第一話 高い授業料
「あれが、迷宮都市イシュル・・・・!」
見晴らしの良い小高い丘にて、一匹の魔物娘が巨大都市を見下ろしていた。魔界にて数多くの魔物娘が購読している雑誌『monmon』で幾度も特集を組まれ、愛読者なら誰もが一度は夢見る理想都市。数々の夫婦がこの場所で誕生し、幸せに暮らしているという。
「ついにここまで来たのね・・・・」
そうつぶやいた少女――シイは、これといって特徴のないインプだ。容貌は美人というよりは可愛らしく、短くまとめられた蒼紫の髪にアホ毛がちょこんとのっている。背中についてる小さい羽が、期待と共にパタパタと動く。また、都市全体を映す金色の瞳にも、隠せない好奇心が宿っていた。
シイがこの都市へ来た目的は、愛する伴侶を見つけることである。魔物娘なら誰もが持っている薔薇色の妄想を現実にすべく、この地にやってきたのだ。決して生半可な道のりでなかったことは確かで、金、時間、その他様々なモノを犠牲にしてようやくたどり着くことが出来た。
迷宮都市イシュルは強固な高い壁の中に築かれた都市であり、出入りが厳しく管理されている。その徹底ぶりは出入り口が人間用と魔物娘用にきっちり分かれているのを始めとして、魔物娘が都市に来るルートまでもが制限されているほどだ。これは人間に気づかれないために必要な措置であり、もしルールを破ろうものなら普段から暇な深層のボス達がおしおきという名のストレス発散にやってくる。
シイも当然無謀な真似をするつもりはない。長かった道のりに思いを馳せつつ、「イシュル移住希望者はこちら」と書かれた道標が指す方向へと進んだ。
いよいよ都市に近づくと、ニマニマとした顔を引き締めることも出来なくなる。シイの頭の中では、まだ見ぬ未来の旦那様との甘イチャな生活が繰り広げられていた。
そんなシイとは裏腹に、門の前に立っていた門番からはやる気というものが感じられない。門番は全身から出る気怠いオーラを隠そうともせず、シイに問いかける。
「こんにちは。種族は何?」
「インプです。名前はシイ」
「そう、ここイシュルでは都市に入る際に一定の額のお金が必要なんだけど、いま払える? ないのなら借金という形になるわ」
「大丈夫」
ある程度の情報は得ていたし、これくらいは想定済み。なけなしの貯金を全部崩してここまでやってきたおかげで、まだお金には少し余裕がある。シイは提示された金額を、小袋から取り出して渡した。
「・・・・っと、はい確かに。これが一時滞在許可証。入ったらダンジョンギルドに寄るのよ。都市の中心に、誰でも分かる明らかにでかい建物があるからそこを目指して」
「ありがとう」
「シイさん。イシュルはあなたを歓迎するわ」
シイは期待に胸を膨らませていたためか、門番が意地悪そうな顔でニヤッと薄笑いを浮かべたことに気づきはしなかった。
「わあ、すっごーいっ!! ここがイシュルなんだ・・・・」
とてつもなく大きい都市だと聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
都市に乱立する建物の大きさや数も圧巻ではあるが、何よりシイは、今まで生きてきた中でこれほどの魔物娘達に会ったことはなかった。種族も多種多様で、スライム、ゴブリン、オーク、ラミア、ケンタウロス、リッチとなんでもござれだ。
ただ、目に入るのは魔物娘ばかりでシイの目的である人間はいない。というのもイシュルは、東の人間が住む区域、西の魔物娘が住む区域が大きくて分厚い壁によって二分割されており、両区域は徹底した管理がなされていたからである。
シイは少々拍子抜けしつつ、さきほどの門番に言われた通りにダンジョンギルドへと向かい始めた。
このダンジョンギルドというのは、人間が作った冒険者ギルドをパクったようなもので、人間からは『探索者ギルド』とも呼ばれている。都市の中心部にあるやたらでかくて高い塔の中にあり、その下には全百階層の『世界蛇のダンジョン』が存在している。運営に携わっているのはほぼ全て魔物娘というのがギルドの実態であり、ダンジョンギルド自体が魔物娘のためにあると言っても過言ではない。
そしてダンジョンに潜る人間やイシュルに住む魔物娘は、このダンジョンギルドに必ず登録しなければならない決まりがあった。この決まりがあるからこそ潤滑なダンジョン管理が出来るのだが、シイを含め多くの魔物娘にとってはあまり興味のないところである。
「・・・・それにしても遠くない?」
ちなみに都市入り口からダンジョンギルドまで歩いて一時間以上かかり、シイは改めてイシュルの大きさを思い知ることになった。
シイがやっとの思いで入ったダンジョンギルドの中は、その立派な外観に似つかわしく、とても広くて小綺麗なものであった。
「新規登録の方ですか? こちらへどうぞ」
「あ、はい」
田舎者丸だしな感じでキョロキョロしていると、にこやかな笑顔でギルド受付が対応してくる。先ほどの門番とは愛想が違った。
「それでは一時滞在許可証の確認を致します。・・・・はい、結構です。続いてギルドカードの発行を致します。こちらのカードの上に手をおいて、はい、そうです。カードにあなたの魔力が馴染むまで、そのままの状態を維持してください。その間は当ギルドの簡単な説明をさせていただきますね」
そんな前置きのもと始まったギルド受付の説明は、以下の通りだった。
ギルドカードは滞在許可証としての意味も持っている。ダンジョンに入る際にギルドがカードを預かる。ダンジョンから出た際はカードの更新を行ってからカードを返却する。
魔物娘がダンジョンに入るにはお金が必要。その際に指定された階層以外に入ってはいけない。新規登録者は初回のみ無料。
ダンジョン内で人間に倒された際は緊急転送魔法システムによって治療所へと直接飛ばされるが、決して万能ではない。従って、分不相応な相手は選ばない。下手を打つと死ぬ。
ダンジョン内では、先にエンカウントした魔物娘が優先。
お金がなくなった場合は、ギルドから与えられる仕事をこなして稼ぐ。トラブル防止のため、個魔物娘間での借金は堅く禁じている。
「基本的にはこの通りです。あ、ギルドカードの発行が終わったようですね。さっそくダンジョンに入られますか?」
「はい!」
シイは期待のまま肯定する。何とも言えない高揚感が身を包み、今まで感じていた疲労を吹き飛ばしていく。
「シイさんは、一階層ですね。オプションはつけられますか?」
勢いそのままダンジョンへと直行したかったシイだが、オプションという聞いたことのない単語に首を傾げた。
「オプション・・・・?」
「はい、詳しくはこちらを御覧になってください」
そう言ってギルド員は冊子を取り出して差し出す。シイは受け取って中身を開いた。
落とし穴
落とし穴(小)・・・・腰あたりまで
落とし穴(中)・・・・全身まで
落とし穴(大)・・・・結構深い
落とし穴(部屋)・・・・落ちた先がベッド
箱
宝箱(大)・・・・中に隠れられます
宝箱(スカ)・・・・ガッカリしたところを狙う
宝箱(罠)・・・・罠にかかったところを狙う
宝箱(ミミック)・・・・横取りされても泣かない
・
・
・
・
冊子の中には様々な項目とそれに必要な金額が書かれていた。しかし、シイにはオプションの有用性がいまいちわからない。
「どう使うのこれ、たとえば穴とか」
「落とし穴は主に、スライム系の方が好まれますね。中に待機して罠にハマった人間をその場でいただくのが定石です。穴が深くないと捕らえた人間が仲間に引っ張り出されたりするので注意しないといけませんね」
「はあ・・・・、オプションはいらないです」
よくわからなかったので、シイは断ることにする。
「そうですか、それではダンジョン一階層の順路はあちらになります」
指された方向へとシイは向かう。受付の哀れむ視線にはついぞ気づくことはなかった。
「まーた、新入りが来たね」
シイがダンジョンに向かった後、隣の窓口の受付が話をすべく声をかける。実はシイが来た時間帯は、ギルド員にとって暇な時間帯でもあって、多少の話は仕事に影響を及ぼさない。
さきほどシイがやってきた時に新規登録者だとあたりをつけたのも、見慣れない顔が入ってきたという理由からではなく、ただ単にこの都市をよく知るものならば来るはずのない時間帯だから、というのが大きい。
「そうね。新しい子を見るたび、私も最初はあんな感じだったことを思い出すわ・・・・」
シイに対応していた受付が、脳裏に過去の自分を浮かべながらため息をついた。
「オプションなし、仲間なし、胸にでっかい希望あり。今思えば、若かったよねえ」
「ま、誰でも実際にやってみないとわからないでしょ。五回潜るまでは授業料みたいなものよ」
「ああ、早くダンジョン潜りたいなあ・・・・」
「その前に仕事こなさなくちゃ、オプションで転移罠欲しいんでしょ?」
「わかってますよーう」
そういって隣の受付は、残っていた仕事に取りかかり始める。どちらもシイのことはすぐに頭の中から消えていった。それだけこの都市には、毎日多くの新入りが入ってくるということでもある。
一方、シイは念願のダンジョンに足を踏み入れていた。
「・・・・ダンジョンってこんな場所なんだ」
薄暗い視界やごつごつした岩場、道らしい道はあるが足場は整備されておらず、よほど身軽でもなければ走るのに苦労するだろう。
地面から天井までの高さは四メートルほど。槍などの長柄物は振り回すこと自体は可能だが、最大のポテンシャルを発揮するのは難しそうだ。
期待や緊張を感じながらゴクリと生唾を飲み込みつつ、人間を探すことにする。
探す、探す、探す。
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
「はぁ、はぁ。人間どこー!」
ダンジョンに入って歩き始めてから数十分、人間の『に』の字さえ見えない結果に辟易する。思えば今日は歩いてばかりだ。
「適当に歩いてれば、いつか見つかると思ってたけど・・・・」
楽観的な考えでは、なかなか上手くはいかないようで。
近場にあった座るのにちょうど良さそうな岩に腰を掛け、疲れた足を叩いて休息する。思い通りに行かないことにむくれていると、そんなシイの苛立ちが堕落神にでも届いたのか、前方から声が聞こえてきた。
やがて姿を表した人間は三人。いずれも若く、元気がありそうで実に良い。シイはひゃっほうと心の中で叫んだ。
「うわ、魔物!?」「一匹だからって油断するなよ」「いつも通りにいくぞ」
・・・・しいていうなら右端のが好みだけど、私的にはどれもあり。ってちょっと待って、これって。
そこでシイは重要なこと――複数を相手取って、どうやって捕まえればいいのか――を考えていなかったことに気づく。
・・・・もしかして、私だけで戦闘?
人間三人はそれぞれ剣を構えて、こちらを見据えている。その情熱的な目はヤる気満々というよりむしろ殺る気満々であった。
・・・・無理無理無理!!!
「ふえ〜ん!!」
シイは逃げ出した!
なんなんだここは。雑誌とか伝聞で聞いた話と違う。シイは全力で人間から逃げながら憤慨する。
少なくとも想像では、
「えへへー、見つけたよー」
「うわー、モンスターだー」
「えーい」
「やられたー」
かのごとく、ちょろいものだと思っていたのに。あんなに必死こいて倒しにこなくてもいいではないか。もう少しでチビるところだ。
なんとか人間を振り切ったところで、ため息を一つ。
「一人でいる人間を狙おう」
誰もが行き着く合理的な考えに落ち着いた。
そんな決意を新たに人間を探すも、条件に合致するような人間が都合良く見つかることはない。大体が二人〜三人のパーティーであった。
ついぞ、めぼしい人間は見つからず、諦めてトボトボとダンジョンギルドに帰ってきたシイ。運が良いというべきか悪いというべきか、魔物娘の帰還ラッシュと時間帯が重なってしまった。
そこで目にした光景は、さらに疲労と絶望を増加させるもので。
「おい、ケイトのパーティー情報閲覧させろ!」
「パーティー情報は金貨3枚になりまーす」
「高すぎるだろ! もっと安くしろ!」
「彼のパーティー、すごく人気なんで無理です」
ギルド員と必死に交渉してるミノタウロスがいたり。
「あと一歩のところで! もう少しで! ああぁああああああ!!」
「きっと他にいいのがいるよー」
「童貞な上に好みのタイプはなかなかいないんですよ!」
目が血走ったユニコーンが発狂してたり。
「起きやがれ、チヨコー! 傷は浅いぞー!」
「いいの、ミズキ。自分の身体のことは自分がよくわかるわ。もうこの身体は長くないってことも・・・・。せめて故郷に辞世の句を届けてちょうだい。『我おもふ、愛に散るなら、本望よ、あとあぶらあげ、ちょっと食べたい』」
「うるせー、バカ稲荷! ただの骨折だよ! 俺達ならポーション飲めば一晩で治るっての!」
オーガっぽい魔物が、どついてたり。
あれだけ広いと感じたダンジョンギルド内はダンジョンから帰還した魔物娘に満ち満ちていて、至る所で魔物娘の怒号や怨嗟の声が渦を巻いていた。
ああ、どうやらここは。
とんでもない、ところだったらしい。
シイはこの日、現実は甘くないことを知った。
続く!
備考
そもそも最下層まで来てもらわないと困る魔物娘がいるので、人間が簡単に捕まるわけがない。
ダンジョンに入るのは朝一からが基本。探索者は朝から昼にかけて活動している者が多く、夜に活動する探索者は少ないという理由が大本。ちなみにいつ入ろうがダンジョンに入るときの値段は同じである
実は滞在時間の限界は存在しないので、ずっとダンジョンに居続けることも可能。ただし、オプションやら仲間の都合もあるので、そうそう滞在できるものでもない。
『monmon』編集とはグル。
見晴らしの良い小高い丘にて、一匹の魔物娘が巨大都市を見下ろしていた。魔界にて数多くの魔物娘が購読している雑誌『monmon』で幾度も特集を組まれ、愛読者なら誰もが一度は夢見る理想都市。数々の夫婦がこの場所で誕生し、幸せに暮らしているという。
「ついにここまで来たのね・・・・」
そうつぶやいた少女――シイは、これといって特徴のないインプだ。容貌は美人というよりは可愛らしく、短くまとめられた蒼紫の髪にアホ毛がちょこんとのっている。背中についてる小さい羽が、期待と共にパタパタと動く。また、都市全体を映す金色の瞳にも、隠せない好奇心が宿っていた。
シイがこの都市へ来た目的は、愛する伴侶を見つけることである。魔物娘なら誰もが持っている薔薇色の妄想を現実にすべく、この地にやってきたのだ。決して生半可な道のりでなかったことは確かで、金、時間、その他様々なモノを犠牲にしてようやくたどり着くことが出来た。
迷宮都市イシュルは強固な高い壁の中に築かれた都市であり、出入りが厳しく管理されている。その徹底ぶりは出入り口が人間用と魔物娘用にきっちり分かれているのを始めとして、魔物娘が都市に来るルートまでもが制限されているほどだ。これは人間に気づかれないために必要な措置であり、もしルールを破ろうものなら普段から暇な深層のボス達がおしおきという名のストレス発散にやってくる。
シイも当然無謀な真似をするつもりはない。長かった道のりに思いを馳せつつ、「イシュル移住希望者はこちら」と書かれた道標が指す方向へと進んだ。
いよいよ都市に近づくと、ニマニマとした顔を引き締めることも出来なくなる。シイの頭の中では、まだ見ぬ未来の旦那様との甘イチャな生活が繰り広げられていた。
そんなシイとは裏腹に、門の前に立っていた門番からはやる気というものが感じられない。門番は全身から出る気怠いオーラを隠そうともせず、シイに問いかける。
「こんにちは。種族は何?」
「インプです。名前はシイ」
「そう、ここイシュルでは都市に入る際に一定の額のお金が必要なんだけど、いま払える? ないのなら借金という形になるわ」
「大丈夫」
ある程度の情報は得ていたし、これくらいは想定済み。なけなしの貯金を全部崩してここまでやってきたおかげで、まだお金には少し余裕がある。シイは提示された金額を、小袋から取り出して渡した。
「・・・・っと、はい確かに。これが一時滞在許可証。入ったらダンジョンギルドに寄るのよ。都市の中心に、誰でも分かる明らかにでかい建物があるからそこを目指して」
「ありがとう」
「シイさん。イシュルはあなたを歓迎するわ」
シイは期待に胸を膨らませていたためか、門番が意地悪そうな顔でニヤッと薄笑いを浮かべたことに気づきはしなかった。
「わあ、すっごーいっ!! ここがイシュルなんだ・・・・」
とてつもなく大きい都市だと聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
都市に乱立する建物の大きさや数も圧巻ではあるが、何よりシイは、今まで生きてきた中でこれほどの魔物娘達に会ったことはなかった。種族も多種多様で、スライム、ゴブリン、オーク、ラミア、ケンタウロス、リッチとなんでもござれだ。
ただ、目に入るのは魔物娘ばかりでシイの目的である人間はいない。というのもイシュルは、東の人間が住む区域、西の魔物娘が住む区域が大きくて分厚い壁によって二分割されており、両区域は徹底した管理がなされていたからである。
シイは少々拍子抜けしつつ、さきほどの門番に言われた通りにダンジョンギルドへと向かい始めた。
このダンジョンギルドというのは、人間が作った冒険者ギルドをパクったようなもので、人間からは『探索者ギルド』とも呼ばれている。都市の中心部にあるやたらでかくて高い塔の中にあり、その下には全百階層の『世界蛇のダンジョン』が存在している。運営に携わっているのはほぼ全て魔物娘というのがギルドの実態であり、ダンジョンギルド自体が魔物娘のためにあると言っても過言ではない。
そしてダンジョンに潜る人間やイシュルに住む魔物娘は、このダンジョンギルドに必ず登録しなければならない決まりがあった。この決まりがあるからこそ潤滑なダンジョン管理が出来るのだが、シイを含め多くの魔物娘にとってはあまり興味のないところである。
「・・・・それにしても遠くない?」
ちなみに都市入り口からダンジョンギルドまで歩いて一時間以上かかり、シイは改めてイシュルの大きさを思い知ることになった。
シイがやっとの思いで入ったダンジョンギルドの中は、その立派な外観に似つかわしく、とても広くて小綺麗なものであった。
「新規登録の方ですか? こちらへどうぞ」
「あ、はい」
田舎者丸だしな感じでキョロキョロしていると、にこやかな笑顔でギルド受付が対応してくる。先ほどの門番とは愛想が違った。
「それでは一時滞在許可証の確認を致します。・・・・はい、結構です。続いてギルドカードの発行を致します。こちらのカードの上に手をおいて、はい、そうです。カードにあなたの魔力が馴染むまで、そのままの状態を維持してください。その間は当ギルドの簡単な説明をさせていただきますね」
そんな前置きのもと始まったギルド受付の説明は、以下の通りだった。
ギルドカードは滞在許可証としての意味も持っている。ダンジョンに入る際にギルドがカードを預かる。ダンジョンから出た際はカードの更新を行ってからカードを返却する。
魔物娘がダンジョンに入るにはお金が必要。その際に指定された階層以外に入ってはいけない。新規登録者は初回のみ無料。
ダンジョン内で人間に倒された際は緊急転送魔法システムによって治療所へと直接飛ばされるが、決して万能ではない。従って、分不相応な相手は選ばない。下手を打つと死ぬ。
ダンジョン内では、先にエンカウントした魔物娘が優先。
お金がなくなった場合は、ギルドから与えられる仕事をこなして稼ぐ。トラブル防止のため、個魔物娘間での借金は堅く禁じている。
「基本的にはこの通りです。あ、ギルドカードの発行が終わったようですね。さっそくダンジョンに入られますか?」
「はい!」
シイは期待のまま肯定する。何とも言えない高揚感が身を包み、今まで感じていた疲労を吹き飛ばしていく。
「シイさんは、一階層ですね。オプションはつけられますか?」
勢いそのままダンジョンへと直行したかったシイだが、オプションという聞いたことのない単語に首を傾げた。
「オプション・・・・?」
「はい、詳しくはこちらを御覧になってください」
そう言ってギルド員は冊子を取り出して差し出す。シイは受け取って中身を開いた。
落とし穴
落とし穴(小)・・・・腰あたりまで
落とし穴(中)・・・・全身まで
落とし穴(大)・・・・結構深い
落とし穴(部屋)・・・・落ちた先がベッド
箱
宝箱(大)・・・・中に隠れられます
宝箱(スカ)・・・・ガッカリしたところを狙う
宝箱(罠)・・・・罠にかかったところを狙う
宝箱(ミミック)・・・・横取りされても泣かない
・
・
・
・
冊子の中には様々な項目とそれに必要な金額が書かれていた。しかし、シイにはオプションの有用性がいまいちわからない。
「どう使うのこれ、たとえば穴とか」
「落とし穴は主に、スライム系の方が好まれますね。中に待機して罠にハマった人間をその場でいただくのが定石です。穴が深くないと捕らえた人間が仲間に引っ張り出されたりするので注意しないといけませんね」
「はあ・・・・、オプションはいらないです」
よくわからなかったので、シイは断ることにする。
「そうですか、それではダンジョン一階層の順路はあちらになります」
指された方向へとシイは向かう。受付の哀れむ視線にはついぞ気づくことはなかった。
「まーた、新入りが来たね」
シイがダンジョンに向かった後、隣の窓口の受付が話をすべく声をかける。実はシイが来た時間帯は、ギルド員にとって暇な時間帯でもあって、多少の話は仕事に影響を及ぼさない。
さきほどシイがやってきた時に新規登録者だとあたりをつけたのも、見慣れない顔が入ってきたという理由からではなく、ただ単にこの都市をよく知るものならば来るはずのない時間帯だから、というのが大きい。
「そうね。新しい子を見るたび、私も最初はあんな感じだったことを思い出すわ・・・・」
シイに対応していた受付が、脳裏に過去の自分を浮かべながらため息をついた。
「オプションなし、仲間なし、胸にでっかい希望あり。今思えば、若かったよねえ」
「ま、誰でも実際にやってみないとわからないでしょ。五回潜るまでは授業料みたいなものよ」
「ああ、早くダンジョン潜りたいなあ・・・・」
「その前に仕事こなさなくちゃ、オプションで転移罠欲しいんでしょ?」
「わかってますよーう」
そういって隣の受付は、残っていた仕事に取りかかり始める。どちらもシイのことはすぐに頭の中から消えていった。それだけこの都市には、毎日多くの新入りが入ってくるということでもある。
一方、シイは念願のダンジョンに足を踏み入れていた。
「・・・・ダンジョンってこんな場所なんだ」
薄暗い視界やごつごつした岩場、道らしい道はあるが足場は整備されておらず、よほど身軽でもなければ走るのに苦労するだろう。
地面から天井までの高さは四メートルほど。槍などの長柄物は振り回すこと自体は可能だが、最大のポテンシャルを発揮するのは難しそうだ。
期待や緊張を感じながらゴクリと生唾を飲み込みつつ、人間を探すことにする。
探す、探す、探す。
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
「はぁ、はぁ。人間どこー!」
ダンジョンに入って歩き始めてから数十分、人間の『に』の字さえ見えない結果に辟易する。思えば今日は歩いてばかりだ。
「適当に歩いてれば、いつか見つかると思ってたけど・・・・」
楽観的な考えでは、なかなか上手くはいかないようで。
近場にあった座るのにちょうど良さそうな岩に腰を掛け、疲れた足を叩いて休息する。思い通りに行かないことにむくれていると、そんなシイの苛立ちが堕落神にでも届いたのか、前方から声が聞こえてきた。
やがて姿を表した人間は三人。いずれも若く、元気がありそうで実に良い。シイはひゃっほうと心の中で叫んだ。
「うわ、魔物!?」「一匹だからって油断するなよ」「いつも通りにいくぞ」
・・・・しいていうなら右端のが好みだけど、私的にはどれもあり。ってちょっと待って、これって。
そこでシイは重要なこと――複数を相手取って、どうやって捕まえればいいのか――を考えていなかったことに気づく。
・・・・もしかして、私だけで戦闘?
人間三人はそれぞれ剣を構えて、こちらを見据えている。その情熱的な目はヤる気満々というよりむしろ殺る気満々であった。
・・・・無理無理無理!!!
「ふえ〜ん!!」
シイは逃げ出した!
なんなんだここは。雑誌とか伝聞で聞いた話と違う。シイは全力で人間から逃げながら憤慨する。
少なくとも想像では、
「えへへー、見つけたよー」
「うわー、モンスターだー」
「えーい」
「やられたー」
かのごとく、ちょろいものだと思っていたのに。あんなに必死こいて倒しにこなくてもいいではないか。もう少しでチビるところだ。
なんとか人間を振り切ったところで、ため息を一つ。
「一人でいる人間を狙おう」
誰もが行き着く合理的な考えに落ち着いた。
そんな決意を新たに人間を探すも、条件に合致するような人間が都合良く見つかることはない。大体が二人〜三人のパーティーであった。
ついぞ、めぼしい人間は見つからず、諦めてトボトボとダンジョンギルドに帰ってきたシイ。運が良いというべきか悪いというべきか、魔物娘の帰還ラッシュと時間帯が重なってしまった。
そこで目にした光景は、さらに疲労と絶望を増加させるもので。
「おい、ケイトのパーティー情報閲覧させろ!」
「パーティー情報は金貨3枚になりまーす」
「高すぎるだろ! もっと安くしろ!」
「彼のパーティー、すごく人気なんで無理です」
ギルド員と必死に交渉してるミノタウロスがいたり。
「あと一歩のところで! もう少しで! ああぁああああああ!!」
「きっと他にいいのがいるよー」
「童貞な上に好みのタイプはなかなかいないんですよ!」
目が血走ったユニコーンが発狂してたり。
「起きやがれ、チヨコー! 傷は浅いぞー!」
「いいの、ミズキ。自分の身体のことは自分がよくわかるわ。もうこの身体は長くないってことも・・・・。せめて故郷に辞世の句を届けてちょうだい。『我おもふ、愛に散るなら、本望よ、あとあぶらあげ、ちょっと食べたい』」
「うるせー、バカ稲荷! ただの骨折だよ! 俺達ならポーション飲めば一晩で治るっての!」
オーガっぽい魔物が、どついてたり。
あれだけ広いと感じたダンジョンギルド内はダンジョンから帰還した魔物娘に満ち満ちていて、至る所で魔物娘の怒号や怨嗟の声が渦を巻いていた。
ああ、どうやらここは。
とんでもない、ところだったらしい。
シイはこの日、現実は甘くないことを知った。
続く!
備考
そもそも最下層まで来てもらわないと困る魔物娘がいるので、人間が簡単に捕まるわけがない。
ダンジョンに入るのは朝一からが基本。探索者は朝から昼にかけて活動している者が多く、夜に活動する探索者は少ないという理由が大本。ちなみにいつ入ろうがダンジョンに入るときの値段は同じである
実は滞在時間の限界は存在しないので、ずっとダンジョンに居続けることも可能。ただし、オプションやら仲間の都合もあるので、そうそう滞在できるものでもない。
『monmon』編集とはグル。
18/07/14 17:15更新 / 涼織
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