読切小説
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デビルちゃんに癒されたいっ!

「ただいま……」

 残業上がりの会社帰り。
 我ながら覇気のない声が、自宅アパートの玄関口に細々と響く。

「あ! おかえりなさいダーリン……ちょっと、大丈夫?」

 仕事でクタクタになった身体をよろめかせながら室内に踏み入ると、同居中の恋人、亜子の幼げな声が耳に届いた。
 バラエティ番組を見ながらケタケタ笑っていた彼女は僕を見るなり一転、とても心配そうな顔になって立ち上がった。自分ではよく分からないが、それだけ酷い顔をしているらしい。

 食事に洗濯に夜のお供にと、何から何まで尽くしてくれている大事な恋人に、こんな顔をさせてしまった自分が情けない。しかしそれが分かっていても、僕はろくに反応も返せないまま、安物のパイプベッドに身を沈めることしかできなかった。
 脂ぎった顔面に、ひんやりとした枕の生地がへばりつく。数日分の抜けない疲れが重石のように肩から背中からのしかかり、汗まみれのワイシャツを脱ぐことすら許してくれない。

「ダーリン、ホントに大丈夫? ……キモチイイコト、する?」

 人間とは少し違う存在――「魔物」である亜子なりの気づかいが耳に痛い。
 平時であれば即襲ってしまいたくなるような彼女の誘惑も、けれども今回ばかりは、一寸たりとも股間が反応することはなかった。僕の精神と体力は、自分で思っている以上に底を尽きかけているらしかった。

「……ごめん、そんな気力無いや……」
「……そっか」

 溜め息まじりの呟きに、なおさら申し訳なさが募る。
 鼻と口を枕にうずめる息苦しさを、自傷行為さながらに受け止め続ける。
 こんなことで自身の未熟さが許されるわけはないのだと、理解しているにもかかわらず。

 しばらくして、ふわりと、後頭部に柔らかな感触が乗っかった。
 心安らぐじんわりとした人肌の温度は、紛れもなくよく知った恋人のものだった。
 枕から顔をずらし、片目だけでそちらを見やる。そこには、黒目に縁取られた真紅の瞳を薄く細め、慈しみのこもった笑みを浮かべて僕の頭を撫でつけている、青い素肌の女の子が在った。

「今日も一日、おつかれさま」
「…………うん」

 乾いた砂漠に降り注ぐ慈雨のように、ささくれだった心がぽつぽつとうるおい出す。
 よしよしと優しく髪の毛を梳かれるたびに、心に巣くったドス黒いもやが少しずつ、少しずつ晴れていくのが分かる。
 ほっとする心地良さに目蓋を閉じれば、何やら熱いものが目頭をじわりと濡らした。

 一見して小学生にしか見えない幼い見た目にして、まるで天使のような慈愛と抱擁力に満ちた――こんな情けない自分にはもったいないくらいの、良い女だった。

 まぁ、当人にそんなことを言おうものなら、腰から生えた黒い羽と尻尾を可笑しそうに揺らしながら、「私は悪魔(デビル)だよ」だなんて、コロコロ笑うんだろうけど。

「……ねぇ、ダーリン」

 微笑みを浮かべたまま、亜子はこちらの耳に唇を寄せて。

「……仰向けに、なれる?」

 囁くような、それでいて艶のある声音が鼓膜を揺らした。
 ルビーのように透き通る彼女の瞳にはほんのりとアヤシイ色が宿っていて、僕はすぐさま彼女の言葉の意図を理解する。
 しかしながら僕は不安になってしまい、でも、と口をついていた。自分から動く気力がない以上、僕の愚息がしっかりと反応してくれるかどうか定かではない。

「くふ、私を誰だと思っているの?」

 僕の心情を読み取ったらしい、心外だ、と言わんばかりにおでこを突付いてくる可愛らしい悪魔の姿に、それもそうかと腑に落ちる。
 亜子と同居しはじめてからというもの、彼女による「癒し」は幾度となく経験してきたけれど、たとえどんなに疲れていたときでも……いや、もしかしたら心底まで疲れきっていたからこそ、施しを受けて反応しなかったことはかねて一度もなかったのだった。

 だから今回も、きっと。
 期待に胸を膨らませた僕は疲れきった身体にどうにか力を込め、うつ伏せから仰向けへと寝返った。

「ん〜〜……っ♥」

 そうして露わになった僕の唇に、亜子はそっと口づけをしてきた。
 唇をちろちろと舐めてきたのでこちらも舌を伸ばして出迎えると、ぬるりと小さな舌が絡んできた。まるで子供をあやすにも似た、優しく緩やかなディープキス。決して激しくはない、けれども濃密な蜂蜜のようにねっとりとした応酬をしばし楽しむ。

 数分ほど甘い唾液を交換したあと、名残惜しむように薄紫色の唇と舌が離れていき、少しとろけた視線と微笑みが僕のそれと交わった。

「……えへへ♪」

 恥ずかしそうにはにかんだ亜子は、そそくさととベッドによじ登る。
 そのまま僕の股の間に収まり、ベルトのバックルに手をかけた。
 カチャカチャン。慣れた手つきであっという間に金具は外され、スーツボトムのチャックがジリジリと引き落とされる。露わになったボクサーパンツ越しに、繊細で小さな手のひらがゆっくりと這い回り、こちらも小さいままのペニスを程良く刺激してきた。

 それら一連の動作が終始愉しそうで、こちらも思わず頬が緩んでしまう。

「……シャワー浴びないと。臭いでしょ?」
「そう?」

 今更な発言に、股間に鼻を近づけてすんすんと鳴らす亜子。

「……ふーむ、まるで熟成されたチーズのように香しい……」
「ごめんなさいやめてください」
「あははっ♪」

 しょうもないやりとりをしながらも亜子は、取引先への外回りやらで蒸れに蒸れた薄布の上を、ペニスの形を確かめるように細い指先を這わせていった。

 ときに裏筋の辺りをコリコリと苛めてみたり、ときに根本の辺りをグリグリと押し潰したり。こちらの性感帯を熟知した的確な責めに、僕の愚息は数分とかからずパンツの中で起立の姿勢をとった。今の今までふてくされていた愚息のあまりの素直っぷりに、思わずオォと感嘆の声が漏れてしまう。

「あはっ♪ はやく可愛がってー、だって♥」
「……うう」

 心の内を下着越しに言い当てられ、顔がかぁっと熱くなる。
 そんな僕の様子を見て、亜子も気分がノってきたらしい。にんまりと口の端と目尻とを近づけると、早速とばかりにパンツの窓をまさぐり、すっかり礼儀正しくなった愚息を引きずり出した。

 反抗期なんだか素直なんだか分からないそいつは、ボロンという擬音が聞こえてきそうな勢いで跳ね上がった。

「きゃっ!♥♥」

 あまりの勢いに驚く亜子。
 しかし視線は決して逸らすことなく。天井を突かんばかりに屹立するペニスをうっとりと見上げていた。
 悪魔らしい、いかにもといった形状の漆黒の羽と尻尾が、わくわくどきどきとした心中を表すように揺らぎ、弾んでいた。

「よし、よし♥ 私は逃げないから、焦らないで……落ち着いてー……♥」

 先ほど僕の頭にやったように、充血した亀の頭を手のひらで撫でつけて、亜子は愚息を宥めようとする。
 鈴口からわずかに滲んだカウパー腺液が潤滑剤となり、彼女のぷにぷにと柔らかな手のひらが滑らかに性感帯を擦る。それだけでも腰が浮くほどの性感をもたらすというのに、彼女の親指がまるで弦楽器のように裏筋を弾くものだから、僕のペニスは先ほどの礼儀正しいさまはどこへやら、落ち着くどころか興奮に任せるままに跳ね回った。

「もー……そんなに暴れちゃ、めっ、だよー……?」

 わんぱくな子供を叱る感じでそう言って、小悪魔はくすくすと笑った。

「お行儀の悪い子は〜〜……♥ いーっぱい可愛がって、たーっくさん癒してあげて……大人しい子に、させちゃうんだからあ……♥」

 あーん、と小さな口を大きく開けた亜子は、待ちきれない様子で震えるペニスを口いっぱいにくわえ込んだ。彼女の咥内の肉という肉が、ペニスの先から根本までにみっちりとへばりつく。

「はぁ、ぁああ……!」
「じゅるっ、おいひぃ……♥」
「そ、それは何より……ぁあ、股間がとろけそう……!」
「……っ♥」

 適度に生温かく、絶妙にざらざらとした咥内の感触があまりに心地良くて、僕は充足的な溜め息をもらすことしかできない。
 そんな僕の反応が嬉しかったのか、亜子は目を薄く細めたまま、追撃とばかりに喉奥のあたりでグリグリと亀頭を責めはじめた。ぬるぬると滑った凹凸がカリ首や鈴口などの敏感な箇所を絶えずねぶって、なおさらに情けない声がこぼれた。

「らーりん、はわいい(ダーリン、かわいい)……♥」

 ひと通り僕の反応を楽しんだ亜子は、少しずつ、少しずつ、舌と唇で竿を締め付けながら頭を上へ引いていく。それはまるで、ペニスそのもののエキスを唇でこし取り、舌全体でその風味を愉しんでいるような。
 次いで唇が亀頭のあたりにたどり着くと、裏筋やカリ首の裏側などの汚れが溜まりやすい部分――亜子曰く、僕のペニスで最も味わい深い部分――を、舌先でべろべろと舐めしゃぶりはじめた。
 僕自身の味をじっくりと堪能しているのだろう、彼女の瞳は次第にトロリととろけてきていて、鼻息もだんだんと荒くなっている。彼女の中のスイッチは、完全にオンへと切り替わったらしかった。

 ペニスを丸ごと味わわれる快感に喘ぎ続ける僕を、更なる幸福に押し上げようとするかのように、亜子は好きなだけペニスをほおばり、可愛がり、癒し続けた。

「あぁ〜〜……ヤバい、もうイっちゃいそ……!」

 亀頭周辺を集中的に責められてものの数分、早くも射精の予感が下腹部を襲う。

「んっ、らひていいよ♥ れんぶ、飲んれあげる……♥」

 言うやいなや、亜子は舌と唇の動きをなおさらに強めた。
 依然、鈴口や裏筋をにゅるにゅると舐めしゃぶられるまま、小振りな頭が上下に動き、ぬめる唇がくぽくぽとカリ首のあたりを往復する。その勢いのまま時折繰り出されるディープスロートは、咥内の柔肉すべてを使った贅沢な代物だ。ただ激しいだけじゃない、緩急をつけた抽挿のリズムが、下腹部が焼け爛れてしまいそうな射精感を一気に煽ってくる。

 目を見張るような可憐な女の子によって織りなされる、愛しさと激しさの籠もったフェラチオを受け続けて、堪えきれるわけがなかった。
 腰が勝手にカクカクと痙攣する。同時、竿の根本に凝縮された固まりが、白濁色の奔流となって、鈴口から洪水のように迸った。

「お、ぁあ……ッ!!」
「〜〜〜〜っ!♥」

 魔物にとって愛しい男性の精液とは、この世のどんな食物にも代えがたい最大級のごちそうであるらしい。それが今勢いよく、亜子の咥内をいっぱいに満たそうとしている。
 ……しかし亜子は、こんな自分にはもったいないくらいの良い女である亜子は、そんなごちそうに舌鼓を打つことを決して優先させず、あくまで僕を癒すことを最優先とした。

「あ、ああ、それイイ……! 腰がとけるぅ……!」

 僕が賢明に吐精するあいだ、亜子はしこしこと優しく竿を扱きながら、ひたすら裏筋に舌を這わせていたのだった。射精のさなかに性感帯を責められるという行為が男にとってどれだけの快楽に繋がるのかを、彼女はすこぶる理解していた。十秒にすら届かない僅かな時間を、僕は有り余るほどの幸福に満たされながら、腰を振るわせ続けていた。

 ペニスが脈動を終えたのを見計らって、ちゅるんとした水音とともに天使のような小悪魔の唇は離れていった。唾液と精液の入り混じる粘液が糸を引き、亜子との間を繋ぐ。そのまま落ちて千切れる、その直前に糸を指先に絡めると、亜子はそれをそっと口内に含んだ。

 自分の吐息と亜子の鼻息が、荒々しく重なる。恍惚に染まる瞳をドロリととろけさせながら、彼女は高級ワインをテイスティングするように口の中身をゆっくりと咀嚼し、転がしていく。丁寧に隅々まで味わったあと、コクリコクリと喉を鳴らして、ゆっくりと飲み下していった。

「……ぷはぁあっ♥ ごちそうさまでしたぁ……♥」
「……お粗末様でした」

 いつも通りのやりとりに、二人して微笑む。

「どうだった? おちんちん、癒されちゃったりしちゃったり、しちゃったぁ……?♪」
「あぁ……お陰様で、ものすごく」
「……えへ、よかったぁ♪ ……あ、でさでさ」

 亜子は、射精の余韻に萎え始めたペニスに、人差し指をつぅと這わせながら。
 悪戯な感情のたっぷり籠もった上目遣いで、こちらを見つめて。

「……もっと、癒されちゃう?」

 その瞬間、まるでビデオテープを倍速するような速さで、愚息がその硬度を取り戻していく。
 本当に、我ながら憎々しいくらいに、素直で正直なオロカモノだった。顔面が燃えるように熱くなってくる。

「あは♪ 『口ほどに物を言う』って、このことだね〜〜♪」
「……この小悪魔め」
「ぴんぽーん! だいせいかーい!♪」

 白い犬歯を覗かせながらにししと笑う亜子。
 この世のあらゆる不安を吹き飛ばしてしまうような、幸せに満ち溢れた笑顔だ。

 ……しかし僕は、そんな有り余るほどの幸福に晒されながらも、とある疑問を頭に浮かべていた。……浮かべてしまっていた。
 それはここ最近……否、遡ること亜子と付き合いはじめた当初から、胸に抱いていた言葉。しかしそれを口にしてしまうのはあまりに無粋すぎて、失礼すぎて、そして怖すぎて、一度も聞けなかった言葉。
 それがするすると口をついてしまったのは。抱えきれないほどの疲労と快感と幸福に、思考が緩んでいたせいだろうか。それとも、彼女との馴れ初めがごく普通の恋愛によるものではなく、成り行き上の肉体関係に起因するものだったことを、今更ながらに思い出してしまったからだろうか。

 ……おそらくは、両方なのだろう。

「なぁ。どうして君は、こんな情けない僕と一緒にいてくれるんだ……?」

 そこまで言い切ってから、しまったと口を噤んだ。
 きょとんと呆けた顔になった亜子を見て、どうにも気まずくなった僕は、彼女のまっすぐな視線から逃れるように目を逸らした。彼女が僕と一緒にいてくれているのは純然たる事実であり、確かな現実なのだ。彼女への冒涜でしかないだろう、こんな質問。

「……ん〜〜、とね」

 亜子はとくに気分を害した様子もなく人差し指をあごに添えると、思案するように視線を宙にさまよわせる。改めて思考しなければならない質問だったのだろうか、厚かましくもそう密かにショックを受けかけて、彼女はどうやら言葉を選んでいる風であるらしい、ということに気が付いた。

「……うん。それはね?」

 やがて納得したように頷いて、亜子は口を開いた。
 着ている衣服――『I ♥ ダーリン』とプリントされたダサTシャツだ――の裾に、クロスさせた両手をかけながら。

「まず一つ。私が、魔物だから」

 一度愛した男と生涯添い遂げるという性質。
 『I ♥ ダーリン』の裾がぐいと持ち上がり、すべすべもちもちのお腹、次いで小振りだが思いのほか柔らかなふくらみが露わになる。つんと勃った薄紫色の乳首が、双丘のてっぺんで自己主張しているのが見て取れた。
 『I ♥ ダーリン』は美しい長方形にぴしりと折り畳まれ、ベッドの隅へと丁寧に置かれる。

「そして二つ。私が、デビルだから」

 愛した男を甘美にすぎる愛情で肥え太らせ、溺れさせることを好む性質。
 面積のやたら小さい黒色ショーツがずり下げられ、亜子の手の中に収まる。意外にむちむちとした両脚を通り抜けるさなか、亜子の秘所からクロッチまでを繋いだ透明な糸がひと筋、蛍光灯のあかりをきらきらと反射していた。

 亜子の言う二つの理由くらいは、僕でも知っていた。
 でも、そうじゃない。僕が求めているのは、その存在や種族の性質によるものなどではなく、亜子本人の気持ちだった。彼女自身が僕と一緒にいる理由。ひいては、彼女が僕を好きになった理由。

「最後に、三つめ」

 ごくりと、息を呑む。
 とても、とても穏やかな表情で、亜子は言い切った。

「あなたの、全てが、好きだから」
「……え」

 それは僕にとって、あまりにも適当で曖昧すぎる理由に聞こえた。そう捉えざるを得なかった。
 言葉が詰まる。それは「特に理由がない」ことの、体の良い言い回しではないのだろうか。

「……そ、それは」

 思わず問い質そうとして。
 亜子はずいと身を乗り出すと、指を前へと突き出し、言葉を遮るように僕の唇に添えた。

「私は」

 そのたった一言に、普段の亜子には見受けられない、有無を言わせない圧力が感じられて、僕は続く彼女の台詞を黙して待った。

「私はただ、貴方のそばに居たいだけ」
「……っ!」
「貴方のそばにいることが何よりの幸せなのだと、私の直感が告げている。魔物としての本能が、デビルとしての本質が。心の奥底から細胞の一片に至るまで、私自身を構成するその全てが、そう告げている。貴方を助け、幸せにしてあげることが、私の使命であり幸福なのだと、信じている。……ただ、それだけなの」

 僕の瞳をまっすぐ両目で射貫いての告白に、たじろぐ。
 黒目に縁取られた真紅の瞳には、信じざるを得ない、信じないわけにはいかない、そう思わせられる迫力があった。

「どうして、そこまで……」
「えいっ」
「わぷっ!?」

 困惑する僕の顔を、黒くてひらひらしたナニカが覆った。今しがた脱いだばかりの亜子のショーツだった。
 微かなぬくもりとほのかな湿り気を帯びたそれは、丸一日デリケートゾーンと触れ合っていたことで、媚薬さながらのフェロモンをぎゅっと凝縮している。濃厚で芳しい香りが、ペニスをはちきれさせんばかりに怒張させてくる。

「難しく考える必要はないんだよ。一緒にいて、キモチイイ。それが全て。違うかな」

 フェロモンに当てられて思考をぼやけさせた僕の腰の上に、亜子は跨がった。
 そのままゆっくりと腰を下ろすと、ビラビラも黒ずみも産毛すらも一切ない幼い割れ目が、亀頭とぬるりと密着し、愛液とカウパー腺液が互いに馴染んでいく。

「ここまで言っても分からないなら。納得できるまで、思い知らせて……」

 亀頭の先端がつぷりと、亜子の内側に姿を隠した。
 間を置かず、ペニスが柔肉を無理やり割り開くように、しかしながら一切の抵抗もなく。

「あげ、るっ♥ ……〜〜〜〜ッッ♥♥!!」

 ヌチュリと音を立てながら、きゅうきゅうに狭い肉壷へと呑み込まれていった。

 どうやら入れただけで軽く達してしまったらしい、数回ピクピクと震えた亜子は、力が抜けそうになった身体を僕のお腹に手をつくことで支える。
 しかし彼女は休む間もなく足腰に力を込めると、その場でスクワットをするように身体を上下に揺らしはじめた。かつて無いほどに膨張したペニスが、幼い膣を小刻みに出入りする。とろけるような柔肉がねっとりとペニスにまとわりつき、無数のつぶつぶと肉ヒダを備えた極上の名器が、まんべんない悦びでペニスを覆い尽くしていく。

「ひあっ、あんっ♥ 好き、好きぃ♥」

 甘やかな嬌声とともに、愛情がこぼれ落ちた。

「優しいところが好き♥ いつも私のことを考えてくれてるところが好き♥」

 灰色がかったツインテールをぐしゃぐしゃに振り乱しながら、亜子はひたすらに愛をこぼし続ける。

「嬉しいときの笑顔が好き♥ ちゅーしたときの恥ずかしそうな顔も好き♥」

 亜子の視線は一時たりとも、僕の顔を捉えて離さなかった。一体どうすればこれだけ思い付くのだろう幾十ものラブコールが、腰が丸ごと融けてしまいそうなピストンとともに羅列されていく。真紅の瞳のなかにいくつものハートが飛び交っているような、そんな錯覚を覚えた。

「えっちしてるときの可愛い声が好き♥ せーえきびゅっびゅしてるときの、情けなくてだらしない顔の貴方が、大好きぃ♥」

 延々と紡がれる亜子の告白に、感極まった僕は彼女を抱き寄せ、キスをした。
 唇を塞ぎ、舌と舌とを激しく情熱的に絡ませるディープキス。二人の繋がりが突き入れた舌のぶんだけ増したような気がして、僕の心は深い安寧に包まれた。

「っぷあ♥ 好き、好きなのぉ……!♥ 全部、全部大好きぃ……!♥」

 亜子の言の葉は、息継ぎの合間も決して止むことはない。
 亜子の想いに応えてやりたかったが、僕の持つ拙い語彙では、彼女の愛に見合うフレーズを引き出せそうにはなかった。だから僕は言葉ではなく行動で、彼女への愛を示すことにした。
 タイミングを見計い、亜子の抽挿に合わせるよう自らの腰を突き上げる。子宮の入り口を不意に亀頭で叩かれ、甲高い悲鳴が室内を反響した。

「きゃはぁあん!♥ ダーリン、無理しちゃだめだよお♥ 疲れてるんでしょお?♥」

 確かに、心身ともに疲労が著しい。
 しかしながら、亜子への想いと脳内麻薬がドバドバに溢れたこの状況であれば、この程度気にはならない。そんな些細なことよりも、目の前の愛しい女と一緒になって快楽を貪ることのほうが。行動によって自らの愛を伝えることこそのほうが、今一番大事だった。

 好き。僕も好きだ。私はもっと好き。じゃあ僕はそれよりも。

 タガの外れた甘ったるい言葉の応酬。絶えず弾ける嬌声。安物パイプベッドのきしむ音。肉と肉がぶつかり合う、ぱちゅぱちゅんという湿った音。様々な音源がない交ぜになった卑猥なオーケストラが、決して広いとは言えないアパートメントに響き渡る。

 興奮しきりな僕らは、心の底から夢中になって腰を振り合った。
 シンクロした互いの動きが更なる快楽を生み出し、そう遠くない絶頂を臨む。
 僕のありとあらゆる感覚は亜子色に染め上げられ、いつしか彼女のことしか考えられなくなっていた。仕事に対する不満や不安は、すでに思い出せない。

「やっ♥ らめっ♥ イくっ♥ イっちゃいそうっ!♥」
「ぼ、僕も……!」
「いっしょ!♥ いっしょにイこ? ふたり、いっしょに、あ、イく♥ イくイくイくぅっ!♥♥」

 ラストスパート。
 お互い無言で数秒間、一番敏感な箇所を叩きつけ合い。

「あはぁあっ!!♥♥」
「くぁあ……っ!!」

 僕らの身体は同時に弾けた。
 絶頂の衝撃で目の前にチカチカと星が飛ぶ。
 腰の辺りを中心に、全身がカクカクと跳ね上がる。
 ぎゅうぎゅうと痙攣する膣壁に、乳牛の乳首のように絞り上げられながら、脈動するペニスは灼熱のごとく熱い精を亜子の内側に注いでいた。子宮口にめり込んだ鈴口からほとばしる白濁が、子宮内膜を余すところなく染め上げているのが何となく分かる。今ではぜぇぜぇと息を整える二人分の音だけが、室内を支配していた。

「……えへへっ♥ いっしょに、気持ちよくなれたね……♥」

 嬉し涙を目尻に湛えた亜子と、一緒になって微笑み合う。
 ふいに、全身が急激な虚脱感に襲われた。どうやら脳内麻薬の効果が切れてしまったらしく、どうしようもない眠気が目蓋を強引に閉じようとしてくる。

「〜〜……」

 朦朧とする意識のなか、亜子が何やら呟いているのが聞こえた。

「……いつか、いっしょに、いこうね……♪」

 何を言っているんだ、もうイっているじゃないか。
 亜子の火照りきった顔に心の中でそうツッコミを入れつつ、この幸福感をもっと共有したくて、彼女に向けて手を伸ばす。
 僕の指のあいだに自分の指を絡ませて、にぎにぎと恋人繋ぎを繰り出してきた愛い人の存在感をしっかりと感じながら。僕の意識は暗闇へと、とてもあたたかな暗闇へと、底なし沼に沈むような緩やかさで落ちていった。










「……ダーリン?」

 握り返す手の力が急に弱まって、私はダーリンの顔をのぞき込んだ。
 安らかな表情で寝息をたてている彼を見て、私は苦笑しながら溜め息をつく。
 ……全く、疲れてヘトヘトのくせに、どこまでも頑張り屋さんなんだから。

「……んんぅっ♥」

 起こさないよう、そっとおちんちんをアソコから解放してあげると、私のナカに大量に注ぎ込まれた精液がカタマリになって、ダーリンのお腹にこぼれ落ちた。
 男の人は、精液が自分の身体に付着するのをとても嫌う。慌てて拭き取ろうとティッシュなりタオルなりを探そうとするけれど、ダーリンとのらぶらぶえっちがあまりに気持ちよすぎたせいで、足腰に力が入らなかった。
 変にバタバタして眠りを妨げるのも気が引けて、拭き取るのを諦めた私は彼のとなりに横になる。あとで彼に謝って、お風呂に入ってもらうことにしよう。……彼の大きな身体を流してあげるのが、今から待ち遠しい。

 ダーリンの片腕に、両手両脚を絡ませる。
 えっちしたあと、こうして私のカラダで癒されてくれたダーリンの横顔を眺めるのが、私の楽しみの一つだった。愛する人を幸せにしてあげられているという、デビルとしての、そして何より私自身そのものの存在意義の証明が、目の前にあるのだ。嬉しくないわけがなかった。

「……この調子だと、上手く伝わらなかったかな……」

 ダーリンが眠りに落ちる、直前の台詞のこと。

「……まぁ、いっか……」

 感極まるあまり思わず口にしてしまった言葉だったけれど、正直、伝わらなくてよかったとも思う。
 むしろそれは、今の彼には重荷にしかならないだろう言葉だったからだ。

「……万魔殿(パンデモニウム)に行こうね、なんて」

 それは、時間の概念を忘れ、飢えることも歳を重ねることもなく永遠に愛し合うことのできる、我らが堕落神の作り上げた真の楽園。
 それは、いつか抱いた夢。今も抱いている夢。これからも抱き続ける夢。

 本当なら、今すぐにでもダーリンを連れていきたい。連れ去ってしまいたい。
 苦痛で満ち溢れている世界を捨てて、安寧と快楽のみで彼を満たしてあげたい。
 無理に頑張って生きなくていいのだと、その身体に刻み込んでしまいたい。

 ……けれど、ダーリンは真面目な人だから、とてもとても頑張り屋さんだから。
 彼が自分との折り合いをつけて、自分自身に納得できないうちに無理やり連れ去ってしまったら……彼は、私を。そして何より自分自身を、許せなくなるだろう。自分の力ではどうにもできなかったという現実に、打ちのめされてしまうだろう。

 彼のアイデンティティー(今の在り方)を壊してしまうこと、それだけは。
 私の望むところでは、決してない。

「……待ってるからね、ダーリン」

 そのときが来るまで、私はダーリンの隣に居続けよう。
 朝は優しく起こしてあげよう。美味しいご飯やお弁当を作ってあげよう。
 お日さまの匂いのするお洋服を着せてあげよう。暖かなお風呂を用意してあげよう。
 そしてベッドの上では、その日の不安や疲れが吹き飛ぶくらい、いっぱい、いーっぱい、癒してあげよう。

 私が彼に与えられる精一杯の愛情を、そのときまで。

「そして、それからも」

 ふたりだけの、万魔殿(楽園)へ。

「いつか、いっしょに、行こうね……」

 すっかりしわくちゃになったワイシャツに顔を埋める。
 肺いっぱいに息を吸い込めば、今日一日を彼なりに頑張った証が鼻腔を満たした。
 安心する匂いと規則正しい伴侶の寝息が、私の意識を抗いがたいまどろみへと誘う。

 ゆっくりと細まっていくダーリンの寝顔を見つめながら。
 明日も、優しくて、大好きな彼のためになれたらと、眠りに落ちる束の間、願った。










「…………ありがとう」

 涙混じりの男の声が、一つ、こぼれた。
 

16/09/01 01:35更新 / 気紛れな旅人

■作者メッセージ
ある日突然魔界からのゲートが作者の部屋の中に開いてそこからデビルちゃんがやっほーって飛び出してきて身も心もいっぱい癒してくれたあと魔界に連れ去ってってくれないかなぁ……(切実

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