連載小説
[TOP][目次]
第七話 敗北の先にあるもの
 迷宮都市イシュルは、表向き反魔物領に属する都市だ。人間は迷宮で得られる富、名誉、美女などを求めて、今日もまたダンジョンに潜る。

 しかし都市の実体は、おいしい『餌』に釣られてきた人間をおいしくゲットするために作られた魔物娘が管理する檻のようなものだった。魔物娘は夫となる人間をゲットするため、人間にとっての『餌』である金をダンジョン運営へと支払い、今日もまたダンジョンに潜る。
 
 ただし迷宮主にとって、ダンジョンは自身の夫となる英雄の卵を育成するという意味合いも持っていた。英雄がいないなら自分で育てればいいじゃない!とは先代である母の言葉であり、ダンジョンがいささか魔物娘側に厳しくなっている原因でもある。

 とまぁ、そんな色々な都合が上手く絡まりあって、今日も都市は順調に回っていた。

 
 
 都市の西半分に位置する魔物娘エリアのさらに西端。都市中心のダンジョンからはかなり遠い上に、部屋の広さも微妙そのもの、しかし値段はめっぽう安い。そんな宿こそ、インプのシイが拠点にしている場所だ。

 季節は冬、そろそろ迷宮都市にも本格的に雪が降る頃だろうか。ベッドに仰向けで寝ていたシイは、掛かっている毛布から足がはみ出ていたせいで、ひんやりとした寒さに目を覚ました。

「うゆゆ・・・・」

 静けさの残る朝だ。いつものシイであればダンジョンに潜ると決めたとき以外は惰眠を貪り、二度寝、はたまた三度寝なんかも珍しくはない。

「よし、・・・・寝よー」
 ちょうど今日も何も予定はなかったので、シイはやはりグダグダと眠り続けることに決めた。毛布を掛けなおして、眠りの世界へとまた向かう。
 この先はダメインプまっしぐらの沼だ。シイはもうそれに肩まで浸かっており、徐々に頭まで飲み込まれていくのだった。


「んう?」
 気がつくとシイの目の前には、男女の交わりを暗喩した意匠の巨大な門があった。旧時代のドラゴンすら飲み込んでしまうほどの大きさだ。
 やがてその門が鈍い音を立ててゆっくりと開き、シイは何かに導かれるように先へと進んでしまう。
 それが、万魔殿に続く堕落の門だとは知らずに・・・・。

「ふふ、また快楽に溺れた夫婦が来たのね。私は案内役の・・・・、え・・・・あの、何で一匹で万魔殿に?」
「知らないけど、宿で寝てたらここに」
「あ、ここ快楽以外での堕落とか受け付けてないんで・・・・」
 そうしてシイは身体を押され、門に引き返して帰るのだった!


「・・・・ぉー! ・・・・のー!」
 どかどかと宿の階段を慌ただしく駆け上がる、耳障りな喧しい音が聞こえる。安眠を妨害されたシイは、小さな苛立ちから声を出した。
「も〜、うるさいなぁ〜」
 シイはゆっくりと重い瞼を開き、そのまま上半身を起こす。初めて泊まったときから何も変わらぬ見慣れた宿の内装が、大きな金色の瞳に映った。

「シイ殿ーっ!」
 シイは、ふわぁあと小さく欠伸をした後、勢いよく扉を開けて部屋に入ってきた少女に寝ぼけ眼を向ける。どうやら音の正体は、見知った仲間によるものであったらしい。

 サラマンダーのキサラは、つい最近シイのパーティーメンバーに加入した魔物娘だ。

 父親譲りだと自慢する漆黒の髪が、窓から入る陽光を反射してキラキラと輝き、寝起きなシイの網膜を軽く炙る。リャナンシーが作った彫刻のように綺麗に整った顔には、にんまりとした笑みが浮かんでいた。

 彼女がシイの部屋にくるのは、そう珍しいことではない。
 というのもキサラは、パーティー結成当日の夜に、パーティーは同じ釜の飯を食えば早く上手くいくようになる!と、シイにはよくわからない理論で宿を合わせてきた。それ以来、頻繁に用事を携えてシイの部屋にくるようになったのだ。

 ただその用事というのも、今から一緒にトレーニングしないか? といった思わずげんなりしてしまう誘いばかり。脳が筋肉で出来ているタイプの魔物娘ではないシイは、毎回キサラの誘いをのらりくらりと躱していた。

「キサラ、どうしたの? 何かあった?」

 今日のキサラは普段とは違い、どこか浮き足立っているようだ。トレーニングの後にそのまま来たのか肌にはうっすらと汗の玉が浮かび上がっており、それが健康的な肢体と相まって無自覚な色気を醸し出している。
 そんなキサラの手にはいつもは持たない紙の束がしっかりと握られていて、丸まっていたそれをささっと広げると、シイに有無を言わさず押しつけてきた。

「シイ殿、この『日刊イシュル』を見てくれ!」
「んー?」
 シイは、あまり文字読むの得意じゃないんだけどなーと思いながら、押しつけられた紙束に目を向ける。
 紙面にはでっかく『主神教団、今冬も遠征決定!!』と書かれていた。驚くことに、その十数文字だけで一面がほとんど埋まっている。

「詳しく読めば分かると思うが、実は一週間後から『世界蛇のダンジョン』に教団のエリート達数名が半年ほど遠征に来るようなのだ。我らの眼鏡に適う人物が現れるかもしれん!」
 興奮したキサラの尻尾の先からは、情熱の炎が灯っていた。

 

 迷宮都市イシュルと主神教団の間には、強い教団員を度々送る契約が交わされており、その契約に従って決められた期間内に教団の人間が遠征しに来る。
 ダンジョンに遠征して無事帰ってくる教団員の数は、送った教団員数のおおよそ半分ほどとかなり少なく、全滅も珍しいことではない。しかし、イシュルから送られる見返りの上納金がとんでもない額なので、教団側は手を切る気はないようだった。

 この教団遠征イベントは中層〜深層にいる魔物娘達には大好評であり、遠征に来たのが聖騎士だと魔物娘エリアがお祭り騒ぎになるほどだ。稀に勇者がくるとなると、普段ボケーっとしている深層のボスまでもが驚喜する。

 こうして書くと教団遠征イベントは、中〜深層の魔物娘だけが喜んでいるように思うかもしれないが、決してそんなことはない。
 低階層の魔物娘達だって、結構飛び込んでいったりする。そう、たとえ倒されるとわかっていても、魔物娘には飛び込まなきゃいけないときがあるのだ。

 キサラもその例に漏れず、どうやらやる気満々といった様子。サラマンダーの特徴である尻尾のみならず、体中からもやる気オーラがこれでもかと溢れてて、そばにいるだけで暑苦しくなりそうだった。

 対してシイの反応は微妙そのもので、表情は硬かった。それもそのはず、シイはさして強くないどころか、魔物娘全体で実力を計れば下から数えた方が超早い。
 紙面にだって『実力に自信がないものはスルーしよう!』と書いてある。根が小心者なシイは、イマイチ乗り気になれなかったのだ。

「お母さんが『教団は怖いから、よってたかってヤっちゃう時以外近寄らないように』って言ってたしなぁー。やめとこうよ」

 シイが述べる否定的な意見に、キサラは目を大きく見開いた。

「な、なにを言っているのだシイ殿!?」

 思わず大声が出てしまうのも無理はない。キサラにとって、今回のイベントはどうあっても逃したくないチャンスであった。
 キサラは、迷宮都市イシュルに来てから一ヶ月も経っていないとはいえ、いまだに一度も納得のいく闘争に巡り会えてはいないのだ。
 ――せっかくの遠征イベントを見送ってしまえば、何のために自分はこの都市へとやってきたというのか!
 何としてでもパーティーリーダーであるシイを説得させようと、キサラはいつの間にかシイの間近まで詰め寄って、矢継ぎ早に言葉を放つ。
「シイ殿! この機会を逃しては、迷宮都市に住む魔物娘として後悔する日が必ず来よう! それに我らであれば撤退くらいはできるだろうし、最悪治療所のお世話になればよいのだ! シイ殿っーーー!!」
「いや、でも」
「シイ殿っーー!! シイ殿ーー!!」
「近い、顔近い」
 結局、キサラの鬼気迫る熱意に圧倒されて、シイは首を縦に振ることになった。

 

 そうして時は経ち、運命の一週間後が訪れた。

 その日シイは、興奮のため尻尾をブンブンと振り回すキサラに早朝から起こされた。実はこいつワーウルフなんじゃ? と疑問に思いつつ、寝ぼけ眼を擦りながら準備をして、宿を後にする。

「あれ、チノは?」
「シイ殿の頭の上で寝てるが」
「zzz・・・・」
「ほんとうだ・・・・」

 もう一匹の仲間であるケサランパサランのチノは、シイのアホ毛を抱き枕にして眠っていた。最近シイのアホ毛が妙にベトベトなのはチノのせいであることは間違いない。

 それからシイ達は他愛もない話をしながら、ダンジョンギルドへと向かう。いつもよりキサラの歩くスピードが速いのは、シイの気のせいではないだろう。 
 ただ、どこか浮き足立っているのはキサラだけではなかった。大通りを歩いていると、そこかしこから今回の教団パーティーの噂話が耳に入ってくる。

「みんな聞いた?」「今回は人数が少ないんだよね」「三人だっけ」「でも代わりにパラディンがいるんだって!」「なん、だと・・・・」「え、マジで!?」「ひゃっほーう!」「祭りじゃー!」「誰かお酒持ってきてー!」「朝から飲むしかない!」

 信憑性に欠ける噂話でも魔物娘達は盛り上がっている。騒ぐ行為も含めて楽しんだもの勝ちと言わんばかり。

「ふっふっふ、どうやら八百万の神々が私達に味方したようだな」

 そんな周囲の盛り上がりに合わせるように、くつくつと笑うキサラの歩くスピードが、また一段増していった。ちょうど、シイが小走りになるくらいに。

 


 予定より早く着いたダンジョンギルドの入り口には、教団遠征中! とご丁寧にもデカい立て札が飾られていた。中に入ると、このイベント中にしか売られない教団タオルや教団シャツ、教団クッキーなんかも置いてある。

 それらを横目で見ながら通り抜け、シイ、チノ、キサラの三匹はギルド受付と相対した。

「今日は低階層に教団のパーティーが入っているので、一階層から十階層の方々は危ないですからご遠慮願いますー」
 三匹から差し出されたギルドカードをちらっとみて、ギルド受付はさっさと突っ返してくる。
 「そりゃそっかー」と受け取って帰ろうとしたシイの前に、キサラはずいと乗り出して、
「構わん。強者と戦えるなら死んでも本望だ」
 なんかとんでもない言葉を発した。
「あ、脳が筋・・・・コホン、サラマンダーの方でしたか。止めても無駄ですから、注意事項だけ説明しますねー」
 ノウガキン?と首を傾げるキサラを無視して、職員はギルドカードとお金を回収しつつ説明を開始する。
「許容量オーバーと認定される攻撃を受けた場合、治療所へと強制的に送還されます。心臓を一突きや首と胴体が離れるくらいなら問題ありませんが、全身ミンチだけは絶対に避けてくださいね。治しようがありませんのでー」
「なにそれこわい」
 ギルド職員の物騒な話を聞いて、シイはますます不安になった。ちらりと横目でキサラにアイコンタクトを送る。

 ヤバいって、やめよう!

 シイのアイコンタクトを受け取ったキサラは、任せておけと言わんばかりに頷いた。

「ふふ、大丈夫。怖じ気付いてなんていないさ。死ぬ覚悟すらなくては良い夫が見つかるはずもない、なんてことは元より承知の上。・・・・さあ行こうか、シイ殿、チノ殿」
 恐ろしい注意事項の説明は、キサラの戦闘意欲を減らすどころかむしろ増やしてしまったようで。
 キサラは待ちきれないと言わんばかりにダンジョンへとせかせか向かう。シイのアイコンタクトは変に勘違いされる結果に終わった。
 チノはシイの頭の上で、「うひゃひゃー!」と萎びているアホ毛を弄くるのに夢中。不安を共有してくれる仲間はどこにもおらず、
「・・・・いや、私はそのー、死にたくないんですけどー・・・・」
 シイが放った言葉は、意気揚々と前へ進むキサラには届かなかった。



 ところ変わってダンジョンの中。
 シイの足取りは重かった。
 ヤバい感じがプンプンする。今度こそ冗談じゃすまない。

 なんかすごいハンマーでミンチになる自分、なんかすごい魔法で塵になる自分、悲惨な想像が止まることをしらない。

 この無駄に広いダンジョンが墓場とか絶対イヤだよー・・・・。

『しいー・・・・』
『シイ殿、惜しい魔物娘を亡くした・・・・』

 ダンジョンに立った自身の墓標に佇む仲間の姿がありありと思い浮かんでは消える。やがて墓は忘れ去られ朽ちていく運命で・・・・。

 ・・・・って待てよ、無駄に広い?

 シイは、はた、と気づく。

「・・・・あ、そうだ。ダンジョンってめちゃくちゃ広いんだ! それじゃ教団パーティーと会う可能性も低いじゃない!」
 ダンジョン内部はとても広く、地図があっても迷う人間は多い。教団パーティーとエンカウントするのはかなりの運が関わってくるだろう。
 シイは、これでミンチにならなくてすむよーと心底ホッとしていると、
「シイ殿、その心配は無用だ。我らが教団パーティーと出会うのは、ほぼ確実になった」
 キサラは満面の笑みを浮かべつつ、シイに向けて残酷な言葉を放った。

「は・・・・、確実?」
「ああそうだ。そもそも強い者というのは目立つ上に、今イシュルで最も注目されている教団パーティーだ。三手に分かれ、周辺の魔物娘に位置を聞き回れば悪くない確率で会えると踏んでいた」
「でもでも、今日入ってるの私達くらいだって受付が言ってたじゃん。他に魔物娘なんていないでしょ」
「だからこそさ。他の魔物娘が見ていないということは、我らが規則違反を犯しても問題ないということだ」
「つまりー、・・・・わからん! うはははー!」
 チノがシイの頭の上で楽しそうに笑う。
「そう難しい話ではないよ。普段、私達はこのダンジョンをさまよっている。ダンジョンギルドから禁止されている場所を除いてな」
「それってまさか――」
「ああ、察しの通り。――階段前、我らが目指すべき場所はそこだ」


 階層と階層を繋ぐ階段付近で待ち伏せをすることを、ダンジョンギルドは固く禁じている。バレれば一年間強制薄給労働を課せられるという、とんでもないペナルティがつくほどに。
 それだけ階段付近というのは、ダンジョンの中でも重要な場所ということだ。
 ただし、そもそも他の魔物娘がいなければバレることはありえない。ルールなんて有ってないようなものだと、キサラは笑った。

「階段になんらかの魔道具が置いてあって監視してるとか」
「そのようなものがあったら、人間達が気づいて持っていってしまうだろう」
「・・・・うーん、言われてみれば確かに」
「うはははー!」
 
 階段前に着いたシイ達は、ちょっと離れたところに陣取って休憩を始める。
 その様子は三者三様。シイはそわそわと落ち着きなく動き、やばいよやばいよーと心の中で繰り返す。チノはいつものマイペースで、ダンジョンの壁に生えている魔灯花を弄くり回して遊んでいる。キサラはダンジョンに来る前とは打って変わって、静かに目を閉じて集中していた。

 そうして幾ばくかの時が経って、唐突にキサラが閉じた目を見開く。
「――来たか」
 そう短く告げると同時に、一組のパーティーが階段を下ってきていた。

 そのパーティーはお目当て通り、都市で大注目の教団パーティーであった。



 シイにはキサラがどうやって当てたのかさっぱりわかっていなかった。誰かが来ることがわかっても、それが教団の遠征パーティーだということまではわからないはず。当てずっぽうがたまたま当たっただけ? と、首を傾げていると、
「まだ対峙していないのに、これほどまでの圧倒的なプレッシャーを感じるとは・・・・。どうやら期待通りの傑物らしいな。シイ殿もそう思うだろう?」
 シイはなんかよくわからないことの同意を求められた。さっぱり意味はわからないが「え。ああ、うん」と、とりあえず短い返事をする。
「ただ、少々バランスが悪そうなパーティーだな。確かにあのパラディンは飛び抜けて強そうだが、後衛二人を守るにはいささか辛くはないか? どちらも杖が細すぎるから、肉弾戦も兼ねる後衛ではなさそうだし。むぅ、優秀なマジシャンやクレリックがいるなら、尚のこと前衛が必要であろう・・・・」
 なんかぶつぶつと独り言を呟くキサラをスルーして、シイは教団パーティーへと視線を向けた。
 真ん中に立つのは白銀に煌めく全身鎧を身につけ、大盾を背負うパラディンの青年。シイがあの格好をしたなら間違いなく潰れてしまいそうな重量感だ。
 その右にはつばの長い尖り帽子を被って顔が見えにくい男、反対の左には教団のプリーストを表す衣服に身を包んだ細身の優男。

 いずれも実力は高そうで、シイなら無理無理絶対無理レベルの人間達だった。



「では、まず私が行こう。シイ殿やチノ殿も後から来てくれ」

 そんな人間達にも関わらず、勇んでキサラは飛び出していった。
 キサラには躊躇いや迷いなどあるはずもない。このために故郷よりはるばる、迷宮都市イシュルへとやってきたのだから。


「モンスターか。ここにきて初めての戦闘だね」
「おいおい、結構強そうなんだが。ここまだ四階層だよな?」
「ユニークモンスターというやつなのでしょうか? いずれにしても、見過ごせない相手ですね」

 突然のキサラの登場にも、教団パーティーは落ち着いた対応を見せる。多かれ少なかれ修羅場を潜ってきていることが伺えた。

 パラディンの青年が大盾を片手に構え、腰に差していた長剣を鞘から抜き放つ。
「・・・・ふむ。ジン、コルト。ここは僕に任せてくれないか」
「いいのか、まあその方が俺も楽だが」
「危ないと思ったら助けますよ?」
「ああ、それでいい」

 教団パーティーの会話はそこで終わり、それから刹那の時を経て、キサラとパラディンの青年が衝突した。


 

 シイとチノはその戦いをポカーンと見ていた。
 ・・・・さっさと乱入するべきなのはわかってる。頭では理解している。
 ただ問題は、両者の戦いにまったく入る隙が見いだせない。

 ぶっちゃけて足手まといにしかならなそうだったのだ!

 というかシイの目線でその戦いは、ズピューーーンシュパパパパカキンカキンギイイイイイインンンダダダダダバキバキイドドドドドドオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラズンドコベロンチョってな感じに展開されていて、正直さっぱりである。どっちが優勢なのかもわからない。まぁ目で追えてないので当然なのだが。

 そうして数十秒、あるいは数分後。ついに戦いは決着する。キサラは短く呻いて倒れ、光の粒子に包まれて消えてしまった。

「・・・・変だな? 今の一撃じゃ死なないはずだが消えた。代わりにアイテムらしきものがある」
「ダンジョンについてはよくわかってないですからね。素人の我々では判断がつきません」
「探索者ギルドはなんていってんだ?」
「主説となっているのが、ダンジョンのモンスターはダンジョンマスターの魔力の一部であり、撒き餌も含めた疑似生命といったものらしいです」
「なんだそりゃ」

 残ったのは教団パーティーであった。

「・・・・キサラが、負けた」
 あれだけの強さを持ったキサラが、一対一で破れてしまった。

「しい、どうするの・・・・?」
 不安そうな顔でチノはシイを見る。

 ・・・・冷静に考えれば、ここは退くところだ。シイやチノが束になっても適う相手とは思えない。
「でも・・・・」
 シイは、たまらず拳を握りしめた。仲間がやられた様子を見て、何か特別な感情を抱かずにはいられなくなる。
 それが仇討ちなのか、目の前の強い人間が欲しくなったのか、自分の実力不足による悔しさなのかは、わからない。
 シイはその何かに突き動かされ、一歩を踏み出して・・・・!

 
 
「チノ、帰ろっか」
「さんせー」
 やっぱり二歩戻って背を向けて、治療所へとキサラを迎えに行ったのだった!

 

 シイ達はギルドの受付で治療所の場所を聞き、すぐさま走って向かう。治療所の中に入ると、とても広いスペースに多くのベッドが敷かれてあった。
 今日は教団パーティーが低階層に潜るということで、低階層を担当する魔物娘のダンジョン入りを規制してあったため、寝ている魔物娘の数は普段と比べればずっと少ない。
 そのおかげもあってか、キサラの姿もすぐ見つけることができた。予想よりずっと元気そうな顔を見つけて安堵し、すぐに駆け寄る。

「キサラ!」
「きさらー、けがだいじょぶ?」
「おお、シイ殿、チノ殿。・・・・怪我は心配するほどじゃない。ちょっと肩から腹にかけてばっさり斬られただけだ」
「え、それ大丈夫なの?」
「それはもちろん。彼は手加減してくれていたのか致命傷でもなかった。もう治してもらったよ」
 なんでもない、といったように状況を説明するキサラ。

「それより、シイ殿やチノ殿はどうだったのだ?」
「あ、うん。私達も手が出なかったよ」
「そーそー」
 二匹揃って目を逸らしながらの生返事。
「なるほど、・・・・それでも怪我を負っていないところはすごいな」
 実際は挑んですらないのだが、治療所に転送されたキサラには預かり知らぬことである。

 ・・・・でも、しょうがないよね。
 自分達が挑んでも、万に一つも勝ち目がないばかりか、攻撃力と防御力の差からミンチまっしぐら。ハイリスクノーリターンとはまさにこのことだ。

 ただ、あのとき感じた何かは、シイの心に陰を落としていて。
「あのさー、キサラ」
「ん、どうしたシイ殿?」
「その、・・・・戦闘に参加しなくてごめんね」
 シイとしても、思わぬところがないこともないのだ。自分の身可愛さとはいえ、乱入するどころか戦うことすらなく、こうしてダンジョンから戻ってきてしまったことに。

 ・・・・仲間なら、助けに行かなければいけなかったと思うのだ。
 
 そんな、いつになくしょんぼりとしたシイをみて、キサラは首を傾げた。
「ん? 何を謝ることがあるのだ? むしろ私が礼を述べるべきであろう」
「・・・・え?」
「一対一の真剣勝負に水を差さないで、最後まで私の意を汲んでくれたじゃないか。あれは本来ならば私が不利を悟った時点で貴女達に助けを求めなければならなかった」
 キサラは勝負の内容を振り返る。戦いが終わった今は思うところはないが、勝負の最中はそうではなかった。キサラは手加減されている自身の実力のなさが悔しくて、結局最後までシイ達に助けを求めることが出来なかったのだ。
「そんな私の我が儘でしかない勝負に、それでも貴女達は手を出さなかった。・・・・嬉しかったよ。これがパーティーというものなのだな」
「えー。あ、うん」
 シイは、なにやら勘違いしているキサラの顔を真っ正面から見ることは出来なかった。


 キサラの体調も問題ないということで、シイ達は揃って治療所を出る。時刻はちょうど昼に入る頃、とりあえず腹を満たしに近場の食堂に落ち着いた。
 三匹がテーブル席に座って注文を終えたあと、キサラはおもむろに口を開く。
「さて、これからどうするかを考えよう」
 負けて怪我をしたにも関わらず、キサラの瞳は色褪せずに、より一層輝きを増している。尻尾の炎は勢いよく燃えていた。
「・・・・シイ殿、チノ殿。私はまた教団パーティーに戦いを挑みたいと思っている」
 その言葉を聞いて、やっぱり、とシイは嘆息した。リザード属の特性を考えれば、キサラの提案を予想するのは容易だった。

「ねえキサラ。悔しいけど私たちの適う相手じゃないよ」
 諭すように喋ったシイの言葉は、真実を帯びている。
 キサラとパラディンの青年の実力差は大きく、今のキサラが百回挑んでも百回負けるのは純然たる事実であったから。

「・・・・確かに、シイ殿の言うことは最もだ。私は彼らをあきらめる気はさらさらないが、今の我々では彼らは手に負えない。だが、それは今の我々の話だ」

 そこでキサラはおもむろに立ち上がり、拳を思いっきり握りしめ、
「つまり、こういったとき古来より取るべき選択肢は一つ」
 すうっと息を吸い込んで、
「修行だーーーーーーーーー!!!!!!」
 思いっきり叫んだ。その表情は赤みを増して興奮状態になっていた。
 もちろん店員には怒られた。

「修行しかあるまい! 母様もそうだったのだ。腕試しにやってきたジパングにおいてとても強い侍の父様に一目惚れし、勝負を挑むも敗れ、それからは振り向いてもらうために血の滲むような修行をしたという!」
 キサラは幼い頃によく母から聞かされていた父母の馴れ初め話が大好きだった。特にねだって聞いた龍眼島での決闘に至るエピソードに関してはそらで言えるほどだ。

「いや、でも」
「シイ殿っーーーー!」
「だって」
「シイ殿っーーーー!!」
「わかったよ」
「シイ殿っーーーー!!!」
「わかったってば!」

 結局、キサラの溢れる熱意や、自身に負い目があったことも手伝ってシイは了承することにした。押しにはとことん弱いシイである。
 店に入ってから妙に大人しかったチノに、届いていた注文品をつまみ食いされていたことに気づくのはもう少し後のことだ。

 

 シイは仲間と別れ宿へと帰り、自分の部屋を見渡した。あまりのことに瞬きを三度繰り返す。
「ナンダコレ・・・・」
 部屋の至る所に焦げあとがついていた。
「・・・・まさか」
 思い返すのは今日の早朝。キサラが尻尾をブンブンと振り回していた時のこと。
 あのときのシイは寝起きで頭が覚醒しておらず、目も半分開いてるか開いてないかだったので気づかなかったが、サラマンダーのキサラの尻尾はシイの部屋に甚大な被害を与えていた。
「あぁあああーーー!!!!」
 お気に入りの服にまで焦げがついていたのを見たとき、キサラに対して申し訳なく思っていた感情が綺麗さっぱり消え去った。

 

 次の日。晴れやかな天気の中、シイ達はイシュルの街の出入り口にいた。

 キサラは勢いよく鞘から大太刀を引き抜いて、天に掲げる。

「二年後、私は修行を終えて再びこの場所に帰ってこようと思う」
「おおー!」
「・・・・それ教団パーティーの遠征終わっちゃうんじゃないの?」

 キサラは無言で刀を鞘に戻し、再度引き抜いて、天に掲げた。

「・・・・三ヶ月後、私は修行を終えて再びこの場所に帰ってこようと思う!」
「おおー!」
「やり直すのかーい!」

 刀を鞘に戻したあとキサラは、その涼しい双眸をシイとチノに向けた。
「シイ殿、チノ殿、達者でな。また三ヶ月後に会おう。・・・・ただ最後にもう一度言うが、シイ殿やチノ殿も私と一緒に来ないか?」
 キサラは旅立つ前から何回かした誘いを、シイ達に投げかける。
「えー、うーん。・・・・やめとく」
「おなじくー」
 対して、二匹の返答はそっけなかった。
 少なくともシイは、スパルタで鍛えさせられそうだからである。これからも変わらず迷宮都市に一匹で滞在予定だ。
 もう一方のチノは修行とかではなく、久々にユリアにあったり、妖精の国に帰省するらしい。自由な奴だとシイは思った。

「では、三ヶ月後に」
「しい、きさら、またねー」
「んじゃねー」
 こうして各自は、また来る再会のために思い思いの道を進み始める。
 そしてシイも、
「よし、私もがんばろー!」
 なんだかんだいっても、仲間のためにちょっとくらいは強くなってやろうと考えたのだった。



 

 二ヶ月後


「号外、号外だよー」
 日刊イシュル号外を配る新聞員の声が、魔物娘エリアの商店街に響き渡っていた。
 武器屋の店番をしているオークのレベッカは、もうすぐ昼時ということもあって腹ごしらえをするべく商店街をうろついていた。決して客がいなくて暇だったからではない。
「お姉さんもどうぞー」
「ありがとう」
 お礼を言って受け取った号外にはでかい文字で、『教団の遠征パーティー、六十階層にて全滅ぱっくんちょ』と書かれていた。
「あー、あいつらかー。私じゃ歯が立たなかったなあ」
 レベッカもちょっかいをかけたものの、刃を交える事も出来ずに速攻で倒され、仲間と共に治療所へと転送されていた。パラディンの一撃はかなり痛かったことを覚えている。
「『六十層のボスであるリッチのアニーさんが、転移罠を使った分断策で見事遠征パーティーを翻弄し、部下とともに今回の幸運を掴んだ』、ねえ。・・・・いいなあ」
 六十階層のボスのアニーさんが教団のパーティーリーダーのパラディンと全身をくまなく絡ませてドヤ顔している絵(リャナンシー作)がデカデカと載っている。
「六十五階層以降のボスは荒れてそうね。かなり期待してたみたいだから」
 エリートとかほざいてたのにたかだか六十階層のボス程度で! とかキレてる姿が目に浮かぶ。
 とまあ、深層のボスにとって辛辣な評価の彼らではあったが、彼らはエリートという言葉に相応しく、実力はとても高かった。イシュルの探索者は五十階層を越えれば一流と言われ、ダンジョンに不慣れな彼らが僅か二ヶ月足らずでそれを突破していることからも並々ならぬ実力があったことが伺える。
 ただ、いかんせんダンジョンを探索するパーティーのバランスが悪かったのだ。メンバーはパラディン、ソーサラー、プリーストと戦闘面においてはいずれも一級品であったが、戦闘だけがダンジョンではない。加えて三人という数の少なさも致命的であり、パーティーメンバーの補強は急務であった。

 しかし、普段から偉そうにしているイメージがある教団への色眼鏡もあって、探索者含む冒険者にはあまり好まれていない部分があったこと、また教団に偏見がない者がいても彼らの実力に見合いかつフリーな者がいなかったこと、以上からパーティーメンバーの補強が困難であった。それこそが、彼らが六十階層で全滅した原因といっていいだろう。

「そういえば一ヶ月くらいアイツと会ってないわね。平和だわー」
 なぜかやかましいインプのことを思い出しつつ、レベッカは武器屋へと帰るのだった。


 続く!


備考

 転送魔法システム
 許容量オーバーのダメージ≠致命傷。その定義は曖昧で、まだ戦えるのに治療所に飛ばされて激怒する魔物娘もいる。

 迷子
 迷宮の言葉通りに、人間はダンジョンでよく迷う。
 一方、魔物娘には現在位置を知ることが出来る魔道具が渡されるので、帰り道に迷うことはない。

 魔物娘専用通路
 行き帰りに使う魔物娘専用の通路は普段カモフラージュされており、前述の魔道具をかざした場合のみ開くようになっている。

 教団からイシュルに送られる人間
 権力者から不評を買った者や政敵とされた者、出世街道から外れた者や異端と糾弾された者などが多く、多少込み入った事情がある模様。

 教団募金
 『貴女が入れれば入れるほど、強い人間がやってくる!』がポスターのキャッチコピー。深層担当の魔物娘がよく入れてるようである。


18/07/14 19:22更新 / 涼織
戻る 次へ

■作者メッセージ
 よし、これなら一週間で投稿できそうだな→二ヶ月が経っている→どういうことなの?→一ヶ月が経っている→どういうry

 ※あと万魔殿の行き方は妄想です。念のため。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33