんて見たこと無いぐらい誰にでも優しくてのほほんとしてるけど気が利いて隣の席のアタシにも色々と親切にしてくれるしそうそうアタシの苦手な宿題を嫌な顔一つもしないで手伝ってくれたこともあったっけ彼いつだって裏表なさそうにニコニコ笑ってくれてるのよそりゃちょっと鈍ちんかなって思うところもあるかもしれないけどそれも彼の場合は嫌味じゃなくて魅力の一つかなって思えちゃうような感じなのよねそれと子どもっぽいっていうかゴハンを食べるときはいつも目をキラキラさせてる腹ペコさんなのがまたちょっと可愛いところかなっていうぐらい!
ふぅ……ほら、ちょっぴり。たったこれだけじゃないの。
なのに何でお母さんの顔からはニヤニヤが取れないのよ! 何よ、もう!
「ふーん……それじゃ、もしその子がアンタに告白してきたら?」
「アイツが、告白……」
お母さんのその言葉に、アタシは思わずその光景を想像しちゃう。
告白……こくはく。こく、はく。
場所は定番だし、屋上とかなのかな。
きっと放課後、キレイに夕日が校舎を照らしてて、ロマンチック。
それで彼ってば、いつになく真剣な顔して、アタシのことをじっと見つめてきて――
『――ずっとあなたのことが好きでした……俺と付き合ってください』
「……えへっ、えへへっ♪」
「ほらね、その反応」
「はっ!?」
はかったわね、お母さんっ! なんて巧妙で姑息な手をっ!
「ち、ちがっ! アイツがどうしても付き合ってくださいって言うから、アタシは仕方なく……!」
「全く、どうしてこんな素直じゃない娘に育ったんだか」
慌てるアタシを半眼で見つめるお母さん。
そんなこと言われても仕方ないじゃない……気付いたらいつも妙なこと口走ってるんだもん。
「いや〜、だけど懐かしいわね〜。お母さんもお父さんにお弁当作って
『かっ、勘違いしないでよね! これは作りすぎちゃっただけなんだから!』
とか言って渡したっけな〜」
「うわっ、ベタベタじゃん」
「人のこと言えんのか、アンタって娘は」
……アタシの意地っ張りってお母さん譲りじゃないの?
ま、そんなことはどうでもいいとして。本題よ、本題。
「で、お弁当の中身は決まってるの?」
「シュウマイ弁当。大好物なんだって」
いつだったっけ。好きな食べ物の話になった時に――
『鬼陽軒のシウマイ弁当が毎日食べられたらなぁ……俺すっごく幸せなんだけどなぁ……』
――とか言って呆けてたぐらいだもん。あの顔見たら確信持って言えちゃう。
「ふーん。食材は?」
「ちゃんと揃えてある」
「気合入ってること」
千切りショウガ、切り昆布、杏の甘煮、タケノコ煮。
それからマグロのつけ焼きに、カマボコ鶏、から揚げ、シュウマイと厚焼き玉子。
全部作れるように下準備ばっちり。
これでアイツの胃袋からハートまで一気に鷲掴みしちゃえば……。
えへっ、えへへっ♪
あーんしてもらったりとか、ほっぺについたゴハン粒とってあげたりとかしちゃったり……。
えへっ、えへへっ♪
「頬に手を当ててクネクネするのは止しなさい。傍から見てると不気味だから」
「はっ!? こ、これは我が家に伝わる由緒正しいポーズなだけで……!」
「勝手に妙な伝統を作り上げないでよ、恥ずかしい」
でもアタシ、お母さんのこのポーズしょっちゅう見かけてるんだけど。
お父さんの前で『うふふっ♪』って、クネクネクネクネ。
……とは言わないでおこう。本人は無自覚みたいだから。
「ま、ちょっとだけなら手伝ったげる」
「あ、ありがと……」
「その代わり上手くいったら、ちゃんとその子を家に連れてきて紹介しなさいね?」
「お母さん! 両親に紹介だなんて、アタシ達まだ結婚は気が早すぎるわよ!」
「気が早すぎるのはアンタの方だ。この妄想娘」
そんなわけで、こんなわけで。親子で漫才みたいなやりとりを繰り返し。
味付け等の確認を母さんに手伝ってもらいつつ。
アタシは彼のために、朝も早起きしてお弁当を作ったのだった。
…………………………………………
………………………………
……………………
…………
……
さて、回想もしたところで……アタシは最後の難関にぶち当たっている。
――このお弁当、どうやって渡せばいいのかしら?
不覚……! お弁当を用意することにしか気が回ってなかった……!
どうすれば……そ、そうだ! 確か昨日お母さんと話してたとき――
『――お母さんもお父さんにお弁当作って
『かっ、勘違いしないでよね! これは作りすぎちゃっただけなんだから!』
とか言って渡したっけな〜――」
カエルの子はカエル! メドゥーサの娘はメドゥーサ!
お母さんと同じようなこと言っても、それは仕方のないこと!
もうアタシにはこの手しか残されていない!
行け、行くんだアタシ!
できなきゃアタシは彼を石化させて、その間にお弁当をすり返るとかしなきゃいけなくなる!
「ね、ねえ!」
「ん? どうしたの?」
クラスのみんなも拳を握り締めて『ファイト!』のサインを送ってくれてる!
さあ、言うのよアタシ!
台詞は『お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?』で決まり!
これならちょっと素直じゃない発言に変化しても許容範囲に収まるはず!
「あ、あ、あの、お、おべ、おべべべべべっべべっべべべっべべべっべべべべべべべ」
「……そのお弁当がどうかした?」
お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?
お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?
お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?
お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?
お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?
お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?
お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?
お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?
「べっ、べっ、べべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべ――」
べべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべ――
「――べっ、別にアンタのために早起きしてお弁当作ってきたんじゃないんだからねっ!?」
いっ、言えた! ガンバッた、アタシ!
……あれ?
やっぱりちょっと台詞が変わって……いや、大分台詞が違ったような……?
「……え、あ、うん……」
な、なんで彼、困ったような顔してるんだろ……?
クラスの皆もズッコケてるし……え、あ、あれ……?
「あっ……」
――べっ、別にアンタのために早起きしてお弁当作ってきたんじゃないんだからねっ!?
あ。
ああああ……。
ああああああああああああああ……!
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
よりにもよってなんて台詞を吐いたのアタシってばあああああああああああああああっ!
「……ぁ、ぁ、ぁ……」
「いっただっきま〜す」
呆然としているアタシの目の前で、彼が両手を合わせてから自分のお弁当をつつき始めた。
ポン、ポン、ポン、と、通り過ぎる皆から次々と肩に手を置かれていく。
失敗したことは明らか。昨日から準備したお弁当は、もう彼には届かない。
しかも、変なことを口走ったオマケ付きで。
アタシは今や彼にとって、隣の席の、挙動不審な蛇女。
……色々、終わったかもしれない。
恥ずかしさや悔しさで泣き出しそうなのを、ぐっとこらえる。
ここで泣き出したら、もっと変な奴って思われちゃうから。
アタシのバカ。
アホ。
ドジ。
アンポンタン。
ツンデレ娘。
折角あんなにガンバッて作ったお弁当も、こんなにあっさり台無しにして。
……ホントに彼、石化させちゃおうかな。
でもお弁当すり替えたら変に思われるに決まってるし……
ああ、彼がお弁当忘れてきたなら良かったのに。
そのお弁当がなければ――
「……ん?」
と、恨みがましく彼のお弁当を見つめていたら。
アタシの髪の蛇たちが、するするっと彼に擦り寄っていった。
「あ、コラッ! アンタたち、戻ってきなさいって!」
「あはは。良いよ、別に」
アタシが引っぱり返すのも無視して、皆でじっとお弁当を見つめてる。
な、何してくれるのよ! アタシはこれ以上の恥を重ねたくないっていうのに!
「なんだ、から揚げ欲しいのか?」
うんうん、と蛇たちがうなずく。
すると彼は笑いながら、から揚げを箸でつまんで、蛇たちに差し出した。
「それじゃ一つ。あーん――」
――パクっ。
一匹の蛇が大きな一口で、から揚げを食べる。
「あっ、こらっ!?」
「へ?」
それから、皆が首を伸ばして彼のお弁当に群がっていって。
パクパクっと、勝手にお弁当を食べ始めた。
「あ」
――パクパクパクパクっ。
「ああああ」
――パクパクパクパクパクパクパクパクっ!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
――パクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクっ!
「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
――パクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクっ!
「ぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
――パクパクパクパクパクパクパクパク……。
「から揚げ……俺の……から……揚げ……」
止める間もなく、あっという間にすっからかん。
彼の悲痛な声を残して、蛇たちはお弁当を平らげてしまった。
「……お弁当、なくなっちゃった……」
「ちょっと、なんてことしてくれたのアンタたち!?」
「楽しみにしてた……から揚げ……」
「ほらっ、彼ってば泣いてるでしょ!? 世の中にはやって良いことと悪いことがあるのよ!?」
アタシの怒りなんてどこ吹く風で、けふっと満足そうな息を吐く蛇たち。
コイツら……明日から伸びてこれないようにショートカットに変えてやろうかしら……って。
何よ、カバンの方に首なんて向けちゃってさ。
……あっ……。
お弁当、ある……。
彼に作った、お弁当。
そこに入ってる……。
今ならお弁当、渡せる……!
「ぐすん……」
「まっ、待ってよっ!」
目に涙をためて食堂へと向かう彼を呼び止める。
もうトチったりなんて絶対にしない。
せっかくこの子たちがくれた、正真正銘のラストチャンスなんだから。
だから、これだけは……間違えちゃダメ!
「ごめんなさい! 代わりにこれ、アタシのお弁当!」
ちゃんと、彼に伝えないと!
アタシのお弁当、食べてって!
「え……良いの?」
「良いの! 悪いのはアタシの方なんだから!」
「そ、それじゃあ遠慮なく……」
とりあえず、受け取ってはもらえたけど。
まず、見た目の方はどうなのかしら?
ちゃんと彼が気に入ってくれると良いんだけど……。
「わあ……っ!」
こ、好感触……! やった!
でもまだ、安心するにはまだ早くて。
肝心の味の方、どうかしら?
ちゃんと彼の気に入るようにできてるのかな……。
自分では悪くないつもりだったけど……。
「いっただっきま〜す!」
シュウマイが彼の口に運ばれる。
「あむっ……もぐもぐ……」
ああもう……どうしよ。
すごく、緊張する。
味を聞くのが、怖い。
でも、聞きたい。
お弁当、どうだった?
アタシが込めた気持ちは。
ちゃんと伝わってるのかな?
「ど、どう……?」
おいしい?
それとも、ダメだった?
お願い、聞かせて。
アタシが込めた気持ち。
あなたのための、お弁当……。
味は、どうだった?
「おいしい! すっごくおいしいよ、このお弁当!」
……あ……。
おいしい、って。
喜んでくれてる。
アタシのお弁当。
おいしいって……!
喜んでくれてる……!
「そ、そう!? 良かった……!」
「これ自分で作ったの?」
「だいたい、自分で……」
「すごいなぁ……こんなに料理上手なんだぁ」
「べっ、別にこんなの全然! 大したこと……ない……」
ああもう、どうしよ。
恥ずかしい。
彼の顔、まっすぐ見れない。
顔が熱い。
でも、嬉しい。
すごく嬉しい。
胸がきゅんきゅんする。
こんなに。
こんなに幸せなんだ。
好きな人に喜んでもらうのって。
こんなに素敵なんだ。
好きな人を笑顔にするのって。
「もぐもぐ……」
その後も彼はニコニコ、もぐもぐ、ニコニコ、もぐもぐ。
見事にアタシのお弁当を完食してくれた。
「ぷはぁ……ごちそうさまでした」
「お粗末様でした……」
「おいしかった……幸せいっぱい……」
「……そ、そんなにおいしかった……?」
「うん」
彼が喜んでくれたなら……次に言うべき台詞は一つ。
『またお弁当作ってあげようか?』
これっきゃない。
もう緊張なんてしなくて良いんだから。
落ち着いて、アタシ……!
もう何があっても、大丈夫なんだから……!
「その……ま、まままま……」
「ねえ、またお弁当食べさせてもらっても良いかな?」
「……へ?」
お弁当?
「俺の作った弁当と交換でよければなんだけどね。あはは」
お弁当、交換?
彼と、交換。
アタシのお弁当。
また食べたいって、言ってくれてる。
「……え」
「え?」
ああ、もうダメ。
また顔が熱い
なんか、自然に。
自然に顔が。
顔のニヤケが止まらないの。
「えへへっ♪」
「――っ!?」
だから、今なら。
今なら言えちゃう。
今なら、素直に言えちゃう。
彼に、素直な気持ちで。
「うんっ! アタシ、がんばって作ってくるね?」
…………………………………………
………………………………
……………………
…………
……
「お弁当? へえ、アンタ好きな男の子できたのね?」
「ちょっと、お母さん!」
「そんな恥ずかしいことでもないわよ。年頃の娘なら普通よ、普通」
「べっ、別にアイツのことなんて、うろこの先っちょぐらい気になるかなってぐらいで……!」
「全く、誰に似てこんな素直じゃない娘に育ったんだか」
「……血筋な気がするけど」
「いや〜、だけど懐かしいわね〜。お母さんもお父さんにお弁当作って渡したっけね〜。
『――べっ、別にアンタのために早起きしてお弁当作ってきたんじゃないんだからねっ!?――』
なんて言ってね――」
おしまい♪
向こうには教室から食堂へと駆け出していく男子のグループ。
あっちには自分を迎えに来た恋人と一緒に出て行く同級生。
それぞれがそれぞれのお昼模様を始めている。
まあ、そんなことはどうでも良くて。要するに今はお昼休み。
大事なのは、アタシの隣の席に座ってる彼のこと。
「ふっふ〜ん♪ かっらあっげかっらあっげうっれしいな〜♪」
ニコニコとカバンからお弁当を取り出して――チャンス! 絶好の機会! アタックポイント!
緊張でピンと背筋を伸ばしながら、アタシはちらりと自分のカバンに目をやる。
そこには自分のお弁当と……それから、彼のために作ったお弁当が入ってる。
…………………………………………
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…………
……
「お弁当? へえ、アンタ好きな男の子できたのね?」
「ちょっと、お母さん!」
これは昨日の夜のお話。
お母さんに『お弁当を作りたいから手伝ってほしい』と頼んだときのこと。
アタシは彼のことなんて一言も触れてないのに、母さんはニヤニヤ顔でこっちを見てる。
まったく……なんでお弁当と好きな子が結びつくのよ、もう。
「そんな恥ずかしいことでもないわよ。年頃の娘なら普通よ、普通」
「べっ、別にアイツのことなんて、ほんのちょ〜っとだけ気になるかなってぐらいで……!」
確かに、彼のことは気になるかもしれないけど……!
でもそれはホント、ホントにちょっとだけ! 例えて言うなら、そう! うろこの先っちょぐらい!
それも彼が怒ったところなんて見たこと無いぐらい誰にでも優しくてのほほんとしてるけど気が利いて隣の席のアタシにも色々と親切にしてくれるしそうそうアタシの苦手な宿題を嫌な顔一つもしないで手伝ってくれたこともあったっけ彼いつだって裏表なさそうにニコニコ笑ってくれてるのよそりゃちょっと鈍ちんかなって思うところもあるかもしれないけどそれも彼の場合は嫌味じゃなくて魅力の一つかなって思えちゃうような感じなのよねそれと子どもっぽいっていうかゴハンを食べるときはいつも目をキラキラさせてる腹ペコさんなのがまたちょっと可愛いところかなっていうぐらい!
ふぅ……ほら、ちょっぴり。たったこれだけじゃないの。
なのに何でお母さんの顔からはニヤニヤが取れないのよ! 何よ、もう!
「ふーん……それじゃ、もしその子がアンタに告白してきたら?」
「アイツが、告白……」
お母さんのその言葉に、アタシは思わずその光景を想像しちゃう。
告白……こくはく。こく、はく。
場所は定番だし、屋上とかなのかな。
きっと放課後、キレイに夕日が校舎を照らしてて、ロマンチック。
それで彼ってば、いつになく真剣な顔して、アタシのことをじっと見つめてきて――
『――ずっとあなたのことが好きでした……俺と付き合ってください』
「……えへっ、えへへっ♪」
「ほらね、その反応」
「はっ!?」
はかったわね、お母さんっ! なんて巧妙で姑息な手をっ!
「ち、ちがっ! アイツがどうしても付き合ってくださいって言うから、アタシは仕方なく……!」
「全く、どうしてこんな素直じゃない娘に育ったんだか」
慌てるアタシを半眼で見つめるお母さん。
そんなこと言われても仕方ないじゃない……気付いたらいつも妙なこと口走ってるんだもん。
「いや〜、だけど懐かしいわね〜。お母さんもお父さんにお弁当作って
『かっ、勘違いしないでよね! これは作りすぎちゃっただけなんだから!』
とか言って渡したっけな〜」
「うわっ、ベタベタじゃん」
「人のこと言えんのか、アンタって娘は」
……アタシの意地っ張りってお母さん譲りじゃないの?
ま、そんなことはどうでもいいとして。本題よ、本題。
「で、お弁当の中身は決まってるの?」
「シュウマイ弁当。大好物なんだって」
いつだったっけ。好きな食べ物の話になった時に――
『鬼陽軒のシウマイ弁当が毎日食べられたらなぁ……俺すっごく幸せなんだけどなぁ……』
――とか言って呆けてたぐらいだもん。あの顔見たら確信持って言えちゃう。
「ふーん。食材は?」
「ちゃんと揃えてある」
「気合入ってること」
千切りショウガ、切り昆布、杏の甘煮、タケノコ煮。
それからマグロのつけ焼きに、カマボコ鶏、から揚げ、シュウマイと厚焼き玉子。
全部作れるように下準備ばっちり。
これでアイツの胃袋からハートまで一気に鷲掴みしちゃえば……。
えへっ、えへへっ♪
あーんしてもらったりとか、ほっぺについたゴハン粒とってあげたりとかしちゃったり……。
えへっ、えへへっ♪
「頬に手を当ててクネクネするのは止しなさい。傍から見てると不気味だから」
「はっ!? こ、これは我が家に伝わる由緒正しいポーズなだけで……!」
「勝手に妙な伝統を作り上げないでよ、恥ずかしい」
でもアタシ、お母さんのこのポーズしょっちゅう見かけてるんだけど。
お父さんの前で『うふふっ♪』って、クネクネクネクネ。
……とは言わないでおこう。本人は無自覚みたいだから。
「ま、ちょっとだけなら手伝ったげる」
「あ、ありがと……」
「その代わり上手くいったら、ちゃんとその子を家に連れてきて紹介しなさいね?」
「お母さん! 両親に紹介だなんて、アタシ達まだ結婚は気が早すぎるわよ!」
「気が早すぎるのはアンタの方だ。この妄想娘」
そんなわけで、こんなわけで。親子で漫才みたいなやりとりを繰り返し。
味付け等の確認を母さんに手伝ってもらいつつ。
アタシは彼のために、朝も早起きしてお弁当を作ったのだった。
…………………………………………
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……………………
…………
……
さて、回想もしたところで……アタシは最後の難関にぶち当たっている。
――このお弁当、どうやって渡せばいいのかしら?
不覚……! お弁当を用意することにしか気が回ってなかった……!
どうすれば……そ、そうだ! 確か昨日お母さんと話してたとき――
『――お母さんもお父さんにお弁当作って
『かっ、勘違いしないでよね! これは作りすぎちゃっただけなんだから!』
とか言って渡したっけな〜――」
カエルの子はカエル! メドゥーサの娘はメドゥーサ!
お母さんと同じようなこと言っても、それは仕方のないこと!
もうアタシにはこの手しか残されていない!
行け、行くんだアタシ!
できなきゃアタシは彼を石化させて、その間にお弁当をすり返るとかしなきゃいけなくなる!
「ね、ねえ!」
「ん? どうしたの?」
クラスのみんなも拳を握り締めて『ファイト!』のサインを送ってくれてる!
さあ、言うのよアタシ!
台詞は『お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?』で決まり!
これならちょっと素直じゃない発言に変化しても許容範囲に収まるはず!
「あ、あ、あの、お、おべ、おべべべべべっべべっべべべっべべべっべべべべべべべ」
「……そのお弁当がどうかした?」
お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?
お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?
お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?
お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?
お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?
お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?
お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?
お弁当作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?
「べっ、べっ、べべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべ――」
べべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべ――
「――べっ、別にアンタのために早起きしてお弁当作ってきたんじゃないんだからねっ!?」
いっ、言えた! ガンバッた、アタシ!
……あれ?
やっぱりちょっと台詞が変わって……いや、大分台詞が違ったような……?
「……え、あ、うん……」
な、なんで彼、困ったような顔してるんだろ……?
クラスの皆もズッコケてるし……え、あ、あれ……?
「あっ……」
――べっ、別にアンタのために早起きしてお弁当作ってきたんじゃないんだからねっ!?
あ。
ああああ……。
ああああああああああああああ……!
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
よりにもよってなんて台詞を吐いたのアタシってばあああああああああああああああっ!
「……ぁ、ぁ、ぁ……」
「いっただっきま〜す」
呆然としているアタシの目の前で、彼が両手を合わせてから自分のお弁当をつつき始めた。
ポン、ポン、ポン、と、通り過ぎる皆から次々と肩に手を置かれていく。
失敗したことは明らか。昨日から準備したお弁当は、もう彼には届かない。
しかも、変なことを口走ったオマケ付きで。
アタシは今や彼にとって、隣の席の、挙動不審な蛇女。
……色々、終わったかもしれない。
恥ずかしさや悔しさで泣き出しそうなのを、ぐっとこらえる。
ここで泣き出したら、もっと変な奴って思われちゃうから。
アタシのバカ。
アホ。
ドジ。
アンポンタン。
ツンデレ娘。
折角あんなにガンバッて作ったお弁当も、こんなにあっさり台無しにして。
……ホントに彼、石化させちゃおうかな。
でもお弁当すり替えたら変に思われるに決まってるし……
ああ、彼がお弁当忘れてきたなら良かったのに。
そのお弁当がなければ――
「……ん?」
と、恨みがましく彼のお弁当を見つめていたら。
アタシの髪の蛇たちが、するするっと彼に擦り寄っていった。
「あ、コラッ! アンタたち、戻ってきなさいって!」
「あはは。良いよ、別に」
アタシが引っぱり返すのも無視して、皆でじっとお弁当を見つめてる。
な、何してくれるのよ! アタシはこれ以上の恥を重ねたくないっていうのに!
「なんだ、から揚げ欲しいのか?」
うんうん、と蛇たちがうなずく。
すると彼は笑いながら、から揚げを箸でつまんで、蛇たちに差し出した。
「それじゃ一つ。あーん――」
――パクっ。
一匹の蛇が大きな一口で、から揚げを食べる。
「あっ、こらっ!?」
「へ?」
それから、皆が首を伸ばして彼のお弁当に群がっていって。
パクパクっと、勝手にお弁当を食べ始めた。
「あ」
――パクパクパクパクっ。
「ああああ」
――パクパクパクパクパクパクパクパクっ!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
――パクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクっ!
「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
――パクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクっ!
「ぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
――パクパクパクパクパクパクパクパク……。
「から揚げ……俺の……から……揚げ……」
止める間もなく、あっという間にすっからかん。
彼の悲痛な声を残して、蛇たちはお弁当を平らげてしまった。
「……お弁当、なくなっちゃった……」
「ちょっと、なんてことしてくれたのアンタたち!?」
「楽しみにしてた……から揚げ……」
「ほらっ、彼ってば泣いてるでしょ!? 世の中にはやって良いことと悪いことがあるのよ!?」
アタシの怒りなんてどこ吹く風で、けふっと満足そうな息を吐く蛇たち。
コイツら……明日から伸びてこれないようにショートカットに変えてやろうかしら……って。
何よ、カバンの方に首なんて向けちゃってさ。
……あっ……。
お弁当、ある……。
彼に作った、お弁当。
そこに入ってる……。
今ならお弁当、渡せる……!
「ぐすん……」
「まっ、待ってよっ!」
目に涙をためて食堂へと向かう彼を呼び止める。
もうトチったりなんて絶対にしない。
せっかくこの子たちがくれた、正真正銘のラストチャンスなんだから。
だから、これだけは……間違えちゃダメ!
「ごめんなさい! 代わりにこれ、アタシのお弁当!」
ちゃんと、彼に伝えないと!
アタシのお弁当、食べてって!
「え……良いの?」
「良いの! 悪いのはアタシの方なんだから!」
「そ、それじゃあ遠慮なく……」
とりあえず、受け取ってはもらえたけど。
まず、見た目の方はどうなのかしら?
ちゃんと彼が気に入ってくれると良いんだけど……。
「わあ……っ!」
こ、好感触……! やった!
でもまだ、安心するにはまだ早くて。
肝心の味の方、どうかしら?
ちゃんと彼の気に入るようにできてるのかな……。
自分では悪くないつもりだったけど……。
「いっただっきま〜す!」
シュウマイが彼の口に運ばれる。
「あむっ……もぐもぐ……」
ああもう……どうしよ。
すごく、緊張する。
味を聞くのが、怖い。
でも、聞きたい。
お弁当、どうだった?
アタシが込めた気持ちは。
ちゃんと伝わってるのかな?
「ど、どう……?」
おいしい?
それとも、ダメだった?
お願い、聞かせて。
アタシが込めた気持ち。
あなたのための、お弁当……。
味は、どうだった?
「おいしい! すっごくおいしいよ、このお弁当!」
……あ……。
おいしい、って。
喜んでくれてる。
アタシのお弁当。
おいしいって……!
喜んでくれてる……!
「そ、そう!? 良かった……!」
「これ自分で作ったの?」
「だいたい、自分で……」
「すごいなぁ……こんなに料理上手なんだぁ」
「べっ、別にこんなの全然! 大したこと……ない……」
ああもう、どうしよ。
恥ずかしい。
彼の顔、まっすぐ見れない。
顔が熱い。
でも、嬉しい。
すごく嬉しい。
胸がきゅんきゅんする。
こんなに。
こんなに幸せなんだ。
好きな人に喜んでもらうのって。
こんなに素敵なんだ。
好きな人を笑顔にするのって。
「もぐもぐ……」
その後も彼はニコニコ、もぐもぐ、ニコニコ、もぐもぐ。
見事にアタシのお弁当を完食してくれた。
「ぷはぁ……ごちそうさまでした」
「お粗末様でした……」
「おいしかった……幸せいっぱい……」
「……そ、そんなにおいしかった……?」
「うん」
彼が喜んでくれたなら……次に言うべき台詞は一つ。
『またお弁当作ってあげようか?』
これっきゃない。
もう緊張なんてしなくて良いんだから。
落ち着いて、アタシ……!
もう何があっても、大丈夫なんだから……!
「その……ま、まままま……」
「ねえ、またお弁当食べさせてもらっても良いかな?」
「……へ?」
お弁当?
「俺の作った弁当と交換でよければなんだけどね。あはは」
お弁当、交換?
彼と、交換。
アタシのお弁当。
また食べたいって、言ってくれてる。
「……え」
「え?」
ああ、もうダメ。
また顔が熱い
なんか、自然に。
自然に顔が。
顔のニヤケが止まらないの。
「えへへっ♪」
「――っ!?」
だから、今なら。
今なら言えちゃう。
今なら、素直に言えちゃう。
彼に、素直な気持ちで。
「うんっ! アタシ、がんばって作ってくるね?」
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「お弁当? へえ、アンタ好きな男の子できたのね?」
「ちょっと、お母さん!」
「そんな恥ずかしいことでもないわよ。年頃の娘なら普通よ、普通」
「べっ、別にアイツのことなんて、うろこの先っちょぐらい気になるかなってぐらいで……!」
「全く、誰に似てこんな素直じゃない娘に育ったんだか」
「……血筋な気がするけど」
「いや〜、だけど懐かしいわね〜。お母さんもお父さんにお弁当作って渡したっけね〜。
『――べっ、別にアンタのために早起きしてお弁当作ってきたんじゃないんだからねっ!?――』
なんて言ってね――」
おしまい♪
17/03/26 23:02更新 / まわりの客